落第騎士の英雄譚 意識低い系風味   作:一般落第騎士

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第二十八話

 

 

 

『し……試合終了ォ―――ッ!! 《七星剣武祭》史上最高の激戦がついに決着しましたッ!!』

 

 試合終了のブザーが鳴り響く。

 《七星剣武祭》決勝の勝者は、暁学園所属・《天譴》甘木悠。

 

 ブザーの音さえかき消す大瀑布のような声援が、リング上の二人へ浴びせられた。

 

『素晴らしい……本当に素晴らしい試合でした! 私は今日の試合を、一生忘れる事は無いでしょう! 観客の皆様もまた同様だと信じておりますッ! 三十二戦の締めくくり、七星の頂点を決めるにふさわしい最高の試合でした……ッ!! 力を尽くした両者に、あらん限りの拍手をお願いいたしますッ!!』

 

 実況がそう叫び、観客の誰もが立ち上がり力の限り手を打ち鳴らす。

 

 開始直後からの互角の攻防。『落雷』という自然現象を無理矢理引き寄せてみせた《雷切》東堂刀華の執念。そして、最後の最後にそれを上回った《天譴》甘木悠の新技。《七星剣武祭》を通じて目の肥えた観客たちでさえ感嘆するしかない、いくら褒め称えても足りないとさえ思える試合であった。

 

『《雷切》東堂選手が、医療班の担架に載せられ運ばれていきます! 全てを出し尽くしたと言わんばかりの穏やかな表情ッ! 制服を彼女に貸し与えたまま、《天譴》選手がその姿を見送ります! 素晴らしい友情! そして、甘木選手はこれで《七星剣武祭》二連覇! 並ぶ者無き偉業を達成した今代の《七星剣王》が、観客の声援を浴びてリングに君臨します!!』

 

「はは……やっぱり凄かったな、東堂会長は」

 

 そんな二人を見ながら、黒鉄一輝はパチパチと手を叩いた。

 あの舞台に自分が居なかった事への悔しさは、確かに今も胸の内でくすぶっている。最愛の恋人(ステラ)と、《七星剣武祭》の頂点で決着を付けようと誓ったのだから。《雷切》も《天譴》も、どちらもいずれ絶対に超えてみせると闘志を燃やしている。

 

 だが、それでも。それはそれとして。

 『今年はあの二人の年だったんだな』と、何となく主役を譲るような気持ちになってしまうのも、仕方のない事だろうと内心で想う。

 

「素晴らしい試合でした、東堂会長。貴方は……破軍学園の、僕たちの誇りです」

 

 《同調雷装(レゾナンスメモリ)》によって、黒鉄もまたあの場で戦っていたのだから。

 黒鉄も、ステラも、そして破軍学園の全員もまた。

 

 僅かに切れた《天譴》の制服を見た時、黒鉄の胸をいったいどれほどの感動が満たしたか。天に手を伸ばす無数の人々の想いの結実が、《天譴》に僅かながらでも刃を届かせたのだ。

 

「はは……あの制服、甘木くんにちゃんと返るのかな……。会長がマントがわりに羽織り始めても驚かないぞ」

「え、ちょっとイッキッ!? 貴方、あんまり驚いて無いわね!? まさか……トーカの気持ち、前から知ってたの!?」

 

 男物の制服を大事そうに羽織って胸を張る東堂刀華を想像して苦笑していると、目を白黒させていたステラが黒鉄の肩を揺する。転入してきたばかりの彼女にとって、己の友人である彼女の想いは正に晴天の霹靂だったのだろう。

 

「あー……いや、以前、会長が"後輩をオトす恋愛マニュアル"みたいな本を読んでいるのを見た事があって……。最初はただの天然だと思ってたんだけど、後から考えてみると"もしかして"と勘付いて……やけにあの時薄着だったし」

「んむむむむ……! トーカ……! 本当にトーカに相応しい男か、アタシが見極め……いや……! 甘木は強いし……でも……ッ!!」

 

 (うめ)きながら、ステラがぐねぐねと頭を抱えて悶絶する。

 トーカは可愛いし、胸も大きいし、性格も良い。破軍学園で彼女の事を嫌いな人は居ないとさえ思う。日本に来て出来た最高の友達だ。

 

 そんな彼女が《天譴》に恋しているとなると、ステラとしてはこう……一言二言、物申したくなってしまう。苦手意識は抜けたとはいえ、友達を任せる男として相応しいかどうかはまた別であった。とりあえず、まずはファッションセンスから診断させて欲しい。

 

「チッ……友人の恋人にまでアレコレ言うとは、彼氏持ちの傲慢さ此処(ここ)に極まれりですね。ヒトカゲは大人しくポケセン行っといてくださいよ。せっかくリザードンに進化したんですから」

「ちょっとシズク!? いま人の伐刀絶技の事リザードンって言った!? あれは《竜》の……!」

「アハハ……まあまあ、二人とも。ほら、今はあの二人を褒め称える時よ」

 

 水と炎のように相容れない二人がいつものように衝突し始めた所を、有栖院が柔らかくなだめる。普段は落ち着いた態度の有栖院でさえ東堂刀華の激闘に感動し、白い肌を耳まで紅潮させていた。

 

 万雷の拍手が、観客席から降り注ぐ。

 

 この会場に居る全ての人が、二人に惜しみない賞賛を送っていた。

 

「ゥグッ、グスッ……刀華……やっぱり、あの男の事が……、ウッ、オェェェエェエェェエエ・・・ッ!! 脳が破壊される……ッ! 頭が割れるように痛いッ!!」

「団長……! もういい……ッ! もう、休めッ……!」

「ちゃんと《天譴》の事も応援出来てましたよ、団長……! 誰に何と言われようが俺は貴方を尊敬します、男だったよアンタ……!」

「今からでも何とかならないかなァッ!? 役所で改名したら僕が甘木君って事にならない!?

「なるわけ無いですわ~。良いではありませんの、あの初心娘(おぼこ)がやっと一歩前進して私はホッとしましたわよ。あのボケアホ(天譴)は気付いてもいないでしょうが……まったく。ケツ蹴っ飛ばして無理矢理キスさせてやろうかしら」

 

「お疲れ様でした、会長ー! 二人ともカッコ良かったですよーっ!!」

「良い試合過ぎて嫉妬も消えちまうな……。甘木―ッ!! お前……やっぱ、すげぇよ!!」

「会長の事、よく考えてあげてねーッ! 甘木の為に色々勉強してたんだから!!」

 

 破軍学園の生徒たちもまた、喉が枯れるほどに祝福を送る。

 彼らは知っているのだ。甘木悠を学園に再度受け入れさせるため、東堂刀華がどれほど骨を折ったかを。演説し、生徒をまとめ上げ、一人一人説得し。もう一度《天譴》の居場所を作る為に、彼女がどれだけ尽力したのかを。彼女の恋を悟るのに、あまりにも十分なその行いを。

 

 そんな青春に沸く観客席から離れ、同じく観戦していた他の生徒たちもまた感嘆の声をあげた。

 

「ケヒャァ~~~ッ! 良い試合でしたねェ……さすが僕の『お気に入り』、東堂さんですよォ~~~ッ! ああ……ああいう美しく気高い魂をぶっ壊して泥まみれにしたら、すっごく(たの)しいんですけどねェ……。《天譴》が居ますからねェ……ハァ」

「哀れな地獄蜘蛛(ブラックウィドウ)よ……深淵(アビス)さえそなたの(カルマ)を拒絶しておるわ」

「『我そういうの良くないと思う』、とお嬢様は申し上げております」

「フン……《雷切》、東堂刀華、か……俺の求める強さでは無いな。だが、良い(かて)にはなったな」

「何でもいいけど、とりあえずアタイは安心したね。しょっぱなから大怪我で退場して、そのまま依頼も失敗とあっちゃァもうプロ名乗れねぇよ」

「あ、多々良さん居たんですかァ? 紫乃宮くんみたいに"特訓する"って言って帰って良かったのに。というか、何でまだ居るんですか? 恥知らず?」

「殺すぞ二回戦負け(平賀)

 

 《七星剣武祭》優勝という、【暁計画】の順調な滑り出しに安堵する暁学園生徒たち。

 

「ようやった! ようやったぞーッ、東堂―ッ!! 『一番星(ウチ)』のお好み焼き永年無料やッ!!」

「フッ……全く、特訓に付き合った甲斐がありましたね。卒業後は彼女とリーグで争い合うと思うと、物凄く憂鬱になりますが」

「良いじゃん、ホシたちは去年表彰台昇れてるんだから……私、結局学生の内にベスト8にも入れなかったよ~……」

「ワハハ、しょっぱい事ゴチャゴチャ言うなや! こっから間違いなくとんでもない()()()()が起こる、そこで一旗揚げたるくらいの気概見せんかい!!」

 

 《天譴》と《雷切》。間違いなく今世代を代表するトップ伐刀者同士の名試合に、大声で声援を送る武曲学園生徒たち。

 

「ガッハッハ!! やっぱ甘木さんは強かったべ……! 甘木さーんッ! おらと戦ってくれて、本当に有難うございましたっぺーッ!!」

「あーあ、加我くんはずっと元気ねぇ……。私、医者としても伐刀者としても負けて、今回の《七星剣武祭》いいとこ無しだったわぁ……」

「おお、薬師(やくし)さん!! 患者さんの危篤で棄権したんだべ? そんならしょうがないべよ!」

「……はぁ……ま、紫乃宮くんにも『無礼な(ナメた)真似してごめんなさい』って謝られたし。いつまでも落ち込んでちゃ居られないわよね。カルテに"運が良くて治った"と書くなんて、医者の恥よ……患者が"どう治ったか"を解析して、今度は私が百発百中で治せるようにしてやるわ……ッ!!」

 

 敗北を受け入れ、再び立ち上がろうと気炎を燃やす他校の《七星剣武祭》出場者たちも。

 

 全員が、二人に向けて拍手と歓声を送っていた。

 かつての《選抜試合(セレクション)》のような、ざわめきと恐怖だけが残された物ではない。

 死力を尽くした誇り高い伐刀者に対する、心からの賞賛だけが会場を満たしていた。

 

 

 そして。

 

 

「……………良い試合でした。東堂さんも甘木さんも、次世代を担う騎士の宝です」

 

 ひと際高い特別な個室席から彼らを見下ろす月影獏牙もまた、心底から安堵していた。

 

 【暁計画】。

 必ず到来する『第三次世界大戦』において、日本が戦火に巻き込まれないようにするための。

 そして今後十年、二十年―――――百年と、日本の国際的地位を確固たるものにするための。

 

 ただの一介の教師であった月影獏牙が(はし)り続けて来た結実が、まずは間違いなく初手を成功させたのだ。怪物的政治家としての才覚を目覚めさせた月影をして、安堵から来る頬のゆるみを抑えきれなかった。

 

 これで、日本の国内世論は完全に掌握出来た。

 

 破軍学園を筆頭とする、国内七校の重鎮に対する浸透は既に完了している。

 月影獏牙という政治家の最も優れた点の一つは、彼が『愛国者』でしか無い点だ。彼は今後来る動乱を予期して備えているだけであって、行いに反して彼の政治信条は限りなく保守的である。よって、彼は既得権益と衝突する事が極めて少ない。国内七校は何一つ運営体制を変えないまま、ただ(ほう)じる(あるじ)を《連盟》から月影獏牙へと鞍替えする事になる。

 

「暁学園は……そうですね。彼らの希望を聞いてからですが、他の学園への転校を望むようであれば必ず叶えましょう。幸いにして、人の縁に恵まれているようですから」

 

 《雷切》東堂刀華の懸命さは、教育者である月影にとって大変好ましい物だった。

 破軍学園の生徒たちの声援も、また同様に。彼らは過去の軋轢を乗り越え、《天譴》甘木悠と再度学園の仲間になる事を望んだ。尊い願いだ。月影獏牙の全力を懸けて叶えてやりたい。

 

 そうひとり言を呟く月影の背後から、ドアが開く音と共に年若い少女の声がかけられた。

 

「良いっすねー。その時には、シレッと私も紛れ込ませて欲しいっす。静か~に去ったんでヘイトは向けられてないと思うっすけど、やっぱ色々と気まずいっすからね」

「おや、桃井さん」

 

 内閣情報調査室所属、特務班潜入工作員(インサイダー)桃井新香。

 年若いながらも図抜けた優秀さで瞬く間に頭角を現した彼女は、今や陰の暗部闘争を取り仕切る月影獏牙の重要な側近であった。

 

「勿論、貴女の復学も全力で支援しますよ。東堂さんも同じ気持ちでしょう」

「んへへ。良い試合だったっすよね~。会長はやっぱ、心が美しいというか……どうっすか、総理。ああいう人が将来的に伐刀者の"纏め役"になってくれると、物凄く助かると思うんすけど」

「ほう……随分高く評価しているのですね」

 

 ニコニコと笑いながら桃井がそう語る。

 伐刀者の纏め役。今後《侍局(さむらいきょく)》として新生する予定の、現日本《連盟》支部への取り込みを持ち掛けているのだろう。

 

 月影としても、それは大いに考えていた事だった。彼女には、『人に支えられる』才能があるように見える。万人が望んでも得られる物ではない、稀有な資質だ。官僚としてでも、騎士としてでもない。象徴に―――"英雄"になる資質が、東堂刀華には在る。

 

「そりゃそうっすよ~。会長はやっぱ可愛いっすよね。自分はああいう心の綺麗な人には一生なれないんだなぁと思いながら、ねっとりじっくり見てたっす」

「……そのような事は、無いと思いますよ」

 

 ニコニコと笑いながら東堂を褒め称える彼女に対し、月影は少し顔を歪ませてそう返す。

 

 10年前。未だ『有力な政治家』止まりだった月影に、"孤児院長の殺害"と"己を捨てた両親の社会的抹殺"を条件に自ら身売りしてきた、コインロッカーベイビーの彼女。したたかに生きる彼女がときおり垣間見せる闇に対し、月影は未だ対処法を見つけられていなかった。

 

「……ところで」

 

 そんな彼女が、にへらと笑っていた表情を真剣な物に変え、月影獏牙へ火急の用件を告げる。

 月影もまた、教育者から政治家へと思考を切り替える。

 

 

「緊急報告です。周囲に潜ませていた小動物および昆虫群の報告が途絶えました。微弱ですが、隠蔽された魔力震動の痕跡を機器が観測しています。他工作員の調査結果を合わせて鑑みるに―――

 

 

 ―――《黒騎士》アイリス・アスカリッドは、()()()()()()()()()()()

 

 

 その言葉に。

 

 月影獏牙は、一度強く目を(つむ)った。

 これから襲い来る激動に。一世一代を、国難を賭けたギャンブルに。

 それらに恐れ(おのの)き、震えそうになってしまう己を強く振り切る為に。

 

「……そうですか」

 

 眼を閉じ、そして開いた時。

 そこにはもう、平凡な教師である月影獏牙は居なかった。

 怪物的な政治家(ステイツマン)。他国や《連盟》からそう称される稀代の名宰相、月影総理大臣が立っていた。

 

「既に避難先は選定済みです。私が先導します、急いで移動してください」

「ええ……ええ。喜べばいいのか悲しめばいいのか、分かりませんね。決勝まで何事も起きず、『このまま《七星剣武祭》が終わるのではないか』と願っていた自分もいるのですよ」

「当然、喜ぶべきでしょう。【暁計画】は大幅にショートカット出来ます。私見を申し上げるなら、相手は電撃的に事を進める為にあえて手を出さなかっただけかと」

 

 準備されていた複数の拠点の内の一つへと足早に歩きながら、月影と桃井がそう言葉を交わす。

 

 国内の世論を統一するための、学生騎士たちの大会は終わった。

 だが、戦いは終わらない。

 【暁計画】の本番が――――血で血を洗う世界規模の"戦争"が、幕を開けようとしている。

 

「……相手は、何人ですか」

「全員が卓越した伐刀者です、尋常な観測機器や諜報員では捉えきれません。ですが……先輩やエーデルワイス氏の報告を信じるならば、()()

 

 恐らく、全員が《魔人(デスペラード)》級です。

 カツカツと靴音を立てながら、桃井新香がそう告げた。

 

「……《連盟》フランス支部長、レヴィ・アスカリッドの差し金でしょうか……。どうやら、向こうにもとんでもない女傑が居るようですね。民間人の避難は?」

「元々、今日と明日はどのホテルも()()()()()()()()。観客の居ないココは完全なゴーストタウンになります、何が在ろうと混乱は最小限に済むかと。加えて、秘密裏に避難誘導も行います」

「一人の死者も出ないように願います。そして―――マスコミ各社に通達しなさい」

 

 そう言って、月影獏牙は己を奮い立たせるように笑った。

 

 元々、《七星剣武祭》は()()()で行われる。

 第一回戦から始まり、32人の頂点、《七星剣王》を決める決勝戦までで五日。

 

 

 最終日には――海外から招聘した"有名選手"や、国内リーグの人気選手による()()が行われる。

 

 

 全くもって、予定(スケジュール)通りである。

 

 

「招かれざる客人による特別試合(スペシャルマッチ)

 

 

 

 《七星剣武祭》――――――エキシビションが、今夜行われると」

 

 

 

 ただの教師で()れれば、それだけで幸せだったであろう己を押し込め。

 月影獏牙はそう、獰猛に笑った。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 夜。

 

 人気の無いコンテナ倉庫で、俺はぼんやりと立っていた。

 この辺りは土地の再開発に失敗したとか何とかで、《七星剣武祭》のようなイベントがある時以外はゴーストタウンとなっている。ここも、昔は貿易港として活用する予定だったとか。

 

「…………」

 

 少し奥の海沿いにはデカめの高級ホテルがあり、そこには暁生徒や月影総理が宿泊している。万が一にも余計な人が巻き込まれないよう、総理はマジであそこの最上階に居るのだ。いくら暁生徒たちが厳重に護っているとはいえ、運が悪ければ普通に死ぬのに。

 

 ああいう人を見ると、やはり俺は公務員が一番だなぁと思ってしまう。

 政治家なんて一生なりたくない。責任という言葉は世界で二番目に嫌いだ。一位は残業。

 

 ただ、まあ。

 とはいえ、一応将来的には軍人的な扱いになる以上、命令にはちゃんと従わないとなぁという思いもあるし。総理が凄く身を張っているのに、まさか『夜眠いんで帰ります』とか言えない訳で。

 

 

「……何者ですか」

「んー……門番?」

 

 

 そんなわけで。

 俺はKOKリーグ第四位、《黒騎士》アイリス・アスカリッドと相対していた。

 

 『不屈』を体現する概念干渉系の能力者。

 《連盟》支部長レヴィ・アスカリッドの義娘にして懐刀。

 

「……そこを退きなさい。私は、この先のホテルに用があります」

「こんな夜中に? 残念ながら、ここは通行止めですよ。この先もずっと」

 

 そんな彼女が、己の固有霊装である黒い鎧、《無敵甲冑(オレイカルコス)》を纏って俺の前に立っている。

 

 《連盟》が、内部の統制を高めるためだ。

 裏切り者を一人許せば、二度三度と繰り返されて収集が付かなくなる。それを防ぐため、彼女は"憲兵"役として、《連盟》から離脱しようとしている日本を粛正に来たのだ。

 

「……日本には現在、国際指名手配犯である《傀儡王》が潜伏している疑いがあります。糸型の霊装を使い、各国に無数の操り人形を放っている超級の犯罪者。暁学園生徒である平賀玲泉には現在、その《傀儡王》容疑が掛けられています。早急に《連盟》本部への同行を要求します」

「へぇ。連行されるのは平賀だけ?」

 

 同級生が国際手配犯。普通なら驚くところだろうが、平賀のあの胡散臭さとゲスさを思い返せば、むしろ納得しかない。まあ。でしょうねという気持ちだ。

 

 ここで彼女が平賀だけを要求するなら、いっそ引き渡してやってしまっても良いと言われている。どうせ人形だからな。だが、彼女は決してそうしない。何故なら、真の目的は日本の国威を地に墜とす事―――兎にも角にも、"難癖"を付ける事なのだから。

 

「……いえ。日本国総理大臣である月影獏牙も、《解放軍(リベリオン)》と繋がっている疑いがあります。おなじく、彼にもご同行願います」

 

 そう言って闘気を揺らめかせるアイリスさん。彼女に対し、俺はゆるゆると手を振って馬鹿にしたように笑う。

 

「―――拒否します」

「……犯罪者の引き渡し要求に、応じないと? それが日本の正式な返答と取って良いのですか?」

「連盟会則、第38条第二項。『加盟国における武力行使、ならびに当該国籍を有する者の身柄拘束を行う場合、連盟は当該国政府に対する事前の通達および承認を得ることを原則とする』。平賀玲泉は日本国籍を有する生徒です。どうか正当なお手続きを」

「その条文には続きがあるはずです。第38条、第五項。『国際的な安全保障を揺るがす緊急時において、連盟はやむを得ず超法規的措置を行う権限を有する』」

「見解の相違ですね。見てください、我が国は平穏そのものですよ?」

 

 こんな会話に意味は無い。

 それを分かっていながら、俺とアイリスさんは無意味な言葉の応酬を続ける。

 

 お互いに良く分かっているからだ。国家とは統制された暴力装置であり、その行使には"大義名分"が強く求められると。結束を密にしたい《連盟》も、今後の国際的地位を確立したい日本も。互いに、己を正義として飾り立てる必要があるのだ。

 

「さらに加えて言うならば、『緊急時』の判断を下す際には対象国へ3度の事前通達と、《連盟》最高評議会による正式な緊急事態宣言の決議が必要なはずです。俺の記憶が正しければ、そのどちらも成されていないのでは?」

「それはあくまで"原則として"、です。《連盟》は昨今の世界情勢を鑑み、《解放軍(リベリオン)》最高幹部である《傀儡王》逮捕は『緊急時』の用件を十分に満たすと判断しました」

「我々抜きで? 日本は《連盟》評議会にも籍を持つ加盟国です、何の通達も無しというのはおかしいでしょう」

 

 ゆっくりと、俺とアイリスさんの距離が縮まっていく。黒い甲冑に覆われた、顔の見えない武人。そんな彼女に対し、俺はナメた笑みを浮かべたまま無防備に近づく。

 

 侮辱するのだ。

 相手の誇りに泥をかけ、何の価値もない塵芥(ゴミクズ)だと主張する。

 

日本国(われわれ)の見解はこうです。―――貴方たちは、《連盟》の人間なんかじゃない。何の入国手続きも踏まずに不法入国した、総理誘拐を目論(もくろ)む国際テロリストが《連盟》を(かた)っている」

「―――――」

「そう考えれば全てに辻褄が合う。ああ、返答は結構。テロリストと問答するつもりは無いので」

 

 そう言って、刀を構える。

 アイリスさんの闘気が、大きく膨れ上がった。

 

 

「…………交渉の余地はない、という事ですね」

「あなた方の罪状は入管法違反、ならびに国外移送目的略取未遂。つまり、今から日本()がする行為は()()()()です」

 

 

 そう言って、俺はぎゅるりと眼球を動かす。

 問答の合間、俺の周囲を取り囲むように配置に付いた異常な気配たちへ。凡庸な伐刀者とは一線を画した、紛れもない特級の殺意に向けて。

 

 

「それで……()()()は、このまま名乗らずに斬られてくれるんですか?」

 

 

 視線が走り、地面が薄く切り裂かれた。

 最初から分かっていた事だ。敵は4人居る。コソコソ動いて通り抜けられるなんて勘違いされては困る。ここで全員殺すつもりだからだ。

 

 

「……ハハッ! 面白ェナ。《傀儡王(パトロン)》が消エチマッテ難儀シテタガ、《連盟》モ中々良イ仕事ヨコスジャネェカ……!」

 

 チリチリと乾いた髪。浅黒い肌に、中東系の彫りの深い端正な顔立ち。

 "最強の傭兵"として名高い、《砂漠の死神(ハブーブ)》ナジーム・アル・サーレム。

 

「数で囲んで叩く戦法は、伊国紳士(イタリアーノ)として好ましくは無いのだがね……どうやら、相手が相手だ。君も恨まないでくれよ」

 

 長身痩躯(ちょうしんそうく)の中年。白いジャケットを羽織った紳士然とした男。

 KOKリーグ第二位。史上最高の水使い、《カンピオーネ》カルロ・ベルトーニ。

 

「……任務を遂行する」

 

 裾の長い黒衣のコートに、目元を覆うバイザー。正直に言って、彼の参戦が一番予想外だ。

 ()()、特殊部隊《サイオン》所属。《超人》エイブラハム・カーター。

 

 

 彼らが立っているだけで、背後の風景がぐにゃりと歪んで見えるような気さえする。それほどの覇気を放っているのだ。まず間違いなく、世界最高峰の伐刀者たちが今ここに一堂に会しているだろう。

 

 そんな彼らを見ながら、俺は少し困って眉を搔きながら問いかけた。

 

「その……なんでアメリカ所属の人がここに居るんですか? 結構、今後《同盟(ユニオン)》とは仲良くしたいと思ってたんですけど……」

「問答するつもりは無い、と貴様が言っていなかったか? こちらの回答はただ一つ、『任務のため』だ」

「んー……まあ、追々(おいおい)考えるか……」

 

 刀を肩に載せ、ぽんぽんと軽く弾ませる。

 

 俺は。

 俺は事前に、何人かの『特記対象』について、月影総理から説明を受けている。

 

 名家黒鉄家の直系女子、黒鉄珠雫。

 同じく直系嫡男、黒鉄王馬。

 ヴァーミリオン皇国第二皇女、ステラ・ヴァーミリオン。 

 

 月影総理が構想する【暁計画】において、国益に繋がる『非殺傷推奨(アライブオンリー)』の三人。

 

 

「誰を殺せばいいか、後で桃井か月影総理に引き渡して考えてもらおう」

 

 

 そして、逆に。

 殺すべきでない相手がいるという事は、『殺すべき相手』も居るという事で。

 

 《連盟》フランス支部の懐刀。KOKリーグ第四位、《黒騎士》アスカリッド。

 イタリアの至宝。KOKリーグ第二位、《カンピオーネ》カルロ・ベルトーニ。

 国家さえ屈服させた最強の傭兵、《砂漠の死神(ハブーブ)》ナジーム・アル・サーレム。

 

 彼らは、複数考えられる筋道(パターン)の中で遭遇する可能性のある『殺害指定(キルオンサイト)』の一人であった。まさか、その全員が来るとは思わなかったが。《連盟》に、ずいぶん思い切りの良い人物が居たのだろう。過剰戦力だろうが何だろうが、戦力の逐次投入など愚策だと全てを賭けられるような。

 

 今後擦り寄っていく予定の《同盟(ユニオン)》所属、《超人》エイブラハム・カーター氏が居る事だけは本当に誤算というか、頭の痛い問題だが……それもまあ、後々考えればいいだろう。

 

「……余裕ですね。それとも、それが日本の詭道(キド―)という物ですか? 《連盟》の最高戦力である我々二人に、法外な金で雇った《砂漠の死神(ハブーブ)》。そして"一国上の都合"とやらで我々に協力を要請した《超人》。いくら貴方がこの国最強の学生騎士である《天譴》といえど、身に余ると思いますが」

「おお。心配してくれているんですか?」

「拍子抜けしているんです。応援を呼ばれないよう様々な対策をしていたのに、蓋を開けてみれば貴方一人ですから。日本を過大評価しすぎた、《砂漠の死神(ハブーブ)》を雇う出費は無駄だったのかと母は嘆くでしょう」

 

 《黒騎士》アイリス・アスカリッドさんがそう挑発する。

 "対策"ね……そういえば《連盟》は、《七星剣武祭》の運営を抱き込んでいたな。今頃破軍学園や他の学園の生徒たちは、運営に何だかんだと理屈を付けられてこの騒動から隔離されていたりするのだろうか。

 

 有難い。これでますます、人を巻き込む心配が無くなった。

 

「ご心配なく、後でもっと嘆く事になります。愛する義娘を、己の短慮(たんりょ)(うしな)う訳ですから」

「……この四人相手に、大口を叩ける度胸だけは大したものですね」

「これだけ揃えて負けたら言い訳も効かないでしょう。遺言だけは今のうちに聞いておきますよ」

 

 刀を構える―――そういえばコレも、刀ではないのだったか。

 長く使っていないから忘れていた。

 

 俺の伐刀絶技は使い勝手が悪く、威力だけが無駄に大きく、そして取り返しがつかない。核ミサイルでロウソクに火をつけるような物で、同じ日本の学生騎士に使うにはあまりにも産廃過ぎた。

 

 だから。《七星剣武祭》で普通に使うには、詠唱や魔力文字で威力を制御しなければならないし―――そもそも、出力先としての霊装にも制限を掛けておく必要があった。

 

 黒鉄と似たような物だ。

 結構大変だったが、『霊装の形を変える』という技術自体は存在する。

 

 名前も、形も、在り方さえも全て変えて。一本の剣を、何の装飾も無い無骨な刀にすることも。やろうと思えばできるのだ。

 

 

 

「来い―――《ラハト・ハヘレヴ(Lahat ha-Chereb)》」

 

 

 

 『神は人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎のつるぎとを置いて、命の木の道を守らせられた』。―――創世記 3章24節

 

 

 神が、人がエデンに立ち入る事を禁ずるために置いた原初の炎。

 招くべき相手を(はか)る、楽園で(まわ)る炎の剣。

 

 俺が握っていた黒い刀身に、無数の亀裂が走る。

 形状を偽装し、無駄に大きすぎる威力を抑え込むために掛けられていた何重もの拘束。それが内側から溢れ出す圧倒的なエネルギーに耐えきれず、まるで脱皮でもするようにボロボロと崩れ落ちていく。

 

 ゆらゆらと踊る白い燐光を纏わせた、精緻な装飾があしらわれた長剣。

 それが、《自在天》がひび割れて崩れ落ちると同時に現れた。

 

 周囲の大気が悲鳴と共に震えだす。足元のアスファルトが、ひとりでにドロドロと溶けだした。

 

 アスカリッドさんが後ろへと跳びはね、引き攣ったような声をあげる。

 

「……ッ、何、ですか、ソレは……ッ!?」

「普段は使わないんです、これ。不便だし、もっと取り返しが付かなくなるし。でもまあ、貴女たち相手なら、別に……」

 

 彼女たちに対して手加減をする理由が一切無い。

 入念な避難誘導によって、ここは無人になっている。民間人を巻き込む心配も無い。総理や桃井はあのホテルの最上階にあるシェルターに押し込められ、暁学園の生徒たちが全力で結界を張っている。

 

 "人はあんまり殺したくないなぁ"程度のこだわりは、仕事に私情を挟む余地に成り得ない。

 

 

 

「それでは――――エキシビションを始めましょうか」

 

 

 

 《七星剣武祭》最終戦。

 

 《黒騎士》アイリス・アスカリッド & 《砂漠の死神(ハブーブ)》ナジーム・アル・サーレム & 《カンピオーネ》カルロ・ベルトーニ & 《超人》エイブラハム・カーター。

 

    対

 

 《天譴》甘木悠。

 

 

 リングも無い。実況も、観客も居ない。 

 勝者にも敗者にも、決して歓声は送られない。

 

 日本の行く末を左右する一戦は、そのようにして静かに幕を上げた。

 

 

 

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