シェリー編は今回で終わる予定でしたがもう一回続くんじゃ
お気に入りも増えてきて笑うしかない
とりあえずこんな私の妄想に付き合ってくれる貴方に感謝
大講堂の扉が開かれると、そこから〝反逆遊戯〟レックスが歩いていき、その後ろを数人の黒ずくめが付き従う。
彼らが近づくと生徒たちは皆顔を伏せた。
大講堂は三階まである巨大な吹き抜けのホールであり、出入り口は全て黒ずくめの連中が塞いでいる。
彼らは私語も許されず、行動の全てが監視されている。
レックスは軽薄な笑みを浮かべると悠々とその大講堂の奥にある控室に入った。
「どうなった」
扉が閉まると控室にいた黒ずくめの一人が口を出す。
仮面で顔を隠したその姿、そして低く貫禄のある声…格の違いは一目瞭然だ。
「早速だな痩騎士さんよ。制圧はほぼほぼ完了だ、外じゃあ騎士団の連中が騒いでるが、それだけだな」
「そんなことはどうでもいい。アーティファクトは回収したかと聞いているのだ」
「あー。アーティファクトね。たぶん桃色のお嬢ちゃんが持ってんじゃねぇかなって思うよ」
「回収できなかったと?」
「まぁそういうことになるな」
「ふざけるなよ貴様」
瘦騎士の魔力が膨れ上がる。
明確な殺気がレックスを捉える。
僅かに頬を引きつらせ
「そう怒んなって。大体の場所はわかってるからよ、すぐ回収してくっからさ」
「…次しくじれば殺す。いいな」
「わかった。わかったって」
有無を言わせない迫力だった。
両手をあげて部屋から退出するレックスを瘦騎士は鋭い眼光で見送る。
部屋から出る直前、思い出したようにレックスが言った。
「そうだ、ちょっとやべぇやつがいるかもしれねぇ」
「ほう?」
「サードが何人も殺られた。セカンドも二人。直接心臓を潰された奴と、急所に小さな穴をあけられた奴、そして首がへし折られた奴がいた。穴開けられた奴は細剣かなんかだろうな。首の奴は純粋な力だ。かなりの手練れだぜ?」
言いながらレックスは嗤った。
さながら飢えた獣のように。
「…シャドウガーデンか。ようやく誘い出せたな」
「だろうな。アンタも気をつけた方がいいぜ?」
「クク…この私にか?」
「ま、アンタなら大丈夫だろうよ。そんじゃあ行ってくるぜ」
そう言って今度こそレックスは部下を連れて控室を出ていった。
痩騎士は仮面の下でくくく、と笑みを漏らしながら
「ようやくだ。…ようやく全てが叶う…。これで私は、ラウンズへと返り咲く」
◇◇◇
それはレックスが校舎の廊下を歩いている時に遭遇した。
一人の生徒がこちらに向けて歩いてきていたのだ。
レックスはククク、と獰猛な嗤いを浮かべる。
まだ獲物がいたか、という嗤いだ。
「おいテメェら、遊んでこい」
レックスは後ろの部下にそう指示を飛ばした。
「はっ」と二人から声が聞こえ走っていく。
本当は自分でもやりたいがこれも部下を伸ばすためだ、と我慢する。
とりあえず壁にでも背を預けながら待とうとした時だ。
ゴキャ、と何かが折れる音が聞こえた。
レックスは驚きと共に目を見開いた。
見ると部下二人の首を適当にへし折り、教室に放り投げている生徒の姿が見える。
学生にこんなことができるやつがいるわけがない。
つまり目の前にいるのは…学生に扮した別の誰か、だ。
痩騎士が誘い出せたと言っていた連中の一人…!
「こんなところでお目にかかれるたぁなぁ! シャドウなんたらさんよぉ!」
レックスは腰の二つの剣を抜き放ち、駆け出す。
素早く接近する姿に生徒はへぇー、と気の抜けるような声を発した後、レックスの攻撃をひらり、ひらりと躱していく。
それもポケットに親指を突っ込んだまま、だ。
舐められている、とレックスは感じた。
「結構速いねキミ。ただの雑魚じゃなさそうだ」
「クソが! ぜってぇ殺してやるよぉ!!」
こちらが速度を上げると向こうも速度を上げてくる。
そんなやり取りを続けていると、先にレックスの息が乱れてきた。
(どうなってやがる…!! なんで相手は息一つ乱さねえ! ガキだぞ! やつは!)
その一瞬の思考が、レックスの動きを鈍らせた。
腹に蹴りが叩き込まれ、大きく身体をのけぞらせる。
そしてもう一撃蹴りが叩き込まれ、ゴロゴロと後方に転がった。
「ちっ、だったらぁ! アミダぁっ!!」
レックスは両方の剣の柄尻を合わせ、アーティファクトを作動する。
するとレックスの周囲に赤い網のようなものが展開された。
「はっ! 今何をしたかわかるか? そう、〝網〟だ! こいつはテメェを捉える絶対の領域、これに触れちまえば、テメェは終わ…り?」
よく視界を凝らす。
相手の姿が見えない。
どこに行ったのか探すべく周囲を確認しようとした時だった。
「へぇ、こんなアーティファクトあるんだ」
背後から、声が聞こえた。
「相手がこれに触れると所有者になんかしらの情報がくるのかな? それとも強制的になんか加速の術式が解除されるだけなのかな? まぁなんにせよ───発動前に距離詰めちゃえば意味ないよね」
ゴッ、とレックスの頭部の横から拳がのめり込み、教室に投げ飛ばされる。
クソカスが、と心の中で愚痴りながら立ち上がって…ふと、教室全体に意識を向けた時だった。
───サードの連中が、適当に詰まれていた。
一目でわかる、全員死んでいる。
サードだけではない、セカンドも数人、首が、千切れ
「掃除が大変そうだから教室に集めてたんだよね。ちょっとドアとか壊れてるけど…どうせ直すのは僕じゃないし」
能天気な声が聞こえる。
足音は確かに近づいている。
レックスは初めて恐怖で体が震えた。
「な、なんなんだテメェは!!」
「安心してくれ」
男はレックスに答えない。
むんず、と見えない速さで首を掴まれた。
にっこり笑って男は言った。
「今から君も〝ここ〟の仲間だ」
「い、あ゛っ、あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛っ!! がぎゅ゛あ゛っ゛!?」
ぎり、ぎりぎりぎり
みちみち…
ぶちん
自分の首が千切れる音が耳に聞こえたのを最後に、レックスは永遠の眠りについた。
◇
「容赦ねぇなぁ」
ぱったぱったと翼を動かすキバットが言う。
ワタルはついさっき引き千切った首を適当に放り投げて
「まぁ教団に属してる時点で慈悲なんていらないし。やってることマジでカスなんだもんこいつら。すごいよね、殺すのに罪悪感感じないの初めて。ゼータの時も普通にイラついたし」
「罪悪感なんて最初の盗賊の時点でなかったろ」
「まぁね」
引き千切った男の服をタオル変わりにし、手についた血を拭いていく。
目立つ血は取れたが、完全には取れない。
しょうがない、後でトイレで水洗いしよ、と心に決めてワタルは首のない胴体を積んで、教室もとい死体集め部屋から出てきた。
「さて。とりあえず近辺にいる黒ずくめは全部消したかな。…そういやさっき殺したやつは黒ずくめじゃなかったな。ちょっと強かったし」
「そういやそうだったな、アミダとかなんかのアーティファクト使ってきたし、もしかしてネームドってやつか?」
「かもね。ま、もうどうでもいいけど」
余計な時間喰っちゃった、と呟きながらワタルは途中手も洗いつつ研究室の方へと歩いて行った。
◇
荒らされた研究室。
ニューはそこで、死体を見下ろしていた。
目立たない変装をした、地味目な彼女はその死体の名前を知っている。
「獅子髭のグレン。…魔力を封じられたら、こんなものか」
ニューはせめてもの慈悲として、虚空を睨んでいたグレンの瞳を閉じさせる。
それからニューの興味はもう一人の方へと移る、そちらはまだ息があった。
「マルコ・グレンジャー…〝紅の騎士団〟に入ったのね」
その男をニューは覚えていた。
かつて許嫁であった男。
文通を交わし、舞踏会で踊った相手
親の決めた相手でしかなかったが、ニュー自身最後まで愛を抱くことはなかった。
でも嫌いというわけでもない。
美しい青髪に端正な顔立ち、実力もあり将来は騎士団長になるだろうと言われていた。
そんな皆が称賛する彼と結婚することに不満はなかったし、そうなればきっと平和で、楽しい、明るい未来が待っていると思っていた。
決められた人、決められた道、決められた未来。
かつてのニューは自分というものが薄かった。
周囲に従い、言葉を聞いて、言われた通りに生きてきた。
それが悪いとは思わない、だけど今思えばそれは窮屈な生き方かもしれなかった。
マルコの顔を眺めていると、ふと舞踏会で顔立ちの整った彼をアクセサリーみたいに連れ回したあの頃を思い出す。
何も知らなかった日々を思い出し、思わず苦笑いした。
忘れたい記憶は、大概忘れられない記憶になってしまうものだ。
「ニュー?」
ふと、声と一緒に気配を感じた。
振り向くとそこには今の自分の主が一人、スカーことワタルがいた。
「スカー様…」
「どうしたの? こんなところで」
ワタルはニューに視線をやりつつも、探し物があるのか研究室の棚を開けていく。
ニューはマルコへと視線を移し
「この人、許嫁だったんです」
「…なるほど」
ワタルは作業の手を一度止め、ニューの方へと視線を向ける。
「どうしたい?」
「私個人としては、生かす理由も殺す理由もありません」
「…戻れるチャンスかもしれないよ」
「それこそ有り得ません。私は、永劫にシャドウガーデン…ひいてはシャドウ様…そしてスカー様…貴方様方と共に有ると決めたのです」
「…ありがとう」
そう言ってワタルは小さく微笑んだ。
その微笑みにニューは一瞬見惚れると頭を振って一度思考をリセット。
んん、と軽く咳き込んで
「スカー様、この場を借りてご報告します。現在シャドウガーデンは学園付近に潜伏して待機しております、指示があればいつでも」
「うん」
「ただ、魔力が制限された現状況下では戦闘にはリスクが伴います。普段通りに動けるのは七陰の皆様ぐらいですが、現在王都にいるのはガンマ様だけ。…そして、その、あんまりガンマ様はこういったのは得意ではないような…」
「そうだね。…得意じゃないね」
やる気だけは認めるのだけれど。
「現在、ガンマ様が作戦の全体指揮を執っています。この魔力が制限された状況は長くは続かないと予測しており、無理せずそれを待てばいい、と。黒ずくめの連中は大講堂に立てこもったまま動きは見られません、騎士団は学園周辺を囲っていますが、その中で大きな戦力になりそうなのはアイリス・ミドガルと他騎士団長だけ。平時の対立もあって連携は期待できないでしょう」
「なるほどね…」
「指示がなければ、動きがあるまで待機、ということになりますが」
「それでいいと思う。…あとごめん、ちょっと聞いていいかな」
「? なんでしょう」
「探してるものがあってね。ミスリルのピンセットに、地竜の骨の粉末に…」
次々とワタルの口から挙げられていくものをニューはテキパキと取り出していく。
一通り取り出すとワタルはそれらを受け取ると
「ありがとう、探しに来たはいいけど全然わかんなくてさ」
「いえ、そんな。失礼ながら、何に使うか伺ってもよろしいでしょうか」
「あぁこれ? 学友がアーティファクトに精通しててね、そのお手伝いさ」
「アーティファクトの?」
「うん。今魔力を阻害してるのは〝強欲の瞳〟ってやつらしくてさ。今、学友がそいつを一時的に無効化できるアーティファクトの調整中なんだよね」
「なんと。素晴らしいご友人ですね。これだけの魔力阻害を引き起こすアーティファクトの無効化となれば、かなりの知識が必要です。ガーデンに欲しい逸材ですね」
「勘弁してあげて、一応一般人だからあの子。多分日が暮れる頃にはできると思う。動くならそこ、かな」
「わかりました。我々もそれに合わせて動けるように準備しておきます」
「うん。───あ、何度もごめん、最後にもう一つ」
「? なんでしょうか」
「ルクレイアって人について、知ってることを紙に書いてほしい」
◇
ニューは知ってることを可能な限り紙に書き出し、その紙を折りたたむと彼の胸ポケットに入れる。
「何から何までありがとう、それじゃあ僕は一旦戻るね」
「はい」
背を向けて歩くワタルに向かってニューは一度礼をした。
体を起こしたあと、マルコへと視線がいった。
スライムで生成した刀を首筋に当てる…変わらず、意識はないが死んでもいない。
「命拾いしたわね」
◇
「ごめん、遅くなった」
「っ! おかえりなさい、ワタルさんっ」
「おかえりー」
ワタルが戻ると待っててくれたシェリーとシドが出迎える。
シェリーはワタルから諸々の器具を受け取ると「ありがとうございますっ」と礼を言って早速調整に取り掛かる。
集中してる彼女の邪魔をしないようにソファに座ると、ニューから受け取った紙を広げて、読んでいく。
「何読んでんの?」
小声でシドが聞いてきた
「シェリーのお母さんのこと。ニューから色々聞いてね」
「あー。亡くなってるんだよね、たしか」
「彼女も研究者だったらしくてね。んで、色々あってルスランさんと共同でアーティファクトの研究してたみたいで…〝強欲の瞳〟の危険性に気がついた。そこでルスランさんと意見がぶつかったみたいだけど…その時は一度ルスランが折れたみたいだ。んで、その夜───彼女は強盗に遭い殺された。…どう思うこれ」
「客観的に見ると副学園長がめちゃくちゃ怪しいね」
シドが小声で頷いた。
ちらり、とシェリーの様子を横目で伺う…調整に集中していて、こっちの会話は聞こえてない。
「…杞憂ならいいんだけどね、ホント」
「ワタルそういう家族の話好きだもんね、ツシマとかヨウテイとか」
「うるさいやい。…シド、一応テロのボスに会いに行く予定なんでしょ?」
「うん。見下ろしてる時にそれっぽい人見つけたからね」
「…もしカマをかけて本当だったらさ、〝始末〟は譲るから、〝過程〟はよこしてくれない?」
「外れてたら恥ずかしいの僕じゃん」
「今更気にしないでしょ」
「そうだけど」
シドはちらり、とまたシェリーを伺う。
ずっと集中してるからこっちのことは気にしていない。
「…彼女には言うの?」
「…その時が来たら、選択肢を提示して僕が連れてく」
「知らせないって選択肢もあると思うよ?」
「わかってる。けど、知る権利はあると思うんだ。選ぶかは、あの子に任せる」
「わかった。ひとまず、今は待ち、だね」
二人だけの作戦会議も終え、今はシェリー待ちとなる。
ふぅ、とワタルは軽く息を吐く。
人の裏側なんて見れるものじゃないけれど、人当たりのいい老人の全てが嘘であって欲しくはないなぁ、なんてワタルは思っていた。
少なくとも。
この時までは。
◇◇◇
「できましたっ」
彼女の作業が終わりを迎えたのはすっかり日も落ちたころだった。
元気に言うとシェリーはペンダントをもってワタルとシドに見せてくる。
「お疲れ様」
「日も落ちたし、いい感じだね。学園の未来は、君にかかっている」
少し芝居がかった感じで言って、シドは彼女の肩をぽんぽんと叩く。
「僕たちの手伝いはここまでだ。あとは頑張って」
「は、はいっ。がんばりますっ」
「そういえば、隠し通路は?」
「あ、えと、この辺に…」
そう言って彼女は一つの本棚の本をかちり、と押し込んだ。
するとその本棚がずずずずず、と横に動いてそこから下へ続く階段が現れた。
バイオハザードかよ()
シェリーはランプを手に地下階段へと歩いていく。
階段を下りる前、彼女はもう一回シドらへ振り替えると
「本当にありがとうございました。お二人のお陰でお義父さまを助けられます」
「僕たちは大したことはしてないさ」
「無事だといいね、ルスランさん」
そして地下階段を降りてく彼女の背中を、二人は見守って
「…さて。行こうか」
「あぁ」
互いに漆黒の姿となると、その場から二人は姿を消したのだった。
◇
ローズ・オリアナはじっ…と黒ずくめの人たちを観察していた。
自分を含めた生徒たちが大講堂に連れられてもう長い、すっかり日は沈み外は暗くなっている。
腕を拘束していたロープは隠し持っていた小型ナイフで既に切った。
拘束されてるふりをしながら隣の生徒会の少女へ、またその隣りへと移っているころだろう。
(…いつでも動ける、ですけど、動いたところで、ですね…)
状況は変わらず悪い。
黒ずくめの連中は数は少ないがそれでも一人一人が実力者であり、統率も取れている。
オマケにレックスと呼ばれていた男と、その上官と思われる瘦騎士と呼ばれる男の力は抜きんでている。
実力を見抜けず反抗した教師があっけなく殺された、魔力があっても勝てるかどうか。
幸いにもここしばらくレックスの姿は見ていない、瘦騎士のほうも基本奥の部屋にこもりっぱなしでたまに出てきてレックスが戻ってないことに悪態をつくだけ。
けれど、時間がないのも事実。
時間がたつにつれて身体から魔力が抜けていくのを感じる。
恐らく魔力が使えない今の現象と関係しているかもしれないが理由はわからない。
だが魔力が少ない生徒は何人か体調を崩し始めている、もう少ししたら魔力欠乏症になる生徒もでてきてしまうだろう。
そうなってしまえば、反撃の機会は、もうこない。
心には何度不安と焦りが込み上げたことだろう。
その度に自分に勇気をくれたのはあの少年の姿だ。
自分を身を挺して庇ってくれた、シド・カゲノーの姿を思い起こすたびに、熱いものが込み上げてくる。
彼の想いを無駄にしてはいけない、そう何度も念じながら反撃の時を待つ。
そして、その瞬間は訪れた。
突如として、大講堂が眩く白い光に包まれたのだ。
それが何かはわからない。
だが、これが好機だとローズは本能で感じていた。
一番近くの黒ずくめへ接近し、その隙だらけな姿を手にかけようとした瞬間、気づく。
魔力が使えることに。
使えるようになった理由はわからないが、そんなことはどうでもいい。
ローズは魔力を込めた手刀で断ち切った男から剣を奪うと掲げて吠える。
「魔力は解放されたっ!! 反撃の時だ!!」
刹那、大講堂が沸く。
ローズに続き、拘束を断ち切り、自由になった生徒たちが動き出す。
「会長に続け!! 剣を奪えっ!!」
ローズの戦いに感化され、生徒たちは彼女に続く。
だがいくら魔力が使えるようになったからとて、抜かれた魔力が戻るわけではない。
そして彼女自身に、限界が近いことも。
余力があるうちに瘦騎士を何とかしておきたい、だが瘦騎士は何かを拾い上げるといずこへと立ち去っていく。
「ぐっ…!」
いつしかローズは囲まれていた。
だが今ここで自身が倒れたとしても、受け継がれるものがあるだろう。
無駄ではないのだ。
芸術の国出身のローズが剣を目指したのには理由がある。
それこそ誰にも話していない、子供の夢だ。
ただずっとそれをひたすらに、追いかけてきた。
今わの際に、自分は夢に近づけただろうか。
生涯で最後となる剣を、ローズは振るう。
魔力も力も籠っておらず、別段速いわけじゃない。
それでも、その一撃は今までのどんな斬撃よりも美しい一太刀だった。
何かを掴んだ気がする…それなのに、もうおしまいだなんて。
(あぁ。かみさま。せめて…あと、一日くらいは…)
四方から迫る剣を見ながら、そんなことを願った。
そしてそれは───叶った。
バリン、と大講堂の天井のガラスが割れる。
漆黒の風が巻き起こる。
その真ん中に、漆黒をまとった二人の男がいる。
二人は瞬く間にローズを囲んでいた敵を蹴散らす。
「見事だ。美しき剣を振るう者よ」
漆黒のロングコートを纏った男は言った。
「命を賭けるのは、たぶんここじゃない」
今度はその隣にいた漆黒のフードを深く被った男。
そして今度は、名を名乗った。
「我が名はシャドウ。隣はスカー」
「ろ、ローズ・オリアナ、です」
シャドウと名乗った男の剣と、スカーと紹介した男の剣は、ただ凄まじいものだった。
彼らの剣ははるか高みにあった。
幾重もの技術が交わり、研ぎ澄まされ、終わりのない鍛錬、研鑽の先にある高み。
シャドウとスカー…同じ流派なのだろうかと思ったが、スカーは微妙に違う。
剣戟の合間に体術を織り交ぜ、臨機応変に対応できる様は、数え切れない修練を重ねたのだろう。
色々言いたいことはあるが、彼らの〝技〟は、ローズが見たことないくらいに完成されていたのだ。
ふいにシャドウがスカーに何かを促した。
それに肯定したスカーは、指先に軽く魔力を込めて
「それじゃあ…シンプルに」
その手を掲げて、指を鳴らした。
パチィン、と魔力が弾ける音と共に、変化が訪れた。
「ぐあ!」
ふと、周りの黒ずくめが倒されている。
周囲には、シャドウやスカーと同じように漆黒を纏ったモノたちの姿がいる。
一人、二人なんてものじゃない、何人もいる。
「我らは、シャドウガーデン」
シャドウが呟く。
『陰に潜み、陰を刈るもの』
ニューを含めた漆黒の女性たちがそれに応える。
「───行け!」
最後にスカーがそう合図した。
その瞬間、一斉にシャドウガーデンが動き出す。
瞬く間に、黒ずくめたちが蹂躙されていく。
恰好から一瞬黒ずくめたちの仲間と錯覚してしまいそうになるが、振るう剣はすべてシャドウと同じ。
何人かはスカーのような体術を披露している。
それによく見れば、シャドウガーデンの者たちは皆女性だ。
「このやろぅ!」
一人がシャドウに対して剣を振るった。
シャドウはそれを片手間に防ぎながら、視線は瘦騎士と呼ばれる存在を見ていた。
これから凸しに行く相手だ。
「…っ」
ふと目を離した刹那、痩騎士は、〝学園関係者〟しか知らない隠し通路を起動させ姿を消していた。
壁に隠されたスイッチを迷いなく開けて起動するその様は、間違いなく学園のモノだ。
そしてほとんどの教師陣も講堂に居ただろう。
(…杞憂じゃあ終わらなかったな)
カマをかける前にほぼ黒が確定してしまった。
僅かに。
ほんの僅かにシド・カゲノーは悲しみを見せるとすぐにそれを捨てる。
そして目の前の黒ずくめを斬り捨てた。
「…ん?」
ふと、シャドウが視線を巡らすと、大講堂のあちこちから火が出始めた。
火の出所は…ガス灯か?
「…こんな仕掛けをいつの間に」
「前からだろうな。…おそらく」
スカーの呟きにシャドウが応える。
恐らく痩騎士が離れるついでに操作したのだろう。
「シャドウ様、スカー様」
「ニューか」
いつしか二人の傍らに黒い衣装の女性が跪いていた。
彼女の言葉にスカーが応えた。
「首謀者は学園に火を放ち、逃亡を企てています」
「うむ。…ニュー、ここは任せる。スカー、先に行く」
「わかりました」「わかった」
シャドウはそう言うとコートを翻し、大講堂の扉を付近にいた黒ずくめごと斬り刻む。
黒ずくめの連中を肉塊に変えると同時、外への道を解放したのだ。
そしてその剣は、ローズのモノに酷似していた。
練度は圧倒的にシャドウの方が上だが、ローズにとっては最高の手本だ。
「…素晴らしい剣だった」
ニューと呼ばれていた女性がローズにそう声をかけた。
「あ、ありがとうございます…」
そう返事をすると、ニューは漆黒の刃を精製し戦いに加わる。
ニューの剣もまた、尋常ではなかった。
魔剣士の常識が崩れていく音がする。
シャドウガーデンと名乗った彼らの剣は、既存のどの流派にも当て嵌まらない。
燃え盛る炎の熱で我に返ったローズは先程シャドウが刻んだ扉を指差し
「出口に近いものから外へ!!」
大声でそう叫んだ。
シャドウガーデンの人たちのおかげで、どうにか生徒の犠牲は最小限で済んだ。
負傷したものに肩を貸しながらローズも外へと向かっていく。
「騎士団だ! 騎士団が来たぞ!!」
その言葉に誰もが安堵した。
大講堂から生徒は次々助け出され、いつしか黒ずくめの連中は全滅していた。
そして、シャドウガーデンの人たちもいなくなっていた。
ローズの視界の先に映るのは、燃え盛る大講堂だけ。
まるで最初からなかったかのように、痕跡もなく、誰にも気づかれず、鮮やかにその場から消えてみせたのだ。
「…彼らは一体」
ローズのその呟きも、夜の闇に埋もれていく。
◇◇◇
シェリーは一人燃え盛る校舎を走っていた。
大講堂から救助された人達の中にルスランの姿はなかった。
そうなるとまだ校舎のどこかに隠れているに違いない、とシェリーは考えた。
絶対に助けるんだ、と誓いを新たにしつつ、シェリーは足を動かす。
父の記憶はあまりない、生まれてすぐに亡くなってしまった。
母の記憶も薄れている、しかし子供の頃に遊んでくれたあの笑顔だけは鮮明に覚えている。
母はシェリーが九歳になった夜に殺害された。
クローゼットの隙間から聞こえる母の声に、犯人の獰猛な笑み。
今でも夢に見ることがある。
母が殺されてから数年間、彼女は言葉を喋ることができなくなってしまった。
ただ周囲を拒絶して、母との繋がりを求めるようにアーティファクトに没頭したこともある。
そんなシェリーを引き取ってくれたのが、他ならぬルスランなのだ。
彼との触れ合いで家族の温もりを思い出せたシェリーは、また言葉を話せるようになった。
母との記憶もあるにはあるが、ほとんど家族と呼べる思い出は、ルスランとのものだ。
そんなシェリーの目の前に、一人の男が現れた。
黒ずくめとは違う、漆黒を纏った男。
「シェリー・バーネット、だね」
「は、はい…貴方は?」
「僕はスカー。不躾だけど、君には選択権がある」
「あ、あの、仰る意味が…」
「母の死の真相を知るか、知らずにいるか」
「───っ」
ドクン、と心臓が高鳴る。
今でも夢に見る、あの日の事。
考えなかったわけじゃない、何故母が殺されなければならなかったのか。
正直知りたいかと聞かれれば、知りたい。
「けど、知った事で君は深く傷付くかもしれない。聞かないのも選択だ。…知りたいのなら、僕についてきてくれ。ルスランも助けよう、約束する」
「お義父さまを…!? やっぱり、まだ校内に…」
思考するも束の間、スカーと名乗った男はゆっくりと歩いていく。
正直今の自分では万が一があっては何もできない。
彼と一緒にいる事で、ルスランを助けられる可能性が上がるなら。
そして…家族が側にいれば、真実を知っても強い自分でいれる気がする。
(お義父さま…どうか私に、勇気を…っ)
強い決意を秘めて、シェリーは彼の背中を追う。
その先に待つ、残酷な真実を知らないままに。