落第騎士の英雄譚 意識低い系風味   作:成間饅頭(旧なりまんじゅう)

39 / 39
第三十九話

 

  

 

「負けたよ」

 

 アメリカ合衆国ワイオミング州北西部、イエローストーン国立公園。

 その地下深くに存在する極秘ラボで、一人の老人が項垂(うなだ)れてそう言った。

 

「アメリカ合衆国の《超人》エイブラハム・カーターが、日本の《天譴》甘木悠を伴い《連盟》本部を強襲。激闘の末、《白髭公》アーサー・ブライトを捕縛した。これが、表向きに公表される物語(ストーリー)だそうだな」

 

 《大教授(グランドプロフェッサー)》カール・アイランズ。

 アメリカを代表するフィクサーとして覇気を(みなぎ)らせていたはずの彼は、今は見る影もなく弱々しくなっていた。体積は変わっていないのに、物理的に身体が(しぼ)んだようにさえ見える。

 

「あまりにも劇場的(ドラマチック)で、これ以上ないほどに英雄的(ヒロイック)。紛れもない勲一等であり、この第三次世界大戦のMVPは間違いなく我々アメリカ合衆国となる。苦戦が続いていた時勢に、この急転直下の大逆転劇だ。アメリカ国民は大いに沸いているよ」

「……それは良かった。月影総理も喜ぶでしょう」

 

 落ち窪んだ眼で、アイランズ氏がこちらを―――伝言役(メッセンジャー)として派遣された俺を見つめる。ずいぶんとやつれたこの老人を前に、俺は事前に渡された想定問答集通りの言葉を返した。

 

 

『日本はアメリカと協力し、共に《連盟》本部長《白髭公》アーサー・ブライトを撃破した』。

 

 これが、今回の戦争の結末となる。

 

 

 月影総理が創り出した、欺瞞に満ちたカバーストーリー。

 だが、実際に《連盟》本部は壊滅し、加えてあの場では"エイブラハム・カーターの魔力波長"が観測されている。彼の正体がアダムス・ゲーティアのクローンだったが故の嬉しい誤算だ。中国やロシアが『あり得ない』と異議を唱えても、この証拠とアーサー・ブライト氏の身柄があれば反論出来る。

 

英雄であるエイブラハムの人気は留まるところを知らん。それに同行した()()である君もな。ハリウッドが映画化に動き出したらしいぞ。奴らの頭の中で、君は"異国の無口(ミステリアス)でクールなサムライ"らしい。ハハッ……」

 

 アイランズ氏が視線を向ける先には、マホガニーの重厚なデスクの上に無造作に放り出された数枚の企画書があった。金髪のムキムキマッチョの男性が小銃片手にポーズを決め、後ろで東洋系のイケメンが刀を構えている。

 

 《超人》エイブラハム・カーター。《天譴》甘木悠。

 悪の枢軸たる《連盟》に、たった二人で突撃し、そして勝利を収めた現代最新の英雄。

 

 あまりにも出来過ぎな話だが、しかし報道される全てのニュースがそれを肯定している。盟主を捕縛され、本部を壊滅させられた《連盟》は、現在《同盟》と終戦交渉の真っ最中だ。『アメリカは世界を相手に戦って勝ったのだ』という物語は、真実を知る一部の政治家を除くすべてのアメリカ国民の愛国心を満足させていた。

 

「《白鯨(はくげい)》ダグラス・アップルトン……ああいや、君たちにはアメリカ空軍大将と言った方が通りが良いかね。彼は、泣いて喜んでいたよ。『祖国(アメリカ)の正義が証明されたのだ!!』とな」

 

 『武器は"正義"ただ一つ!! 最強のバディが悪を裁く!!』と印字されたポスターを見て、アイランズ氏が自嘲気に笑う。

 

「全てが欺瞞だ。……だが我々にとっては、これ以上なく有難い欺瞞となる。《暴君》アダムス・ゲーティアが復活していた事も、その邪悪さも……そして、その原因が我々(アメリカ)にある事も……。日本がそれを隠してくれると言うならば、これほど(さいわ)いな事は無い」

「……操られていた際の記憶があるんですか?」

「残っている、何もかもな。暗い泥の中で朦朧(もうろう)としながら、己が何に手を出してしまったのかをありありと見せつけられたさ」

 

 そう語るアイランズ氏の眼には、疲弊と僅かな怯えが混ざっていた。

 《白髭公》の方は何も覚えていなかったが、アイランズ氏は操られていた最中の記憶があるらしい。クローンの製造方法や研究所内の機器配置はこの人しか知らないため、完全に傀儡に墜とす訳には行かなかったという事だろうか。

 

「藪をつついて、言葉通りの"蛇"を出した。《終末》を司る概念干渉系能力者、アダムス・ゲーティア。人類絶滅を目的に、《天譴》の血を得て動き出した怪物。そして恐ろしいのは、その能力だけではない。奴の"()()"が漏れただけでも、合衆国は大打撃を喰らっていただろう」

「……《連盟》への宣戦布告は、『《連盟》は《解放軍(リベリオン)》と結託していた』という理由が大義名分だった。悪を討ち滅ぼす正義として軍を挙げたアメリカが、実は《暴君》のクローンを軍事利用し、あまつさえ復活させてしまったなど……。戦争は根底からひっくり返っていたでしょうね」

「その通りだ。大義名分は崩壊し、士気は地の底を這う。《同盟》は分裂し、アメリカは国際社会から袋叩きにされる。そして今更後に引けなくなった我が国は、終わりのない闘争に呑み込まれる……そうやって戦争を長期化させる事も、奴の腹案(プラン)の一つとして在ったのだろう」

 

 そう言って、アイランズ氏は目を伏せる。

 

 確かに、あり得そうな話だ。俺たちが『《連盟》本部にカチコミをかける』というちゃぶ台返しをして無理矢理にでも戦争を終わらせようとしなければ、あの蛇は今も戦争継続のために動き続けていただろう。両陣営の戦力を調整し、綺麗に共倒れとなるように。

 

「……だが、結果はご承知の通りだ」

 

 アイランズ氏が、映画のポスターを指で叩く。

 

「《天譴》が―――楽園の焔が、蛇の影を焼き払った。長期化するはずだった戦争は終わった。第二の『世界の敵』となるはずだった我がアメリカ合衆国は、戦争の英雄である《超人》エイブラハム・カーターを抱える、世界最大の名誉ある国となった。……全ては、Mr.ツキカゲのお陰だ」

「『日本とアメリカは良き友と成れる』、と総理は以前から仰っていました。戦勝の栄誉は、日本よりもアメリカが有効活用出来る、とも」

「……実に素晴らしい手腕だ。彼は、アメリカ政財界に返しきれない程の恩を売った」

 

 力なく笑うアイランズ氏を見つめながら、月影総理の言葉を思い出す。

 

 まず、この戦争において日本が"覇権国"となる事は不可能らしい。

 国力も技術も人口も、何もかもが足りない。《天譴》が健在の間は一切国防に気を遣わなくて良いし、戦術:天譴という魔剣をブンブン振り回せば数十年は無敵でいられる。だが、その数十年が過ぎた後のヘイトは想像もつかない。そもそも、俺もそんな事したくないしな。

 

 そのため、今回の戦果は"数十年後"を見越して使うのが最適なのだそうだ。

 

 日本のような大陸に隣接する島国にとっては、大陸内部に領土を獲得するよりも海上交通路(シーレーン)の確保を優先する方が理に適っている。広大な大陸領土は維持と防衛のコストが跳ね上がる事に加え、日本には大した統治ノウハウも無い。

 

 よって―――狙うのは、南方となる。

 

「日本の要求は聞いている。フィリピン、インドネシア、シンガポール等の東南アジア諸国。これら旧《連盟》諸国の()()()()。そして日本主導による治安維持、および経済協定。これらをアメリカ合衆国に"支持"して欲しい、とな」

「はい。中国やロシアが横槍を入れてきた場合も、我々へ全面的に同調していただきたいのです」

 

 かつて《連盟》の影響下にあり、この大戦で日本が水面下で寝返り工作を行っていた地域。

 彼らは、名目上『《連盟》の圧政から脱却した新政権』として、内実は何一つ変わらないまま新政権へと生まれ変わる事となる。

 

 そして日本は彼らと強固な"二国間安全保障条約"を結び、『復興支援』としてインフラ投資を行う事で見返りに東南アジア方面の農業・鉱物資源を確保する。加えて、『軍が育つまでの防衛を担う』という名目で伐刀者達の駐留許可を得る。狙いは、マラッカ海峡を始めとする主要な港湾や軍事基地の独占使用権。太平洋の物流の急所(チョークポイント)を握るのだ。

 

 当然、本来ならば中国やロシア、そしてアメリカなどの大国が黙っている訳が無い。

 そう、本来ならば。だが、アメリカに多大なる恩を着せた今なら。

 

「……既に、回答書は貰っているんだろう? アメリカは、貴国の"太平洋における新秩序構築"に対し、全面的に賛同する」

 

 そう言って、アイランズ氏が数枚の書類をパサリと机の上に放り投げる。

 

「『安すぎる買い物だ』と喜んでいたよ。あわや身の破滅、合衆国の名誉が地の底へ叩き落される所だったのだ。それを思えばこの程度。加えて言うなら、貴国が西太平洋を掌握する事は我々アメリカの国益にも沿う」

「ありがとうございます」

「上層部の対日感情は非常に良好だ。合衆国の顔をこれほどまでに立ててくれた日本へ、資本投下の話も複数持ちあがっているらしい。……その辺り、Mr.ツキカゲが上手く立ち回ったと言うべきなのだろうな」

「総理へ伝えておきます。きっと喜ばれるでしょう」

 

 アメリカの内情を聞き、小さく安堵する。

 場合によっては、アメリカが『面子を潰された』と内心で不満を抱く可能性もあったのだ。此方としては嫌になる話だが、覇権国とはそういう物だそうだ。自国のコントロールを超えた強大な武力が出現すれば、本能的に排除を選ぼうとする。

 

 《白髭公》アーサー・ブライト氏との終戦交渉は今もなお継続中だが、《連盟》はほぼ確実に解体されると(もく)されている。世界三大勢力のうち《解放軍(リベリオン)》も《連盟》も崩壊し、残るは《同盟》のみとなった。ならば、次は平和な時代が―――来るわけも無く、今度は《同盟》所属国同士で争う時代が来る。

 

 アイランズ氏の言う通り、独立承認や日本の支持など、アメリカにとっては安い買い物でしかない。月影総理の真なる狙いは『覇権を脅かすつもりは無い』という日本のスタンスを表明し、現在の世界最大国であるアメリカと互恵関係を結ぶ事。

 

「次の時代を。数十年後、百年後をMr.ツキカゲは見据えているのだろう。良い政治家だ、彼は。唯一残念なのは……私が、それを見届けられない事だけだな」

 

 ソファにもたれ掛かり、アイランズ氏がそう小さな声を漏らす。

 

「……というと?」

「ふ……意地の悪い事を言うな。エイブラハム・カーターを造ったのは誰だ? 《暴君》の霊装を持ち出したのは? 間一髪、素晴らしい友好国の助けで何とかなったとはいえ、あわやアメリカの国威をドン底に失墜させる……どころか、人類を滅亡させる引き金を引いたのは?」

「………」

「全て私だ。その責を問う人間が、法と正義を愛する合衆国に一人も居ないと思うかね? ……そして何より。フィクサーとして君臨していた私に、()()が居ない訳が無いだろう」

 

 その言葉に、このラボに来るまでの道中を思い出す。

 巨大な機材が鎮座していた事を示す、床の四角い痕。無数のキャスターが擦れた黒いタイヤ痕。配線用ダクトから無造作に垂れ下がったケーブル類。そして何より、ここに来るまで研究者には誰一人会わなかった。

 

「完膚なきまでの敗北だ。今や私は、祖国を滅ぼしかけた大罪人となってしまった」

 

 米国の大フィクサー、カール・アイランズは失脚したのだ。

 研究所内の機器をほぼ全て持ち去られるほどに。多数在籍していたであろう研究者が、彼を見限って皆居なくなるほどに。

 

「……ヒトを進化させたかった。より強く、より賢く、より完璧な人間を見たかった」

 

 心中を吐き出すように、アイランズ氏がそう零す。

 

「今よりも、更に新しい物を。便利な物を。優れた物を。『次』の何かを、私の手で創り出したかった。……そういう意味では、私はあの《暴君》と同類だな。どんな犠牲を払おうが、より良い"何か"が欲しかった」

 

 覇気を放っていたはずのこの老人が、今は十歳以上老け込んで見える。

 

「人類は、()()()だ。病も、飢えも、戦争も、死も。どれもこれも、ヒトが克服すべき害悪でしかない。彼らを進化させる事が、私の果たすべき使命だと思っていた」

「"思っていた"……今は?」

「……今も、そう心の何処かで思っている。人類を、発展させたい。より()くしたい。こんな世界は間違っている。目に見えぬ小さな病原菌一つで何百万もの命が散り、老化という避けられぬ欠陥によって例外なく朽ちていく。そして資源は有限で、分かち合う事もせず互いに奪い合う。延々と、憎しみと苦痛がばら撒かれ続ける。こんな世界が正しいはずがない。許していいはずがない……!」

 

 諦念と、それを上回るほどの()()がアイランズ氏から漏れ出る。

 それを見ながら、俺はこの人の肩書き(プロフィール)を思い出していた。カール・アイランズは複数の顔を持つ。世界最高の水使い。《解放軍(リベリオン)》最高幹部。米国軍事技術顧問。《連邦準備制度理事会(アメリカ中央銀行)》議長。そして―――世界に無償で医療を提供する、NPO団体の代表。

 

 語りながら、徐々にアイランズ氏の声に力が籠っていく。

 

「何を犠牲にしてでも、この世界を変えなければならない。何故なら、既にこの世界その物が犠牲の上に成り立っているからだ。途上国で餓死する子供を踏みつけにして、一度も生活に不自由したことのない男が(さか)しらに愛と平和を説く。これほど醜い事があるか? 犠牲は、既に、そこに、在る。誰もが、目を背けているだけだ」

 

 篤志家(とくしか)としての顔は、社会的体面を重んじるアメリカで出世するための物だろうと推測されていた。だが。もしも、それだけでは無いのだとしたら。

 

「運命の鎖を取り払い、全てのヒトを《魔人》へと昇華させる……それはつまり、全人類が伐刀者になるという事だ。現在起きている紛争の原因は、大半がエネルギー関係だ。魔力という資源(リソース)を人類が皆使えるようになれば、数多くの問題が解決する。……少なくとも、飢えで苦しむ子供はずっと減るだろう。その力を正しく使えば、宇宙進出だって夢ではない。犠牲が何だというのだ。有効活用出来ている分、私の方がずっと上等だ。私が救った数と殺した数を比べてみれば、いったいどれ程の差があると……いや」

 

 そう語り、途中で切ってアイランズ氏が首を振る。

 己の霊装である《ダーウィン》を見つめ、嘆息した。

 

「……負けた後となっては、虚しい言い訳だな」

 

 力を失い、(しぼ)んだ声でそう言った。

 顔には、ただただ悔しさだけが滲んでいる。

 

「操られていた際の記憶があると言っただろう。君が《暴君》と何を話したのかも、私は完全に記憶している。楽園から出た人の話。管理された幸福の中で、人間は真に幸せになれないという事。あれは……そうだな、良い話だった。気付かされた思いだったよ」

「……ありがとうございます」

「私が《魔人(デスペラード)》へと導く方法を創り上げても、それを拒む者は居るだろう。進化した先でも、次の悲しみと争いが必ず在るだろう。万能の解決策は無い、それが分かっても……私はそれでも、少しでもより善いものが欲しかったんだ」

 

 呟くように、ぶつぶつと言葉をこぼす。

 

「天才として生まれたのだ。神から、才能(ギフト)を授かって生まれたのだ。運よく人より優れて生まれた者は、全体に奉仕する義務があるのだ。そして己の使命は、人類を進化させる事なのだと……そう、信じていた。神がやり残した工程を、私が完遂するのだと」

「…………」

「《天譴》、《比翼》、《暴君》。世の理から逸脱した、超越者達。君たちにだって、私はいつか手を届かせてみせる。そう信じていた。楽園の焔。世界を穢す影。契約の虹。それらにだって、人類はいつか手が……」

 

 そこまで言って、アイランズ氏はかぶりを振った。

 全ては未練だ、と言わんばかりに。

 

「……だが、私は敗北した。それも未曾有の。アメリカ合衆国どころか、人類を破滅させる程の敗北だ。当然、敗者への仕打ちはより厳しい物となる」

 

 アイランズ氏はまず、《ブルトザオガー》の研究に失敗した。そして復活したアダムス・ゲーティアを押し留める事にも失敗し、最後には政争にも敗北した。己を巻き込んで盛大に自爆する所だった敗者へ、合衆国は相当に厳しい措置を下したらしい。

 

 

「―――合衆国政府は、私に対する処刑命令を下した」

 

 

 己の霊装である拳銃、《ダーウィン》を掌で弄び、アイランズ氏がくつくつと笑う。

 

「これでも一端の《魔人(デスペラード)》だ。生半可な相手が来たら、それなりに抵抗しようと思っていたが……《天譴》が相手ではな」

「……俺が、貴方の処刑人だとでも?」

「違うのか? だが、これ以上ない人選だろう。最初に『負けたよ』と言ったのは、その辺りも含めての事だったのだが……。アメリカ政府も、随分と大胆な決断を下したものだとね」

 

 アイランズ氏が、目を細めて俺を見る。その目には、もはや抗う意志すら残っていなかった。彼が何をどうしようが、俺がここで首を斬る方が早い。そう確信しているから、既に抵抗を放棄しているのだろう。

 

 ……ひどい()()()だ。

 

 何か雰囲気がおかしいと思ったら、ここで俺に殺されると思ってたのか。楽園の蛇たる《暴君》を復活させてしまった(とが)、それを裁きに《天譴》が派遣されたのだと。罰も赦しも、既に下された後だというのに。酷い誤解もあった物である。

 

「……違いますよ。確かに、アメリカ政府からそのような依頼があった事は事実ですが」

 

 そう言い、懐から書類を取り出す。

 

 全く、月影総理は凄い事を考えるものだ。頭のネジがブッ壊れている。

 

 

 

「カール・アイランズさん。貴方に、『亡命』のお誘いです―――ここで死んだことにして、日本に来て働いてください」

 

 

 

 《大教授(グランドプロフェッサー)》カール・アイランズ。比類なき、絶世の天才科学者。

 生物学、物理学、工学、科学、数学、医学。ありとあらゆる分野で多大な功績を残し、米国の軍事技術を一世紀進めた世界最高の頭脳。

 

 強力な伐刀者に頼りきった国は、驚くほど脆くなる。《暴君》亡き後あっという間に崩壊した《解放軍(リベリオン)》のように。どれほど強い伐刀者も時と共に老い、いずれ寿命を迎えるからだ。

 

 だからこそ。ここでカール・アイランズ氏を―――万人が継承可能で、後に遺る『技術』を生み出せる彼を引き抜く事こそ、真に日本の国力増強に繋がる。月影総理はそう考えた訳だ。俺が手にした書類の中には、彼の新たな身分となる『島木カール』の戸籍謄本等が入っている。移民三世。

 

「……は?」

「承諾してくれるなら、協力者の……というか、《比翼》のエーデルワイスさんの異能で貴方を日本の研究所へ移送します。残されたラボは、痕跡は残さないように全て俺が焼き払う。アメリカには、貴方をキチンと処刑したと報告しますよ」

 

 アイランズ氏の移送は、最近空間系の異能も出来るようになったエーデルワイスさんが行う。

 

 《連盟》に乗り込んだ時と同じように、《狩人》桐原さんにお願いしても良かったのだが……本人が『絶対に嫌だ』『ここで頷いたら今後も便利に使われる気がする』『というか前回も《比翼》で良かったじゃねぇかよ』『あの女は湿度がヤバい』『悪い事は言わないから東堂にしとけ』と散々にゴネたのだ。いや、あの時は伏せ札として隠しておきたかったから……。

 

「……は、はは。本気かね?」

「勿論、研究の上で人倫は守ってもらいます。『これについて研究して欲しい』等、こちらの要望を聞いてもらう事も多々あるでしょう。アメリカに貴方の生存がバレないよう、生活の中で不便を強いる事にもなります」

 

 納得してもらえるよう、先に悪い条件を喋っておく。

 ラボの痕跡や《カンピオーネ》を"検体"として求めた事からも分かる通り、アイランズ氏の研究は相当に法や倫理を逸脱している。ニュルンベルク綱領とかカスやでと言わんばかりだ。もし彼が日本に来るなら、今後そういった事は一切許されなくなる。

 

「……もし断ったら?」

「貴方の移送を待たず、この研究所を焼き払う事になります」

 

 引き攣った笑いを浮かべながらそう問うアイランズ氏に、冷徹な声を作ってそう返す。

 ここで彼が断れば、アメリカからの依頼を"本当に"遂行する事になる。アイランズ氏は死亡し、日本は引き入れるはずだった世界最高の頭脳を失う。本当に得が無い。

 

「ラボについては出来る限りの環境を用意しますが、研究費が十全に用意できるとは限りません。貴方の死後を見据えて、部下を教育する手間も割いてもらいます。研究倫理を遵守して、以前と比べれば窮屈な環境で仕事をすることになるでしょう。……ですが」

 

 だから、"助命"以外のメリットも当然用意している。

 

 

「人倫に反さない事。そして、それが日本の国益に繋がる事。この二つを守ってくれるなら。

 

 俺も、生活に支障を来たさない範囲で協力はします―――採血程度なら、時々提供しますよ」

 

 

 アダムス・ゲーティアは、俺の血液を摂取する事で劇的なパワーアップを遂げたらしい。俺としては『何それ……知らん…怖…』という感想でしかないが、しかしいつまでも知らないままでも困る。もし甘木細胞(何それ?)のような物があるなら、早めに解明しておきたい。

 

 採血くらいで済み(というか正直それ以上協力するつもりもあんまり無いが)、クローンとか気分が悪くなるような事にさえ利用されないのであれば、俺としても是非研究して欲しいくらいだ。死後墓を荒されたりとかしても困るし。

 

「後、細かい給料や福利厚生は封筒の中に在ります。……どうですか?」

 

 果たして、《大教授(グランドプロフェッサー)》カール・アイランズは。

 

「は。は、はは。は―――はぁっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」

「うわ」

 

 しばらく動きを完全に止めた後、壊れたような哄笑をあげた。

 

「なんって……なんて、都合の良い条件なんだ!! 人倫を守るだけで!! 日本の国益に沿うだけで!! ―――お行儀良くするだけで、《天譴》が実験に協力してくれる!? 倫理最高!! 人類が生んだ最高の発明だ!!!はぁっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」

「おお、えぇ……。えーと、日本に来てくれるという事で良いですか?」

「喜んで! 敗北し、ここで死ぬのだと思っていたが……は、思わぬチャンスもある物だ!!」

 

 そう言って、アイランズ氏は笑い続ける。

 その様子を確認して、俺は内心で合図を送った。《念話能力(テレパシー)》。エーデルワイスさんが《契約》で一時的に増やした異能だ。事前にマーキングした相手と脳内で通話する事が出来る。あの人はどんどん便利になっていくな……。俺とはえらい違いだ。

 

「あの、倫理とか、ちゃんと……」

「当然!! 《天譴》の機嫌を損ねてたまるものか、私は今日から世界一のモラリストになるぞ! 《契約》で縛ってくれてもいい、私は生涯日本に尽くすとな!!」

「…………はい」

 

 そうして。

 アイランズ氏(と本体の脳髄)が移送され、証拠隠滅の為に研究所は全て焼き払われた。

 

 米国を操っていたフィクサー、カール・アイランズは死亡し。

 姿形を白髪の青年へと変えた、気さくな街医者の"島木カール"が誕生する事となる。

 

 気取らない性格と適切な処置で患者からの評判は上々。

 ただ、とある患者が引っ越すと必ず後を追ってくるぞ。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

「……良かった。引き抜き工作が成功した事は把握していましたが、隠蔽も上手く行きましたか」

「はい。ラボも全部焼いて、何もかも灰にしてきました。霊装を使った以上、魔術的に焼けたので後から《過去視》なんかの伐刀絶技で調べる事も不可能です。確認しにきたアメリカの人も、『抵抗が激しくて……』って言ったら納得してくれました」

 

 アメリカから帰国した翌日。

 報告の為に、俺は総理官邸を訪れていた。

 

「《過去視》……そうですね。希少な能力とはいえ、同系統の能力者が新たに産まれないとも限りませんから。ありがとうございます甘木さん、今回も完璧な仕事でした」

「いえいえいえそんな」

 

 そう言って、月影総理が深々と頭を下げる。

 こちらとしては恐縮するばかりだ。仕事をこなす部下と仕事を振る上司では、上司の方が偉いのだ。少なくとも俺はそう思う。世界大戦へ首を突っ込むこと自体俺の我儘から始まったような物だし、それをうまく軟着陸させてくれた総理には感謝しかない。

 

 勝ちすぎるとアメリカに敵視されるとか、そんなの普通に分からなかったしな。結局日本はアメリカに大した要求をせず、名誉を譲って傘下に付くアピールをした。その甲斐あって、アメリカの対日感情は非常に良好となっているらしい。その辺りの交渉も、月影総理が上手くやってくれたのだろう。

 

「カール・アイランズ氏の技術力は、日本を一世紀以上先取りしています。彼に追いつく為に、専用の研究者チームを組まなければなりませんね」

「その辺りは、まあ……そうですね。俺も暇を持て余したら採血しに行きます」

 

 研究云々はよく分からないので、総理にお任せする。

 俺も相当暇になったら行きます。なんか怖かったし、信頼度が溜まるまでは様子見って事で。

 

「ヴァーミリオン皇国を押さえられたのも大きいですね。あそこもまた物流の要所、今後中国やロシアが欧州への影響を強めていく際の(くさび)となります」

「ああ……クーデター云々が起きたんでしたっけ。史上初、無血で終わったクーデター」

「ええ。新女王と、黒鉄一輝さんが婚約を発表したあの件です。やはり、古典的ですが婚姻外交は強いですね。……黒鉄家長男の方には、それとなくアメリカの方を勧めておきましょうか。アップルトン氏の娘さんは年頃で、器量よしと評判ですし」

「王馬さん……いや、まああの人は気にしないかもしれないけど」

 

 ヴァーミリオン皇国関係も、俺が知らない間に収まる所に収まったらしい。

 一時期は《超人》エイブラハム・カーターに集団で襲われ、あわや死者が出る所まで行ったらしいが……土壇場で、黒鉄珠雫さんが"死者蘇生"の伐刀絶技に覚醒。無尽蔵に思えた増援が途切れた事もあって、運河を埋め尽くさんばかりの《超人》たちの軍勢をなんとか撃退。そのままヴァーミリオン国王の説得にも成功したらしい。

 

 多分、増援が途切れたのって……そのタイミングで《暴君》が復活したからだよな。

 そう考えると、黒鉄たちも相当な綱渡りだったわけだ。あと少し《暴君》の復活が遅ければ、それはそれで厄介な事になっていただろう。

 

「……まあ、これで戦争関係は一旦落ち着きましたかね? アイランズ氏も招聘出来ましたし」

「ええ。《連盟》との終戦交渉も終わりに向かっています。勲一等をアメリカが手にした事で、最も領土的野心を持っていたロシアを上手く抑え込めています。《連盟》の解体と、賠償金。その辺りが落としどころになるでしょう」

「おお……それを見越して功績をアメリカに譲った訳ですね」

 

 流石総理、一手に複数の意味を持たせるのが上手い。

 桃井が『武力と政治と技術の頂点が揃っちゃったっすねぇ……何これ? チートもいいとこっすよ』とか言っていたので、月影総理の政治力は本当に高いのだろう。まあ、そうじゃなきゃ元教師が10年かそこらで総理大臣になれないよな。

 

「……甘木さん」

「はい」

 

 総理が、真剣な声で俺の名を呼ぶ。

 姿勢を正し、俺は正面から月影総理へと向き合った。眉間に皺の刻まれた、(いか)めしい顔。

 

「私は……《月天宝珠》で破滅の未来を見て以降、ずっとそれを変えるために動き続けていました。焼け野原になった東京を、あてどなく歩き続ける夢。周りには炭になった死体が瓦礫と共に転がり、川は火にまかれ逃げ込んだ人々の死体で堰き止められ、溢れ出している。……地獄の光景に、ずっとうなされ続けていました」

 

 それがふと緩められ、穏やかな物へと変わる。

 

「……昨日。それが、突然醒めたのです」

「それは、つまり」

「因果が変わった。未来が変わり、破滅を回避する事が出来たのです。……昨日は、久しぶりに熟睡出来ました」

 

 肩の荷が下りたように柔らかな声で、総理がそう語る。

 眼鏡の奥の瞳は、これ以上ないほど嬉しそうに細められていた。……そして、その眼が僅かに涙で滲み始める。

 

「甘木さん、貴方のお陰です。……あの日、貴方に声を掛けて良かった。貴方を暁学園に勧誘して、本当に良かった……! 」

 

 涙声と共に、月影総理はソファから立ち上がり、ゆっくりと俺の正面へと歩み寄る。そして俺の右手を、彼自身の両手で固く、震えるほどの力で握りしめた。

 

「ありがとう……。本当に、ありがとう、甘木さん」

「総理……」

「現日本総理大臣として。そして、月影獏牙という一人の男として。心から、貴方に感謝を申し上げます。貴方は、私の恩人です……!」

 

 そう言って、月影総理はより強く俺の手を握りしめる。その手から、熱と震えが伝わって来る。

 暁学園の設立、《七星剣武祭》の制覇、そして《第三次世界大戦》への参戦。全て、月影総理が決断してきた事だ。彼が今まで一人で背負ってきた重圧が、ようやく消えてなくなったのだろうか。

 

「……ええ。俺も、貴方の力になれて良かった」

 

 "寄らば大樹の陰"程度の軽い気持ちで、俺は暁学園に加わった。

 『偉い人とコネが出来て嬉しいな、公務員になりたいぜ』とか、その程度のモチベーションだ。

 月影総理に対しても、『将来のコネ先』としてしか見ていなかった。

 

「こちらこそ、有難うございます。総理と会えた事は、俺にとって得難い財産です」 

「ええ、ええ……!」

 

 総理の手を、こちらも強く握り返す。

 

 今は。月影総理の重荷を軽くしてやれて良かったと、心から思える。

 大人として。類稀(たぐいまれ)なる政治家として。そして何より、人格者として。月影総理の事を信頼している。総理のたとえ話を引用するならば、魔剣の担い手として相応しいと心から思っている。

 

 暫くして。

 

「……さて。感傷に浸るのはこれくらいにしておきましょう」

 

 一つ深呼吸をして、月影総理は眼鏡を指で持ち上げた。 

 穏やかな笑みを浮かべたまま、机上に置かれていたアタッシュケースを指さす。

 

「報酬の話です。貴方が今回成し遂げた事は、国家の存亡はおろか、人類の未来すらも左右する偉業でした。当然、国としてそれに相応しい報いをしなければなりません。……どうぞ、開けてみてください」

「は、はい……え、重ッ」

 

 ズシリとした重厚感に怯えながら、カチャリと留め具を外して蓋を開ける。

 

 まず目を引いたのは、鈍い輝きを放つ分厚い純金のインゴット。横には束になった有価証券。姉が就活していたから分かる、一流企業の物ばかりだ。日本国債、外国債券も添えてバランスも良い。更に、ファイルに閉じられた書類には『登記事項証明書』と記されている。東京都市部のタワマンが、俺の名義で登録されていた。

 

「……………………」

 

 いったん蓋を閉める。

 

 何これ?

 

「これでも、甘木さんの功績を思えば安すぎますが……風祭財閥の方で、目録の作成に時間が掛かっていて。これ以上お待たせするのも失礼だと、ほんの一部だけでもお持ちした次第です」

「一部」

 

 今、これでほんの一部って言ったか?

 なんだそれ。一部ってどういう意味? ファントム・ブラッドって事?

 

「あ、えこれ、これその……ご、合計金額とか……」

「正確には時価となるのですが……まだ届いていない分も含めれば、概ね一兆円ほどかと」

「ワハハw」

 

 ウケちゃった。

 世界観が違くない? 中学の頃、俺は生涯賃金の2億円を早めに稼ぎたいなって伐刀者目指したんだけど。一兆円て。小学生が報酬額決めたのか?

 

「あの、受け取れな……」

「正当な報酬です。例えば、イージス艦の建設費用は約1000億円。原子力空母となれば1兆を優に超えます。甘木さんはそれらを上回る偉業を成したのですから、むしろこれでもまだ安いかと」

「貰っても使い道が無さそうなんですが」

 

 個人でイージス艦買えちゃう。買ってどうするってんだよ。

 

「それに風祭財閥総帥、風祭晄三(かざまつりこうぞう)氏の個人資産は12兆7000億です。これを全額譲渡すると本人は言っていたのですが、親族等の説得が難航して……こちらも、片付き次第お渡ししますので」

100億だけもらって後は寄付しますね!!!! 高額報酬最高!!!!!嬉しいなァ!!!

 

 長者番付に躍り出ちゃうって。全員ビックリするよ、なんかよく知らん小僧が急に生えて来てトップになったら。あと風祭財閥の全財産貰っちゃったら、俺は今後風祭凛奈さんとどんな顔して話せばいいんだよ。

 

「な、そんな……いけません、働きには正当な報酬を与えなければ」

じゃあ200億にしちゃお!!!! やったぁ倍になった!!! わーい!!!!!!!

 

 ダメだ、これ以上話をしていると金銭感覚が壊れる。

 200億でも相当強欲というか、ブラックジャックでもそんなに吹っ掛けないよって金額のはずなんですけどね。なんかもう一兆とか聞いちゃったせいで感覚が狂ってるんですよ。俺って今強欲なの? 謙虚なの? 強欲で謙虚な壺。

 

「……分かりました。では、こちらは一旦保留という事にしておきます」

「是非そうしてください」

 

 お母さんに何て言おう。息子がいきなり200億稼いで来たら腰抜かすわ。というか、そう考えたら200億もウザくなってきたな……。宝くじに当たって自己破産する人も多いと言うが、これもその(たぐい)じゃないか……?

 

「では、もう一つ」

「もう要らないです」

「違います。甘木さんの将来の話です」

 

 将来。

 

 金銭感覚を木っ端微塵にされる前に耳を塞ごうとしていたが、その言葉に動きを止める。

 

「甘木さん。先ほどお渡しした報酬は、私が政治家としての総力を掛けて確保した物です。もう一度同じ物を用意するには、相当に時間が掛かりますし……そしてきっと、甘木さんはもうこれ以上の金銭を望まないでしょう。元々、生涯賃金を稼ぐ事がモチベーションでしたものね」

「……分かってくれてたなら、もう少し控えめな金額でお願いしたかったんですが」

「ふふ、それは出来ません。感謝の気持ちですから」

 

 過ぎたるは及ばざるがごとし。

 昔の人は良いことを言うなぁと思いながら、心底嬉しそうに笑う総理を見つめる。

 

「甘木さん。貴方と最初に出会った時、私は『生涯年収を得たら、彼は二度と動かないだろう』等と思っていました。今となっては赤面の至り、失礼な話です。申し訳ありませんでした」

「いや、昔の俺は殆どその通りで……けどまあ、今は総理の頼みなら大抵の事は聞きますよ」

「ええ、有難うございます。甘木さんにそれ程信頼していただけた事を、心から誇りに思うと共に……同時に、それに()()()()()()()()とも、強く思うのです」

 

 アタッシュケースに入った、貴金属類や有価証券。数十億は下らないであろうそれらを見つめ、月影総理がそう語る。

 

「金銭は、もう甘木さんの必要とする分は支払いきってしまいました。

 名誉も、"世界大戦を止めた英雄"以上の物はそうそう存在しません。

 女性も……もしご希望なら幾らでもご紹介しますが、如何(いかが)ですか?」

「いや……ちょっと、ガチ政治で家庭を築くのは抵抗が……」

「そうですよね。甘木さんならそう言うと思っていました。そうなるとですね。もう私たちには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう言って、総理が俺の目の前へ1枚の紙を滑らせる。

 

「魔剣に溺れない事。魔剣を恐れない事。政治家として、その二つだけは常に心掛けてきました。適切な報酬を払えない者に―――働きへ正しく(むく)いることができない者に、魔剣を振るう資格も、人の上に立つ資格も無い、と」

「…………!」

「戦争は終わり、政情は安定しました。カール・アイランズ氏の招聘により、技術力も向上する見込みです。日本は少しずつ、《天譴》に頼らなくても良いようにしていきます。魔剣を振るわずとも、独力で歩めるように」

 

 目の前に置かれた、A4の白い紙。

 

「だから、これが最後の報酬です。今までの感謝と、そして御礼を込めた。……すみません、最後に教師らしいことをさせてもらいました」

 

 それは、『進路希望調査票』と題されている。

 

 

 

「貴方に渡せる最後の報酬は、"地位"です。貴方が正しく、健やかに成長できるように。学び舎から巣立てるように。貴方が、成りたいものに成れるように。私が、総力を挙げてサポートします」

 

 

 

 肩の荷が下りた柔らかい笑顔で、月影総理が―――いや、暁学園理事長、月影獏牙が笑う。

 

「広まりすぎた《天譴》の名声については、影武者を立てます。カール・アイランズ氏についても、既に『日本に忠誠を誓う』という契約は結ばせました。しょせん口約束です、貴方が実験に協力せずとも全く構いません。貴方は何一つ気にせず、思うが儘に夢を目指して良いのです」

「成りたい、ものに」

「何でも構いません。サポートも、要らないならそう言っていただいても結構です。ただ先達として、多少の助言だけはさせて欲しいですね。教師の本懐は、生徒の成長を見る事ですから」

 

 白紙の進路調査票を前に固まる俺へ、月影()()はそう言って笑う。

 『私は本来、教師が天職だと思ってるんですよねぇ』と。そう穏やかな笑みを浮かべる。

 

「………………」

 

 俺の、やりたい事。成りたいもの。

 俺が遅ればせながら手に入れた、戦うための理由。

 

 

「その進路調査票に有効期限はありません。何度でも、何回でも、提出いただいて結構です」

 

 

 《暴君》アダムス・ゲーティアを前に、怯んでしまった時。そして、覚悟を決めた時。

 その時、咄嗟に頭の中に思い浮かんだ人は。

 

 

「ただ……私の眼には、貴方はもう答えを得ているように見えますがね?」

 

 

 俺は――――。

 

 

 

 




『破軍学園に戻ろうと思う』
『リーグ選手に興味がある』
『もう少しだけ働いてみる』
『……ケーキ屋も良いかな』
 
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

(政府の)犬です、よろしくお願いします(作者:TE勢残党)(原作:魔法科高校の劣等生)

なお調整体なのでそれ以外の人生は存在しない模様。▼魔法科特有のクソみたいな民度と世界情勢の中を楽しく生き足掻こう。▼12/18追記:世界一位様より「榊創一朗」「榊白巳」ふたりの支援絵を頂きました。毎度ありがとうございます。▼【挿絵表示】▼ ▼【挿絵表示】▼5/6追記:柿乃 藻屑様より支援絵をいただきました。ありがとうございます。▼【挿絵表示】▼【挿絵表示】▼…


総合評価:32804/評価:8.92/連載:131話/更新日時:2026年08月30日(日) 12:59 小説情報

魔法や異能が存在しても、主人公になれるかどうかは別の話(作者:考える人)(オリジナルファンタジー/コメディ)

 中学三年の夏、ごくごく一般的な少年である渡谷(わたがや) 雪春(ゆきはる)は、怪しい男の勧誘を受け、まるでフィクションのような世界――魔法や異能が存在する世界へと飛び込むことになる。異能を学ぶ学園に入学した雪春が望むのは、もちろん漫画やラノベの主人公のような存在になること。夢にまで見た世界が実在していたことで、浮かれ切った雪春はそうなれると信じて疑わなかっ…


総合評価:37364/評価:9.09/連載:112話/更新日時:2026年08月29日(土) 19:02 小説情報

【書籍化】男女比が壊れた世界でギスギスする話(書籍タイトル:恋奪の教室)(作者:月島しいる)(オリジナル現代/恋愛)

男女比1:200の壊れた世界で人間関係もぶっ壊れていく話。▼■MF文庫J様から9月25日に1巻発売予定です。▼■カクヨムにも投稿しています。▼https://kakuyomu.jp/works/822139837919807587


総合評価:47034/評価:9.19/連載:93話/更新日時:2026年08月13日(木) 21:08 小説情報

禪院全「全ては僕の為に」(作者:羂索ハードモード)(原作:呪術廻戦)

一九七七年、冬。▼呪術御三家が一つ、禪院家に、一人の『化け物』が産声を上げた。▼その名は禪院全。生まれながらにして規格外の呪力を宿し、父の歪んだ野心という名の呪いを背負わされた少年。▼彼が与えられた生得術式は、他者の術式を根こそぎ奪い取り、己の糧とする禁忌の力――【簒奪呪法】。▼奪うも与えるも思いのまま。才能に恵まれず虐げられる者たちに術式を『禅譲』しては狂…


総合評価:27665/評価:9.01/連載:55話/更新日時:2026年07月26日(日) 12:00 小説情報

とある転生者の受難日記(作者:匿名)(原作:七つの大罪)

これは、ひょんなことから転生した男の、ありとあらゆる苦難が綴られた日記である。


総合評価:18217/評価:9.16/連載:33話/更新日時:2026年08月22日(土) 19:07 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>