落第騎士の英雄譚 意識低い系風味 作:一般落第騎士
ヴァーミリオン皇国の暴挙を切っ掛けに始まった、【第三次世界大戦】。
《
《連盟》と《同盟》、どちらが世界の覇権を握るのか。
旧弊を廃し、新秩序を築き上げるのはどちらの陣営なのか。
「フン、当然だな」
モニターに映る戦況情報を眺めながら、カール・アイランズはそう誇らしげに呟いた。
「そもそも国力の開きが圧倒的だ。《連盟》は伐刀者の質で我々を上回っていたが、それも過去の話。《黒騎士》も《カンピオーネ》も消え、最大の障害となったであろう日本はこちらへ鞍替え。残っている有力な伐刀者は……そうだな。連盟のトップ、《白髭公》アーサー・ブライトくらいのものか。彼も老いぼれ、恐るるに足りん」
戦況はおおむね彼の予想通りである。
極まった伐刀者は、ただ一人で万軍を上回る。たった一人の伐刀者を倒すためだけに、鍛え抜かれた兵士や高価な戦車、戦闘機を湯水のように使い捨てなくてはならない。費用対効果は地の底。だからこそ、今までアメリカは覇権国家となる事を望みながらも《連盟》に手を出せずにいた。
今は違う。
《天譴》が《黒騎士》と《カンピオーネ》を弑し、《
「この混沌とした世界情勢の中、唯一安穏として平和を貪っているのが日本だが……それも構わん。奴らは既に"戦功"を挙げた。後は消化試合だ、対価としての平和を享受するが良いさ」
革張りの椅子に深く沈み込み、アイランズが葉巻をくゆらせる。
アメリカ政財界の
「……それよりも、ヴァーミリオンだ。エイブを送り込んでもう一週間になるぞ」
そんな"些事"より、アイランズにとっての関心はヴァーミリオン皇国にある。
世界最大の魔力量を持つ、《紅蓮の皇女》ステラ・ヴァーミリオン。新人類の母体。彼女を捕獲するために《超人》エイブラハムを送り込んだのだが、その進捗が芳しくないのだ。
黒鉄一輝、王馬、珠雫、ステラ。この4人の所在が未だに掴めない。万能たる《超人》には考えられない失態だ。相手の戦力評価を考え直す必要がある。もしくは既にヴァーミリオン皇国側に接触し、匿われているか。どちらにせよ、何か手を打つ必要があるだろう。
「そうだな……せっかく戦況も順調なのだ、あと10人出すか。おい、エイブラハム」
「どうした」
アイランズが指を鳴らすと、背後に瘦身長躯の男が現れる。
黒いコートに目元を隠すバイザー。現在ヴァーミリオン皇国に居るはずの《超人》、エイブラハム・カーターがそこに立っていた。
「出撃命令だ。No.170からNo.180をヴァーミリオン皇国に送る。任務はNo.145の援護だ」
「承知した。No.170代後半は未だ培養槽だが、
「その予定だ。現地ではNo.145の指示に従えば良い、たいした思考能力は要らん」
「理解した。今《
培養。促成。ナンバー。不吉な言葉を、平然と語るアイランズ。そして相手も顔色一つ変えずに返事をする。彼らにとって、それらはわざわざ口に出すまでも無い、至極当然の事だからだ。
「上手くやれよ。培養には手間がかかるんだ、高いコストを払っているだけの成果は出せ」
「ああ。『エイブラハムシリーズ』の
この研究所で、人倫を無視した"ヒトクローン"の研究が行われている事など。
エイブラハムが―――《解放軍》首魁、アダムズ・ゲーティアの
彼らにとっては常識のため、誰一人として驚いたりはしないのだ。
「……古今東西の権力者が追い求めた、『政治を理解する伐刀者』という難題に対するアメリカの回答。アダムズ・ゲーティアから採取した細胞によって製造された、伐刀者にして
「ん? ……ああ、そうだな」
言い回しに少々違和感を覚えた物の、大したことではないと思いアイランズが生返事を返す。
最もヒトを逸脱した魔人、《暴君》アダムズ・ゲーティア。エイブラハムシリーズは、彼の髪の毛から採取した細胞を基に、アイランズが己の細胞魔法によって創り上げたクローンである。
魔人の細胞、故に一切の鍛錬無しにAランク騎士相当の力量を持ち。
ヒト
《超人》エイブラハム・カーターは個として強いだけでは無い。
大量生産、大量消費。高品質、高性能。
能力こそ元の物から大幅に劣化し姿を変えたが、それでも
アメリカ合衆国の威容を体現する最優の伐刀者であるエイブラハム・カーターだが、そこには多少の欠点もある。アイランズがエイブラハムシリーズの改良を諦め、ステラ・ヴァーミリオンを軸とする新規研究に着目する原因となった欠点が。
「……エイブラハムシリーズは、傑作にして失敗作。エイブラハムたちはその成り立ちからして魔法生物に近く、自我が希薄。ヒトの精神を持たぬが故に、《
「ああ。この細胞を他人に埋め込むことも考えたが、拒絶反応が克服できず断念する事となったな。記録に残っている」
「クローンではヒトに成れない。肉体が在っても、真に復活するには条件を満たしていなかった」
「その通り……だからこそ、ステラ・ヴァーミリオンなのだ」
実験データが記されたタブレットを眺めながら、アイランズがそう呟く。彼は今、己の理想を叶えようと全神経を集中させているのだ。今の世界を改善する。優れた人類を創り上げる。神がやり残した仕事を完遂し、世界をより良く変えようと、心からの善意に突き動かされ意識を集中させている。
だから気付かない。
「生体金属の発明。医療用幹細胞の発明。新兵器の開発。難病の治療法の発見。新規水魔法の開拓、および水系自然干渉能力からの分岐異能である"細胞魔法"の発現。あらゆる分野において超一流であり、その功績は枚挙に暇がない。賞賛しよう。君は絶世の天才だ、アイランズ・カーター」
エイブラハムの口調に。
己は"エイブラハムシリーズ"では無いというような口ぶりに、違和感を覚えない。
「ただ、一つ残念なことがある。君が理系で、古典小説を読んだことが無いって事だ」
「……? 貴様、さっきから何を……」
命令を下したにも関わらず、いつまでも部屋に居座るエイブラハム。今までにない動作を見せる彼に向かって、エラーを疑ったアイランズが振り返る―――よりも早く。
「ちゃんと小説を読んでいたら分かったのに――――老科学者の末路は、
―――その腹から、血色に濡れた大剣が突き出ていた。
「……ぐ、はっ……!? きさ、ま……何を……!」
あり得ない。アイランズの脳が、腹を貫く激痛よりも先に警鐘を鳴らす。
彼の肉体は特別性であり、魔力がある限り自在に再生する事が出来る。アイランズ・カーターが誇る"細胞魔法"。刃物を突き立てられようが、本来ならば一瞬で傷口が塞がる不死身の身体であるはずなのだ。
だが。腹から突き出たその禍々しい大剣は、ただ物理的な肉体を裂いているのではない。アイランズの傷を塞ごうとする細胞の働きそのものが、暴力的な魔力で強制的に壊死されている。
「……傷が、治らな……! なぜ、ぐぉぉおおおぉ……ッ!!」
「"なぜ"だって? なぜ今こんな事を、って意味? ちょっと必要な物が在ってね、取って来れたのが今なんだ。それに遅れれば遅れる程、戦争は《同盟》が有利になっていくだろうし……」
それじゃ面白くないだろ? と、アイランズの腹を大剣で掻きまわしながらエイブラハムが呟く。元の軍人らしい口調とはかけ離れた、ニコニコとした友好的なもの。
「これは、《ブルトザオガー》、ッ……! 貴様、何者だ……!?」
血色の大剣。一度世界を滅ぼしかけた男の霊装。
己の腹から生えたそれを震える両手で掴みながら、アイランズが血走った眼で背後を睨む。射殺すような視線を涼しい顔で受け流し、青年は些細な悪戯の成功を喜ぶかのように、ゆっくりと片手でバイザーを外した。
「―――君が言ったんじゃないか、『生きてもいないし死んでもいない、生と死のあわいに居る』って。まさにその通り。いつ復活しようかなぁとずっと考えてたんだけど、いいタイミングで条件が整ったから」
金髪碧眼。無表情だった険しい顔が一変し、爽やかな笑みを浮かべている。整髪料によって固められていた髪を下ろした彼は、整った顔を持つ、万人が好意を抱くような屈託のない青年にさえ見えた。
「私は獣。七つの封印を物理的に破砕する、海から上る
アイランズの腹を貫いたまま、怪物は爽やかな笑みでそう答える。
「私は悪魔。ゴルゴタの丘で流された贖罪の血を、再び原罪の泥へと還す混沌の悪魔」
かつて世界を滅ぼしかけた怪物。死から蘇った
「ノアの箱舟の船底を穿つモノ。
エゼキエル書の幻視を現実に引き摺り降ろす預言者。
増えすぎた人類という枝を、神に代わって切り落とす
ステラ・ヴァーミリオンが、神話の怪物を―――《竜》を司る伐刀者であるように。
己もまた"そう"なのだと、青年が滔々と語り上げる。
「逆さ十字」「星を落とす
「第二の死」「沈黙」「終焉の喇叭」
一つ言葉を紡ぐたび、部屋の空間が軋みを上げる。
世界三大勢力を単独で率いていた、天性の暴君。その素養が存分に発揮され、ただ話しているだけのアイランズの精神を削り取っていく。
「―――そして。私は《
《終末》を司る、概念干渉系能力者だ」
「有り得ない……ッ!!」
アイランズの口から、どす黒い血の塊が吐き出される。傷口から広がる壊死の黒ずみは、彼が誇る細胞魔法の再生速度を凌駕していた。己の霊装である《ダーウィン》が侵食される恐ろしさに内心震えながら、アイランズがそう叫ぶ。
「私は、まだ《ブルトザオガー》に何一つ干渉していないんだぞ……ッ!? 魂を凍結されたまま、外部の肉体に干渉して制御を乗っ取ったと言うのか!? 出来るわけが無い! それが出来るなら、もっと早くに復活できていたはずだ!!」
「おお、流石に頭の回転が速い。そうなんだよ、クロガネの刀で僕は凍り付いていたはずなんだが……一人、僕と
《暴君》アダムズ・ゲーティア。
《
本来ならば。彼の魂は未だ凍り付いたままで、それを復活させようとするアイランズの企みも潰えるはずだった。しかし《天譴》甘木悠という同系統能力者と共鳴する事で、彼は目覚めてしまった。
意識を覚醒させた《暴君》は、己が霊装に宿る魂のみの生命体となった事を把握。近くに居た
ニコニコと人好きのする笑みを浮かべながら、彼は懐から一本の試験管を取り出した。
「じゃーん。見てこれ―――《天譴》甘木悠の血」
一滴を手の甲に落とし、啜るように舐める。
途端にアダムズ・ゲーティアの存在感は増し、影はより色濃くなる。存在が世界に固着されたのだと、理屈抜きにアイランズは直感した。
「『これはわたしの血である』。『すべての肉なるものの命は、その血である』。レビ記 17章14節。君が造り出した虚ろな肉体に、魂の具現である霊装。そして、神を宿した代行者の血。少々歪だが、これにて
「お、まえ……!」
「検査入院だろうが何だろうが、
段々と上手く喋れなくなり始めたアイランズをニコニコ笑って眺めながら、青年が語る。
あるいは、月影獏牙の異能による物なのかもしれない。《未来視》までは及ばずとも、何か不吉な直感を覚えたといったような。そう青年は推測するが、アイランズの抵抗を受けて途中で思考を止める。
「……おっと、自爆はやめてくれよ。異能のラインが切れるだろ。君にはこれから、僕のクローンを沢山造ってもらわないといけないんだ」
「ふ、ざけるな……! 私は、貴様の思い通りには……!」
「この身体は霊装を通して造り上げた偽物で、本体は脳だけになってイエローストーン国立公園の地下深くに存在する。カプセルに入った家屋ほどに巨大な脳ミソが本当の君だ。でしょ? ちょっと力加減を誤ると培養水ごと沸騰させそうなんだ、暴れないでくれ」
「ッ…………!!」
涼しい顔でアダムズがそう語る。
年老いていた身体が、若々しい青年の物へと戻った。それだけでも力が漲るというのに、《天譴》の血を一滴飲んでからというもの、まるで体の中に恒星が一つ産まれたかのようだ。己の能力が止め処なく拡張され続けているのが実感できる。これだけの力を持ちながら、なぜ《天譴》は道を誤ってくれなかったのかと内心で落胆する。
「ふざけるなァ……ッ!! 私は、私の頭脳は人類の未来そのものだぞ!! 私には人類皆が運命という限界を超え、この宇宙に繁栄する手段が見えているんだ!! 誰もが可能性に満ちた世界を造れる神なんだぞ、私は!! こんな、こんなところで終わっていいわけがぁぁぁあああッ……!」
「―――お前程度が神を騙るなよ。それに、終わらないさ。さっきも言ったろ? 僕のクローンを生産し続けてもらう仕事がある、って」
唐突に目の前へ現れた死の恐怖に震え、アイランズが絶叫をあげる。
魔力が侵食されている。異能のラインを通じ、アダムズ・ゲーティアの悍ましい異能が己の脳髄を掌握していく。肉体の液状化、分裂、魔法生物の召喚。ありとあらゆる抵抗が通じない。必死で組み上げた無数の細胞魔術が次々と腐り落ち、その度にアイランズの
この現象は《天譴》の、と思う間もなく―――遠く離れた脳髄の大脳皮質にまで魔力浸食が及び、アイランズの意識はそこで失われた。
「ぐ――――ぁ、…………」
「ん……ゲホッ。なるほど、こういう反動があるのか」
アイランズの意識が完全に落ちるのを見届けてから、アダムズが堪えていた血の塊を吐き出した。血管が破れ、内臓の幾つかがグチャグチャに捻じ曲げられている。力の反動が総身を押し潰そうとしているのだ。
「神に近づこうとする行為は、人類の原罪そのもの。僕は同系統能力者だからこそ即死は無いけど、《血塗れのダヴィンチ》が大会で彼を描けば酷い事になっていただろうな―――よし。他のクローンにはこうやって押し付ければ良いのか」
遠く、研究所内で培養されていた複数のクローンたちが血を吐いた。今のアダムズ・ゲーティアの本体は霊装であり、肉体は器に過ぎない。個にして群の存在となったからこそ出来る、ペナルティの回避方法だ。
「啜れ、《ブルトザオガー》」
《暴君》の霊装に血が一滴垂らされ、一瞬淡く光り輝く。
クローンが製造され続ける限り。血を呑んだ負担を分割して背負い続ける限り、彼は《天譴》の力を無制限に使う事が出来る。
「さてさて……じゃ、早速やろっか。《連盟》に肩入れして、《同盟》を崩して。あと、日本は可能な限り幸せにしてあげる。100年かけて、ゆっくりと世界を腐らせてあげよう」
総身に漲る力に任せ、アダムズが上機嫌に悠々と語る。
《終末》を司る概念系能力者、アダムズ・ゲーティア。
彼は世界の滅びを希求し、ただそれだけの為に動き続けている。かつては《解放軍》を組織し、陰から第二次世界大戦を引き起こした超級の《魔人》だ。全ては、人類の滅びを見る為だけに。
「僕が表舞台に立った後、《大英雄》黒鉄龍馬が現れた。今こうして蘇ってみれば、今度は《天譴》甘木悠が居る。こうなればいい加減学習する―――僕は
前回は焦りがあった。寿命を超越出来る《魔人》となっても、その限度はせいぜい100年程度。己の命が尽きるまでに事を成そうという焦りがあり、だからこそ《大英雄》黒鉄龍馬に己の存在を探知させる隙を産んだ。
「……でも、今は違う。僕は霊装から再誕し、クローンに乗りうつり続ければ寿命はほぼ無限だ。100年200年、幾らでも待つさ。黒鉄家と《天譴》の子孫、両方にボンクラが生まれるまでね」
そう言って、アダムズ・ゲーティアが己の霊装を構える。絶好の好機である【第三次世界大戦】の為に"仕込み"を行い、尚且つ日本には何一つ不利益を与えず、むしろ幸福にさせるように。
劣化したクローンでさえ《超能力》という万能の業を持っていたように。彼の《
世界を焼き尽くす《天譴》の焔。それを取り込んだアダムズ・ゲーティアの能力は、《天譴》の物とはまた異なる。彼は傷口を壊死させ、魔力を侵食する。ただそこに在るだけでありとあらゆる物を腐らせる、悪意の塊。それが、アダムズ・ゲーティアである。
アダムズが魔力を練り、己の剣を地面に突き立てる。
「―――私は簒奪者にして僭称者。楽園に潜む蛇の影」
詠唱。地面にじわじわと腐食が広がり、文字を描いていく。
まじないの言葉によって制御された魔力が薄く淡く広がり、日本の勢力圏を除いた世界各国を包み込んでいく。
「天の星、地の花、人の愛。眩しすぎる光こそが、漆黒の影を色濃く落とす。
《連盟》の抵抗が頑強になった。
何故か、参謀部の頭が急に冴え渡るようになったのだ。また、《解放軍》残党が数多く合流した。これから彼らは名案名策を携え、《同盟》の侵略に耐え、長く持ちこたえる事となる。だが、誰一人和平を求める事は無く―――その期間だけ、戦争が長引いた。
「さらば希望、さらば恐れ。悪よ、私の善となれ。私は災厄の中に立つ。泥濘、堕落、奇形の赤子。血塗られた
《同盟》の中で、分裂の兆しが見え始めた。
この戦争の"後"を、それぞれが考えるようになったからだ。《同盟》が覇権を築いた後、外敵を失った《同盟》は存在価値を失い崩壊する。戦争後は、個々の国同士が相争う未知の時代となるだろう。戦後の利権にばかり目が行くようになり、現場の団結は失われた。
―――精神系能力の最も恐ろしい点は。誰一人、その存在に気付けない事である。
「第七の鉢、夜霧の囁き。失楽園を今
原罪の象徴とは蛇なれば――――――《
この伐刀絶技は、日本に対しては何一つ悪影響を及ぼさない。
むしろ逆だ。周囲が長引く戦争で疲弊していく中、日本だけはぬくぬくと平和を享受し、国力を増強させる事が出来る。既に《黒騎士》と《カンピオーネ》を討ち取るという戦功を挙げている以上、《同盟》も強く参戦を求める事が出来ない。月影の政治力ならば全て跳ねのけられる範疇だ。
日本は火種ほどの戦火さえ味合わず、完璧な平穏がもたらされる。
このまま、座して見ていれば。
日本だけは平和と安穏に満ちたまま、皆が穏やかな生涯を送る事が出来る。
黒鉄一輝はステラ・ヴァーミリオンの両親を説得し、彼女を日本へ亡命させる事で守り切る。数年後には結婚式を挙げ、幸せな家庭を築く。珠雫、王馬も同様に、傷一つ負うことなく帰国する。珠雫は兄嫁と仲良くケンカしつつ、黒鉄家を支える策謀家として覚醒して当主となる。王馬は世界各国の戦地へ飛び、核ミサイルの発射を直前で止めるなど、決定的な破綻を防ぐ功績を幾度となくあげる事となる。
月影獏牙の名声は留まるところを知らず、日本を代表する名政治家として名を馳せる。停戦を叫び続けても叶わず、その点だけは失意に終わるが、しかし東アジアの国々を強力に結束させ、国家100年の計を見事に打ち立てる。晩年には平和な日本を未来視で垣間見、心から安心して息を引き取る事が出来る。
桃井新香は諜報員として。東堂刀華は次代の《侍局》局長の最有力候補として。西京寧音は《同盟》リーグの覇者として。エーデルワイスは剣で故郷を守り切った後、東京で菓子店を開いて。
それぞれがそれぞれの道で栄達し、一切の不運無く暮らす事が出来る。
甘木悠は―――今までのあれそれを振り返り、己の中に一人の想い人がいる事を自覚し。
その"とある彼女"に勇気を出して自ら告白し、涙の抱擁と共に承諾される。
彼らが
101年後。蛇が影から這い出し、仕込みを全て爆発させるまでは。
暴発したとある小国が核ミサイルを撃ち、ヴァーミリオン皇国の再来と呼ばれるようになる。仕込まれていた火種が次々に引火し、人類全ての絶滅を賭けた第四次世界大戦が巻き起こる。史上最大の死者数を生む戦争を眺めながら、蛇が滅びを嘲笑い―――そして、また次の仕込みを行う。人類の滅びを観測するまで。
そのような
「――――――まだです」
◆
「こんにちは、同類さん」
「エーデルワイスさん! どうしたんですか、突然」
伐刀者の夏休みは長い。
夏に《七星剣武祭》なんて超特大イベントがあるものだから、8月まで授業が長引いてしまうのだ。そのバランスを取るため、《七星剣武祭》終了後は長めの夏休みが用意されている。
友人とか殆ど居ないので、今日も家でゆっくりしようと思っていたのだが……なんとエーデルワイスさんが、俺の実家まで訪ねて来てくれた。事前に住所は教えていたので驚きはないが、しかし意外ではある。
俺の疑問に対し、白いワンピース姿のエーデルワイスさんは顎に指をあてた後、少し空を見てからこう答えた。
「うーん……そうですね、特に用はありません。遊びに来ました」
「今考えました……? まあ良いですけど。特に用事も無かったので」
白い服似合うな、この人。本人の色素が薄いのも相まって、夏の陽に照らされると光を反射してキラキラと輝いている。エーデルワイスさんは何も意識していないのだろうが、つくづく一挙手一投足が絵になる人だ。
「ふふ……初めて来ましたが、のどかで良い所ですね。ここが同類さんの故郷ですか」
「どうなんですかね……? 転勤族なので、あんまり実感はないんですけど。でもまあ、母方の実家が近くにあるので、故郷と言えば故郷かもしれないですね」
「……あ。ご家族。そうでした、ご家族がいらっしゃいますよね。どうしましょう、手土産を持ってきていませんでした」
「いやいや別に気にしなくていいですよ、それよりどうぞ中に」
母親に会わせると100%騒がれる。なので早く俺の部屋に入ってもらおうとすると、外着に着替えた母親がひょっこりと顔を出した。こういう時に限ってよぉ……。
「あ、ユウ居た。お母さん買い物行くけど、なんかおやつ買って来ようか……って、誰その人!!!」
「……今から、《契約》の異能で母の記憶消してもらう事って出来ます?」
「無理です」
せっかくコッソリと玄関まで来ていたというのに、母親に見つかってしまった。俺の母は息子を過大評価しているというか息子の恋愛について楽観的過ぎるというか、『息子が女の子と仲良くしてる』→『じゃあ付き合うのかも!!』みたいな思考回路をしている人だ。恥ずかしいので本当にやめて欲しい。何もないんですよ。
「えっあっ、ど、どうも~……? 外国の方? 日本語通じるかしら……え、ユウのお友達?」
「いえ、同類です」
「エーデルワイスさん!? ええっ……と、この人は伐刀者関係で知り合った人で……たまたま日本に遊びに来てて、それで仲良くなってェ……」
しどろもどろになりながら母親に説明する。なんでエーデルワイスさんは顔色一つ変えてないんだよ。メンタルも最強なのか?
「初めまして。私、甘木さんの同類のエーデルワイスと申します。突然訪問してしまって申し訳ありません、それに手土産等も失念していまして……」
「いえいえいえ、全然全然! どうぞ上がってください、今お茶とかご用意するので!」
母は俺の方を見て、『あらあらあら~!』と超嬉しそうにお茶菓子を用意しに行った。
……姉が大学の方に行っていて本当に良かった。いやどうせ今日また帰って来るわ。じゃあダメじゃん。痛みが遅れてやってくるだけでは?
「……すみません、同類さん。やはり迷惑だったでしょうか……?」
「いえ……母は喜んでいるので。俺も来てくれて嬉しいのは確かですし……」
人を招く経験が無さすぎるとこういう時に失敗するゾイ(ものしりハカセ)。
いや本当に。エーデルワイスさんから連絡貰った後、部屋を片付ける事で頭が一杯になって、親が見たらどう思うかとかまで全く考えが及ばなかったんだよな……。経験の無さが如実に出ている。
「……取りあえず、どうぞ上がってください。つまらない所ですが」
「いえ。……ふふ。良いご家族ですね」
そう言って、エーデルワイスさんは透き通るような笑みを浮かべた。
◆
「日本のお菓子は美味しいですね……。とくにこのアンコという物。素晴らしいです」
「良かったです。確かに美味いなこれ……」
恐らく母親が隠していた来客用の
「ふむ……同類さん」
「はい」
「私の故郷はエーデルベルクであり、雪に閉ざされた小田舎です。同年代の子供どころか、そもそも隣の家が数十キロ先といった環境でした。私はそのような場所で幼少期を過ごしていた訳です」
「はあ……はい。それで?」
「つまりですね。私、人の家に遊びに行ったことがありませんでした。このような場合、何をして遊ぶ物なのでしょうか?」
「んー……俺はゲームで遊んでましたかね……?」
俺も小学生の頃には友達の家で遊んだことがあるゾイ(ものしりハカセ第二弾)。
中学校になってからめっきりと俺のコミュ力は衰えたが、まあ大筋では間違っていないはずだ。モンハンとかスマブラとかやってたんだろう。知ってるんだぞ。
「ゲーム。ほう。そういえば私、誰かとゲームをするのも初めてかもしれません。早速やりましょう、エーデルワイスは家庭用ゲームに飢えています」
「と言っても、俺の家にも大したゲームは無いですが……あ、スマブラでもやりますか」
「何でも構いません、私が勝つに決まっています」
「根拠の無い自信」
エーデルワイスさんの悲しい生育環境に少々想いを馳せながら、ゲームハードを起動する。ちなみにエーデルワイスはベッドに腰かけ、俺は床のカーペットに座り込んでいる体勢だ。友達が来たこと無いウチに、座椅子とかクッションとか高度な物を期待しないでくれ。
「おお……キャラがいっぱいで目移りしますね。ちなみに、これはどのキャラが強いんですか?」
「えーと、慣れるとこの辺りがアホ強いんですが、初心者はこのワニとかが良いかもしれません」
「……目が血走ってて可愛くありません。私はこのピンクのまんまるで行きます」
「よ、うわ、この」
「……エーデルワイスさん、ゲームすると身体動くタイプなんですね……」
「仕方がないんです、このキャラがぷくぷくするばかりで遅いから……! もっと頑張りなさいまんまる、あっ、今の私なら避けれましたけどね……!」
「痛い痛い、痛いです。肩叩かないでください」
「んむむむむむ……! 負けたのにその余裕そうな表情! 同類さん、手加減していますね……!? 良くないですよ! 騎士の誇りが無いです!! 騎士道に反しますよ!」
「前、『騎士道が何か分からない』とか言っていませんでしたっけ……?」
「今
「……まあ、確かに。一理あるな。手加減が下手なせいで色んなトラブルを招きましたし……良いですよ、本気でお相手しましょう」
「あ、慣れると強いって言ってたキャラ……」
「は? は? は? 今私避けましたけど、ボタン押しましたけど、ああああそれやめてください! そのコンボってやつ!! そのキャラだけやってる事おかしくないですか!?」
「仕様です。エーデルワイスさんならすぐ慣れます、空ダも出来るようになりますよ」
「全然出来ないんですけど! なんですか空ダって、分かるように言ってください!! あー! またやった! オ……オタク! 私知ってます、同類さんみたいな人の事オタクって言うんですよ!!」
「精神攻撃に切り替えてこないでください!」
「じゃあちょっとは動揺してください!! 10秒! 10秒だけコントローラー置きましょう! 何にもしませんから! あっ、甘木さんお菓子食べます!?」
「もう全部エーデルワイスさんが食べましたよ!! あっこら、邪魔しないでください!!」
「……はぁ、はぁ。やめましょうエーデルワイスさん。もうこれはスマブラじゃないです、単に相手のコントローラーを奪うだけの肉弾戦です」
「……ふぅ、ふぅ。確かに、その通りです。すみません、熱くなりすぎましたね」
「このドタバタが下に響いてないかだけ怖いな……まあいいや。他のゲームにしましょう」
「そうですね……。では次は、この桃鉄というゲームを「やめときましょう」え?」
……まあ、はい。
エーデルワイスさんはやはり愉快な人というか、クール系の美人に見えて相当愛嬌のある人だ。なんやかんやと2、3時間、俺たちは家庭用ゲームで楽しく遊ぶことが出来た。
「……ふふ、楽しかったな。同類さん、これって同類さんの家に行かないと遊べませんか?」
「ゲーム機とソフトさえ買えばどこでも遊べますよ。エーデルワイスさん一人でも大丈夫です」
「え? ああいえ、貴方と遊びたいんです。オンラインでも出来たりしませんか?」
「あー、成程。大丈夫です、問題ないですよ」
「良かったです。じゃあ今度、リベンジに誘いますね」
ベッドに腰かけながら、エーデルワイスさんがそう嬉しそうに笑う。かなり熱中していたし、相当ゲームが面白かったのだろう。桜井さん……貴方はやはり俺たちの光です……。
「……んー……ふふ」
「どうしました?」
「いえー? また約束が出来たなぁ、と思って」
そう言って、またエーデルワイスさんがクスクスと笑う。
ゆらゆらと頭を左右に揺らし、非常に上機嫌な様子だ。
「…………………?」
何というか……少し、エーデルワイスさんらしく無い、か?
いや言動はおおむねイメージ通りなんだが、何かこう……言語化出来ないが、どことなくおかしい気がする。
そう思っていると、エーデルワイスさんがこちらを見ながらポンポンとベッドを掌で軽く叩く。『こっちに座ってください』の意味だと思って同じくベッドに腰かけると、彼女はより一層嬉しそうに微笑んだ。
「……? エーデルワイスさん、今日ってホントに遊びに来ただけですか?」
「……用がないと、来ちゃダメでしたか?」
「いやダメって事は全く無いんですけど。ちゃんとアポも取ってくれてますし」
「ふふ……そうですか。ありがとうございます」
そう言って、エーデルワイスさんはスルリと俺の手を取る。
すりすりと、感触を確かめるように彼女の指が手の甲を撫でる。数度それを繰り返して、そしてギュッと握り締められる。
「……同類さんの手、硬いですね」
「ェ」
え!??!?!?!?!?!?!?
何が起きた!??!?!?!?!?
いくらエーデルワイスさんが同類とはいえ、同時に彼女は凄まじい美人でもある。流石にスキンシップはライン越えというか、一気に身体が硬直してしまう。
「用は、あったんですけどね。ここに来たら、言いたくなくなっちゃいました」
「エッェェ、な、何でですか……?」
「んー……どうしてでしょうね。初めての事なので、私にもよく分かっていません」
「えぇ……?」
コテン、とエーデルワイスさんが俺の肩へ頭を預ける。
柔らかな重みと共に、彼女の体温が服越しに伝わってくる。ヤバ。
「……私。ここに来るまで、ご家族の事考えてなかったんですよ」
「え? ああはい、でもそれは俺も同じというか」
「いえ。私が何も分かってなかったんです。同類さんには、今も家族がいるんだって事。それに気付いたら、もう何も言えなくなっちゃいました」
「…………」
スリ、と彼女の頭が擦りつけられる感触。揺れる白い髪から、シャンプーのほのかな香りが鼻腔をくすぐった。
「……どこかに行くつもりですか? それも、戦う為に」
彼女の胸に秘めた葛藤を何となく感じ取って、俺はそう静かに尋ねた。
今、日本の外では【第三次世界大戦】が起きている。彼女の故郷であるエーデルベルクだって戦場になりかねない情勢なのだ。彼女が剣を取る理由は十分にある。
それで……例えば、彼女が俺に、"付いて来て欲しい"と願ったとしたら。
相手に家族が居るのを見て口をつぐんでしまうのは、あり得る話では無いだろうか。
「……………どうなんでしょうね」
俺の問いに、エーデルワイスさんは曖昧に返した。手慰みのように俺の手を何度も握り、ポンポンと軽く掌の上で弾ませる。
「私は普段、世界を放浪しているので……だから、気付いてしまいましたけど。でももしかしたら、"知らない方が幸せなのかも"とも思ってしまって。自分がどうしたいのか、自分でも分からなくなってしまいました」
「……分かりません。どういう事ですか?」
「私が、あなたのせいで弱くなっちゃったって事です。責任取ってください。どーん」
エーデルワイスさんが、ひと際強く俺にもたれ掛かる。体重が乗った体当たりに、思わず体勢が崩れそうになる。ほとんど抱き合うような体勢となり、置き場に迷った腕があわあわと宙を泳いだ。俺の胸に頭を付けたエーデルワイスさんが、くすくすと笑いながら呟く。
「……ふふ。体幹、強いですね。生意気……」
「ヘェヘヘ。その、エーデルワイスさん。男女七つにして席を同じくせずと言いますか、僕の小さな心臓が弾けてしまいそうというか、そろそろご勘弁くださいというか……」
「ダメです。これは同類さんが悪いので」
そう言って、エーデルワイスさんは俺の手を強く握る。
強く、強く。彼女の手の痕が残るくらいに力を込めて。
外から聞こえる蝉の声や、どこか遠くを通る車の走行音すらも遠ざかり。
ただ目の前にある温もりと、わずかに掠れた彼女の呼吸音だけが世界のすべてになる。
「……心臓の音、大きいですね」
「……エーデルワイスさんも」
「……さっき、なんで倒れてくれなかったんですか」
「……倒れた方が良かったですか」
「はい。そうしたら……わたしも、騎士道探しを諦めたのに」
最後の声は、あまりに小さくて何も聞こえなかった。
え、と聞き返す前に、彼女はパッと身をひるがえして立ち上がる。
「―――それでは、そろそろお暇しますね」
名残惜しそうに微笑みながら、彼女はトンとステップを踏んでドアへと離れた。
先ほどまでの湿ったような空気は消え、まるで何事もなかったかのように、純白のワンピースの裾を軽く払う。
「え? あ、え、もう帰られますか?」
「ええ。元々は少し顔を見るだけの予定だったのに、長居しすぎました。ご家族にも宜しくお伝えください。次回はちゃんと手土産を持ってきます」
そう言って、彼女は玄関へと歩き出す。
呆気にとられながらも慌てて後を追うと、玄関先でエーデルワイスさんは振り返り、今日一番の鮮やかな笑顔を向けた。
「ゲーム、とても楽しかったです。今度は負けませんよ、同類さん」
「……はい。いつでも誘ってください」
「ふふ……そんな顔しなくても大丈夫です」
ガチャリと扉が開き、彼女は夏の強い陽射しの中へと消えていった。
見送った後も、手の平には彼女に強く握られた感覚と、胸元には微かに残る体温の余韻だけが生々しく残っている。
エーデルワイスさんが何を言いたかったのか。それだけが頭の中を反響する。
戦いが在るのだ。危険極まりなく、死の危険があり、倒したとて幸福に―――そして、国益につながるとは限らないような相手。そんな相手と、エーデルワイスさんは戦おうとしている。
彼女が言わないと決めた以上、俺が聞き出せるとは思えない。
では、このまま傍観するのか。ただ楽しくゲームで遊んだ一日として、今日の日を思い出にしてしまえば……恐らく、俺は幸せに生きられるのだろう。少なくとも、エーデルワイスさんはそう思ったからこそ口をつぐんだのだ。
ならば、俺は。
「――――――もしもし。月影総理でしょうか?」
考えるよりも早く、俺の指はダイヤルを押していた。