落第騎士の英雄譚 意識低い系風味   作:一般落第騎士

34 / 34
桃井回


第三十四話

 

 

 【第三次世界大戦】の発端(はじまり)は、北欧の小国であるヴァーミリオン皇国であったと後世には伝わる。

 

 戦火は、一発のミサイルから始まった。世界三大勢力の一角である《解放軍(リベリオン)》の本部が一夜にして壊滅し、国際情勢が大いに緊迫していた折のことである。ヴァーミリオン皇国が、突如として日本の外交使節をミサイルで攻撃するという気の狂った暴挙を見せた。

 

 日本の外交使節を―――つまりは寝返りの誘いを、これ以上なく分かりやすく拒んだのだ。

 

 『寝返りなどするものか。我々は何があろうと《連盟》に付いて戦う』。

 ヴァーミリオンの行いは、そう主張する過激な儀礼的行為(イニシエーション)として諸国に捉えられた。

 

 《連盟》は国際情勢を大幅に悪化させたヴァーミリオンに複雑な思いを抱きつつ、しかし概ね歓迎の態度を取った。連盟内部ではフランスとイタリアが互いに超級の伐刀者を失った責任を押し付け合っており、味方してくれる国はこれ以上一国たりとも失えなかったためだ。

 

 また、《連盟》の優秀な政治家たちはヴァーミリオンの過激なパフォーマンスを利用して内部の団結力を高め、ガタガタであった統制をある程度回復させた。東南アジア圏諸国は既に日本に大幅に切り取られていたが、元々彼らは連盟の主軸ではない。ドイツやイギリス等、国力の高い西欧諸国が対《同盟》の大義の下で一つになり、来たる戦争においても戦える形を保つ事が出来た。

 

 そして、《同盟》もこの行いを非難しつつ、内心では大いに歓迎した。

 勿論、表向きは烈火のごとく責め立てる。"人倫に(もと)る行い"だとか、"テロリストがついにその本性を現した"だとか、ニュースチャンネルは非難の言葉で溢れかえっている。

 

 しかし同盟にしてみれば、そもそも『非難できる急所』を用意してくれただけで万々歳なのである。大義名分として《解放軍(リベリオン)》の裏側を全て相手に押し付けようとしていたが、ここで連盟が自爆してくれるならばそれに越した事は無い。無能な味方は敵より恐ろしいと言うが、それが相手側で起こっているならばひたすらに愉快である。

 

 つまり、ヴァーミリオン皇国の動きは奇妙な事に、両陣営にとって得だったのだ。

 

 既に戦争を確信している《連盟》は、戦いやすくなったと喜び。

 同じく戦争を起こす気の《同盟》も、殴る理由が出来たと喜んだ。

 

 ……ただ一国。ヴァーミリオン皇国だけが、信じられない程の大損を食らった。

 

 彼らに味方などいない。

 《同盟》からは、キレたアイランズによって《超人》エイブラハム・カーターを送り込まれ。

 《連盟》がいよいよもって不利になれば、『全ての元凶(生贄役)』を押し付けられる。連盟が統制を回復させた最大の要因は、"生贄役"が決まったからなのだから。

 

 緊張状態が決壊し、世界を二分する《同盟》と《連盟》はついに激突を始めた。

 

 ヴァーミリオン国王、シリウス・ヴァーミリオンは、何を考えてこのような愚挙を成したのか。

 現地に居る黒鉄や王馬たちは現在、転々と場所を変えて潜伏しながら王宮への侵入計画を練っている段階である。厳重な警備に包まれたシリウスの真意を知る者は、今のところ誰一人居ない。

 

 

「……馬鹿な真似を。こんな事をしては、最早どの国も庇えないぞ……」

 

 

 そしてそれは、総理邸宅で苦々しく顔を歪める月影獏牙も同様であった。

 

 ついに恐れていた事態が、【第三次世界大戦】が始まってしまった。

 アメリカが、ロシアが、中国が。世界トップクラスの大国である《同盟》所属国たちが、一斉に軍事行動を開始した。声明文はこうだ。『《連盟》は長年《解放軍》を陰で支援し、国際情勢を背後で操ってきたテロリストの集まりである』。実際には両陣営が協力して維持してきた陰謀を、都合よく相手側にのみ押し付けてみせた形だ。

 

 世界中に戦火が撒き散らされている。

 

 平穏なのは日本だけだ。地理的に《同盟》国であるアメリカと中国に挟まれ、《連盟》の中心となる欧州諸国は地球の反対側。日本と、そして日本が打診した寝返りを承諾した東南アジア諸国を筆頭とするアジア圏諸国だけが、銃火と異能による鉄嵐を、遠い異国の出来事として安穏としていられる。

 

 それは紛れもなく月影獏牙による【暁計画】の成果であり、彼の支持者たちは皆一様に月影を褒め称えている。怪物じみた先見の明と政治手腕、日本近代史に残る名君だと。国民も同様で、ネット上では『月影獏牙=《政治》を司る伐刀者説』などのshort動画が視聴回数を稼いでいる。

 

 国民が、日本は紙一重で平和を得たのだと安心し、TV画面越しに戦争を眺める中で。

 月影獏牙は全く誇らしい気分になどなれず、逆にその心を痛めていた。

 

「何故だ……そこまでして《連盟》に付きたかったのか? 確かに連盟が負ければ、ヴァーミリオンの経済は大いに冷え込むだろう。だがしかし、()()()()()。《連盟》につけば、最悪国が滅びかねない」

 

 日本からしてみれば、これ以上なくメンツを潰された形だ。温情を掛けて、それを踏みにじられた。黒鉄王馬による生存報告があったためまだ冷静でいられるが、そうでなければ頭を抱えていただろう。報道も抑えられず、途方もない暴動が発生していたに違いない。

 

「……《連盟》が勝つと読んでいるのか? 内部の統制を回復させた《連盟》に対し、本質的に敵同士である《同盟》は結束力に劣る。加えて、最も攻勢に乗り気なロシアは伐刀者に乏しい。頑強に抵抗を続ければ、あるいは和平に持ち込めるかも、と……? 」

 

 月影の思考が高速で回転する。

 基本的に、戦争の主力は伐刀者である。一騎当千の単騎戦力であり、極めれば一人で一国を滅ぼせる伐刀者たちのぶつけ合い。それこそが戦争だ。火薬文明が華開いてもなお、兵士は彼らの『補助役』、いわば前座の範疇から出られないでいる。

 

 陣を張って待ち構えられる以上、侵略戦争は防衛側が有利。

 《同盟》は結束が脆く、いまだに穏健派の声も大きい。長引けば崩れやすい。

 そして、最も攻勢に積極的であるロシア。この国を代表する伐刀者である《氷雪姫》は、格的にアメリカの《超人》やイギリスの《白髭公》に劣る。

 

 そして《連盟》が勝ちさえすれば、ヴァーミリオン皇国は多大なる名声を得る。周辺諸国は生贄にするつもりだった算段など綺麗に捨て去り、皇国の慧眼を手のひらを返して褒め称えるだろう。

 

「内部の統制を取り戻しさえすれば、《連盟》が生き残る目はある。シリウス国王はそう考えたのか……?」

 

 ヴァーミリオン皇国がそれらの要素を分析し、勘案し、《連盟》の勝利、もしくは引き分けを読んだのだとすれば、まだ道理は通る―――。

 

 

「―――いや、それは無いっすね」

 

 

 そう月影が結論付けようとした時、涼しい声色が彼の思考を遮った。

 月影が顔を上げると、部屋の入口に書類を抱えたスーツ姿の女性が立っていた。桃井新香。諜報と情報分析を一手に担う、彼の懐刀である。

 

「桃井さん」

「あ、ちゃんとノックはしたっすよ~? 返事が無いんで、ヤバい事態かと思って勝手に入らせてもらったっす。考え込んでるだけで良かったですけど……ってことで、お咎めは無しでお願いするっす」

「それは当然……ですが、"それは無い"というのは?」

「これ、ヴァーミリオン皇国関連の調査報告っす。ヴァーミリオン皇国は厳戒態勢、一糸の乱れなく黒鉄たちを追ってるっすね。潜入は相当難航している感じで……だからこそ()()()()()んすよ」

 

 そう言って、桃井が重厚な木材の机にドサドサと書類を置く。【暁作戦】始動以来、月影の私室はほぼ全て計画関連の書類で埋め尽くされている。今回の書類には、ヴァーミリオン皇国国王であるシリウス・ヴァーミリオンの写真が第一(ページ)に貼り付けられていた。

 

「総理の推測なら、わざわざステラ皇女が乗った飛行機を墜とす必要は無いはずっす。シリウス国王はステラ皇女を溺愛していた。シリウス国王だけじゃない、皇室、そして国民全体がステラ皇女を敬愛している。それなのに、あんな国を割りかねない気の狂った暴挙の後でも国内に乱闘などの形跡は無い……つまり、あの行為は()()()()()()()()()()って事なんすよ」

「……ええ」

「いくらヴァーミリオン皇国民がお祭り好きで楽観的とはいえ、『《連盟》が勝つ方に賭けて自国の皇女を撃ち落とそう』なんてアホな真似、全員が納得するわけないじゃないっすか。なら当然、別の理由があったと考えるべきっす」

「ふむ……その理由というのは?」

「コレ見てください」

 

 月影の問いに、桃井は書類の束から抜き出したファイルをトントンと示した。

 ヴァーミリオン皇国に関するSNS上の反応を纏めたものだ。日本だけではなく、アメリカや中国等の《同盟》各国からの投稿が纏められている。

 

 統計処理されたグラフ上では、ヴァーミリオン皇国への批判や罵声が90%を占める一方で―――ステラ・ヴァーミリオンに対しては、『国に裏切られて可哀想』『悲劇の姫君(ヒロイン)だ』と、()()()()()()が大勢寄せられている。彼女だけが、ヴァーミリオンを襲う炎の外側に居る。

 

「今回の事変で、"ステラ・ヴァーミリオン"と"ヴァーミリオン皇国"は切り離された。今後ヴァーミリオン皇国がどうなろうと、彼女と、既に隣国に嫁いだ彼女の姉たちだけが、戦火を(まぬが)れる」

 

 ならば、それこそが。 

 

「……()()()()()。"それ自体"が、目的だったんじゃないっすか?」

「―――――」

 

 桃井の推測に、月影獏牙は息を呑んだ。

 家を分け、対立する両陣営にそれぞれ味方する事で、どちらが勝とうが血筋を存続させる。古今東西数多ある事例で、日本でも同様の真似をした家は存在する。

 

「……桃井さん、ヴァーミリオンの旅行者リストを」

「流石総理、話が早い。昨月から隣国クレーデルラントへの旅行者が、女性と子供に限って急増しています。旅行というか、つまるところ亡命っすね。クレーデルラントは以前《傀儡王》が巣を張っており、その影響で現在は同盟寄りの中立国です。両国間の友好も深く、亡命先としては適切と考えたのでしょう」

「……そう、ですか」

 

 月影獏牙は、自分でも知らず唇を噛んだ。 

 日本と長年の友好国であったヴァーミリオン皇国は、その国民性も似通っている。日本国民が武断的なように、彼らも同様なのだ。ノルマン戦士の血を引く彼らは、勇敢にして合理的。女子供を逃がして血脈を遺せさえすれば、己たちは国を護る為に戦い、城を枕にして討ち死にしても構わないのだろう。

 

「ヴァーミリオン皇国は、現代で珍しい王政の国です。国民全てが、狂気染みた皇室への忠誠心を持っている。……敬愛する皇女たちを遺せれば、"それでいい"と笑って死ねてしまうのでしょう」

「……シリウスは、……っ」

 

 言葉を言いかけ、先を見つけられずに舌が止まった。

 月影獏牙とシリウス・ヴァーミリオン国王の間には、国家間の関係だけではなく個人的な親交がある。彼の豪放磊落な性格も、ステラを溺愛していた事も知っている。そんな彼が、死を覚悟しながら愛娘をこちらへ託そうとして来ている。

 

 戦争が起きるからだ。月影は全力を尽くし、日本を戦火から逃れさせることが出来た。

 総身を尽くしてやっと、日本だけは。これ以上は何もない。月影獏牙は神でも聖人でもない。他の国で起こる悲劇に対し、彼は止める(すべ)を持たない。

 

「……日本は、中国とアメリカに挟まれて一欠片の火種さえ届いてません。東南アジア諸国の取り込みも順調。【暁計画】は、順調に成功しています」

 

 顔の上では平静を保つ月影へ、桃井は気遣うような言葉を述べる。

 日本のトップである月影総理に、個人的感傷で止まる事は許されない。彼女の異能は更に、この事変における背景をもう一つ暴いている。

 

「その上で、もう一つ……総理に、伝えなきゃいけない事があります」

「……聞きましょう」

 

 桃井新香は《飼育》を司る伐刀者だ。同系統の能力者である《支配》の異能者、風祭財閥令嬢の風祭凛奈と違い、桃井は物量に特化している。飼育相手が小さければ小さいほど、意思が弱く、思考が低能であるほど数多くの生物を操る事が出来る。

 

 だからこその《蟲使い》。

 彼女が異能を掛けた物は後天的に知能を持ち、見聞きした情報を伝えてくれる。無菌室に住まない限り、彼女の耳を潰しきる事は出来ない。

 

「……ヴァーミリオンの行動は、あまりにも突拍子が無かったっす。普通、日本(こちら)へ内密に話を通すべきだし、ステラ皇女にまで話を通してないのはもっと意味不明っす。黒鉄王馬から報告があった、ヴァーミリオン軍の不自然な偏りも。シリウス王は豪快だけど馬鹿じゃない、これらにも同様に"何らかの理由"があると考えるべきです」

 

 桃井が推測するに、ヴァーミリオン皇国の行動はほとんど博打に近い。

 ミサイルでステラたち一行が即死しない事に賭け、たかが国軍程度で一流伐刀者を捕えられる事に賭け、最後に、これらの行動が日本を怒らせない事に賭けた。

 

 月影獏牙の人となりを知っていたにしても、あまりにも危うく、そして()()()なはずの賭けだ。

 素直に『ステラだけ日本に避難させてくれ』と言えば、何もかも丸く収まったはずなのに。

 

 

「そうしなかった理由があったとしたら。どうしても急ぐ必要があり、ステラ皇女に伝えられず、そして日本にも使者を送れなかった。そんな理由があったとすれば。そう仮定して調査した結果―――アメリカの関与が見つかりました」

 

 

 そう言って、桃井が別の書類を月影の目前へ滑らせる。

 

 《傀儡王》の協力を得た事で、桃井の能力射程は格段に伸びた。《傀儡王》が糸を伸ばし、糸を通して桃井が《飼育》の異能を使って虫を操る。脳の処理がパンクしない限り、桃井は世界各地へ不可視の情報網を構築することが出来る。この情報も、ヴァーミリオン近辺の羽虫や蚯蚓(みみず)から手に入れた物だ。

 

「今よりも数週間前。日本が、使節団を送るより前―――ヴァーミリオン皇国に、《大教授》カール・アイランズが訪れた可能性があります。またほぼ同時期、日本へ秘密裏に送られていたであろうヴァーミリオン皇国の特使が消息を絶っています」

「……ッ!!」

「《超人》の恐ろしさはその万能性、やろうと思えば彼の《電気操作(エレクトロ)》で傍受できない通信は存在しない……ヴァーミリオン皇国は、日本に話を通したくとも()()()()()()のではないでしょうか」

 

 そう言って、桃井は目を伏せた。

 アメリカの黒幕であるカール・アイランズが、わざわざ隠れて北欧の小国であるヴァーミリオン皇国に現れた理由。《連盟》の膝元にまで来て行いたかった、何らかの交渉。そしてその結果、ヴァーミリオン皇国は追い込まれ、博打に出ざるを得なくなった。その理由が何なのか、彼女にはおおよそ見当が付いている。

 

 そしてもし正解であるのなら、全くもって救いが無い。

 

「計画に直前で変更した跡が見られるっす。 

 ミサイルを撃ち込んだのは、『ステラ・ヴァーミリオンは死んだ』と発表するため。

 ヴァーミリオン軍に多数居た治癒能力者たちは、万が一にも彼らを死なせないため。

 ステラ皇女へ事前に話を通さなかったのは、言えば彼女は絶対に拒むと考えたから。

 では、アメリカは一体ヴァーミリオン皇国に何を言ったのか?」

 

 書類を読み込み沈黙する月影へ、桃井は己の推理を告げる。

 情報を集め、組み上げ、糸を編み上げて正解を導き出す。諜報員である彼女が、日常的に行っている事だ。

 

 

「ヴァーミリオン皇国の目玉はただ1つです―――世界最大の魔力量、ステラ・ヴァーミリオン。()()()()()を、アメリカは要求した。ヴァーミリオン皇国はそれを拒み、先んじて『戦死した』として彼女を隠してしまおうとした。日本への亡命は通信傍受を避けた結果、次善策(サブプラン)へと格下げされた。そう考えれば、全てに辻褄が合います」

 

 

 ステラ・ヴァーミリオンの生死を偽り、彼女を匿う。もしくは日本へ亡命させる。

 行き当たりばったりの、成功の可能性も極めて低い作戦。だが、追い詰められたヴァーミリオン皇国にはそれしか思いつかなかったのかもしれない。

 

「……ヴァーミリオン皇国が、支離滅裂で気の狂った暴挙を行ったのは。実は単純に、"ロクに考える時間が無かったから"、という可能性があります。もちろん、単なる推測ですが」

 

 国を分け、血脈を遺し、娘も救う。

 その全てを成そうとして、こんな訳の分からない事をしてしまったのだろう。あともう少し時間と冷静さがあれば、他にも手はあっただろうに。

 

 少しだけ眉をひそめながら、桃井新香はそう言った。

 彼女の脳内では既に、ある程度の確度を持った推測が完成している。そしてそれが正しければ、今から月影獏牙には酷な決断を下して貰わなければならない。

 

「……この件の証拠は、どこかに有りますか?」

「いいえ。《超人》により痕跡は完全に消されています。この報告も、虫から聞き出したバラバラの話を組み上げた物です。確たる証拠は何処にもありません」

「…………私は、どうすべきだと思いますか」

 

 両手で顔を覆ったまま呻くように言う月影に対し、桃井はあくまで冷静に言葉を返した。

 答えは決まっている。日本とアメリカは同盟関係であり、調略に失敗したヴァーミリオン皇国とは敵対関係だ。

 

 そして。恐らく、彼らの狙いは()()()()()()()()()()()である。 

 ならば、《同盟》の新参国である日本はどう動くべきか。

 

 

「アメリカに貸しを作るチャンスです。今すぐカール・アイランズと秘匿会談を開き、彼に協力を打診。そしてその上で―――ステラ・ヴァーミリオンを確保するよう、現地の伐刀者たちに指示を下すべきかと」

「……………」

 

 

 月影は顔を覆い、長く息を吐き出した。

 脳内で、政治家としての彼が算盤(そろばん)を弾き始める。

 

 報告により、現地で黒鉄家がステラ・ヴァーミリオンによる革命政権を打ち立てようとしている事は把握している。聞いた当初は珠雫の機転を賞賛したが、それも今となってはマズい。ステラ・ヴァーミリオンこそがアメリカの狙いである以上、派遣された《超人》とぶつかる可能性がある。

 

「………………本来なら、即答出来て当然なのでしょうね」

 

 はるか遠くの北欧に、たかが一小国程度の友好国が誕生するメリット。

 それに対し、新参者であり国力的に格下である日本が、《同盟》内でもトップクラスの有力国であるアメリカに貸しを作れるというメリット。

 

 本来ならば、その大小など比べるまでも無い。

 だが、教育者としての月影がそれを邪魔している。【暁計画】が順調に進み、日本周辺だけは戦火から免れている。余裕があるからこそ、外の悲劇を見て心を痛めてしまうのだ。

 

「んー……私なら、自分の周りの事以外は全部切り捨てられちゃうっすけど。国のトップがそんな性格じゃ取りこぼす物もありそうだし、月影総理の人徳って事で良いんじゃないですか?」

「はは……どうも。桃井さん、人を励ますのが最近上手くなりましたね」

「いい先輩に恵まれてますから」

 

 そう言って、桃井新香は寂しそうに笑った。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「いや申し訳ない、私としても誤算だったのだよ」

 

 開口一番、カール・アイランズはそう言って頭を下げた。

 彼の頭脳もまた絶世の物であり、日本がアメリカの関与に気付いた事に気付いたのだろう。誤魔化しはせず、オンラインでの会談が成立するや否やそう言って深々と謝罪してみせた。

 

「日本に被害を出そうなんてこれっぽっちも思っていない。邪魔をしようなんて更に考えた事も無い。君の所の外交使節が誰一人死ななかったと聞いて胸を撫でおろしたよ……民間人にも死者が出なくてよかった、オートパイロットを発明しておいて本当に良かったと昔の自分を褒め称えたね」

「…………」

「さっさと《超人》を使って日本側の人員を救助し、シレっとした顔で取り繕おうと思っていたのだが……いや、失敗だったね。0点のテストを隠して余計怒られる子供のようなものだ、本当に自分が情けない」

 

 ペラペラと喋りながら、そう言ってカール・アイランズは再び頭を下げる。

 彼にとって、自らの頭などただの道具でしかない。これを下げる事で謝意を示せるならば幾らでも下げる。

 

「……ヴァーミリオン皇国との交渉は、任せていただけた物だと思っていましたが。それに、彼らが日本へ送った外交使節を襲ったという報告が入ってきております」

「君たちの言葉で"老婆心"という奴だ、少し手助けがしたかっただけなんだよ。それに、外交使節? を、アメリカが襲った? なんだそれ、我々は単に敵国の潜入調査員を排除しただけだがね」

 

 彼らは移動中にロシアの、ひいては《同盟》の領土を侵犯したからね、とアイランズが笑う。

 

「それより、ヴァーミリオンだ。我々アメリカは《超人》を送り込んであの国土を更地にする予定だが、この会談は日本がそれに協力してくれるという事で良いのかな? 有難い話だ、日本には借りを作る事になるね」

「いいえ。これはあくまで、対応を話し合うための物です」

「ほう? ヴァーミリオンの行動は卑劣極まりない、もはや和平の道は無いと思っていたが?」

「未だ日本は彼らと何の話し合いも行っていませんから。貴国側が何を言ったか、それを勘案してからでも遅くないかと」

 

 その言葉に、カール・アイランズの眉が僅かに動く。

 日本が掴んでいる情報が想定以上だった。どこから漏れたのか、《超人》単騎で特攻させ、現地で《瞬間移動(テレポート)》を使って呼び寄せさせるという単純にして最良の輸送方法を使った以上、痕跡など何処にも残っていないはずなのに、と脳髄を回し……それらの思考を一つも顔に出さず、静かに取り繕う。

 

「ん……? 我々は、単に《同盟》への寝返りと、それに伴う国との貿易や交換留学等を提案しただけだがね。全ては調略のためだ、国交を深めようと思ったまでさ」

「"交換留学"? 恐れながらアイランズ氏、いくら貴方の造った翻訳デバイスが優れているとはいえ、物事は正確に言っていただかなければ困ります。ヴァーミリオンのあの狂奔は並大抵の物ではありません、何か途方もなく人倫に反する事を仰ったのでは?」

「ハハハ! 邪推は止めてくれたまえ、愛国者である私がそんな事をするわけが無いだろう」

 

 絶世の天才、カール・アイランズが数十年以上の時をかけて強化してきたアメリカと日本では、国力に大きな差がある。アメリカ軍の空母には生体金属が標準装備されているが、同じものを日本が作ろうとすればまず十年の基礎研究から始めなければならないだろう。

 

 よって、この会談は基本的にカール・アイランズ優位で進んでいる……が、アメリカにも弱みはある。日本の機嫌を損ね、ひいては《天譴》の機嫌を損ねたら終わりだからだ。彼は《比翼》の同類、国どころか世界を敵に回してさえ勝利できる怪物(バケモノ)だ。

 

「………………」

「……分かった、本音を言おう」

 

 月影獏牙の視線を受け、アイランズは降参するように両手をあげた。

 

「全く、君の所にはずいぶん素晴らしい諜報員が居るようだねぇ。ウチのエイブラハムは完璧に痕跡を消したはずだったが。君から突然会談を持ち掛けられ、小心者の私がどれほど肝を冷やしたか。君の所には後で寄付でも贈れば済むだろうと思っていたのに、とんでもない奴が居るものだ」

「お褒めの言葉、ありがとうございます。部下も喜ぶかと」

「フン……まあいい、ここで腹を割って話せる事を幸運と思おうじゃないか」

 

 画面越しのアイランズが、葉巻に火をつけて煙を吐き出す。

 過去視系の異能者でも抱えているのだろう、というのがアイランズの推測だ。時間に干渉する能力者は希少極まりないが、日本は伐刀者の質が優れている。どこからか見つけて来たのだろう。

 

「私の目的は、ステラ・ヴァーミリオンの身柄だ。それさえ手に入るなら、後はヴァーミリオン皇国が滅ぼうが栄華を極めようが心底どうでも良い。日本が協力してくれるなら、こちらに出来る事はする。生体金属の最新型技術はどうだ? 船に使えば貿易に役立つぞ。他国が追い付くにはあと30年はかかる、私たちで海を独占しようじゃないか」

「……ステラ皇女を、どう扱うつもりですか?」

「言えない。まあ既に察しているだろうが、およそ人道的な扱いはしないよ。しかし実験に目途が付けば解放するし、その際には身体は傷一つ無く戻す。サービスで実験中の記憶も消してやろう。私は日本(きみたち)を尊重しているからね、それくらいの配慮はする」

 

 日本を、正確には《天譴》をアイランズは大いに尊重しようとしている。ステラ・ヴァーミリオンは新人類の母体とするために尊厳を破壊し尽くすし、身体をバラして内臓の一片一片まで調べるが、それでもアイランズの卓越した水魔術があれば死にはしない。死ねないとも言えるが。

 

「折角だからついでに本音を言うがね、私はコレを()()()()()()だと思っているよ。一人が20年を捧げれば、一国を救える。ほとんど慈善事業だ」

「…………倫理に反する行いです」

「ハッ、ヴァーミリオン皇国の馬鹿共も今の君と同じ顔をした。そして猿知恵を働かせて、狂言誘拐染みた真似をしでかした。あの国に助ける価値などあるか? 治癒能力者を多数用意していたとはいえ、絶対では無い。黒鉄家の人間が助かったのはただの運だ。あの国は、自国の皇女を救うためなら他国の重鎮が死んでも構わんとさ。呆れ果てたゴミカス共だ」

 

 そう言って、アイランズはソファにもたれ掛かる。

 

 カール・アイランズの眼から見ても、今回の事変は想定外だった。

 ただ単に、ステラ・ヴァーミリオンの身柄だけ寄越してくれればよかったのだ。彼女が戦死してしまっては困るなと考え、事前に確保しておこうと欲を出しただけ。まさかヴァーミリオン皇国があそこまで強硬にステラの引き渡しを拒むとは思いもしなかった。

 

 開戦の良い口実が出来ただけまだ良かったが、あんな猿知恵でアイランズの眼を欺けると考えた事自体が許し難い侮辱だ。滅んだとしても当然の報いである。

 

「倫理、倫理ねぇ。なら、ヴァーミリオン皇国は滅ぶ事になるな。あそこはバルト三国に近い、ロシアが心底欲しがっている。古いジョークだが、皇国民はシベリアで樹を切る事になるだろうねぇ。もしくはウチの《超人》が国土ごと(なら)してやってもいい」

「……ッ、日本の黒鉄家が、《同盟》寄りの新政権を立てようと」

「知っている。が、《同盟》には要らんな。陣取りゲームは早い物勝ちだ、貴国も別の場所を押さえるといい。ああ、そうそう。日本に東南アジアを取られて、実は中国は内心不快に思っているぞ。我々アメリカがインドを譲り、彼らの機嫌を取ってやったが……貴国が我々と()()()したくないなら、余計なお世話だったかな? あの国と正面からやり合いたいなら好きにすると良い」

 

 そう言い放つアイランズに対し、月影は顔を歪める。

 硬軟織り交ぜた、習熟した交渉術に押された……以上に、手札の数の違いを感じたからだ。月影が日本全土を統括する怪物的政治家であると同時に、カール・アイランズはアメリカ全土に根を張る黒幕(フィクサー)であり、軍事技術を数十年進歩させた絶世の科学者である。

 

 生きている年数も、費やして来た年数も違う。政治家である月影と科学者であるアイランズでは、本来月影の方が交渉事では優位に立てるはずだが、年季と国力の差がそれを逆転させていた。

 

「なに、冗談だとも。そもそも今回の騒動において、我々は日本に迷惑をかけた側だ。それで何か脅すようなことを言える程、私は厚顔無恥では無いよ」

 

 そう言って、アイランズが手を振る。

 手札の数はアメリカが上だが、質は日本が上だ。月影獏牙が後先考え無くなれば、《天譴》という魔剣が無制限に振るわれかねない、とアイランズは考えている。伐刀者に依存し脆くなった日本は数十年後に滅びるだろうが、標的にされた国が燃え尽きる方が早い。

 

「それで、協力してくれるという事で良いのかね? さっきも言った通り、礼には生体金属関連の技術でどうだ。アメリカ以外は再現に成功していない、国家ぐるみで秘匿している技術だが……友好国への技術供与の名目で正式に伝授する、大手を振って使えるぞ」

「……私は、……いえ」

「…………?」

 

 口ごもる月影に、アイランズが首を傾げる。

 

 正直に言って、今回日本が見せた手腕には驚かされた。

 完全に隠蔽したはずの痕跡を見つけ出して来た情報収集力。そしてそこからアメリカの関与、及び真の狙いを見抜いた推理力。そしてそれらを利用し、本来なら『何も無かった』と誤魔化すか、なんなら『《超人》が貴国の人員を救助した』と恩を着せるつもりだった盤面に介入し、貸しを押し付け技術を奪い取っていく政治力。そのどれもが群を抜いていた。

 

 苦々しいが、生体金属辺りの有力な技術を渡して借りを清算するしかない。そう思っていたのだが、何か突然歯切れが悪くなった。そう内心思いつつ、それならばと言葉を続ける。手札は温存できるに越したことは無いのだ。

 

「……不満かね? なら逆に、お互い『干渉しない』という筋書きで行こう。互いに貸し借り無し、という事で。ただ我々が余計な口を突っ込んでしまったのも事実だから、何か格落ちの技術を……そうだな、鉄鋼の精製法を贈るということでどうだろう。ウチではもう時代遅れだが、それでも他国よりは数年先の技術だ。多少は役に立つ」

「……ッ。いえ、ステラ・ヴァーミリオン氏の扱いを、私は……」

「まあまあ、そういう下らない話は良いから。貴国は『何も知らなかった』。遠いヴァーミリオン皇国で何が起きようが、知る由も無い。お互い協力もしないが、敵対もしない。それでどうだね」

 

 そうにこやかに語るアイランズに対し、月影は内心で歯噛みをした。

 

 教育者としての自分が、最適な判断を邪魔している。それが分かるのだ。

 婦人の仁という物だ。ここでヴァーミリオン皇国に情けを掛けて何になる。アメリカからの心証を悪化させるだけだ。日本の国益を追求する事が【暁計画】の至上目的であるはずなのに。

 

 何故、今になってこんな弱い自分が出て来る。

 

「……破格の提案ですが、お受けできません。現地の黒鉄一輝氏は、我が国が誇る最高峰の騎士であり、ステラ皇女の恋人です。若さとは時折暴走する物で、私の声が届かない可能性があるかと」

「ああ……成程ね。Mr.月影がこの会談を開いた理由がやっと分かった。OK、互いに弱みがあるようで何より。向こうでその黒鉄氏が()()()()()()関知しないと誓おう。エイブラハムと戦おうが、出来れば命だけは取らないよう伝えておこう」

「ええ……互いに、遠い異国の事です。現地の混乱から、不測の事態も起こるでしょう」

「その通りだ。よしよし、安く済んで何より。日本の寛大な心に感謝しようじゃないか」

 

 苦々しい顔で、月影は己に課した最低条件のみを達成した。

 黒鉄家は日本を代表する名家であり、そして高位伐刀者は基本的に政治による制御が利きにくい。黒鉄一輝が《超人》に戦闘を仕掛ける可能性は大いにあり、それによりアメリカとの関係が悪化する事だけは事前に防いでおく必要があった。

 

「(……最低限、互いの不干渉は約束出来た。後は向こう次第です)」

 

 ステラ・ヴァーミリオンへの態度を、結局月影獏牙は決めきれなかった。

 彼女を救おうとする事も、切り捨てる事も出来なかった。倫理と国益を天秤にかけ、秤はどちらにも振り切れなかった。

 

「(成果はアメリカとの微弱な関係良化。結局、技術供与の話は立ち消えになりましたが……ダメですね、どうにも調子が悪い)」

 

 そう月影が内心でこぼす中、画面越しのアイランズが深く煙を吐き出した。

 

「では。無駄な儀礼は好まんので、これにて。有意義な会合だった、日本にもいい政治家(ステイツマン)が居るものだ」

「……ええ。アイランズ氏にそう覚えていただければ光栄です」

 

 ブツリ、と映像が切れる。

 無駄話を好まないアイランズ・カーターが本題のみを話して消えたため、経過した時間は十数分程度。しかし月影の肩には、それ以上の疲れが重くのしかかっていた。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「いや~~~、疲れたー。グアちゃんただいまー。ゴハン足りてたっすか?」

「足りた。他の部下どものエサやりもこっちでやってる。飼い主はさっさと風呂入って寝ろ」

「おお、スーパーイグアナ……」

 

 都心の何の変哲も無い、しかしよく見れば異様なほどセキュリティが厳重なマンション。

 その一室まで辿り着き、私はくたびれた身体をなんとか玄関まで滑り込ませる。

 

「その調子で私のごはんも作ってくれると嬉しいんすけど……」

「カップラーメンがあるぞ、食え」

「んんん」

 

 いやー、今日も大変だった。異能の遠距離行使は脳がくたびれる。虫を飼育して、その虫を通してまた別の虫を使役して……って要領で異能の(ライン)を繋げていくのが面倒なのだが、元《傀儡王》が仲間になってこれでもだいぶ楽になった。砂漠傭兵の人も今は東南アジアに行ってるし、つくづく《エキシビジョン》の恩恵は大きかったな。

 

「はい、グアちゃんどいてー……。TV点けるっす」

 

 ニュースを見ながら、あらかじめ買っておいたコンビニのサラダと共にソファに沈み込む。

 なんで私、こんなくたびれたOLみたいな生活してるんだろう。総理の側近なんて超エリートのはずなのに。あとまだ17歳なのに。おかしいと思いませんか? あなた?

 

 そう思いながら、部屋の壁一面に埋め込まれたモニターを一斉に起動していく。

 7割がアニメ、2.5割がYoutube、残りの0.5割がニュースだ。音の洪水が部屋に溢れかえるが、虫相手に話す時ほどじゃない。十分に聞き分けられる。

 

「………………」

 

 パスタサラダを食べながら、二倍速で鑑賞。

 グアちゃんは最初だけ文句を言っていたが、その後何を言っても無駄だと分かったのか、この時間はふて寝するようになった。『この見方で何が面白いのか分からん』と言っていたけど、私だって分からないんだから無茶言わないで欲しい。

 

「……ん、これ先輩が言ってたやつかぁ。なるほど、コレが元ネタだったんすね……」

 

 先輩と話を合わせる為だけに見ているので、特に面白いとかそういう感情は湧かない。こう来たらこう返せばいいんだ、と学習するだけだ。百人一首やカルタに近い。やった事無いけど。両親がもうちょっとマトモだったらなぁ。幼い頃からTV見られてたら、もうちょっと見る量が少なくて済んだのに。

 

「……なぁ、おい」

「んー? 今の私の脳味噌は2割で稼働してるっすよー。それでも良ければどうぞ」

 

 グアちゃんが声をかけて来たので、上の空で返事を返す。

 珍しい。これやってる時はいつも耳閉じて寝てるのに。何かあったかな? 部下が死んだ? それとも餌を新しい味に変えてくれって相談?

 

「……お前、甘木とのデートの約束どうなったんだよ」

「えー?」

 

 そのどれでも無かったらしい。

 ニコニコと表情筋を吊り上げながら、平然とした声音で返す。

 

「あー、グアちゃんに話しましたっけ。まあちょっと忙しいんで、しばらくは無理っすかね~」

「しばらく? じゃあ何時やるんだよ」

「うお、上司の詰め方……。まあじゃあ、今度誘ってみるっすよ」

「今度じゃねえ、今だ。今誘え。どうせ何時までもズルズルと引き延ばすだろ」

「ひえー。許してくださいイグアナ先輩、お助けっす」

 

 グアちゃんは怒ってるっぽい? コレも珍しい。でも別に、何か彼に譲歩出来るわけじゃない。じゃあヘラヘラして誤魔化すのが最適解かな。インプットの時間は貴重だから、これ以上脳のリソースは割きたくないし。

 

「……お前なぁ。もう西京のやつはデートしたんだぞ」

「知ってるっすよ?」

 

 知ってるよ。

 でもそれが何? デートの練習とか、冗談に決まってるじゃん。本気にしてた? 何の練習にもならないよ、私とやっても。何にも知らないもん。

 

「先輩はちゃんとリード出来てたっすかね~……いや、今の無し。魚に向かって『空が飛べたらよかったのにね~』って言うくらい残酷な行為だったっす」

「…………」

 

 ニコニコ、ニコニコ。

 笑顔というのは実に良い物だ。バカっぽく見えるという事が、今までの私を幾度となく生き延びさせてくれた。

 

「甘木の周りにメスが群がってきてるんだぞ、何もしなくていいのか」

「野生だなぁ……どうにもしないっすよ。私と先輩はそんなんじゃないですって」

「お前が最初に見つけたんだ。落ちた生肉と同じだ、本来ならお前の物だった」

「先輩は生肉じゃないし、私は食指が動かなかった。じゃあやっぱり他の人の物っす」

「…………」

 

 グアちゃんはむっつりとした顔で黙り込んだ。これはよくある事。餌がマズかった時とか、こんな顔でこっちに圧を掛けて来る。今はちょっと別の理由だろうけど。私は私で忙しいから、あまり話しかけないで欲しいんだけどな。ネットミームは移り変わりが激しいんだから。先輩は割とニッチなの拾ってくるし。

 

「……飼い主。真面目な話をしてる。その態度やめろ」

「んー……嫌っす。グアちゃん、嫌な事話すつもりでしょ」

「その通り。だが必要な事だ」 

「人生には無駄な事があった方が楽しいっすよ」

 

 多分。知らないけど、どこかの哲学者がそんな事言ってそうじゃない?

 

「甘木が別の奴に取られるぞ。良いのか」

「いやー、ヒロインレースも白熱してきたっすねぇ。誰がこの混戦を制するのか」

「話を合わせる為だけにこんなアホなこと毎日しやがって。本気でこのままでいいのか」

「なんすか、怒ってるんすか? 遮音ケージ買ってあげたじゃないっすか」

 

 脳の2割で相手するって言ったでしょ。

 グアちゃんが何を言いたいかは分かるけど、本当に余計なお世話。価値観の押し付けはケンカのもとだよ。

 

「……飼い主。真面目に聞け」

「ひぃ~っ、ごめんなさいっす。心を入れ替えるっす」

「お前の事を思って言ってるんだ」

「言う自由もあれば、聞かない自由もある。そういう事っすよね……」

 

 

「良い加減にしろよ。甘木の事が好きなんじゃないのか」

 

「だから。違うって言ってるでしょ」

 

 

 モニターを消した。

 無音になった部屋に、私の声だけが低く響く。

 

「邪魔しないで? わたし、いま、テレビを見てるの。仕事をして、疲れて帰ってきてるの。これ以上疲れさせないで欲しいの」

「……いや。何回でも言う。お前は、さっさと甘木に告白しろ」

「だから、それ言うのもうやめて?」

 

 ずっとずっとずっと、失礼な事を言わないで欲しい。

 私じゃない。先輩に失礼だ。

 

「グアちゃん。言動に気を付けてね? わたし、君の知性を奪う事だって出来るんだけど」

 

 そう脅しをかけてみる。私が与えた知能は年月に比して徐々に馴染み、成長していく。グアちゃんは10年以上《飼育》してきた相棒で、今や私の異能を一部代替出来るまで伸びている。だからこれはあくまでただの脅しだが、それでも最近グアちゃんの態度は目に余る。

 

「ハッ、やるならやれよ。むしろ気楽だね、目の前の羽虫を追っかけるだけの生き方もオツなもんじゃねぇか」

「……ふぅん。ペットとの上下関係には、気を付けて来たつもりなんだけど。どこで失敗したかな」

 

 生まれて来た時から。なんてね。

 

「良いさ。どんな形でも命は命で、知恵はあれば嬉しいだけのアクセサリーだ。好きにしたらいい。だが、それならせめて冥途の土産に本音を喋れ。お前、いい加減にしろよ。まず認めろ、お前は甘木の事が好きだ」

「だからさぁ」

「じゃあ良い、更に譲歩して仮定の話にしてやる。もしもお前が甘木を好きだとしたら、と想像して話してみろ。それくらいなら良いだろ」

「……最初は、ただの冗談だったんだけど。私いま、ホントにグアちゃんの事初期化するつもりだよ? すぐに撤回するなら許してあげる」

 

 賢いペットは凄く貴重。特にグアちゃんは、魔力を感覚的に理解してるほど優れたペット。だからホントはしたくないけど、これ以上馬鹿にされたらもう許しておけない。ただのイグアナに戻して、今度は一から良い子にしつけなきゃ。

 

「良い。柄でも無いが、お前に最後のご奉公ってやつをしてやる。だから、頼む」

「……ふぅん。良いよ、お願い聞いてあげる」

 

 決めた。頼みを聞いて、本当に初期化しよう。

 友達ってやっぱり居なくなる物なのね。アニメでは色々見て来たけど、自分で体験するのは初めて。グアちゃんしか友達が居ないから、これが最初で最後になるのかな?

 

「まずは、俺に続いて復唱しろ。私は甘木悠の事が好きです」

「あんまり嫌な事言いたくないんだけど」

「良いから」

「……私は、甘木悠の事が好きです」

「愛しています」

「愛しています」

 

 何これ?

 グアちゃん、実はとうとう気が狂ったのかな。《飼育》の異能にバグ発見、10年以上の飼育で知能が退化する欠陥が判明。

 

「チッ……じゃあ次だ。お前が毎日、こんなアホみたいな事してるのは何のためだ」

「こんな……って、この倍速視聴のこと? それは当然、先輩に話を合わせるためだけど」

「じゃあそれは何のためだ」

「何って、【暁計画】のためじゃん。私の役目は先輩の情報収集なんだから、仲良くしないと」

「違う。お前は今、甘木の事が好きだ。そういう仮定で話せ」

 

 何だそれ、面倒だなぁ。

 もう初期化しちゃおうかな、と少し思ったりするけど……まあいいや。10年付き合って貰ったんだ、その数万分の一くらい返しておこう。どうせその程度、簡単に演算出来る。真偽のつけようもない、適当な事を言えば良いだろう。

 

「……じゃあ、先輩が笑うと嬉しいから」

「なぜ嬉しい?」

「えーっと……実は、笑顔が可愛い。目尻がすこしクシャッとして、柴犬にちょっと似てる」

 

 先輩の顔は普通だけど、あの笑顔は中々いい。愛嬌がある。犬は懐かれると辛いから飼育してこなかったけど、ペットショップ越しにいつも眺めていた。あの時見た犬を思い出す笑顔だ。というか、先輩自体が少し犬に似ているのかもしれない。からかうとクゥンと鳴く所とか。

 

「よし。じゃあ次だ」

「……ねえ、これ終わりはいつなの?」

「満足したら終わる。最期の頼みなんだ、そのくらい付き合え」

「えー、嫌。寝る時間になったらもう終わりにするからね。それまでに謝ったら許してあげる」

 

 今日のグアちゃんは初めて見るタイプの絡み方をしてくるな。

 いつもは『今日のエサは~』云々の品評しかしないのに、いつになく真剣な顔をしている。何かに似ていると思ったら、大手術に臨む前の医者の顔だ。

 昔、訓練中にリンチで四肢を全て逆向きに折られ、内臓もいくつか破裂していた時、私を見た医師が同じ顔をしていた。服毒訓練を積んでいたせいで薬が効かず、結局麻酔なしで手術することになった。アレは痛かったな。あれ以来、人混みにいると恐怖で吐きそうになる。

 

 そんな益体も無い事を回想していると、グアちゃんがまた質問を投げかけて来る。

 

「甘木を好きな理由を言ってみろ」

「だから「仮定だっつったろ」んぅ……。じゃあ、性格」

「どこが好きだ」

「……凄く、普通なところ。愛されて育ったんだなって分かるとこ。純朴で、ちょっとからかうと慌ててるとこ。優しいところ」

 

 先輩のお母さんには一度出会った事がある。朗らかで明るい、すごく良い人だった。ああいう人に育てて貰ったからだろう、先輩にもその人の善さが受け継がれている。困ってる人が居たら、慌ててキョロキョロしながら助けに行ったり。転んだ人が居たら反射的に駆けよって、その後でどうすればいいかわからずおどおどしたり。そういう不器用な善意が先輩にはあるのだ。

 

「好きなしぐさと理由」

「……私がからかったら慌てる所。話しかけられると嬉しそうにする所。わざと隙を見せると、さり気なく確認してくるところ。『意識されてるんだな』って分かって、脳がビリビリするくらい幸せになる。先輩の中では普通の女子で居られてるんだって、そう思えるから好き」

「"普通の女子で"、ってのは?」

「ホントは違うから。だから嬉しい」

 

 小学校も中学校も通ったことが無い。全てが演技で、本当の事なんて一つも無い。

 親が私をロッカーに入れた時の事を覚えている。暑くて苦しくて、叫んで助けを呼ばなきゃ死ぬって思って、近くに人が来るタイミングを必死で計ってた。ちょっとでも寝たら、もう起きられないと分かってた。

 

 生まれた時から私は、何かを忘れるという事が無い。胎児の頃から、全てを鮮明に覚えている。

 何一つ忘れられない。初めて人を殺した時とか、死体を見て吐いた事とか、厳しい訓練とか、もう居なくなった同期の笑顔とか。院長の首を絞める感覚も、お父さんとお母さんの腸を引き摺り出した時の喜びも。一度だって忘れた事は無い。

 

 でもこれらの事を、どうしてだろうか、先輩の隣では思い出さずにいられる。

 

 あの人が照れたように笑うと、周りがパッと明るくなる。不思議と呼吸が深く出来るようになって、言いようのない嬉しさで脳がぐずぐずに蕩けてしまう。何一つ表には出していないけど。

 

「良い傾向だ。じゃあ、嫌いな所は」

「……一杯ある。人のスカートをジロジロ見るのはデリカシーが無い。最近マシになったけど、前は会話がもっと酷かった。ちょっと人でなしな所があって、地雷を無自覚に踏みまくる。ネットの情報を割とすぐ鵜呑みにする。人には自分の好きな物を勧めるくせに、他人から同じ事されてもやらない」

「直してほしいか?」

「ん……別に? そのままでいた方が嬉しい、かも」

 

 先輩の欠点は山ほどあるが、別にわざわざ怒るほどの事でもない。あと先輩の愚かな部分や失敗は、見ていると心が温かくなる。微笑ましいのだ。ならばあの程度は愛嬌の範疇だろう。完璧な人間というのも味気がない、とよく聞く。それに先輩の人間性がこれ以上向上すれば、私が隣に立ってからかえなくなってしまう。

 

「順調だな。もう一度復唱しろ。私は、甘木悠の事が大好きです」

「……私は、甘木悠の事が大好きです」

「よしよし」

 

 そう言って、グアちゃんはうんうんと満足げにうなずく。

 何なのだ。さっきと一体何が違うと言うのか。

 

「将来はカウンセラーにでもなるかね……それじゃ、次の質問。飼い主。お前、前にIF(もしも)の話が好きだって言ったよな?」

「……よく覚えてるっすね」

「あの顔する飼い主は珍しいからな。それで、想像してるのは()()()()()だ」

「え」

 

 それは。

 

「……………ええ、っと」

「正直に言え」

 

 この程度、本来なら言葉に詰まるような質問ではない。嘘をつけばいい、私の一番の得意技なのだから。演技と共に、軽く流してしまえるような質問だ。

 

 しかし。

 

 今までの質問で、私は知らず知らず心が()()()()に寄って行ってしまったらしく。

 

「え。なに、これ」

「良い。そのまま言え」 

 

 ボロ、と涙が急に溢れ出した。

 築き上げようとした嘘が脆く崩れ落ち。私の声は、ことのほか震えていた。

 

 

 

「…………先輩が、私を受け入れてくれる夢」

 

 

 

 深い夜が、窓ガラスの向こうに広がっている。黒々としたガラスに反射して、私が映っている。あまりに黒くて、自分で自分の顔が分からない。

 

「…………。どんな夢だ」

「わ、たし、が……全部、先輩に言って。スパイだった事とか、先輩を利用するために近づいた事とか。性格がひねくれて捻じ曲がっていて、良い所なんて一つも無い人間である事とか。全部、先輩に正直に打ち明けて。先輩が、『それでも良い』って、私を抱きしめてくれる夢」

 

 頬が熱い。 

 視界が潤み、声は私の制御を離れて弱々しく震える。しゃくりあげ、まともに喋れない。

 

 嘘を吐いている。私は嘘を吐いている。そう脳内で繰り返す。そんな事は考えた事も無い。一度も無い。私は期待していない。私は全てを諦めている。私は何も望んでいない。だから、私は傷付かない。産まれてからずっと、傷付いた事なんてない。

 

「……いい夢じゃねえか。なんで"もしも"なんて予防線を張る」

「かな、かなう、叶う訳、無いから。先輩は、あ、愛されて育ったから。私とは違うから。幸せに生きられる人だから。ほんとうのことを言って、嫌われたくない」

 

 そうなったら、私はもう耐えられない。寒さの後に暖かさを得て、そしてもう一度奪われることは何より耐え難い。薄汚れた本性を、惨めな生まれを、呪われた半生を、あの人にだけは見られたくない。軽蔑されたくない。

 

「わた、わたしからも質問。もし、もしも、すごく嘘つきの女の子が、誰かへ利用するために近づいたとして。それで、その人の事が好きになってしまったとして。それで、()()()()()()()()()()()()()()()()。そんなの、許されると思う? その女の子は、それで幸せになれると思う?」

「…………………成程ね」

 

 グアちゃんが黙り込む。

 くそ、畜生。このクソッタレのアホトカゲめ。さっさと《異能》を解いてやればよかった。いやそもそも、ゴミ捨て場で拾ってこなければ良かった。私なんて生まれて来なければ良かった。

 

「だ……、だから、もしもで良いの。もしもが良いの。もしかしたら、先輩は『なんだそんな事か』と笑ってくれるかもしれない。もしかしたら、私は、ちゃんと、普通のおかあさんになれたのかもしれない。そう考えれば、それだけで、もう十分幸せになれるから」

 

 先輩に、想像の中の私はこう訴える。

 先輩、私は人を殺した事があります。親を殺しました。育ての親も殺しました。誰もかれも私を見捨て、誰一人として私を愛そうとしなかったから。

 

 私は人を妬みます。恨みます。私は、私より幸せな人間全てが嫌いです。醜い性根をしており、性格は打算と謀略で腐りきっています。産まれてきたときはこうでなかったはずなのに、いつの間にかこんな人間になってしまいました。いえ、元々こうだったのかもしれません。だから両親は私を捨てたのかも。

 

 それでも、貴方と居る時だけは、自分がちょっとマシな人間になった気がするんです。貴方は何一つ気付いていないでしょうが、傍に居る内に少しずつ、私はあなたに救われて来たんです。お願いです、どうか私と一生一緒に居てください。貴方の傍でしか、私はうまく息を吸えないんです。

 

 先輩は優しく笑って、私を抱きしめる。

 私は生まれて初めて嬉しさが理由で泣き、今までの不幸は全てこれへの帳尻合わせだったのだと心から信じられるようになる。母親になって、やっと"普通の家庭"を手に入れて、もう死んでも良いと思うくらいに幸せになる。

 

 そういう夢だ。

 これを私が実行することは生涯無い。こんな事が起きる訳が無いからだ。

 

 だが試さなければ、可能性は存在し続ける。"もしかしたら幸せになれたのかも"と思うだけで、私はこれからの人生も笑って歩いてゆけるだろう。

 

「……先輩と私は釣り合わない。釣り合う訳が無い。今、隣で喋って、先輩が笑うたびに、私はずっと、忘れないように深く深く記憶してる。でも、それもあと少しで終わる。先輩が卒業するまではって思ってたけど、世の中の女性は私が思うより目が高かった。先輩の隣を、誰か別の相応しい人が歩くようになる。そうなったらもう終わりなの」

 

 あまりに幸せだったから、永遠に続くような気がしていた。

 必死に堤防を作って、終わりを考えないようにしていた。グアちゃんの馬鹿がそれを壊してしまったから、もう口から流れ出る言葉が止まらない。

 

「……質問、私から勝手に答えるわ。私は、私の顔が嫌い。両親によく似ているから」

 

 私を捨てた両親。下らない半グレと、それに引っ掛かった水商売の女。彼らの特徴を、私は色濃く受け継いでいる。その腐った血も。

 

「口調が嫌い。父親の物が移ってしまったから」

 

 『やべぇ~、これ入ったのギリだったっすね』。『良いから行くよ。見つかったらどうするの』。それが最後の記憶。寂しくて寂しくて、それだけを何度もリピートした。まだ言葉も話せない口と頭で、どう言えば戻ってきてもらえるのか考え続けた。そのうちに、この軽薄な口調が染みついてしまった。

 

伐刀者(院長)が嫌い。私を虐めたから。非伐刀者(両親)も嫌い。私を捨てたから。人を絞め殺したこの手が嫌い。血だまりを踏みしめた脚が嫌い。返り血を浴びた身体が嫌い。腐った私の心が嫌い。人が嫌い、政治家が嫌い、民衆が嫌い。産まれてきてこの方、誰かを好きになった事なんて一回も無い」

 

 そう、そうだ。

 期待して裏切られることは、最初から何も持っていないより遥かに辛い。先輩が私を好きになる事など無いと分かっている。それでも、誰かに愛して欲しいと思う心を捨てきれないでいる。いや、持ってなどいない。私は何一つ期待していない。

 

「先輩も嫌い。優しい所が嫌い。笑うと可愛い所が嫌い。愛されて育ったところが嫌い。隣に居ると、自分が普通の女の子になったような気にさせる所が嫌い。何もかもが嫌い。私はちゃんと、全部諦めてたはずなのに。それを忘れさせた先輩が、世界で一番嫌い」

 

 嘘だ。

 私は嘘を吐いている。

 

 何が嘘なのかは分からない。産まれてこの方、私にほんとうの事など何一つ無かった。両親に捨てられ、孤児院に引き取られ、売国奴の院長によって過酷な訓練を課せられてきた。任務の中で瀕死の重傷を負った事など何度もある。逃げ込んだゴミ捨て場で、捨てられていた一匹のイグアナに出会わなければ。もしくは、逃げ場として定めた政治家の選定をしくじれば。私など既に土に埋められていた。

 

 愛されて生きてきた先輩と並ぶべくもない、軽く、そして穢れた命だ。

 だからこそ、少し傍に居られただけで、もう十分だと思っていたのに。

 

 涙を拭く。いや、最初から泣いてなどいない。今までの言葉は全て嘘で、私と先輩の間に何一つ特別な物など存在しない。そんな失礼な事を言っては、彼に申し訳ない。

 

「グアちゃん、ありがとね。私のこと、ちゃんと考えてくれたんだね」

「……チッ。今の会話録音して甘木に送りゃァ良かった。幸せになろうとしねぇ奴が一番始末が悪い。生きるのが下手なアホを飼い主に選んじまった。俺らしくもねぇミスチョイスだ」

「おやすみ。大丈夫、消すのは一日だけにするから」

 

 グアちゃんの頭を軽く撫でる。

 《飼育》剥奪なんてするわけが無い。その必要も無い。与えた知性が成長したという事は、同時に私の異能が身体に馴染み切ったという事でもある。一日分の記憶を"与えた知性の一部"として回収するなど、造作も無い事だ。

 

「ん……あと30分は見れそうかな。最近の先輩はYoutuberがキテるっすからねぇ~。ちゃんと予習しとかないと」

 

 TVを再生する。先輩と話すためだ。彼に微笑んでもらうため。

 違う。【暁計画】の忠実な駒として、先輩を篭絡するためだ。私は、そのための努力を毎日頑張っている。

 

「………ごめんね」

 

 誰に、とも分からずそう呟く。

 グアちゃんに。もしくは、誰からも愛されたことが無い惨めな赤ちゃんに。

 

 何も期待していない。私は元気で明るく、"先輩が可愛いと思う女の子"の姿を保てている。

 

 そういう事になった。

 そういう事になったので、後は全部大丈夫です。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

(政府の)犬です、よろしくお願いします(作者:TE勢残党)(原作:魔法科高校の劣等生)

なお調整体なのでそれ以外の人生は存在しない模様。▼魔法科特有のクソみたいな民度と世界情勢の中を楽しく生き足掻こう。▼12/18追記:世界一位様より「榊創一朗」「榊白巳」ふたりの支援絵を頂きました。毎度ありがとうございます。▼【挿絵表示】▼ ▼【挿絵表示】▼5/6追記:柿乃 藻屑様より支援絵をいただきました。ありがとうございます。▼【挿絵表示】▼【挿絵表示】▼…


総合評価:32199/評価:8.93/連載:119話/更新日時:2026年07月17日(金) 07:03 小説情報

魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話(作者:考える人)(オリジナルファンタジー/コメディ)

 中学三年の夏、ごくごく一般的な少年である渡谷(わたがや) 雪春(ゆきはる)は、怪しい男の勧誘を受け、まるでフィクションのような世界――魔法や異能が存在する世界へと飛び込むことになる。異能を学ぶ学園に入学した雪春が望むのは、もちろん漫画やラノベの主人公のような存在になること。夢にまで見た世界が実在していたことで、浮かれ切った雪春はそうなれると信じて疑わなかっ…


総合評価:35685/評価:9.06/連載:107話/更新日時:2026年07月19日(日) 18:02 小説情報

石流龍(石流龍じゃない)の肉体を手に入れた(作者:和尚我津)(原作:呪術廻戦)

呪術廻戦の人類側噛ませ犬代表の、仙台藩の『大砲』こと石流龍(石流龍じゃない)に転生した男が、噛ませ犬の汚名を返上するために両面宿儺に挑む。▼


総合評価:32539/評価:9.2/完結:27話/更新日時:2026年03月05日(木) 21:05 小説情報

ワイ「やろうと思えば何でもできる不思議パワーが使える種族に転生したから色んなモノ模倣してみるわ」(作者:rikka)(原作:葬送のフリーレン)

目が覚めたら身体が小さくなっていた▼目が覚めたら頭に角が生えていた▼目が覚めたら『魔法』が使えるようになっていた


総合評価:36470/評価:8.8/連載:38話/更新日時:2026年07月07日(火) 19:20 小説情報

ようこそ超能力者のいる教室へ -1年生編-(作者:オールF)(原作:ようこそ実力至上主義の教室へ)

母の善意からPK学園ではなく、高度育成高等学校に入学した斉木楠雄が教師や先輩の無意識のテレパシーで、数々のネタバレを喰らいながらも平穏に学園生活を送ることを目指す話。


総合評価:17182/評価:9.02/連載:121話/更新日時:2026年07月20日(月) 00:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>