落第騎士の英雄譚 意識低い系風味 作:一般落第騎士
剣を振るう。焔を放出する。異能を避ける。
半壊した連盟本部で、数万対1人の剣戟が繰り広げられる。
数万という異常な質量を収容しきれず、会議室の壁が弾け飛び、天井のシャンデリアがひしゃげる。黒い空が良く見えるようになった、半壊した天井の上。無数のアダムス・ゲーティアが屋根に登り、俺を見下ろしている。視界の360度、上から下まで。光すら通さない黒曜の壁のように、数万の敵意が蠢いている。
「流石に、この数はなぁ……!」
「腐り落ちろ―――《
斬り倒す、焔で異能を防ぐ、駆ける、躱す、弾く、斬る、穿つ、薙ぐ。
現在のアダムス・ゲーティア、計35094体。
100体斬り倒し、その間に103体増援を呼ばれたので計35097体に増加。
多勢に無勢という言葉さえ生ぬるい数だ。そもそもとして戦いになるかさえ怪しい。いくら極まった伐刀者が一人で万軍に匹敵すると言えど、相手もまた同様の境地に達しているのだ。どれだけ鍛えようと腕は2本で脚は2本。体力にも限界がある。数十人を倒したところで徐々に傷を負わされ、最期には
"集団で囲んで棒で叩く"というのは、原始人がマンモスを狩ってきた時から続く最強の戦術だ。影の海が、一滴の焔を呑み込む。愚直な剣士はやがて無限の泥に呑まれ敗北する。やがて訪れるだろう結末は避けようがない。
だが。その結末を何時にするかというのは、俺が決める事だ。
「アッハハハハハハハハハ! 凄いな、カスリもしない! その戦意も異常だ! この数を前に、いくら何でも萎えたりしないかな!」
「無限に復活してる訳じゃない、他所のリソース吐いて穴埋めしてるだけだ……! なら終わりはある! 『ちょっと呑み込むには数が足りませんでした』って間抜けな結末にしてやるよ!」
「アッハハハハハハ……良いね、戦闘判断においても天才かぁ」
斬る、斬る、燃やす、躱す、叩き潰す、燃やす、斬る、斬る、斬る、払う、防ぐ、躱す、薙ぎ払う、一閃する、突破する、押し進む。
囲まれれば動きを止められる。動きを止めれば、四方を取り囲む数万対以上のアダムス・ゲーティアの攻撃魔術に捉えられる。よって、俺は常に
どんな攻撃も、捉えられなければ意味がない。そう考えながら再び地面を蹴った時―――アーサー・ブライトの身体を乗っ取った指揮役らしき個体が、顎に指をあてこう言った。
「そうだな……獣の狩りは、まず弱らせる所からって言うし。少し、やり方を変えてみようか」
「ッ―――――!」
陣形が変わる。ただ数で囲んで押し潰そうとする陣形から、一頭の獲物を狩るための物に。個であり群であるアダムス・ゲーティアたちは、寒気がするほど完璧に統制されている。
「「「「
「―――《
全身に泥が纏わりつく。
焔を放出する事で泥を焼き切るが、相殺するために一手使わされた。
敵を袈裟懸けにするはずだった刃が空を切り、避けられた一瞬で無数の攻撃魔術が殺到する。
回避しようと地面を蹴って移動しようとして―――踏みしめられた地面がズルリと滑った。
摩擦操作。それも俺に気付かれないよう、複数の
そう直感するが、それで崩れた体勢が急に立て直せる訳も無い。
「「「「自然干渉系水属性並列起動―――《
「「「「自然干渉系炎属性並列起動―――《
「「「「自然干渉系風属性並列起動―――《
「「「「自然干渉系地属性並列起動―――《
「「「「自然干渉系雷属性並列起動―――《
「ッ……《
一瞬動きが止まったせいで、狙いを付けられた。水、炎、風、地、雷。様々な属性の異能が数万体のアダムス・ゲーティアから次々と撃ち込まれる。《天衣無縫》による回避も効かない、空間ごと埋め尽くす砲火。それを剣から噴出させた焔で防ぎながら、足元の異能を焼き切って駆ける。
「チッ……!」
相手の動きが変わった。より狡猾に、より洗練された物へ。俺の動きに対応し、効果的な異能を次々と組み上げ続ける。イカれた万能性、そしてこの圧倒的な物量が可能にしている飽和作戦だ。
視界が線になって引き延ばされ、豪雨のごとく降り荒ぶ魔術が背後へと置き去りにされる。轟音が背後にビリビリと響く。全身を硬化させて壁になろうとするゲーティア達をすり抜けながら斬り伏せ、魔術群を避けながら疾走する。全体の指揮を統括しているらしい個体が、一つ有効打を見つけたというように粘ついた笑みを浮かべた。
「ふむ……《
「……さあ、どうかな。まだまだ手加減してるだけかも」
「ハハ、それもそうだ。じゃ、もう少し手加減し続けててくれよ」
そう言うと同時、浴びせられる魔術がより激しさを増す。
ふわり、と地面を捉えたはずの足が浮き上がる感覚。重力。それも、この空間全体を対象とした。手近にあった瓦礫を蹴り、焔の噴出と合わせて魔術の範囲内から離脱する。
避けて、斬る。防いで、斬る。その繰り返し。
群にして個。全にして一。アダムス・ゲーティアの連携に一糸の乱れも存在しない。
黒剣を振るい、全身でしがみついてでも俺の動きを押しとどめようとする近接部隊。魔術や弓、銃で攻撃する遠距離部隊。強化と弱体化を振りまく支援部隊。それらが有機的に機能し、常にこちらの動きを妨害し続ける。
「《
増援は止まらない。瞬間移動の異能により、次々とアダムス・ゲーティアの分体が戦場へ送り込まれる。良く
先の攻防で隙を見て斬り倒せたのが、僅か40体。それに対し、増援は75体。現在のアダムス・ゲーティアは計35132体。この数字が減少へ転じた事は、戦闘開始以降一度たりとも無い。
「アッハハハハハハハハハ!! 凄いなぁ、まだまだ避ける! この調子じゃ甘木君を倒すには、僕がもう数万体必要になって来たかもなァ! もっと増産しないと!! 」
「ハァッ、ハァッ……ま、今のところ、余裕だからな……!」
僅かな打撲、擦過傷、出血。それさえ、積み重なればいつか致命傷となる。攻撃を防ぐ、避ける事を優先しているため、ゲーティアの撃破ペースは遅い。攻めは鈍り、相手の数は増え続けている。数が増えれば増えるほど俺に掛けられる妨害の数は多くなり、更に剣は遅くなっていく。
「さてさて、一体いつまで手加減してくれるかな? 僕には分からないからなぁ、
一帯を取りかこむアダムス・ゲーティアの軍勢。それよりも更に外周へ配置された
「価値観の断絶を感じるよね。敵国の人間が何人死のうがどうでも良くない? ロンドンが1000年くらい人の住めない土地になってもさぁ、別に僕たちには関係ないじゃん」
「別に、分かってもらおうなんて思ってねぇよ……。俺だって聖人じゃない、これ以上しんどくなったら解除するつもりだからな……」
そう
「んー……此処で都市部を攻撃すれば、甘木君はそれを庇ってくれるのかな。だったら有難いけど、やり過ぎると『もうどうでも良いや』ってなる可能性があるよなぁ」
「は……だったら、今の"《天譴》がなんかバカな力の使い方してる"って状況の方がマシだろ?」
「うん。それが狙いだとは分かるけど、実際僕にとっても得だからね。手加減を
そう言って、ゲーティアが笑みを浮かべる。
互いに狙い通り。ゲーティアの価値観では、『他人の為に自分を犠牲にする』等は理解の外なのだろう。だから、土壇場になれば俺がなりふり構わず解除すると思っている。相手が勝手に弱体化している現状の方が得という訳だ。そして、奴の推測は一から十まで全てその通りだ。俺は追い詰められれば、たとえ欧州を焼き払おうが
だが。
「まだまだ全く、苦戦には程遠いんだよなァ……!」
「アッハハハハハハ、そりゃ残念!! 心変わりしたらいつでも言ってよ、大歓迎だからさぁ!」
会話中に増えたアダムス・ゲーティア、58体。計35190体。戦闘開始から、敵の数は減るどころかむしろ増え続けている。無数の引き出しを持つ相手に対して、俺の異能は解析され続けている。俺の疲労は蓄積し続けるのに対し、相手は群体ゆえに未だ全くの無傷。
肺が苦しい。
剣を振るい、アダムス・ゲーティアの黒剣と鏡合わせのように刃を合わせる。《
全身が痛い。
同時に、背後から強襲してきたもう一体へ対処。魔力を流動させる事で滑らせ、体勢を崩した所を切り捨てる。接近戦で勝つ事を捨てた、ただ俺にしがみついて動きを阻害しようとする妨害要因。血の一滴までもが蠢き、何処かから模倣したであろう《細胞魔術》で小さな口と牙を生やし、俺に噛みつこうとする。これは《天衣無縫》で回避。
頭がガンガンする。
遠距離から撃ち込まれ続ける弱体化異能を、焔で焼き尽くして防御。対応に焔が割かれた隙に、他の攻撃魔術が殺到してくる。近くのアダムス・ゲーティアごと巻き込む軌道。向こうもなりふり構っていられないのだろう。避けようとするが、不可視の力場に阻まれて僅かに反応が遅れる。
《
「ッ……!!」
眼に血が入る。一瞬足がよろめき、地に倒れ伏していた個体がその隙を逃さずしがみついてくる。相手の腕を斬り落として離脱するが、魔術の幾つかを受け損なった。
「ハァッ、ハァッ……!!」
「お、今のは結構イイ感じだったね。段々と妨害役の足並みが揃って来たかな?」
体勢を崩したまま強引に剣を振るい、着地先に待ち構えていたゲーティア達を斬り倒す。荒い息を吐く俺を、ゲーティアはパチパチと拍手しながら嬉しそうに眺めて笑った。
今のは俺のミスだ。焔を相殺された時点で、すぐに回避へ移るべきだった。地面に伏せていた奴も、本来なら死んだフリをしていると気づけていたはず。戦闘を開始して既に数十分が経過した。疲労から、判断ミスが徐々に増えてきている。
「「「
「グッ…………《
「「「「概念干渉系並列起動―――《
「ガァッ……!」
沸き立つ泥と影を、焔で相殺する。その分だけ、押し寄せる魔術に対する防御が薄くなった。弱体化異能の相殺に焔を、近接部隊が振るう黒剣への対処に剣を使わされる。そしてその隙に、四方を巻き込みながら別個体の異能が炸裂する。マズい、完全にパターンを掴まれた。
「甘木君、キミがなんで苦戦してるか分かるかい? ……分かってるよね。弱者に
「ッ……何だ、敵にアドバイスか?」
「勧誘さ。市民とか、子孫とか、そういう有象無象の事を考えるから弱くなる。特に僕たちは、本質的に周囲とは"別種"だ。僕たちは本来、
影の鎖が俺の剣を絡めとる。四方八方を囲まれ、無数の魔術が殺到する。一人斬るたび、残りの三人が新たに襲い掛かって来る。一つの魔術を避けても、残り七つの魔術によって新たな傷が刻まれる。
アダムス・ゲーティアは一切の同士討ちを恐れず、数万の思考を完璧にリンクさせて俺を追い詰める。右腕を掠める風の刃。太腿を削ぐ氷の飛礫。頬を裂いた泥の槍。どれも、対処が飽和した末にジワジワと傷つけられた物だ。
「いッ、てぇ……」
既に、全身は傷だらけとなっている。骨にヒビが入った。僅かな擦過傷が積み重なり、血がジクジクと滲み出す。息は上がり、呼吸をするだけで肺が痛む。
初めて、痛い。
初めて、苦しい。
初めて―――
『少し格下程度の相手にもビビってしまう』と、かつて自己分析したことがある。
そうだ。俺が今まで戦えてきたのは、結局のところ"無傷で済む"という確信があったから。
そうでなければ。
どうして中学生まで一般家庭で暮らしていた
『心の強さが云々』という批判は、実に的確だった。恐怖を押し殺して、死を覚悟しながら戦場に立つ事。皆が当たり前に出来ているそれを、俺だけが出来ていない。"負けるかもしれない"という恐怖を、生まれて初めて実感した。
「仲良くしよう。君の事は沢山調べた。この戦いも、月影獏牙に頼まれたからやっているんだろう? そんな事しなくて良い。彼を洗脳してあげるから、君が日本の王になればいい。面倒な事は全部僕がやってあげる、君はただやりたい事をやればいいんだ」
相手の突進を避けそこない、片足を掴まれる。重力系異能によって数十トン以上となった人間型の重りが、俺にしがみつく。拘束系の異能がゲーティアを対象に重ね掛けされ、間接的に動きを封じられた。同様に四肢全てを拘束され、一歩たりとも動けなくさせられる。
直ぐに《ラハト・ハヘレブ》の火力を上げ、拘束を焼き尽くそうとした刹那。何故か、ゲーティア達が攻撃を止めた。影人形が蠢き、金髪の美女の姿となって俺の前にしなだれかかる。
「僕が思う"美女"の姿がコレ。どう、気に入った? 《夜叉姫》や《雷切》の方が良いならそっちにも成れる。本人を直接味わいたいならそれでも良いよ。あの2人は総理の護衛中だけど、僕なら一瞬で片付けられる。君が気に入った女は皆、君の事を好きになる。黒鉄一輝が羨ましいと思っていただろう? キラキラした青春に憧れていただろう? 大丈夫、僕が全部叶えてあげる」
全身が痛い。骨が軋む。筋肉が引き攣る。皮膚が焼けるように熱い。
分かっていたつもりでも、理解できていなかった事だ。戦う事は辛く、苦しい。死への恐怖は、これほどまでに大きい。生まれ持った才能だけですり抜けて来た現実が、俺の前に重く圧し掛かっている。
「……すごいな」
黒鉄も。王馬さんも。東堂会長も。桃井も。西京さんも。エーデルワイスさんも。
みんな、ずっとこんな事をして来たんだな。元々尊敬していたけれど、今日で更にその念は深まった。
「んー? 僕の身体? 異能に覚醒してから、性自認とかは無くなっちゃったからねぇ。君が女になって欲しいならそれでも良いよ?」
「……それじゃねぇよ。そんな、どうでも良い物じゃない」
目の前で、金髪の美女が裸で微笑んでいる。
此処で頷けば、少なくともこの苦しみからは解放されるだろう。
焔壁を解除し、全力を出せば。こんな辛い思いをせずとも、コイツに勝てるだろう。
今まではそうしてきた。簡単に勝てる敵以外とは戦いたくないと、気持ちの良い勝利に浸って来た。破軍学園で浴びせられた数々の批判が、今になって己に突き刺さる。
「皆が、凄いなって言ったんだよ……こんな辛い事を、ずっと頑張ってたんだな」
だから。
皆から何年も遅れたけど。今になってようやく気付くような、思慮が足りない男だけど。
「俺も、一度くらい――――誰かの為に戦ってみたい」
焔が噴き上がる。
俺の全身に絡みついていた拘束、そして目の前のアダムス・ゲーティアを構成していた泥が、爆発的に膨れ上がった白炎に焼かれて瞬時に灰へと変わる。
ロンドン市街を護るために広げていた焔の壁は解除しない。逆に、より注ぎ込む力を
「そっか――アッハハハ、残念だなァ! じゃあしょうがない、次の新世界は僕一人で見るよ!」
「……見れねェよ、此処で死ぬんだから」
一つ、確信があった。
生まれて初めて、『少し格下』程度の相手と戦った。無数の異能、無数の群体、完璧に統制された連携。今まで戦ってきた中で間違いなく一番の強敵。そんな奴と、数百戦を重ねてきた。恐怖を知って、それを呑み込んだ。
おそらく。
今の俺は、かつてない程に成長している。
「―――魔力刃、
周囲に展開した数百の魔力刃をグルリと回し、近くにいたゲーティア達を細切れにする。手数が足りないなら増やせばいい。単純だが、何となく今なら出来る気がした。
「……ああ、成程」
唐突に思いついた技だが、中々に効率が良い。魔力ではなく、焔にすればもっと良いだろう。
霊装の焔を固め、敵を焼き切る刃を
魔力を焼く楽園の焔。それらはゲーティア達が構築した防御系異能の数々を焼却し、真っ直ぐに敵へと突き刺さった。泥が灰となって崩れ落ちる。
「は―――アッハハハハハハハハハ、ズルいなぁ! そんな技、今まで使って無かったじゃん! 今思いついたのか!? 良いなぁ、僕もやってみよう!」
「お前には無理だよ」
エーデルワイスさんの真似事は、お前には無理だ。
そう言い捨て、異能の拡張によって手にした焔の剣と共に敵陣へ
「ッ、速―――」
焔の剣を周囲に複数展開しながら、敵陣の奥深くに入り込んで剣を振るう。
過剰になっていた回避と防御を止め、傷を最小限にして魔術と刃を躱しつつ前に出る。周囲に浮遊する複数の焔剣をそれぞれ回転させ、襲い来る敵や異能を斬り裂く。
戦うのは怖い。痛いのは嫌だ。今でもそれは変わらない。
"それでも"と、そう思えるだけの『何か』が、俺の中に出来たというだけだ。
その『何か』が、俺をこんなにも成長させてくれる。
斬り伏せる剣筋をもっと鋭く。敵に対応する足運びをもっと速く。魔力の扱いをもっと流麗に。
一合ごとに、『こうすれば良かったんだ』と分かっていく。一つ壁を越えたような感覚に、どこか清々しい気分さえ覚えた。
『伐刀者の成長は
"切っ掛け"を掴んだ時。鍛錬を積み重ねた伐刀者がソレを掴んだ時、彼の実力は爆発的に伸びる物なのだと。
俺にとって、それは―――生まれて初めて
「―――――ふ、はは」
今までの俺に、なんと無駄の多かった事か。
敵が数万体居て、四方八方を囲まれて、一人切り捨てても残りの三人を防ぎきれない。
「ハ、アッハハハハハ」
だから何だと言うのか。
一手で4人を斬り裂けばそれで足りる。一息に5人斬れれば、むしろ休む余裕さえ出来るだろう。
魔術も同じだ。無闇に火力を上げて対抗しようとするから、出力がどうだと悩む羽目になる。よく急所だけを撃ち抜く事が出来れば、火力など火の粉一粒でも十分だ。
「は、はははははははははははははははははははははは!!」
「アーッハッハハハッハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
生まれて初めて、戦いへの高揚で俺は笑った。
アダムス・ゲーティアも、可笑しくて仕方がないとばかりに哄笑を上げた。
笑いながら―――徐々に、増加と減少のペースが逆転していく。
35190体。35000体。34456体。33002体。30065体。加速度的に、アダムス・ゲーティアの総数が減少していく。
俺の殲滅速度が上がり続けているだけではない。アダムス・ゲーティアの増援も、少しずつ間隔が延びてきている。粗製乱造されたクローンたちの追加が間に合わなくなってきているのだ。
何故か。
その原因を俺は知っているし、アダムス・ゲーティアもまた、分体からの報告で理解しただろう。激しい剣戟を繰り広げながら、彼は高笑いを上げた。
「アッハハハハ……成程、なるほどねェ! 《比翼》が居るように見せかけたのは
「……桃井と《傀儡王》が必死で探知してくれたお陰だ。俺一人じゃ、お前がどこに居るのか掴みようが無かったからな」
そもそも、今作戦の目的は二つ。
一つは、《連盟》本部を屈服させて戦争を終わらせる事。これは俺の役目。
そしてもう一つが、もしかしたら居るかもしれない"黒幕"の所在を掴む事。《連盟》強襲という一大事が起きれば、黒幕も何らかの
果たして、獲物は見事に糸へかかった。
どうせ
奴がクローンである事は、一目
「ふうん……《比翼》は対人特化だと思ってたけど、空間系の異能なんて持ってたかな。それともあらかじめアメリカにヤマを張ってたとか?」
「『必要なので
「アッハハハハハハハハハ、何だそれ滅茶苦茶だなぁ! 流石、明確な《
「です、……? まあ、そういう事だ」
「なんで君は知らないんだよ、アッハハハハハハハハハ!! やっぱり生まれついての超越者枠はバグってるなぁ、僕はよく喰らいついた方だよ!!」
ズズズ……と、影が蠢く。
「だから……折角なら、最期まで滅茶苦茶やって死のうか」
連盟本部を埋め尽くしていた数万のアダムス・ゲーティアが、一斉にピタリと動きを止めた。
彼らの眼、鼻、口から、ヘドロのように粘つく影が吐き出される。肉体が崩れ、元の《連盟》職員や騎士の姿へと戻る。全ての影が吐き出され―――そして、たった一人へと吸収されていく。
「ゲホッ……はは、面白い。守る物が無いのが
床を這う泥のような影が、アダムス・ゲーティアの身体を包み込んでいく。周辺をぐずぐずと腐らせながら泥と影が絡み合い、硬化し、球状の『繭』を形成していく。三万を超える分体を極限まで圧縮し、再構築しているのだ。
《連盟》職員が助かるなら、それに越したことは無い。繭の中で行われている変貌をあえて見逃しながら、ふと疑問を口にする。
「……"今回の"?」
「性自認が粉々になったって言っただろう?《終末》の異能を持つ者は、歴代の所持者の記憶を全て受け継ぐ。代々、目についた何かを『終わらせる』為に全てを捧げた異常者達だ。国や王朝の終焉に、僕たちは数えきれず関わって来た」
「…………」
伐刀者の性格は能力に影響する、と言われている。優しい者であれば能力は守護や治癒の方向に成長するし、力を求めればより苛烈に出力を増していく。主従は明確であって、逆転する事は無い。……だが、あまりに強力な伐刀絶技であれば。
「人格なんて木っ端微塵にして、終焉を追い求める怪物に造り変える呪いのような異能。これも、今回で終わらせられると思ったんだけどなぁ……」
漆黒の繭に一条の亀裂が走り、ヘドロのような悪臭と共に泥が溢れ出す。
髪の毛は黒く変色し、眼球は黒く濁り、
殺さなければならない。絶対に、ここで魂ごと消滅させなければならない。そう、理屈抜きに直感する―――いや、《
だが、俺の受けた印象は少々異なる。
……
「ゲホッ……はは、《覚醒超過》しても吐血が止まらない。異能の相性が良くても、
「……何だ。答えるとは限らないけど」
「君は……人類が、
魔力が胎動する。
互いに剣を構えながら、アダムス・ゲーティアの眼には驚くほど真剣な色があった。
「《比翼》はまだ分かる。彼女はノアの系譜、神と人を繋ぐ契約の遵守者だ。だが、僕と君は"同類"だろう。楽園の守護者と終焉の僭称者。他人とは、持って生まれた
「…………」
「君は、僕と同じじゃなきゃダメだろう。『人類なんて下らない』とか、『劣等種に裁きを下す』とか、そういう事を言わなきゃダメじゃないか。なんで……同じ異能を持ちながら、僕と君はこうも違う?」
僕もそう成れたのか?
そう、彼の眼が訴えているように見えた。俺の願望かもしれない。
強力な異能は、性格にさえ影響を与える。極まれば主従が逆転し、異能に精神が乗っ取られる。《終末》を司る伐刀者、アダムス・ゲーティアはそのケースに当てはまるという事だろう。
……アダムス・ゲーティアが悪人になった事に理屈があろうが無かろうが、俺のやる事に変わりはない。そして、この答えを返すべきかどうかも分からない。
俺が普通の生活を送れている理由。アダムス・ゲーティアと戦った理由。
母と父が俺を愛してくれた。姉が、俺を普通の弟として扱ってくれた。桃井が、西京さんが、東堂会長が、エーデルワイスさんが。数えきれない程の理由があるが、一言で言うなら。
「……周囲の人に、恵まれただけです」
「そうか……残酷だな。だけど、聞けて良かった」
そう言って、同時に剣を構える。焔と影が互いを喰い合い、大気をビリビリと振動させる。
互いに、互いのやりたい事は分かっている。アダムス・ゲーティアは、終結を望んでいる。
……おそらくは、己の。
「―――私は、簒奪者にして僭称者。楽園に潜む蛇の影」
「―――私は、代行者にして接続者。楽園で
詠唱。暴れ狂う魔力が吹き荒れ、まじないの言葉によって一つの技へと制御されていく。
「天の星、地の花、人の愛。眩しすぎる光こそが、漆黒の影を色濃く落とす。黄昏の国、すすり泣く声。さあ、互いの血で泥を捏ねよ」
「天の星、地の花、人の愛。人の小さな光こそ、
焔が周囲を廻る。影が天を覆わんとばかりに背を伸ばす。
「さらば希望、さらば恐れ。悪よ、私の善となれ。私は災厄の中に立つ」
「涙と共に種を蒔き、喜びと共に刈り取る。真理よ、私の剣となれ。私は災厄の前に立つ」
発せられる魔力は、俺の方が強い。分かっていた事だ。数で圧倒し、群体として動いていたからアダムス・ゲーティアは強かった。正面から技をぶつけ合えば、出力で大きく上回る俺の方に分があるに決まっている。
「泥濘、堕落、奇形の赤子。冥府の軍勢で、儚き繁栄を蹂躙しろ」
「正義、純白、断罪の聖母。託された光が、偽りの闇を討ち払う」
では、何故アダムス・ゲーティアはこんな真似をしたのか。
知らない。分からない。俺と彼の
血を吐いていたという事は、
「第七の鉢、夜霧の囁き。原罪の象徴とは蛇なれば」
「硫黄と火、箱舟と洪水。裁きの―――そして、
さらば、三人目の同類。
ここで魔力は焼いておくから、次代は異能に支配されないと良いな。
「全能力、全属性並列起動――――――《
「裁きの時だ、ただ受け入れろ――――《
極光と影が正面から激突する。
鼓膜を突き破る轟音。一都市を滅ぼしてあまりある衝撃が、焔の壁によって全て吸収される。
出力の差は歴然。数万の分体を纏めたアダムス・ゲーティアの放つ影の濁流は、極大の白光に触れた端から一瞬の抵抗も無く蒸発していく。
世界を腐らせようとした終末の闇が、白亜の焔に押し流されて晴らされていく。
『―――――――――』
轟音に呑み込まれ、互いの声は聞こえない。それでも。光に呑み込まれる直前まで、アダムス・ゲーティアは笑っていた。己の終焉さえ、彼にとっては喜びだったのだろうか。それとも、それ以外の何かがあったのか。
極光が、アダムス・ゲーティアを完全に呑み込んだ。
彼の魔力は全て焼き尽くされ、伐刀絶技もまた効力を失う。
やがて、圧倒的な熱量と光が収束し……泥から解放され、全身に重度の熱傷を負ったアーサー・ブライト氏がそこには倒れ伏していた。彼の手には、最期の命を燃やすように微弱な光を放つ聖剣が輝いている。相性の良さ故に消滅は免れたようだが、刀身には深い亀裂が走っている。再びアレを継承できるのは、傷が癒える何代も先の話になるだろう。
とにかく、《連盟》本部は制圧した。黒幕だったアダムス・ゲーティアも排除した。後はきっと、月影総理が上手くやってくれるだろう。魔剣として、担い手であるあの人を信じる。
「…………任務、完了」
全身の骨が軋み、肺が焼けるように痛む。
俺は血だまりの中に立ち尽くし、《ラハト・ハヘレヴ》の焔を散らして、一つだけ大きな深呼吸をした。
◆
9月。
静観を貫いていた日本はついにその沈黙を破り、《連盟》への宣戦布告を行った。
中国・ロシアともに日本の参戦を歓迎。当初は戦後の取り分が減る事を恐れ、また新参者である日本の地位など低ければ低いほど良いため特に参戦要求などは行わなかったが、ここしばらく急激に頑強になった《連盟》の抵抗に両国とも不安を抱いていたのだ。都合の良い威力偵察役、使い走りが欲しかったとも言う。
情勢が急変したのは、その数日後。
《連盟》本部で複数回の爆発、および極大規模の伐刀絶技反応が検知された。
各国の衛星には、更地となった《連盟》本部と、それに比して異様なほど無傷な市街地が映るのみ。本来何か発表を出すべき《連盟》からは何一つ声明が出されず、中露二ヵ国は混乱の渦に叩きこまれた。
ちなみにこの時期、前線は驚くほど静かであった事が兵士の聞き取りによって分かっている。あまりの異様さに罠を疑った二ヵ国が戦線停止を命じた結果、両陣営の兵士は錯綜する情報に踊らされながらただ塹壕で睨み合うという、ある意味で平和な時間を過ごす事になった。
そして、《連盟》本部の爆発から3日間が経ち。
月影獏牙は、《同盟》へこのような報告を行った。
『
この知らせにより、長期化するはずだった第三次世界大戦は急転直下の事態を迎える事となる。