陰の実力者のお友達   作:桐生 乱桐(アジフライ)

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また長くなってしまった
そしてやっと音楽の要素が出てきました
次は多分二期のオリアナ編くらいで出てくるんじゃないですかね(適当


21 一筋の光

来週にブシン祭の本戦を控える中、ワタルはそう言えばと思い出す。

 

「そうだ。イクサナックルのメンテナンスをお願いしてたなイータに。ちょっとアレクサンドリア行って取りに行こうかな」

 

シドはイメトレに勤しんでるだろうし、邪魔しちゃ悪い。

よっこいしょとベッドから腰を下ろすと適当に制服に着替える。

まぁ私服でもいいんだけどたまたま近くにあったのが制服だった…それだけだ。

のんびり歩いて行ってもいいが、ちょっと面倒なので人気のない森とかでキャッスルドランでも呼んで行こう。

 

◇

 

アレクサンドリア、イータの研究室。

そこでイータはスカー、もといワタルから預かったイクサナックルとベルトをメンテナンスしていた。

始めはディアボロス教団の粗雑なものだったらしい(ワタル談)

着心地は悪いしシステムもひどい、顔の仮面の視認性も悪かったようだ。

そんなナックルとベルトをワタルとの共同改修で生まれ変わらせたのが、現在ワタルが使っているイクサシステムと呼ばれるものだ。

 

「…ワタルの戦闘データ…いつも、いいデータをくれる」

 

実際には解剖でもしてみたいが「普通に死ぬよ」と言われ断れた。

がっでむ。

そんなわけでデータ取りやアップデートも終わり、試運転の時間である。

 

そう、試運転。

 

イータは仲間内でも実験等を実践しており、恐れられている存在ではあるのだが、この〝イクサシステムの試運転〟だけは例外である。

元々はこの試運転もワタル本人がしていたのだが、学校などの関係で時間が取れなくなると、ワタルはイータに試運転をお願いしたのだ。

その時ちょっとイータも好奇心からイクサに変身してみたが、思うように動けずおまけに反動でしばらく動けなくなってしまい、試運転どころの話じゃなかった。

 

そこでイータはガーデンのメンバーやナンバーズたちに募集を掛けてみた。

 

そしたら思いの外集まってきてちょっとビックリ。

普段イータ自身の実験とかには非協力的な、カイやオメガまで手を挙げたときはちょっぴりイラっときた。

絶対実験に巻き込んでやる、と割とどうでもいい覚悟を決めたのは置いておくとして。

 

「募集、かけよう」

 

イータはスライムを操作して、ルンバみたいにアレクサンドリアを動き回る形にする。

そこに影の叡智として授かった知識をもとに開発した、簡易ボイスレコーダーに自分の声を吹き込む。

 

「今から一時間後くらいにー…イクサシステムの試運転をはじめるー…希望者はー…闘技場に来るよーにー…」

 

レコーダーを切って

 

「これでよし」

 

スライムルンバにレコーダーを差し込む。

声の音量も問題なし、というわけでいけーっと指示を出す。

イータの指示を受けるとうねうねとスライムルンバが動き出し、研究室を後にした。

 

「よし。…それじゃあ…一旦、仮眠でもとろ」

 

そのままイータはスライムをベッド代わりにし、スヤスヤとお休みを取るのだった。

 

◇

 

一時間ぐらい経ってイータは闘技場に向かう。

てっくてっくと辿り着くと、結構な数のガーデンメンバーが集まっていた。

その中にはやはりカイとオメガ、今回はシグマもいる。

やっぱりみんな変身って言いたいのだろうか。

ワタルも〝そういうのは性別関係ない〟と言っていたし。

実際イータも変身って言った時はちょっとだけ気分が良くなった。

 

ちなみに試運転だけなら正直こんなに人数はいらない。

だがいろんな人が装着して、ゴーレムと模擬戦することで様々なデータが取れる。

装着する者を選ばないこのイクサシステムは結構便利だと思う。

量産化は視野に入れていないが、いつか二、三個は作りたい。

数人のナンバーズに配れば多少の戦力の強化になると思う。

 

そんなことを考えながらイータは闘技場に降り立つのだった。

 

◇

 

アレクサンドリアにたどり着くとなんか闘技場が騒がしい。

気になってそっちに行ってみると何やらシャドウガーデンのメンバーが、イクサを纏ってイータが制御してるゴーレムと戦っているではないか。

そういえば試運転の時間取れなくなってきたとき、イータにそれを頼んだな、と思い出す。

イクサは基本的に装着者を選ばない、適正というか身体をある程度動かせれば誰でも変身できるのだ。

シャドウガーデンの構成員は皆それなりに動けるはずなので問題なく変身はできるだろう。

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

ガーデンのメンバーが変身したイクサがゴーレムを切り裂く。

声から察するとカイだろうか、今変身してるのは。

とりあえずイータに近づいてみる。

 

「やぁ、イータ」

「む。ワタル」

 

イータはこちらに気付くとてとてとこちらに向かって歩いてくる。

 

「いつ、来てたの?」

「到着したのはついさっき。闘技場の方が騒がしいことに気付いてね。試運転は順調?」

「ばっちし。ぶいぶい」

 

そういってピースサインをしてくるイータ。

闘技場では試運転がカイからオメガに代わっており、彼女からベルトを受け取っていた。

 

「…何分くらいしてるの? 試運転」

「始めてから…一時間くらい」

「長い試運転だな」

 

やっぱりみんな変身って言いたいのかな()

 

「けどそろそろ、大丈夫かな。本人も来たし…最後に、試す?」

「そうしようかな、集まってくれたみんなには悪いけど」

 

◇

 

闘技場で模擬戦するオメガのイクサの戦いが終わるのを見計らい、ワタルも闘技場に降り立った。

視線の先ではオメガのイクサがブロウクンファングを訓練用ゴーレムに打ち込んでいる所だった。

 

「中々使いこなしてるね、オメガ」

「え? ───す、スカー様っ!?」

 

まさかの正装着者登場にオメガは仮面の下で目を丸くする。

というか周りの参加者やカイ、シグマも表情を驚きに染めていた。

ワタルは手で皆を制して

 

「あー、そのままでいいよ。驚かせるつもりはなかったんだ」

 

やんわりとワタルは言葉を紡ぐ。

オメガはその変身を解除しつつ

 

「し、失礼しました…。スカー様の前でこのような無様な戦いを…」

「そんなことないよ。いい感じに使いこなしてる、間違いなくね」

 

おずおずと言った様子でイクサシステムを差し出してくるオメガから「ありがとう」と受け取り、手慣れた様子でワタルはベルトを巻きつけた。

その流れるような動作に、その場にいたガーデンメンバーやカイ、オメガはおお、と驚く。

慣れた手つきでやっているが、このベルトを巻き付ける、というこの仕草───めちゃくちゃ難しいのである。

かくいうカイとオメガも安定して巻き付けることができるようになるまでかなりの時間を要した。

それはワタルも同じなのだが。

 

「それじゃあ、皆には悪いけど、試運転最後は僕が担当しようかな」

 

イータに訓練用のゴーレムを数体出してもらうと、手のひらにナックルを押し付ける。

 

<レ・ディ・イ>

 

そのまま名護さんリスペクトの変身ポーズを取って

 

「変身!」

<フィ・ス・ト・オン>

 

ナックルから現れた幻影がワタルに重なり、仮面ライダーイクサへと姿を変える。

その堂々たる佇まいは、やはりガーデンのメンバーが変身した姿とまるで違う。

自分たちはあの方の真似でしかないと思い知らされる。

 

「その命───神に返しなさい」

 

手慣れた様子で言うと、クロスシールドが展開し、バーストモードへ。

生でそれが聞けたのが嬉しかったのか、カイやオメガを除くメンバーから黄色い歓声が上がった。

シグマも一瞬歓声を上げかけたが咄嗟に気合で黙った。

演じた俳優さんが後年再び演じて変身するときの気持ちってこんな感じなのかな()

 

◇

 

そんなこんなでシステムの調整を終えて受け取ってからまた数日。

何やらローズ先輩の手配書が部屋にある。

ヒョロが開口一番にやってきて一緒に捕まえて賞金もらおうぜ! とかうるさかったので腹パンして黙らせた。

とはいえ無視もできない…いや構いすぎることもできないが。

とりあえず手配書片手にシドの部屋へ。

 

「ごめーん。シドー、起きてるー?」

 

軽ーくノックしつつ返事を待つ。

部屋の中からドアの方に向かってくる足音が聞こえる。

少し待つとガチャリ、と扉が開いてそこからシドが顔を覗かせた。

 

「おはようワタル」

「おはよう。早速だけどローズ先輩のことでちょっと」

 

そんなわけでシドの部屋でお話しの始まりである。

 

「そもそも何で婚約者を刺したのかがまだわからないよね。その反骨精神はとてもいいと思うけど」

「それはそうかもしれない。まぁ順当に考えるなら、婚約者が気に食わなかったか、或いは家族が何かしらに巻き込まれたかのどちらか、だとは思うのだけど」

「個人的にはローズ先輩の逃亡を応援したいんだけどね。元気があってよろしいじゃない」

「逃亡の応援は僕もしてるけど、元気ありすぎじゃないかな」

 

そんなこんなで二人で話をしている時だった。

コンコン、と扉がノックされる。

 

「? はーい」

 

今いる場所はシドの部屋、よってシドが返事をする。

するとガチャリ、と寮の管理人が顔を覗かせながら

 

「シド君、お姉さんが来てるよ」

「…お姉さん」

「えぇ。お姉さんのクレアさん。寮の前で待っているから、早めに行ってあげてね」

 

管理人はそれだけ言うと扉を閉めていく。

残ったのは静寂のみ。

 

「…お姉さんだって」

「…何だか嫌な予感がしてきたよワタル」

「奇遇だね。僕もだ。つまりどうする?」

「逃げよう」

 

マッハで頷いた。

ワタルは自分の部屋に戻り秒で制服に着替えると、二人してその辺の窓からダイブしてクレアからの逃亡を図るのだった。

 

◇

 

「とりあえず姉さんが頭を冷やすまで、時間稼がないと」

「冷えるといいなぁ…」

 

早朝の王都をワタルとシドはのんびりと歩いていく。

この世界は、日が昇ればすぐに人は動き出す。

通りはもう人でごった返しだ。

 

「婚約者を刺す、なんてロックなことをした理由はぜひ直接聞いてみたいけど…先輩は逃げ切れたのかな」

「それはローズさんの地力を信じるしかないかな…───お?」

 

とりあえずどうにか時間を潰そうと歩いていると、耳に聞き慣れた音楽が入ってきた。

確かこの曲は…〝月光〟って名前だった気がする。

ベートーベンのピアノソナタ、〝月光〟

ベンだかヴェンだかはこの際置いておくとして、結構有名な楽曲だ。

生前の有名なものだとやはり某名探偵小僧が思い浮かぶ。

 

「結構うまいね」

「だね」

 

シドの声に頷く。

ちなみにシドは生前は家の教育方針でピアノをやっていたらしい。

最初は面倒で、そんなんするくらいなら陰の実力者としてのトレーニングを優先したかったらしいが、次第にピアノのかっこよさに気付いた、とか。

 

───陰の実力者が月光の下で奏でるピアノ…良くない?

 

らしい。

また、ワタルもシドとは少しベクトルが違うが、音楽をやっていた。

当然ながらワタルが習っていたのは、ヴァイオリンである。

当たり前ながら〝仮面ライダーキバ〟の紅親子の影響である。

転生してからも、ヴァイオリンの特訓は欠かしていない。

というかこちらのオトヤも当然ながら職業はヴァイオリニストなのだ。

ただ、こっちのオトヤは音楽に関してはマジで天才で、はっきり言ってシドより上である。

学校に通う前、珍しくワタルの家に遊びに来ていたシドが練習ついでに披露したら、それを上回る演奏をしてくれたのだ。

あのシドをして「…ちょっと勝てないかな」と漏らすぐらい、オトヤは音楽に関しては天才なのだ。

そんなオトヤを父に持っているため、あまり表には出さないがワタルもちゃんと音楽には真剣であり、ヴァイオリンの腕は結構誇れるものといえる。

オトヤのヴァイオリンの演奏が一曲一億ゼニーの価値があるなら、ワタルはその半分くらいはあるだろう、と言い切れるぐらいに。

 

「悪くないね。夏の日差しの中なのに、月の光が見えるみたいだ」

「本人の前で言ってあげなよ、たぶん喜ぶよ」

「弾いてる人に心当たりあるの?」

「あるよ。っていうか、シドも知ってる人」

 

シドの言葉にワタルは返しながら、二人はピアノの音のする方へと歩いていく。

ワタルはピアノを弾く人物に心当たりがあった。

〝彼女〟はベータと同じく、表名義での活動をしている、あの子である。

 

◇

 

ピアノの音色は王都の一流ホテルの一階のカフェから聞こえてくる。

そのカフェに入店してピアノの元へ向かうと、ちょうど演奏が終わりを迎えたころだった。

 

「イプシロン」

 

シドが名前を呟く。

そう、ピアニストの正体はイプシロンである。

表の名義はシロン、であり、さっきも言ったがピアニストなのだ。

彼女はワタルとシドの視線に気が付くと、軽くドレスを持ち一礼をすると、二人のほうへ微笑むのだった。

夏らしいドレスではあるが、きっちり胸元をガードしつつ、シークレットブーツで背も盛っている。

見事である。

 

◇

 

イプシロンに控室に案内された二人は、そのままガーデン関係者であろう人たちに椅子に案内された。

とりあえず座ると、紅茶が差し出される。

 

「まさか主様たちが聴いていらしたなんて。お恥ずかしいです」

「さっきの曲って、〝月光〟?」

「はい。主様に教えていただいた曲の中で、私が一番好きな曲です」

 

そうイプシロンは微笑んだ。

シドは小さい声でワタルに

 

「…教えたつもりはなかったんだけど。ただ二人でピアノやヴァイオリンは弾いた事はあるね」

「耳コピしたんだと思う。普通に凄いけどね」

 

幼い頃…といっても数年くらい前だが、上手くピアノが弾けなくて、イプシロンがピアノが嫌いになりかけてたことを思い出す。

言葉には出してなかったが、そんな感じはしてたのだ。

その時はシドが紅茶でも飲んで何か色々言ってたが、今やここまでのピアニストになるとは。

 

「いいよね〝月光〟。僕も一番好きなんだよね」

 

うんうんとシドが紅茶を飲みながら頷く。

自分の好きなものをほかの人が好きって言ってくれると、なんだか嬉しくなるあれだ。

 

「イプシロンって、メインはピアノだっけ」

「そうですね、一応は。たまにスカー様から教わったヴァイオリンを披露するときもありますが、正直スカー様の足元にも及びません」

 

恥ずかしそうに少し顔を赤らめるイプシロン。

…何だか少し弾きたくなってきたかもしれない。

 

「そうだ。イプシロンの演奏のお礼に、僕も少し奏でようかな」

「! よ、よろしいのですか…?」

 

すっく、と立ち上がるワタルにイプシロンは驚く。

シドも紅茶をソーサーに置くと

 

「いいね。ワタルのヴァイオリン、久しぶりに聞いてみたいかも」

「す、すみませんスカー様、この場には安物のヴァイオリンしか…」

 

部下が持ってきたヴァイオリンをイプシロンはワタルに差し出してくる。

それを受け取ったワタルは

 

「大丈夫だよ。僕の音色はそんなんで変わらない」

 

安物だろうが高級だろうが、ワタルの音楽は変わりはしないのだ。

達人は得物を選ばないとは言うが、それは音楽にも当てはまる。

そう言って少し離れてワタルはヴァイオリンを構える。

弾くのは…とりあえず〝母のヴァイオリン〟にしよう。

 

◇

 

そしてワタルはヴァイオリンを奏で始める。

一つ一つの指の動き、弦を動かす手つき、立ち姿勢に、真剣そのものの表情。

その全てが、イプシロンには美しく映る。

そして奏でられるヴァイオリンの音色…イプシロンも数年前のよく聞かせてくれた曲の一つだ。

なんだかこれを聞いているだけで、悪魔憑きから救われて皆と過ごしたあの暖かい日々を思い出す。

シドもワタルが奏でる音色に聞き入っている。

そのお姿も美しいが、やはり今はスカー様。

 

いつしか作業等をしていたガーデンのメンバーらもワタルの音楽に聞き入っていた。

きっと扉越しに聞こえているのなら、誰もがその足を止めるだろう。

いつしかイプシロンはその暖かく、心地よいその音色を聞いて涙を流していた。

頬を伝う一筋の涙など気にも留めず、イプシロンはその音楽を心に留める。

なんて幸運なんだろう…まさかこんな形でまた愛する主が一人の音楽を聴けるだなんて。

ベータに自慢しちゃお。

そう思うイプシロンなのでした。

 

◇

 

演奏していた時間はおおよそ一分弱。

弾き終わったころには控室から拍手喝采歌合である。

歌はないけど。

なんかイプシロン泣いてるのだけど? 大丈夫?

 

「スカー様の音色…このイプシロンの心に深く沁み込みましたぁ…ぐす」

 

よく見ると他の子らも泣いてることかもいる。

シドは拍手を終えると

 

「やっぱりワタルの音楽はいいね。今回は静か目なやつだったけど」

「なんとなくこれのほうがいいかなって思って」

 

ちなみにイプシロンはちーん、とティッシュで鼻をかんでいた。

まぁ心に響いてくれたのなら嬉しい。

人の心は、いつだって音楽を奏でている。

 

閑話休題(それはそれとして)

 

「そういえばローズ王女の行方って知らない?」

 

一曲弾き終え改めて席に座り直し、シドが思いだしたように問いかけた。

 

「ローズ王女ですか。その件は確かベータが担当しておりますので、詳しいことは。ただ王都の地下に逃げた、とは聞いております」

 

よろしければベータに聞いてみますが…? と問いかけてくるイプシロンに対して、シドは手で制し

 

「ありがとう。それだけわかれば十分だよ」

 

場所がわかれば運よく会えるかもしれない、きっと会ったらシドは話を聞いてみるつもりだろう。

 

「さて、ちょっと長居しちゃったかな、そろそろ行こうか、ワタル」

「だね」

 

紅茶もご馳走になったり、軽いお茶菓子も頂いてしまった。

二人は立ち上がり、シドは控室の出口に向かい歩いていく。

そんな彼の背中を追いながら、ふとワタルは思い出したように

 

「そうだ、これからオリアナなんだっけ」

「はい。前回のコンサートが好評でしたので、ご招待を。オリアナは今、とても仕事のしがいがある国ですので」

「なるほど。仕事、ね」

「はい。いい〝仕事〟ができると思います」

 

そう言ってイプシロンは少し妖しく微笑んだ。

 

「がんばって」

「主様たちに授かった至高の名曲たちに恥じない演奏と、〝仕事〟をしてまいります」

「それと…」

 

ワタルはイプシロンの耳元で

 

「僕はどっちのイプシロンも好きだから」

「っ。…スカーさま…」

 

ワタルは七陰と関係を持っている。

故に盛ったイプシロンと盛ってない素のイプシロンの両方を知っているのだ。

イプシロンはうっとりと頬を染めながらワタルを見つめながら

 

「あ、ありがとうございます…」

「それじゃあ、また」

 

彼女の頭を撫でるとワタルはシドと一緒にこの場を離れていった。

イプシロンは彼の背中をずっと眺めていた。

 

 

◇

 

「ワタルの女性の扱い方も父親譲りなのかな」

「…そうかな。そうかも()」

 

◇

 

「情報の提供に感謝するって、姉さまが言ってたわ」

「光栄です」

「これからも協力してほしいそうよ」

 

前を歩くアレクシアに対し、ベータは後ろを歩いていく。

アレクシアはランプを手に持ち、螺旋状の暗い階段を下っている。

結構下に降りた気がする、冷たい空気がベータの頬を撫でる。

 

「やっぱりドエムは教団と繋がってるとみて間違いないわね」

「えぇ」

「でも、証拠がない…」

「国が絡む問題ですからね。普通の証拠では足りません」

「わかってるわ。お父様にきつく言われたもの。教団と聖教を結び付けたいのなら、国民と周辺の国家が納得足りうる理由が必要だって」

「異端認定されるとおしまいですからね」

「聖教総てが教団と繋がってるわけではないわ。上層部のほんの一部が関わっているだけ…だからこそ厄介なんだけど」

 

コツコツ、と足音を響かせながら二人は進んでいく。

 

「お父様は聖教とはもめるな、の一点張りだし。ディアボロス教団はどうするのよ」

「今まで通り放置するつもりかと」

「…今まで通り?」

「失礼、勝手な推測です。忘れてくださいな」

「まぁ、今はいいわ。それより姉さまが気になることを言ってた。オリアナ国王の様子が少し虚ろだって」

「虚ろ、ですか」

「私は今回初めてお会いしたからわからなかったけど…少し甘い匂いがしたわ」

「甘い匂い…」

 

ベータは心当たりがある薬品があった。

もしかしたら、もう手遅れかもしれない。

 

「ついたわ」

 

ふとアレクシアが足を止める。

そこには深い縦穴と、はしごはあった。

 

「王都地下道の入り口の一つ。知ってるでしょ?」

「え、えぇ。遠い昔、王族の脱出用に作られた、王都全体に広がる地下道、ですよね」

「この地下道にローズ先輩が逃げ込んだ可能性があるわ。…今から探しに行くわよ」

「…このこと、誰かに伝えていたりは?」

「いいえ。伝えたら止められると思って」

「脱出できる確信はあるんです?」

「一応地図を持って来たわ。役に立つかわかんないけど、ないよりはマシでしょう」

「…敢えて言わせてもらうんですが、思いつきで巻き込まないでくださいね」

「わかってるわよ。嫌なら無理に来なくてもいいわ。結局、これは私のワガママだもの」

 

気を遣ってはくれてるのだろうか。

スイスイとはしごを降りていくアレクシアを眺めながらはぁ、とため息をつきつつ

 

「お守りも仕事よ、ベータ」

 

小さい声でそう言い聞かせて後に続くのだった。

 

◇

 

ローズ・オリアナは暗い地下の道を歩いていた。

壁伝いに歩く彼女の背中は、逃亡する際に受けた傷がある。

深くもないが、浅くもない。

今も血が滲むその傷は早急に治療すべきだが、今のローズにはそんな暇などない。

 

追っ手を気にしながらも、ローズはずっと頭の中で考えていた。

 

あの時自分が取った行動は、本当に正しかったのか。

何が最善だったのだろうか。

 

決してそれに答えは出ない、ずっと頭の中でぐるぐると目紛しく渦を巻いているだけだ。

ローズがドエムを刺したのは咄嗟の判断だった。

だが衝動的ではなく、限られた時間の中で模索して、最善を選んだつもりだった。

 

だが結果はこの様だ。

 

ドエムは生きて、ローズは追われた。

失敗は結果論でしかない、ドエムの実力を見誤ったこちらのミスだ。

けれどドエムの排除に動いた、という行動自体は間違いとは思わない。

ああするしかなかったと思ったのだ。

久しぶりに父…オリアナ国王の姿を見たとき、ドエムの排除を決断したことは間違いではないと信じたい。

虚ろな瞳、半開きの口に、脱力しきったその体躯。

ドエム・ケツハットと教団の繋がりも、自我を失い傀儡となった父も、噂が確信となった瞬間だったのだ。

ゆえに、剣を抜いた。

 

けれど、あの時の自分は衝動的だっただろうか。

焦りや怒りに、突き動かされてはいなかっただろうか。

冷静に判断したつもりだったのだが、間違っていたのだろうか。

 

アレクシアやナツメには頼りたくなかった。

これはあくまでもオリアナ国内の問題として処理しなければならないと直感的に判断した。

 

政治的な感覚は、間違ってはいなかった。

 

結果は失敗だが、これはローズ自身の問題であり、オリアナ王国の問題。

まだミドガルには飛び火していないが…それも時間の問題だ。

逃げる間際、ドエムの叫んだ言葉が頭の中で繰り返される。

 

───ブシン祭が終わるまでに投降しろ!! さもなくばオリアナ国王に来賓を殺させるぞ!!

 

ギリ、とローズの歯がなった。

ドエムの言葉通りそんなことが起これば戦争になる。

教団はオリアナ王国を小さい駒としてしか見ていない。

 

父は名君ではないし、オリアナも大きな国ではない。

 

「けど守りたかった…! 私にとってたった一人の父…たった一つの祖国を…!」

 

ドエムも所詮は教団の捨て駒だ。

あんな奴一人消したところで結局は何も解決しない。

教団の根はきっと、オリアナ王国の深くまで根差している。

 

このまま逃げ続けて…どうなる?

祖国の騎士たちを傷つけて、ひたすらに問題を大きくして。

投降してしまえば、少なくとも最悪は回避できるかもしれない。

そう考えると、少しだけ心が楽になった気がした。

同時に大事な何かを失ってしまったかのような、喪失感と悲しみも襲ってきた。

 

「───」

 

ふと、ローズはポケットから〝まぐろなるど〟の包み紙を取り出した。

中身は流石に食べてしまったが、ほんのりとパンの香りがした。

彼のことを思う…きっと事件のことを耳にしたはずだ。

 

「シドくん…あなたと添い遂げる、そんな都合のいい未来があるのだとしたら…」

 

無意識に涙がこぼれていた。

在りもしないそんな夢を、ローズは見たかった。

 

ローズは紙をしまうとゆっくりと体に力を入れて立ち上がる。

 

「痛っ…」

 

胸に鋭い痛みが走った。

胸元を確認すると、そこにはどす黒い痣がある。

誰が見てもわかるその正体は、〝悪魔憑き〟の証。

発症したのはつい最近だった。

結局最初から、あんな夢は叶わぬものだったんだ。

俯きながら自嘲する。

そんな時だった。

 

小さな音色が耳に聞こえた。

 

追っ手か? とも思ったが足音にしては優しい。

耳を澄ますと、それはヴァイオリンの音色*1だった。

 

「…音楽…?」

 

音楽に詳しいローズでも、その曲はあまり聞いたことがなかった。

だが、美しい。

ただ一言、それしか言いようのないくらい、きれいな音色。

 

まるで月の光に導かれるみたいに、ローズはその音のほうへと歩き出す。

ローズが今いる地下道は王都地下迷宮なんて呼ばれているが、迷宮というよりは遺跡に近い。

地下の道は、しっかりとした石畳で、壁には彫刻や古代文字なんかが刻まれている。

見つけた扉は鍵が必要なのか大体開かなかった。

やがて一つの破壊された扉を見つける、ヴァイオリンの音色はそこから聞こえていた。

壁の大穴をくぐると、ローズはついに辿り着く。

 

そこは幻想的な光が差し込む聖堂だった。

壁にあるステンドグラスには三人の英雄に、八つ裂かれた魔人の絵。

ステンドグラスの鮮やかな光に包まれながら、そこには二人の人がいた。

一人はスカー、ヴァイオリンの演奏者は彼だったのだ。

たおやかな弦捌きに暖かさを感じる音色…もしオリアナにいたならば間違いなく有名になっていたに違いない。

そんなスカーの近くで適当な瓦礫に座り、優雅に聞き入るもう一人はシャドウ。

ステンドグラスの模様の光も相まって、二人はそこにいるだけでも〝絵〟になった。

やがて、スカーのヴァイオリンの演奏が終わる。

ポロン、と弦をつま弾いて、閉幕を告げた。

ローズは一人拍手する。

その拍手に応えるように、優雅にスカーは礼を返した。

 

「え、っと…私の知る限りで、最高のヴァイオリンの音色でした…その…」

 

とりあえずまずは感想を漏らしてしまった。

っていうか何を言ってるのだろうと自問する。

聞くべきことがあるはずなのに。

 

「…まだまだあの人には程遠い」

 

ローズの言葉に返すようにスカーは呟いた。

あれほどの演奏をしておきながら、まだ上を行くひとがいるのだろうか。

瓦礫から立ちながら、シャドウがローズへ視線を向ける。

 

「貴様は何を成す」

「え…」

 

深淵から響くような声色で、ローズに問いかけた。

そして少し考えて理解する、なぜ、こんなことを起こしたのかと問いかけているのだ。

 

「私は…。私はみんなを守りたかった。最善の未来をつかもうとした…だけど、私には出来なかった…っ!」

「───貴様の戦いは、そこで終わりか?」

「…終わりたくなかった…! こんなところで終わりたくなんてないっ…!! でも、私にできることは、もう…!!」

「…もし君に、覚悟と意思があるのなら、力をあげられる」

 

スカーの言葉に応えるように、シャドウが掌に青紫の魔力を集めた。

その魔力を見て、ローズは問いかけた。

 

「…それがあれば、未来は変えられる…?」

「それはわかんないな。力は力、結局は自分次第だよ」

 

無意識にシャドウの掌の魔力に惹かれている自分がいることに気が付いた。

もし、もしも…自分にシャドウやスカーのような力があるのなら、何もかも変わっていたはずなんだ。

力が。

力があればまだ何かができることがある。

オリアナの王女として…そして何より、〝ローズ・オリアナ〟として成さねばならないことがあるッ。

 

「ほしい…! 力がッ…! 力が欲しいッ!!」

 

彼女の瞳に光が戻る。

スカーは微笑み、シャドウに言った。

 

「シャドウ」

「いいだろう」

 

そして掌の魔力がローズに向かって放たれた。

それはローズの胸に吸い込まれ、体内を駆け巡る。

暖かなその魔力は乱れていたローズの魔力を鎮め、整えていく。

どこか重く、自由に操ることができなかった魔力が軽やかかつ、自在に動き始める。

 

「…すごい」

 

心の底からローズは呟いた。

これが、シャドウやスカーの魔力。

そして、二人が見ている世界…

 

「そして僕もプレゼント」

 

そう言ってスカーはローズの前に歩き出し、一つのアーティファクトのようなものを差し出してくる。

狼のような意匠の、蒼い胸像のような。

 

「プレゼントって言ったけど貸すだけだからね。返してもらう時はまた君の前に現れる。…魔力を込めてみて」

 

受け取ったローズは、言われるがままにその蒼い胸像に魔力を込める。

するとその胸像は形を変形させ、一つの剣となった。

 

「ガルルセイバー。君のメインは細剣だけど…ゼノン(あいつ)なんかよりは使いこなせるよ、今の君なら」

「なんでしょう…不思議と、手に馴染む感じがします…」

「僕が譲渡を許可したからね。…抗って、そして見せてよ。君の覚悟を」

 

ふと気が付くと、シャドウの姿は見えなかった。

目の前にいたはずのスカーも、あっという間もなくいなくなっていた。

シャドウの声が、ただ響く。

 

「忘れるな。強さとは力ではなく、その在り方だ」

 

そうして完全に二人の気配は消えた。

ローズは一人聖堂に残された…同時に、追っ手の足音が聞こえてくる。

空気の震えを感じる、かつてないほどに、魔力が体の中で渦巻いている。

捕まってもいいとさえ思っていたが…この力があれば、まだできることがある。

彼女はセイバーを構え、壊れた扉を見据える。

ガルルセイバーは不思議と細剣のように軽い…これならば普段と同じように使えるはず。

次の瞬間、黒ずくめの集団が表れ、数人が惨殺された。

斬られた連中はローズの剣を知覚することなく斬り殺されたのだ。

一人生き残った黒ずくめは、いつかのワタルみたいにベルトを巻き付けるとナックルを押し付け───ようとした瞬間に、ローズのセイバーが首を落とした。

紅い鮮血が舞い、聖堂を朱色に染める。

ローズが念じると、ガルルセイバーは携行しやすい胸像に戻った。

 

「…あなた方もこうやって戦ってきたんですね、人知れず」

 

闇に立ち向かう、一筋の光。

それはきっと、彼らのことを言うのだ。

 

◇

 

「いやー…映えたなぁ…ワタルのヴァイオリン。最高な陰の実力者ができたよ」

「喜んでくれたなら何よりだよ」

「っていうか、やっぱり〝キバ〟の音楽ってすごいよね。ピアノもいいけど、あのヴァイオリンの音色も負けてないっていうか」

「特徴的なのが多いよね。いや一応ひっそり練習はしてたけど上手く弾けてよかったよ」

「ローズ先輩が何であんなことしたのかもふわっとだけど聞けたし」

「本当にふわっとだけど…───あっ」

 

二人してのんびりと帰っているときだった。

寮の入り口に向かっていると、一人のキレイな女性が前に立ったクレアだった。

 

「───」

 

クレアは笑顔だった。

クレア は 笑顔 だった 。

 

「…、」

 

シドは無言だった。

ワタルは苦笑いした。

 

っていうか完全に忘れてたわ。

*1:
ヴァイオリンソロ 渡




本来ここで書かれるはずのアレクシアとベータとローズの下りは次回に回します
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