抱いてるしね(直球
「…何をしているのよ、あの女は…っ」
自室で舌を打ちながら、アレクシアは言葉を漏らした。
「ローズ様は王都の方に逃亡したみたいです。まだ王都からは出てないでしょう」
そう事務的に返してくるのはナツメ・カフカだ。
ローズによる婚約者殺人未遂の詳細がいち早く閲覧できたのは他ならぬナツメのおかげだ。
得体の知れない女ではあるが、その情報収集力は役に立つ。
他にもディアボロス教団の噂もある程度提供してくれた。
「オリアナ国王はオリアナ国の問題として処理をしたいようです。ミドガルには手出し無用だと」
「…怪しいわね」
「はい。ミドガルの法で裁くこともできますが、そうなればオリアナとミドガル…両国の関係に影響が出ます。介入は控えるでしょう」
「お父様は様子見するしかないでしょね。事なかれ主義だもの」
そんな父の顔を思い浮かべて、また舌を打つ。
ナツメはそんなアレクシアを尻目に
「ローズ様の婚約者はオリアナ王国公爵家次男、ドエム・ケツハットです。捕まれば厳しい罰が課せられるでしょう」
「王族だから死罪は免れるとして…。いえ、とりあえず王国より先にローズ先輩を見つけ出して、話を聞かないと」
「待ってください。ローズ様はこの事を私たちに相談しませんでした。私たちが介入し問題になる事を避けたのだと思われます」
「わかってるわ。…だからと言って見捨てるなんて嫌だし、友達が困ってるなら力になりたいのよ」
「…お気持ちは理解できます。ですが、もう少し慎重になるべきです」
思いの外情に熱い所もあるな、とナツメもといベータはアレクシアを見やる。
…ワタルとの交流の影響だろうか。
「…もっと情報を集めましょう。ひとまず姉さまに相談してみるわ」
「わかりました。私はローズ様の情報を集めます。婚約者のドエム・ケツハットにも黒い噂があるみたいなので、そちらも」
「ありがと。それじゃあまた今夜、情報交換しましょう。───一応、気を付けてね」
「アレクシア様も」
そう言うとアレクシアは一度部屋を去っていった。
部屋にはナツメが一人…の、はずだった。
「ベータ様」
いつの間にか、一人のシノビが降り立った。
シグマだ。
「ドエムとオリアナ家の情報はもう少し流しても構わないわ」
「いいのですか?」
「整理する情報を増やしてあげれば、足を止めてくれるはずです。今あの王女に突っ走られては面倒…ですが、杞憂でしょうね」
今のところアレクシアは割と落ち着いて見える。
腹立たしいがワタルとの交流により心に落ち着きを生んだのだろう。
推測でしかないが。
「…ローズ・オリアナは?」
「はっ。下水道を抜け、地下遺跡へと向かったようです。ここは複雑に入り組んでおります故、身を隠すに最適かと」
「位置の把握は継続して…。…?」
ベータはシグマから受け取った報告書を見ると、気になる記述が書いてあるのを見つけた。
「…逃走中、胸を苦しそうに押さえる様子を複数回確認…?」
それは───もしかしたら───
◇◇◇
ブシン祭の予選が開幕する。
シド、ヒョロ、そしてワタルの三人は闘技場の観客席で試合を眺めていた。
日は高く、観客もまばら…だがこれでもいいほうだ。
実はシドは昨日二回戦っている、それもその辺の草原で。
予選の一回戦と二回戦は何故か外の草原で行われていたのだ。
相手の質もひどいので当然ながらジミナとしてのシドがワンパンして勝ち抜いた。
そして今日から三回戦、シドとしては本番だ。
ブシン祭としては、本戦から本番だけど。
「ジャガは?」
「実家で畑耕してるってよ」
そう言えばいないあの坊主頭のことをワタルはヒョロに聞いた。
忘れてたがジャガイモ農家だったアイツ。
ヒョロは試合を見ながら何やら熱心にメモを取っていた。
「なにやってんの」
気になったシドが問いかけた。
「バトルデータを集めてんだよ、俺は統計を取り、データを集計して、確率をもとに賭けるのさ。その辺の素人とは違うんだぜ」
「ほーん」
横からワタルはヒョロのメモをチラ見する。
〝強い〟
〝多分強い〟
〝きっと弱い〟
〝わからない〟
そう書かれている。
ゴミみてぇなデータだ、何の参考にもなりゃしねぇ()
ワタルは速攻で記憶から消した。
「賭けってのはトータルで勝つものなんだ」
「そうなんだ」
「すごいねぇ」
シドがあくびをしながら返した。
ワタルは適当に頷いていた。
「なぜならトータルで俺は勝つ男だから」
うるせぇなお前()
「その話、興味深いね」
その時背後から声をかけられた。
どこに興味が惹かれる要素があったんだ。
「あなたは?」
「! あ、あなたは!?」
三人が一斉に振り返り、シドの問いとヒョロの声が重なる。
ヒョロはそいつを知ってるのか驚いていた。
「知ってんの?」
「バカお前ワタル知らねぇのかよ! 不敗神話のゴルドー・キンメッキさんだよ!!」
キラキラしたヒョロのまなざしに、キンメッキは髪をかき上げて答える。
「その二つ名は恥ずかしいな。常勝金龍、ゴルドー・キンメッキと呼んでくれないか」
「はい! 常勝金龍ゴルドーさん!!」
名前の響きは不敗神話のほうが好きだ。
「君は、バトルデータの集計をしているのかな?」
「はい!」
「見込みアリ。俺もデータの集計は欠かさないんだ」
「そ、そうなんですか!?」
「あぁ。常に勝つために、ね」
「か、かっけー!! よろしかったら少しお話聞かせてもらってもいいですか!?」
「やれやれ。少しだけだぞ」
何やらヒョロのテンションが上がっている。
何やら長い話になりそうだ。
「シド、そろそろじゃない? なんか気取られそうになったら適当に誤魔化しとくよ」
「わかった。行ってくるね」
小声でシドとそう会話すると、シドは気配を消してこの場から消えた。
ヒョロはキンメッキの話を熱心に聞いていた。
◇
「次の試合を例にしよう」
「はいっ!」
キンメッキは闘技場に視線を向ける。
そこでは次に戦う選手の名前が呼ばれていた。
「三回戦第十二試合、ゴンザレス対ジミナ・セーネンっ!!」
呼ばれた魔剣士が闘技場に入場、そのまま向かい合う。
「まずゴンザレス。フィジカルの強さは彼の体格を見ればわかる。その眼光と不遜な表情から歴戦のオーラを感じる。彼のバトルパワーは…千三百三十四だ」
バトルパワーってなんだよ()
知らない単語を増やすな。
「な、なんですかそのバトルパワーっていうのは!!」
「集計したデータを解析し、戦闘力を数値化したものだ。彼の数字は悪くないよ」
「す、すげーっ!!」
「対するジミナは…」
そうして彼はジミナを鋭い眼光で睨む。
何やら指で輪を作ってそこから覗いてる感じがするから、必要な事なのかもしれない。
「…いや、これは…けど流石に…」
「ど、どうしたんですか…?」
「ああ、すまない。俺としたことが」
「ま、まさかジミナはそれほどの…?」
「あぁ、ジミナは…凄まじい…クソ雑魚だ」
キンメッキはふっ、と嘲笑を隠さない。
よかった、側から見たらジミナはやはり弱く見えるようだ。
「ざ、雑魚ですか!?」
「ああ。ここまで勝ち進んだ事こそが奇跡に等しい」
「確かに弱そうですね…」
「弱そうな顔に弱そうな装備、極め付けに弱そうなオーラ…。やつのバトルパワーは三だ! 魔剣士としては最低限のラインだね」
「ということはゴンザレスの勝ちですね!」
「あぁ。この試合に見るべき所はないよ」
断定早いな。
ていうかやけにヒョロのテンションが高い。
そういう界隈では人気なのかなこのキンメッキは。
ワタルはそんな二人の会話を適当に聞き流しながら闘技場に視線を移す。
先に動いたのはゴンザレスだ。
ここまで勝ち進んだ感じ、実力はそれなりにあるのだろう。
昨日その辺の草原で行った戦いとは雲泥の差がある。
素早い接近、ジミナは反応ができない、誰もがゴンザレスの勝利を疑わない…が、接近する途中でゴンザレスが転んだ。
顔面から転んだ。
そのまま気を失い、ジミナが勝った。
「しょ、勝者、ジミナ・セーネンっ!!」
「ざ、ザッケンナコラーっ!!」
「金返さんかいボケェ!!」
ブーイングがゴンザレスに飛ぶ。
ワタルはこれを見越してジミナに五万ゼニーぐらい賭けてたので儲かった。
やったぜ。
ヒョロは反応に困ってキンメッキを見る。
「ま、まぁ勝負は時の運ともいうからね。こういう事だってあるさ」
顔が引きつっているが?
「バトルデータで勝敗は予想できる。しかし、戦いに絶対はない。勉強になったかい?」
「ま、まさか、ゴルドーさんはこれすらも予測して…!?」
キンメッキはヒョロの言葉に笑顔で応えた。
多くは語らない、というやつだ知らんけど。
「いいことを教えてあげよう少年」
「えっ…?」
キンメッキは呟く。
「賭けに勝つ方法は二つある。一つは強者を探し、そいつに賭けること。もう一つは弱者を探し出しその相手に賭けること…」
キンメッキは背を向けて歩きながらヒョロへと笑みを浮かべながら
「明日の四回戦、第六試合はこの常勝金龍ゴルドー・キンメッキ対ジミナ・セーネンだ」
「!! つ、つまり…!!」
「わかったかな? 勝利の方程式が」
そう言って髪をかき上げて去っていった。
「ただいま」
「おかえり」
シドが戻ってきた。
「おいワタル、シド! 明日ゼッタイ勝てる試合あっから全力で賭けようぜ!!」
「え、やだ」
「僕も」
ヒョロがなんか言ってきたがそれを軽く無視しつつ、三人で数試合見届けると寮に戻っていくのだった。
◇
寮に戻る前に賭けて儲けた分を貰うべくワタルは受付へと赴いていた。
誰もジミナが勝つとは思わないようで、勝ち分を貰うときは受付の人からすごいね、と言われた。
まぁ半分八百長みたいなもんなんだけども()
それはそれとして確実に勝てる試合があるのだからこれを利用しないわけにはいくまい。
シドが出場している間はこれで小銭でも稼がせてもらおう。
「よぉ兄ちゃん…運がいいなぁおい」
なんだか急に強面のお兄さんらがワタルの肩を組んできた。
「俺たちゃゴンザレスに賭けててよぉ…あんな奴が買っちまったから無一文なわけよ」
「ひ、ひぃ…! そんなこと僕にいわれてもぉ…!!」
「まぁまぁ怯えんなって兄ちゃん…ちょっとその財布貸してくれればいい話だからよぉ…」
そのまま数人に引きずり込まれ、ワタルは人気のない路地裏に連れ込まれてしまった。
数分後…路地裏では誰かが殴られるような音と誰かの叫び声が聞こえてくる。
更に数分後…路地裏から無傷のワタルが普通に歩いて出てきた。
その手には先のゴロツキのものと思われる財布がいくつか。
「ラッキー。なんか変なのに絡まれたと思ったけど…人の財布カツアゲしようとしてくる連中なんてボコられても文句言えないもんね。…うわ、けど負けたとか言ってたから大した額入ってないや」
しけてんなー、とか思いながらもきっちり中の有り金は頂いていく。
とりあえず連中の記憶飛ぶぐらい全力で顔殴っといたが、大丈夫だろうか。
さすがに死んではいないと思うが。
因みにだが殺そうとしてきたら普通にこっちも殺していたので悪しからず。
連中は運がいい、これを機に真面目に働くべきである。
空になったゴロツキの財布を適当に燃やしながらワタルも改めて寮に帰ったのだった。
「でも勝ち分貰うたびに絡まれるのはめんどくさいな。次からは別人に変装してから貰いに来よう」
◇
ブシン祭四回戦の始まりである。
既にシドは準備しているころだろう、今日はヒョロとは別行動だ。
とりあえず自分も闘技場の観客席に向かうべく、その道中を歩いていた。
途中なんかフード被った女性とすれ違う…フードの下の体の衣服はなかなかセンシティブな格好だ。
顔はフードでよく見えないが。
「…エルフの匂いがする」
「え?」
すれ違ったとき、いきなりフードの女性が喋ってきた。
「エルフの知り合いがいる?」
「…まぁ、何人か」
友人というか部下というか恋人というか()
少なくとも友人以上という認識は間違いないだろう。
さすがに恋人は言い過ぎだ、自惚れである。
大事に違いはないのだが。
「私はエルフを探している」
「…さいですか」
急にそんなこと言われても。
「可愛い子だった」
過去形なんだ。
「心当たり、ないか?」
「そんなこと言われましても…」
「私とよく似ている」
「そう」
「妹の忘れ形見だ、私によく似ている。心当たり、ないか?」
「その…」
「あるのか?」
「フードで顔がよく見えないんだけど」
「───。そうだった」
一瞬間があったと思ったそのあと、彼女は顔を隠していたフードを取り素顔を晒す。
長い髪が露になり、綺麗な顔立ちが露わになる。
その顔は、アルファによく似ている。
「───ごめん。心当たりはないかな」
「本当に?」
「うん」
ちょっと意識して反応しないようにした。
親族と言われたら納得するくらい似ている。
今度会ったら確認でもしてみようか、覚えていれば、の話だが。
「そうか」
そう言うとフードの女性は肩をすくめると自然な動作で剣を抜いた。
殺気も予備動作もない、そんな抜刀。
その剣はワタルの首筋で止まる。
特にワタルは反応しなかった。
殺気がなかった故に、斬らないとわかっていたからだ。
「…君の名は?」
「ワタル・クルムズ。…一応だけど、初対面の人にこういう試すような真似はやめた方がいいと思うよ」
「すまない。けどそうだね。…君は強くなる」
彼女は剣を納めるとワタルに向かって手を差し出してきた。
握手でいいんだろうか、いいんだよね?
ここから投げ技に持って来たりしないよね? と内心で警戒しつつもワタルは彼女の手を握り返した。
「…いい手だ」
彼女は微笑んだ。
その微笑みはアルファのものによく似ている。
「私はベアトリクス。驚かせてごめん」
ベアトリクスと名乗った彼女はそう言って手を離すと去っていった。
ワタルは握った彼女の手を思い出しながら、ベアトリクスの背を見送る。
「結構強いな、あの人」
シドには負けてしまうかもしれないが。
◇◇◇
とまぁそんなエンカウントがあったものの、こっちの目的はジミナの試合観察である。
ちなみに今回は少なめに一万ゼニーをジミナに賭けた。
今回の席もまばらだが、どこかいいところはないかなー、と探していると、見覚えのある髪の色を見つけた。
アンネローゼという人だ。
ワタルは気配を消しながらなんかしゃべってくれるかな、と期待しつつ彼女の近くに座る。
「勝者、ツギーデ・マッケンジー!」
「うぉぉぉぉぉぉんっ!!」
闘技場から声が聞こえてくる。
聞き耳を立てていると、また別の声が聞こえてきた。
「嬢ちゃんの目当ては、こんな試合じゃねぇ。そうだろ」
「っ。確かあなたは」
「クイントンだ。昨日の三回戦、嬢ちゃんも見てたんだろう?」
まさかのハゲがエントリー。
そいつはジミナが登録してた時に絡んできた、ヒール役のプロレスラーみたいな人だ。
そんな名前だったっけ。
「そういうあなたも?」
「見る気はなかったんだが、偶然な。…ジミナ・セーネン、あんたはどう見る」
「相手が運良く転んで勝ったようには見えなかったわ」
「あぁ。あいつ、なんかやりやがったぜ。俺はわからなかったが、あんたならわかると思ってな。元ベガルタ七武剣のアンネローゼ・フシアナスさんよ」
どうやらクイントンはアンネローゼのことを知ってる感じだ。
…それにしても前は敢えてスルーしたがフシアナスて()
「その名は捨てた。今はただのアンネローゼだ」
そら捨てたくもなりますわ。
「そりゃすまねぇ。遅くなったが女神の試練合格おめでとう」
「ありがと」
「んで、まさか嬢ちゃんでもわからなかったのか? 奴が何をしたのかを」
「…わからなかった」
声色には少しムッとした感じが含まれていた。
「見逃すとは思わなかったのよ。油断したわ。でも、ジミナの右手が動いたように見えた」
「ほう、右手が」
「何したか、まではわからなかった。ただ一つ言えるとするのなら、物凄く速かった、ってこと」
「ってぇと、俺の予想は外れたな。使用禁止のアーティファクトを使ったって線はなしか」
「なくはないわね。けどそれも、今日の試合でわかることよ」
そう、今回のジミナの相手は昨日熱心にヒョロが話を聞いてた…なんだっけ、ゴールド金メッキとかそんな名前のやつなのだ。
「俺はよく知らねぇが有名らしいな。一度も負けたことがないってよ」
「そうね、良くも悪くも有名ね」
アンネローゼは苦笑いした。
「強いのか?」
「そうね。私はこれまで色々な国で戦ってきた。実戦だってあったし、闘技場での大会もあった。過去の大会で三回、私はゴルドー・キンメッキと当たってる」
ああそうだそんな名前。
「ゴルドーは一度も負けたことない…ってぇと負けたのか? 言葉を素直に捉えるならよ」
「いいえ。戦ってないの。彼、相手が強いと逃げるもの」
「はぁ? なんじゃそりゃあ」
まったくもってクイントンと同じセリフを、ワタルも聞き耳立てながら思った。
「彼は負ける可能性がある相手とは決して戦わない。勝てる相手とだけ戦って、強い相手は棄権する。それで、ついた二つ名が不敗神話。誰も彼には勝てないわ。最も、本人はその二つ名が嫌で常勝金龍って名乗ってるみたいだけど」
「くくっ、常勝と不敗。似てるけどまったく別の意味合いだな」
クイントンが笑う。
「まーつまり。不敗神話さんにゃあ期待できないってわけか」
「どうかしら」
「? どういうことだ?」
「不敗神話は確実に勝てる相手とだけ戦って、大会で上位に食い込んでる。規模の小さい大会なら優勝経験もあるわ」
「ほぉ? んじゃあ弱くはねぇな」
「えぇ。彼の強みは確実に実力差を見抜くこと。その不敗神話がジミナを相手に逃げなかった。それはつまり…」
「なるほどな。ジミナの実力を、不敗神話ですら見抜けなかった、か」
「或いは、ジミナがアーティファクトに頼った卑怯者か…。付け加えると、不敗神話は確実に勝てる相手とだけ戦ってきた、言い換えれば、彼はまだ一度も本気を出していない、ということ」
「はっ、面白くなるな」
「えぇ。面白くなるわ」
すっごい解説してくれるじゃんこの二人。
聞かせてあげたかったなぁとワタルは思った。
ニッコニコだよこれ聞いてたら。
そうこうしてるうちにジミナとゴルドーの試合が始まった。
◇
先手を取ったのはゴルドー。
開始と同時に間合いを詰めて、ジミナの首を狙った。
ジミナはまだ剣を抜いておらず、棒立ちで反応できていない。
勝負は決まったと思ったとき、コキッと音がした。
ゴルドーの剣が空ぶった。
ゴルドーは隙だらけ…しかしジミナはその致命的な隙を前にゆっくりと鞘から剣を抜いていた。
よっ…こいしょぉー…みたいな感じでジミナは剣を抜いていたのだ。
当然ながらゴルドーは距離を取り、間合いを離す。
「…お前、舐めてんのか…!」
ゴルドーは苛立ち交じりにそう言った。
◇
「見えたか?」
「かろうじて」
観客席にいるクイントンはアンネローゼにそう聞いて、彼女はジミナを見据えたまま返事した。
そんな話を近くの席にいたワタルはワクワクしながら聞いていた。
一体どんな話をしてくれるのだろう。
「さすがだな。俺は見えなかった。アイツの剣がジミナの首を捉えたと思ったんだがよ」
「えぇ。普通なら避けれるタイミングじゃない。けど、ジミナは当たる直前で首を鳴らしたんだと思う」
何言ってんだこの人。
「はぁ? 意味が分からん」
「普通に首を鳴らしたんだ、こう、コキッて」
何言ってんだこの人。
「待て待て、余計に意味が分かんねぇぞ」
「私にもわからない。彼が首を傾けたとき、コキって音がしてゴルドーの剣を避けたんだ」
「そりゃねぇだろ、たまたま首鳴らすために傾けたらちょうど剣を避けたってのか」
「そうだと思う」
「ありえねぇだろそんな偶然!」
「偶然じゃない、としたら」
「なん、だと…!?」
「私ですら注視してないと見逃すレベルの速度で首を鳴らしたんだ。常人にそんなことができるのか」
「っ! 確かに…!」
「彼にとって剣を避けることは〝ついで〟だったのかもしれない。まず首を鳴らしたかった。そこにちょうど剣が来て、鳴らすついでに避けたのかもしれない」
「それこそあり得ねぇよ! ゴルドーの剣は速い、間違いねぇ。それをついでだと!?」
「こっちだって半信半疑よ。本当に偶然かもしれない、けど、もし偶然でない、としたら…」
「くそ! 俺は絶対認めねぇぞ…!」
ちょっと猛者二人の会話が理解できなくて首を傾げている。
ジミナのバトルスタイルが何なのかはわかんないが、きっとシドは狙ってはいるのだろう。
まぁそれはそれとして、いいリアクションだとは思う。
話はあんまわかんないけど。
◇
「気に入らない…お前は今千載一遇の好機を逃したんだぜ、おまえが俺に勝てるかもしれないっていう、人生に一度あるかないかのチャンスを逃したんだ。なのになぜ平然としている」
苛立ち交じりにゴルドーがジミナに言い放つ。
「もっと悔しがれ、足掻け、喚けよ。そうしないのは、俺に対する冒涜だ。…それとも好機を逃したことに気が付いていないのか?」
ジミナはただ黙ってゴルドーの言葉を聞いていた。
「所詮はバトルパワー三のクソ雑魚か。赤っ恥かかせやがって…! 死んでも恨むなよ!!」
ゴルドーは剣を構え、魔力を溜めていく。
大気が震え、大量の魔力が集っていく。
「冥土の土産に教えてやろう!! 俺のバトルパワーは四千三百だ───喰らえ、邪神・秒殺・金龍剣ッ!!」
金色の魔力の流れはまるで龍を幻視させる。
ジミナを喰らう、黄金の龍…誰もがそう思っていた。
「クシュッ」
そんな音がしたと思ったらその龍が消滅する。
「へぶっ!!!!!」
錐揉み回転しながらゴルドーが飛んでった。
どさりと地面に倒れ動かないゴルドーを会場の皆がただ眺めていた。
「し、勝者、ジミナ・セーネンっ!」
◇
「…ゴルドー・キンメッキ…雑魚じゃあねぇな」
去っていくジミナを尻目に、クイントンは呟いた。
その呟きに、ワタルもうむと頷く。
金の龍はあれだが、少なくとも一撃の威力は十分。
本人がもっと真面目なら順当に強くなるだろう。
「思った以上にやるわね、彼も。もっと真面目に上を目指していれば優れた魔剣士になっていたでしょう」
アンネローゼも同じ評価だった。
「それで、ジミナは最後何をしやがったんだ」
「…私の見間違いでなければ…最後彼はクシャミをしたわ」
何言ってんだこの人。
「は?」
「多分黄金の龍が眩しかったんじゃないかしら。クシャミをすると同時、ジミナの剣が振り下ろされて、そこにゴルドーが突っ込んできて、衝突事故よ」
「おいおい、龍とクシャミがぶつかってクシャミが勝ったのか?」
「事実そうだった。ゴルドーは好機を逃したと言ってたけれど、ジミナにとってはそうじゃなかった…。だから隙を狙う必要がなかった…? ジミナには、全てが隙に見えていた…?」
ちょっと深読みしすぎじゃないかなとワタルは思った。
何言ってんだこの人。
「バカバカしい」
クイントンは鼻で笑う。
「真面目に聞いて損したぜ。このままいけば予選の決勝でジミナと当たる。俺はあんなふざけた奴ぁ認めねぇ。化けの皮を剥いでやるぜ」
気合い十分といった感じでクイントンはこの場から歩き去っていく。
まぁあんなよくわからない考察聞いてればそう思うのも無理はない。
こっちだって聞き耳立ててるのに何言ってんだこの人と何度思ったことか。
「私に…彼と同じ動きができる…?」
アンネローゼはそのまま考えながらクシャミをした後首を鳴らした。
何やってんだこの人。
それを何度か繰り返す…最小限の動きで。
…本当に何やってんだこの人。
コキッ クシュッ コキッ ヘクシュ コキッ ヘクチッ
やがて周囲から当然ながら変な目で見られていたことに気が付いた彼女は顔を赤くしてそそくさとその場を後にした。
「…世の中にはいろんな人がいるなぁ」
ワタルはそれ以上何も考えなかった。
◇
「勝者、ジミナ・セーネンっ!」
不敗神話の金メッキを倒した翌日、ジミナは予選Bブロックの決勝の相手、クイントンだかを倒し、無事本戦出場を果たした。
ちなみに今回も一撃。
まったくノーマークだった無名の魔剣士が勝ち進んでいるのだから、付近の闘技場マニアは彼に注目しまくりである。
今回ワタルはシュウ・コーキンの格好で、闘技場から退場してくるシドことジミナを出迎えた。
「お疲れ様。なんか食べてく?」
「まぐろなるどで食べてこう。…いやー、なんか今日の対戦相手のおっさんやたら元気がよかったね。敵意をバシバシぶつけてくる感じが新鮮だったよ」
声は変えず、そんな雑談を交わす。
まぁなんか気合入ってたものね、あのハゲ。
「観客の反応もまずまず。本戦は来週からだから、それまでイメトレしないと」
「熱心だねぇ。…? んっ、ん。ジミナ」
「?」
言葉の途中でワタルはシュウの声を出し、ジミナに声をかける。
怪訝な顔をしたジミナはシュウの視線を追うと、そこにはアンネローゼがいたのだ。
「何か用か?」
「本戦に進むとは思わなかった。…やるわね」
ジミナの声を出してアンネローゼに問いかけるとそう返してくる。
「当然の結果だ」
「えぇ。こちらが貴方の実力を見誤ってた。それだけの事。でも、ひとつ忠告していくわ」
「ほう?」
ジミナの言葉に、アンネローゼが返し、シュウが先を促す。
アンネローゼは自信に満ちた顔を浮かべて
「あなたの動きは見切ったわ。これまでと同じように勝てると思わないことね」
「───フ」
ジミナはそう意味深に笑んだかと思うと、もう話すことはないと言わんばかりに彼女の隣を通り過ぎる。
とりあえずシュウも彼に合わせてなんか意味深は笑みを浮かべて後を追った。
「何がおかしいっ」
当然、アンネローゼが睨んできた。
もしかしてやりたかったロールプレイかな? とワタルは思った。
声をかけられたジミナはアンネローゼを横目で見ながら
「俺もひとつ忠告しておこう」
そう言ってジミナはリストバンドを外す。
そしてそれを地面に落とすと、ドサァ! とかなり重そうな音を立てた。
手のを外すと、今度は両足のやつも外し、落としていく。
いつの間にこんなの仕込んでたんだ。
「ま、まさかこんなのをつけたまま戦ってたって言うの…!?」
「これは俺を封じる鎖。…遊びは終わりだ」
昨日も思ってたけどホントこの子いいリアクションするね。
「くっ…待ちなさいっ!!」
大きな声を出し、彼女が前に割り込んできた。
「それで勝ったと思わないことね。見てなさい…」
そしてアンネローゼは不意に首をコキッと鳴らした。
何やってんだこの人。
なんか無駄に速いし。
「私にも、これくらいできるのよ」
「…そうか」
「…無理に鳴らすと健康に悪い、控えなよ」
ドヤ顔のアンネローゼをしり目に、二人はそのまま歩いて行った。
「…ねぇワタル、あの人何がやりたかったんだろ」
「わがんない」
何したいんだあの人。