暇つぶしになっているのなら嬉しい。うれしみ。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!」
ある夜に、一人の男が逃げていた。
なんで狙われているのか、理由などわかりもしないまま、ただ足を動かしていた。
いつしか目の前には行き止まり、背後には自分を追っている襲撃者、否、人斬りとでも言うべきだろうか。
どちらにせよ、自分の命はもはや風前の灯火だった。
壁を背に男は人斬りに向かってどうにか懇願する。
「た、たすけてっ…」
「我らはシャドウガーデン」
「お、おれがなにしたって…」
「我らはシャドウガーデン」
「お───おいっ!! 聞いてんのかよぉ!」
「我らはシャドウガーデン」
男の言葉を一切聞かず、人斬りは剣を振り上げて男を斬り殺した。
辺りには血がまき散らされ、凄惨な現場が出来上がる。
「我らはシャドウガーデン。我らはシャドウガーデン。我らはシャドウガーデン」
ただひたすらに闇夜に紛れながら、人斬りはひたすらにそう呟くとどこへともなく歩き去っていったのだった。
◇◇◇
もうすぐ夏がやってくる。
ちりちりと外に出ると暑い陽射しがこちらを焼いてくる。
そんな中、ワタルは食堂でシドのモブ友二人に詰め寄られていた。
「んで、アレクシア王女とはどうなったんだよ」
「お友達に戻っただけだよ」
「チューもしてないんですか!? チューも!」
「ないよそんなロマンス」
あったけど。
そんなワタルの隣でシドはいつもの調子でうどんを啜っている。
マイペース野郎め。
「もったいねぇな。ったく仕方ねぇ、俺がイイ店紹介すっから元気出せよな」
別に落ち込んじゃいないのだけど。
「い、イイ店ですか!? ヒョロくんっ!」
「そっちじゃねぇよ、最近話題の〝ミツゴシ商会〟だっ」
鼻息荒いジャガを鎮めるとヒョロは得意げに
「何やら見たことない商品を扱ってるらしくてよ、なんでもその中の〝チョコ〟ってのがめちゃくちゃ美味いらしい」
「お菓子ですかぁ、いいですね、美味しそうです」
「ば、ちげぇよ、自分で食うんじゃねぇ。プレゼントすんだよ、女なんて甘いもんプレゼントすりゃあちょろいもんだぜ」
女の子のこと舐めすぎだろ。
「な、なるほど…! さすがヒョロくん、勉強になりますねえ」
「だろ? …ってなわけで、行こうぜワタル、シド!!」
そんなわけで、噂のミツゴシ商会へと向かうことになったのだった。
(…ま、大体は知ってるんだけどね)
蕎麦を啜りながら、ワタルは天井を仰ぐのだった。
◇
とは言うものの、最近のミツゴシ商会についてはあんまり詳しくない。
ガンマに協力してたのも最初だけだし、以降はうまくいってるな、くらいの報告しか知らない。
今はどんな感じなんだろ、と思いながらヒョロに連れられてきたメインストリートの一等地にあるお店にやってきていた。
お店はどれも大繁盛していて、やはり群を抜いて一番人気がミツゴシ商会だ。
「へぇ、どれもすごいですねぇ」
ジャガの呟きを尻目にそのミツゴシ商会を見る。
モダンな雰囲気のある豪華建築物、そしてセンスもいい。
並んでる人も上流貴族ばかりで、今ここにいる学生の自分たちは場違い感がすごい。
最後尾にプラカードを持ったお姉さんが立っている。
「八十分待ちだってさ」
プラカードに書かれた内容をシドはそのまま読んだ。
「門限にはギリギリ間に合いそうですね」
「ここまで来たんだし並ぼうぜ」
それは確かに。
せっかくならちゃんと並んで買い物したい。
その時ふとジャガが呟く。
「でも最近人斬りが出るって噂ですし、あんまり遅くなるのは…」
「バカおまえ、こっちには魔剣士が四人もいるんだぜ、返り討ちにしてやりゃいいのさ」
「人斬り?」
タイミングを見計らいワタルがジャガに尋ねた。
「最近夜の王都に人斬りが出没するみたいなんですよ。結構な腕で、最近騎士団にも犠牲者が出たとかなんとか」
「へー。怖くて夜は歩けないなー」
一ミリもそんなこと思ってなさそうな声色でシドが呟く。
楽しそうとか思ってるに違いない。
とりあえず並ぶべく最後尾のプラカードのお姉さんに近づいた。
ヒョロが「お、お姉さん御綺麗ですね、ごごごご趣味は?」なんて聞いたけれども華麗なほほえみで無事スルー。
しかしお姉さんの目線はシドとワタルを映していた。
(そうか、普段は従業員してるんだ)
このお姉さんを何度かアレクサンドリアで見たことがある。
コードネームは確か…ニューだ。
「失礼ですが、お時間よろしいですか? アンケートにご協力していただくて」
「え? 僕?」
「はい、そちらの方も」
「? えぇ、大丈夫です」
「あ、あの! 俺たちも時間大丈夫デス!!」
「はい、どうですかっ!」
お姉さんはシドとワタルをご指名だった。
すかさずモブ友の二人もアピールするが
「お二人で大丈夫です。気持ちだけ受け取っておきますね」
無事撃沈。
うなだれるヒョロとジャガをその場に置いて、ワタルとシドはお姉さん…というかニューに連れられ店内へと案内されるのだった。
中の装飾は素人の目からしてもかなり豪華と思えるくらい綺麗であり、先も言ったがモダンな雰囲気が一目でわかる。
建てたのはイータだろうか、表では建築家してると聞いたことはあるが。
案内のもとぐんぐん進むお姉さん…もといニューにシドは聞く。
「あの、アンケートは…」
「それは建前だよ、シド」
「え?」
やがて一行は大きなホールのような空間に入った。
奥へと続くレッドカーペット、そしてその左右には美しい女性たちがずらり。
彼女たちはシドとワタルを目にすると一斉に跪いた。
部屋の最奥には巨大な椅子、その椅子の横に、藍色の髪をした麗しいエルフが一人。
「お待ちしておりました、主さま、スカー様」
「や、ガンマ」
ガンマの言葉にワタルが返す。
彼女はガンマ。
アルファ、ベータに次ぐ三人目のガーデン古参メンバーであり、ガーデンの頭脳…それがガンマだ。
「お久しぶりでございます…───ぺぎゃっ」
そのまま階段を降りてこちらに来る…途中で何もないところで転んだ。
そう、ガンマは頭脳派な分運動神経がからっきしなのである。
そのからっきし具合は、剣を教えていたシドもデルタの時同様匙を投げるほど。
やれやれ、と思いながらもガンマに向かって手を差し伸べる。
「大丈夫?」
「し、失礼しましたスカー様…」
顔を赤くしながらおずおずと言った感じでガンマはワタルの手を取って立ち上がる。
顔が赤いのは照れも入ってるかもしれないが、思いきり鼻血も出ているからだ。
とりあえず鼻血を拭きながらエスコートしつつ階段を降りさせる。
そんでもって改めてガンマはシドに向かって
「どうぞこちらへ、主様」
そう言って椅子に促してきた。
促されるままシドは椅子…もとい玉座へと座る。
ふむ…と息を吐きつつ、それでいてちょっと良さそうである。
ちなみにワタルはそんな椅子に背を預ける感じで寄りかかっている。
ナンバーツー感出てるかな、と一人思う。
「褒美だ、受け取れ」
シドは徐に右手に魔力を貯め、掲げると同時に天に放った。
放たれた魔力は天井近くで霧散し、室内に降り注ぐ。
シドの放った光の雨。
降り注がれた光の対象にワタルも入っていたため、その効果を身をもって実感できた。
疲労回復や、魔力の通りがよくなる程度のものだ。
「───思い出します…。私を救い上げてくれた、美しい命の光…。今日という日を、生涯の宝にします」
震える声でガンマは言った。
まぁ〝悪魔憑き〟になってしまったら基本的に迫害の対象、絶望してしまうことは仕方がない。
そんな絶望の淵から、シドやワタルは救い上げてきた…深い感謝を込められても仕方がないのかもしれない。
「ガンマ、お前は後ほど個人的にも、スカーから褒美を貰うといい」
「え?」
「よ、よろしいのですか…?」
「構わない」
「あ、ありがとうございます…! …スカー様、失礼ながら、ご都合のほど、後ほどよろしい、でしょうか…?」
「う、うん。わかった」
ほんのり顔を赤らめてガンマはスカーもといワタルを見やる。
くっそ可愛いなちくしょう。
ん、ん、と軽く咳をして空気を変えつつ
「話は変わるが、チョコとかはガンマが?」
「はい。主様たちからお教えられた〝陰の叡智〟のほんの一部を、微力ながら再現させていただきました」
陰の叡智。
それはシドやワタルが話した早い話前世の知識。
チョコなんて〝苦い豆に砂糖ぶち込んで固めたらうまいもんできるぜ〟くらいのアバウトすぎるものだったので流石にワタルが手伝った。
カカオから作ると手間暇がすごいんだからチョコなんて。
「…このお店、結構稼いでる感じ?」
シャドウのトーンでそんなこと言わないでほしい。
「現在、国内外の主要都市に店舗を展開、拡大しております。また、僻地には通販で影響力を拡大しております。活動資金も、十億ゼニーほどなら、即座に運用可能です」
「───すご」
素の声が漏れた。
まさか自分たちの話した知識でここまで大きい店を作るとは。
これが頭脳の差なのか。
「ご、ご苦労。これからもよろしく頼んだ」
「はい、仰せのままに」
若干シドが引きつった顔をしている。
多分彼もここまで大手企業になっているとは思わなかったのだろう。
ガンマは改めてシドとワタルの前に跪くと
「主様たちがここに来た理由は察しております。例の事件についてでしょう」
「うん」
ワタルがうなずく。
なんだろう、もしかして人斬りの件だろうか。
人斬りが出没する、という話はジャガから聞いたのだがどんな人斬りかはわかっていない。
もしかしてガーデン関係の人斬りなのだろうか。
「現在捜査を続けていますが、未だ犯人はわかりません。ですが、今しばらくお待ちください。王都に現れ、我らシャドウガーデンの名を騙り漆黒の衣をまとう愚か者は、このガンマが必ず仕留めて御覧に入れます」
ホントにガーデン関係だった。
「…こっちでも探ろうか、スカー」
「だね」
ふむ、とワタルは腕を組みながら思案する。
ここで名を騙るような連中なんざ十中八九ディアボロス教団関係だろう。
「まぁそんなわけだ。僕たちもそれとなく探りを入れてみる、そっちも頼んだよ」
「はい、スカー様」
とりあえず現状維持。
夜間に現れるらしいからとりあえず堂々と夜出歩いてみよう。
「そうだ。スカー様はお会いしたことがあるかもしれませんが、主様は初めてですね。ニュー、いらっしゃい」
ガンマはパン、と短く手を叩くと先ほどまで案内してくれたお姉さんを呼ぶ。
彼女はガンマの隣に並ぶと深く礼をしたのち、改めてこちらへと顔を向ける。
「この子はニュー、十三人目のナンバーズです。まだ入って日は浅いですが、その力量はアルファ様も認めています。雑事や連絡係など、ご自由にお使いくださいませ」
「ニューです。よろしくお願いします」
彼女の声は緊張からか、少し震えていた。
まぁいきなり組織のツートップが目の前にいるのだから当然か。
ワタルとは面識があってもやはりこうゆう場というのは緊張してしまうものなのだろう。
「用ができたら呼ぶ」
「それまでは自分の仕事を頼んだよ」
「はっ」
ニューはそう言って下がる。
シドは玉座から立ち上がり、それに合わせてワタルも預けていた背中を戻す。
「さて、そろそろ戻るとしよう」
「そうだ、ちょっとチョコ買いたいのだけど、いいかな」
流石に買っていってあげないとあのモブ友たちがかわいそうすぎる。
軽く服を整えながら言ったワタルの言葉にガンマは手を叩きながら
「最高級の品の用意を」
「…それっていくらぐらい?」
とシド。
「お友達割引で十割引きです」
と、にっこりガンマ。
「つまり無料か…なんだか悪い気もするが…ここはせっかくの好意に甘えよう、ごめん、四人分くれる?」
ただより高い物はない。
けれど貰えるのならもらうのがワタルのポリシーだ。
今度プライベートでミツゴシに買い物に来よう。
◇
シドとワタルらがヒョロに連れられミツゴシに行っていた時と同じ頃。
広い応接間に少人数での話し合いが行われていた。
赤い髪の美女、アイリスは箱に入ったアーティファクトを体面に座るピンクの髪の少女に見せながら
「王国一と名高い貴女に、このアーティファクトの解析を頼みたいのです」
箱の中には十字のペンダントのようなものが入っている。
それをまじまじと見た後、ピンクの髪の少女は
「ですけど、私は学生の身です」
「貴女の研究成果は広く知られています。この分野で、シェリー・バーネットの右に出るものはいないと思います」
「しかし…」
「いいじゃないか、受けてみてはどうかね」
「副学園長…」
シェリーの言葉を遮って促す初老男性。
副学園長と呼ばれたその人は、シェリーの義父〝ルスラン・バーネット〟だ。
「いいかいシェリー、キミはいずれ世界に羽ばたく研究者になる。王女の依頼は、キミの未来に繋がるはずだ」
「で、でも」
「いつも言っているだろう? 自信を持ちなさい、キミならばやれる。キミにしかできないことだ」
そう言ってルスランは彼女の肩に手を置いた。
一瞬シェリーは考えるような仕草をしたものの、やがて少し覚悟を決めたように
「わかりました、お義父様」
そしてアイリスが差し出した箱を取ると中身をまじまじと見る。
「古代文字…それも暗号で書かれてる…」
「ディアボロス教団の施設跡地にあったものです。古代文明の研究をしてると推察しますが、詳細は不明。おそらく暗号も古代文字と関係があると思います」
「確かに、私向けの依頼かもしれません」
興味深そうにアーティファクトを眺めるシェリーを見つめながら、アイリスがまた口を開く。
「それで、警備に騎士団から人を出したいのです」
「警備、ですと?」
アイリスの言葉にルスランが反応する。
「実は、このアーティファクトは、ディアボロス教団なる宗教団体に狙われているのです」
「なんと。それは物騒な話ですな」
「もともとこのアーティファクトもディアボロス教団の施設から押収したものです。もちろんこれだけでなかったのですが…。お恥ずかしい限り、先日保管庫が何者かの襲撃によって焼失、残ったのがそれだけだったのです」
「この前の火事はそういう…。そういえば、アイリス様が新たな騎士団を設立したのはそのあとでしたね」
「まだ小規模ですが…」
「…やはり、既存の騎士団は信用なりませんか?」
「…ゼノンの一件もあります。正直に言ってあまり信用はできない…。そのための、〝紅の騎士団〟なんです。…グレン、頼めるかしら」
「お任せください」
アイリスの視線の先にいたのは大柄な男性騎士。
獅子を彷彿させる髭に、鍛え上げられた身体、頬にある切り傷が長年の熟練の戦士であるとわかる。
「では警備の方は一任します。人員はひとまず二名まで」
「わかりました」
アイリスとグレンが短い会話を終わらせたタイミングで、これまでアイリスの隣に座り黙っていた
アレクシアが口を開いた。
「姉様、私も協力させてください」
「…アレクシア」
「警備に人が行くと漆黒の事件に対応する人が減ります。姉様の騎士団はまだ人手不足…それに、私は彼と、彼に近しい者と接点がある。私が適任のはずです」
「…姉としては断りたいんですけど…そうも言ってられないわね…。わかりました、ただ学業に支障が出ない範囲で。それと、身の安全が第一。この二つを約束して、アレクシア」
「はい。ありがとうございます、アイリス姉様」
承認が降りて顔を綻ばせるアレクシア。
アレクシアは知りたかった、〝彼〟が属する組織の目的…そしてその組織は味方たりうるのか。
彼個人は、なんとなく味方でいてくれそうではあるが、組織全てが味方とも限らない。
これで何か分かればいいんだけど、と思案しながらアレクシアは一つ息を吐くのだった。
◇◇◇
時刻は夜。
門限には遅れそうだったがお姉さん、もといニューのことをしつこく聞いてくるヒョロを黙らせることでなんとか遅れずに帰還することに成功した。
そんでもって夜になったのでガーデンスタイルでシドと二人深夜徘徊に繰り出したのだ。
「しっかしなんでシャドウガーデンの名を騙るのかな」
「さぁ。この世の悪いこと全部擦り付けるためとかじゃない?」
「うわー、めんどくさそうなことしてるね。…あ、でも言ってみたいセリフも思いついたかも」
「よくそんなすぐ思いつくね。…まぁ機会を待っててよ、そんな訳で練り歩いてみようか」
適当に雑談を交えてからいったん分かれ、家の屋根や屋上を伝い歩き徘徊開始。
とりあえず黒ずくめという情報しか知らないが、十分だろう。
とかなんとかしているとワタルの耳に剣と剣がぶつかる音が聞こえてきた。
誰かが戦っている…ワタルは息を潜めながら改めてスカーの姿になると様子をうかがう。
戦ってたのはアレクシアと…黒ずくめの男だった。
「こんな時間にあの王女が何してんだ…? いや戦ってんのはわかんだけどよ」
パッタパッタとワタルの近くで飛ぶキバットが呟く。
戦いはアレクシア優勢だ。
ゼノンの一件以降色々振り切った彼女はぐんぐん強くなっている。
ぼかぁ嬉しいよ。
「しかし強くなったなアレクシア。あれか、恋の力ってやつ?」
「まさかぁ。本人の努力の賜物だよ」
やがてアレクシアの一撃が黒ずくめを斬る。
「諦めなさい、あなたでは私には勝てないわ」
「我らはシャドウガーデン」
「なぜ罪のない者を殺めるの? それは本当にシャドウの意思なの?」
「我らはシャドウガーデン」
「…そのままでは血が流れすぎて死んじゃうわよ?」
「我らはシャドウガーデン」
明らかに黒ずくめの様子がおかしい。
あんなのではbotだ、シャドウガーデンbot。
それしか言えんのかこの猿ぅ! と前世なら言っていたかもしれない。
勝負が決しようとした時、また別の黒ずくめの気配を感じた。
◇
黒ずくめの剣を弾き、トドメを決めようとした時だった。
「っ!」
背後から繰り出された斬撃をどうにかアレクシアは転がって回避した。
いつのまにか増えていた、しかも二人…おまけに一人目も弾かれて落とした剣を拾い再武装。
状況は正直悪い、一人や二人ならいけないこともないが、流石に三人はキツいかもしれない。
数的有利は向こうにある。
おまけに一人一人がそこそこ強いのだ、いっぺんに来られたらマズイ。
「か弱い乙女に三人がかり? 提案だけど一対一を三回やりましょう? ダメ?」
会話に付き合ってくれそうにないのはわかる。
基本同じことしか言わないのだこの黒ずくめは。
本能でアレクシアはコイツらは絶対シャドウガーデンじゃないと確信した。
背後だけは取られないように動きながら隙を窺う。
先に動いたのは三人の黒ずくめだった。
アレクシアは神経を集中させ、ひとまず防御に気を配る。
一人目の剣をいなし、二人目を躱し、三人目からは距離を取って避ける。
だが流石に他勢に無勢…一人目の連撃を受け止めてる間に背後を取られ───
「しまっ」
迫り来る突きをどうにか身を捻ることで致命傷だけは防ぐ。
だがそれでも、無視できない傷を負ってしまった。
流石にマズイ、マズすぎる。
アレクシアは脇腹を押さえながら
「…ねぇほら、後ろ見て? あんなにお月様が綺麗…よ?」
どうにか言葉で時間を稼ごうとして、月をチラリと見た。
…何やら月をバックに、何かがパタパタと───
「おらーっ! 乙女に剣振るってんじゃねーぞー!」
パタパタとかなりの速さで、やってきたそれはアレクシアの周りを飛び回る。
暗闇でよくわからないが、それはなんかコウモリみたいな外見だった。
それと同時…アレクシアの隣に誰かが舞い降りる。
フードを被った、漆黒の…男
「お前たちか。近頃ガーデンを名乗る連中は」
「いきなり騙って辻斬りなんかしやがって! 迷惑だぞこら!」
男とコウモリがそんなことを言っていく。
だが黒ずくめは〝ホンモノ〟が来たと悟ったのか三人の黒ずくめたちはその場から逃走を図った。
シュババ、と建物の屋根を伝いさっさと逃げる背中に、漆黒の男は呟く。
「…判断が早い」
「どうする? 追うか?」
「そうしよう。その前に、軽くこの子の応急処置だ」
そう言って漆黒の男はアレクシアの脇腹に軽く手をやり、魔力を流してくる。
不思議と暖かなその光は、流れる血液を止めた。
「血を止めただけだ、あとは医者にちゃんと見てもらって適切な処置をするといい」
「あ、ありがとう…。…ねぇ、貴方もシャドウガーデンの…?」
「あぁ。僕はスカー、ま、シャドウの相棒かな」
スカーと名乗った男は徐に右手をかざす。
その手に先ほどのコウモリが収まると、反対の手に噛み付かせた。
すると腰に赤い何かが現れて、そのままコウモリを装着し
「変身」
短く呟く。
刹那、彼の身体が一瞬透明になったと思うと弾け飛ぶようにその姿が変わる。
原理は違うだろうが、以前ワタルがなってたアレみたいな感じだろうか。
キバとなったスカーはアレクシアを一瞥し
「それじゃあね。ちゃんと医者に見てもらいなよ」
「ま、待って! 貴方たちの目的はなんなの? 何と戦っているの…? その力は、なんのために…」
「話して理解できるものじゃない。世の中には知らない方がいいこともある。…少なくとも、敵ではないよ、多分ね」
そう言うと今度こそキバはその場から跳躍し、黒ずくめが逃げた方へと飛んでいった。
速すぎて目で追うことも困難な彼の背中を、アレクシアはずっと眺めていた。
「…ワタル…」
ふと呟くのは彼の名前。
彼も、様々な事情があってシャドウガーデンにいるのだろう。
敵になる未来は避けたいものだ、と思案しながらアレクシアは脇腹を見やる。
血は止まってるが、恐らく一時的なものだろう。
最低限の処置をして、王国の医者に診てもらわないと。
気になることはたくさんだが、ひとまず戻ろう。
…姉に怒られないといいのだが。
◇
「話して理解できるものじゃない、か。我ながらいい事言えた気がする」
キバは先の黒ずくめを追いながら、先程のアレクシアへの言葉を思い出す。
シンプルに関わる必要はない、とか言えばいいのだけどなんかアレンジした言葉が言いたかった。
とはいえディアボロス教団のことは色々複雑なのであながち話して理解できるものじゃないのは間違ってないのかもしれない。
「お、ワタルいたぜ」
キバットが呟き、キバも視認する。
それにコイツらの気配に気づいたのか戦っていたのを察知したのかはわからないがシャドウも向かっているようだ。
というわけでまず一人目を踏み殺す。
「がっ!」
「っ! あぐっ!」
続いて二人目も駆けつけたシャドウの一撃で絶命。
「逃げられるとでも思っていたのか?」
そして言いたかったであろうセリフをシャドウが言った。
残るは一人。
さてどう料理してやろうか。
流石に生け取りにして情報でも吐かせた方がいいか…とシャドウとアイコンタクトしていた時だ。
「お見事です」
不意にもう一人、その場に現れた一人の女性。
その女性はニューだった。
「流石シャドウ様、スカー様。これほど早く確保なされるとは。後はお任せください。情報を聞き出します」
「く、くそっ!!」
三人目が一番近いキバに向かって攻撃を仕掛けた。
だが剣はキバの鎧の前にあっけなく折れる。
「…お前あのセリフ以外喋れたんだ」
今となってはどうでもいいことだけど。
適当にむんず、と首元を掴み、無造作にニューの方へと投げつける。
どしゃあ、と足元に三人目の黒ずくめが転がった。
「それじゃあ任せる」
「抜かるなよ」
「はい」
キバとシャドウの言葉を受けて、ニューが返事をする。
三人目はまだ足掻くべく隠し持っていた短剣を取ろうとし───右手が斬り落とされた。
「んなっ、なっ…!?」
いつの間にかスライムスーツを纏い、シャドウガーデンスタイルへと切り替えたニューは残った左手の甲を踏みつけ骨を砕きながら冷酷な目を持って黒ずくめを見やる。
「…私は、あの方達ほど優しくない。───楽に死ねると思うなよ」
翌日
王都の通りな一つの凄惨な死体が吊るされていた。
死体の腹には血文字で、短くこう書かれていた。
〝愚か者の末路〟
その男の顔は恐怖と絶望に染まった表情で固まっていた。