落第騎士の英雄譚 意識低い系風味   作:一般落第騎士

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第二十七話

 

 

 

 『それ』に最初に気が付いたのは、東堂刀華本人だった。

 

 西京寧音による地獄の特訓(ヘルウィーク)。己の全てを絞り出す過酷な日々の中で、東堂は己の身体に"とある変化"が起こっている事に気が付いた。

 

「……電撃の操作能力が、上がっている……?」

 

 パリ、と(いかづち)を白魚のような細指に纏わせる。

 薄紙さえ焦げないであろう、ほんの僅かな微細電流。だが、それがやけに良く(ねば)り、己の意のままに動く。出力を絞れば絞るほど、電流は刀華の思うがままに動いた。

 

 それは、《天譴》の断頭による一種の()()()であった。

 

 《選抜試合(セレクション)》での決闘。東堂は全力で魔力を放出し、そして断頭により雷の制御を失った。強大な雷を練り上げようとする度、首を斬り飛ばされた死の記憶がフラッシュバックし、体が無意識に魔力を霧散させてしまうのだ。

 

 絶望し、夢を諦め、それでも周囲の支えによって再起した。御祓泡沫の《絶対的不確定(ブラックボックス)》によってごく僅かな『制御に成功する可能性』を引き出し、まるで赤子が歩き方を思い出すように、極小の火花から感覚を取り戻して来た。

 

 その日々が。

 『強大な力が出せないのなら、小さな力を完璧に支配するしかない』という必死が―――東堂刀華に、新たな力を与えていた。

 

 『弱い電流』の操り方を、彼女の優秀な肉体は細胞レベルで記憶した。出力を絞れば絞るほど、制御能力が向上する。数μAにも満たない微細な電流であれば、ナノメートル単位で電位を配置する事さえ出来た。

 

「へぇ……。トーカちゃん、()()面白れぇな」

「え?」

「その微細電流だよ。そんな真似できる奴、多分世界中の雷系能力者でもトーカちゃん一人なんじゃねぇか? どう使えば良いか、ってのは分からねぇけども……上手くやれば、トーカちゃんの切り札になるかもな」

「――――――」

 

 そんな西京寧音の助言にも満たない発言が、最後の一ピースとなった。

 

 超一流の伐刀者として熟達した、優れた基礎能力(パラメータ)

 相手の体に流れる微細な伝達信号を読み取る《閃理眼(リバースサイト)》。

 そして。操る電流が弱ければ弱いほど精密に動かせるという、東堂刀華独自の特性(アビリティ)

 

 この三つの歯車が完全に噛み合った時、東堂刀華の新技は生まれた。

 西京寧音に『今まで見た事ねぇくらいに化けた』と言わせ、とある伐刀者のペットに『破軍学園最強』とまで言わしめた、東堂の爆発的な進化の中核。

 

 その効果は――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「Let's Go Ahead――――――――――――ッッッ!!!!」」」」」

 

 歓声と共に、《七星剣武祭》最終戦の火蓋が切られた。

 

 学生最強、《天譴》甘木悠。

 破軍最強、《雷切》東堂刀華。

 

 日本の未来を占う《七星剣武祭》最後の戦いが、()()と共に始まる。

 

「ッッ――――!」

 

 合図が成された瞬間、観客の全員が東堂刀華の姿を見失った。

 《比翼》の体技。0から100への急加速によって皆の視線を引き千切った東堂が《天譴》へと肉薄したのだ。

 

『おおっとぉ!? 試合開始と同時!! 東堂選手が雷速の突進! は、速い速いィッ!!』

『自ら《天譴》の得意とする近距離戦(クロスレンジ)に踏み込みましたね。この判断が吉と出るか凶と出るか』

 

 10時間以上の準備運動によって、東堂刀華の肉体は正真正銘の最高速(トップギア)

 《天譴》相手に出し惜しみなどしていられない。今までの試合で隠して来た手札を全て開陳(オープン)する覚悟を決めた東堂刀華が、まずはこの試合の先手を取った。

 

 死角から死角へ。完璧な身体制御によって風切り音を一切発生させない、《比翼》の剣が《天譴》の喉元へと迫る。

 

「…………へぇ」

 

 その剣を、《天譴》はぬるりと首を動かして避けようとし―――ふと、何かに気付いたように表情を変えた。カウンターの為に動かしていた剣の軌道を曲げ、東堂刀華の《鳴神》を防ぐ。

 

 ガキィィンッッ!! というけたたましい衝突音と共に、爆発的な衝撃波が観客席を襲った。

 両者の刀はまるで鏡写しのように対極へ弾かれ、そして()()()体勢を立て直す。クロスレンジで、互いの剣戟が衝突し合う。

 

「シッ――――ッ!!」

「……………」

 

 呼気を鋭く吐き出す東堂に対し、《天譴》は無言のまま。両者共にまだ底の底を出し切らないまま、平凡な伐刀者であれば一刀で斬り伏せられているであろう斬撃を幾度となく繰り出す。

 

 ぎゅるり、と《天譴》が視線を巡らせる。

 《雷切》が、その視線に沿うように雷撃を放出する。

 

 不可視の魔力刃が、静かに《雷切》の脚を狩ろうとする。

 ダン、と一層強く踏み込み、軽やかに跳ねた東堂が《天譴》を飛び越えるように背後を取る。背を狙って突き出された刀を、後ろ手に回した《自在天》が弾き飛ばした。

 

「おいおいおい……マジかいな。東堂の奴、あの《天譴》とガチで打ち合えとるぞ!」

 

 観客席に座る《浪速の星》諸星雄大が、驚きと共にそう感嘆の声をあげる。

 去年の《七星剣武祭》において、諸星は《天譴》相手に一太刀で斬り伏せられ敗北している。しかも、"視線で斬る"という意味の分からない絶技による手加減を施された上で。だからこそ、『《天譴》と刀を交わす』という事がどれほどの難題か、よく理解しているのだ。

 

 そして、諸星が驚愕した理由はそれ一つだけではない。

 東堂の描く(やいば)の軌跡。無駄を一切排除した、美しい剣閃。その太刀筋に、よく見覚えがあったのだ。

 

「しかも―――あれは、()()()()やないか……!?」

「……あれこそが、彼女が新たに身につけた伐刀絶技(ノウブルアーツ)です」

 

 隣で観戦していた黒鉄一輝が、諸星の疑問にそう答える。

 

「神経細胞の発火、化学物質の放出、そして筋肉の膜電位の変化。その連続によってのみ、肉体は動く。人間の生命活動には、全て電気が使われています。心臓の鼓動も、筋肉の収縮も……そして、()()にも」

「は……? いったい何の話や?」

「今、会長がやってみせている事の答えですよ。会長が振るっているのは、正真正銘僕の剣。会長の脳内には、()()()()()()()()()が増設されているんです」

 

 雷を司る自然干渉系能力者だからこそ―――いや、東堂刀華だからこそ辿り着けた絶技。

 そのカラクリを、黒鉄一輝は滔々と語る。特訓に付き合って貰った彼らには、礼として種明かしするよう東堂からお願いされているのだ。

 

「僕の思考の波長や生体電流の癖を読み取り、仮想の神経網として編み上げているんですよ。今の会長は、僕の『剣の思考』を電気で模倣(コピー)し、それを自らの筋肉へ強制的に流し込んで動いている」

「……アホか。んな無茶苦茶な……! 脳みそを雷で作るやなんて、一歩間違えたら自分の脳がショートして廃人やぞ!」

「ええ。ですが、その狂気じみた演算を成功させた恩恵は計り知れない」

 

 ギィインッ!! と、リング上で再び鋼音が弾ける。

 

 諸星の眼でさえ、もはや剣の軌跡を見失いかけるほどの速度。剣に『加速』の過程が無い。太刀筋に一切の『無駄』が無い。《比翼》と《天譴》の剣を共に習得した者同士の打ち合い。常に最適解を選び続ける両者の応酬は、さながら剣舞の如き美しさを帯びていた。

 

「剣の完成度で言えば、まだ8割か9割。ですが、電気で構築された仮想脳には、シナプス間のラグが存在しない。倉敷くんの《神速反射(マージナルカウンター)》と同じような物です。人体の限界、反応速度0.1秒の壁を越えられるなら……多少の(あら)は、速度と魔術の補助で塗りつぶせる」

 

 生身の限界を超えたオーバークロック。

 電気信号を読み取る《閃理眼(リバースサイト)》で眼を。仮想脳の増設によって演算能力()を。机上の空論を現実に変える事で、東堂刀華は《天譴》の剣の模倣に成功した。

 

「思考回路が二つある事は、戦闘者においてこの上ない優位に繋がります。右を見ながら左を見れる。精密に剣を操りながら、同時に魔術でそれを補助出来る」

 

 剣術の差は魔術で埋める。演算の質の差は、反射速度と演算量で埋める。

 

 今、あのリングに居るのは1人ではない。

 東堂刀華と黒鉄一輝が、同じ身体で戦っているのだ。 

 

「それが、彼女が《天譴》に届くために見出した新たな力」

 

 黒鉄の言葉に応えるように、リング上の東堂刀華が深く息を吸い込んだ。

 《天譴》は、未だ『手加減』している。それならそれで構わない。彼がギアを変える前に、手加減を止める前に、このまま押し切ると決断したのだ。

 

「そして―――彼女が同時に再現(コピー)出来るのは、1()()()()()()()()

 

 仲間たちへの限りない感謝と敬意を込めて、彼女はその絶技の名を口にした。

 

 

 

「《同調雷装(レゾナンスメモリ)二重奏(デュオ)》――――《黒鉄一輝(アナザーワン)》+《貴徳原カナタ(シャルラッハフラウ)》ッッ!!」

 

 

 

 彼女の背後から、黒い影が―――()()が、飢えた獣の如く飛び出した。

 破軍学園生徒会会計、貴徳原カナタ。空気中に散らした、目に見えない程の細かい剣の欠片を自在に操る能力者。彼女の、ずば抜けた群体制御能力を借りる。

 

 脳が焼ける感覚。《黒鉄一輝(アナザーワン)》だけの独奏(ソロ)ではなく、二重奏(デュオ)の発動には莫大な負荷が掛かる。だからこそ、出来る限り温存して発動タイミングを窺っていた。

 

 (おろ)か。

 《天譴》を前に、そんな出し惜しみをして勝てる訳が無い。黒鉄一輝と東堂刀華の力を合わせただけでは、《天譴》に勝てない。1+1では、(無限)に届かなかった。

 

「―――構うものか……ッ!!」

 

 血を吐くように、東堂刀華はそう啖呵を切った。

 

 それでも良い。それでも勝つ。

 1+1で足りないなら、それ以上で。彼我の差が埋まるまで1を足し続けて、無限を上回ってみせる。

 

『これはッ、東堂選手の新技かァーッ!? 地面の砂鉄を電磁力で操っているのでしょうか!? 素晴らしい応用力、素晴らしい拡張性!! 自然干渉系の能力者はここが強い!! 細かな砂鉄の刃が甘木選手を襲いますッ! 東堂選手と同学年の強豪、《紅の淑女(シャルラッハフラウ)》貴徳原カナタ氏を思わせる不可避の攻撃だァーッ!!』

 

 紫電が撒き散らされる。黒い砂鉄がリング上を(うごめ)き、《天譴》へ殺到する。

 会場のライトを反射して鈍く煌めく砂鉄群。肉を削ぎ骨をすりおろすであろう殺意の塊が、《天譴》の血肉を啜ろうと襲い掛かる。

 

「すげ、どうやってんだ……? ま、さすがに斬るのは現実的じゃないな」

 

 ぎゅるり、と《天譴》の眼が動くが、数千数万を超える砂鉄の粒一つ一つを斬る事は出来ない。  

 砂鉄群を操る電磁場の急所を見極めて斬るには、計算に数秒を要する。

 

「―――じゃ、避けるか」

 

 一切動揺を見せず、《天譴》がそう呟く。

 黒い影が《天譴》の腕に触れ―――()()()と、滑るように受け流された。

 『天衣無縫』。ほんの僅かな体捌きで敵の凶刃を受け流す、歩法の秘奥(ひおう)。王馬との戦いで、《天譴》は既にその技を思いついている。幾千幾万の刃であろうが、彼の前には何の意味も持たない。

 

 だが。

 

「いいえ、それは織り込み済みです……ッ!!」

 

 それを待っていたとばかりに、東堂刀華はより深く踏み込んで《鳴神》を振るった。

 

()()()でも、()()……ッ! 最適な姿勢から! 無駄を削ぎ落した至高の剣閃から! 砂鉄群を避ける為に、貴方は、ほんの僅かと言えど動かざるを得ない!」

 

 砂鉄による全方位攻撃は、甘木にダメージを与えるためのものではない。彼に『天衣無縫』を強制させ、回避行動による身体の重心移動を限定させるための布石だ。無数の砂鉄を受け流すために、《天譴》は僅かに身じろぎをする。

 

 ごく小さな、しかし最適解を取り続ける二人の応酬においては致命的な雑音(ノイズ)。その隙にも満たないほんの刹那を、東堂刀華は逃さなかった。

 

「う、おっと……ッ」

 

 一手。《天譴》の刃が僅かに遅れた。

 

 華族、《貴徳原カナタ(シャルラッハフラウ)》の群体による盤面操作。

 剣鬼、《黒鉄一輝(ワーストワン)》による最短・最速の太刀筋。

 

 二つの仮想脳が弾き出した、必殺の挟撃。

 

「―――今ッ、此処(ここ)!!」

 

 刀に力を乗せ、重心を前に預ける。紫電を纏った刃が、《天譴》の首筋へと吸い込まれていく。

 

 重心は、砂鉄を回避するために崩れている。剣を弾き返す腕のタメも残されていない。ついに、《天譴》の首へ刃が届く―――

 

 そう、誰もが確信した瞬間。

 

「……なるほど。"一人じゃない"のか」

 

 甘木悠の、ひどく静かな呟きが落ちた。

 

「――――――ッ!?」

 

 ()()()と東堂の《鳴神》が受け流され、その軌道を地面へと変更させられる。

 前につんのめった、あまりにも無防備な体勢。己の身体に電流を流し、筋痙攣に近い強制駆動で慌ててバックステップを踏む。

 

「今、のは……ッ!」

 

 完璧なタイミングで入ったはずの刃。だが返って来た手応えは、宙に舞う花弁を斬りつけたような空虚な物。《天衣無縫》で受け流された時と酷似した感触に、東堂刀華は戦慄する。彼女の視力は、今《天譴》が何をしたかを良く捉えていたからだ。

 

「(()()()()……ッ! どんな伐刀者でも持っている、最低限の基礎スキル! 魔力の(バリア)で己を覆い、銃弾程度なら無傷で身を守れる基本技! それで《天衣無縫》をやったんだ!! 完璧に制御された魔力の力場で、私の剣を受け流した……ッ!)」

 

 魔力は術として形を成さずとも、ただそこに在るだけで一定の力を発揮する。

 伐刀者は無意識の内に己を魔力のバリアで覆っており、拳銃程度であれば軽傷にもならない。伐刀者が通常兵器に対して圧倒的に優越する理由の一つである。

 

 そして、物理的な干渉力を持つという事は。

 魔力防御で《天衣無縫》を行うという荒唐無稽な真似も、精密な操作があれば可能という事だ。

 

 《風の剣帝》黒鉄王馬との戦闘において、完璧に入ったはずの彼の一太刀を《天譴》が受け流せた理由がコレだ。《天譴》の体表に張り巡らされた魔力の力場が高速で流動し、王馬の野太刀をぬるりと滑らせたのだ。

 

「(あり得ない……ッ! 『理論上は出来る』って、そんな言葉で収まるレベルじゃない……! いや、それだけじゃない……甘木君は、()()()()こんな技を隠し持ってる……ッ!?)」

 

 底が見えない。《天譴》の本気が、あまりにも遠い。

 信じがたい神業に東堂が身を固まらせている間に、《天譴》はブツブツと呟く。

 

「仮想の神経網。微細電流による思考の疑似演算(エミュレート)。凄いな……考え方の癖とか判断基準とか、ありとあらゆる事が分かってないと無理だろ。真の意味で『心が通じ合った仲間』がいないと出来ない技だ。一生真似できないかも」

「……どうも。そう褒められると、少し照れますね」

 

 強張る顔を必死に引き締め、東堂刀華は《鳴神》の切っ先を再び甘木へと向ける。

 薄く紫電が散る。リングの外、この湾岸ドームの外へと。今日、ここで全てを出し切る。不退転の覚悟を込めて、東堂刀華の感情が高ぶる。

 

 《天譴》に油断は無い。

 長引けば長引くほど己が優位だと知っているから、彼は決して拙攻を選ばない。落ち着いて相手を観察し、見極め、これ以上覚醒の可能性が無いかを十分に判断してから攻めに移る。

 

 彼に相対するなら―――天に挑む者は、ただ己の全てを絞り出すしかない。

 

「あ、すみません。敬語が抜けてました」

「いえ、嬉しいです。なので……もっと、褒めてくださいよ……ッ!!」

 

 脳が()ける。心拍が加速する。

 急速に巡る血流によって血管の幾つかが耐え切れず断裂するのを感じながら、東堂刀華は技の名を叫んだ。

 

 

「《同調雷装(レゾナンスメモリ)三重奏(トリオ)》―――《黒鉄一輝(アナザーワン)》+《貴徳原カナタ(シャルラッハフラウ)》+《黒鉄珠雫(ローレライ)》ッッ!!」

 

 

 破軍学園代表、《深海の魔女(ローレライ)》黒鉄珠雫。彼女の、類稀(たぐいまれ)なる魔力制御能力を借りる。

 

 東堂刀華の意志に呼応し、砂鉄が(うごめ)く。

 黒い影がほどけ、サァァア……と音を立てて崩れ落ちる。極限まで高められた魔力制御によって砂鉄の一つ一つがさらに極小へ分解され、リング一帯を薄い霧として覆っていく。

 

「(軽い砂鉄の粒は、甘木さんの魔力流動に巻き込まれて動く……! 魔力防御による《天衣無縫》も、この空間内なら捉えられる……ッ!)」

 

 磁場を纏った砂鉄たちの動きは、雷使いである東堂刀華ならば手に取るように分かる。相手の視界を阻害し、こちらの感知能力は何倍にも跳ね上がる。

 

 それだけでは無い。薄く中空に舞う砂鉄たちは、東堂の意に応じて盾にも剣にもなる。空間そのものを掌握する、黒鉄珠雫から発想(インスピレーション)を得た東堂刀華の新技。リング上から動けない《七星剣武祭》でなら、より凶悪な技となるはずだった。

 

 それに対して―――《天譴》は、表情一つ変えなかった。

 静かに刀を構え、こう言った。

 

「良い技ですね」

「……そう思ってるなら、冷や汗の一つくらい流してみてくださいよ……ッ!」

 

 全身を襲う激痛を(こら)えながら、東堂刀華はそう返した。

 

 あと何分。これ以上、《同調電装(レゾナンスメモリ)》の負荷に耐えられるのか。

 心臓がおかしい。バクバクと鼓動するたび、頭が締め付けられるように痛む。脳はオーバーヒートを始めて、眩暈(めまい)で視界が回る。《三重奏(トリオ)》を使い始めてから、時間感覚が曖昧になって来ていた。 

 

 構うものか。

 

「まだまだ……ぜんっぜん、ベストコンディションですね……!」

 

 右眼から流れ、口に入って来た血を吐き捨て、東堂刀華は獰猛に笑った。

 

 

 ◆

 

 

『雷光と白光の剣閃が交錯するゥうぅッ!! これが、これが今年の《七星剣武祭》! これが日本の誇る輝かしい騎士たちだと!! そう、世界に声を大にして叫ばせてください!! 両者敵の最有効距離(クリティカルゾーン)に止まり、刃を、魂をぶつけ合うッ!! 下がらない! ただの一歩も引き下がらないッ!!』

『す、すっげぇ音!』

『耳が痛いわ……!』

『負けるなーッ!! 頑張れ、東堂ーッ!!』

『絶対勝てーッ! そのまま耐え切れッ、甘木ー!』

『ぅぉぁあぁあああああああッ!! この熱い戦い……ッ、僕は……俺は、データを捨てるッ!! とにかく二人とも頑張れェーッッ!!!』

 

 会場の全員が、この宝石のような時間に熱狂していた。

 リングの中央。砂鉄による薄靄(うすもや)が漂うそのド真ん中で、《天譴》と《雷切》の両者が激しく斬り合う。

 

「ァァァアアアアァアアアァアァアアァアアアアアッ!!!」

「ッ――――!!」

 

 常に最適解を選ぶ両者の剣は、いわば『我慢比べ』の様相を呈する。

 どちらが先に失着(ミス)を犯すか。脳の酸素を恐ろしく消費するこの極限状態の中で、どこまで耐えられるか。幾百幾千ある選択肢の中、常に相手を上回る材料を探しながら思考を回す。

 

 全身から血を流し、綱渡りに次ぐ綱渡りを成功させ続ける東堂刀華。

 それに応じる《天譴》も、今まで以上に真剣な顔で刃を振るう。

 

 叩き付けられる鋼と鋼。

 ぶつかり合うたびに火花が瞬き、周囲の砂鉄に反応して何度も紫電を散らす。

 陽の光に照らされて、散らばる鉄粉がキラキラと輝く。

 

『綺麗…………』

 

 観客の一人が、思わずそう呟いた。

 

 まるで、花火の中で手を取り合って踊っているようだと。

 世界最高峰の激闘の中、場違いにもそう思ってしまったからだ。

 

「……凄まじいな。甘木も東堂も」

 

 二人の姿を見て、新宮寺黒乃がぽつりと呟く。

 

「んふふ。なーなー、くーちゃん。今、どっちに勝って欲しいと思ってる?」

「ふ……私は、破軍教師失格だな。どちらも、同じくらい応援してしまっている」

「別にいいんじゃね? それぐらい……良い試合だよ、これは」

 

 そう言って、西京寧音は眩しそうに目を細めてリングを眺めた。

 東堂刀華。『ちょっとは骨がありそうだし見た目もタイプだし、適当に鍛えてやるか』程度の思いで面倒を見始めた、己の教え子の一人。

 

 そんな彼女が、今、《七星剣武祭》の大舞台で己の才能を開花させている。

 どうしてか分からないが、何故かそれがたまらなく嬉しい。弟子なんて一生取らないつもりだったのに、いつの間にか、彼女の成長を見るたびに何となく頬が緩んでしまう。

 

「……教師ってのも、いい仕事かもな」

「お。ウチに来るか、寧音? お前なら引く手数多(あまた)……いや、生徒に手を出す……まあ、うん」

「…………ま、どうだかねー……」

 

 普段ならば噛みついているだろう新宮寺の発言をサラリと流し、西京はリングへと目を向けた。冗談のはずが、言葉にしてみると『悪くないな』と思えてしまったのが恥ずかしかった事が一つ。そして―――今は兎に角、この美しく輝く二人の宝石を眺めていたかったのだ。

 

「……トーカちゃんは、()()()()()()。甘木相手に何処まで行けるかは、それ次第かね……」

 

 

 ◆

 

 

「(……ああ、コレですね)」

 

 剣戟の最中。

 東堂刀華は、己を捉える黒い鎖の存在に気が付いていた。

 

 黒鉄一輝から聞いている。《天譴》との試合中、この鎖がいつの間にか現れていたのだと。己の動きを止める、出所不明の(いまし)め。山に繋がれているのかと思うほど絶望的な重量で、強く黒鉄の身体を縛り付けていたのだと。

 

「(黒鉄さんは、『いつの間にか崩れて消えていた』と言いましたが……)」

 

 彼の話を思い出しながら、東堂刀華は己に付けられた鎖を引っ張ってみる。ガチャリ! と音を立てて重い鎖がこすれるが、切れる様子は微塵も無い。

 

「(……ダメですね。分かっていましたけど)」

 

 東堂刀華の剣戟が鈍る。

 

 分かっていた事だ。

 

 東堂刀華に、劇的は訪れない。

 彼女は、そういう星の下に生まれていない。

 

 この鎖はきっと、なにか強い想いとか、狂気的な願いとか、そういう"特別な何か"が無いと外れないのだろう。限界を超える、運命を乗り越える、いっそ傲慢ともいえる強烈な劇的(エゴ)が無ければ、この先には進めないのだろう。

 

 東堂刀華にそんなエゴは無い。

 彼女は、当たり前の事を当たり前にこなすだけの人間だから。周囲の人間が大切で、食べるのが好きで、ちゃんと頑張るけどよく挫折する、ごく普通のありふれた人間だと良く知っているから。

 

 

 鎖は千切れない。

 東堂刀華は、《魔人(デスペラード)》になれない。

 

 

『ど……ど、どうしたァッッ!? 東堂選手、動きが鈍って来たかッ!? 不調でしょうか!? 落ち着いて距離を取る……だが、それを許さない《天譴》が迫ってきているーッ!!』

『東堂ー!! そんな、負けるなー!!』

 

 才能の限界に達し、成長が鈍化する。《天譴》に、東堂刀華の器を見切られようとしている。

 持って生まれた魔力量(才能)が黒鉄一輝よりも多かったが故、今の今まで食らいつく事が出来た。己の可能性を極め、《同調電装(レゾナンスメモリ)》という新技も閃いた。

 

「(よくやった方です……本当に。我ながら、よく頑張りましたよ)」

 

 鎖を撫でる。お前の限界はここだと、そう雄弁に伝えて来る重い鎖。

 東堂刀華は超人的な直感によって、"この鎖は別に悪い物ではない"と感じ取っていた。運命の保護から外れた者は、きっと戦いと波乱に満ちた生涯を送るのだろう。そんな無茶をする必要はないと、この黒い鎖はそう言ってくれている。

 

『頑張れェーッ!! 絶対勝てーッ!!!』

 

 運命を捻じ伏せる、突き抜けた自我(エゴ)が無い。

 死を覚悟して波乱へ身を投じる気力も無い。そもそも、そんな事したいなんて、全く思わない。

 

 黒鉄一輝のような。ステラ・ヴァーミリオンのような。西京寧音のような。

 そんな、歴史に名を残すであろう綺羅星のような彼らになんて成れなくていい。周りの人たちさえ守れれば、自分は満足してしまうから。そんな、平凡な人間だから。

 

『東堂ーッ!! 足使え、足ーッ!! 頑張れー!!』

 

 なのに。

 

『会長ーッ!! 応援してます! 頑張ってくださーい!!』

『あきらめんな《雷切》!! まだまだ行けるだろーッ!』

『負けるな……負けるな、刀華ーッ! うおぉぉ、三々七拍子行くぞォーッ!!』

 

 なのに、どうして。

 このありふれた、痛くて苦しいのが嫌いな普通の人間の背中を、こんなにも大勢の人が押してくれるのだろう。

 

「(……頑張れ)」

 

 心臓が鼓動する。脳が演算を続け、この状況における最適解を導き出す。構築した仮想脳が、砂鉄の結界によって《天譴》の剣の軌道をほんの僅かにズラした。

 

「(……頑張れ、って。すごく、好きな言葉です)」

 

 もう諦めようとしていたのに。

 本当に、頑張ろうと思えるから。

 

 東堂刀華の、超一流の雷使いとしての感覚が、ピリピリとした電位の変化を捉える。

 崩れた体勢から強引に跳ね起き、東堂刀華はバク転で大きく距離を取った。刀で腕を薄く切られた。それでも、もう諦められない。

 

「ふーッ………」

 

 大きく息を吸い、大きく吐いた。

 周囲の状況が目に入ってくる。青い空。白いリング。顔を真っ赤にして声援を送ってくれる人々。巨大な旗を必死で振り回す己の幼馴染に、それに追随する破軍学園の人々。

 

 歓声が聞こえる。己を応援する、沢山の人の声が聞こえる。

 

 鎖はまだ此処にある。たぶん、自分は一生これを外せないだろう。

 

「……それで、いい」

 

 構わない。それでも、そんな自分を支えてくれる人がいるから。

 

「……? 何の話です?」

「いえ。ちょっと、極限状態で幻覚を見ていました。お気になさらず」

「ええ……? 棄権した方が良いんじゃないですか……?」

 

 戸惑った顔で、《天譴》が刀をくるりと回して構え直した。

 

 《天譴》がここまで長期戦に付き合った理由を、東堂刀華はよく理解している。

 他者の思考回路を再現する複雑な伐刀絶技(ノウブルアーツ)。笑ってしまうほどの魔術回路への負荷。《同調電装(レゾナンスメモリ)》による猛攻を適当にいなして居れば、東堂刀華はいずれ()()()()か、もしくは脳のオーバーヒートで敗北するからだ。

 

 確実な勝ち筋があるのに、わざわざ妙な事をして勝率をブレさせる必要はない。そう考えたからこそ、《天譴》は無傷のまま東堂刀華の特攻を堅実に凌いできたのだ。

 

「……嬉しいです、ほんとに」

 

 勝ちを堅実に拾う、《天譴》の戦法(スタイル)。そのお陰で、己は全力を出し尽くす事が出来る。

 《天譴》への向き合い方を、東堂刀華は己なりに定めた。ただ、己と戦ってくれることに感謝して―――今やれる事を、精一杯やるのだ。

 

 長期戦に《天譴》が付き合った理由は、先ほど述べた通り。

 だが。それを見抜いていたにも関わらず、《雷切》が短期決戦を選択しなかった理由は。

 

 

「お気をつけて、甘木さん―――()()()()()()()()()()

「え」

 

 

 刹那。

 世界から『音』と『色』が消え失せた。

 

 

 天空から降り注いだ巨大な雷が、リング上に直撃した。

 

 

 この会場には、数日前から入道雲が―――積乱雲が、姿を現していた。

 試合前日、《天譴》は酸素が電気分解されるオゾンの匂いを感じていた。

 真夏にも関わらず、遠くの積乱雲から流れ込む涼しい風が吹いていた。

 

 どれも、遠くに雷雲が在る事を示すサインである。青天(せいてん)霹靂(へきれき)という言葉が示すように、数キロ先の積乱雲から雷が水平方向に伸び、晴れた場所に落ちる事例は古来より数多く存在する。

 

「うぉぉおおおおおおおおおッ!?」

 

 突然の事に、《天譴》が驚きの声をあげる。

 

 数億ボルトという、人間の規格を外れた大自然の雷霆(らいてい)

 網膜を焼き切るほどの白閃が会場全体を白一色に染め上げ、数万度の超高温によって空気が一瞬でプラズマ化し、爆発的に膨張する。実況席と観客の悲鳴は、天地を引っくり返すような轟音に全て掻き消された。

 

「はっ……え!? なに!? ……ああいや、そういや電気を会場の外に飛ばしたり、時間稼ぎしてたりしたなぁ! 砂鉄もこれ、()()()を兼ねてか!!」

 

 一瞬のラグを挟んで、《天譴》の脳内が滑らかに稼働する。

 

 暁学園の《傀儡使い》、平賀玲泉が"会場外の金属廃棄物(スクラップ)"を組み上げて巨大なゴーレムを作ったように。《七星剣武祭》において、リング外の物を利用する事は認められている。

 

 《雷切》はこれを狙っていたのだろう。こんなあやふやな作戦を、本気で。数日前から積乱雲が在る事を確かめ、己の放った電流によって雷を誘導し、砂鉄で避雷針を作り、来るかどうかさえ分からない落雷の為に長期戦を繰り広げたのだ。

 

 感嘆と少々の呆れを込めて、《天譴》がぽつりとこう漏らした。

 

「……自然干渉系の能力者は、周囲の属性(エレメント)を取り込んで()()()()()()()()()()()()()……とはいえ、こんなド派手にやったのは多分、会長が初めてですよ」

 

 焦げたオゾンの匂いと、もうもうと立ち込める粉塵の先へそう声をかける。

 パリパリと紫電が(はし)る中、一人の少女が煙を切り裂いてゆっくりと現れた。

 

 

「全力を出して挑んで、それで―――甘木さんに、伝えたい事がありましたから」

 

 

 東堂刀華の身体が、白色に発光している。

 雷そのものとなったような東堂刀華の姿。纏っているエネルギーの量は、尋常な伐刀者で受け止めきれる領域ではない。どんな技術を()てしても、体が吹き飛んでいるだろう。

 

 だが、東堂刀華はそれを受け止めきっている。

 

 何故(なぜ)か。

 

 魔力が、想いによって生まれる物であるからだ。

 人の想いが、魔力を生むなら。そうであるならば当然、『魔力容量』とは『想いを受け入れる器』の事を指すだろう。自然界の属性(エレメント)を魔力として取り込む力とは、己の心の深くに他人の想いを招き入れる器の大きさを指すのだろう。

 

 

「―――砂一粒に恒河を描き、花一輪に楽園を見出せ」

 

 

 他者を受け入れる心の器が、東堂刀華は誰よりも優れている。

 

 

「何度でも、恥ずかしげもなく叫ぶのだ。私たちの光輝(かがやき)は、何者にも勝ると。繋いだ手の中にこそ無限が在るのだと」

 

 詠唱。

 荒れ狂う魔力を伐刀絶技として制御するための『まじないの言葉』が、東堂の口から吐きだされる。正真正銘、星の息吹そのものである大自然の力。己の限界以上の魔力を、東堂刀華が技の形へと編み込んでいく。

 

 

「天の星、地の花。払暁(よあけ)の象徴とは雷霆(らいてい)なれば―――東天(とうてん)を割る太陽さえ、私たちの声に飛び(すく)め!!」

 

 

 東堂刀華に、劇的は訪れない。

 彼女は、そういう星の下に生まれていない。

 

 だが。

 

 他人の想いを背負って戦う時、東堂刀華は恐ろしく強い。

 不可能を不可能のまま、何故か可能にする―――そんな『理屈の無い強さ』が、彼女には在る。

 

 

 

「我は奇跡を手繰(たぐ)る者―――《同調雷装(レゾナンスメモリ)交響楽団(フィルハーモニー)ッッ!!!」

 

 

 

 雷が、周囲に()()()

 東堂刀華の新たな伐刀絶技、同調雷装(レゾナンスメモリ)。体内にもう一つの思考回路を増設し、他者の強みを借り受ける技。

 

 これは、その拡張版。

 

 落雷によって撒き散らされた電荷。

 宙に漂う砂鉄の粒たち。そして、今までの戦闘による微小電流。

 それらを補助として使い、空間そのものを使って仮想の神経網(ニュートラルネットワーク)を編み上げる。東堂刀華がこれまでの学園生活で剣を交え、言葉を交わし、共に笑い合った破軍学園生徒、()()()

 

 黒鉄一輝の剣術が。ステラ・ヴァーミリオンの剛力が。黒鉄珠雫の繊細な魔力制御が。貴徳原カナタの群体制御が、兎丸恋々の速さが、砕城雷の重さが、葉暮桔梗の加速が、葉暮牡丹の鋭さが、綾辻綾瀬の技巧が、有栖院凪の暗殺術が、御祓泡沫の観測が、桐原静矢の潜伏術が、日下部加々美の身のこなしが、西京寧音の奔放さが、新宮寺黒乃の計算高さが、折木有里の自己犠牲が。

 

 結城翔太の、篠崎凛の、風間蒼空の、橘結衣の、望月蓮の、柊奏多の、白石結愛の、長谷川陸の、相沢美羽の、神崎凌牙の、如月琴音の、九重朔夜の、瀬戸拓海の、水瀬雫の、一条誠の、三雲隆の、五十嵐大和の、七瀬翔の。

 

 破軍学園に集う、数え切れないほどの生徒たちの想いが。その研鑽の全てが。

 全て、東堂刀華一人に託されている。

 

 

「―――《七星剣武祭》が終われば」

 

 

 金髪が、過剰に充填された電気によって白く光っている。

 いっそ神々しいほどの雰囲気を放ちながら、どこまでも普段通りの表情で東堂刀華は突然そう言った。

 

「この試合の勝敗がどうあれ、日本の魔導騎士学園は大きく形を変えるでしょう。暁学園を中心に再編するのか、それとも元の七校を中心に再編するのか。そのどちらにせよ、暁学園も破軍学園も今の形ではなくなるはずです」

「……はい。その通りだと思います」

「同時に、きっと日本も激動の(とき)を迎えるでしょう。私も貴方も、しばらく学園に通えなくなるかも知れません。……もしかすると甘木さんは、そのまま……」

「…………まあ、そうかもしれませんね」

「その時に、お願いがあります」

 

 そこまで言って、東堂刀華は小さく息を吸った。応援の声をよく聞いて、勇気を出さなければ口に出せなかったからだ。

 

「全てが落ち着いたら。その後は――――どうか、破軍学園に戻ってきてもらえませんか」

「…………それは」

「良い思い出が無いと分かっています。相互理解を誤ったと、よく理解しています。それでも……どうか私たちに、やり直す機会を貰えませんか」

「…………」

「世界情勢が落ち着くまで、半年、一年かかっても、卒業してしまっても……同窓会に来るだけだって構いません。甘木さんと、ちゃんと仲良くなりたいです。私は、そう思っています―――それに、()()()()

 

 そう言って、東堂刀華は応援席を()(しめ)した。

 旗を振り回す、破軍学園の応援団たち。彼らはみな、喉が枯れんばかりに声援を送っていた――

 

 ―――()()()

 

 

『会長ーッ!! 甘木ーッ!! ()()()()()()()ーっ!!』

『両方負けんなーっ!! 二人とも、応援してるからなーっ!!』

『東堂先輩ーッ!! キスーッ!! 今そこで舌捻じ込めば勝てますッ! 全部ッ!!』

『甘木くーんッ!! 今まで……今まで、本当にごめん!! 君が……ッ、ずっと、羨ましかったんだ!!』

 

 

 応援団も。客席の学生も。

 全員が、甘木悠と東堂刀華、二人に声援を送っている。応援団の団長が小さな体で太鼓を叩きながら、己のコンプレックスを吐き出している。

 

 無理に応援させられている者など、一人も居ない。客席に居る破軍学園生徒全員が、かつて自分たちが恐れ、遠ざけてしまった怪物の背中を必死に後押ししていた。

 

「……返事は、今じゃなくて構いません。今度……またどこか、映画でも見に行きましょう」

 

 おすすめの映画があるんです、と東堂刀華は柔らかく微笑んだ。

 言葉だけで伝わる事とは思っていない。一度だけで伝わるとも、同様に。これから時間をかけて、甘木悠という人間をよく知っていきたいと思うのだ。

 

 例えばまずは、好きな映画のジャンルとか。

 

「……どうして、ここまでしてくれるんです?」

 

 少しの嬉しさと大量の戸惑いと共に、《天譴》がそう尋ねた。

 東堂刀華の厚意は、単に東堂が善人だからというのを差し引いても幾らか過剰に思えた。破軍学園における人間関係は完全に壊滅している。甘木悠にとって、東堂刀華とはそこまで骨を折ってもらえる程の間柄では無い。

 

「校舎破壊犯ですよ、俺は」

「……三つあります。まず一つは、勝手な理由で貴方を遠ざけてしまった(つぐな)い。二つ目は、私が破軍学園の生徒会長だから。貴方にとっても―――破軍学園(ここ)が、安心できる場所であって欲しい。日常と貴方を繋ぎとめる場所になって欲しい、と願っているからです」

「…………」

 

 『日常』という言葉に、甘木悠が言葉を止める。

 

 日常。もしかしたら、自分が将来送れなくなるかもしれない物。

 それと自分を繋ぎとめる絆に、東堂刀華はなりたいのだと言う。破軍学園の生徒会長だからという、たったそれだけの理由で。それとも、この先《天譴》が辿るかもしれない可能性を、朧気ながら掴んでいるのだろうか。

 

「……最後の三つ目は?」

 

 《天譴》の疑問に、東堂刀華は唇に指をあてて目をつむった。

 

「ふふ……それは、まだ秘密です。頑張って親愛度を上げてください、甘木さん」

「……なんか、色々勉強してますね……?」

 

 そう言って、東堂刀華は会話を打ち切った。

 

 《鳴神》を鞘にしまい、腰を深く落とす。

 

 《同調雷装(レゾナンスメモリ)交響楽団(フィルハーモニー)》は、未完成の技だ。将来的には多彩な強みを生かした応用力のある伐刀絶技へと進化させる予定だが、今はまだ、この状態で一つの技しか使えない。

 

「――――――」

 

 空間に展開された破軍学園全員の思考回路。

 数百人分の視点が甘木悠を捉え、『たった一つの太刀筋』を計算する。演算能力の全リソースを以て、愚直で単純なそれを磨き上げる。

 

 

「(黒鉄さんの最速を。ステラさんの剛力を。珠雫さんの精密さを。寧音先生の奔放さを)」

 

 

 破軍学園の全員が持つ「強さ」のエッセンスを、一振りに集約させる。

 誰もが持つ『これだけは相手に負けない』という最適解を、()()()()()。1を無限に足し続けて、天まで届かんと背を伸ばす。

 

 鞘の中に収まった《鳴神》が、ギチギチと悲鳴のような鋼音を上げる。超圧縮されたエネルギーが、数百人分の演算リソースをもってしても抑えきれずに紫電となって周囲へ漏れ出す。

 

「なるほどね……黒鉄とは違うけど。これはこれで、厄介だな」

 

 鞘に秘められた暴虐を見て取って、《天譴》がぐるりと視線を巡らせた。斬れる場所は無い。

 暴発のリスクを取って出足を押さえるよりも、自重(じちょう)を解いて"本気"を出した方が良い、と思考回路が答えを出す。

 

 

「――――天に明星(みょうじょう)、地に(まが)(ぼし)

 ことごとく、定めを思い出すがいい。神性と支配、摂理と楽園、理解と智慧。その中心に炎は宿る。(やす)らいで荷物を下ろしなさい。貴方の旅路はここで終わる」

 

 

 極光が溢れ出す。

 

「(……ふふ)」

 

 その姿を見て。

 甘木悠の美しい立ち姿を見て、東堂刀華はふと思い出していた。

 

 一年前。ふと見かけた模擬戦で、彼が刀を振るっていた事を。

 何にも考えていなさそうなボーッとした顔で。対戦相手の事など視野にも入っておらず、ただ試験の事だけを考えているかのごとく、無造作に。

 

 ―――今でも鮮明に思い出せる、あまりにも美しい太刀筋で剣を振るったことを。

 

「(……言えるわけがありません)」

 

 それからずっと、彼の事が気になって仕方なかった事とか。

 色々彼の事を調べて、仲良くなろうとして、でも上手く行かなくて。

 空回ってとうとう決闘して、それでも眼中にも入っていなくて、悔しくて仕方なかった事とか。

 

 

 あの日、彼に一目惚(ひとめぼ)れしてしまった事とか。

 

 

「(言えるわけありませんね。少なくとも、今はまだ)」

 

 

 どこか遠くで、一人の男が臓腑(はらわた)ごと吐き出すような嘔吐をした。

 

 腰を深く落とす。前を睨み、刀を強く握る。

 何千何万回繰り返してきた、居合斬りの姿勢。

 

 東堂刀華が、執念と修練の果てに辿り着いた神速の剣。彼女の代名詞。

 

 それが届かなくても、もう構わない。

 勝つまで―――彼に届くまで、何度でも挑み続けると決めたから。

 

 

 

「恩寵断絶―――――《災禍・第一項(プラガ・プリマ)》」

「―――――――――《雷切》」

 

 

 

 音すらも置き去りにした、純粋な光の奔流。湾岸ドームを包み込んでいた砂鉄の薄靄が一瞬にして蒸発し、二人の絶技によって生じた凄まじい衝撃波が、慌てて周囲の魔導騎士たちが展開したバリアをビリビリと叩く。 

 

 白と紫。

 裁きの極光と、再起する紫電。二つの極限が、リング中央で激突する。

 

 世界が割れたかのような轟音。

 リングの特殊装甲がめくれ上がり、暴風が観客席を撫で回す。もうもうと立ち込める土煙の中、誰もが目を塞ぎ、息を呑んでその結末を待った。

 

 やがて、ゆっくりと土煙が晴れていく。その向こうには――――

 

「……ふう。お見事でした、会長」

 

 血の一滴も流していない《天譴》と、意識を手放して倒れ伏す東堂刀華の姿があった。

 東堂の横顔はどこか晴れやかで、全てをやり遂げたような穏やかな笑みを浮かべていた。それに対し、甘木はどこか難しい顔をしている。

 

「マジで……今年だけ、なんかおかしいよな。過去映像で予習した《七星剣武祭》、絶対こんなレベルじゃなかったって」

 

 そう言って、甘木悠が己の制服を見る。

 

 ハラリ……と。 

 甘木悠の右腕――その制服の(そで)が、ほんの数ミリだけ切れ落ちて、宙を舞った。

 

 たかが数ミリ。

 魔力防御によって守られてもいない、制服の右袖だけ。

 そう嗤う者もいるだろう。暁学園の平賀などは特に、腹を抱えて大笑いするだろう。

 

 甘木は違う。

 

「本当に……お疲れ様でした、会長」

 

 甘木悠は、足元で眠る少女を見下ろした。

 彼女を抱きかかえ……ようとし、数瞬迷ってやめ、己の制服をふわりと掛けるだけにする。

 尊敬に値する彼女へ、せめてもの敬意の表れだと思って。

 

 

 割れんばかりの大歓声が、湾岸ドームを揺らした。

 

 

 

 

 《七星剣武祭》、優勝者決定。

 

 暁学園所属―――《天譴》甘木悠。

 

 

 

 

 

 

 

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