落第騎士の英雄譚 意識低い系風味   作:一般落第騎士

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今回短いです。


第三十六話

 

 

 

 

 天に在りては比翼の鳥、地に在りては連理の枝。

 

 私の二つ名、《比翼》の由来となった中国の故事です。あまり詳しくありませんが、昔の皇帝が、愛する人へ誓いを立てるために贈った詩だとか。契りの深いこと、仲むつまじいことの例えだそうです。

 

 実は最近まで、この二つ名はあまりしっくり来ていませんでした。私の振るう二刀が、まるで翼に見えたが故の《比翼》だそうですが……私には背を預ける仲間も、並び立つ同士も居ません。たった一人で世界を敵に回して、そして勝ってしまった超越者。同類など誰一人いないはずの怪物。それが私であり、《比翼》など似つかわしくないと思っていたのです。

 

「……だからこそ。同類さんを見つけた時は、すごく嬉しかったですよ」

 

 山道。閑静な森の中を歩きながら、私は小さく呟きました。

 同類さん。甘木悠さん。やっと見つけた、私と同じ超越者(バケモノ)

 

「観光、楽しかったです。食事もおいしかったです。誰かとゲームするのがこんなに楽しいなんて知りませんでした。次は何をしようか夜更かし考えて、柄にもなく浮かれてしまったりなんかして。どれもこれも、生まれて初めての心躍る経験でした」

 

 貴方に親しみを覚える事に、理由など要りません。

 一目見て直感したのです。この人は私の同類で、私の理解者なのだと。

 

 剣を振るってもどこか(むな)しくて。持て余した力の使い道に悩んで。世界中で独りぼっちのような孤独感に、時折心を痛めて。そんな私と同じ傷を持っている人なのだと、そう思い込んで。

 

「ふふ……本当、浮かれてましたね」

 

 勘違いしちゃったんです。貴方のせいですよ?

 

 全部、私と同じだと思っていたんです。貴方の家に行った時、周囲の様子や家を見て気づくべきでした。雪山に小さく佇む私の故郷と違い、貴方の家はこんなにも長閑(のどか)で暖かかったのですから。

 

 貴方のお母さんを見て、やっと私は自分の思い込みに気付いたのです。

 甘木さんには、愛してくれる家族がいるのだと。 

 

 私たちは"バケモノ"ですから。

 世界を敵に回し、なお勝利出来る超越者ですから。

 だから私は、貴方もいつか同じ孤独へ辿り着くものだと思い込んでいました。『世界最強の犯罪者』となった私を恐れて縁を切った、今は何処に居るかも知れぬ私の母のように。

 

「心のどこかで、"時間の問題"だと思っていたのかも知れません。月影先生は優れた為政者ですが、それでも限界はある。楽園の守護者(天譴)を、いつまでも自国に留めて置ける訳は無い。いつか、周囲から恐れて排斥される時が来る。いつか―――()()()()()()()()()、と」

 

 醜い。

 なんと醜く、傲慢な思い上がりでしょう。

 

 同類さんが『大丈夫ですよ』と励ましてくれてもなお、私はそれを信じ切れていなかった。只人(たたびと)としての幸せが、超越者達にある訳が無い。同類さんと二人でどこかに隠遁して、時折街に降りる事は想像しても……本当に社会に馴染めるなんて、初めから信じていなかったのだ。

 

 そもそも、私は当初なんて軽率に考えていたのだろう。何年かかるか分からない旅に、ただ『一緒に来て欲しい』と願って、それを伝えに来て。直前になって、やっと思い違いに気付くことが出来た。人付き合いに慣れてないせいですね。同類さんと違って、人間レベルがまだまだ足りていません。

 

「……私と貴方は違う。私はもう"世界最強の犯罪者"で、普通の生活なんて何処にも無いけれど。同類さんには優しいお母さんが居て、仲の良い家族も、友人も、信頼できる上司も居ます」

 

 きっと、いつか恋人も出来るのでしょう。口には出しませんが。

 

 無意識的に目を逸らしていたそれらの事々に、私はとうとう気付いてしまいました。

 なら、もう言えるはずが在りません。一緒に来て欲しいなんて。些細で温かく、かけがえの無い"普通の幸せ"を全て捨てて、私の傍にいて欲しいなんて。

 

 だから、私は背後の気配に向かって声を掛けます。

 

 

 

「……甘木さん。貴方はまだ、日常の中で幸せになれますよ」

 

「―――嫌です」

 

 

 

 私の揺れる声を、硬く決意が籠もった声が切り裂く。

 

 風が吹き、木々の葉が擦れる音がする。蒸し暑い夏の熱気の中、甘木さんが額に滲んだ汗を拭うのを背中越しに感じる。私が去った後、走って追いかけてきてくれたのでしょう。それが嬉しくて嬉しくて、だからこそ振り向く事が出来ない。

 

「ああ、いえ。日常云々というより、色々気になる事だけ言ってはぐらかされるのが嫌です。何がなんやら分からないので、お願いですからちゃんと教えてください。察しが悪いんで、ハッキリ言ってくれないと伝わらないんですよ」

「……言えば、余計悩ませることになると思ったんですよ」

「じゃあもう手遅れです、既に気になって仕方がない。正直言って、エーデルワイスさんにもやや非がありますよ? 思わせぶりな事言うくらいなら、最初から黙っておけば良いんです」

「……むっ」

 

 甘木さんからの鋭い指摘に、言葉に詰まって一瞬黙り込みます。

 

 それはその通りですが、言葉がちょっと強くないですか?

 付いて来てほしいし、そこで幸せになって欲しいし、もしくは私が一緒に居たいし。こちらとしても色々複雑だったんですよ。ギリギリで我慢しただけ偉いと褒めてくださいよ。

 

 私にはもう、故郷しかないから。

 だから私なら、貴方に『来てください』と一声かけられれば何処にでも付いて行けますけど。

 

 でも同類さんには、沢山の物がまだ残っているでしょう。

 だから、貴方の先達であり、成り果ててしまった後の存在である私がやろうと思ったのに。

 

「……酷いこと言いますね」

「えっあっごめんなさい。でも取りあえずさっき総理に電話したんで、詳しい話を聞かせて貰えると……」

「いいえ。知ったところで害しかありません。月影先生なら猶更(なおさら)です。既に政治家と教育者の狭間で悩み苦しんでいるあの人を、これ以上追い詰めたくありません」

 

 世界を放浪している中、かすかに捉えた魔力の波長。

 何が起きたのか、誰が、何処で、何のために発動した伐刀絶技なのか。何一つ分かりません。ですが、放置していれば間違いなく途轍もない惨劇を起こす。そう確信させるだけの悍ましい気配。

 

 間違いなく、私たちと同格の超越者(バケモノ)

 そんな何者かが、この第三次世界大戦中に暗躍しています。

 

「……何がどうあっても、言うつもりは無いんですか」

「ええ。元々、私一人でもどうとでもなる話です。折角なので同類さんと一緒に行こうと思いましたが、ゲームで意地悪するので気が変わりました。旅行のお誘いは取り止めです」

「嘘ですよね」

「嘘じゃありません。それに、短期で終わる物でも無いのです。1年2年、もしかしたらそれ以上に時間がかかるかも」

 

 この国には関係の無い所で、これから先目を覆いたくなるほどの悲劇が起こり続ける。それを知っていながら見過ごせば、きっと同類さんや月影先生は心安らかに過ごせないでしょう。何も知らず幸せに生きられるなら、それも一つの正解のはずです。

 

「……だからこそ、私がやるのです。契約の執行者である私が、貴方に代わって悪を誅します」

 

 甘木さんに聞こえないくらいに、そう小さく呟く。

 私は《比翼》。たった一人で天高く飛ぶ、異形の鳥。

 貴方は、貴方の大切な物を守っていてください。楽園外で起きる悲劇は、私が潰してみせます。

 

 この国には、あの全てを腐らせるような呪いの残滓が無い。同類さんが何も気づいていない以上、きっと黒幕が効果範囲から外したのでしょう。ここに居れば安全です。……恐らく、私も。だからこそ少し、先ほどは心が揺らいだりしてしまったのですけど。

 

「いや、それでも。多分総理ならもっと良いアイディアが……」

「―――では。これ以上話す事はありません。急ぐので、これで失礼します」

「……って、ちょっと!」

 

 これ以上話していると、このままこの国に居たくなってしまう。それが恐らく、"何者か"の狙いなのだろう。そう思いきびすを返すと、甘木さんが慌てて肩を掴もうとし―――そして、銀光が二人の間を裂く。私の剣閃を避け、甘木さんがたたらをふむ。

 

 

「「―――――ッ」」

 

 

 きっと、二人とも同時に息を呑みました。

 甘木さんは、私がとうとう霊装を持ち出した事に。

 そして私は―――甘木さんが、あまりにも苦しそうな表情をしていた事に。

 

 え。あれ。

 違います。私は、同類さんが、何も知らず幸せで居てくれれば良いと思って、それで……。

 

「え、あ、なんで。そんな顔、させたかった訳じゃ」

「……貴方が、ずっとそんな顔してるからでしょう。自覚無いんですか?」

 

 

 帰る時からずっと、"寂しくて仕方ない"って顔してますよ。

 

 

 うろたえる私に、同類さんが苦々しい表情と共にそう答えます。

 寂しい顔。私が、無意識に? だから貴方は、私をわざわざ追いかけてきてくれたんですか? そう脳内で混乱する間にも、彼は苛立たし気に言葉を続ける。

 

「エーデルワイスさんが何を思って口を閉ざすのか、俺には分かりません。きっとこちらを思いやっての事なんでしょうが、察しが悪いので。ですが、事情が何だろうと俺は嫌です。蚊帳の外に置かれて、勝手に決断を下されるのも。"あなたのため"なんて文言で都合良くはぐらかされるのも。そして何より―――」

 

 そこで言葉を切って、甘木さんが私の肩を掴みます。顔がぐっと近づいて、私はやっと、彼が怒っている事に気付きました。

 

「―――いつもニコニコ笑っているはずの貴女が、今日はずっと苦しそうな顔をしている。俺にとって"楽しく遊んだ一日"が、貴女にとってはそうじゃない。それが、嫌で嫌で仕方がない」

「え、あ、」

「いくら人の機微に(うと)い俺だって、その程度は分かる。俺を大阪観光に連れ出した貴女はどこに行ったんです? 迷惑をかける、頭を悩ませる、だから何だってんですか。まずは洗いざらい打ち明けてください、その後で断るかどうか決めますから」

 

 逃がさないという意志が籠もった手が、私の肩を強く掴む。

 そのまま甘木さんは、相貌を崩し、眉を下げて笑うとこう言った。

 

()()でしょう、俺と貴女は。今まで沢山助けてもらったんです、少しくらい恩返しさせてください」 

「…………ッ」

 

 その悲しそうな笑顔に、私の決意が鈍る。

 肩を掴む彼の手から、じわじわと熱が伝わって来る。けれど、私だって私なりの理屈があるのだ。霊装を完全顕現させ、彼を強く睨む。

 

「……離してください。本気で斬りますよ……!」

「どうぞ。ここは田舎です、この裏山には人通りも無い。総理から戦闘の許可も得てます」

 

 威圧するが、同類さんは真剣な顔のまま力を緩めない。剣を振るおうとする私の機先を制し、身体を押さえ続ける。肩に指がギリギリと食い込む。

 

「……俺だって本気です。力ずくでも聞き出しますよ。貴女を助ける為なら、貴女と本気で戦っても良い。数発殴っても、まあ差し引きプラスで済むでしょう」

「っ、馬鹿ですか! なんですかその滅茶苦茶な計算は……!」

 

 今からでも、剣を振るえば五分の確率で逃げられる。私は軽功を学んでいるが、甘木さんは知らないはずだからだ。後で学習されるとしても、この場では優位が得られる。霊装の焔は厄介だが、私なら対策のしようがある。

 

「馬鹿ですか? なら、エーデルワイスさんが教えてください。俺はどうすれば、貴女を助けられるのか。貴女の笑顔を邪魔しているのが誰なのかを。そうすれば、俺がそいつを斬って解決です」

「…………ッ、何処でそんなセリフ覚えたんですか」

「黒鉄から。悩んでいる人にはこういう寄り添い方が効くようですので」

「は……。次からは、それ言わない方が良いですよ。台無しになるので」

「善処します。それで、今回はどうですか? ダメですか?」

 

 吐息が混ざり合うほどの至近距離。真っ直ぐに見据えてくる彼の瞳の中に、怒りと焦りと、そして不安が見える。めちゃくちゃな事を言っていると自覚しながら、それでも何とかしようと必死に舌を回しているのだ。

 

 私は。《比翼》である私には、今からでも彼の拘束を振り切る手札がある。彼より長く生きた数年で学んだ技がある。そこからの戦闘も、五分で勝てる勝算がある。

 

 けれど。

 ……こんな不器用な人に、そんな酷い事出来るわけがない。

 

 

「馬鹿……。同類さんは、ずるい人です」

 

 

 小さく笑って、私は霊装を霧散させた。

 意地の張り合いは私の負けだ。"追いかけてきてくれて嬉しい"と思ってしまった時点で、既に負けていたような物だ。

 

 甘木さんの家族を見て、彼を巻き込んではならないと思った。それに嘘はない。

 だが同時に、『一緒に来て欲しい』と思っていたのも本当の事なのだ。だからこそ私の態度は中途半端でどっちつかずになり、甘木さんが来てくれたことが嬉しくてたまらない。

 

 腕から力を抜き、だらんと身を預ける。こうして触れ合うだけで、胸の小鹿が暴れてうるさい。

 

「おっと……」

「ばか。せっかく私が色々気を回したのに、全部無駄にして。後で文句言われても受け付けませんからね」

「大丈夫です。エーデルワイスさんを助けられない方が怖いので」

「……そう、ですか」

 

 それも"黒鉄さん"に教わったのだろうか。とんでもない女たらしから薫陶(くんとう)を受けたものだ。私以外に言うべきでは無い。

 

 すり、と己の肩を撫でる。僅かな痛み。掴まれた所が内出血を起こし、アザとなっているのだろう。生まれて初めて、『傷物』にされてしまったわけだ。

 

「ね……甘木さん。洋菓子店経営に、興味はありますか?」

「え、はい? 何故?」

「ふふ、何でもありません。月影先生にはせいぜい胃を痛めてもらいましょう」

 

 私はちゃんと、一度は去ろうとしたのに。追いかけて来たのは甘木さんの方だ。

 貴方が私を『同類』と呼ぶから。諦めていたのに、欲しい言葉をこんなに沢山かけてくれるから。だから、私が目を眩ませて彼に転ぶのも仕方のない事なのだ。

 

「……重いですよ、私」

「え? いえ、羽のように軽いですが……掴んでごめんなさい、肩が痛むんですよね? もっと体重預けてもらって良いですよ、下まで運ぶので」

「そうですか、良かったです」

 

 体重を預け、キョトンとした顔の甘木さんへそう微笑む。

 月影先生には今まで、《契約》異能の使用や《七星剣武祭》の警備など、色々と恩を売って来ました。そろそろ回収させてもらうとしましょう。

 

「……なら、覚悟しておいてください。私、もっともっと重くなっちゃいますよ」

 

 《比翼》という二つ名が、ようやく少しだけ好きになれた所ですから。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「……………………なる、ほど」

 

 執務室。

 エーデルワイスさんの話を一通り聞いた月影総理が、そう言って(しわ)の寄った眉間を揉んだ。傍らの椅子には桃井が座り、エーデルワイスさんの話を速記でメモしている。

 

 俺の電話は『なんかエーデルワイスさんが思い詰めてるっぽいので追いかけて話聞き出してくる許可ください。最悪戦闘に発展するかもです。あと説得出来たら一緒に話聞いてください』というゴミカス極まりない内容だったはずだが、それでも真剣に受け止めてくれて本当にありがたい。その……焦ると教わった事とか飛んじゃってェ……。

 

「世界規模の邪悪な伐刀絶技の発動を感知した。

 効果出所、下手人、一切不明。一度発動したきり再発動も無いため、痕跡も辿りにくい。

 犯人をしらみつぶしに探して行くと、最大10年程度かかる恐れがある、と……」

「更に時間がかかるかも知れません。相手は私たちと同じ超越者級です、潜伏に徹されると非常にやり辛い」

「……ふむ……。甘木さん、彼女の見立てはどうですか?」

「同意見です。自分を対象にした伐刀絶技なら距離関係なく探知出来ますが、一切気配を出さずに潜伏している同格の相手をピンポイントで探すとなると……相当時間がかかりますね」

 

 俺がエーデルワイスさんと隠れ鬼をするような物だ。

 索敵技能と潜伏技能がほぼ互角の時、基本的には隠れる側の方が優位だ。しかも捜索範囲は地球全土。流石に手間がかかるというか、10年で見つけ出せればまだ短い方だろう。

 

「10年……。10年、ですか。この時勢において、国内トップの伐刀者(甘木悠)が10年不在……」

「やはり、マズいですか?」

「非常に。武威の象徴である《天譴》が消える、というのはまだどうとでもなりますが……その間に『行き先を公表できない』というのが最悪です。ありとあらゆる邪推と不信を招くでしょう」

「あぁ……成程」

 

 確かに。俺は今のところ対外交渉における見せ札になっているらしいし、これが"隠れて何かやっている"となれば途方もない風評被害を生むだろう。核ミサイルが自走しているようなもので、日本の評判がかなり大魔王寄りになってしまう。

 

「……しかし、このまま座視する事も出来ません。ちょうど伐刀絶技の推定発動時刻から、《同盟》の戦線は奇妙に崩れ始め、戦況は思わしくありません。当初アメリカは『三か月で終わる』と予測していましたが、どんどんとその予測は後ろにズレ続けています。如何なる仕組みかは分かりませんが、まず間違いなくその下手人の仕業でしょう」

「……犯人は《連盟》の伐刀者、という事ですか? そんな能力者、聞いた事もありませんが」

「いえ……《連盟》の仕業とするには、あまりにも手口が迂遠すぎます。ただ戦争の勝利を求めるなら、もっと良いやり方が幾らでもあったはず」

 

 頭を押さえ、月影総理が眉間をもみほぐす。

 

「推測にはなりますが……敵の目的は、『戦争を()()()()()()』そのもの。エーデが"邪悪極まりない魔力"と評したのも頷ける、身勝手極まりない動機です」

「な……」

「……難しい問題です。だからと言って、日本(われわれ)が動くには理由が足りない。私は政治家である以上、日本国民の利益を最優先にしなければ……」

 

 そう言って低く唸る月影総理。相当にストレスがかかっている様子だ。

 隣に座るエーデルワイスさんが、『言った通りでしょう?』と言いたげな目つきで俺を見つめた。何でもいいけど距離が近くないですか? 普通ソファってもっと間を空けると思うんですけど。なんで太ももがピッタリくっついてるんです?

 

「……いえ、探索期間がもっと短ければ問題は無いのです。甘木さんの伐刀絶技は? 微弱な炎を広範囲に撒いて、不自然な空白を探すなどで……」

「俺の伐刀絶技は、基本的に範囲と威力が比例するので……その、世界人口を何割か減らすみたいなレベルの大虐殺になっちゃうかと……」

「……………」

 

 顔を上げた月影総理が、俺の返答を受けて再び黙り込む。

 破壊しか出来ない悲しいモンスターが俺ってワケ。核ミサイルに小器用さを期待してはならない。そんな万能性があったらもっと使い倒してたわ。

 

「……他の探知系異能者に索敵を依頼する、というのは」

「俺とエーデルワイスさんなら全部すり抜けられます。つまり、今回の相手も同じ事が出来ると考えるべきでしょう」

「……………」

 

 また顔を上げ、返答を受けて再び沈黙へと戻る。そういうやり取りが幾度か繰り返された。

 

 だが結局のところ、極まった伐刀者というのは同格以外にどうとも出来ない。

 そして俺にもエーデルワイスさんにも、索敵系異能の持ち合わせは無い。エーデルワイスさんは対人特化だし、俺は破壊しか出来ない。世界の何処かにいる犯人を捜すなら、徒歩で行くより他はない。

 

 期間は10年。もちろん、運が良ければ1年か2年、もしくは更に短く済む事もあり得る。だが、あまり期待しない方が良いだろう。紫乃宮さんの女神の干渉も、俺やエーデルワイスさんなら任意で弾ける。敵が真に俺たちと同格なら、幸運や運命には何一つ期待しない方が良い。

 

「……エーデ。貴女が伝えるか悩んだ理由、周回遅れで理解しましたよ。確かにこれは、知識として猛毒だ」

「でしょう?」

「ええ。特に、"日本は効果範囲から外れている"というのが悪辣です。放置していても国益に損はない、という意志表示でしょう。下手人は相当に性格が悪い……」

 

 そう言って、月影総理は俯いて両手を顔に当てた。

 異能は効果範囲を広げる程、細かなコントロールが利きづらい。つまり今回の伐刀絶技が日本を避けているのは、細心の注意を払って犯人がわざとそうしたという事だ。日本だけは巻き込まない、という意志が透けて見える。

 

 そしてそうである以上、月影総理は軽々に俺を動かせない、らしい。

 何故なら俺には《魔人(デスペラード)》4名をまとめてボコった実績があり、居るだけで外交に役立つ幸運の置物。それに対し、相手は効果不明の伐刀絶技。戦争云々はあくまで推理に過ぎない。『邪悪っぽい伐刀者』を追う為だけにそれを放り出すなど、何処をどう考えても国益を損なう。

 

「……………」

 

 長い沈黙が室内に落ちる。

 

 ……そもそも、俺はどうしたいのだろうか。

 エーデルワイスさんが落ち込んだ顔をしているから、無理を言って聞き出した。だがその内容を全て聞き出した後、果たして俺は今どう思っているだろう。

 

 10年かけて、エーデルワイスさんと共に世界を巡るのか。

 終わるころには俺は26歳。青春のほぼ全てを捧げる事になる。日本にはしばらく戻れないだろうし、世界全土を巡る以上、衣食住が常に揃っているとは限らないだろう。家族や数少ない友人にも当分会えない。

 

 もしくは、全て忘れ、ただ日本で悠々と暮らすのか。

 直感だが、敵は本当に日本を巻き込む気は無いのだろう。おそらく世界情勢は過去最悪に悪化するだろうが、俺たちの周囲だけは大丈夫だ。もしくは、こちらから働きかけてある程度改善する事も出来るかもしれない。こちらを選べば、少なくとも明日も家族や友人に会える。

 

「………………………」

 

 月影総理の視線が、気づかわしげに俺へ向くのを感じる。隣に座るエーデルワイスさんも。

 俺が選べば、きっと総理はその通りにしてくれるのだろう。どちらを選んでも正解となる問いだ、総理は俺の選択を尊重してくれる。今までの付き合いでそう信頼できる。エーデルワイスさんも、俺が同行を断ろうが責めたりしないだろう。いや、少し寂しそうな顔はするかも。

 

 俺は――――――

 

 

 

「…………いや。違うな」

 

 

 

 ―――そう言って、俺はかぶりを振った。

 

 《七星剣武祭》を通して、俺は色々な人と戦ってきた。

 前夜祭で、西京寧音さんと戦った。一回戦では加我恋司さんと。二回戦では黒鉄王馬さんと。三回戦はステラ・ヴァーミリオンさん。準決勝では黒鉄一輝と。そして決勝では、東堂刀華会長と。綺羅星のような才能たち。全力でこちらへ挑みかかり、一合ごとに成長していく彼らと、俺は幾度となく刃を合わせた。

 

 そしてその度に、俺は少しずつ何かを学習してきた。

 戦闘技術だけではない。西京さんから大人としての責任を。加我さんから目の前の試合に向かう懸命さを。王馬さんから、魂が叫ぶ強さへの渇望を。ステラさんからは強者としての自負心(プライド)を。黒鉄からは勝利を掴む貪欲さを。会長からは、理屈を超えた心の強さを。

 

 それらは少しずつ、俺の人間性に影響を与えていた。俺の人間レベルを上げてくれた。

 

 今、眼前の二択のどちらを選んでも間違いではない。

 どちらも正しいし、月影総理もエーデルワイスさんも俺を責めたりしないだろう。

 

 だが。

 もし俺に今、これまでには無かった『人間としての強さ』があるのなら。暁学園へ勧誘しようとしたかつての日、桃井が見せたあの超推理の、ほんの真似事でも出来るなら。

 

 

 選べるはずだ―――第三の選択肢を。

 

 

「すみません、総理。俺は、生まれて初めて上司に我儘を言います」

 

 どちらも選ばない。俺は、両方欲しい。

 10年も世界を放浪するなんて真っ平ごめんだが。それはそれとして、知ってしまった悪事を放置するのも寝覚めが悪い。その両取りをするためのアイディアは、既に俺の脳内にある。

 

「……何でしょう」

「俺に出撃を命じてください。行き先は、《連盟》()()

 

 何者かも分からない、何処に居るかも分からない敵。

 だが、その目的だけは推測できている。5W1Hのうち、何故そんな事をしたのか(ホワイダニット)? だけは分かっているのだ。

 

 なら、対策の立てようはある。

 

 

 

「日本の由緒正しい『斬首戦術』です。

 ―――《連盟》の盟主と幹部全員ブチのめして、俺が無理矢理終戦させます」

 

 

 

 小難しい事を考える相手に、同じ小手先で対抗してはならない。後先考えず殴れば良いのだ。

 

「相手が焦って出て来るなら、そのままソイツもぶちのめします。隠れたままだとしても、少なくとも相手の計画は妨害できる。今度は気を張ってますから、二回目が発動すれば地球の裏側だって見つけてみせる。……そうですよね、エーデルワイスさん」

「――ふふっ。ええ。その通りです、同類さん。いえ……貴方は、私よりずっと無茶苦茶ですね」

「誉め言葉として受け取っておきます……そして、総理」

 

 そう言って、月影総理へ向き直る。

 良い軍人、優秀な伐刀者の条件は、政府の統制に従う事。だから、あくまで俺は月影総理の命令が無ければ動かない。ただ、『こう命じてくれ』とお願いするだけだ。

 

「…………ふぅう…………。一つ、昔話をしましょう」

 

 月影総理は大きく息を吸い、そして吐き出した。

 

「……《天譴》甘木悠、《大英雄》黒鉄龍馬、そして歴史に名を残した数多の伐刀者たち。この国は昔から、強力な伐刀者を剣に例えてきました。特に強力かつ従順な伐刀者は『魔剣』や『妖刀』と呼ばれ、(まつりごと)を担う者には二つの警句が残っています」

 

 静かに、心の底にたまった膿を吐き出すように滔々と語る。初めて聞く話を、俺は真剣な顔で受け止める。

 

「一つ。魔剣に溺れない事。彼らの献身を当然と思わず、常に厚く報いる事。

 そして、もう一つ……魔剣を()()()()事。彼らの力に怯えず、振るうべき時は決然として魔剣を用いる事。今回の事例は、後者に該当すると私は判断します……!」

 

 顔を上げ、月影総理が真っ直ぐに俺を見据える。

 その双眸には、先程まで眉間を揉みほぐしていた疲労や苦悩の色は微塵も残っていない。一国の運命と世界の命運、どちらも掴み取ろうとする凄絶な覚悟だけが満ちている。

 

 

「国も、世界も。後の事は、全て私が何とかします。

 内閣総理大臣、月影獏牙が命じます―――《連盟》本部へ急襲をかけ、彼らの指揮系統を破壊、ひいては継戦能力を撃滅せしめる事!!」

 

「―――はい。《天譴》甘木悠、命を確かに承りました」

 

 

 立ち上がり、深く深く頭を下げる。

 先程の例えになぞらえて言うなら、月影総理ほど魔剣の担い手に相応(ふさわ)しい人は居ない。少なくとも俺はそう信じる。総理の命令なら、俺は大抵の無茶は聞こう。

 

 きびすを返し、ドアを開ける。

 隣に立つエーデルワイスさんが、俺の手を強く握る。

 桃井が苦笑し、ひらひらと手を振るのが見えた。

 

 敵は《連盟》盟主、《白髭公》アーサー・ブライト。

 そして、まだ見ぬ未知の"同格"。居るはずも無かった、俺とエーデルワイスさん以外の超越者。

 

「……上等!」

 

 生まれて初めて、俺は自分の意思で戦うのだ。

 湧き出る恐れを振り切るように、俺は獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

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