陰の実力者のお友達   作:桐生 乱桐(アジフライ)

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14 女神の試練

アレクシアは気に入らなかった。

 

そう

アレクシアは気に入らない。

あ、なんか本のタイトルみたい、とアホなことを頭の中で呟きつつ、じろり、と一つ目の気にならない点を視界に納めた。

気に入らない点は二つ。

 

まず一つ目は視線の先にいるのは大司教代理ジャック・ネルソン。

彼とは昨日大司教殺害事件の件で話したのだが、その際事件の調査を頑なに拒んできたのである。

監査対象が亡くなったからこの話は終わりだ、と抜かしたことが事の始まり。

ついでにアレクシアを見て王女の道楽とか言ってたことも忘れていない。

ハゲろ(ハゲてるけど)

対象が死んだんだから調査の必要性増すだろカス、ということをめちゃくちゃオブラートに包んで言ったのだけど向こうは再度調査をするなら許可を取ってこい、との一点張り。

急いで戻って三日、そこから許可を取るのに早くて七日、戻ってくるのに三日でネルソンが受理するのに一体何日かかるかわからない。

その間に重要そうな証拠は全部消されるに決まっている。

 

(…だからってここで我を通すわけにもいかないし…)

 

無理を通せば周囲の国々からも圧力を受ける羽目になるし、何より民衆の支持だって失ってしまう。

聖教はこの国だけでなく、周辺各国で信仰されているからだ宗教ってめんどくせぇ。

 

(大体少しは喪に服したらどうなのよあのハゲ)

 

演説しているネルソンを睨みながらアレクシアは毒づいた。

大司教の死は一般的には隠されているというのに、なんであんなノリノリで演説ができるのか。

あとネルソンはハゲている。

ハゲ散らかしている。

残った髪もハゲろ。

 

「ねぇ」

 

心の中で毒を吐きまくっていたアレクシアの耳に少し後ろの席からの声。

それは自分の護衛、ということで来賓席に来てもらったワタルである。

 

「なんで僕ここにいるの」

「いいじゃない。ボディーガードよ」

 

ワタルとは先日の朝、濃厚でアツい時間を過ごすことができた。

身も蓋もない言い方するとセ(以下略)したのである。

最初の方は躊躇いがあったものの、いつしか彼は貪るようにアレクシアをめちゃくちゃにしてくれた。

記憶に浸りたいところだが、今は女神の儀式の最中。

おほん、とアレクシアは咳払いをして

 

「応援ありがとうございまーす」

 

ちらりと、隣で笑顔を振りまいてるナツメとやらを視界に入れた。

気に入らない点二つ目が彼女だ。

白銀の髪に青い瞳に泣きぼくろ…そして整った顔立ちに愛嬌もある。

彼女は手を振りながら、民衆の支持を集めていた。

 

天才小説家だか何だか知らないが、アレクシアは今日まで名前を知らなかった。

ワタルに彼女のことを知ってるか聞いたら、彼は「うん、知ってるよ」と言ってきたのでちょっぴり嫉妬もした。

アレクシアが文学にあまり興味を持たないとはいえ、有名どころは知っている。

ナツメはまだ出てきたばかりの新人のはず───はずなのに貫禄、立ち振る舞いに人気…そのすべてがもう胡散臭い。

嫉妬したとは言ったが、大部分を占めているのは同族嫌悪な所が大きい。

そう、アレクシアだって民衆の前では完璧に振る舞い、王女を演じてきたのだ。

己を殺し完ぺきに振る舞っている人間ほど、その本性はどす黒いと相場は決まっているのである。

 

今も過剰に開いた胸元を前屈みになってその谷間を見せつけている。

 

キャピキャピしやがって。

クソが。

 

心の中で毒を吐きながらアレクシアは普段より笑顔増しで民衆に手を振った。

明らかに反応が悪いのが見て取れる。

アレクシアは少し顔を引き攣らせたが、こっちも少し腕を組み胸を寄せて前屈みになると民衆の歓声が良くなった。

少しだけ、だが。

 

(…別に。ワタルは私の胸に夢中だったもん)

 

前日の事を思い出して自分を納得させる。

それに胸元開いてない服だし。

うむうむ、と頷いてちらりと右の方を見やる。

そこにはローズが幸せそうな顔で微笑んでいた。

なんだか朝からずっとこんな調子である。

そんでもってもう一回念のため左のほうに視線を向ける。

瞬間、アレクシアは見た。

 

ナツメはこっちを見て、わずかに片頬を吊り上げて嘲笑するのを確かに見た。

 

アレクシアは心の中でキレた。

 

 

気に入らない。

ナツメ・カフカは気に入らない。

 

なんだかタイトルみたいだわ、とベータはナツメを演じながらそんなことを思っていた。

気に入らないのはただ一つ、自分の右隣にいるアレクシア・ミドガルに他ならない。

 

この女は王女で学友、という立場を利用して敬愛する主の一人に近づく害虫なのである。

今もこの女は自身の護衛と理由をつけて、アレクシアの席の少し後ろにワタルことスカーを侍らせているのも気に入らない。

猫撫で声で民衆に媚び、胡散臭い微笑みで手を振って王女を演じるこの女はどこから見ても胡散臭い。

こうして普段は完璧に振る舞う女に限ってその本性はどす黒いと相場は決まっているのだ。

まぁワタルがこんな女に引っかかるだなんてこれっぽっちも思わないが、万が一ということもあり得る。

 

そうでなくてもこの女はベータが執筆している〝シャドウ様&スカー様戦記完全版〟に相応しくない邪魔者だ。

それはそうと戦記の名前流石に語呂が悪いかな、まぁ考えるのはひとまず後でにして改めてあの女である。

 

王女誘拐事件でワタルが彼女を救い出したと聞いたとき、それはもう腸が煮えくり返る思いだった。

その役はこの私が…で、なく、こんな安っぽい女がワタルの手を煩わせたという事実にベータは怒りを抱いたのだ。

嫉妬ではない。

嫉妬、では、ない。

断じて。

 

その怒りを治めるためにベータはその救われる役を銀髪青目の泣きぼくろがとっても可愛いエルフに置き換え何回も読みふけって夜更かしもしたし、何度か会いに行きもした。

だが今後も〝戦記〟にこの安っぽい女が出てくるとしたらそれは由々しき事態である。

能力も、美しさも、彼への想いも全部自分が勝っているのに、なんでこの女がでしゃばってくるのか。

 

ふ、ふざけるな

 

心の中で悪態を繰り返し、半自動的に民衆の声に応えた。

ついでにチラリとアレクシアの方を見るとその安っぽい胸を強調し民衆に媚びを売っているではないか。

んまー気色悪い。

おまけにそのボリュームはベータと比べて圧倒的に小さい。

一般人にしてはあるかもしれないが、それでも普通クラス、と言ったところか。

 

辛いわー。

銀髪青目の泣きぼくろの可愛いエルフ完全勝利で辛いわー。

 

ちらりと向こうもこちらを見てきたので思わず「ふっ(嘲笑)」を叩き込んでしまった

おおっと、聞こえてしまったかなぁ?

勝ち誇りを気取られないようすかさず顔を背けるが、耳に見知った声が聞こえてくる。

 

「…? どしたのアレクシア」

「別に。気分よ気分」

 

チラリと改めてそちらに視線を向ける。

 

(…んなっ!?)

 

見るとそこにはワタルの片腕に抱きつくアレクシアの姿。

な、なななっ何をしているんだこの女っ!!

この女私が立場上できないことをっ!!!!!

ベータは内心穏やかではなかった。

 

「ちょっと疲れちゃった。少し支えてよワタルぅ」

「慣れっこでしょこんなの」

 

おまけに自然と手を握り…いや恋人繋ぎという風な握り方をしているっ。

聞いたことある陰の叡智でっ…!

ぐ、ぐごがぎごごぎぎメギイガギっ

ベータは変な言葉を心の中で口走った。

 

「いいじゃない。身体まで重ねたんだし」

「理由になってないから」

 

身体まで重ねたっ!?

聞き捨てならないワードが聞こえたベータは、プルプルと震えるのを気合いで耐えた。

こっちだって重ねたことありますけどっ!?

あーん!?

そのままぴくぴくと震えを耐えつつアレクシアらをチラ見していると、ふとアレクシアと目があった。

 

「───はっ(超嘲笑)」

 

あからさまに勝ち誇った笑みをかましてきやがった。

きぃぃぃぃぃぃぃこのクソアマがぁぁぁぁぁぁぁっ。

 

マジギレしそうになるのをベータはシャドウガーデンとシャドウやスカーへの忠誠心でどうにか耐えた。

唇から僅かに血が垂れた。

ローズはずっと笑顔だった。

 

 

「なんかしたい」

「いきなり何言ってんだおめーは」

 

観客席に座りながら〝女神の試練〟のイベントを眺めていたシドはふとそんなことを呟いた。

傍らには来賓席に連れていかれたワタルに代わってキバットとタツロットが入っている無地の肩掛けバッグをしている。

来賓席に持ってけないから代わりに預かって、とワタルから頼まれたものだ。

先の言葉はそんなバッグに入っているキバットである。

因みにタツロットはスヤスヤと寝ている。

 

「いやね、せっかくこんな大きいイベントなんだから、なーんかやりたいなーって思ってたんだけど」

「そう言って色々考えてたけどなんも思いついてないって話しじゃねーか。今回は観客に徹しとけって」

「それしかないかぁ」

 

トーナメントならやりようはあったのだが、今回は基本的に一戦だけ。

キバットの言う通り前日も色々考えたけどあまりいいのが思いつかず、今に至る。

仕方ない、今回は諦めて一モブとして楽しませてもらおう。

賭け試合もあって小銭も稼げたし、それで良しとしたい。

やがて日も沈んで今回のメインイベント、〝女神の試練〟が始まった。

豪華な灯りが会場を照らし、床から古代文字が浮かぶ。

古代文字は光と共にドーム状に展開し、歓声がさらに強まる。

チャレンジャーがドームに入ると聖域が相応しい戦士を選び、戦いが始まる。

一度戦いが始まるともう外から干渉はできず、なんなら死ぬこともあるらしい。

 

「これで戦士が出ないってこともあんだろ? 一回十万ゼニーと割に合わねーよな」

「確かにね」

 

そんな金額だというのに挑戦者は今回百五十人を超えている。

まぁ〝女神の試練〟をクリアできればそれは名誉なことらしい。

クリアするともらえる記念メダルがあればよろしい採用だ、となったりするようだ。

 

古代の戦士が出てきたのは十四人目のアンネローゼの挑戦のときだ。

彼女がドームに入ると古代文字が光を形成し、彼女の前に半透明の戦士が現れる。

解説によるとそいつはボルグという古代戦士らしい。

そのまま二人は戦ってアンネローゼが見事勝利を収めた。

 

「なんだろう、思いの外普通だったね」

「そりゃお前めちゃくちゃ強いからな。お前からしたらパッとはしないだろうよ」

 

そんなキバットのセリフを裏付けるかのように、アンネローゼ以降の挑戦者の中で八人くらい古代戦士が出てきたが、今のところ勝ったのはアンネローゼだけ。

そう考えるとアンネローゼはかなり強い部類だし、同じようにボルグとやらも実力者だったのだろう。

 

「しっかし夜までかかってくると、流石に暇になるなー」

「出たり出なかったりだもんね」

 

時間は進んですっかり夜である。

挑戦者も残り少なくなり、観客もちょこちょこ帰ったりしている。

終了の雰囲気がしてくる頃、次の挑戦者の名前が呼ばれた。

 

「お次はミドガル魔剣士学園からの挑戦者! シド・カゲノーっ!!」

 

「へー、次はシド・カゲノーって言うんだ。なんだか僕みたいな名前だね」

「…そのものズバリでお前じゃねーの?」

「…そうじゃん!!?」

 

声を抑えながらリアクション。

エントリーなんてした覚えない、これは一体どういうことだっ!? と珍しくシドはガチ焦りする。

 

 

ぶふぉ、とワタルがむせた。

いきなり見知りすぎた名前が聞こえ、混乱したためだ。

横でアレクシアが大丈夫? と言ってくるが大丈夫と返しておく。

そしてそのアレクシアの隣のナツメ、もといベータがすごい見てくる。

なんでだろ、と余計な思考を払いつつ、どういうこっちゃと思案する。

シドが何かするなら絶対乱入形式だろうし、少なくともこの試練の事は当日まで詳しくなかったからエントリーなんて有り得ないだろうし、と考えつつ何となくローズを見る。

 

そこにはまるで恋する乙女みたいに微笑ましい顔を浮かべるローズ王女の姿が。

 

「───いばらの道を超えた先には…二人の幸せが待っている…!」

 

…おめーかぁ…。

そういえばテロが終わって救護テントでシドに会いにきてた時。なんか変なこと口走ってた気がする。

もしかしたら身分違いの恋を成就させるべくこの街に赴いたとか思われてるんじゃないだろうか。

とはいえシド的には有り難迷惑に違いないだろうから…うやむやにするしかないかな、とワタルは思った。

見えない所で手に魔力を精製し、それまた見えない速度で天高く放り投げる。

後はこの意図にシドが気づいてくれれば…

 

 

一方でシドもこの流れをうやむやにするしかない、と考えていた。

普通に参加して実力相応の相手が出たら実力がバレるし、拒否したら聖教徒を怒らせかねない。

最悪退学もありうる。

退学になった場合姉に何て言われるかわからない。

気分はもはや〝どーすんの俺〟状態。

 

「っ! おいシド、あれ見てみろっ」

「えっ」

 

突然キバットが指…指? 羽? を突き出し一点を指す。

そちらのほうに視線を向けると小さい魔力の塊がゆっくりと会場の上のほうに飛んでいくと…カッ!! とかなり眩い光が全体を包み込んだ。

多分ワタルだ…ということは、今のうちになんかしろってことだ。

 

「キバットバッグに入ってて! あと多分揺れるかもしれない!」

「お、おう! 何すんだ!?」

「シャドウで乱入してうやむやにするしかないっ!」

「ゴリ押しぃ!」

「よく言うでしょ、目撃者は全員倒せば、それは実質ステルスだって!」

 

キバットのツッコミもほどほどにシドは一般人には気づかれない速度でシャドウの姿をとると会場のど真ん中に降臨する。

 

 

「はて、こんな催しは…」

 

来賓席にて。

急に眩い光が会場全体を包み込んだことに、ネルソンは疑問符を浮かべ、首を傾げていた。

やがて光も落ち着いたころ、アレクシアがハッとした様子で叫んだ。

 

「っ! 見て、あれっ!」

 

彼女の言葉にローズやナツメ、ネルソンが視線を向ける。

彼らの視線の先には会場…そしてその中心には、ロングコートを翻す、一人の男の姿があった。

 

「我が名は、シャドウ」

 

そこにいたのは、昨今騒がれている集団の長たる存在。

 

「陰に潜み、陰を刈る者…」

 

そんな堂々と現れたシャドウに対して、ワタルはふぅ、と安堵のため息を吐きながら

 

(意図は汲んでくれたみたいだ。よかったぁ)

 

シャドウの姿なら仮に古代戦士に選ばれても問題ないし、仮に選ばれなくても結構な騒ぎになるはず。

 

「し、シドくんはっ」

「彼、一体何のつもりで…」

 

ローズ、アレクシアと言葉が紡がれる。

こんな時でもシドの心配をしてくれてる感じ、わりとローズは真剣なのかもしれない。

 

「なるほど、あ奴がシャドウ…、近頃我らの下を嗅ぎまわるドブネズミか…。何のつもりかは知らないが、会場には協会の聖騎士たちがいる、逃げられはせんぞ」

 

そういってネルソンは近くの騎士に招集をかけた。

くくく、とまた小さく笑みを浮かべると。

 

「聖騎士だけではない…。己の力を過信した愚かさをせいぜい悔やむがいい…」

 

聖騎士、という言葉を聞いてナツメ…ベータはぴくりと反応する。

幼い頃適合者を助けるために手を出して苦戦したことを思い出した。

今ならあんな無様を晒すことはないが…と、ベータは会場のシャドウに視線を向けた。

 

(シャドウ様…いったい何を…)

 

予定にない行動。

無論シャドウのことだから、何か考えがあるはずだが…。

少しだけ不安げになるベータの肩に、ぽんと誰かの手が置かれた。

 

「…スカー様」

「今はワタル、ね。ナツメさん。…大丈夫」

 

そう言ってシャドウの方を見る。

彼の顔には何の不安もない、ただ一点、親友を信頼する暖かな笑みがあった。

あぁ、スカー様。

彼が言ってくださるのなら、きっと何も問題はないのだろう。

ならばこちらも、何が起きてもいいように堂々とするのみ。

 

 

「聖域に眠りし、古代の記憶を…今、我らが解き放つ」

 

シャドウが堂々たる様子でその剣を手に構える。

古代文字が光り輝き、そこから一人の戦士を形作っていく。

遠目で見ていたベータはその文字の羅列を読み取り、意味をふと口にしていた。

 

「…災厄の魔女、アウロラ…」

「まさか、アウロラが…っ」

 

ベータのつぶやきとネルソンのつぶやきは一緒だった。

光が収まると、そこには一人の女性が立っていた。

黒い長髪に、ヴァイオレットの瞳、薄い黒いローブに中に来ている紫色のドレス。

芸術的、とも言える美しさを醸し出していた。

 

「な、ナツメ先生…アウロラ、とは」

「…〝災厄の魔女 アウロラ〟。かつて、世界に破壊と混乱を招いた女…」

「…よくそんなの知ってるわね」

 

ローズの問いにナツメが答え、アレクシアが反応する。

そんなアレクシアの言葉にナツメは小さく微笑み

 

「作家ですので。とはいえ、アウロラは〝災厄の魔女〟と伝わっていますが、実際に彼女がどんな混乱をもたらして、破壊を行ったかは記録に残ってないんです」

 

噓ではない。

古代の歴史を紐解くたびに、その女は現れている。

ガーデン内でも、ディアボロス教団に次いで解き明かすべき古代の歴史として、調査が行われているのだ。

そして今、そんなアウロラの容姿が判明…これは確かで、大きな一歩だ。

ベータは胸の谷間からメモを取り出す。

 

(またあざとい所に…)

「お、おぉぉぉぉ…」

 

ワタルはやれやれ、といった様子で悟られないように。

ネルソンはそんな彼女の胸元にくぎ付けである。

 

「司教さま。よろしければ、あの魔女のこと…教えてくださいな?」

 

そして更にベータはその胸の谷間を寄せ、ネルソンに見せつける。

ネルソンはそのたわわな胸元をガン見しながら血走った眼のまま少し興奮しつつそれを抑えて

 

「も、ももももちろんよろしい。姫様方が知らないのも無理はありませんからなぁ」

 

得意げに語りだすネルソンを見て、ローズとアレクシアはジト目になった。

ワタルは仕方ないね、と目をそらした。

男はやっぱりでけぇものに惹かれてしまうのだ。

 

「むしろ、ナツメ先生がご存じだっただけでも驚きです。何せ、アウロラの名は教会でもごく一部でしか知られていませんからな…しかし、シャドウとやらも運が悪い。あれは歴史上最強の女だ、シャドウ如き片手であしらうでしょうなぁ。私が言えるのはここまでです」

 

後は見ればわかると言わんばかりに視線を会場に向ける。

そんなネルソンの話を聞いたワタルはへぇ、そんなになんだ、と会場に視線を向けた。

そしてベータもまた、こうして出てきたシャドウの意図を何となく察した。

彼が口にした〝聖域に眠る古代の記憶を解き放つ〟という言葉…それすなわち、彼はアウロラを解き放つべく姿を現したのだ。

そしてその事を、ワタルも察して大丈夫と言ってくれたのだ。

そこに価値があるのなら、それに従うのみ。

ベータは自然な仕草で、泣きぼくろに触れる。

それは作戦変更の合図。

会場に潜んでいるイプシロンには伝わっただろう、彼女には細かに伝えなくても最善の行動をしてくれると信じている。

 

「お、始まりますな…」

 

ネルソンが呟く。

彼の言葉に促されるまま、来賓席にいる人々は会場に目を向けた。

そこには漆黒の剣を抜いたシャドウと優雅に腕を組むアウロラ。

彼女の笑みは瑞々しく美しい。

 

「…シャドウがそう簡単に負けるとは思えない」

 

不意にアレクシアは呟いた。

彼女の呟きにローズやナツメ、ネルソン、ワタルの視線が集まる。

アレクシアはそれらの視線を特に意に介さず、さらに言葉を続けた。

 

「〝女神の試練〟がシャドウに相応しい相手としてあのアウロラってのを呼んだのなら、シャドウの力は、世界を壊したという存在に届く、ということ。…断定するのは早いんじゃないかしら」

 

言いたいことを言うとアレクシアは改めて会場のシャドウとアウロラに意識を向ける。

そんな言葉を聞いたベータは見る目はあるじゃない、とちょっとだけ感心。

やがて長い沈黙の時間が終わり、戦いが始まる。

 

それはどこか、名残惜しそうに見えた。

 

 

戦いとは対話、だとシドはよく言っている。

剣先や視線、足先、手の動き、呼吸など、全ての行動には意味がある。

意味を読み取り、適切な対処をすることが戦いなのだ、と。

ワタルもそんなシドの言いたいことはよくわかっていて、実際シドとトレーニングで模擬戦することもあるが、シドとの戦いは楽しいのだ。

っていうかやる事なす事規格外すぎてこっちが対応するのが大分大変であり、追い付こうと結構必死だったりする。

研鑽に終わりなどないのである。

ようやく生身の姿でもシドの振るってくる自然な剣にそこそこ適応できるようになってきたが、全力で対応するにはやはりキバ、それもエンペラーに頼らないといけない。

果たして届く日は来るのだろうか。

 

そんなことを思い返しつつ、ワタルはシャドウとアウロラの戦いを見ていた。

久しくシャドウ…シドが楽しそうだと感じる。

まぁここの所彼と戦えるやつがワタルを除くとそういないものだから仕方ないのかもしれない。

現在はアウロラが攻め立てており、シャドウは後手に回っているように見える。

アウロラの武器は魔力を用いて血液か何かを硬質化させて、槍とか棘にして突き刺してくる感じだろうか。

一見ゴリ押しに見えるそれらは、よく見ればかなり精密な魔力操作のたまものだ。

 

「私の言った通り、シャドウは手も足も出ないようですなぁ」

 

横のハゲがそう得意げに言ってくる。

まぁ詳しくないものからしたらこの戦いは攻めまくっているアウロラがぱっと見優勢に見えるだろう。

だがシャドウはまだ攻撃をしていない。

今も対話をしつつ、攻撃を観察しているのだろう。

それを裏付けるように、まだアウロラの攻撃はシャドウに触れてすらいない。

 

「蚊が群れても、獅子は殺せぬ」

 

優に千は越える血液の槍を、シャドウは一撃で消し飛ばす。

今度は槍が大木のように太くなり、周囲からシャドウを狙う。

時に分裂し、顎のようにより強靭にシャドウを攻めていく。

だが、シャドウには当たらない。

 

最小限の動きで回避したかと思うと、次にはその最小限から更に少ない動作で対応する。

見てて惚れ惚れする動き。

 

「…すごい」

「さすが…」

「流石だなぁ」

 

アレクシアの呟きと、ワタルとナツメの声が重なる。

 

「な、なにをしている魔女め! さっさと仕留めるんだ!」

 

ネルソンの声に苛立ちが混じる。

けれどもう、アウロラでは止められないだろう。

それと同時に、ワタルはアウロラに絡みつく鎖のような何かを幻視する。

 

きっとあの人は、本気じゃあない。

 

いや、知らんけど。

なんかそんな気がしてならないのだ。

 

決着は一瞬。

シャドウが踏み込み、アウロラの形成した大鎌が振るわれて、舞う鮮血。

戦いを制したのは、シャドウだった。

その戦いを理解できないものにとっては、それはあっけなく映っただろう。

先ほどまでの激闘がまるでなかったみたいに、会場は静まり返る。

倒れるアウロラは光となって消え去り、シャドウもまたロングコートを翻し、その場から姿を消した。

 

「ば、馬鹿な…! 攻めていたのはアウロラだったはずだ、なぜ負けているっ!」

 

ネルソンが叫ぶ。

きっと彼の眼には最後の最後までアウロラが優勢に見えたことだろう。

だがそれはきっと、ネルソンだけでなく、会場の観客もおんなじのはずだ。

 

「───ふーっ」

「食い入るように見てたね、アレクシア。呼吸も忘れるくらいに」

「っ。…そりゃあね。一応目標の剣なんだもの」

 

少し

ほんの少し顔を赤くして、かつワタルの顔をちらりとだけ見てアレクシアは言った。

そんな光景を見たベータは見えないところで唇から血を流していた。

 

そんな時だった。

 

ゴゴゴゴゴ、と大きな地震が会場を揺らす。

同時に、ドームにぱきり、とひびが入っていく。

 

「んなっ」

 

ネルソンが声を漏らすと同時、パリンとドームが砕け散る。

 

「い、一体なにがっ」

 

ローズの戸惑いをそのままに、目の前で赤い紋章が浮かび上がっていた。

紋章は変形し、姿を変えて会場全体を飲み込んでいく。

ワタルはそれらを見ながら、ふむ、と手を顎にやって

 

(どうやらもう一波乱ありそうだ)

 

そう笑みを浮かべながら呟いたのだった。

 

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