落第騎士の英雄譚 意識低い系風味   作:一般落第騎士

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第六話

 

 伐刀者は重い社会的責任を課せられると同時に、ある種の特権的地位でもある。

 国によって特別な制度を設けられており、『成人年齢が15歳』というのもそれに伴う処置だ。

 つまり破軍学園の生徒たちは全員成人しており、そのため、七星剣武祭には14歳以下の伐刀者によって行われるユース部とは一線を画するルールが存在していた。

 

 《実像形態》の許可。 

 

 人体を傷つけることなく、精神ダメージを蓄積させる《幻想形態》とは違い、《実像形態》による攻撃は、魔術も霊装も()()()()()()を人体に与える。つまり、《実像形態》で相手を殺せば、死ぬという事だ。

 

 当然ながら危険極まりないため、選抜試合(セレクトマッチ)成立時は必ず教員や救護団が立ち会う事となる。これは特に厳重に指示されており、これらを傍に置かずに野良の選抜試合(セレクトマッチ)を行った場合は、殺人未遂として罪に問われる場合すらあると通達されている。

 

 

 成人した《伐刀者(ブレイザー)》が真剣を持って試合をすれば、死者が出る事は十二分にあり得る。

 

 

 それに納得したうえで誰もが試合出場を決め、観客たちもそれを受け入れた上で観戦している。

 《天譴》甘木悠でさえそうだ。

 

 故に当然、東堂刀華もその一人で。

 

 

「え……」

「……おい、嘘だろ……!」

「何が起こった!? 《天譴》は指一本動かしてなかっただろ!!」

「気にしてる場合かよ!? あれ……し、死んで……!!」

 

 

 此処で死ぬことも、当然覚悟していたのだろう。

 

 

 次を。

 次の次を。

 次の次の次を、彼女は求めていた。

 

 どれだけ敗北しても、諦めなければいつかは勝てる。挑み続ければいつかは届く。

 その考えはある意味正しい。

 

 しかし、一点だけ瑕疵がある。

 

 

 『次が無い敗北』という物の存在を、少しは考慮に入れておくべきだっただろう。

 

 

「ぁ、ゃ……」

 

 

 頭が落ちて、東堂刀華の口がパクパクと何かを言いたげに動いた。声帯を振動させる空気を取り込むことが出来ず、言葉にならない何かが口から漏れ出た。

 

 一拍遅れて、脳の制御を失った身体がドシャリと崩れ落ちる。

 数度の瞬きの後、スゥと瞳から光が消えた。

 

 試合開始直後に魔力を全開で放出し、制御に全神経を集中し、次の瞬間に首を断たれた。

 

 そのため、彼女は開始線から一歩たりとも動いていない。噴水のように噴き出した鮮血はシャワーのように周囲にまき散らされ、しかし遠く離れた《天譴》には一滴たりとも届いていなかった。

 

「刀華―――――!?」

 

 我を忘れ、御祓泡沫が観客席へ駆け寄ろうとする。

 観客席がざわめく。《実像形態》での実戦では、確かに不慮の事故があり得る。最悪の場合、観客さえ巻き込んだ事故が起こる可能性さえある危険な試合だと、彼らは理解していたはずだった。

 

 しかし《雷切》東堂刀華が断頭され、首から血を噴き出して倒れる姿はあまりにも衝撃的すぎた。どくどくと地面を血で染めていく首無し死体が、知識以上のリアリティを以て彼らに“死”という現実を突き付けていた。

 

 

「《時間凍結(クロックロック)》!!」

 

 

 騒然とする会場に一発の銃声が響く。

 

 《世界時計(ワールドクロック)》、新宮寺黒乃。時間を(つかさど)る因果干渉系能力者。銃型の固有霊装で射出した弾丸により、対象の時間を停める事が出来る。

 iPS再生槽と彼女の異能によれば、断頭後1分も経過していない、脳死間もない東堂刀華を蘇生するなど容易い事だった。

 

「担架用意!! 急げ、私の魔術が効いている間にカプセルへ搬送するぞ!!」

 

 リングへ担架を背負った救護スタッフが飛び込み、東堂を退場させていく。時間凍結によって停止した出血も洗い流される。一分も経たない内に、惨劇の痕跡は全て消えてなくなった。

 

 だが、その衝撃はいまだ残っている。

 観客席中がざわめく中、実況の使命を思い出した月夜見が震える声で何とか言葉を吐き出した。

 

 

『な、なにが……何、何が起きたのでしょうか! 我々は今、一体何を見たのでしょう!?

 試合開始直後に東堂選手が魔力を迸らせたかと思えば、次の瞬間には彼女の首が落ちていました!! あれは魔力制御のミス……? 東堂選手の自爆、なのでしょうか……!? 解説の折木先生、いまのは一体!?』

 

『……東堂ちゃんのミス、ではないね。後先考えない全力ではあったけど、ギリギリのところでちゃんと制御されてた。となると当然、甘木くんが何かをしたんだろうけど……甘木くん、その辺りどうかな?』

 

 既にアリーナを去ろうとしていた甘木悠は、解説役の折木有里の言葉に少し考える素振りを見せた後、緩やかに首を振った。

 

「すみません、手の内をむやみに晒したくないので」

 

『……だよねー。これかな? って思うのはあるけど……解説役として、生徒の不利になる事は止めておこうか』

 

「ありがとうございます。お二人とも、実況解説お疲れさまでした」

 

 そう言って、甘木悠は今度こそアリーナの出口へ歩いていく。

 後には、今の試合について騒ぐ観客たちだけが残された。

 

 

「新しく編み出した伐刀絶技か……?」

「いや、魔力の起こりは全く見えなかった」

「東堂会長の自爆、ではないんだよな……? 刀も抜いてなかったのに、斬ったってのか?」

「分からん。東堂が新技制御に失敗したって方が100倍納得いくが……ビデオ撮ってたよな? 部室行くぞ、超スローで解析しよう」

 

「ぅぇえッ……クソ。やりすぎだ。わざと殺そうとしたんじゃないのか、あれ」

「宣戦布告されてピキッてたんじゃないのか。あんな殺し方……」

 

 先ほどの異技に戸惑う者。能力の解析を行う者。明らかな故意で殺害したことを責める者。

 多種多様の喧騒がアリーナを支配する中、黒鉄たちもまた同様に衝撃を受けていた。

 

「甘木さんは、去年から戦闘スタイルを大きく変えてきたわね……? 今のは……でも、伐刀絶技以外に考えられないけど……どう能力を解釈すれば、あんな事が……?」

「分かりません……。甘木選手の伐刀絶技は、因果干渉系以外には無力だったはずですが……」

 

 甘木悠。

 伐刀絶技、《内政不干渉(デリクトデューティー)》。

 

 『因果干渉系の能力を防ぐ』という、極めて限定的な無効化系(キャンセラー)能力。去年の七星剣武祭第二位である諸星雄大が持つ『魔力破壊』の完全なる下位互換。

 因果干渉系は非常にレアだ。それに対するカウンター能力など、どう考えても活躍の機会は少ない。『いくら鍛えても*1能力への拒絶強度が上がるだけだったので、伐刀絶技で上に行くことは諦めた』と、甘木本人も去年のインタビュー記事で答えている。

 

 それが虚偽だったのか。もしくは、この数か月で新たな使い道を見出したのか。

 

 ……または、あれが()()()()()で成された物なのか。

 

 試合開始直後から眼に魔力を集中させて試合を観ていた黒鉄一輝には、答えの一端が掴めていた。

 

「……魔力放出の応用だ」

「イッキ?」

「薄く固めた魔力を、()()()()()()()()()発生させた。微かながら、魔力の残滓が見えた。目を凝らさなければ見えないほど薄く、だからこそ鋭い魔力の刃。それが東堂会長の首を斬ったんだ」

「え、ええ……? 冗談でしょう、先輩? 魔力放出ってそんな技じゃないわよ……?」

 

 体内から魔力を放出し、常人を超えた膂力を発揮する。魔導騎士における基礎中の基礎。それが魔力放出だ。断じて不可避の刃を射出するようなイカれた技ではない。

 

 そう思わず否定した有栖院は、黒鉄の真剣な表情に顔色を変えた。

 

「……冗談じゃ、無いのね……」

「……魔力制御に優れた伐刀者ほど、遠方まで魔力を届かせる事が出来る。糸型の霊装を用いて同じ事をする、『鋼糸(こうせん)使い』と呼ばれるタイプの伐刀者もいる。彼のやったことは、その延長だ」

「信じ難い話ですね……。私には、お兄様の言う魔力の残滓も感じ取れませんでした。七星剣王の《迷彩》が常軌を逸して上手かったからでしょうか」

「《迷彩》もそんなイカれた技術じゃなかったはずよね……?」

 

 魔力循環を効率化し、使用する魔力を極限まで抑えることで、敵に魔力の流動を感知させない技術。それが魔力制御の応用技である《迷彩》だ。既に放出してしまった魔力を、それも相手の首元に届いてまで感知させないなど、《迷彩》のレベルを遥かに超えている。

 

「七星剣王は戦闘に関わる全ての技術を(きわ)めています。基礎的なスペック全てが飛び抜けた次元にいる。だからこそ、一度たりとも伐刀絶技を使わずに七星剣王になったのですから」

「……なるほど。超えるべき壁は高いって訳ね」

「良いじゃない。それでこそ、挑みがいがあるってものよ……!」

 

 黒鉄珠雫の解説に、有栖院は身体を震わせ、ステラは不敵な笑みを浮かべた。

 

 彼女の中に潜む、獰猛な怪物(ドラゴン)としての側面。いまだ誰も気付いていない、本人さえ己の異能が炎を操る物だと誤解しているそれが、己と同格かそれ以上の怪物へ闘争本能を燃やしているのだ。

 

 破軍学園、代表選抜戦。

 6名の代表者を決める選抜試合(セレクトマッチ)は、未だ始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

「ふう」

 

 試合後。自販機でいちごオレを買って一息つく。

 

 視線でスッてやって斬ってもよかったが、せっかくの試合なのでちゃんと魔力を出して斬った。

 

 舐めプせず、変に忖度もせず、普通にやって普通に勝った。俺の人間レベルはまた一つ上がったと言っていいだろう。なんか東堂会長も『ありがとう』って言ってくれたし。関係修復できそうで良かった。

 

 まあ……自分から何かするほどのエネルギーは無いけど……。

 東堂会長が美少女なのが悪い。目の前にするとなんか緊張して上手く話せなくなるのだ。戦闘能力は上がり続けているというのに、俺はいったいいつになったら思春期を卒業できるのだろう。

 

「……甘木」

「あ、新宮寺先生。お疲れ様です」

 

 また美女が来たよ。なんだこの学園、面接で全員顔採用したのか?

 とかの動揺は表に出さず、落ち着いて軽く頭を下げる。

 

「先ほどはありがとうございました。先生が居てくれたから安心して戦えましたよ」

「……そう、か」

 

 救護団に新宮寺先生が居たので、俺は安心して東堂会長の首を()ねる事が出来た。

 《実像形態》での試合は死の危険があるとはいえ、まさか本当に殺したい訳が無い。なんで恨みも無い東堂会長を殺さねばならんのだ。カルマ値が上がる。

 

「少し、安心した」

「はい?」

「お前が血に飢え、故意に東堂を殺そうとしたのではないかと不安になってな。きちんと私の《時間凍結》による蘇生を前提とした行動だったか」

「そんな訳無いじゃないですか。首にしたのは単に、それが一番早く終わるってだけですよ」

 

 先生の中の俺ってどんなイメージなんだよ。ちゃんとやろうと思ったから首を斬ったのに。

 

 俺は黒鉄への失言を機に反省し、体面を取り繕う事の重要さを覚えた。舐めプはしないようにしようと決めたのだ。首を断てば一瞬で終わるのに、腕や足を斬るのは単なる遅延行為だろう。東堂会長なら片手無くなっても刀を振ってきそうだし。

 

「東堂先輩の経過はどうですか?」

「……身体面は、順調だ。切断面があまりにも綺麗だったからな……恐ろしい事に、治療そのものは明日にでも終わるだろう。本人の雷撃による傷の方が深いくらいだ」

「おお、良かったー……あ、です」

「良い、無理に敬語を使わなくとも怒ったりはせん。他にもっと酷い口の利き方をする生徒もいるしな」

 

 そう言って、新宮寺先生はタバコを取り出そうとし、生徒の前だと気づいたのか慌てて戻した。

 そのまま、何か言いづらそうに顔をしかめて話し出す。

 

「……東堂は、どうだった」

「え……? と、特に……? あ、試合前に色々ありがとうって言ってくれたのは嬉しかったです」

「そうか。“強い、手ごわい”とは思わなかったか? ああ、責める意図はない。正直に言ってくれ」

「うーん……まあ、思わなかったですね。会長、結局一歩も動かなかったですし」

 

 スッと斬って終わりだったので、特筆すべき出来事が何もない。首無し死体を見て少しグロいなと思ったぐらいだが、俺の仕業なのにそんな事を言ってはさすがに失礼だろう。

 

「……そうか。東堂相手でも、お前の心には何も残らなかったか」

 

 そう言って新宮寺先生が顔をしかめる。まずい、フォローしなければ。

 

 

「ああ、でも、尊敬はしてますよ。東堂会長も、黒鉄とかもそうなんですけど……()()()()()()()()()()()()は、とても凄いと思います。自分には出来ないので」

 

 

 これは本心だ。

 

 

 才の無い事に取り組もうなど、欠片も思えない。

 簡単に出来ることしかしたくない。

 

 

 なので、俺より頑張っている人間を見ると心苦しくなる事もある。

 

 あんなに才能が無いのに、使命や信念の為に己を練り上げている。他にもっと向いている事がいくらでもあるだろうに、わざわざ適性の無い鉄火場に飛び込んでいく。そういう姿を見て、国防とは残酷な物だと考えたりもする。

 

 東堂会長もそうだ。『若葉の家』という孤児院の為に働いていると以前御祓副会長に聞いたことがある。あれは模擬戦前だったか? 御祓副会長は皮肉や当て擦りのつもりで言ったのだろうが、俺は本当に感心したものだ。

 

「東堂会長も、保母さんとかの方がよっぽど向いていると思うんですが……。それなのに、己の信念を広める為に戦っている。本当に、尊敬に値する人だと思います」

「……そうか。それ、は……東堂には、直接言うなよ」

「あっはい。ごめんなさい」

「いや……。本当に、お前に悪気は無いと分かるからな」

 

 また言葉選びをミスってしまったらしい。

 人はそう簡単に変われないということだろうか。いや、こういう細かなミスを記憶しておく事で成長につながるはず……。

 

 新宮寺先生は少し沈黙した後、どこか辛そうにこう言った。

 

「……同格の相手がいないというのは、不幸だな」

「え?」

「私は、お前のような人間を一人知っている。才に溢れ、魔導騎士の頂点まで上り詰めた女だ。

 そいつも、お前と同じような事を言っていた。

 『雑魚が頑張ってるのを見ると、あまりにも哀れすぎて涙が出てくる』とな」

「本当に俺と同じ事言ってます?」

 

 100倍性格が悪くないか?

 

「そいつは、運よく生涯のライバルとなる相手に出会う事が出来た。……自惚れでなければな。

 そしてそれは、お互いにとってとても幸せな事だった。

 全力をぶつけられる相手がいる。己の全てを出し切っても、まだ敵わない相手がいる。その二人にとって、それは涙が出るほど嬉しい事だった」

「…………」

 

 誰の事を話しているか、何となく見当がつく。

 

 Aランク騎士、《夜叉姫》西京 寧音。KOK世界ランキング第三位の超トップランカーだ。

 勿論知っているし、彼女のドキュメンタリーも見たことがある。幼少期は荒れに荒れていて、暴力を撒き散らしていた時もあったと聞く。そして、学生からプロリーグに至っても、彼女の好敵手として張り合ってきたのが目の前の彼女、《世界時計》新宮寺黒乃先生だということも。

 

 しばしの間遠くを見つめた後、新宮寺先生は微笑んでこう言った。

 

「……大丈夫だ、甘木。

 いつか必ず、お前を負かす相手が現れる。100%の力を出しても届かない時が、悔しさで夜も眠れなくなり、涙で枕を濡らす夜が来る」

「不吉ですね……。別に、来てほしくも無いんですが」

「そう言うな。これは、私なりの激励だ」

 

 フッと笑って、先生が俺の背中をポンと叩く。

 

「いや……あの、本当にいらないんですが……」

 

 全力を出したいとか、そんな血に飢えた事一度も考えたことない。

 一生イージーモードで良い。白熱する戦いはゲームで十分やっている。リアルでは別に……。

 

 本人がバトルジャンキーなんだろうな。だから『全力を出せなくて可哀想』なんて考えが出てくるのだ。俺はそんなこと一回も思ったことないが。

 

「ふむ……」

 

 新宮寺先生は少し黙ったかと思うと、『いい事を思いついた』と言わんばかりに笑顔でとんでもない事を言ってきた。

 

「……そうだな。甘木、よければ私から師匠を紹介することも出来るぞ。《闘神》と呼ばれる、私も尊敬する方でな。東堂の弟弟子になるが―――」

 

 やば。

 

「せんぱーい。先輩にお客さんが来てるっすよー」

 

「アッなんか呼ばれてるみたいです!! すみません先生、お誘いありがたいわけないんですが、とりあえずは独力でやっていきますので! では失礼します!! お仕事頑張ってください!!」

 

 超早口で別れの言葉を告げ、俺は慌てて逃げだした。

 

 あぶなっ。なんか自然な流れで弟子入りさせられそうになった。

 何故強くなりたくもないのに修行しなければならんのか。そんな弟子を抱え込む師匠も可哀想だし、そもそもモチベが無いのに行っても失礼だし、誰もが不幸になるだろう。

 

 確かに俺は人間的成長を遂げたいとは思っているが、欲しているのはコミュ力、いわゆる女子混合グループでワイワイ話せるようになるタイプのやつで、滝で座禅を組んで手に入れる心の強さ系の物ではない。新宮寺先生は一人で『俺より強い奴に会いに行く』やっててください。

 

 コワ~。桃井がたまたま呼んでくれて本当に助かった。

 

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