落第騎士の英雄譚 意識低い系風味   作:一般落第騎士

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世界大戦編
第三十話


 

 

 

 長く続いた《七星剣武祭》も、"エキシビション"含めていよいよ終わりの刻が来た。

 俺が戦う相手がポンポン覚醒したり、東堂会長が訳分かんないくらい強かったり、政治の都合で行われた延長戦があったりと、まあ語り尽くせない程の様々なトラブルがあったが……概ね、総理が手掛けた【暁計画】は上手く行ったと言えるだろう。

 

 特に、最後の"エキシビション"は実に効果的だったらしい。

 

 《連盟》の持つ超級戦力2名を喪失せしめ、日本は新たな超級戦力を1名確保。更には《同盟》における最有力国であるアメリカとの関係は大幅に接近。紛れもない大戦果だ。月影総理は『破滅的なギャンブルにたまたま勝っただけ』と青白い顔で言っていたそうだが、それでも勝利は勝利。

 

 来たる《第三次世界大戦》において、日本の平和を守るための―――夜を越えるための【計画】はいまだ道半ばだが。それでも、一旦は小休止を迎えたと言えるだろう。

 

 

『日本全国計八校から選び抜かれた、精鋭三十二名。たった一つの頂を巡る戦いの全てが、昨日の決勝戦をもって終了いたしました。熾烈を極めた全二十七試合。その全てが素晴らしい内容であったと私は記憶しています―――』

 

 

 会場で演説する月影総理を()()()()()に眺めながら、俺はコンビニで買ってきた堅あげポテトをかじる。関西だし醤油味……お前はポテト界の柱になれ……。あと全国販売してくれ……。

 

「は、レーンジュナかよ……。終わりだなこの試合」

 

 ポケモンユナイトはLOLと同じで、やればやるほどストレスが溜まる仕様になっている。じゃあなんでこんなゲームをやるのかと言われれば、我々が異常者だからとしか答えようが無い。

 

 

『破軍学園一年、黒鉄一輝。貴方は第六十二回《七星剣武祭》において、目覚ましい実績を残し第三位の成績を残しました。その功績を讃え、此処に表彰します。―――おめでとう』

 

 

 《七星剣武祭》第三位、黒鉄一輝。

 昨日、決勝戦の前に行われていた第三位決定戦で、《血塗れのダヴィンチ》サラ・ブラッドリリーを破った彼が、神妙な面持ちで賞状を受け取る。

 

 俺の剣術を真似、なぜか魔力量を増やし、伐刀者は剣一本を極めれば此処までいけるのだと満天下に示した黒鉄。観客に一礼する姿は、今まで以上の気力に満ちているように見えた。

 

 ……ちなみに彼は、"《七星剣武祭》を優勝しなければ卒業できない"という意味の分からない条件を己の父から課せられているらしい。桃井から聞いた時は、本当に訳が分からなかったものだ。進級自体は可能になったようなので、あと2年の間に条件を達成出来ることを祈ろう。黒鉄なら、来年優勝できると思うし。

 

 

『続いて破軍学園三年、東堂刀華。貴女は第六十二回《七星剣武祭》において、万人の心を打つ、素晴らしい試合を行いました。その功績を心から讃え、此処に表彰します。―――おめでとう』

 

 

 《七星剣武祭》第二位、東堂刀華。

 今回の《七星剣武祭》の全試合(エキシビションを含め)で、最たる強敵と言えば彼女になるだろう。凛とした顔で表彰台に立つ彼女を見ながら、そう回想する。

 

 こっちの剣はパクられるわ落雷を呼び寄せるわ、明らかに彼女の演算能力じゃ扱えない伐刀絶技を精神論でゴリ押して来るわ……。『いやそうはならんやろ』→『なっとるやろがい!』の連続というか、命中率0の技を『それでも!』と叫んで何故か当てて来るというか……。《ラハト・ハヘレヴ(Lahat ha-Chereb)》を抜くか、ギリギリまで迷ったのは彼女が初めてだ。

 

 彼女の将来の夢は知らないが、会長なら多分何にでもなれると思うよ。それくらいに人間力が極まっている。普通に考えて、学園の全員と友達っておかしくない? なんかもう、逆に謝って欲しいもんな。光属性が過ぎる。

 

 堂々とした態度で会長が一礼する。

 そのまま、今年度《七星剣王》である甘木悠、つまり俺の表彰に移る―――はずだが、そこで月影総理の動きが止まる。誰も居ない表彰台を見つめ、マイクを握るとざわめく観客へ語り掛けた。

 

 

『……そして。皆様の一部も既にご存じの事でしょう。熾烈な戦いを勝ち抜き、《七星剣王》となった騎士の頂点。暁学園二年、甘木悠は―――《連盟》の襲撃に遭い、()()()()()()()()()()

 

 

 ざわ、と観客席に一層大きなどよめきが走る。

 

「マジかよ、連盟最低だな……」

 

 その様子をTV越しに眺めながら、俺はポテチを嚙み砕きながらそう呟いた。

 

 《天譴》甘木悠は現在、重傷を負い病院に入院中……という事になっている。どれくらい重傷なのかは今後の予定次第で可変。エキシビションの映像もしばらくはお蔵入りだ。最大限頑張ってみたものの、やはりちょっと編集で何とかなるレベルを超えていたらしい。

 

 《黒騎士》を筆頭とした超級伐刀者4人を相手にして、一人で勝利できる実力。

 『魔力最大量を燃やす』という、現在の世界秩序を真っ二つに破壊しかねない霊装。

 

 この二つの情報を、例えば政府重鎮や関係国相手に通知する分には良い。『武威』とは使い方さえ誤らなければ強力な武器で、『ウチに手を出したらタダじゃ済まねぇぞ』と威嚇する事はこれからの世界情勢を鑑みれば大いに重要だ。

 

 だが、"民衆相手"には違う。 

 『我々はこんなに強いのだ』と喧伝する事は。民意をむやみに煽り立てる事は、()()()

 

 日本の国民は武断的なのだ。敵対者は綺麗さっぱり根切りにしたい、という戦国時代の価値観が未だに残っているのだ。膨れ上がった民意は文民統制(シビリアンコントロール)の枠組みを超えて、際限なく暴走する危険性がある。らしい。桃井からの受け売りである。

 

 

『《連盟》による卑劣な襲撃は、昨夜未明に行われました。国賓(こくひん)として招かれていた米国の《超人》エイブラハム・カーター氏と、【暁学園】の()()()()()()、何とか退ける事が出来ましたが……主力として戦った甘木悠氏は、今も病院に居ます』

 

「ギリギリ、嘘は言って無いな……。病室(ここ)、ほとんどホテルみたいに改装されてるけど」

 

 

 俺は現在、大阪の病院に用意された最高層の部屋に居る。フロア図では『備品倉庫』となっているが、実際にはVIPが利用するための超高級病室だ。一応『重傷患者』という体面を守るため、着心地の良い指定の病院着を着せられ、栄養剤の点滴だけは打たれているが、中身は高級ホテルと何ら変わらない。

 

 全員で結界を張ってくれていた【暁学園】の面々が居なければ、俺は《自在天》のままで戦っていただろうし。《超人》エイブラハムさんが居なければ、その後の対処に困っていただろうし。総理は話を盛ってはいるが、嘘は言っていない。

 

 昨夜から早朝にかけて、TV番組は《連盟》を非難する論調で持ち切りである。そんな民意に押されるように、月影総理は仰々(ぎょうぎょう)しく掲げた手を握り締めた。

 

 

『―――我々が言葉を持つのは、何のためでしょうか。心を持つのは何のためでしょうか。全てを暴力で押し通すなら……我々と獣の違いなど、何も無いも同然ではありませんか。力で民意を押し潰す。そんな恥知らずな行いをした《連盟》を、私は日本国総理大臣として、最も強い言葉で非難いたします』

 

『良いぞーッ! 月影ーッ!! 良いこと言ったッ!!』

『甘木くん、せっかく優勝したのに可哀想だよね……今度ファンレター送ってあげよっと』

『最近の《連盟》、ちょっと酷すぎるよな……。単にコッチは『教育権』だけ返して貰えれば良かったのに。こんな組織だとは思わなかったぜ……!』

 

 

 表彰台に立って演説する月影総理へ、観客たちが声援を送る。《七星剣武祭》の表彰式とはやや関係の無い事を話し始めている訳だが、それに対して突っ込みが入る事も無い。反《連盟》の民意は、それほどまでに熟成され切っているのだ。

 

『……会長』

『シッ、黒鉄くん。今、貴方が何を言おうが封殺されます。月影総理は本職の政治家です……"民意を掴む"事に関して、私たちは彼に到底(とうてい)及びません』

 

 黒鉄は何か言いたげにしていたが、それを会長が制するのが唇の動きで読めた。

 

《七星剣武祭》を利用して、政治的アピールを行っているのが不満だったのだろう。

 もしくは、黒鉄の恋人であるステラ・ヴァーミリオンの事を想ってのことかもしれない。ステラさんの母国は、《連盟》所属国だ。今後日本が《同盟》に接近するなら、彼らは陣営的に敵同士になる。この反《連盟》の流れに、何か思う所があるのかもしれない。

 

 

『……暁学園二年、甘木悠。彼は第六十二回《七星剣武祭》において、激闘を勝ち抜き、綺羅星のような輝きを示した学生騎士たちの頂点に―――《七星剣王》の座に立ちました。その実績を讃え、此処に表彰します。……本当に……本当に、おめでとう(ありがとう)

 

 

 そう言って、月影総理は誰も居ない表彰台へ深く一礼する。

 深く、長く。観客が不審がって少しざわめくほど、総理は空白の表彰台へ深々と頭を下げた。

 

 暫くの沈黙の後、総理は傍らに控えていた()()()から校旗を受け取り―――

 

 

『そして。甘木悠に代わり―――()()()()()()()()である私、月影獏牙が校旗を掲揚(けいよう)いたします。

 どうか、病室に居る彼にまで届くほどの拍手をお願いいたします』

 

 

 ―――それを、天高く掲げた。

 

『『『『『―――――――――――――――――ッッッッッ!!!!!』』』』』

 

 まるで瀑布(ばくふ)のような拍手と喝采が、会場中に響き渡る。

 

 象徴的な、"絵になる"場面だ。

 

 表彰台の頂点に立ち、青空を背にして旗を掲げる日本の総理大臣(リーダー)

 マスコミたちがパシャパシャと写真を撮りまくる。明日の一面は間違いなくこれになるだろう。 

 

 今回の流れは、いわば政治的なパフォーマンスだ。

 混乱した状況では、人は"強いリーダー"を求める。これはその結果だ。民意の求めを受け、月影獏牙が日本の確固たる指導者として君臨する。彼に校旗を渡した者が、《連盟》日本支部長たる『黒鉄巌』というのも暗喩的だ。"月影獏牙は魔導騎士たちの信認を受けている"、と分かりやすく示している。

 

 王権は剣によって保証される。

 伐刀者達を味方とした月影総理が、己の完全なる国内掌握を国内外に示す儀式(パフォーマンス)。それが今回の《七星剣武祭》表彰式の本質らしい。全部桃井に聞いたから、多分合ってると思う。

 

「頑張ってください、月影総理……。望むべくは、俺の仕事があんまりない方向で……!」

 

 TVの音量を少し下げる。

 月影総理が空白の表彰台へ長く長く頭を下げた瞬間は、少しだけ胸がむず痒かった。仕事をして感謝されるというのは、シンプルに嬉しい物だ。

 

 式典や偽装入院に関して総理からは『申し訳ない』と何度も何度も謝られたが、俺からすれば本当にどうでも良いというか、『あ、頭が良い……!』と感心するだけだ。"表彰式サボれて得したな"とさえ思っている。あれ、前に出たけど本当につまらなかったし。

 

「いやー……しかし、これで【暁計画】も一区切りか。もう大体片付いたんじゃないか?」

 

 《同盟》とは仲良くなれたらしいし。アメリカのエイブラハムさんも、アレは多分()()()()()()だろうがちゃんと良い人そうだったし。なんか《解放軍(リベリオン)》が滅んだらしいけど、テロリストが壊滅したならこれから平和になるだろうし。正直、これで俺の仕事も割と終わりじゃないかと少し期待している。

 

 案外、総理が言ってた《第三次世界大戦》とか起こらないんじゃないか?

 そうだと良いな。今回の報酬はガチで眼が飛び出すような額だったので、正直に言うと俺はもう一生何もしなくても食っていけるのだ。超嬉しい。絶対にFIREしたい。『アルバイトでも良いから仕事しとかないと逆に病むよ』と以前ニュースで聞いた覚えがあるので働きはするが、それも週一くらいで良いかな……。

 

 

「せんぱーい。リンゴ剥けたっすよ~」

「ヒッホホ」

 

 

 そんな事を考えながら表彰式を見ていると、背後から声がした。

 声の主は桃井。入院中の(という事になっている)俺へのお見舞いと状況解説を兼ねて、この病室に来てくれているのだ。

 

「いや~……この病室凄いっすねぇ。キッチンまで併設してるとか、マジで"資本主義"って感じっす。ちょっと凝ってウサギにしてみたっすよ」

「ヘヘ……アリガトウゴザイマス……」

 

 エプロンを付けた桃井が、そう言って皿に並べられたリンゴをテーブルに載せる。母以外の女性にリンゴを切ってもらうなど、生まれて初めての経験である。なんか……なんか、凄い! 謎に緊張する!!

 

 何度でも主張させていただくが、これは決して俺が弱いという訳ではないのだ。桃井が強すぎる。何? パーソナルスペースに侵入するのが上手すぎない?

 

「ん~……やっぱ、先輩の慌てる姿は脳に効くっすねー。超面白いっす。ほらほら、あーん」

「ヘヘヘ」

 

 桃井に差し出されるまま、シャクシャクとしたリンゴを頬張る。濃厚な甘みと清涼感を伴って、蜜が口中に広がる。病院の専用売店に売っていた高級林檎で、一玉10,000円するらしい。バカじゃねぇの? 暁学園入学以降、明らかに体験する物のグレードが上がって怖いんだよな。

 

「アノ……あとは、自分で食うんで……ヘヘ」

「んーん、面白いから嫌っす。それに先輩、まんざらでも無い顔してるっすよ~? 後輩女子にあーんされて嬉しいっすかー? ん~?」

助けてください

「うおっ、すごい心拍数……」

 

 東堂会長といい桃井といい、こう……人間関係ガチ勢(陽キャ属性)の人はパーソナルスペースの詰め方がエグくて困る!! これが友人や先輩相手にやる行いか!? "普通"の範囲がデカすぎて測り切れません!!

 

「そうだよな……そりゃ戦争も起こるよな……」

「え、コワ。何すか先輩、予言っすか」

「いや、ここまで常識が違うと人が争い合うのも当然というか……」

 

 第三次世界大戦は起こらないかもとか言ってたの、アレ撤回するわ。人が人である限り争いは起こります。

 人と人の間に在る断絶の、なんと大きいことか。怖い。後輩ダウナーギャルにガンガンに距離を詰められるの、あまりにも俺に都合がよすぎて怖い。嬉しい。かつての妄想が形になっている!!

 

「これだから自己評価バグり勢は……おらっ、【暁計画】成功の立役者はちゃんと(ねぎら)われるっすよ! これからメロンと桃とキウイが来るんすから早く食べ切るっす」

「なんでフードファイトさせようとしてくんの? 俺さっきまでポテチも食べてたんだけど」

「確かに、食い合わせはカスだったっすね……反省っす。それはそれとして、精密検査してんのは本当なんだから。医師の診断が下るまでは大人しくしとくっす」

「ウス……」

 

 そう言って、桃井が俺の寝ているベッドをポンポンと叩く。

 《ラハト・ハヘレヴ(Lahat ha-Chereb)》の焔は俺だけは燃やさないので、特に負担は無いのだが……それでも、およそ15年以上ぶりに解放した真の霊装である。何か身体に悪影響が無いとも言い切れないし、あと生活習慣病も怖い。折角病院に来たわけだし、採血だったりエコー検査だったりと、色々検査してもらっている。

 

「はい、あーん」

勘弁してください。実家に姉が居るんです」

「なぜそれが命乞いになると思った……? ま、それ食べたら次はお昼寝の時間っすね。安眠の為のヘッドマッサージして、桃井ちゃんが子守唄を歌ってあげるっす」

「ヒッホホ」

「だんだん発生条件が分かって来たっすね……」

 

 助けてください月影総理。

 あー、表彰式に参加しとけばよかった!!! 式典って超大事!!!!! 儀礼的価値観(アイデンティティ)を軽視するコミュミティに先なんてありませェん!!

 

「グアちゃんとかでお世話には慣れてるっすからね~。桃井ちゃんの超絶管理術を喰らって、骨抜きになって二度と立ち上がれなくなるが良いっす」

「ボスキャラのセリフじゃん」

 

 確かにそれくらいの戦力差があるけども。

 『先輩のお陰で助かったから』と、その後俺は桃井に一から十まで世話を焼かれ、為すすべなく就寝したのだった。めっちゃ気持ちよかった。あれはプロの腕前ですよ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 《七星剣武祭》の終結から、少々時はさかのぼる。

 【暁計画】が始動し、《天譴》と《夜叉姫》が激闘を繰り広げた後―――アルプス山脈の奥地に、三機の武装ヘリが着陸していた。

 

「フゥー……最悪の乗り心地だった。改善の余地アリだな。……そうだな、サス系を弄れば……」

「アイランズ。此処は既に《解放軍(リベリオン)》の勢力圏だ。思索にふけるのは帰国後に行う事を推奨する」

「分かっとるわアホめ。これは油断ではない、余裕と言うのだ」

 

 『米国の軍事技術は、他国より一世紀先に居る』と軍事関係者は語る。魔力を利用した生体金属。他国の物と比べ数段上の出力を誇る駆動(エンジン)系。彼らの技術進化は既に、かつて戦場の支配者であった伐刀者を過去にするところまで指をかけている、と。

 

 その根源。

 世界最高の頭脳を持つ至高の軍事研究者。アメリカの政財界に深く根を張る怪人、カール・アイランズ。彼は着陸したヘリからのそりと這い出すと、不快さを示すように大きく伸びをした。

 

「な……何だ貴様ら!!」

「此処を《解放軍(リベリオン)》の本拠地と知っての訪問か!? 名を名乗れ!」

「いややっぱ名乗らなくていいわ!! 面倒だ、そのまま死ねやァーッ!!!」

 

 レーダーにも歩哨の視界にも映らず、いつの間にか現れたアイランズ達。

 彼らの素性を問う前に、不審者はとりあえず殺して良しと考えた《解放軍(リベリオン)》構成員がマシンガンを斉射する。

 

 あまりに気軽な殺意を伴って放たれた弾丸が、アイランズたちに殺到し―――そして、止まる。

 

「……ぁ?」

「うーむ……君、凄いな。稀に見る低能さだ。実は人間ではなくサルの近縁種なのではないかね? 逆にサンプルとして保存してみたくなるが……今日はいらんな。エイブ、やれ」

「承知した。任務を遂行する」

 

 アメリカの誇る《超人》、エイブラハム・カーターによる《超能力(エスパー)》。

 彼以外その存在を認識できず、なぜ物理的な干渉力が発生するのかも不明な力場。それが荒れ狂い、その場に居た《解放軍(リベリオン)》構成員、その全員の首を捩じ切った。

 

 崩れ落ちた《解放軍》構成員たちが血しぶきを噴水のように上げる中、悠々とアイランズたちが歩み出る。

 

「目標、クリア。《念動探査(エコーロケーション)》……完了。《念話(テレパシー)》による全情報共有開始……完了。現在、本部に《十二使徒(ナンバーズ)》は7名。戦力比、全て問題無し。―――《サイオン》、出動しろ」

 

「「「「「了解(ラジャー)」」」」」

 

 エイブラハムの号令に従い、ヘリから兵士たちが次々と現れる。

 超能力者特殊部隊、《サイオン》。ヘルメットにレガース、防弾チョッキ等。完全防備に身を包んだ彼らこそ、米国が誇る最高の《超能力者》部隊である。

 

 彼らは規律正しく揃った動きで整列し、能力の照準器(スコープ)を兼ねた銃を構えて本部へと突入していく。あっという間に、周囲は銃声と断末魔が響き渡る地獄の戦場と化した。

 

 悲鳴を聞きながら、悠々とアイランズたちは《解放軍》本部、その奥へと進んでいく。

 

「……情報共有中……掃討完了まで、残り17分と予測」

「ふん、まあそんな物か……。良い、私は一服させてもらおう」

「アイランズ。貴様は俺と違い、替えが利かない。不慮の事態、万一があり得る戦場に来るべきでは無かったのではないか? 加えて、その葉巻は微量の麻薬成分を含んでいる。非推奨だ」

「それだけこの任務が重要だという事だ。学者にもフィールドワークは必要でね……そして、この葉巻は合法だ」

 

 購入場所ではね、と付け加えながらアイランズが葉巻をくゆらせる。化学物質が彼の脳内を刺激し、セロトニンやドーパミンが溢れ出る感覚に酔っているのだ。

 

「んん……混ぜ物が入ってるな。あの売人……今度会ったら惨たらしくブチ殺してやる。私の貴重な一服を……」

「アイランズ。非推奨だ」

「黙っておけ。いずれ合法になる」

 

 歩くアイランズたちの周囲で、《サイオン》により《解放軍》構成員たちが次々と処分されていく。

 ダダダダダ、と銃声の音が響く。『なんだテメェらァ!?』と叫ぶ声。『ギャァァァァアアアアアアアッ!!!』という悲鳴。『銃弾が当たらねェ!!!』と泣き喚く声。

 

 それら全てを"どうでも良い"と切り捨てながら、アイランズは名残惜しく葉巻を吸い続ける。機内で散々に吸ったため、これが最後の一本なのだ。

 

「君たちはよく働いてくれた。だが、もう用済みなのだよ」

 

 《解放軍(リベリオン)》のゴミが何人死のうが、アイランズにとっては些事だ。力を信奉し、新たな世界では支配者に成れるなどという甘言に乗った社会のゴミども。彼らは、利用価値があるからこそ見逃されていたのだ。それを己の力などと勘違いした真正の馬鹿など、死んで当然である。

 

 血煙を感じながら気分良くスパスパと葉巻を吸うアイランズに、エイブラハムが声をかける。

 

「アイランズ」

「チッ……いい加減にしろよ貴様。いつからそんなに偉くなった、ええ?」

「違う」

 

 そう言って、彼は苛立たし気に眉をひそめたアイランズの前に飛び出し、力場を展開する。 

 同時、目に見えぬ強く鋭い衝撃が不可視の力場と衝突。余波によって周囲の壁がガレキとなって崩れ、悲鳴をかき消すほどの轟音が辺りに響いた。

 

 

「―――不慮の事態だ」

 

 

 エイブラハムの眼前から、一人の男が階段を上がってくる。

 《十二使徒(ナンバーズ)》にのみ着用を許された外套を身に纏う、隻腕の巨躯(きょく)。強大な魔力を渦巻かせる、先ほどの一撃を放った一級の伐刀者。

 

「《超人》エイブラハム・カーター……ッ!! 貴様、どういうつもりだ……!」

 

 鷹のように鋭い目を怒りで血走らせ、その男は―――解放軍十二使徒(ナンバーズ)、《隻腕の剣聖》サー・ヴァレンシュタインは吠えた。

 

 並の人間なら嘔吐しているほどのプレッシャー。《解放軍(リベリオン)》の最高幹部による威圧を受け、大気がビリビリと震える。エイブラハムが力場を周囲に展開し、ヴァレンシュタインが怒りのままに第二撃を放とうとしたところで―――場違いな欠伸(あくび)が、場の緊張をかき消した。

 

「ふぁ……なんだエイブ、貴様この程度で『不慮の事態』とか言っていたのか? 勘弁してくれ……あまり失望させないで欲しいね」

「誤解させたことを謝罪しよう。掃討ルートの構築が甘く、この男の排除が間に合わなかった。"その点だけが予定外だった"という意図の発言だ」

「ああ、ならいい。さっさと終わらせてくれ、17分もこの葉巻は持たん」

 

 そう言って、どっかりとアイランズはいつの間にか用意した椅子に座り込む。肥えた肉体がギシギシと椅子を揺らした。

 

「き、さま……!! 貴様の手引きか、カール・アイランズッ!!」

「見て分かる事をわざわざ確認するのか? 幼等教育(エレメンタリースクール)にロクな教師が居なかったのか? ああ、まだ(かよ)ってもないか」

「黙れッ!! ―――《山斬り(ベルクシュナイデン)》、ッ……!?」

 

 度重なる挑発に対して我慢の限界に達し、ヴァレンシュタインが剣を振りかぶろうとする。

 

 ―――が、動けない。

 《摩擦》を司る、ヴァレンシュタインの伐刀絶技。摩擦係数の操作によって、ありとあらゆる物をバターの如く易々と切り裂くはずの彼の必殺。それは、《超人》以外誰も触る事の出来ない力場によってあっけなく封殺された。

 

 摩擦を、物理的接触を支配するヴァレンシュタイン。それに対し、彼以外認識できない力場を操る《超人》エイブラハム。両者の間には、絶対的な相性差が存在する。加えて、元々の実力差も。他の《超能力(エスパー)》を使うまでも無く。"たまたま目の前に飛んできた害虫"程度の扱いで、《解放軍(リベリオン)》最高幹部、サー・ヴァレンシュタインは捕縛された。

 

 指一本動かせない状態で宙に浮くヴァレンシュタイン。そんな彼へ葉巻の煙を吐きかけながら、アイランズは心底馬鹿にした声色でこう言った。

 

「能力の相性も分からんのか……。呆れるな、こんな男が十二使徒(ナンバーズ)とは。《解放軍(リベリオン)》、やはり考えれば考えるほど()()()だったな」

「アイランズ。生け捕りにするか? それともトドメを刺すか?」

「生け捕りだ。せっかく来てくれたんだ、私のラボに"ご招待"しよう。それに……そうだ、この負け犬が嘆く所をもっと見たい。付いてきてもらおう」

「グッ、が、ッギィ……! きさま、ら……! 何処へ、行くつもりだ……!?」

 

 そう言いながら、アイランズたちは奥に在るエレベーターへと乗り込む。

 エイブラハムの《洗脳操作(マインドコントロール)》によって意識を白紙にされつつあるヴァレンシュタインが、必死に洗脳へ抗いつつ声を絞り出した。

 

 彼は、今何が起こっているのか、心底訳が分からなかった。

 

 《超人》エイブラハム・カーターによる急襲。それによって、《解放軍(リベリオン)》本部が壊滅した事も。

 最高幹部たる十二使徒(ナンバーズ)、その半数以上がここで殺されたであろうことも。

 戦力の大半を失い、世界三大勢力の一角であった《解放軍(リベリオン)》は今夜滅びるであろうことも―――なにもかも。

 

 そして、何より。

 それが《大国同盟(ユニオン)》の重鎮たるアメリカの手によって行われている事が、最も訳が分からなかった。

 

 

「貴様らは!! きさまら、は―――《解放軍(リベリオン)》の、()()()()()()()()()()()!! 十二使徒(ナンバーズ)、カール・アイランズ!!」

 

 

 問。所属国家を持たない根無し草のテロリストが、なぜ世界三大勢力の一角に数えられるのか。

 答。それほど強力な戦力が居るから。もしくは―――彼らを支援する国家が在るから。

 

 月影獏牙が、毒を呑む覚悟で《解放軍(リベリオン)》から戦力を借り受けたように。

 後ろ暗い仕事の共犯者(パートナー)として、《解放軍(リベリオン)》は戦力を貸し出している。裏の仕事によってコネクションを増やし、利益を搾取することで彼らは勢力を維持してきた。

 

 その中でもアメリカ、ひいてはカール・アイランズは、いわゆる"お得意様"であった。己の息子を《十二使徒(ナンバーズ)》へ貸し出し、代わりに解放軍は幾度となく彼らに都合の良い騒ぎを起こして来た。

 

「盟主である《暴君》の圧倒的戦力だけが、《解放軍(リベリオン)》の全てではない! だからこそ我らは、裏仕事を請け負う事で数多の国と共犯関係を築いてきた! アメリカもそうだ、貴様らの為に殺した人間など数えきれん! それを、何故―――!?」

 

 世界秩序を完膚なきまでに破壊する、来たるべき時のため。そう思って、《隻腕の剣聖》は傭兵稼業に身をやつしていた。世界に混沌を撒き散らし、互いに利益を貪る一時的な共闘関係。それを唐突にこのような形で破棄されたことに、ヴァレンシュタインは口角に泡を浮かべて怒る。

 

「やはり貴様、同志などでは無かったのだな!! 『伐刀者による世界征服』という《暴君》の尊い(こころざし)を理解しない愚物!! 支払う金が惜しくなったか、資本主義の豚めッ! 必ず、必ず血によって償わせてやる……ッ! 全世界の同志が、貴様らに必ず正義の復讐を……ッ!!」

「あー、はいはい。恐ろしい恐ろしい。今日は一人でトイレに行けないかもしれんな」

 

 そんなヴァレンシュタインの叫びを、アイランズはつまらなそうな顔で受け流す。

 《解放軍》の言葉など、一切が聞くに値しない。《解放軍》の者など、一人残らず"検体"にした方が社会の役に立つ愚物ばかりだ。

 

 最初から、騙されていた者たちの言葉など。

 

「哀れだねェ、サー・ヴァレンシュタイン。どこの国で爵位を取ったんだい? もう滅んだか? 何にせよ、『欺瞞』を知らぬ老人のたわごとは聞いてて滑稽だねぇ」

「欺瞞、だと……ッ!」

「ああ。ま、見た方が早いだろう。《解放軍(リベリオン)》の傭兵業。世界秩序を破壊する為のはずの組織が、他国の利益に貢献する矛盾。その答えがコレだよ―――心して受け止めたまえ」

 

 轟音を立てて、エレベーターが最深部へと到着する。

 《解放軍》本部、その最奥。一切の光が存在しないドーム状の空間へエイブラハムが《発火能力(パイロキネシス)》を行使し、炎を散らす。

 

 豪奢な、しかし埃をかぶった周囲の壁面彫刻。

 中央に存在する玉座。そしてそこに座す、一人の男。

 

「おお……《暴君》……ッ!」

 

 その姿を見て、ヴァレンシュタインが呻くように声を漏らす。

 《解放軍(リベリオン)》の盟主。《暴君》、アダムス・ゲーティア。第二次世界大戦以前から生きる伝説の伐刀者。ただ一人で解放軍を立ち上げ、その絶対的な強さとカリスマにより、世界三大勢力にまで成長させた稀代の傑物。

 

 高齢のため、最近は《十二使徒(ナンバーズ)》の一部しか玉座の間への立ち入りは許されていない。ヴァレンシュタインは許されなかった側の一人だ。

 

「申し訳ありません、《暴君》……ッ!! 我々の不足により、玉座の間まで侵入を許してしまいました……!」

 

 いまだ指一本動かせぬ身のまま、ヴァレンシュタインが必死に謝罪する。

 《暴君》が動けば、アイランズたちなど瞬殺だ。その後ヴァレンシュタインは恐ろしいほどの折檻を受けるだろうが、ここで敗北することに比べればその方がはるかにマシだ。

 

「我々の力不足、その処罰は後でいかようにも……ッ! どうか、この者どもに正義の鉄槌を!」 

 

 縋るように叫び、《暴君》へ慈悲を乞う。

 《暴君》が動けば、こんな騒ぎも一瞬で収まる。損害もすぐに取り戻せる。《解放軍》の主柱はやはり彼であり、幾ら他が損害を被ろうとも、《暴君》さえ無事なら何度でも復活できる。

 彼が動けば。

 

「……、ぼう、くん……?」

 

 《暴君》が、動けば。ヴァレンシュタインの悩みは全て解決する。

 彼が、動けば。動くことが出来れば。

 

「ククッ、ハッハハハハハハハハハ! おいおい、老眼か? よーく見たまえよ! 君の敬愛する《暴君》が、今どういう状態かをなぁ!」

「―――――!?」

 

 炎の勢いが増し、玉座の間の闇が完全に暴かれる。

 それを見て、今度こそヴァレンシュタインは驚愕に目を見開いた。

 

 《暴君》は、さながら虫の標本のように一振りの日本刀で(はりつけ)にされたまま凍り付いていた。

 

 自身の霊装である血色の剣を手に、目を見開いたまま、憤怒と驚愕の表情で凍り付いた凍死体。

 それが、《解放軍》最深部に在った全てである。

 

「―――――――ぇ」

「半世紀前。第二次世界大戦末期、連盟の《白髭公》アーサー・ブライトと《大英雄》黒鉄龍馬は此処で暴君を(ころ)した。クロガネの霊装一本を犠牲に、存在ごと時間を凍結させたのだ」

 

 全てが抜け落ちたような絶望の表情を浮かべるヴァレンシュタインに、アイランズが楽しそうにネタばらしを語り掛ける。

 

 《連盟》と《同盟》。世界二大勢力が結託して行った、世界を騙す詐術の種明かしを。

 

「だがね。厄介な《暴君》には死んでほしかったが、《解放軍(リベリオン)》には滅んでほしくなかったのだよ。第二次世界大戦当時、世界は大いに荒れていてね。《暴君》という(かなめ)を失えば、裏社会の悪党どもが何をしでかすか想像も付かなかった」

 

 第二次世界大戦終盤の世界は、端的に『末期』と言ってなんら()(つか)えの無い物だった。

 戦争で傷付いた国民。復讐を叫ぶ民意。家族を失った伐刀者。火種は幾らでも転がっていて、一つのきっかけ次第で《第三次》、《第四次》が簡単に起こり得る環境だったのだ。

 

「世界には一時の平和が、冷静になる時間が必要だったのだよ。その為にも、《解放軍(リベリオン)》という都合の良い()()()()を失う訳には行かなかった。犯罪者(ゴミ)が溢れかえるのを防ぐ、世界の悪意をコントロールする必要悪(ごみばこ)。その為に我々は《暴君》の死を隠蔽し、《解放軍(リベリオン)》を維持し続けたのだ」

「―――――――」

 

 ヴァレンシュタインには、もはや言葉も無かった。

 信じていた大義。来たるべき革命の同志。そういった美しい幻想が全て剥がれ、『二大勢力が扱いに困った者を押し付けるゴミ箱』という、《解放軍(リベリオン)》の醜い真実が(あら)わにされていく。

 

「犯罪勢力にある種のベクトルを与えて管理しつつ、《解放軍(リベリオン)》という使い勝手の良い武力をシェアし、三竦みの世界構造によって平和を維持する。これはそこそこ上手く行ってねぇ、お陰で我々も大いに儲けさせてもらった」

「―――――な、ぜ」

 

 機嫌良く舌を回すアイランズに対し、ヴァレンシュタインが震える声で問う。

 

 なぜ、そんな事を教えた。

 なぜ、己の正義が偽りであると知らぬまま死なせてくれなかった。

 そして―――《解放軍(リベリオン)》が平和のための欺瞞だというのなら、何故それを今暴こうとするのか。

 

「な、ぜ……こんな、ことを、した……?」

 

 《念動力(サイコキネシス)》と《精神操作(マインドコントロール)》によって、既にヴァレンシュタインは呼吸さえままならなくなっている。絶望によって一気に10歳以上老け込んだようなヴァレンシュタインに、アイランズは心底楽しそうに答えた。

 

 

「―――きみ、こんな事が()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 瓦礫の玉座に、アイランズの声が響く。

 

「……な、ぁ」

「《暴君》が生きていれば相当な高齢だ。一体いつまで、彼の生存は主張できる? 100歳、150歳? 玉座に()もる《暴君》の正体を暴こうとする者は数えきれない。いつまで彼の死亡を隠し通せる? そもそも、この詐術は《連盟》と共同で行ったものだ。向こうが《暴君》の死亡を明かし、《同盟》に全ての責任を押し付けて来る可能性は、ずっと0のままかね?」

 

 滔々と、大学の講義のようにアイランズは語る。

 

「とんでもない因習だよ、これは。古い老人たちが考え出した、粗悪な痛み止め(アルコール)だ」

 

 この詐術は、そもそも成功したことが奇跡に近い物なのだと。《連盟》と《同盟》が共に戦争で疲れ果てており、杜撰(ずさん)な嘘でも『騙されていい』と受け入れた結果、薄氷の上で成り立つものであり。これ以上現行の世界秩序にしがみつく事は、怠惰を超えて害悪であると。そう語るのだ。

 

「どうせ壊れる仕組み(システム)なら―――いっそ、我々で()()()()()()()()()()()。そうすれば、主導権(イニシアチブ)はこちらが握れる。『平和とは、二つの戦争の期間の間に介在するだまし合いの時期である』。まったく、アンブローズ・ビアス氏は上手く言ったものだと思わないかね!」

 

 《連盟》と《同盟》は、思想理念からして相容れぬ関係にある。

 《解放軍(リベリオン)》という出来損ないの痛み止めを活用してなお、世界には紛争によって憎しみがバラまかれている。軍事技術は発展し続け、50年後に同じ戦争を行えばいとも容易く人類は絶滅するだろう。臨界点は、刻一刻と近づいている。

 

 それを見て取った《大教授(グランドプロフェッサー)》カール・アイランズは、アメリカに働きかけ、今回の作戦を承認させたのだ。もはや世界の癌となった《解放軍(リベリオン)》の解体。そしてそこから続く、《第三次世界大戦》の勝利を目指して。

 

「アメリカの政財界の方々は、長い平和でだいぶ頭が茹だっていてねぇ……『世界一の大国になりたい』、『"アメリカ"と"それ以外の国全て"で戦っても、なお我々が一方的に勝てるほど強くなりたい』そうなのだよ。ならばちょうどいい、この戦争でそうなってもらおうじゃないか」

 

 全てが噛み合ったのだ。

 破綻寸前の世界構造。過度に膨張した大国の野望。そして、アイランズの欲求。

 それら全ての歯車が完璧に噛み合って、運命という地獄の機械は稼働を始めた。

 

 月影獏牙が見た未来は―――《第三次世界大戦》は、このようにして引き起こされる。

 甘木悠が暁学園に転校しようが。日本が《連盟》に付こうが、《同盟》に付こうが。

 逃れられぬ絶対の運命として《解放軍(リベリオン)》は壊滅し、同盟による大規模侵攻は引き起こされる。

 

 

「ま、―――私の望みはそこではない。私は別に、"世界正義"や"秩序"などに興味は無いからね」

 

 

 そう言って、アイランズは死体の座す玉座へと近づく。

 凍り付いた玉座へ。そして、死体が握っていた血色の大剣―――霊装《ブルトザオガー》を引き抜く。

 

「つくづく、黒鉄龍馬は良い殺し方をしてくれた……。霊装の一本を犠牲にした、存在の凍結。先ほどは"凍死体"と言ったがね、実のところこの《暴君》は()()()()()()のだよ。そして、生きてもいない。生でも死でも無い、そういう曖昧な状態に在る。だからこそ―――その"あわい"に、私が干渉する余地もある」

 

 伐刀者の霊装とは、各人の魂が形となった物である。

 それが未だ形を保っている以上、《暴君》の魂はいまだ生きている。史上最強の《魔人》、アダムス・ゲーティア。歴史上最も《覚醒超過》を進め、ヒトの規格を逸脱した超越者。彼の魂は、アイランズの持つ霊装、《ブルトザオガー》の中に保存されているのだ。

 

「ぁ、―――ゃ、めろ……」

「エイブ。もうそいつの絶望は十分に堪能した。後はつまらん、完全に意識を落とせ」

「承知した」

 

 《暴君》の霊装を抜き取った事に反応し、ヴァレンシュタインが忠誠心から来る呻きを漏らす。だがそれはアイランズの心を欠片たりとも揺さぶらず、《超人》エイブラハムによって彼の意識は完全に遮断された。"検体"となった彼は、今後アイランズのラボで徹底的に"実験"を受けることとなる。

 

「霊装回収任務、および《解放軍(リベリオン)》解体任務、完全完了。本国へ帰還する」

「ふん。たまにはフィールドワークも良い物だな。インスピレーションが湧く」

 

 既に、《解放軍》本部に響き渡っていた悲鳴は聞こえなくなっていた。叫ぶ者が誰一人いなくなったのだ。《連盟》への偽装を兼ねて、《解放軍》内部で同士討ちがあったように見せかけておく。事実、十二使徒であったアイランズが《解放軍》を壊滅させているのだ、偽装もたやすい。解放軍の手口は嫌という程知っており、短時間で偽装工作は済んだ。

 

「ふーむ……本当は《天譴》が欲しいのだがなァ……あの極光、アレを手に出来れば……」

「…………」

 

 ブツブツと、戦闘ヘリの中でアイランズが呟く。

 彼の脳内では、極東の島国で観測された極光が繰り返し再生されていた。《夜叉姫》と《天譴》の戦闘。《覚醒超過》を起こしていたはずの夜叉姫を、《天譴》が一刀で斬り伏せたあの光景。あれが、彼の脳裏に()き付いている。

 

「日本にはヴァーミリオン皇国の姫も居る。標的を日本にするか? 5か所同時攻撃で対応能力を削いで……首都を滅ぼせば、占領政策で……いや……アレは、恐らく……。難しいな……時期尚早か? せめて現地で観測した戦闘データがあれば……」

 

 あれをもう一度見るには。

 《天譴》を手に入れるべきか、手を出さずにおくべきか。

 《ブルトザオガー》も良いが、《自在天》も良い。彼の脳内で、計画のアイディアが幾つも思い浮かんでは却下されて消えて行く。

 

 そして。幸運にも、彼の頭にとあるアイディアが閃いた。

 任務を終えて沈黙していたアメリカの《超人》、エイブラハム・カーターに声をかける。 

 

「今の日本は《同盟》に擦り寄ろうとしている。賢明な判断だが、あまりに性急なせいで《連盟》と衝突するだろう……いや、違うな。()()()()()()。おい、エイブ」

「なんだ」

「お前を《連盟》に派遣する。《変身能力(メタモルフォーゼ)》でも《精神操作(マインドコントロール)》でも何でも良い、《連盟》の行政能力を()()削って、対日本への感情を()()悪化させろ」

「拝命した。それだけで良いのか?」

「ああ。ほんの(かす)かだけで良い。誰も、何一つ違和感を覚えない程度に―――それだけで、それだけで、恐らく《連盟(やつら)》は暴走する。極東の島国へ刺客を送り込む。そこにタダ乗りさせてもらおう。お前もそこへ潜り込み、最前線で《天譴》の戦闘データを観測してこい」

 

 確信しているかのように、アイランズは何度も頷く。

 

 精神系能力の最も厄介な点。それは、誰もその存在を証明出来ない事だ。

 たまたま。うっかり。そんな言葉で済まされる程度のミス。『ふとTVで嫌なニュースを見た』程度の悪感情。そんな物に、誰が疑いを抱く。そして万が一疑いを抱いたとして、どうやって立証する。構成員全員に高価なテストを行うのか? 一体いつまで?

 

 僅かに、《連盟》から余裕がなくなる。

 僅かに、《連盟》の対日感情が悪化する。

 

 ほんの僅かに―――単純明快な、強硬策を取りやすくなる。

 

 《超人》を使うには、あまりにも些細な策。だからこそ、アイランズはこの作戦の成功を確信している。女傑として知られるレヴィ・アスカリッドは必ず、勇敢で果断な対応を取ってくれると。

 

「加えて、攻撃対象は末端に絞れ。アーサー・ブライトも、レヴィ・アスカリッドもバカじゃない。我が国の《超人》であるお前が大きく動けば必ず露見(ろけん)する。隠匿性を最優先に作戦行動を行え」

「承知した。任務開始(ミッションスタート)はいつからだ?」

「クククッ……! 無論、()()()だ」

「拝命した。特殊部隊《サイオン》隊長、《超人》エイブラハム・カーター。状況を開始する」

 

 表情一つ変えずに頷き、エイブラハムは飛行中のヘリのドアを開くと、そこから飛び降りて行った。暴風でコートがはためくが、不可視の力場によって彼の身体は完全に護られている。

 《瞬間移動(テレポート)》と《念動力(サイコキネシス)》の連続起動によって超速で移動する彼の姿を見ながら、アイランズの頭は既に次の実験の事で満たされていた。

 

 

 

 

 

 そして、時間は進む。

 《七星剣武祭》が決着し、エキシビションが行われ、【暁計画】は順調に進んだ。

 

 それと同時刻。

 『検体』の返り血を頬に浴びながら、アイランズはブツブツと呟いた。

 

 

「……ふむ。やはり、《天譴》は時期尚早。顕微鏡もないのに細菌を扱うような物だ。まずはこの《ブルトザオガー》を用いた魂の抽出、そしてそれによる新人類の創造には……何にせよ、母体が必要か」

 

 

 アイランズの目的。

 それは、『究極の人類を創る事』。

 ただそれだけを目指して、彼は何十年と全力で動き続けている。

 

 《暴君》は、最も人を逸脱した魔人。

 それに対して《天譴》は、そもそもヒトの規格に収まっている事自体が奇跡的なバケモノだ。彼の伐刀絶技が何を司るのか、アイランズには見当がつき始めている。

 

 いずれ、必ず《天譴》も超えてみせる。

 人類の可能性は無限大なのだから。

 その為にも、まずは《暴君》を使った新人類創造を第一歩としたい。それがアイランズの現在の目標だ。

 

「母体には……やはり、最高の物を使いたい。リストの中で最有力候補は、さて……」

 

 血を水魔術で落とし、アイランズがタブレットを操作する。

 あまりにも膨大なリストの中、何名か現在日本に居る伐刀者の名前が流れていく。

 黒鉄珠雫。エーデルワイス。サラ・ブラッドリリー。西京寧音。新宮寺黒乃。その他多数。

 

 せわしなく何度もスワイプしていたアイランズの指が、とある一点で止まる。

 

 

「……やはり、()()()しか居ないか」

 

 

 リストに映っていたのは、鮮やかな赤髪の少女。

 世界最高の魔力量。神話の住人である《竜》を司る、規格外の伐刀絶技。

 

 

 ヴァーミリオン皇国第二皇女、ステラ・ヴァーミリオン。

 

 

「うむ、こっちはちゃんと《連盟》だな……。素晴らしい、《天譴》と一緒に戦えるではないか。()()()()()()()()()()()()を政府から貰って本当に良かった」

 

 ニコニコと、己の幸運にアイランズが微笑む。

 一度は日本を攻撃目標と考えていたが、ヴァーミリオン皇国でも全く構わない。ステラ・ヴァーミリオンはきっと、新時代の聖母マリアとなってくれるだろう。

 

「なら……うん。さっさと始めてしまった方が良いだろうな。時間は有限だ」

 

 その眼の中に、少女への憐れみと言ったものは一切浮かんでいない。目的のためだけに他の一切合切を捨てる、修羅の目つきがそこには在った。

 

 

「――――《第三次世界大戦》を一刻も早く開戦するよう、大統領たちには進言しておこう」

 

 

 

 

 

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