落第騎士の英雄譚 意識低い系風味 作:一般落第騎士
「甘木さん! 無事ですか、体調は問題ありませんか……!?」
「ヘヘヘ」
入院生活3日目。
正直に言って、この狂言入院は俺にとって天国に近い物だった。寝転んでいたら健康的な食事が出て来るし、スマホもゲームもやり放題。外に出れないのは玉に
そして何より、この入院は『待機任務』扱いとなっているため、
神?
『ほとぼりが冷めるまでしばらく程度入院していただけないでしょうか』と総理に頼まれ、居心地が良すぎて『1ヶ月でも良いです』と返し、結局1週間で落ち着いた入院期間。その間にこの最高の生活を隅々までしゃぶりつくそうと、俺は今日も今日とてベッドでゴロゴロしていた―――のだが。
「《連盟》の刺客に襲われたと聞いて、凄く心配しました……! もう面会しても大丈夫なのですか? ケガはもう治ったんですか?」
「あー……iPS再生槽のお陰で。後は軽い検査入院みたいなものです、もう平気ですよ」
「良かった……! 本当に、ニュースを見た時は心臓が止まるかと思って……!」
何故か、《雷切》東堂刀華会長たち生徒会メンバーがお見舞いに来てくれています。
なんで?
心底ホッとしたような表情で、椅子に座り込んだ東堂会長がシーツをシワになるほど強く握りしめる。見間違いで無ければ、その眼には少し涙が浮かんでさえいる。流石に胸が痛むというか、もうこれ
「いや、その……全然平気でしたよ。あ、アメリカの《超人》さんが凄く強くってェ……大体全部あの人が片付けてくれました、ね……? アメリカ最高、《同盟》バンザイ、って感じで……」
「嘘です……。それなら、なんで甘木さんは、入院してるんですか」
「え、えー……その、《黒……じゃない、《カンピオーネ》が強くって……いやでも、ホントにそれほど重傷って訳じゃ……」
「グスッ……ありがとうございます。安心させようと、してくれているんですね。ごめんなさい、気を遣わせるつもりじゃなかったんです」
そう言って、東堂会長が目尻を拭う。そして声を震わせたまま、明らかに無理しているであろう笑顔で俺に微笑みかけた。
「とにかく、無事で良かったです。甘木さんが死んじゃったらって思って、本当に、夜も眠れなくて……」
「心配ありがとうございます(血を吐くような声)」
心が痛みます!!!!!!!!!!!!!!!!
東堂会長、本質的に"善"の人過ぎる。こんな良い人を騙している罪悪感が凄い。一生徒に対してここまで心を砕いてくれる生徒会長がいるってマジ? そりゃ破軍学園の全生徒から信任を受ける訳だよ。
「へ、へへへ……本当に、お気になさらず……実際、大した傷は無いんですよ。実は検査入院というか、《連盟》への政治的アピールも多分に含んだ面もありますので……」
「スンッ……ほんとうですか?」
「え、ええ。今はもう完全に健康体です、入院は単に、検査の結果待ち的な感じで……」
「1週間で退院ですし、もう体的には元気一杯って感じですから。ほんと、マジで大丈夫ですので! 超元気です!!」
「……それなら、良かったです……」
いっそパフォーマンスとして点滴引き千切ろうかと悩むほど色々言葉を尽くして、ようやく会長は落ち着いた笑みを見せてくれた。よ、良かった……。
会長でも
「……すみません、取り乱しました。そうですよね、甘木さんは強いですものね……」
「まあ……それに、どちらかと言うと
「―――ぇ」
「今まで戦った人の中で一番、会長が……って、どうしました?」
その言葉に東堂会長が硬直し、椅子に立てかけてあった紙袋が横に倒れる。
中には、黒地に白のラインが入り、袖の一部が欠けた暁学園のブレザー……というか、俺の制服が入っていた。
「あ、俺の制服。ありがとうございます、返しに来てくれたんですね」
「え、ああええ、ハイ……その、救護室で目が覚めた時にこれが私に掛けてあって、匂い、じゃなくて他の人に聞いたら甘木さんの物だって分かったので、当然すぐ洗濯して返そうと思って持って来たんです、けど……でも、その……」
「?」
早口でそう喋った後、会長が紙袋から取り出した俺の制服を両手で抱きしめた。そのまま、少し切れている袖口を俺に見せる。
「その……この、袖。ここ、私が斬った痕ですよね……?」
「え? はい。完璧に防いだつもりだったんですけどね……東堂会長が一枚上手でした」
「ッ……! それに、さっきの……そう、なんですか……? 私、手強かったんですか……?」
「戦ってて滅茶苦茶怖かったですよ。一瞬でも気を抜いたら流れを持っていかれそうで、内心冷や汗かきながら刀振るってました」
「ぁ、そんなに」
「明らかな無茶無謀を、"頑張ったからなんとかなった"みたいな精神論で何故か押し通して来るというか…… 。どんなに分析しても、ずっと1%勝率を握られ続けてるというか……ああいう強さを持つ人と戦うのは初めてだったので、たぶん一生思い出す事になると思います」
「ぇ、その、そのくらいで」
「破軍学園に居た頃、精神修養がどうだこうだみたいな内容で批判された事があったんですよ。当時はよく分かってなかったですが、会長を見た後だと『あれも言ってる事は正しかったんだなぁ』と納得しましたね。それくらい見事な試合でした」
「~~~~~~~~~~ッ!!」
"もっと褒めてください"と試合中に言われていたのを思い出し、つらつらと思うままに賞賛を述べる。これに関しては決してお世辞ではない。それくらい、《七星剣武祭》における会長の強さはマジでバグっていた。
「レゾナンスメモリ、でしたっけ。あの新技も凄いというか、東堂会長の人徳あっての―――」
「―――そこまでですわ。刀華ちゃんが茹でダコみたいになっていますもの」
心配をかけてしまったお返しだ。そう思ってまだ褒めを続けようとした俺の前に、白い扇子が差し出された。後ろで見守っていた生徒会会計、《
「ふー……案外、無自覚と言うか素直と言うか。加減なさいバカ、オーバーキルですわよ」
「え、何が……というか、後ろで御祓副会長が血涙流してますけど」
「気にしないでくれよ。段々慣れて来たから」
「ええ……?」
そう言って、笑顔とも憤怒とも悲嘆ともつかぬ凄まじい形相をした御祓副会長が親指を立てる。暫く顔を合わせない内にキャラ
「……あ、あのっ、甘木さん!」
俺が戸惑っていたその時、押し黙っていた東堂会長が顔を上げて声を張り上げた。
その手には、先程からずっと抱きしめられている俺の制服が握られている。
「そ、その……甘木さんには後で、新品をご用意するので……この制服、私が戴けないでしょうか……?」
「え」
「へ、変な事に使う訳じゃありません! 単に、記念品というか、トロフィーアイテムというか……! 持てる全てを、文字通り全霊を出し尽くして戦った証を……私の指が、少しでも《
「はあー……なるほど」
トロフィーアイテムか。
その考えは無かったが……確かに、東堂会長は今年で三年生だ。卒業すれば《七星剣武祭》にはもう二度と出れない。"決勝戦で戦った相手に一太刀浴びせた証"というのは、伐刀者の価値観だと貴重な物なのかもしれない。
「そういう事なら全然構いませんよ。むしろ新品用意させちゃってすみません」
「ホントですか……!? あ、ありがとうございます……! 大切に、大切にしますね……!」
そう言って、東堂会長は俺の制服をギュッと胸に抱きしめ、えへへ、と本当に嬉しそうにはにかんだ。花が咲いたような笑顔。そこまで喜んでもらえると、俺としても嬉しいものである。制服って新しく買うとそこそこするしね。
「……ちょっと、貴方大丈夫ですの? あの
「吐く自分と吐かない自分が居る限り《
「叩き出しますわよ」
◆
それから、俺と東堂会長たちは色々な話をした。
破軍学園の話。《七星剣武祭》の話。剣術の話。異能の話。趣味の話。休日の話。
好きなゲームの話。Slay the Spireの話。案外、俺と御祓副会長は趣味が似ているという話。
華族の話。政治の話。マナーの話。背負う気苦労と、それでも友人に救われている話。
他愛のない、普通の高校生のような雑談。
面会時間は1時間以内。東堂会長が積極的に喋り、貴徳原先輩が上手く場を回し、御祓副会長が所々に突っ込みを入れる。彼らの仲の良さとコミュニケーション能力に助けられる形で、なんとか俺も話の輪に混ざる事が出来ていた。
そんな中、ふと東堂会長がこんな事を言った。
「―――本当は、黒鉄くんたちもお見舞いに行きたいと言っていたんですけど」
「刀華」
本当に、つい口から漏れてしまったような声だった。
反応する間もなく貴徳原先輩が冷えた声で遮り、何事も無かったかのように別の話題を展開する。『その話はするな』と言わんばかりに。
人間初心者の頃の俺なら、何一つ違和感に気付けなかったであろう流麗な会話捌き。だが【暁学園】で急成長した俺は違う。
「"黒鉄たち"?」
「……貴方。察しても聞かないようにするのが上級者への道ですわよ」
「え」
そうなんですか。奥深いな、コミュの道……。
「まあ、想像が付くというか……何となくは聞いてるので。
「ああ……そうでした。【暁学園】ですものね。ええ、その通り。黒鉄一輝、ステラ・ヴァーミリオン、黒鉄珠雫、黒鉄王馬。彼ら4人は、ヴァーミリオン皇国へ友好使節として派遣されています。目的は―――」
「―――ヴァーミリオン皇国を、《同盟》へ"寝返らせる"ために。それも【暁計画】の一部だと、月影総理から聞いています」
「そう……どこまで想定済みですの、あの男……」
ステラ・ヴァーミリオンが『
それは、彼女をパイプ役としてヴァーミリオン皇国を味方に引き込む為だ。
【暁計画】とは、単に《同盟》へ寝返って終わりの物ではない。その後の10年20年、100年にかけて日本の平和と安寧を護るための計画なのだ。月影総理が練り上げたその計画には、《同盟》への移籍が成功した後の動き方もキチンと記載されている。
「根本的に―――日本の国力は、《同盟》の大国と比べて劣る。
《同盟》が世界の秩序を担うようになれば、その後は必ず、内部での潰しあいになる。
それに備えて、友好国を出来る限り多く《同盟》に引き込んでおくことが重要……だそうです」
月影総理からの受け売りを、東堂会長たちへ話す。
《第三次世界大戦》だけではない。月影総理は既に、その後に来たる【《同盟》崩壊】も読んでいる。その際に、日本が『唯一《連盟》から寝返った国』なのか『数多居る元《連盟》国の首魁』なのか。それ次第で、日本の国際的地位は大きく異なる、とも。
既にアジア・インドネシア等の小国を中心に、《同盟》への寝返り打診は影で行われている。《連盟》が懸念していた『一度裏切り者を出すと二度三度と続く』という事態が、そっくりそのまま起ころうとしているのだ。
ヴァーミリオン皇国も、その一部。
小国ながら強力な伐刀者を多数抱えるかの国は、日本にとって是非とも寝返らせておきたい国の一つだ。黒鉄家の名代として黒鉄珠雫、総理側の使者として黒鉄王馬の両名を送るなど、万全の人員を揃えた上で交渉に向かっている。
「……なんだ。気を回した
「いや、そんな良い物では……それに、もう出発してたというのは予想外でした。ステラ・ヴァーミリオン殿下の説得にはもう少しかかるかと。《連盟》を抜けるかどうか、というのはかなり重大な決断ですし」
「ええ……私も出発前に会いましたが、ずいぶん葛藤しているようでした。ですが、総理に何事かを耳打ちされてからはずいぶん態度が変わりましたわね。国を助ける手段があるなら、と裏切りの道を受け入れたようです。……かなり、"衝撃的な事"を教えられたようですわ」
そう言って、貴徳原先輩がジロリと俺を睨む。
「―――《連盟》の刺客って、何人だったんですの?」
「さあ。秘匿事項なので」
公式発表において、連盟の刺客は『《カンピオーネ》カルロ・ベルトーニ 1名のみ』という事になっている。《超人》エイブラハム・カーターさんは日本の味方。《
そして。
《黒騎士》アイリス・アスカリッドは、そもそも"日本に居なかった"事になった。
彼女は南米の奥地まで《傀儡王》を追い、激闘の末に相打ちとなって果てたのだと。
そう《連盟》の報道官が発表し、《
なぜ、彼女の名誉を守るような真似をしたのか。《連盟》を追い落とす絶好の材料となったはずの彼女の襲撃と死を、どうしてわざわざ隠してやるのか。それについて、月影総理は一切語らなかったが……多分まあ、裏の事情が在るのだろう。Need to know の原則という奴で、特に聞き出そうとは思わない。
貴徳原先輩の問いに対してそうはぐらかし、『こう言え』と指示されていた通りに答える。
「『もっと仲良くなったら教える』だそうですよ。もう少し難しい言葉で言ってましたけど」
「ふぅ……"スタンスを明示しろ"、という事ですわね。貴徳原グループは親《連盟》でしたから……良いですわ、後で付け届けでも贈りましょう。もしくは甘木さん、
「え!?」
「はい!??!!??!?」
「なんで刀華ちゃんの方が驚いてるんですの……。冗談ですわ、馬に蹴られる趣味は在りませんし……月影総理は多分、そういうのは
そう言って、扇子を口に当てたまま貴徳原先輩がクスクスと笑う。
じょ、上流階級ジョーク……? にしてもビックリした、『結婚しよう』って言われたのかと思った。いや言われてんだけどね。
「ですが甘木さん、貴方も身の振り方を考えておいた方がよろしいと思いますわ。《大英雄》黒鉄龍馬と黒鉄家のように―――《
そう言って、貴徳原先輩はチラリと横に目を滑らせる。
「早く、"相手"を見定めないと―――知らない女にカッ攫われますわよ?」
「――――――ッ!?」
「ッス…ヘヘ…」
「オェーーーーーーーーッ!!!!(病室を立ち去る音)」
「オホホ、おもしれおもしれ。
ニコニコと本心の見えない笑みと共に、貴徳原先輩はそう言った。
「は、はあ……それ、本当ですか……? この現代日本でお見合いだの何だの、正直信じ難いというか……」
「あら。恐らく、月影総理がシャットアウトしてるのでしょう。申し込みは鬼のように来てると思いますわよ? わたくしだって、選んでいただけるなら妻に成りたいですもの。……どうです? わたくし、意外と尽くすタイプですわよ。政略結婚から愛を
肉感的な身体を指でなぞりながら、貴徳原先輩が妖艶に微笑む。
ヘヘ……ヘヘヘ……! こういう時何て言えば良いのか分からねェ人生を送ってきましたもんで……!
「ヘエヘヘヘ」
「カ、カナちゃん……!? それも冗談だよね……!?」
「さァ~? どうかしらですわねェ~~~」
せ……政治ィ~~~……。嘘だろ、俺にお見合いとか来るの……? 割と嫌だな……プライベートまで仕事に干渉されたくない……。『相手を見定めろ』とか言われてもな。女子の知り合いなんてマジで片手の指で足りる程度の人間なわけで。数か月前までは桃井一人だけだったし。
「わたくしの
「ちょ、ちょっとカナちゃん……!? 勝手な事言わないでくれるかな……!?」
「あ^~、青春の空気がウマすぎますわ~。これ世界一ウメェですわね(ジャンクフードお嬢様)」
思いもしなかった難題を教えてくれた貴徳原先輩は、心から愉快そうな表情でスッと立ち上がる。時計を見ると、既に1時間以上経過していた。い、言いたい事だけ言って帰ろうとしている……!
「オホホ。我ながら良い発破のかけ方、ナイスアシストという事で。それでは長居しても無作法ですし、私はこの辺でお
「あっ、うん……! カナちゃん、待って……!」
「(は? なんで貴女も帰るんですの、バカなんですの?)」
「(カナちゃんこそバカなの!? この流れで私だけ居座れるわけなくない!? どんな面の皮の厚さよそれ!?)」
「(だからこそチャンスですのに……まあ良いですわ) それでは、甘木様。お騒がせいたしました。月影総理にもぜひよろしくお伝えくださいませ~」
そう言って貴徳原さんは麗しい一礼をした後、颯爽と病室を後にしていった。続いて、何事かアイコンタクトをしていた東堂会長も。御祓副会長はいつの間にかトイレに行っていたらしい。
静かになった病室で、ベッドに体重を預けながら呟く。
「…………嵐のようだったな」
貴徳原先輩ってあんな
割と今思えば破滅的な人間関係であった破軍学園時代を回想していると、突然病室のドアがガラリと音を立てて開いた。
「……っ、甘木さん!」
「東堂会長? どうしたんですか、忘れ物―――」
ひょっこりと顔を出したのは、たった今帰っていったはずの東堂会長だった。
俺が問いかけるより早く、彼女はタタタッ! と小走りでベッドの脇までやってくると。ギュッと目をつむり、俺の手に"何か"を押し付けてきた。手柔らかっ。
「えっ」
手の中にねじ込まれたのは、小さく折りたたまれたメモ用紙。それを俺の手へ強引に握らせ、会長は慌てて
「あの、これ」
顔を上げてみると、既に彼女は病室のドアの前まで後退していた。
ドアノブを握った東堂会長は、顔を真っ赤にしながら『シーッ』と己の唇に人差し指を当て―――そのまま、ペコリと一礼して走り去っていってしまった。
耳を澄ませば、『ごめんね! ちょ、ちょっと忘れものしてた!』『ふ~~~ん、へぇ~~~? 忘れ物ならしょうがないですわねェ~~~?』と、東堂会長と貴徳原先輩が話す声が聞こえてくる。『頭が割れそうです』と言う御祓副会長の声も。あの人は本当にどういう方なの?
「………………」
メモを開ける。
そこには
今書いたとは思えない。恐らく、最初から用意していたのだろう。
丸文字で書かれたID番号を呆然と眺めながら、俺は内臓ごと捩じ切られるように
「………………これ………………俺のこと、好きなんじゃないか………………!?!!?」
会長が罪作りすぎるって。大丈夫か破軍学園。全員勘違いさせられてないか?
冷静に考えれば、俺と会長の間にロクな接点が無い。試合とはいえ、会長を断頭して後遺症与えてんだぞ俺。惚れられる理由など、それにも増して一切無い。あるわけが無い。
だが……! しかし……!
あの真っ赤になった顔を見れば、『おや?』と思ってしまうのも仕方のない事……!
なんか……俺が覚えてないだけで、何かあったんじゃないか……!? 幼少期にたまたま出会っていたとか……! 悪党に狙われていたのを助けたとか……! そんな事した覚え、マジで一切無いけど!! それでも何か、学園かそれ以前かで何かあったんじゃないか!?
「本当に何も無くて、東堂会長のデフォルトがあの態度なのが逆に一番怖いんじゃないのか!? いや、しかし……!!」
広すぎるVIP病室の虚空に、俺の嘆きがむなしく吸い込まれていく。
ダメだ。貴徳原先輩に『さっさと良い人見つけろよ(意訳)』と言われてしまったせいで、思考がかなり恋愛方面に偏ってしまっている。
「桃井に相談……いや、なんか意図が出るよなァそれも……!」
俺の異能、どうにか《恋愛マスター》みたいなものに変わらないかな。今からでも遅くないよ。
お見舞いとして渡された高価な焼き菓子をモソモソと食べながら、俺はしばらく答えの無い問いに悩まされたのだった。
◆
学園から電車を乗り継ぎ、空港に向かう。
各種手続きの後、VIP専用のチャーター機に案内される。乗務員総出の案内を受け、えんじ色の絨毯が敷かれた階段を上り、機内へ乗り込む。
BARにサロン、シアタールーム、寝室にはキングサイズのベッド。バスルームも完備。
とても飛行機の中とは思えない、高級ホテルのような内装の一室は――――しかし現在、地獄のような空気に包まれていた。
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
ヴァーミリオン皇国第二皇女、ステラ・ヴァーミリオン。
その恋人にして黒鉄家直系、黒鉄一輝。
黒鉄家および元《連盟》日本支部名代、黒鉄珠雫。
月影獏牙総理および【暁学園】代理使者、黒鉄王馬。
それぞれに、ヴァーミリオン皇国に向かう理由を持った4人。
彼らは皆、一様に押し黙ってひたすらに時が経つのを待っていた。
「(……き、気まずい……! 生まれて初めて、『ファーストクラスより一般席の方が良かった』なんて思ってしまう……!)」
内心で脂汗を流す男、黒鉄一輝。
これが妹の珠雫とステラの三人なら、まだ何とかなった。
王馬が居ても、ステラの様子がいつも通りなら、なんとかなった。
だが結果はコレだ。
恋人であるステラ・ヴァーミリオンは、己の母国に裏切りを促すという重い役目に悩み苦しみ。
彼女にかける言葉が見つからない一輝と珠雫が沈黙し、それら全てを無視して"我関せず"といった態度を貫く王馬が静かに瞑想している。
機内に4人しかいない分、かえって沈黙が際立つ。
恐ろしい静寂に耐えながら、黒鉄は横目でステラ・ヴァーミリオンの様子を伺った。彼にとって何より気がかりなのは、己の恋人の心情である。
「(……ステラ)」
ステラ・ヴァーミリオンは皇女である。伐刀者という戦士であると同時に、国を背負う王族でもあるのだ。国政を担う
「…………………」
それでも、と。
かけるべき言葉を見つけられないまま、黒鉄は静かに彼女の隣へと腰を下ろした。
一人で悩まないで欲しい。いいや、悩んでも良い。ただ、自分はいつでも彼女の隣に居る。
ステラがその華奢な両肩に背負おうとしている『祖国の未来』という重圧は、極東の学生騎士でしかない自分には到底計り知れないものだ。自分はどこまでいっても、ただ剣を振るうことしかできない不器用な男だから。
それでも。
「(……君が傷つくなら、僕がその半分を背負いたい)」
そっと、ステラの右手に黒鉄が己の手を重ねる。
ビクリと、一瞬ステラの身体が震え……そして、少しして柔らかく握り返された。
「ふふ……なによ」
「なにも。ただ、ステラの隣に居たくて」
「そう……。うん、そうよね……」
数度、感触を確かめるようにステラが黒鉄の手を握る。暖かく、ゴツゴツした無骨な手。努力を積み重ね、なお常に自分の限界を超えようとする、本物の剣士の手だ。
「……ねえ、イッキ。アマギって、とっても強かったのね」
「……? ああ。甘木君は強いよ。僕も負けてしまったし」
「ううん……違うの。アマギは、ずっと……私たちの想像を絶するほどに、手加減をしてた。柔らかくて脆い私たちを、うっかり壊してしまわないように。丁寧に丁寧に、
ツキカゲから聞いたわ、とステラがぽつぽつと話し始める。
彼の持つ真の霊装。楽園で
あの日。
ステラや黒鉄がホテルから退避させられ、未知の魔力震動に警戒していたその時、《天譴》が誰と戦っていたのか。そこで、何をしたのかについて。
『ご同行される方には教えて良いですよ』と伝えられた情報、その全てを。
「……私、それを聞いてね。『ああ、成程な』って思ったの。ずっと、アマギの事が苦手だった理由。初対面から悪印象で、その後もずっと苦手で、《七星剣武祭》が終わってもまだ好きになれなくて。―――全部、
「…………ステラ」
「《天譴》は恐らく、世界さえ屈服させ得る規格外の伐刀者。《比翼》と同じ、国家と戦争して勝利出来る怪物よ。アマギが居るかぎり、《連盟》に勝ち目はない。このままだと、ヴァーミリオンは……私の国は、《天譴》に焼かれる……!」
ステラの身体は、恐怖で震え始めていた。
彼女の目には、奈落へと突き進むトロッコが映っている。両親、姉、友人、愛するヴァーミリオン皇国の臣民全てが乗った荷台だ。ステラの愛する家族たちは今、地獄の瀬戸際にいる。
分岐器のレバーを握っているのは、ステラ一人しか居ない。
「
文字通り、国の命運を背負っている。
その規格外のプレッシャーを受け、《紅蓮の皇女》は今にも押し潰されそうなほど怯えていた。
「ツキカゲは、この情報を共有するのは『同行する者だけ』って言ったわ……! ヴァーミリオン皇国に《天譴》の力を伝えるのは、
ステラ・ヴァーミリオンから見ても、ツキカゲバクガは極めて優れた政治家だった。
彼は本当に、100年先の日本を見据えて行動している。はるか遠くの
一代限りの強力な伐刀者に依存した国は、驚くほど政治的に"脆く"なる。《暴君》を失った《
「
「……………」
「《天譴》を―――《連盟》の滅びを予言するのは、私ただ一人だけ! もしも、信じてもらえなかったら……! それが、怖くて仕方ないの……!」
ステラの目から、ついに大粒の涙がこぼれ落ちた。
ボロボロと止めどなく溢れる涙が、彼女の膝に落ちて滲んでいく。
もし、自分の言葉が届かず、祖国が《連盟》と運命を共にする道を選んでしまったら。
愛する国民たちが、そして家族が、あの白炎に焼かれる日を待つことしかできなくなる。
たった一人の少女に背負わせるには、あまりにも残酷で、巨大すぎる十字架。
ステラ・ヴァーミリオンが弱音を吐き出すのを聞きながら、黒鉄は彼女の震えを止めるように、その華奢な肩を強く抱き寄せた。
彼が、励ますための言葉をかけるよりも早く――――
「…………おい。どういう事だ、これは」
――――《風の剣帝》。黒鉄王馬が瞑想を止め、不機嫌そうに立ち上がった。
「兄さん……? "これ"、って? ステラは、今少し不安になってるだけで……」
「知るか、そんな事。《
ぎゅるり、と黒鉄王馬が視線を周囲へ巡らせる。
彼の視線に従い、機内のガラスが薄く
「王馬兄さま!? 血迷いましたか!?」
「いや、珠雫! これは――――!!」
吹き込む暴風と急激な気圧変化の中、一輝の研ぎ澄まされた本能が『それ』を捉えた。
王馬の視線の先、遥か彼方の雲海を切り裂いて、複数の光点が尋常ではない速度でこちらに殺到してきている。音速を超えた殺意、この飛行機ごと
「チッ……! どうなっている、この国は……!」
戦争が生んだ破壊の申し子。
「全員、跳べ!!」
王馬の怒号と共に、荒れ狂った突風が、一輝たち三人の身体を容赦なく機外の虚空へと吹き飛ばす。ステラは炎で己の身体を制御し、黒鉄は体術により体勢を整える。珠雫もまた、己の水魔術によって衝撃を和らげた。
黒鉄たちが飛行機から飛び降りるのと同時、もぬけの殻となったチャーター機に空を裂いて殺到した無数のミサイルが直撃した。爆発と閃光。それぞれの伐刀者が己の身を護りながら、王馬の風操作によって減速し滑空する。
「う、ッく……!」
「クハハッ……! 第二波が来る、加速して森へ落ちるぞ!」
王馬の風魔術。風を用いて周囲を把握する《
ズラリと並ぶ兵器群。今もなお火線を描くそれらが、一体どこの国の物であるのかを。
「……どうやら。既に交渉は決裂らしいな、
――――――ヴァーミリオン戦役、勃発。
《七星剣武祭》に次ぐ、新たな戦争。
《第三次世界大戦》。
その火蓋を切る第一の戦いが、既に始まろうとしていた。