落第騎士の英雄譚 意識低い系風味   作:一般落第騎士

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バカ!ウカツ!


第三十三話

 

 

 

『続いてのニュースです。7日深夜未明、ロシアのガス供給施設、ドルジバ・パイプラインが何者かによって爆破されました。ロシア国防省は先ほど緊急会見を開き、『《連盟》の軍事支援を受けた《解放軍(リベリオン)》による、我が国の主権と生存権を脅かす卑劣な攻撃である』と断定しました。またロシア大統領府は『テロリストと、それを背後で操る《連盟》国に対し、あらゆる手段を用いた報復の権利を行使する』と声明を発表。これを受けて《連盟》内部では―――』

 

 

「ひえー、物騒……」

 

 TV画面中の政治コメンテーターが、大荒れの世界情勢を難しい顔で解説している。中国、ロシア、アメリカ。《大国同盟(ユニオン)》に席を置く三国が、それぞれに軍事行動を開始しているのだ。《同盟》に鞍替えし、アメリカと中国に囲まれている日本は平和そのもので、月影総理の支持率はとんでもない事になり始めている。

 

 【暁計画】が上手くいって良かったな、マジで……。国際情勢が爆発する前の、かなりギリギリのタイミング。短縮してコレって、《同盟》への移籍は間に合わない可能性の方がかなり高かったんじゃないだろうか。

 

「悠~。ご飯出来たー」

「はーい、今行く~」

 

 そんな事を考えながら自室でTVを見ていると、階下から母親の声が響いた。

 《七星剣武祭》および偽装入院を終え、俺は一時的に実家に帰ってきていた。総理は何故か非常に難しい顔をしていたが、今のところとりあえず俺に任せる仕事は無いらしい。時期がズレにズレたが、ようやく俺にも夏休みが訪れたという訳だ。

 

 トントンと階段を降りる。

 リビングでは、同じく夏休み中で実家に帰ってきている姉が既に冷やし中華を啜っていた。

 

「ん」

「ん。麦茶そこね。マヨいる?」

「後で」

 

 会釈にも満たない挨拶を交わし合った後、特に何の変哲もない中華麺をすする。ハム、錦糸卵、刻んだキュウリ。市販の麺とタレ。『まあそりゃこういう味だよな』という感じの、丁度いい具合の旨さだ。安心する。

 

「悠ずっとゲームしてるけどさ、宿題とか無いの?」

「えー、多分無い。ユキは?」

「大学には宿題とか無いよー。来年から就活始まるけど」

「へー。ヤバ」

 

 甘木悠希(ユキ)

 黒髪眼鏡で、ぼさぼさの髪を今は後ろに纏めている。千葉の大学に通う、俺の三歳年上の姉である。悠希(ユキ)(ユウ)で文字を揃えたのは親の命名こだわりポイントだったらしい。"姉さん"呼びが何となく定着しなかったため、今は互いに下の名前で呼び合っている。

 

「就職どこ行く予定なの?」

「インフラ系。無理だったら国総(国家総合職)受ける。もうインターンとか始まってるしね」

「えー。しんどそう」

「ヤバいよー。商社希望の友達とかもうOB訪問始めてて、ずっと青い顔してるもん。三年後は悠も……やらないのか。良いなー、伐倒者(ばっとうしゃ)。霊装ってのもカッコいいし」

伐刀者(ブレイザー)ね。ああでも、この呼び方もまた変わるのか……?」

 

 《同盟》に鞍替えした事を機に、伐刀者(ブレイザー)関連の用語も変更が議論されているらしい。伐刀者はあくまで《連盟》内での呼び名であって、中国では"闘士"、アメリカでは"超能力者"と、呼ばれ方は様々だ。日本も一昔前の"(サムライ)"に戻すかどうか等、色々と話し合いが成されているらしい。

 

「《七星剣王》、ってなんか凄いん? 友達になんかお祝いされたんだけどさ、わたし悠のニュースって意識して見ないようにしてるから」 

「そこそこ凄い。というかユキも俺のニュース見てよ、かなり頑張ったのに」

「だって弟がドヤ顔してるの、ムカつくし恥ずかしいし……」

「お母さんは見たよー。インタビューの悠カッコ良かったよ、まだ録画してるけど見る?」

「……いや、そこまでは……塩梅が難しいな……」

 

 TVのニュースを流しながら雑談。

 地中海・紅海の通信ケーブルが"何者かによって"切断されたり、石油タンカーが"何者かによって"奪取されたりしているらしい。ジブラルタル海峡に展開していたアメリカ艦隊によるものだと《連盟》は言い、アメリカ側は関与を否定。欧州はマジで地獄のような有様になっているようだ。

 

 ヒエ~と思いながら冷やし中華をモグついていると、机の上に置いていたスマホにポコンと通知が来る。送り主は西京寧音さん。通知で見える文章は―――『デートしようぜ♡

 

「ルンギウッミ」

「最近はヨーロッパも物騒だよね~。海外志望の友達がさぁ、最近の《連盟》見てやっぱ国内企業に変えようって……ん、悠どうした?」

「い、や、ちょっと麺が喉に詰まって……」

 

 誤魔化しながら、極めてさり気ない動作でアプリを開く。見間違えではない、確かに西京さんから『デートしようぜ♡』と送られてきている。

 

『前に約束しただろ~? コースはコッチが決めるな。おねーさんがイイとこ連れてってやるから、明日15時にココ集合で♡』

『はい。承知いたしました。お誘いいただき欣喜雀躍(きんきじゃくやく)の限りです』

『なんて?』

 

 スゥ……と気配を消し、呑気に喋る母と姉を横目にスマホでメッセージを送る。なんか文章が硬すぎて外交文書みたいになってしまったが、とにかくニュアンスが伝われば良いのだ。

 

『その……ホントに誘ってもらえるとは思ってなかったので』

『えー、ひどくね? うちは超マジで言ってたのに。こう見えて意外と身持ちは固いんだぜ~?』

『大変申し訳ございませんでした。ひとえに私の不徳の致すところであります』

『文章はお前の方が硬いようだな……』

 

 西京さんは超美人で、世界的にも有名な、まさに高嶺の花って感じの人だ。8割以上、からかわれてるだけだと思ってた……、が……! そろそろこれは、"マジ"なんじゃないだろうか……!!

 

 動揺しながら『デート マナー』『デート 服装』で検索していると、更にメッセージが届く。画像が届いた、との通知。開いてみると―――挑発的な笑みを浮かべた西京さんがスマホカメラを構え、鏡越しに自撮りしている写真だった。

 

 下着をつけておらず、帯の解けた着物を無防備にはだけた姿。胸の頂点や鼠径部だけが、辛うじて帯やスマートフォンで隠れている。

 

『そんな甘木に、おねーさんから明日の予習用♡ 着物って下着付けないから、服の下はこうなってんだって考えながらデートしような♡』

 

「ンギャ」

「あ、悠居た。また気配消してたでしょ。行儀悪い~。あとスマホも食事中はダメ」

「ヘヘ……ごめん……」 

 

 西京さん!!!!!!!!!!!!! 俺はいったい何時(いつ)こんなに貴女の好感度を稼いだんです!?!??!!? 

 

 母から子供の頃以来の注意を受けながら、俺は冷や汗をダラダラと流しつつ昼食を食べ終わるのだった。味がしないよ~。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 新宿駅、西口(にしぐち)ロータリー。

 『ココ集合な』と言われた俺は、がやがやとした人混みの中で一人緊張と共に立っていた。西京さんから"ちゃんとした服装"を指定されたため、以前暁学園絡みで総理からご用意いただいた質の良いジャケットを着用している。お陰様で毎日の衣食住が整っております!!!!

 

 待ち合わせ時刻の15分前、スマホで先日調べた情報を片っ端から復習していく。何も分からん。桃井から『一回私と練習しましょうね』と言われていたのに、それより先に西京さんと出かける事になってるし。もうどうしようもないです。詰み。

 

 せめて付け焼刃の知識を蓄えていると、突然前の道路からクラクションが鳴る。なんだ? と思って顔を上げると、視線の先には白い高級そうなスポーツカーが停車していた。運転席では、西京さんが悪戯っぽく笑いながらヒラヒラと手を振っている。

 

「やほ~、甘木。ビックリした? ま、乗んな乗んな」

「ッス、失礼します……! 西京さん、この車は……?」

「うちのに決まってんじゃーん。和装だと運転しづらいけどさー、やっぱ一台あると便利だし」

 

 ペコペコとお辞儀をしながら、這うようにして助手席に乗り込む。上質な革の匂いを感じながら扉を閉めると、外の喧騒は嘘のように遮断された。伐刀者による加工が施された、超高級車だ。

 

 まさか車で来るとは思っていなかったが、サプライズという奴だろうか。確かに、この車で家まで迎えに来られたら母と姉がとんでもない事になってただろうな……。

 

「ん……言った通り、ビシッとキメてきてんじゃん。カッコいいぜ?」

「あ、ありがとうございます……。その……西京さんも、非常にお綺麗で……」

 

 いつもの振袖とは少し違う、帯や装飾がより豪奢になった和装。そして何より、いつも頭に付けていた大きなリボンを外した彼女は、ビックリするほど大人っぽかった。

 

「ふっ、ククッ……。褒め慣れてなさすぎ。『こう言え』ってネットに書いてあっただろ?」

「……はい」

「んふ……可愛いな~お前~。そんな顔真っ赤にされながら褒められたらキュンとしちゃうじゃんかよ」

 

 なんとか予習の通りに誉め言葉を絞り出すと、西京さんはニヤァ~と笑いながら俺の頭をわしゃわしゃと撫でて来た。完全に見抜かれている。耳真っ赤だわもう。優しく殺してね。

 

「よしよし、今日はちゃんとおねーさんがリードしてやるからな~。……んじゃ、行くか」

 

 そう言って西京さんがアクセルを踏み込み、高級車は滑るように新宿のロータリーを抜け出した。混雑する道をスイスイと抜け、そのまま高速道路へ。

 

 上機嫌そうにハンドルを操る彼女がポチポチとボタンを押すと、車の天井が動いてオープンカーとなった。晴天の太陽と風が直接俺たちに届く。

 

「ん~~~っ、気持ちいいっ! ドライブ日和だな、今日は!」

「オープンカーって、初めて乗りました……。確かに、これは気分良いですね……!」

 

 ビュンビュンと後ろへ流れていく景色を眺めながら、目を細めて笑う西京さんにそう返す。

 確かに、この風と太陽を全身で感じるのは独特の爽快感がある。車を買うなど考えた事も無かったが、【暁計画】の収入も相まって少し心がぐらついてしまう。

 

「車、車かぁ……ちょっと欲しくなってきましたね……」

「買え買え、ドライバー雇っておけばエンジンもダメにならねぇし、こういう所で経済まわしておかねえとマジで使い道無くなるぞー」

「いやぁ……首都圏って駐車場代高いですし……」

「ふふ、庶民感覚が抜けきってねぇなぁ」

 

 ドライブというのは意外と良い物だ。それを教えてくれた西京さんには感謝しかないが……それはそれとして。

 

「……………」

 

 薄いグレーのサングラスを掛け、楽しそうにハンドルを握る西京さん。

 

 彼女の少しはだけた襟元から覗く白い肌を見るたび、昨日の『服の下はこうなってんだって考えながらデートしような♡』というメッセージがフラッシュバックしてしまう。こんなの良くない。見ないようにしようと思う物の、こう……雑談している中で、顔を背け続けるのも無理がある訳で……!

 

「……どうした、エロガキ♡」

「オッヘヘ」

 

 優しく殺してね(二回目)。

 

 

 

 

 

 

「あー、おもしれ。なー甘木~、行き先ホテルに変更しなくてよかったのかぁ~?」

「この度は私の幾重にも至らぬ不手際により多大なるご迷惑とご不快の念をお掛けいたしましたこと心より深くお詫び申し上げますとともに今後は二度と斯様な事態を招かぬよう骨の髄まで猛省しており何卒今回ばかりはご海容を賜りますよう―――」

「おお、月影獏牙の薫陶(くんとう)を感じる……。こんな所で感じたくなかったけど……」

 

 高級車が、とある建物の駐車場に滑らかに駐車する。中から和装の美女が颯爽と車を降り、続いて一匹のザコがまろび出て来た。俺である。

 

 勝てねェ。

 俺は弱い。雑魚です。

 

 防御札があまりにも乏しい。ニヤニヤしながら『素直に言えば見せてやるのに♡』や『ね、どうする~? このまま"休憩"するか?』などと無数の攻撃を仕掛けて来る西京さんに対し、俺は脂汗を流しながら『ヘヘヘご冗談を』と繰り返すマシーンと化した。月影総理からは、まだ謝罪の文面しか教わってなくてェ……。

 

「そ、それはそれとして! ここは水族館ですか! ありがとうございます、俺水族館好きなんですよね!」

 

 東京湾から吹く強い潮風を感じながら、慌てて話題を変えようとする。

 何処に行くのかも知らされていなかったので、高級店やブランドショップなどの店じゃなかっただけで安心する。水族館なら俺の予習範囲だ。昨日見たサイトにも『初めてのデートならココ!』と書いてあった。僕のデータに有るぞ……ッッ!!

 

「結構空いてそうですし、早速チケット買ってきますね!」

「あ? いやいや、もうチケットは買ってあるから。はい、手」

 

 歩くペースに気を付ける、ショーの時刻は先に見ておく……とサイトの内容を思い出しながら売り場に歩き出そうとすると、西京さんが胸元から二枚のチケットを取り出して来た。今どっから出した???

 

 なるほど、既に事前予約していたのか。

 そう納得して、先走った自分を内心恥じらいながら西京さんが差し出したチケットに手を伸ばす―――が、触れる直前でヒョイと彼女はチケットを引っ込めた。

 

「えっ」

 

 宙を泳いだ俺の右手を、西京さんの空いた左手がパシッと下から捕まえる。そのまま流れるような動作で彼女の細い指が俺の手を絡めとり、熱を帯びた柔らかな掌がぴったりと合わさった。

 

「ん、おぉ……ふへへ、油断大敵ってやつ?」

「…………………………」

 

 言葉も出ない。

 ギュッと俺の手を恋人繋ぎで握りしめ、西京さんはエスカレーターへと向かっていく。

 もうダメだ、(つえ)えわ。言葉のウェイトに差がありすぎる。

 

 この水族館の展示室は地下にあるらしい。ウィーンという低い機械音と共に、光源が太陽の光から深いアクアブルーのライトへと切り替わっていく。そしてエスカレーターを降り切ると、そこは完全に海の中の世界だった。

 

「おー、涼しい。そんでもって壮観~」

「で、ですねェ……」

 

 色鮮やかな熱帯魚や、ゆらゆらと揺れるクラゲ。そちらに意識を集中させ、あと汗腺とかを制御することで何とか手汗をシャットアウトしようとする。

 

「へ~~~? ……はっ、緊張しすぎ。折角来たんだ、楽しもうぜ?」

「ッス……!!」

 

 まあ無理だったワケだが。

 幸いにして、この件に関しては西京さんも弄る気はないらしい。鬼の眼にも涙ってやつやね……。

 

 

「お、ウツボだ。こいつ顔怖いよなぁ……何というか、自分"マジ"ですって顔してるよな」

「……確かに。こっちの話が一切通じ無さそうですよね」

「んふ、それな。あだ名が海のギャングだっけ?うちはマリオでコイツが一気に嫌いになったね」

「ああ……強制スクロールの……」

 

「クラゲって何考えてるというか、そもそもどこに脳あるんですかね」

「無いらしいぜ? エサを捕食するのも泳ぐのも、全部反射でやってんだって」

「え、すげ……」

「あと心臓も眼も血液も無いらしい。それで生き残ってんだからすげぇよな、生存戦略が……」

 

「おぉ、マグロ! 何回見ても新鮮にデカいよなぁ、懐かしい……」

「おおお……え、前にも見た事あるんですか?」

「……ヒマを持て余してた時期、ノリで本マグロを一匹丸ごと競り落としたことがあってさ……。重量なんと400kg。もちろん食べきれるワケも無く、結局くーちゃんの家に送り付けたんだよ。そしたらくーちゃんの娘が、死んだマグロの眼を見て泣き喚いたらしくて……めっちゃ怒られて……」

「……トラウマを抱えてます?」

 

 

 手を繋いだまま、水族館を順路に従って巡る。

 西京さんが会話上手なお陰で、俺は手の暖かさや柔らかさによる緊張に段々と慣れ、少しずつ会話もマトモにこなせるようになってきていた。

 

「……ありがとうございます。その、何から何まで……」

「んふふ。言ったろ~、お姉さんがリードしてやるって。それに、今日は"お祝い"もあるからな」

 

 これまた西京さんが事前に予約してくれていたペンギンショーを観ながら、彼女がそう笑う。

 いつもの悪戯っぽい笑みではない。こちらを慈しむ、優しく包み込むような笑みだった。

 

「……お疲れ様。よく頑張ったな、甘木」

 

 何を、とは聞かない。《エキシビジョン》は、公的には存在しない事になっているからだ。西京さんが何処からかその情報を仕入れていようが、俺が追及する事は無い。

 

 だから、代わりにお礼を言う。

 

「……ありがとうございます。はい、頑張りました」

「ん。会った時も言ったけど……前より、もっとカッコよくなったな」

 

 西京さんの手が暖かい。

 以前この人と戦った時、『優しい人だ』と思った事を思い出す。バシャーン! と勢いよく水しぶきを上げて飛び回るペンギンたちに、観客席からワッと歓声が上がっている。だが俺は、隣にいるこの人の体温にばかり意識を持っていかれていた。

 

 

 

 やがて、大きな拍手と共にショーが終了。

 アナウンスに従って観客席を立ち上がり、屋外のテラススペースへと抜けると、いつの間にか空はオレンジ色に染まり始めていた。東京湾の向こう岸に沈みゆく夕日が、海面をキラキラと照らしている。

 

「あー、面白かった。ま、中々良い所だったな。楽しかったぜ」

 

 海風に吹かれながら、西京さんが大きく伸びをした。満足そうな笑みを浮かべる彼女の両腕には、館内ショップで購入したデカいマグロのぬいぐるみが抱えられている。気に入ったのだろうか。

 

「んじゃ、この後は豪華なディナータイムだ。あ、ドレスコードあるってウチ言ってたっけ?」

「えー……ギリ言って無い気がします。『ちゃんとした服で来いよ』とは聞いてますが」

「あら。ま、その服なら超上等だから大丈夫よ。月影の奴が用意した物だろ?」

 

 そう言って、車に乗り込んだ西京さんがエンジンをかける。

 この服、やっぱりアホほど高いんだろうな……。値段を聞いても『微々(びび)たるものです』とはぐらかされたが、恐らく目が飛び出るような値段がするはず。俺が今まで買ってきた服の合計総額を上回ってても驚かないぞ。

 

 低い重低音が心地よく響き、車は夕闇が迫る湾岸線へと滑り出す。

 意外と車好きらしい西京さんの『買うならコレがおすすめ』という話を楽しく聞きながらドライブしていると、やがて車が速度を落とし―――なんか城みたいな豪奢な建物に着いた。

 

「う、おぉ……」

 

 18世紀のフランスから丸ごと持って来たような外観。そして場所は恵比寿のド真ん中。もうあからさまに高級オーラを漂わせるレストランに、思わずたじろぐ。【暁計画】中に数々の高級品に触れて来た俺だが、流石にこれ程の物は経験がない。僕のデータに無いぞ……ッ!!

 

「んふふ、良いリアクション。予約取るのにうちでも結構苦労したからさぁ、その反応見ると報われるってもんじゃんね」

「……KOK三位が予約に苦労……」

「噂には、《美食》を司る概念干渉系能力者がシェフを務めてるだのなんだの。まあ9割方デマだろうけど、そう言わせる程の腕前ってこと。……さ、はい」

 

 そう言って、門の前に立った西京さんが俺に腕を絡めて来る。 

 腕には彼女の柔らかな胸の感触が微かに押し当てられ、和装から漂う甘い香水の匂いがふわりと鼻腔をくすぐる。あまりの密着っぷりに、俺の身体は鉄のように硬直してしまう。

 

「エ」

「はい、それ。女に弱いとこ、ちゃんと改善しないとなぁ? 男ぶりを上げる練習ってことで、おねーさんをエスコートしてみろよ♡」

 

 そうクスクスと笑い、西京さんは俺の腕に絡ませた手に少しだけきゅっと力を込める。

 

「(はい、背筋を伸ばして……口角は上げ過ぎない、少し微笑む程度。肘はL字型にして、女性が手を添えやすいように。動揺を顔に出さない。目線は真っ直ぐ保って、堂々とした態度で歩く)」

「く、くすぐったいんですが……!」 

「(ぶぶー、減点。んふふ、頑張れ頑張れー)」

 

 耳元でぽそぽそと囁かれながら、ドアマンに促され建物へと入る。エントランスに輝く眩いシャンデリアやふかふかの絨毯に気圧されつつ、スッと現れた店員(西京さんによればギャルソンと言うらしい。ギャル曽根の息子?)の案内に従ってなんとか表情を崩さないまま歩む。

 

「……どうぞ」

「ん、ありがと♡」

 

 室内に入り、先に西京さんの椅子を引く。彼女が腰を下ろすのに合わせて、和装の帯が当たらないよう慎重に椅子を押し入れる。肩越しに振り返った西京さんが、花がほころぶようにニコリと笑った。及第点、という事で良いのだろうか。

 

 入口から個室まで歩くだけの事だったが、人生で一番長い数十メートルだった気がする。

 

「つ、疲れました……」

「ふふ……でも、中々様になってたぜ? 次はもっと上手なエスコート期待してるからな~」

 

 どこからか取り出した扇を口元に当てて、西京さんが貴婦人のようにくすくすと笑う。

 全くもって、西京さんと居ると心休まる暇が無いな……。恋愛強者が過ぎる。あと8歳生きてこうなれるビジョンが微塵も浮かばない。

 

 やがて、静かな個室にギャルソンが前菜のプレートとグラスを運んで来る。ノンアルコールのシャンパンに、何らかのムース。宝石のように輝くそれを口に運ぶと、脳髄を強烈な旨味が殴り付けた。

 

「う、うまい、マジで旨い……! 美味すぎる……!!」

「あっはは! 良い食いっぷり。そういう所は男子高校生だねぇ」

 

 美しい手際でカトラリーを操りながら、西京さんが優しい笑みを浮かべる。

 食べなれているのだろう、西京さんは俺のように取り乱したりしない。俺は旨すぎて美味しんぼの京極さんみたいになりかけてたのに。

 

「……西京さんって、大人ですね……」

 

 思えば今日一日、西京さんは常に余裕というか、飄々としていた。

 待ち合わせの新宿にスポーツカーで現れた時からそうだ。自信ありげな表情を浮かべて、全ての動作が堂々としている。まさに本人の自称通り『大人の女性』というやつだ。

 

「んだよ、今頃気付いたのか? ま、そこらのガキとは人生経験が違うってやつ~?」

「おおお……カッケェ……」

 

 そう言って得意気にグラスを傾ける西京さんを、俺は尊敬の眼で見つめるのだった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「いやー……今まで生きてきた中で一番旨かったです」

「シェフ概念系能力者説、あながち間違いじゃないかもな……」

 

 夢のようなディナータイムはあっという間に過ぎ去り、俺たちは出口へと戻ってきていた。

 会計は俺が……と思ったのだが、予約時に既に済ませていたらしい。もう何から何まで頭が上がらない。

 

「んじゃ、この後はホテルに……ってのは、くーちゃんにマジで撃ち抜かれそうだからナシにして。サプライズはもう済んだし、家まで送ってやるよ」

 

 ロータリーに回されてきたスポーツカーに乗り込むと、夜風を遮るように重厚なドアが閉まり、静かな車内空間が戻って来る。西京さんがエンジンをかけながら、カーナビと連携しているであろうスマホを起動した。

 

「住所は、と……いや、近くのコンビニでも良いわ。行き先言ってー」

「あ、はい。えーと、奥多摩の―――」

 

 神にかけて誓う。俺に、何一つ悪意は無かった。

 というか、誰一人として悪人などいない。不幸な事故なのだと声を大にして主張させて欲しい。

 

 住所を検索してマップを開こうと、西京さんが検索バーをタップするのは当然の事だ。

 俺が窓ではなく西京さんの方を向いているのも、会話の流れからしてこれも当然の事。

 そしてその結果、西京さんの検索履歴が見えてしまうのも―――ただ、不幸な事故だったのだ。

 

『年下 デート』

『デート 初めて おすすめ』

『都内 デートスポット』

『恋愛 年上 余裕』

『デート 会話』

『恋人 何歳差まで』

 

「え」

 

 えっ。

 

「―――え。あっ、ちが、ボケコラ殺すぞ!!!!!!!!!

「急に!?!?」

 

 バンッ! と弾かれたようにスマホが伏せられた。顔を真っ赤にした西京さんが、照れ隠しというにはあまりに凶悪な威力を込めた拳を振りかぶる―――直前で俺の手が止める。車ブッ壊れるわ。

 

離せ!!!!!! ―――出でませ、《紅色鳳(べにいろあげは)》!!!」

「危ない危ない危ないマジでシャレになってないです西京さんマジでマジで」

 

 霊装まで出して車内で大暴れしようとする西京さんを必死で宥め、何とか取り押さえようとする。動きの出足を押さえ、異能の発動前に力場を斬り、それでも収まらないので軽度の《毒蛾の太刀》アレンジverを叩きこんで、ようやく西京さんは動きを止めた。ぼ、暴走機関車……。

 

「ッスー……その……」

「……んだよ。笑えよ」

「いえ……俺も、めっちゃ調べてました……。その、デートなんて初めてだったので……」

「……………」

 

 そう言って、お返しにという訳ではないが俺の検索履歴も見せる。『デート おすすめ』だのなんだの、西京さんとそう変わらない検索履歴が出て来る。というか、一部同じサイトを見ていた。水族館で『僕のデータにあるぞ』と喜んでいたのだが、どうやら仕入れ先は同じだったらしい。

 

「なので、まあ……同じです、はい……」

「……同じじゃ、ダメだろ。余裕のある大人の女が、年下には好かれるんじゃないのかよ」

「人によりますよ」

 

 暴れに暴れた西京さんを抑える過程で、彼女は俺の助手席の上へと移動していた。

 筋痙攣によって力を失った彼女が、俺と向かい合う形でもたれ掛かっている。体勢ヤバ。

 

「人による……お前は?」

「俺は……この日のために事前にめちゃくちゃ調べて、準備してくれてたなら……嬉しいですよ。振り回されるのも楽しいですけど、ちょっと隙がある方が親しみやすいですし」

「……そうか」

 

 そう言って、西京さんが全身から力を抜く。ふにゃり、と胸に柔らかい感触。

 ヤバいってだから!!!!!!!!!!!!!

 

「……じゃあ、全部言う。色々調べた。中高時代はかなり荒れてて、くーちゃんと出会ってからは修行ばっかして、引退されてからはまた荒れて……。こういう普通のデートみたいなもん、したこと無かったから。案外楽しいもんだな」

「ハイ」

「水族館、楽しかった。手繋いだ時、私も結構ドキドキした。自分でもビックリして、だから揶揄(からか)えなかった。ホントは今日、くーちゃんなんざ知るかつってホテルに連れ込もうと思ってたのに……なんか、そう言えなかったんだよ。分かんねぇけど」

 

 そう言って、西京さんがスリ、と身体をこすり付ける。密着した胸元から和装特有の感触と、それ以上に圧倒的な女性の柔らかさがダイレクトに伝わってくる。微かに汗ばんだ肌の熱気と、車内に充満した甘い香水の匂いが脳を揺さぶる。助けてください。

 

「んふ……心臓、うるさすぎ。このエロガキ……」

許してください

「良いよ……お前は、よく頑張ったからな。丁度いい、おねーさんのハグをプレゼントしてやる」

 

 そう言って、軽い力で西京さんが俺を抱きしめる。体勢を変えた彼女の胸元に、俺の頭がスッポリと抱きしめられ……彼女の心臓もまた、これ以上なく早鐘を打っている事が分かる。

 

「な、甘木……お前、卒業したらリーグ(こっち)に来いよ」

「え」

「KOK……は多分無くなるだろうから、その次のリーグ。何でもいい、後釜がどこかしらに産まれるだろ。そこに参加してさ、アホほど一緒に戦おうぜ。うちとお前で1位と2位を独占したりして。楽しいぜ、絶対。安定した金が欲しいってんなら、うちがパトロンになって養ってやるしさ。国威向上になるなら、月影も煩いこと言いやしないだろ」

「オオエ」

「……今は、返事しなくていい。まだこんな事言うつもりじゃなかったし、とーかちゃんとか、その辺りに色々フェアじゃないし……ただ。全部がひと段落ついて、うちがちゃんと"分かる"ようになったら。……そん時は、お前から言ってくれ」

 

 次は、お前がうちをエスコートしてくれ。

 

 そう耳元でささやいて、西京さんがドンと俺を突き飛ばす。

 既に《毒蛾の太刀》の影響からは完全に脱したようで、素早い動きで運転席へと戻り、エンジンをかけなおす。暗い車内でも、彼女の顔がまだ朱に染まりきっているのが分かった。

 

「あー、恥っずかしいけどまあよし!! ちょっと予定がズレたけど誤差だ誤差! 行くぞ、奥多摩まで20分で送ってやるよ!!」

「西京さん、俺は」

「今はいいって言ってんだろ!! こっちはもういっぱいいっぱいなんだ、それ以上言ったら車から叩き出すからな!」

「は、はいっ!!」

 

 ブォンッ!! と、凄まじいエンジン音が夜の恵比寿に響き渡る。加速する―――どころか、車体が宙に浮き始めていた。E.T.? プロ伐刀者の異能行使は他者に危害を加えない範囲で認められているが、これはアリなのだろうか。

 

「…………」

 

 横目で、チラリと運転席を盗み見る。

 ハンドルを握る西京さんは、前を向いたまま一言も発しない。だが、先ほどの彼女の言葉は既に俺の脳裏に深く刻み付けられていた。

 

 ほぼ告白だ、あんなもの。

 

 告られた。人生で初めて。どうする。付き合うのか。結婚。進路は?

 生まれてこの方考えた事も無い問題がポコジャカと湧いて出て来て止まらない。

 

「……ほら、着いたぞ。降りろ」

「はい。あの、西京さん……今日は本当に、ありがとうございました。その……俺、ちゃんと考えますから」

「……ん。そうしろ」

 

 ぽこ、と顔を真っ赤にした西京さんが俺の肩を弱々しく叩き。

 その言葉を最後に、スポーツカーは深い山道の奥へと走り去っていく。

 

 赤いテールランプが消えるまでその姿を眺めた後。まだ自分の胸の奥でうるさく鳴り続けている心臓の音を聞きながら、俺はゆっくりと実家への道を歩き出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――繰り返しお伝えします。日本時間本日未明、中東および東ヨーロッパの複数拠点で、《連盟》軍と《大国同盟(ユニオン)》軍による大規模な武力衝突が発生しました』

 

『両陣営の直接衝突により、都市部を含む広範囲で甚大な被害が確認されています。これを受け、ロシア大統領府は先ほど緊急声明を発表。「これは明確な宣戦布告であり、我が国は今この瞬間より、完全な戦時体制に移行する」と宣言しました。また、これに呼応する形で、中国およびアメリカ合衆国軍も、全軍の警戒態勢を最高レベルである【デフコン1】へと引き上げ―――』

 

『……事態は最悪のフェーズへと突入しました。専門家は、これを事実上の【第三次世界大戦】の開戦であると指摘しており―――』

 




 
最悪の世界情勢でラブコメをサンドイッチ
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