落第騎士の英雄譚 意識低い系風味   作:一般落第騎士

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第二十九話

 

 

 

 

 簡単な任務のはずだった。

 

 

 そう、《砂漠の死神(ハブーブ)》ナジーム・アル・サーレムは思考する。

 《連盟》の女傑、レヴィ・アスカリッドからブリーフィングを受けた時、『とうとうこのババアもボケたか?』と思う程。簡単に、ボロ儲け出来る仕事だったはずだ。

 

 《連盟》の最高戦力。《黒騎士》と《カンピオーネ》。

 世界各地でその名を轟かせた、『最強の傭兵』と名高い己、《砂漠の死神(ハブーブ)》。

 そして急遽ロクな理由も明かさず参戦してきた、超大国アメリカの頂点たる《超人》。

 

 これだけの錚々たるメンツを揃えて、仕事はたった『非戦闘系の伐刀者(月影&平賀)2名の拉致』だけ。

 

 こんな楽な仕事、失敗する訳がない。 

 真っ昼間に正面からテクテク歩いて行っても、簡単に月影獏牙とやらを誘拐できただろう。

 加えて、そんな圧倒的優位にあぐらをかかず、こちらは万全の準備を行なった。

 

 潜伏した己たちに気づいていたあたり、《天譴》という生徒はそこそこヤるらしい。

 だからこそ、襲撃タイミングは疲労困憊であろう《七星剣武祭》決勝戦直後を狙った。

 

 《七星剣武祭》を通じて、《天譴》の実力は徹底的に分析していた。

 特に最後。《雷切》というサムライガールとの戦いで、《天譴》の底は完全に見切った。《雷切》の最後の一撃は、《魔人(デスペラード)》である己でさえ、直撃すれば無傷では済まないであろう威力だ。確実に全てを出し切ったであろう《天譴》と《雷切》は、今日1日ベッドから起き上がれるかも怪しい。

 

 元々《七星剣武祭》に国民の意識が集中しており、総理の警備はかつてない程手ぬるい。《連盟》と内通している七星剣武祭運営委員会の手引きによって、会場に居たプロの伐刀者は全員排除できた。学生だって同じだ。総理直属たる【暁学園】以外の生徒は、『表彰式のための改装作業』と適当な理由を付けて現場から遠ざけることが出来た。

 

 こちらの戦力は世界トップクラスの伐刀者4名。

 それに対して、相手は【暁学園】の学生7人だけ。

 おまけに、唯一自分たちに対抗できるであろう《天譴》のコンディションは最悪。

 

 あまりの実力差に、哀れすぎて笑えてくるほどだ。

 

 邪魔者は排除した。

 戦力はこちらが圧倒的優位。

 それに加えて、相手の切り札は疲弊してヘロヘロ。

 

 こんな簡単な仕事は中々ない。

 料金は1億ドルと吹っ掛けてやったが、実質賃金を考えれば100ドルでも高いだろう。子供のおつかい以下の、楽勝な仕事だ。

 

 

「ハァッ、ハァ―――ッ」

 

 

 それなのに。

 

 

「クソッ……! これでも喰らってろ、《骸の塵嵐(ミクトラン・トルメンタ)》ァ!」

「―――《不可戒律(ノリ・メ・タンゲレ)》」

 

 そのはずだったのに。

 

「グァァアアアッ……! チッ、カルロォッ! 早くしろ、このグズ野郎……! さっさとしろォッ!! ()()()()()()()()()()()()ッ!」

「やっている! だが……血が止まらないんだ! なんだ……なんなんだ、これは!?」

 

 どうして、こんなことになっているんだ。

 

 足止めのつもりで放った魔術は、《天譴》が何かを呟くと霧散して影も形も無くなった。

 殺される。そう第六感が叫び、喉の奥から悲鳴のような声が漏れ出る。全速力で飛び退いた跡を、《天譴》の剣が通り焼き焦がして行った。チリチリと熱で身体が灼ける感覚。

 

 遠くでは、アイリス・アスカリッドの切り飛ばされた右腕を抱えながら、《カンピオーネ》が血塗れになって治癒魔術を唱えようとしている。

 

 治らない、血が止まらない、と震えた甲高い声で《カンピオーネ》が泣き言を叫ぶのを聞きながら、ナジームは必死で《天譴》の剣を避ける。

 

「死ね、このバケモノ……ッ! ッ、オラァ!!」

「へぇ......ボクシングか。今までの相手には居なかったな。珍しい」

 

 ナジームの両腕に装着された黒い篭手型霊装《トシュカトル》が連打を叩き込む。

 弾丸のようなフリッカー・ジャブと共に、砂の散弾が《天譴》の周囲へ撒き散らされた。殺傷力よりも面制圧を。加えて《天譴》の視界を妨害し続ける事だけを求め、巨大な砂嵐の壁を構築し続ける。

 

 彼の魔術によって、コンテナ倉庫一帯の足場は乾燥した砂地へと姿を変えていた。《天譴》の足を殺し、砂漠地帯を主戦場とするナジームを有利にするための大魔術。流動する砂によって、ナジームの敏捷性(アジリティ)は底上げされている。

 

 それでも―――《天譴》甘木悠は、顔色一つ変えない。

 距離を取るためだけに放たれたナジームの拳を、《天譴》は僅かに顎を引くだけで避ける。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァ……ッ!! クソッ、ふざけんなよ……! こんな、こんなつもりじゃ……!!」

「『誰でも計画を持っている。顔面を殴られるまでは』。ボクサー、マイク・タイソン氏の言葉です。予定通りに死ねる人なんて居ませんよ……あなたと同じで」

「クソッ、クソッ……!」

 

 優れたフットワークで《天譴》の間合いから外れ、ナジームが脂汗を流しながら荒い息を吐いた。内臓が万力で絞られるように痛む。極限の精神負荷(ストレス)によって、既に身体機能の幾つかを失調していた。

 

 

 こんなはずでは無かった。

 楽な仕事で、簡単に大金を稼ぐはずだった。

 

 

 良き仕事相手(パートナー)であった《傀儡王》が音信不通になり、新たな雇い主を探していた矢先。早速《連盟》から依頼を持ち掛けられ、特に何も考えることなく引き受けた。一国の首相を拉致する程度、自分にとってはどうという事も無い。楽な任務で大金を得る、いつもと変わらない日常(ルーティーン)であったのに。そのはずだったのに。

 

「(あの剣だ……! あの白い剣が現れてから、何もかもおかしくなった!)」

 

 様子がおかしいと感じたのは、疲労困憊のはずの《天譴》が一人で立ちはだかってから。

 

 楽園で(まわ)る炎の剣。《ラハト・ハヘレヴ(Lahat ha-Chereb)》。そうあの男は言っていた。奴の霊装は何の変哲も無い日本刀、《自在天》であったはずなのに。

 

 異変を感じる間もなく、まず《黒騎士》の右腕が斬り落とされた。

 一欠片の油断も無かった。神聖過ぎていっそ禍々(まがまが)しささえ感じるあの霊装を見て、全員が意識を張りつめさせていたはずだったのに。意識の隙間をゆるりとすり抜けて、気づいた時には《天譴》が剣を振りかぶっていた。

 

 右腕一つで済んだだけ、《黒騎士》アイリス・アスカリッドは優秀な伐刀者だったのだろう。

 

 一瞬で戦線は崩壊した。

 前衛(タンク)を務めるはずだったアイリスを抱えてカルロが退き、水魔術による治癒の時間稼ぎの為にナジームが遅滞戦闘の役回りを負う羽目になった。

 

「クソッ、クソッ、クソッ……! エイブラハムゥッ! テメェもだ! お得意の超能力で何とかしてみせろ……ッ!!」

「……………無論。任務を遂行する」

 

 殺される、殺される、殺される。

 《超能力(エスパー)》を体現するアメリカの《超人》、エイブラハム・カーターが遠距離から念動力(サイコキネシス)で妨害と補助を行っているため、何とか紙一重で避けられている。だが、それが無ければあの剣は己の命を幾度となく断ち切っている。

 

 ナジームには一つ、他の伐刀者には無い特殊能力がある。

 戦争が続く紛争地帯で産まれ、爆撃で弾けた母の(はら)から這い出して来た。殺し殺されが日常の世界で、死と隣り合わせの生活を送って来た。そんな日常が、彼に『殺気の匂い』を感知する能力―――並外れた第六感、《超戦争感度(ちょうせんそうかんど)》を身に付けさせた。

 

 未来予知に等しいその第六感が、こう言っている。

 

 『お前は今日、ここで死ぬ』と。

 

「ふざけんなッ……ふざけんなァッ!! なんだその剣はァ! テメエ、《七星剣武祭》ではずっと手ェ抜いてやがったのか!? 自国の大会を何だと思っていやがる!? 国内最高峰の大会だろうが、もっと真面目にやれよォ……ッ!」

「テロリストが正論を語るなよ……。それにお望み通り、あなたたち相手には()()を出してやってるでしょう」

 

 泣き言交じりのその叫びを、《天譴》が冷たく斬って捨てる。

 

 こんなバケモノだと知っていたら、何を措いてでも逃げ出していたのに。

 

 チリチリと、剣の熱がナジームの身体を炙る。

 その焔の恐ろしさを、彼は身に染みてよく知っている。戦いが始まってからずっと、この身で受けているのだから。

 

 《天譴》の真の固有霊装、《ラハト・ハヘレヴ(Lahat ha-Chereb)》。 

 その能力は二つある。一つは、治癒不可の傷を付ける事。彼に斬られた傷は二度と治らない。

 

 そして、もう一つは。

 

 

「魔力が、()()()()()()()……! その剣の焔、魔力最大量を削るのか……ッ!!」

 

 

 操る砂の動きが、僅かに(にぶ)っている。

 《(かわ)き》を司る概念干渉系能力。砂と枯渇を体現する己の能力が減衰している事を身に染みて感じながら、ナジームは血が出るほど己の口を強く噛みしめた。

 

 

 魔力量の恒久的焼却。

 それがあの剣の能力だ。魔力ごと―――運命ごと断ち切られたから、《黒騎士》アイリス・アスカリッドの右腕は未だに細胞の一片たりとも再生しない。

 

 

 これほど恐ろしい能力があるか。

 魔力とは想いの力。伐刀者の能力、その全ての(みなもと)となる物だ。それを焼かれてしまえば、戦闘のありとあらゆる面において支障が出る。

 

 《魔人(デスペラード)》として覚醒したナジーム・アル・サーレムは、尽きぬ飢えと渇きによって己の魔力量を高め続けて来た。誇り(プライド)を支える拠り所であったその力が、ジリジリとヤスリにかけられるように削られ続けているのだ。

 

「(今はまだ、十全に砂と渇きを操る事が出来る。だが、その先は? そして……もし、あの剣で魔力量を()()()()()()()……!?)」

 

 魔力とは想いの力。個々人に定められた魔力量は、その者に与えられた運命の重さだ。

 それを削られるという事は。世界に与えられた運命を、完全に消滅させられるという事は。

 一体、何を意味するのか。

 

「廃人……で済めば、まだマシだろうなァ……!」

 

 運命を持たない人間。何一つ世界に影響を及ぼせない人間。

 そんな奴が一体どうなるのか、百戦錬磨のナジームでさえ想像が付かない。考えるだけで恐ろしい。

 

 黒い鎖が、ナジームの視界の端をよぎる。

 運命に人を縛り付ける鎖。かつて粉々に砕いたはずのそれが、再びナジームを捕えようとゆらゆら揺れながら機会を窺っている。今はまだ、簡単に引き千切れる程度の物。だが更に魔力を失っていけば、あの鎖はどんどんと硬く(つよ)くなっていくだろう。

 

 運命を乗り越えたはずの《魔人(デスペラード)》から、単なる一流の伐刀者へ。

 優れた伐刀者から、十把一絡(じっぱひとからげ)げの凡庸な伐刀者へ。

 伐刀者から、魔力さえ操れない一般人へ。

 

 そして、その先。

 何の運命も動かせない木偶(デク)へ。

 

 運命を超克したなどと抜かす人の思い上がりを(ただ)す、楽園へ招くべき相手を選別する炎の剣が、ナジームをジリジリと焼いている。

 

 

「……分かるでしょう? こんなもん、同じ学生の仲間に使える物じゃないって。何一つメリットが無い。倒したいだけで、再起不能にしたい訳じゃないんだ。貴方たちみたいな『殺しても良い相手』じゃないと、危なっかしくてとても使えない」

 

 

 クルリと剣を回しながら、《天譴》がそう肩をすくめる。

 その様子を見ながら、ナジームの脳裏をふと《七星剣武祭》の試合がよぎった。なぜ《天譴》が長期戦を好むのか、その真の理由がようやく分かったからだ。

 

 この能力があるからだ。

 運命を削剥(さくはく)する炎の剣。焔の余波でさえ細胞が少しずつ焼け死に、不可逆的な魔力量の剥奪が行われる。こんな物を持っていれば、それは当然出来る限りリスクを避けようとするだろう。極論、ただ立っているだけで勝ててしまうのだから。

 

「レヴィ・アスカリッドォオ……ッ! とんでもねェ仕事を押し付けやがって!! あのババアッ、ぜってェ殺してやるッ!! この《砂漠の死神(ハブーブ)》サマに舐めた真似を……ッ!!」

 

 恐怖で口の端が引き攣る。

 震える身体を無理矢理押し止め、ナジームは拳を構えた。誰か責任を押し付ける先を見つけて虚勢を張らなければ、もう立ち向かう勇気さえ持てそうになかった。

 

「……あんまり、出来ない事は言うもんじゃ無いですよ」

 

 ここで死ぬのに。

 

 そう言って、《天譴》が剣をゆらりと構える。

 死の予感に、ナジームの肌が粟立(あわだ)った。《天譴》の剣を(しの)ぐ。これ以上。いつまで。刻一刻と不利になっていく中で、あと何度危うい綱渡りを成功し続けられる。

 

「ヘッ、ハハ……なァ、今からでも一緒に傭兵やらねェ? 超稼げるぜ? 俺とお前なら、良いコンビに成れると思うんだけどなァ」

「すみません、フリーランスって安定してなくて嫌いなので」

 

 恐怖で引き攣った笑いと共に吐き出した軽口を、《天譴》が切って捨てた。

 足元の砂を意にも介さず、爆発的な勢いでナジームへの喉元へと迫る。

 

 第六感が死を告げる。

 喉から悲鳴を漏らしながら、身体を砂に変える事でナジームが超速で退避する。動きを《超能力(エスパー)》による念動が補助し、加速を生む。

 

 アウトボクシングに徹し、砂を撒き散らして視界や動きを阻害する事で何とか《天譴》の攻勢を(しの)げている。いつまで。綱渡りの足元を踏み外すまで、失着(ミス)を犯すまで。

 

「(まだ……まだ、何とかなってる……ッ! 《天譴》が、《不可戒律(ノリ・メ・タンゲレ)》とかいう伐刀絶技しか使ってねェからだ! 何故それしか使わねぇかといえば、俺たちがドンドン不利になってるから!! コイツの癖だ、様子見してんだ!!)」

 

 生きる道を探そうと、《砂漠の死神(ハブーブ)》の脳内が高速で回転する。

 《天譴》は長期戦を好む。嗜好というのは、転じれば弱点にもなる。じわじわと有利を積み重ね、防御が硬く、何をしようが対応してくるであろう相手でも。あるいは、弱点になるかもしれない。

 

「(必要なのは、予想外の一手による速攻……ッ!つまり今この瞬間に、メチャクチャ派手な覚醒とか進化とか超成長とかして、必殺の一撃を放てれば……ッ!!)」

 

 魔力を。人に許された可能性の総量を削られつつある今の己で、そんな事が出来るのなら。

 そんな無茶を可能に出来れば、《天譴》に勝てるかもしれない。

 

「出来る訳ねェだろ……ッ!!」

 

 荒い息と共に、ナジームは悲鳴のような声をあげた。

 

 削られた魔力量は、この数分で優に一割を超えている。 

 既にナジームは、切り札である《覚醒超過》さえままならなくなっていた。運命の外側へと踏み出した《魔人(デスペラード)》が、己の肉体さえ変質させて更なる力を得る邪法。それさえ、今の己の魔力量では可能か怪しい。

 

「砂を……ッ! そうだ、《雷切(トウド―)》みたいに周囲の砂を取りこめば……!」

「コンクリートに囲まれたこの埋め立て地(ゴーストタウン)で、どうやって? それに……貴方じゃ多分、会長の真似事は無理ですよ」

 

 思わず漏れ出た声に、《天譴》がそう言葉を返した。

 《天譴》から見て、彼には東堂刀華のような"訳の分からない強さ"が無い。不可能を不可能のまま踏破する、どんな不利からでも勝利を掴みに来る『なにか』が無い。

 

「だから怖くない」 

 

 一歩、《砂漠の死神(ハブーブ)》の底を見切りつつある《天譴》がより大きく踏み込んだ。

 

 チリチリと空気を焼き焦がしながら、不可逆の刃がナジームへ迫る。

 同時に《超人》エイブラハムが念動力(サイコキネシス)で退避の補助と剣の妨害を―――

 

 

「――――グッ……!」

 

 

 ―――しようとして、バイザー越しの眼から血涙を流した。

 

 此処まで、戦場をギリギリで維持させていたのは《超人》の働きだった。

 《天譴》の剣を阻害し、《砂漠の死神(ハブーブ)》の回避を補助し、回復中で動けない《黒騎士》たちを戦闘圏から退避させ続けていた。

 

 限界を超えた能力行使の反動。任務に忠実な軍人たる彼は表情一つ変えないが、しかしその脳髄は既に演算の負荷で茹だりきっていた。強大な魔力を持ち、アメリカを代表する伐刀者である《超人》の、限界が此処で訪れた。

 

 紙一重だった戦場のバランスが崩れる。

 ナジームを包んでいた力場が弱々しく霧散し、速度が僅かに落ちた。

 

 

「ぁ」

 

 

 『案外、こういう時に気の利いた言葉とか出て来ねェんだな』と、ナジームは加速する思考の中でそう考えていた。ロクな生涯では無かったとは言え、最期にはもう少しマシな遺言を吐けると思っていたのだが。

 

 退避が間に合わない。

 《天譴》の剣が、ナジームの胴へと吸い込まれようとした刹那。

 

 

「―――退がってください、《砂漠の死神(ハブーブ)》ッ!!」

 

 

 横殴りの暴風が吹き荒れ、巨大な黒い鉄塊が《天譴》とナジームの間に割って入った。

 鎧型霊装《無敵甲冑(オレイカルコス)》。世界最高の防御力を誇り、装備者に無尽蔵の回復力をもたらす。

 

 その霊装の持ち主は。

 

「《黒騎士》……! 遅せェぞテメェ、なにサボってやがったッ!」

「手厳しいですね……! これでも、必死の思いで復帰してきたのですが……!」

 

 連盟の懐刀、《黒騎士》アイリス・アスカリッド。《不屈》を体現する概念干渉系能力者である彼女が、己の得物である戦斧(ハルバード)()()()構え、そこに立っていた。

 

「……ああ。そういう事か」

 

 斬り落としたはずの右腕が在る事に《天譴》が僅かに眉をひそめ、すぐに納得の色を見せる。

 事前資料をよく読みこんだ彼は知っているのだ。《黒騎士》の持つ伐刀絶技(ノウブルアーツ)はたった一つ。ただそれ一つだけで、彼女はKOKリーグ第四位まで(のぼ)り詰めた事を。

 

 《不屈》を体現する能力者の真髄。

 己の肉体を"一段強く"再生し直し、身体能力を永久的に累積上昇させる強力無比な能力。

 

「《強化再生(リジェネレーション・オーバードーズ)》。それで、()()()()()()()()()()のか。能力を上手く拡張しましたね」

「褒められている気がしませんね……私の能力で治らない傷なんて、生まれて初めてでしたよ……!ですが、窮地だからこそ上手く行きました……ッ!」

  

 よく見れば、《黒騎士》の片腕は僅かに()()()いる。未だに、彼女の"右腕"は失われているのだ。《強化再生(リジェネレーション・オーバードーズ)》によって生やした"三本目の腕"を、無理矢理に右腕として扱っている。

 

 先程割って入った時に、《天譴》の剣は彼女の胴を深く斬り裂いている。コレも同じく、"新しい内臓"を造る事で解決しているのだろう。

 

「へー……意外と、能力の相性が良いようで悪いのか……? 」

 

 剣をくるりと回しながら、《天譴》が感心したように呟いた。

 再生不可の傷を、トンチめいた裏技で回避してくるとは思わなかった。単なる再生能力だけではなく、因果に対する耐性が在るのだろう。

 

 そして彼女が復帰したという事は、同じく《カンピオーネ》も戦線へ戻れるという事だ。

 前衛(アイリス)遊撃(ナジーム)回復(カルロ)支援(エイブラハム)

 バランスの取れた良いパーティーだな、とゲームになぞらえて《天譴》が内心で呟く。

 

「んー……まあ、こっちもだんだん分かって来たし」

 

 右耳をトントンと叩きながら、《天譴》がそう呟く。

 予想外の成長は、今の所見られていない。《七星剣武祭》ではしばしば遭遇したのだが、やはり年若い学生と成熟した伐刀者では具合が異なるのだろう。あるいは、やはり今年の《七星剣武祭》は何かおかしかったのか。

 

 《黒騎士》の肉体が突撃に備えて膨れ上がる。《砂漠の死神(ハブーブ)》の足元で砂が蠢く。《カンピオーネ》が両腕に水を漂わせ、《超人》の周囲で不可視の力場が渦巻いた。

 

 

「―――最後まで、ちゃんと仕事するか」

 

 

 世界最高峰の伐刀者たちが戦意を燃やす、神話の如き光景。

 その全てを両眼で見ながら、《天譴》は何一つ気負うことなくそう言った。 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 そして。

 それから数十秒で、決着はついた。

 

 《黒騎士》の動きを、黒鉄一輝から真似した《毒蛾の太刀》で止めた。

 《砂漠の死神(ハブーブ)》の顎を蹴り飛ばし、強烈な脳震盪により意識を失わせた。

 《カンピオーネ》の操る水を焼き尽くし、殆ど魔力の扱えない凡人に落とした。

 《超人》は途中で動きを止め、全てを目に焼き付けんとばかりにただ見つめている。

 

「……ふぅ。こんなもんでしょうか」

 

 死屍累々と化したコンテナ倉庫跡地、その中心で。

 《天譴》甘木悠は、制服の袖に付いた汚れをパンパンと払い落としていた。

 四人の怪物を相手に立ち回りながら、彼は息一つ切らしていない。

 

「……ッ! ハァ……ハァ……ッ!」

 

 そんな中で。

 ゆらり、と《黒騎士》が風に揺られるように立ち上がった。

 

 全身の筋肉が浸透勁により破壊され、血管は跡形もなく断裂している。これ以上の物理的な抵抗は不可能だと悟りながら、アイリスは血に濡れた顔を上げ、静かに問いを投げかけた。

 

 彼女は"連盟の懐刀"だからだ。最期の最期まで、己の義母に恩を返そうとする。

 

 

「……甘木さん。何故、日本は《連盟》を抜けるのですか」

 

 

 失血の影響により、アイリスの顔色は青白くなっている。斬られた断面には《カンピオーネ》カルロ・ベルトーニによる水魔術が辛うじて貼り付いて血液の循環を補完しているが、効果は薄い。

 

 最初から。傷を付けられた瞬間から、勝てない事をアイリスは悟っていた。

 

 《不屈》を司るはずのアイリスが己の傷を再生できなかったという事は、そっくりそのまま『《天譴》とアイリスの間に絶望的な実力差がある』事を意味している。

 

 それでも、最期まで戦ったのは。

 《連盟》に、己の義母に義理を通すため。そして……この死屍累々の状況で無ければ、出来ない()()という物があったからだ。

 

「なぜ、というと?」

「……最初に日本が行動を起こした理由としたのは、『日本の伐刀者教育の主権を取り戻すため』でした。《連盟》主導の魔導騎士学校を改革し、伐刀者の育成権を自国に取り戻す。そんなお題目を掲げて、月影獏牙は【暁学園】を立ち上げた」

「……………」

()()()()()()です。日本は評議会にも籍を置く《連盟》の重鎮でした。その程度、交渉でどうとでもなったはずです。離脱されるくらいならと、《連盟》は無条件で教育権の返還を呑む事さえしたでしょう。ですが、月影獏牙はそうしなかった」

 

 政治の話に、《天譴》が右耳を押さえて聞く体勢を取る。いまだ意識のある《超人》や《カンピオーネ》も、静かに話の流れを窺い口を挟もうとしない。

 

「彼は、そもそも《連盟》を離脱したかったんです。何故か? ―――それは恐らく、《解放軍(リベリオン)》の崩壊を予見していたから。如何(いか)なる手段かは分かりませんが、そうとしか考えられません」

「………………」

「世界三大勢力の一角であった《解放軍(リベリオン)》が崩壊すれば、世界は《連盟》と《同盟》が睨み合う事になる。……もしかすれば、《第三次世界大戦》が起きるかもしれない。彼はその時《連盟》が負けると考え、《同盟》へ寝返りたかったんです」

「……なるほど。正誤はともかく、貴女の中では大体答えが出てるじゃないですか。一体何が疑問なんですか?」

 

 言質を取られる事を避けながら、《天譴》がそう返答する。

 実際の所、アイリスの推測は全て当たっている。月影獏牙は最初から、泥船と(もく)した《連盟》からの離脱を目的に動いていた。彼女の推理というより、背後に居る女傑、レヴィ・アスカリッドが(おおむ)ねを見抜いていたのだろう。

 

 だが、それが分かったところでどうにかなる物でも無い。そう考えた《天譴》の返答に、アイリスは絞り出すような声でこう言った。

 

 

「いいえ。月影獏牙には、別の道も在ったはずです。

 だって……日本には、天譴(あなた)》が居るじゃないですか」

 

 

 《天譴》が沈黙する。その間にも、アイリスは滔々と語り続ける。

 

「刃を合わせて、やっと分かります。貴方は、本当に強い。かの《比翼》に並ぶ、超級の伐刀者なのでしょう。《連盟》は……私の母は、対応を誤りました。魔人級四人でさえ、貴方に届かない」

「…………」

「ですが。だからこそ。

 それほどの戦力が在るなら。

 世界を左右するはずの《魔人(デスペラード)》を優に上回る伐刀者を、日本が抱えているなら……!

 戦争に()()()()()()()道筋(ルート)も、きっとあったのでは在りませんか……ッ!?」

 

 身を切るようにして、アイリスは叫ぶ。

 

 《魔人(デスペラード)》は、世界に大きな影響を与える爆弾だ。国を持たない《解放軍(リベリオン)》が世界三大勢力に数えられていた理由も、首魁(しゅかい)である《暴君》が並ぶ者の居ない超強力な《魔人(デスペラード)》だからである。

 

 《比翼》も同様だ。彼女は、かつて《連盟》と《同盟》を同時に相手取って、なお勝利を収めている。極まった伐刀者は、世界さえ屈服させ得るのだ。

 

 そのような存在が、《天譴》が日本に居たのならば。

 《連盟》が第三次世界大戦に勝利する事も、きっと不可能では無かっただろう。

 何かボタンの掛け違え一つで。《天譴》の、月影獏牙の心持ち(好感度)次第で。

 ここに立っていたのは、《同盟》からの刺客だったのではないか。

 

 そう語るアイリスに、《天譴》は右耳に手を当てたまま答える。

 

「……ふむ。確かに、そうかもしれませんね。もしも、【暁計画】が失敗していれば。あるいは―――()()()()()()()()()()()()()。日本は何事も無かったような顔で《連盟》側に付いて戦っていたでしょう。世論がどうにもなりませんから」

「それは……()()()()()、間に合いませんか」

「今から?」

「はい。今から……何もかもを、謝罪と賠償金、引責辞任によって(つぐな)い。日本が《連盟》離脱を撤回することは、何があってもあり得ませんか」

「……襲撃に来て、その口で友好を語りますか。凄まじい変わり身というか、寝返りですね」

 

 呆れたようにそう語る《天譴》に、アイリスはただ沈痛な表情を返す。

 彼女自身、これが無理筋だという事など良く分かっている。殴りかかってきて、『やっぱり強いから仲良くしましょう』などと、そんな曲芸染みた外交が成功した事例は歴史を紐解いても数える程しかない。

 

「……申し訳ありません」

 

 だが、"数えるほど"には存在するという事でもある。

 《連盟》は結局、この騒動において誰一人死者を出していない。加えて、この国の国民性は大いに武断的であると同時に、『潔く負けを認めた相手には寛容』というサムライ的価値観が残っている。アイリスが己の身柄を差し出せば、悪感情も少しは緩和できるかもしれない。未だ、謝罪と賠償で何とかする道は残されている。

 

 そう信じるしかない。

 何より―――もうそれ以外に、《連盟》の勝ち筋は無い。 

 

「月影獏牙が《連盟》離脱を選択したという事は、その道は極めて険しいか、あるいは存在しないのでしょう。そして、今からではもう取り返しが付かないのかもしれません。ですが、もしそうでないのなら」

 

 そう言って、アイリスは深々と頭を下げた。

 兜を外し、青白い顔をそれでも懸命に引き締めて。

 

 

「《連盟》の度重なる蛮行を。醜い思い上がりを、《黒騎士》アイリス・アスカリッドが心から謝罪します。必ず、しかるべき賠償を母に支払わせます。悪化に悪化を続けた日本国民の対《連盟》感情も、真摯に受け止め対応すると誓います。

 

 ―――我々《連盟》は、日本に()()()()()

 

 その上で。どうか、《連盟》離脱を考え直していただけないでしょうか」

 

 

 その言葉こそ、最期にアイリス・アスカリッドが行いたかった"交渉"。

 

 政治の世界において、"勝利"とは成功を意味しない。

 そして、同時に。完膚なきまでに"敗北"したからこそ、新たに拓ける道という物も在るのだ。

 

「私の身柄。義母レヴィ・アスカリッドの首。《連盟》における最高議長の権限。それらをお渡しすると約束します。現連盟本部長《白髭公》アーサー・ブライトに代わり、日本の月影獏牙が本部長へ就任するようフランス支部が推薦します。どうか、月影総理にこれらのお話をお通し願えないでしょうか」

 

 実質的なフランス支部の壊滅、そして身売り。

 だがアイリスは、それでも《天譴》の力を得られるのであれば十二分に見合うと考えていた。

 簡単な物理学の問題だ。これ程の(エネルギー)矛先(ベクトル)を変えるならば、当然溢れんばかりの財が必要になるだろう。

 

「今私が差し出せる物はこれだけですが、お望みの物は全て叶えられるよう尽力いたします。

 なにとぞ月影獏牙総理の慈悲を賜りますよう、《黒騎士》アイリス・アスカリッドが伏してお願いいたします」

 

 地に頭を付けながら、アイリス・アスカリッドはそう言った。

 

 彼女の言葉に偽りはない。彼女には、現場判断でそれを提示するだけの権限が与えられている。《連盟》から、それだけ信頼されているからだ。彼女は、《連盟》の女傑、レヴィ・アスカリッドが自ら教育した懐刀。世にも珍しい、全世界の権力者が欲する『政治を理解する超級伐刀者』である。

 

「……うーん……何というか、それはそれで対応に困るな……えーっ、と……」

 

 ただ只管(ひたすら)に頭を下げるアイリスに対し、《天譴》はしばし考えるような表情を見せた。

 アイリスと違い、甘木悠に政治的センスは存在しない。あらかじめ想定していた以上の事は対応できかねるのだ。よって、彼がそういう現場に出くわしてしまった時は、まず上司に対応を仰ぐ。

 

 アイリスが提示した条件は決して悪い物ではない。どころか、むしろ破格と言ってしまえるほどに良い。何となくだが、態度からして嘘も吐いていないだろう。《連盟》がどう動くかは不明だが、少なくともここで頷けば、《魔人(デスペラード)》一人とフランス一国は丸ごと手駒に出来る。

 

「……………………」

「……………………」

 

 土下座するアイリス・アスカリッド。上を向きながら悩ましい表情をする《天譴》。

 誰も何一つ口に出せない、沈黙の時間が暫く続く。

 

 そして。

 

 右耳を……そこに嵌められた小型イヤホンを押さえ、《天譴》はこう返した。

 

 

 

「―――すみません。無理だそうです」

 

 

 

 通信機越しに状況を把握していた、月影獏牙および桃井新香。

 彼らからの返答を受けた《天譴》が、《黒騎士》アイリス・アスカリッドへと剣を向けた。

 

 《連盟》と手を取る道も、確かに存在した。

 だがそれはあまりに細く不確定で、月影獏牙は結局それを選ばなかった。

 

 

 《同盟》への道筋(ルート)は、既に定められたのだ。

 

 

「……何故、ですか」

「えー……これは伝えて良いと言われたんですが、【暁計画】はどうも大幅に短縮されたそうで」

 

 失血で荒くなった息で、望みが断たれて震える声でアイリスが問う。

 それに対し、《天譴》はイヤホン越しの声を聴きながら一人の男を見つめた。

 

 バイザー越しの眼から血涙を流す、長身痩躯の黒コート。

 この戦場を支えていたアメリカ(同盟)所属の《超人》、エイブラハム・カーターを。

 

 

「エイブラハムさん。貴方の"任務"って、何だったんですか?」

「ふむ。此方(コチラ)も回答許可が出ているので答えよう。俺に任されていた任務は『戦闘を可能な限り長引かせ―――かつ、《連盟》の刺客を確実に葬ること』だ」

 

 

「ぇ」

 

 小さく、アイリスの喉から細く声が漏れ出た。

 任務のため。『一国上の都合』で、《超人》はアイリス達への協力を要請してきた。

 彼は、"《連盟》の味方をする"等とは一言も言っていない。

 

 視界が遠くなるような錯覚に襲われているアイリスを他所に、《天譴》と《超人》は和やかに会話を続ける。先ほどまで刃を合わせていたとは思えない、友好的な雰囲気で。

 

「先日、グリーンランドで行われた《大国同盟(ユニオン)》会議でとある議題が可決された。長々としているので要約すると、『日本の《同盟》加入を大いに歓迎する』という内容だ。国際的な影響が大きいと予測されるため、いまだ全世界向けの発表は成されていない―――日本に対してもな。だが、こちら側では内々で、既に日本の《同盟》受け入れは決定されていた」

「日本へまだ言って無いのはおかしくないですか……? あと、"戦闘を可能な限り長引かせる事"ってのも」

「それに関しては俺の父親の意向だな。こちらも同じく回答許可が出ているが、《天譴(おまえ)》の戦闘データが欲しかったのだ。無論、万一の時にはお前を命を懸けて庇うよう命令されている」

「へー……あ、総理。ホントなんですね……。今、向こうの要人と通話中? なるほど……」

 

 スラスラと、《超人》エイブラハムは淀みなく答える。

 

 彼にとっては、全てが事前の想定通りだ。《天譴》の強さが想定以上だったために死亡直前まで全力を尽くしたが、そうでなければ彼は背後から《カンピオーネ》を殺し、日本側で戦うよう指示されていた。

 

 傭兵である《砂漠の死神(ハブーブ)》は金で転ぶ。買収すれば、《天譴》を抜きにしても《黒騎士》アイリス相手に2対1で戦う事が出来る。万一任務に失敗した際は、《天譴》と月影獏牙を連れて瞬間移動(テレポート)で退避。どのような事態にも対応できるよう策を与えられていた。

 

「……ふむ。お前は俺への対応を決めかねて()()()だったようだが、それでも良好なデータが採れたと父は満足している。謝罪を兼ねて、日本への関税は大幅に"考慮"されるそうだ」

「はー……いや、ならそもそも参戦しないで欲しかったし、あと事前に教えておいて欲しかったんですけど……」

「現地に居なければ状況が制御(コントロール)できない。そして事前に通告されていれば、正確な戦闘データが取れない。苦渋の判断だったと父は軽く謝罪している」

「軽く……?」

 

 彼の父親―――アメリカの黒幕(フィクサー)

 

 世界最高の研究者、《大教授(グランドプロフェッサー)》アイランズ・カーター。 

 アメリカ軍を飛躍的に進歩させた超天才(マッドサイエンティスト)である彼からの回答を念話(テレパシー)で受け取り、エイブラハムはそう淡々と告げた。

 

 《天譴》の力の底は未だに測れない。それを見てとった《大教授(グランドプロフェッサー)》アイランズは、ひとまず方針を変えたのだ。

 

 

 『()()は、いまだ己の手に余る』。

 

 

 今後100年、200年と掛けて人類が超えるべき壁であり。 

 今は他の検体で実験を重ねて己を高めるべし、と。

 

「えーと……総理が話したい事があるみたいなんで、スピーカーに変えますね」

 

 そう言って、《天譴》がイヤホンを操作する。

 同時に、気絶していた《砂漠の死神(ハブーブ)》の肩を叩いて目覚めさせた。

 

 今や戦場から処刑場へと姿を変えたコンテナ倉庫跡地に、精悍な中年男性の声が響く。

 

 

『―――どうも。テロリスト、アイリス・アスカリッドを名乗る不届き者』

 

 

「月影獏牙総理……ッ! 私は、テロリストなどではッ!!」

 

 痙攣の残る身を懸命によじって起こし、《黒騎士》アイリス・アスカリッドがそう叫ぶ。

 一縷(いちる)の望みをかけて、何とか月影獏牙へと声を届かせようとする。 

 

「お聞きくださいッ!! 私は義母レヴィ・アスカリッドの名代としての権限を預かっています! 《連盟》日本支部の者が……ッ、いえ、《七星剣武祭》運営委員会の者が私の身分を証明出来ますッ!! どうかお話をお聞きください! どうか、どうか……ッ!!」

『……《七星剣武祭》運営委員会の者は、現在『競技場の改装』などという虚偽の報告で学生やプロ伐刀者を混乱させたため拘束している。明日以降、偽計業務妨害罪等を問いただし適切な処分を下す予定だ』

「ぁ――――」

 

 アイリスの動きが止まる。

 日本と《同盟》は既に結びついていた。襲撃計画も既に漏れていた。直接戦闘では《天譴》に一切(かな)わなかった。降伏するという奇手も、たった今切って捨てられた。

 

 政治で敗北し、交渉で敗北し、戦闘で敗北した。

 許される"敗北"の回数にも、さすがに限度がある。 

 

「…………………は、は」

 

 既に盤面は詰まされていた事を自覚し、《黒騎士》が力なく項垂(うなだ)れる。

 そんな彼女をイヤホンに仕掛けられた小型カメラ越しに観測しながら、スピーカーの声は気絶から覚めた《砂漠の死神(ハブーブ)》へと向いた。

 

『……ところで、《砂漠の死神(ハブーブ)》ナジーム・アル・サーレム氏』

「ハッ……何だよ。俺はちゃんと名前で死なせてくれんのか? "名称不明のテロリスト"じゃなく」

 

 全てを諦めきった者特有の明るさで、ナジームがそう吐き捨てた。

 

 ロクでもない死に方をするとは思っていたが、まさかここまでとは思わなかった。国を荒し、戦場を駆け抜け、『砂漠の渇きに限りは無い』としてひたすらに財を溜め込んでいた己が、まさかこんな極東の島国で地雷を踏むとは。

 

「墓にはちゃんと名前刻んでくれよ。地獄で自己紹介できねェからな『―――任務、ご苦労だったね』……ハ?」

 

 思いがけない言葉に、ナジームの身体が固まる。

 スピーカーの声はそのまま、思考の間隙に言葉を流し込むようにペラペラと明るく喋った。

 

『さすが、《最強の傭兵》と名高いナジーム氏だ。今回も完璧に仕事をこなしてくれた。

 "襲撃計画の一員として《連盟》に雇われたフリをするスパイ"なんて難しい役目、君以外では決してこなせなかっただろう』

「あ……は、ぁ……?」

『ん? 何か依頼内容におかしな点でもあったかい? ()()()()()()では、君は最初から私たち日本国に雇われていたはずなんだがね……?』

 

 白々しく告げるその声に、ナジームの脳内がかつてない勢いで回転する。

 

 どうやら―――これは、()()が降りて来たらしい、と。

 

「ぁ……ああ、ああ、ああ!! そうだそうだ、ちょっとボケてたなァ!! 俺は最初っからアンタらに雇われてたんだった!! あー、うっかりしてたァッ!!」

『おやおや。迫真の演技で思わず我を忘れてしまっていたのかい? ああ、そういえば……依頼料の振り込みは、まだしていなかったかな?』

「―――ッ、おいおいおい! 雇い主のアンタもボケてどうすんだよ! ()()()()()()()()()()()っての! 俺とアンタの仲だ、今後はロハで良いぜェ!!」

『おお、そう言ってくれると心強いよ。そうそう、私と君はとても"仲が良かった"んだ』

「ハッ、ハハ……! ヒハ、ヒャハハ……ッ!!」

 

 甲高い声で空笑いしながら、ナジームの全身を滝のような脂汗が伝う。

 首輪を付けられた。これほど悪辣な政治家に。そして、よりにもよって日本に。

 

 あの契約の異能者、《比翼》が現在滞在している国に。

 

「ヒャハハ……ッ! ヒャハ、ヒッ、アッハハハハハハハハハハハハハハハハッ……!!」

 

 こりゃ暫く金稼ぎは出来ねぇなと思いながら、それでも命が助かった安堵でナジームは笑った。

 

 命に比べれば全てが安い。世界でトップ10に食い込むであろう己の資産も、生きていなければ使い道が無いのだから。どうせそれらも"寄付"だ何だで大きく目減りしてしまうだろうが、それでも命には代えられない。

 

『喜んでくれて嬉しいね。さて―――ナジーム氏は、元々我々の雇った傭兵。《超人》エイブラハム氏は、友好国かつ我々の盟友たるアメリカの誇り高き軍人だ。"ほんのトラブル"で入国記録が紛失してしまっているようだが、気にせず帰国してくれたまえ』

「感謝する。父からも同様に」

『それでは―――残りの『テロリスト二名』を、どう裁くか考えなくてはならないね』

 

 その言葉に、倉庫の隅で震えていた《カンピオーネ》カルロがビクリと震える。

 今や彼は、魔力をほぼ全て剥奪された、Eランク伐刀者にもやや劣る程度の伐刀者モドキだ。

 

 アイリス・アスカリッドにかけた生命維持の水魔術を未だに維持できているのは、彼の紳士たる誇りと積み上げた実力の残滓によるものだが……それも、それほど長くは続かないだろう。

 

「わ、私は――――ッ」

 

 何かを言いかけるよりも早く、《超能力》による不可視の力場が彼の口を塞いだ。

 《超人》エイブラハム・カーターが彼を鋭く睨む。

 

「……父からの念話(テレパシー)だ。"1人ずつ分ける"というのはどうだろう、と。我々は、《天譴》の被害者、魔力剥奪というかつてない異能の被害者となった彼の身柄を望む」

『ふむ……。それを、我々が呑むメリットが見当たらないね』

「この件に関しては"共同研究"とし、日本の研究者を数名、アメリカに在る己のラボに招き入れるそうだ。世界最高の研究者、《大教授(グランドプロフェッサー)》カール・アイランズのラボだ。この"検体"の研究以外にも、貴国にとって幾らでも貴重な物が見つかるだろう」

『……良いだろう。盟友に対し、我々も友好を示そうじゃないか』

 

 スピーカー越しに声がそう響くと同時に、《カンピオーネ》の眼から一切の意思の光が消失する。エイブラハムによる《精神操作(マインドコントロール)》が、今や並の伐刀者以下となった彼の意識を全て白紙にしたのだ。

 

『《超人》エイブラハム・カーター……。その本質は、能力の多様さと万能性にあり、か……。その力が、何か一つボタンの掛け違いで私に―――日本に向いていたと思うと、恐ろしいね』

「起こり得ない可能性を議論するのは無意味だ。現在、アメリカと日本は友好関係にある」

『そうだね……その友好が末永く続く事を、今は願おうじゃないか』

 

 国家に真の友は居ない、と言ったのは誰だったか。

 そう内心で呟きながら、月影獏牙は穏便に状況が終了したことを兎に角喜んだ。

 

 外交に失敗した。

 《連盟》の強硬さ、女傑レヴィ・アスカリッドの果断さを読み違え、《魔人(デスペラード)》級伐刀者4人を送り込まれるという、普通ならば亡国待ったなしという所まで追い込まれた。

 

 それが蓋を開けてみればどうだ。

 かの大国アメリカと友好関係を結び、更に《魔人(デスペラード)》の1人は手駒になった。

 当初の窮地からは思いもよらない、望外の成果を得ることが出来た。

 

 全て、《天譴》甘木悠の力である。

 

 

 ―――魔剣に頼ってしまった。

 

 

 魅入られまいと心に決めていても、追い込まれた窮地においては彼に縋るしか無かった。そうしなければ、己は今頃《連盟》の裁判にかけられ、薬や精神系異能の力によって有りもしない悪事を告白させられていただろう。 

 

「……まだまだ、政治家として未熟だな……。出来る限り、彼の力に頼るような事態は避けたいものだが」

 

 政治の世界に足を踏み入れて10年余り。"月影獏牙総理"など、いまだ世に数多いる海千山千の政治家からすれば子供と同じなのだろう。そう、月影は己を強く戒めた。

 

「あの……自己評価バグってるのは先輩も同じなんで、それは良いんすけど」

「はい?」

「《黒騎士》アイリス・アスカリッドの処遇はどうするんすか? その、まあ……不慮の事態を避けるため、早く専門施設に搬送したうえで、内々に処理するべき、と思うんすけど……私がやっても良いんで、なので、その」

 

 意識を失い、失血して倒れ伏すアイリス・アスカリッドをカメラ越しに眺めながら、月影の隣に立つ桃井新香がどこか焦ったようにそう語る。

 

 処遇は既に決定している。

 死刑だ。

 だが、それを月影獏牙がそのまま返す事は無い。彼女の本当に言いたい事を察しているからだ。

 

「《天譴》に……甘木くんに、人を殺してほしくない。違いますか?」

「…………いえ」

「隠さずに」

 

 ジッ、と彼女の眼を見つめる。

 普段ならば『なんすかー、ちゃんと"いえ"って言ったじゃないっすかー』と真意の見えないヘラヘラとした笑みで躱すであろう彼女は、しばらくして根負けしたように目を伏せた。

 

「……申し訳ありません。どうでも良い事です。私情で、妙な事を言いました。偽善でした」

「偽善?」

「先輩が斬った傷で、放っておけば彼女は死にます。そして多分、先輩はそんな事気にしない……とっくに、心の整理を付けているでしょう。外野が口を出す事ではありませんでした」

 

 そう言いながらも、彼女の指先はせわしなく動いている。

 

 本当は、全くどうでも良くないのだ。偽善でも何でも構わない、彼には最後の一線を越えて欲しくないと、彼女の心は雄弁にそう語っている。

 

 それを政治家としての眼でよく観察し、月影獏牙は教育者として僅かに頬を緩めた。

 

 良い傾向だ。

 元々、『甘木悠の監視任務』も、『暁学園への勧誘』も、月影の発案ではない。彼女が、自ら言い出したのだ。

 

 どこからどこまでが打算で、何処からどこまでが本音なのか。それは月影にも、恐らく彼女自身にも分からないだろう。だが確かに、人間らしい情緒が彼女の中に育ちつつある。

 

「……心配いりません。彼女には、()()()()()がいます」

「引き取り手……?」

「ええ……。己の悪性を発揮せずにはいられない、我々の厄介な同盟相手ですよ」

 

 私人としての嫌悪を隠せず、月影獏牙は苦々しい顔でそう言った。

 次いで、桃井が得心したような顔を見せる。

 

 《黒騎士》アイリス・アスカリッドには一つ、隠された経歴がある。

 彼女の苗字は、"義母"レヴィ・アスカリッドに引き取られた際に一度変わっている。本名が別に存在するのだ。

 

 あまりの凄惨さから秘匿事件となった、とある村が滅んだ事件。

 その村の生き残りである彼女は、事件の犯人を―――己の弟を殺すために、《黒騎士》として研鑽を積んで来た。

 

 

 彼女の本名は、アイリス・ゴール。

 

 《傀儡王》オル・ゴールの実姉である。

 

 

「……因果な物っすね。何というか……ちょっと、嫌になるっすね」

「呑み込むしかありません。清濁併せ吞んで、国益を守るための戦いを我々は選んだのですから」

「いえ。それが分かったうえで、何の感情も抱けない、『その程度でオル・ゴールを味方に出来るなら得っすね』なんて考える自分が……なんか、やっぱりこういう性格なんだな、と思って……」

 

 そう言って、桃井が目を伏せる。月影もまた、かける言葉を見つけられず口をつぐんだ。

 

 この後はまたマスコミに向けて《同盟》参加へのポジティブキャンペーンを依頼し、なおかつ《天譴》の戦いを上手く編集して継ぎはぎし、《連盟》の卑劣さと日本の高潔さ、頼りになる《同盟》のイメージ戦略へ励まなくてはならない。

 

 

 喝采は無い。

 拍手も、歓声も、賞賛も。観客が居ない以上、それら一切は存在しない。

 

 

「……なんか。汚くなりますよね、この仕事。先輩には、こっちに来てほしくないな……」

「ええ……そうですね。彼の選択次第ですが、表の仕事も十分に用意出来るよう心掛けましょう」

 

 お互いに後味の悪さを感じながら、《七星剣武祭》エキシビジョンは幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アッハハハハハハハハハハハハハハハハ!!! 幕が閉じてもまだまだ続く、それが残酷戯曲(グランギニョル)ってものさ!!!!』

『ああ……姉さん、姉さん、姉さん!! アイリス・アスカリッド! アイリス・ゴール!!』

『バカな真似したよねぇ……《天譴》に真正面から戦いを挑むなんて。あの極光を見て、それでも"自分なら"なんて思い上がっちゃうなんて!!』

『戦闘系の伐刀者ってのは皆こうなのかな……? 自信過剰? 思い上がり(はなは)だしい? 何でも良いけど、とにかく最高のオモチャが手に入って僕は超ハッピーさ!!』

『まだまだまだまだ、いっぱい遊んであげるからね……! バラして! 継いで! ツギハギして! 他の死体と組み合わせても良い! ああ、可能性は無限大だ!!』

 

『アッハハハハハハハハハハハハハハハハ! アッハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』

 

『アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ……!』

 

『……ああ』

 

『ホントに死んだんだね、姉さん』

 

『結局』

 

『僕を守るとか、殺すとか、色々言って。何一つ成し遂げられなかったね』

 

『良い事を教えてあげるよ……僕、《傀儡王》を引退するんだ』

 

『《天譴》が居るからね。あの日、あの極光を見て、僕は彼には逆らうまいと心に決めたんだ』

 

『これからは、ただの一介の糸使い。全世界に傀儡を置く、月影総理の共犯者、平賀玲泉さ』

 

『……だから』

 

『姉さんは、無駄死になんかじゃないよ。傀儡王と、相打ちになったんだ』

 

『そういう事にする』

 

『……………………』

 

『姉さんは、《傀儡王》逮捕の為にこの国に来たんだよね』

 

『……任務達成、おめでとう、姉さん』 

 

 




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