落第騎士の英雄譚 意識低い系風味   作:一般落第騎士

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第三十二話

 伐刀者。

 己の魂の具現である固有霊装(デバイス)を操り、魔力を用いて物理法則を容易く超える特異存在。

 

 彼らの前では、近代兵器を揃えた軍隊であっても容易には歯が立たない。

 最下級であるEランクの伐刀者でさえ、無意識の魔力防御によって拳銃の銃弾を打撲程度に抑え込む。熟練の騎士が放つ伐刀絶技(ノウブルアーツ)に至っては、ただ一振りで戦局そのものを変える絶対的な暴力だ。

 

 『伐刀者は兵器に優越する』。それがこの世界の常識だ。

 

 火薬文明が花開き、国家が統制された現代軍を保有するようになっても尚、戦場の主役は彼ら伐刀者だ。その中でも《連盟》基準で"Aランク騎士"と認定された者は、『単独で国家戦略を左右しうる』と認められた一握りの強者たちである。

 

 故に――――。

 

 

「《龍眼》……。ほう、流石に良い装備を使っている。サーマルカメラとレーダーで捉えられたな。あと三十分でここは蜂の巣だぞ、愚弟ども」

「クソッ……ステラ、今はとにかくここから逃げよう!」

「嘘よ……嘘、嘘、嘘よ……ッ! お父様(パパ)が、こんなことするわけ……ッ!!」

「言ってる場合ですか!! 《白夜結界》で目くらましをします、森の奥へ退きますよ……!」

 

 

 ―――彼らが通常兵器に対し敗走するような事態が、万が一にも発生するのなら。

 それは、彼らが『本気を出せない』だけの理由が存在するという事である。

 

 半狂乱になって髪をグシャグシャと搔き乱すステラを抱え、黒鉄一輝が優れた体術で森を踏破する。先行する王馬が風で地形を読み解き、しんがりを務めた珠雫が水魔術によってレーダーとカメラを攪乱。逃走に徹した一級伐刀者4名を、ヴァーミリオン皇国は見事に取り逃がした。

 

 

 数時間後。

 

 

 既に夜は暮れ、鳥や獣の声だけが響く森の中。

 隣国クレーデルラントとの国境地帯。そこに点在する洞窟へ逃げ込んだ4人は、ようやく追っ手を振り切れたと安堵し、全員で焚き火を囲んでいた。

 

「フン、初撃で決められないからこうなる……で、()()()()

 

 霧で濡れた長髪をかき上げ、王馬が苛立たしげに問う。

 

 彼の視線の先には、濡れた身を焚き火に当てながらガタガタと震えるステラ・ヴァーミリオンの姿があった。その身の内に竜の炎を宿すステラが、たかが霧程度で凍えることは無い。

 

 彼女は、"恐怖"で震えているのだ。

 

「…………考えさせて」

「先に言っておくが……俺たちは今、何でも出来るぞ。ヴァーミリオンの軍を滅ぼしても良い。あの程度の軍隊、俺一人でも楽勝だ。時間こそかかるが、このまま日本へ帰っても良い。『ヴァーミリオン皇国は《連盟》と心中するようです』と月影に伝えれば、奴は残念そうに眉間を揉んで次の策を練るだろう」

「考えさせて……!」

「もしくは、このまま待機していても良いな。ここはヴァーミリオンも迂闊に踏み込めない、隣国との国境地帯だ。『日本の使節団が撃墜された』という事実は既に月影へ伝わっているはず。数日もすれば、"援軍"が送られてくるだろう。一番退屈だが、その分リスクも低い」

「ッ、だから!! 考えさせてって言ってるでしょう!? 分かってるわよ、そんな事……ッ!!」

 

 "援軍"の二文字にビクリとひと際強く身体を震わせたステラが、癇癪を起したようにそう叫ぶ。

友好国の使節団を撃ち落としたヴァーミリオン皇国へ、援軍として()()送られてくるかなど想像したくも無かったからだ。

 

「う、う゛うううぅううう゛……ッ! なんで、何で……! なんで、ヴァーミリオンの皆が、私に銃を向けるの……!? ミサイルを撃って、森の中まで追って……! お父様が、私を、殺そうと……!」

「ステラ……」

「家族なのに! 信じてたのに、ぅう゛ううう゛……ッ! やだ……やだよぉ、こんなの……ッ!」

 

 顔をグシャグシャにしながら、体育座りで膝を抱え込むステラが泣きじゃくる。

 彼女にとって、ヴァーミリオン皇国の臣民はみな"家族"である。本気で、心からそう思っている。大切な国を、愛おしい人々を護る為に、彼女は剣を取ったのだ。

 

 そんな彼女の乗る飛行機に、ヴァーミリオン皇国はミサイルを撃ち込んだ。

 

 守るべき人々から銃を向けられるという矛盾。

 このまま帰りたくはない。かといって、戦いたいはずも無い。

 そして手をこまねいて傍観していれば、ツキカゲは新たな戦力をヴァーミリオンへ送るだろう。今度は、決して"友好のため"などではなく。

 

 戦闘、退却、待機。そのどれもに代償がある。『日本とヴァーミリオン皇国が敵対する』という、ステラにとって呑めるはずもない特大の代償が。

 

「ひぐ、ぅ……お父様……どうして、みんな……」

「……頭脳が間抜けか? どうする、と聞いたんだ。"どうして、みんな"が答えで良いわけが無いだろう」

「兄さん、今は」

「……分かってる、分かってるわよ……! でも、じゃあ、どうしたら……」

 

 パチパチと薪が弾ける音と共に、ステラの嗚咽が響く。

 そんな中、沈痛な空気を感じて鬱陶し気に首を回しながら―――王馬が己の霊装、《龍爪》を呼び出した。

 

 

「……分かった。もういい」

 

 

 底冷えしきった声。

 

「俺が決める。総員傾聴。ただ今を以て反転攻勢、ヴァーミリオン軍を殲滅するぞ」

「ぁ、え、だめ」

「愚弟。そこのヴァーミリオン第二皇女を拘束しろ。俺が両手両足を断ち切っても構わんが、それではお前が困るだろう。どうにか暴れ竜を押さえつけろ」

「…………ッ!」

「作戦目標は二つ。一つ、可能な限りのヴァーミリオン戦力の削減。二つ、皇軍の輸送ヘリ。それを奪取し、《同盟》国であるロシアを通して日本へ帰還する。先んじて、生存の連絡は俺が入れておこう」

 

 ひゅるり、と洞窟から一陣の風が吹いて出て行く。"戦争"を行う時、黒鉄王馬の風は地球から()()()届く。微弱な風で地球を約半周する程度、造作も無い事だった。

 

「兄さん……ッ! 待ってくれ、ステラは今、ショックを受けてるだけで……! 彼女が落ち着くまで、もう少し様子を……!」

「断る。 月影獏牙の名代として、判断は既に下した。何故、コイツの考えが纏まるまでご丁寧に待ってやらねばならない。俺たちはいつから皇女様の従者になった?」

「王馬兄さま……! 気持ちは分かりますが、その言い方はあまりにも……!」

「黙れ。今、ここでコイツと同行している事、それ自体がリスクだ。コイツの心の置き場によっては、祖国の為に俺たちへ剣を向けてもおかしくないのだぞ」

 

 そう言って、王馬が剣気をステラへ向ける。

 事実として、ヴァーミリオン皇国は明確に日本への……ひいては《同盟》への敵対姿勢を示した。ならば、ステラ・ヴァーミリオンは"敵国の姫"となる。彼女の意見など本来必要無かった、扱いもそれ相応の物にして良いはずだ、と王馬が冷徹に判断を下す。

 

「コイツを拘束し、軍隊を殲滅し、日本へ帰る。面倒は無しだ、シンプルに行こうじゃないか」

 

 ぶわり、と王馬の魔力が狭い洞窟内で膨れ上がり―――それを感じ取った一輝が、超速で《陰鉄》を具現化してステラの前へ飛び出る。腕を伸ばし、彼女を背後に隠す格好だ。

 

 向かい合う二人の黒髪の男。

 一人が心底呆れたという顔をし、もう一人は歯を食いしばって脂汗を流した。

 

「……ヴァーミリオンのミサイルは、無警告で放たれた。その卑劣さを分かっていて、この女を庇うのか。愚弟」

「ッ……ステラは、一貫して日本へ協力的な意思を示しています。彼女が乗った飛行機ごと撃ち落とされたことから分かるように、ヴァーミリオンと内通してもいない! 彼女は、()()です……ッ! 攻撃するメリットなど無い、庇って当然でしょう!」

「ハッ……恋人への贔屓にしか思えんがな」

「ぁ、イッキだめ、わたしは……わたしは、だいじょうぶ、だから……」

 

 精神を失調しているステラが、弱々しく彼の裾を掴む。

 仲間割れしている場合ではない。そう分かってはいるが、このまま帰ればステラの祖国は滅びる。その迷いが、本来荒ぶる竜であるはずの彼女をひどく弱々しい少女へと変えていた。

 

 その弱さ自体が苛立たしいとばかりに、王馬が一つ舌打ちをして目線を横へ滑らせた。

 

「さて、今のところ2対1だが……お前はどうだ、珠雫」

「わ、たし、は……」

 

 一触即発の空気に、珠雫の手が迷うように動く。

 王馬の理屈は正しい。だが感情としては、ステラと一輝の味方をしたい。

 黒鉄家の名代として。そして、破軍学園に通う少女として。相反する心が、どちらを選ぶ事も拒否させた。

 

「(どちらも、選べない……、なら……! 次善の策を、私が考えるしかない!)」

 

 彼女の脳が高速で回転する。

 ここで仮に、ステラの味方をしたとして。進化を遂げた《風の剣帝》黒鉄王馬に勝利できたとして。しかし、その後に一体何の展望がある。ここで王馬を説得出来なければ、その先は何もない。

 

「(落ち着け……王馬兄さまは《天龍具足》を解除していない、まだ本気じゃないんだ……! そもそも、どうしてヴァーミリオン皇国はこんな事を……!? 《連盟》に脅された!? それとも《同盟》が何か……)」

 

 ヴァーミリオン皇国が、一切の交渉無しにこのような暴挙に出た理由は。王馬の案以上の利を出すには。日本の最終手段を―――《天譴》を出さずに、事態を納める方法は。加速する珠雫の思考が、走馬灯のように先程の景色を浮かび上がらせた。飛行機に迫りくるミサイル。その姿をありありと思い出す。事前の警告が無ければ、あのミサイルは珠雫たちを殺害し、……

 

「(…………い、や……?)」

 

 『伐刀者は兵器に優越する』。優れた伐刀者は万軍を超越する。

 あの程度で、果たしてこの4人が死ぬか?

 

 

「……()()()()()()……」

 

 

 水を打ったように静まり返った洞窟に、珠雫の声が波紋となって広がった。

 王馬が構えを止め、興味深そうに片目を向ける。

 

地対空ミサイル(SAM)、パトリオット。英語で愛国者(Patriot)を意味する、()()()()の傑作で……数世代前の、"型落ち品"です。王馬兄さまがそうしたように、Aランクの伐刀者が居れば簡単に防げる物でしかありません」

「……ほう?」

「加えて、地上部隊の装備。《龍眼》で見ていた王馬兄さまであればより詳しく分かっていたでしょうが、私の《白夜結界》が何度かレジストされる感覚がありました。あの場には多数の、水を司る自然干渉系伐刀者が……つまり、"治癒能力者"が居たんです」

 

 緊張でもつれる舌で喋りながら、珠雫は必死で思考を回す。

 迎撃のミサイルは、世代最高峰の伐刀者4名を殺害するにはあまりに威力不足の物。治療の準備も万端であった。それが何を意味するのか。それを紡げなければ、黒鉄王馬は容赦なく刃を振るうだろう。

 

 【暁学園】に入って、この長兄は化けた。力を求める求道者として、一段高みに昇ったと共に……今はまだ微弱なカリスマと、政治的センスを身につけ始めている。

 

 恐るべきは月影獏牙の手腕、そして《風の剣帝》の才。この堅物に、どうやって授業を受けさせたというのか。そしてきっとごく短時間であっただろう授業で、どうやって此処までの政治的感覚を身につけたのか。

 

「それで? だから何だと言うのだ」

「……《同盟》国であるアメリカのミサイルを使用したのは何故でしょうか。第二皇女ごと飛行機を撃墜したのは何故でしょうか。ここまでの蛮行を、こんなにも()()()()()戦力で成したのは何故でしょうか」

末期(まっき)の国とは不合理な物だ、理由を求めすぎるな」

「ええ。つまり、何らかの理由があるか……政治権力が混乱しているかの、どちらかです。であるなら―――調査は、必要ではないかと具申いたします」

 

 冷や汗を流しながら、珠雫は言葉を続ける。

 珠雫の思う政治の本質とは、"妥協点"を作る事だ。王馬の提示した3つの選択肢、しかしその必ずしもその3つから選ばなければならない訳では無い。4つ目を創ってもよいし、折衷案を提案しても構わないのだ。

 

「王馬兄さまの、『帰還すべき』との提案には賛成します。しかし日本からの迎えが来るまで、どれほど短くとも3日……72時間は、猶予があるでしょう。その待機期間中にヴァーミリオン皇国の内情を探る事が、国益に適うのではないでしょうか……!」

「ふん……愚弟よりは聞く価値のある言葉を吐いたな。それで? "国益"とは、具体的にどのような物だ。お前の提案する作戦の、最終目標を提示してみろ」

 

 試すような王馬の視線に、珠雫はひと際強く身震いした。

 

「……ヴァーミリオン皇国は、いまだ揺れているのかもしれません。そうであるなら、《同盟》への道筋(ルート)は依然として残されているはず……親《同盟》的な政治勢力を見つけ、擁立するか……新たに創り出す事が、出来れば……!」

 

 ステラ・ヴァーミリオンを助けたい。

 その上願いを叶えた上で、月影獏牙や王馬も納得させる。そのためには。

 

 

「ステラ・ヴァーミリオンを旗印として擁立した、親日、親《同盟》的な()()()()()()……! それが、最も日本とヴァーミリオン、両者の利益に繋がると考えます……!」

 

 

 自分は今、途方もなくおぞましい事を言っている。そう珠雫は内心で思う。

 友人に対し、『祖国を滅ぼせ』と告げているに等しい。魔女、と呼ばれるに相応(ふさわ)しい、最悪の提案だ。

 

 だが、今の珠雫にはこれしか思いつかない。ヴァーミリオン皇国が訳の分からない暴挙に出た以上、これ以上被害を拡大させないためにはこうするしか無い。今まで対等な友好国同士だった国家間の立場を、完全な上下関係へと挿げ替える。亡国を避ける為に。

 

「…………ッ」

 

 親友が示した第四案に、ステラが息を呑む。

 彼女の背に手を添えながら、一輝も珠雫の提案に目を見開いた。

 

「ヴァーミリオン皇国がなぜこのような暴挙に出たのかを調査し、その原因を排除。しかるのち、ステラ・ヴァーミリオンを戴冠させる、か……3日で出来る作戦では無いな」

「……調査期間の延長は、その場の判断になるかと」

 

 珠雫の訴えを聞き、王馬は顎に手を当てて考える。

 王馬より長年政治を学んできただけあって、珠雫の提案は一応理に適っていた。月影獏牙のオーダーは、『ヴァーミリオン皇国を引き込むこと』だ。単独で国家戦略を左右するAランク騎士をステラ・王馬の2名送っている以上、その重要度は相当な物だろう。

 

 だが。

 

「悪くない……が。コイツに、そんな真似が出来るとは思えんな」

 

 そう言って、王馬は心底軽蔑した目でステラ・ヴァーミリオンを見る。

 《天譴》を恐れ、屈した負け犬。こんな奴のために己は当初【暁学園】に入ろうとしていたのかと思うと、己が可哀想で涙が出てくる。

 

「兄さん……!」

「黙れ、愚弟。お前には聞いていない。……おい、ステラ・ヴァーミリオン」

 

 そう言って、王馬はステラ・ヴァーミリオンの前に立ち、威圧的に見降ろした。

 あまりにも小さい。脆い。世界最大の魔力量を持ち、その身に《竜》を宿す《紅蓮の皇女》。そんな言葉からは程遠い、恐怖に震える16歳の少女。

 

()()()()()。成功の見込みがない作戦にいつまでも付き合う程、俺は暇じゃない。いつまでも貴様を戴冠させる目途が立たなければ……即座に帰還し、月影に報告を上げる。『ヴァーミリオン皇国は史上稀に見る自殺志願者の集まりでした』、とな。その後お前の祖国が《超人》に踏み荒らされようが、《天譴》に焼かれようが、知った事か」

「――――ッ!」

「お前が泣き言を喚いて何もしなければ、必ずそうなる。予定から少し遅れたと嘆きながら、俺は軍を殲滅して悠々と帰るぞ。それで良いか? ……お前は、それで良いのか」

 

 王馬には、彼女の弱さがどうしても我慢ならなかった。

 優れた異能を有していながら。世界最大の魔力量という、唯一無二の特性を宿していながら。

 

 ……王馬よりも、強くなれるはずの才能を持っていながら。

 

「良いのか。たった一度の敗北で、諦めてしまって。《天譴》がどうした、最強は俺だと何故吠えられない。俺はそうしたぞ。《暴君》に負けて、《比翼》に負けて、《天譴》に負けて。傷だらけの情けない戦歴を抱えて、それでも最後に勝つのは俺だと、今も吠え続けているというのに……! お前は、祖国が滅びる瀬戸際になっても! そんな、情けないツラを晒しているのか! それで良いのか!!」

 

 一度は好敵手(ライバル)と見なした者が、こうも簡単に諦めてしまうなど。

 

 王馬には、それがどうしても我慢ならないのだ。

 

 

「――――良いんだな、ステラ・ヴァーミリオンッッ!!!!!」

 

 

 落雷のような大音声(だいおんじょう)が、洞窟中をビリビリと揺らした。

 ステラの眼が、ふるふると震える。《天譴》の持つ真の力。国民の命を背負うプレッシャー。自国からミサイルを撃ち込まれた衝撃。もう、何もかも希望が無くなってしまったのだという錯覚。

 

 王馬の声が、それらを一時的に全て洗い流し―――そして、ステラはふと己の背に添えられた一つの掌に気付いた。

 

「………イ、ッキ……」

 

 ステラの最愛の恋人、黒鉄一輝。

 彼が、己の背中に手を当ててくれている。王馬や珠雫のように、何かを言うわけでは無い。ただ隣に座って、真剣な目でステラを見つめている。

 

 ステラ・ヴァーミリオンが、必ず立ち上がると信じている。

 "ずっと隣に居る"と約束した最愛の少女。何が在ろうと、彼女の道を共に歩むと誓っている。

 

 黒鉄の掌が熱い。

 暖かく、ゴツゴツした無骨な手だ。努力を積み重ね、なお常に自分の限界を超えようとする、本物の剣士の手。大好きな男の掌だ。

 

「大丈夫だ、ステラ。何がどうなっても―――僕は、ずっと君の隣に居る」

 

 その熱さが、何度でもステラに勇気をくれる。

 

「……やるわ」

 

 燃え盛るルビーの瞳。

 焚き火がひとりでに火力を増し、パチパチと火花を散らし始める。

 

「良いわよ……やってやるわよ!! やれば良いんでしょ!! 国を簒奪してやる……ヴァーミリオン皇国の新女王は私だと、そう国民全員に認めさせてやるわ!!」

 

 最愛の男から、己は信じられている。この程度で諦めるような女ではないと。

 《天譴》に対し、あれほど果敢に挑みかかった男に。己への愛で、《魔人》にまで至った男に―――ステラ・ヴァーミリオンは、『共に騎士の頂点まで行こう』と期待されている。

 

 

「お父さまは絶対ブン殴る! そして、お父さまにそんな決断をさせた奴も殴り飛ばすわ!! 私は、《竜》は強欲だもの……国も民も、全部私の宝よ! 手を出す奴は、誰一人容赦しない!!」

 

 

 それほどの信頼を寄せられて、ウジウジと腐っていられるはずが無い。

 吠える。虚勢だとステラ自身も分かっているが、それでも嘘を真実にするのだと、気合を全身に込めて。

 

「ヴァーミリオン皇国第二皇女……いえ、次期女王として! 日本国ならびに【暁学園】の代理使節たる貴方たちに、正式な軍事支援を要請するわ!! どうか力を貸して! 末永い友好を誓うから、私に国を奪うだけの力を頂戴!!」

「……ふん。交渉もへったくれも無いな」

「ツキカゲがヴァーミリオンを重視するのは、ロシアの"防波堤"になって欲しいからでしょ!? 《連盟》崩壊後、ロシアがヨーロッパを全て呑み込んでしまわないように……その為に、これ以上の南下を防ぐための、囲碁で言う"置き石"の役目!! 地政学的リスクってやつよね! ちゃんとやるわ、欧州方面における強固な軍事・政治的拠点の提供、ならびに全面的な経済協力を約束する!! だからお願い!!」

「…………………」

お願いします!!!!!!!!

「うるっさ……0か100しか無いのか、お前の恋人は」

「はは……でも、そこがステラの魅力ですから」

 

 先程の王馬以上の大音量に、一輝は思わず苦笑する。

 聡明な所も。意外と落ち込みやすい所も。そして、その後すぐに元気を取り戻す所も。全てが、ステラ・ヴァーミリオンの魅力だ。惚れた弱みとはよく言ったもので、彼女の事は何でも可愛く見えてしまう。

 

「やるわ、やってやる……! パパもママも国民も、全員私の反抗期に震えるが良いわ……! 絶対に何か理由(ワケ)があるんだろうけど、それはそれとして私を除け者にした事を後悔させてやる……!」

「ふっ……熱いですよ、ヒトカゲ。BBBBBBBBBBB」

「進化キャンセルしてんじゃないわよ! おりゃーッ!!」

「ギャーッ!! 助けてください兄さん、この女とうとう見境(みさか)いが無くなりました!!」

 

 テンションを上げたステラが、珠雫に全力で抱き着く。

 珠雫の提案を恨んだりなどしない。今後の激動を思えば、日本の傘下に入るのは決してマイナスではない。そこまで徹底的に負ければ、日本からの援助も期待できる。経済的な損失も、"親分"となった日本が取り計らってくれるだろう。

 

 今できる全力を、彼女は本気で考え尽くしてくれたのだとステラには分かる。たとえ国が違っても、この友情は永遠に続くのだと何の根拠もなく確信出来る。

 

 強烈なタックルを受けた珠雫の眼から、僅かに水滴が散った。

 

「……王馬兄さんも、ありがとうございました」

 

 気炎を上げて珠雫に抱き着くステラを目を細めて眺めながら、一輝が王馬に声をかける。

 王馬の"気遣い"に、一輝は当然気付いている。あえて厳しい事を言って、ステラに発破をかけてくれたのだと。

 

 それ以外にも。落下する4人を風で減速させたり、先行して洞窟を探し当てたり、連絡役を買って出たりと……何だかんだと、王馬は一輝たちへ世話を焼いてくれていた。

 

「貴様……最近、俺に敬語を使うようになったな」

「うん。尊敬すべき人だと、また()()()()()ので」

 

 黒鉄家長男、黒鉄王馬。

 誰よりも己に厳しく、家の期待を一身に受け、その全てに応え続けていた兄。

 誰からも期待されなかった一輝にとって、王馬は一種の憧れでさえあった。

 

 だからこそ、彼が出奔した後【暁学園】に入学し、破軍学園襲撃に現れた時は心から失望し『見下げ果てた男だ』と思ったりもしたのだが……蓋を開けてみれば、彼は何一つ変わっていなかった。黒鉄家を代表する伐刀者で、強さを求める求道者で―――そして、意外と面倒見が良い。

 

「ふん……」

「あ、そうだ。窓を切る時に使っていた技、あれは甘木くんの視線斬りでしたよね? いつ身につけたんですか、どうやって習得したんですか? あれは甘木くんの眼が無きゃ再現不可能な技だと思ってたんですけど、別の異能で代替が可能って事ですか? 例えば僕ならどう―――」

「知らん知らん、うるさいうるさい。さっさと寝ろ、もう夜も遅い」

 

 ニコニコと話しかける一輝へ背を向け、王馬は洞窟の入口傍で座り込んだ。壁に背を預けたまま、刀を抱いて目を閉じる。

 

「(……見張り役は俺がやる、ってことかな)」

 

 話すつもりは無いと全身で拒絶する王馬を見て、黒鉄もまた寝床を探す。

 ステラと珠雫を見れば、緊張と緩和で気が抜けてしまったのか、二人とも抱き合って横になってしまっていた。そのままだと焚き火のススがかかるので少し移動させた後、火が持つように炎へ薪を入れておく。

 

「ふぁ……じゃあお休み、兄さん」

 

 一輝がそう声をかけるが、彫刻のように固く目を閉じた王馬から返事が来る事は無い。一輝も元々挨拶が返ってくるなど期待していなかったため、気にせず横になる。

 

 

「明日から更に忙しくなる。気合を入れろよ、一輝」

 

 

 まぶたを閉じ、眠りにつく前。

 呟くように発せられた王馬の声が、微かに聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ヴァーミリオン皇国、日本の友好使節を撃墜。

 

 この知らせは、全世界の緊張を一気に高めた。

 

 先日、日本はアメリカ・中国・ロシアという三大国の合意のもと、《同盟》へ加入した。

 《解放軍(リベリオン)》崩壊のニュースが市井に広まり始めた直後、見事に勝ち馬への乗り換えを決めた形だ。現日本総理ツキカゲ・バクガがどのような悪魔的外交を魅せたのか教えて欲しい、自国も仲介してくれないかと各国が日本へ擦り寄り始めていた矢先の暴挙である。当然、信じがたい規模の流言飛語(うわさばなし)が飛び交った。

 

 ヴァーミリオンは狂った。いや、《連盟》への忠誠を示したのだ。

 これは狂言だ。いや真実だ。《連盟》の先制攻撃だ、いや《同盟》による偽装被害だ。

 《連盟》が沈黙している、予定通りの行動だったのだ。いや、事態をどう収拾すれば良いか分からないだけだ。《同盟》が非難している、卑劣な奇襲だ。いや、戦争の大義名分にするためだ。

 

 無数の『それっぽい説』が飛び交い、世界は草原に火を放つがごとく炎上した。

 

 確実な事は4つ。

 ロシアが、バルト三国に軍隊を集結させ始めた事。

 中国が、インド国境のガルワン渓谷で大規模な"実弾演習"を始めた事。

 アメリカが、大西洋のジブラルタル海峡付近に空母群を展開させたこと。

 

 そして、《連盟》がそれぞれに対抗するように戦力を動員し始めた事。

 

 

 世界中の民衆全てが、軍靴の足音を聞いていた。

 

 

 《同盟》と《連盟》。

 長きにわたり冷戦状態にあった二つの巨大な陣営が、極東の島国と小国の間で起きた火花を引火点として、ついに正面衝突に向けた最後の一線を越えようとしているのだと。

 

 

 そして、発端となったヴァーミリオン皇国でも。

 

 

 

「日本の友好使節を撃墜、ねぇ……ゴミのようなことを考える人間とは、どこにでも居るものだ。舐められ過ぎて逆に冷静になって来たな。おい、エイブ」

「なんだ」

「次の任務だ。ヴァーミリオン皇国を滅ぼして―――母体を回収しろ」

「承知した。《超人》エイブラハム・カーター。任務を遂行する」

 

  

 第三者、超大国アメリカによる介入。

 これによって、ヴァーミリオン戦役はより一層加速していく事となる。

 

 




 
前々話か前話で入れられなかった要素
・《凶運》紫乃宮天音によって成功を補助された計画は3つ。
  ① 《連盟》によるトーナメント表の改ざん
  ② それを逆手に取った、月影獏牙による日本国民の扇動
  ③ 《超人》エイブラハムによる《連盟》の誘導
 それぞれの成功度合いが女神によって緻密に制御され、《同盟》は日本の加入を承認。
 結果的に【暁計画】は大幅に短縮された。
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上司が猫耳の男嫌いな人になりました。毎回毎回仕事の度に罵倒されます。これってパワハラですよね? え? そんな制度ない……? ▼


総合評価:17801/評価:8.41/連載:20話/更新日時:2026年06月22日(月) 20:05 小説情報

アーサー王(史実)がしたこと(作者:妄想壁の崩壊)(原作:Fate/)

▼アイデアが浮かんだので供給します。▼型月アーサー王伝説とブリタニア列王史、史実歴史なんかを足して割ったような世界線です。プーサーではありません。▼さて質問。我々の生きる世界に神秘は全く存在しない。それはなぜか?▼※本編は完結しました。▼


総合評価:13713/評価:8.87/連載:70話/更新日時:2026年06月29日(月) 00:00 小説情報

千年後のグルメ時代(作者:鳩夜(HATOYA))(原作:トリコ)

転生した先は、憧れ続けた『トリコ』の世界。▼だが、そこは主人公が夢見たグルメ時代ではなかった。▼時代はトリコたちが活躍してから千年後。▼地球の開拓はほぼ終わり、グルメ界ですら一般人が出入りする時代。▼人々は生まれた時からグルメ細胞を接種し、過酷な環境にも当たり前のように適応している。▼未知なる食材を求めた冒険の時代は、すでに終わっていた。▼それでも主人公は思…


総合評価:9956/評価:9.08/連載:83話/更新日時:2026年06月28日(日) 19:38 小説情報


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