第1話 紫電の檻、孤独の邂逅
木ノ葉の夜空を、不自然なほどの紫色の雷鳴が引き裂いていた。
儀式場の中心に座らされた五歳の連は、周囲を囲む結界班の怒号も、降りしきる豪雨の音も、どこか遠い世界の出来事のように感じていた。彼の前には、巨大な「祭壇」として機能する鉄の柱。そこには、里が長年かけて追い詰め、ついに捕獲した雷の化身——**十雷龍バアル**が、チャクラの鎖に繋がれ、憎悪をたぎらせていた。
バアル「このガキが……妾(わらわ)の器か?」
脳内に直接響く、低く、重厚で、どこか艶やかささえ感じさせる女性の声。
連は無言で顔を上げた。目の前に、巨大な紫光を放つ龍の瞳がある。その瞳には、人間への底知れぬ蔑みと、誇り高き獣の矜持が宿っていた。
バアル「……五歳か。脆弱、あまりに脆弱よ。木ノ葉の猿どもめ、このような幼子に妾を封じ、御そうというのか」
バアルの咆哮とともに、地響きのような雷鳴が轟く。結界班の忍たちが悲鳴を上げ、次々と弾き飛ばされていった。暴走する雷チャクラが、連の小さな体を焼き、皮膚を裂く。
しかし、連は泣かなかった。
痛みに震えることもなく、ただ静かに、その澄んだ瞳で巨大な龍を見つめ返した。
連「……騒がしい。静かにしてくれないか」
その一言が、バアルの動きを止めた。
死を前にしてなお、この幼子は恐怖に屈していない。それどころか、己の体内に流れ込む「死の雷」を、冷徹なまでの冷静さで受け入れようとしている。
バアルは、喉の奥でくくくと笑った。
バアル「面白い。……よかろう。泣き喚く稚児ならば食い殺して逃げようと思うたが、その『冷たさ』、妾は嫌いではないぞ」
バアルの巨大な体が、紫色の光となって収束していく。
連の腹部に、複雑な「封印式」が刻まれ、肉を焼く煙が上がった。激痛が全身を駆け巡る。それでも連は、唇を噛み締め、膝を突くことさえ拒んだ。
バアル「覚えておくが良い、連。妾の名はバアル。天を統べる雷龍なり」
連「……」
バアル「今この時より、お主の命は妾のもの。妾の力が必要ならば、その冷徹な魂を削り、常に最高の舞台を用意せよ」
最後の一閃が走り、丘には静寂が訪れた。
雨の中に立ち尽くす五歳の少年の背後に、幻影のように十本の雷の尾が揺らめき、そして消えた。
これより十数年後。
師・如月出雲と共に「紫電流」を振るい、里の影を駆ける冷徹な忍の伝説が、ここから始まったのである。
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バアルを封印してから数日後。里の外れにある修練場。
五歳の連は、己の内に宿る巨大すぎる「バアルの拍動」に振り回され、高熱と電磁波による頭痛に耐えながら、一人で地面に座り込んでいました。
周囲の草木は、彼が無意識に放出する紫電によって黒く焦げ、誰も近づこうとはしません。
出雲「……あーあ、ひどい有様。これじゃ、里の可愛い男の子たちが怖がって近寄れないじゃない」
静寂を破ったのは、ひどく場違いな、艶っぽくも快活な女性の声でした。
連が顔を上げると、そこには一人の女が立っていました。
高い位置で結い上げたポニーテール、紫色の瞳。そして、五歳の子供が見るにはいささか刺激が強すぎる、大胆に開いた胸元。彼女は腰に提げた瓢箪からグイッと酒を煽り、プハァと満足げに息を吐きました。
出雲「あんたが新しい人柱力? 名前は……連、だったかしら」
連「……誰」
連は短く、冷ややかに問い返します。その瞳には、すでに五歳児とは思えぬ拒絶の光が宿っていました。
出雲「今日からあんたの師匠になる、如月出雲。よろしくね、坊や」
連「いらない。……近寄らないで。焦げるよ」
連の言葉に応じるように、彼の周囲でバアルの紫電がパチパチと爆ぜました。内なるバアルもまた、精神世界で不快そうに尾を揺らします。
バアル(『妾の力を制御できぬ未熟者が……出雲と言ったか。その女、気に入らぬな』)
しかし、出雲はそんな警告を無視して、ひょいひょいと焦げた地面を踏み越え、連の目の前まで歩み寄りました。
出雲「焦げる? 誰に向かって言ってるのかしら。私、こういう『熱い』のは嫌いじゃないのよ」
出雲が手を伸ばすと、連の頬を紫の電光が走ります。しかし、彼女はその手を止めません。バチィッ! と激しい音がして、出雲の手のひらが連の頬に触れた瞬間、彼女は自身の雷チャクラを逆流させ、バアルの拒絶反応を強引にねじ伏せました。
連「なっ……」
連が驚きに目を見開きます。
出雲「いい? 忍術ってのはね、根性じゃなくて『余裕』で回すものよ。あんた、肩に力が入りすぎ。そんなんじゃ、その腹の中の『メス龍様』に振り回されて一生終わっちゃうわよ?」
精神世界の奥底で、バアルが「……ほう」と声を漏らしました。己の雷を力技ではなく、さらに洗練された「質」でいなした女に、わずかな興味を示したのです。
出雲は連の前にしゃがみ込むと、ニカッと豪快に笑いました。
出雲「あんたのその冷めた目、気に入ったわ。私が最高の『紫電流』を叩き込んであげる。その代わり……将来イケメンになったら、私の酒に付き合いなさい。いいわね?」
連「……勝手にすれば」
連は顔を背けましたが、出雲の手のひらから伝わる温かさと、自分を恐れないその瞳に、初めて「孤独」ではない何かを感じていました。
これが、後に木ノ葉の影を統べる最強の師弟が、初めて交わした言葉でした。