Fate/kaleid night プリズマ☆イリヤ 3rei!!   作:388859

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三日目~オーバークライ/星空の誓い~

ーーinterlude 3-3ーー

 

 

 冬木市。 新都の連なる高層ビルの中で、今はもう使われていないモノもある。 そういうビルは大抵、老朽化が進めば改築して再利用するのだが、使われなくなったのは最近らしい。 ライフラインが通らないそこは、人の影は全くない。

 が、それこそ幸いと言うべきか。 美遊と魔術師である凛、ルヴィアの三人は、暗闇の中を迷わず歩いていた。

 三人が何故こんなところに居るかと聞かれれば、そんなもの答える必要すらない。 美遊が居るということは、カード回収に決まっているからだ。

 昨日の今日でと思うかもしれない。 只でさえここ連戦に継ぐ連戦。 昨日の戦いでは実質後手に回り続け、勝利とも言えない勝利に、少なくない損害を被ったばかりだ。

 更にはーーもう、イリヤスフィールは戦わない。

 

「……全く、ルビーにも困ったものね。 アイツが居れば少しは楽になるのに」

 

「仕方ありませんわ。 私達に契約を破棄させる力も、権限も無い以上、美遊に頼る他ありません」

 

 夕刻のことだ。 公園で待ち合わせ、凛達の前に現れたイリヤは、俯いたままこう言った。

 もう、戦いたくはない、と。

 これ以上、誰かを傷つけたくはーー殺し合いなんてものをしたくはないと。

 そう。 イリヤは戦うという意志を砕かれてしまった……凛達を、美遊を、兄を傷つけたことと、何よりそんなことをしてしまった自分に対して。

 元より無理の話だ。

 美遊が余りに優秀すぎたからか、カレイドステッキに選ばれたイリヤにも期待してしまった。 故にイリヤの心に気付けはしても、それをケアすることは凛達には出来まい。

 まぁ、ルビーがイリヤと共に居ると言ったときは、本気で消し飛ばしてやろうかと凛は息巻いていたが……どうせあとはバーサーカーを残すだけ。 イリヤが居なかろうと、切り札である限定展開(インクルード)を駆使すれば勝てない相手ではない。

 だから、美遊は二人の期待に当然頷いてみせる。

 

「はい。 心身共に問題ありません。 安心してください、全て終わらせます」

 

「……ふぅん」

 

 凛が興味深そうに、美遊に視線を送る。

 凛とルヴィアは、今日はカード回収をせずに、休息にあてようと考えていた。 残り一体とはいえ、そこで気を抜けば命取り。 一日程度経たところで、そこまで歪みは大きくならない。

 そういう考えもあったのだが、士郎の見舞いをした後、美遊は決意したようにこう告げた。

 

ーーカード回収は今日で終わらせます。

 

 それを聞いたとき、さしもの魔術師二人も渋面を作ったものだ。 何せサポート役である二人ですら、疲労は溜まっている。 直接戦闘している美遊の疲労は、その比ではないだろう。 なのに美遊はまるで疲労など感じさせないほど、強い意志を見せつけてきた。

 ここまでさして感情を見せず、カード回収を行ってきた美遊が。 ここに来てようやく、相応の覚悟をしてきた。

 それを尊重しないわけにはいかない。 というか、賛成しなければ美遊、並びにそんな義妹の成長に感動したルヴィアが、鏡面界に突っ込みかねない。 夜の予定は決まったも同然であった。

 それでかは分からないが。 凛は、少し探りを入れてみることにした。

 

「殊勝なことね、美遊。 あなた、最初は私だけで十分とか言ってたのに……この数日で、あなた変わったわ」

 

「? そうでしょうか? 別に、変わったところは無いと思うんですが……」

 

「いいえ。 あなたは何て言うか……そうね、殻を破った、というところかしら」

 

「???」

 

 言葉ではその真意が伝わらないのだろう。 あえて、凛はそのまま語り出す。

 

「確かにあなたは、最初から一人で戦うと言ってたわ。 でも数日前のあなたと、今のあなたはまるで違う。 少なくとも、あなたは誰かのために戦おうとしてる」

 

「……」

 

「それが誰であるかは聞かないけれど、これだけは言っておくわ。……イリヤ『達』と一緒に居たいなら、もっと自分を出しなさい。 あなた、ホント可愛いんだから、そういうところはキッチリしないと損よ?」

 

「え」

 

 てっきり踏み込んだ質問が飛んでくるのかと思い、思わず目をパチパチと開く美遊。 そんな彼女にルヴィアは腕を組んで、こう付け足した。

 

「確かに、美遊は何でもそつなくこなせはしますが、些か侍女だとしても慎みがありすぎますわ。 堂々と、何の気なしに胸を張るぐらいの純粋さが欲しいところですが」

 

「いえ、私はその、胸を張っても寂しいというか……比較対称が大きすぎるというか……」

 

「何で胸の話になってんのよ。 というか私を見て笑うなっ、そこの金ぴか縦ロール!」

 

「ホホホ、ごめん遊ばせ。 私、別にあなたを見て言ってませんの。……良いですか美遊、アレが悪い見本。 あなたもああなりたくなければ、とにかく私を真似ること。 良いですわね?」

 

「聞こえてんのよこのプロレス女ッ!」

 

 途端、暗い視界の中をぎゃーぎゃー騒ぎ出す二人。 一応暗視の魔術を施しているため、やたらめったら暴れているわけではないのだが、良い年こいてあんな風に慎みが無いのもどうなのだろうか。 美遊は疑問に思わずはいられない。

 

「……でも」

 

 そういう面も持つから。 きっと彼女達はこんなに凛々しく、あんなに鮮やかに生きているのだ。

 

「うん。……分からないでもない、かな」

 

 数日前と比べて、自分はこうして笑えている。 守りたいと思えるモノまで出来て、一緒に居たい人が居る。

 恐らく、兄もそうだった。 だからここから先は、美遊の番だ。

 さぁーー終わらせよう。 美遊は改めて心の中でそう決意し、歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 それは、懐かしい声だった。

 

「? どうしたんだい、士郎? そんなに呆けて、らしくない」

 

 それは、とてもとても、懐かしい姿だった。

 午後九時という、少し遅い時間に病室へ現れた訪問者。 普通に来れば良いのに、何故こんな時間帯に来たのだろうか。

 萎びた花のように、皺だらけのスーツ。 緩く結ばれたネクタイはさながら、仕事帰りのサラリーマンのそれだ。

 だが分かる。 知っている。 この男は、神秘に身を置きながら、誰よりも神秘を壊し続ける。

 魔術師殺し、衛宮切嗣。

 十一年前の火事で、ただ一人俺を助けてくれた人。 その火事で、誰よりも救われた人。

 そして六年前、呪いの淵に安らかに沈んでいったーーもう今は会えない、大切な大切な家族。

 

「……いや。 いきなり帰ってきたから、びっくりしてさ。 おかえり、親父」

 

 何て言うべきか。 一瞬、ほんの一瞬だけ、迷いが生まれ、即座にそれを押し潰す。 月明かりぐらいしか照明の代わりになるものがないため、切嗣の表情は見えない。 とりあえず、当たり障りのない会話をしてみることにした。

 

「ハハハ、おかえり、か。 確かにそれは嬉しい言葉だけど、病室で言う言葉ではないね。 それじゃあ僕の家は病院になってしまう」

 

「なに呑気なこと言ってんだよ。 親父だって、そろそろ良い歳だろ? 老後の備えは重要だって、藤ねぇでさえ言うぐらいだ。 親父や義母さんは外国を飛び回ってるんだから、変な病気とか貰いそうで怖いし」

 

「これはまた、親孝行モノだな士郎は。 だけどまだ僕は四十代になったばかりだし、まだまだ現役さ。 勿論、士郎の心配は嬉しいよ、だから今回はーーこうやってすっ飛んできたんだからね」

 

 近くのパイプ椅子を開き、切嗣はベッドの横に腰かける。 その動作が余りに元気だったからか、何だか複雑な気持ちになった。

……俺が覚えている切嗣は、この世界の切嗣ほど元気ではない。 後になってわかったことだが、切嗣があそこまで衰弱し、老けていたように見えたのもーー全ては聖杯の泥に犯されていたのが原因だ。

 だから、打ち明けるわけにはいかない。 この男に頼って良いわけがない。

 ルビー達は、自分から気づいたからなし崩しに話した。 けれど、イリヤと同じようにーーこの世界では誰にも、絶対に話せない。

 俺にとって平和と言えるこの世界で、何故そんな残酷なことを口に出来るのか。 偽善だろうと、嘘つきと罵られようと、そんなものは関係ない、知ったことではない。

……正義の味方として、それは破綻している。 当然、そんなことは分かっているとも。 それでも、この幸せを壊すぐらいならーー。

 

「……どうやら、反省してるみたいだね」

 

「へ?」

 

 全く聞いてなかった俺がそんなに可笑しかったのか、切嗣の頬は弛みきっている。 それに俺は、少しムッとした。

 

「……笑うことないだろ、別に。 言っとくけど、俺だってこんなことになるとは思ってなかったんだ」

 

「はいはい。 でも、僕としては嬉しいかな。 士郎はしっかりしすぎる所があるから、そうやってハメを外すぐらい無いと、男親としては物足りない」

 

「……親父はだらしなさすぎるだろ。 ジャンクフードにしても、バランス良く栄養取れよな。 つか、物足りないってなんだよ物足りないって」

 

「ん、そうだな……例えばほら、殴り合いとか。 そう言うの、結構憧れててね。 ロマンって奴さ」

 

 ぐっ、と。 拳を握る我が父。 それで、どこの世界の切嗣も変わらないんだなー、なんて再確認してしまった。

 まぁ、病院に運び込まれたことで、少しは落ち着いた。 どうにもエミヤシロウの記録と、融合した体のせいか、イリヤを守らなきゃという想いが日増しに強くなってきている。

 前からカッとなることが多かったが、ここに来てから三日、既にもう二回は特攻してしまった。……自制しないと、このままじゃ簡単に命を落としてしまうだろう。 かと言っていても、ブレーキ役である俺の知ってる遠坂や、セイバーは居ないし、イリヤにブレーキをかけられたところで特攻してしまうのは目に見えている。

 ならばこそ、切嗣に問わなければいけない。 その全てを。

 イリヤの力。 アレがもし、聖杯としての力だと言うのならばーーこの世界でも、聖杯戦争が行われていた証拠。

 

「……なぁ、親父」

 

「うん?」

 

「イリヤのことなんだけどさ。……イリヤは、本当は」

 

 ホムンクルスなのか。 そう問おうとして、そこで口をつぐむ。

……それは、本当に答えさせて良いことなのか。 もしかしなくても、今のイリヤは、衛宮の家は、決して簡単に出来たわけではなくて。

 それを完膚なきまでに、壊してしまう問いなのではないか?

 

「……イリヤは」

 

 頭に浮かんだ言葉が、口から発せられない。 ただの呟きでも良いから、響かせれば良いのに。 色んな考えが頭を回るせいで、それがどうしても出来ない。

……ちくしょう。 もしそうなら、それを解き明かすなんてこと、出来るわけがない。 究極的に言ってしまうのなら、俺はこの世界の切嗣とは何も関係がない……だからエミヤシロウの後を継いだなら、それを壊すことだけは出来ない。

 でも本当に守りたいなら。

 俺はそれすら、壊さなければならないのだろうか。

 

「……何もないなら、僕から良いかい?」

 

「え、あ、……おう」

 

 突発的に言われ、こくりと首を動かす。 切嗣は成績でも問い質すかのような気軽さで、こう言った。

 

 

「ーー魔術を使うことには、もう慣れたかな?」

 

「……っ!?」

 

 一瞬。

 本当に、くら、と目眩がした。

 

「そ、れは」

 

 不味い。 心臓が余りの緊張に、警鐘のようにぐわんぐわんという音までがなり立てている。 それだけ、今の質問は衝撃が大きかった。

 魔術を使うことには慣れたか?

 つまり今の言葉で、少なくとも切嗣は魔道に身を置くもので、そして俺の魔術回路もとっくに見抜いていたと分かる。

 だが切嗣とて、俺のこの特異な体を見れば、ある程度は異常を察するに違いない。

 二十七の回路を開いても、何ともない体。

 二十七本も魔術回路を開けば、普通は意識が飛ぶ。 なのにこうやってピンピンしてる時点で、切嗣も俺の身体が特殊だと気づき。

 子供の頃の俺と、今の俺の体が余りに違うことに、気づかないわけがない。

 

「……悪い」

 

 悟られないように。 あくまで魔術を知ってしまった罪悪感を表に出して、俺は切嗣から視線を逸らす。

 

「何で士郎が謝るんだい? 別に悪いことをしたわけじゃない。 全く、どうせなら封印(・・)なんてせずにいれば良かったかもしれないね」

 

「……は?」

 

 いや待て。 今、なんて?

 

「うん? ああ、士郎は知らないかもしれないけれど、士郎の魔術は規格外というか、ズルというか……とにかく、人から見れば反則技みたいなものなんだ。 それをホイホイやるもんだから、記憶と一緒に魔術回路も封印していたんだけど……まさかイリヤと一緒の時期にそれが外れるとはね」

 

 些細なことを話すような口振りだが、今のは違う。 切嗣は今の言葉の意味を理解しているのだろうか。

 俺と同じ時期に、イリヤの封印が外れた。

 それはすなわちーーイリヤは。

 

「……イリヤは何なんだ」

 

 イリヤのあの魔力は、溜めに溜めた、聖杯としての機能なのではないか?

 それが分かってしまえば、責任だとか義務だとか、そんな曖昧なことは意識から吹き飛んだ。

 

「答えろ、親父。 イリヤは、聖杯(・・)なのか」

 

「!?」

 

 さしもの切嗣も、今の言葉には面食らったに違いない。 何せイリヤが聖杯であるなど、それこそアインツベルンにしか分からないハズだ。

 そして聖杯なんてそんな言葉を吐けるのは、俺があの戦争ーー聖杯戦争を知っているから、ということに辿り着く。

 だが、今の俺はエミヤシロウとの誓いすら、この激情のせいでどうでも良かった。 少なくとも、あの地獄でたった一人救われた破綻者ーー衛宮士郎として、俺は今切嗣に問いかける。

 

「……士郎。 何故君が、それを」

 

「四の五の言わずに答えろ、切嗣(・・)。 聖杯戦争なんて、ここには無いんじゃないのか。 だから、イリヤはああやって幸せに暮らしてて……切嗣もここに居る、そうじゃないのか……?」

 

「……」

 

 恐らく。 そんなことを横から言うのは、とんでもない間違いで。 そして何より、それを俺が言う資格など無い。

 多分、少しは妬みの気持ちがあったのも、否定できない。 こんな世界に、妬まないハズがないだろう。 何もかもが悲劇のまま、終わってしまったこともあったのに、この世界はそれが、全て無いのだ。

 でも、だから。

 これだけは、嘘をつきたくなかった。

 

「……」

 

 切嗣は答えない。 何を隠しているのかは知らないが、答えられるものは答えてもらわねば。

 

「切嗣」

 

「……そうだね。 その前に、士郎がどうやってそれを知ったのか、教えてくれるかい?」

 

 ふむ。 確かに、情報の出所は気になるだろう……ここまで来れば、ボカす事も出来ない。 腹芸など得意ではなかったが、こうも早く種明かしになるとは、情けないの一言だ。

 だけど何処かでこうなることが分かっていたのか、それともこの重荷を降ろせるからか。 口は勝手に動いた。

 

「分かった、話す……とは言っても、簡単な話だ。 俺も、聖杯戦争のマスターだったんだ」

 

「?……それは、どういう……」

 

 ことなのか。 そう告げる前に、はっ、となる切嗣。 どうやら今までのピースをはめて、俺が何なのか思い当たったらしい。

 ごくりと喉を鳴らしたのは、果たしてどちらか。

 全てを明かす。 それは辛いことで、そして残酷な事実を告げる処刑鎌。

 

「ーー俺は、平行世界の衛宮士郎。 第五次聖杯戦争を生き残った、マスターだ」

 

 そうして、俺は全てを話す。

 俺は第五次聖杯戦争を勝ち抜いたマスターで、その後アクシデントに見舞われてここに来たこと。 第四次聖杯戦争の顛末、義母さんーーアイリスフィールは死に、イリヤはアインツベルンに取り残されたこと。 俺は切嗣に拾われたが、数年後に切嗣は死んでしまったこと。 聖杯戦争中に、家族だと知らなかったイリヤは、サーヴァントに殺されてしまったこと。

……歯止めは、効かなかった。 いや、最初から効かせるつもりもない。 俺はもう疲れ果てていたのだ。

 たったの三日。 その三日の内何度嘘をついて、何度みんなを、イリヤを裏切ったか。 自分が最低だってことは分かる。 でも、それは今考えれば、エミヤシロウのことすら裏切っていたのではないか。 そう思えて、仕方ない。

 そして。

 切嗣は、こう言ってきた。

 

「……そう言えば。 この世界に来たアクシデント、それを聞いてなかったね」

 

「……」

 

「?、士郎?」

 

……分かっている。 ここまで話したのなら、言うべきだ。 今度はもう躊躇わない。

 それを、話す。

 

「聖杯戦争の協力者が。 遠坂の当主でさ……ソイツは俺の師匠で、その日も遠坂の家で魔術の鍛練をして、そのとき一つの礼装の設計図を渡されたんだ。 それに触って、この世界に来た。 第二魔法のトラップ」

 

「……なるほど。 にわかには信じがたいが、第二魔法への足掛かりは、そう甘くはなかったと言うわけか。 それで、ここに君は来た。 ということは、僕の世界の士郎は……君の世界に?」

 

「……いや。 ここに居るんだ、切嗣。 俺は、ここに居る」

 

「?」

 

 胸に手をあてる。

 

「第二魔法のトラップだとは言ったけど、それは正確には違うんだ。 確かに、俺はこの世界に来た。 だが、あくまで来ただけで、俺はとある人物と融合してここに居る」

 

「……まさ、か」

 

 その顔が固まる、絶望に染まる。 そんな彼を這い上がれないところまで、叩き落とす。

 

「ーー俺は、この世界の衛宮士郎の体を奪い、その精神を潰した。 だからもう、二度と会えないと、思う」

 

 切嗣が、パイプ椅子の上で項垂れる。

 彼の表情は、依然として暗闇に消えていて、よくは見えない。 だがそれでも、切嗣はその虚無感を味わっているハズだ。

……もう、良いだろう。 殺されても文句は言われない。 こんな男が、エミヤシロウの後を受け継ごうなど、やはり間違っていたのだ。

 死者は蘇らない。 生者に代わりなど居ない。

 何故、見てみぬ振りをした。 何故、それでも守っていこうなどと勘違いした。

 そんな愚行で、他人の居場所になれるわけなどないのに。

……ああ。 きっとアーチャー(あの男)が絶望したのも、これが一因だったのかもしれない。

 小を切り捨てていけば、その中で大事な人も失っていく。 だから失った人の支えになりたくても、偽りの正義の味方にそれは許されない。

 何故ならこの身は、誰かを助けなければならないと、強迫観念に突き動かされ、支えなどと言う一つの位置に収まっていられないから。

 手遅れの戦場で、奴はそれを何度も味わった。

 馬鹿みたいに人を殺して、それでも人の為になれれば。 誰か一人でも救えれば、それだけでこちらは十分だなんて、そんなものただの押し付けの救いだ。 本物はそんなこと言わない。 そうして、誰かの居場所を壊したのは誰だったか……それで迎えた悲劇は、どれだけ酷く、どれだけ惨かったか。

 知りたかったわけじゃない。

 だけど、知りたくもなかった。

 世界中から大切な人を奪い続けて、多くの慟哭が響く。 それを糧に築いた、大きな幸せが、世界の真実に他ならないのだ。

 そんなモノを、そんな醜い世界を。

 一体、誰が望んだ?

 

「……っ」

 

……否。 断じて、否。

 故に誰もが幸せでほしいなど、お伽噺だ。 いや、お伽噺ですらない、ただの妄想だ。 創作であっても、誰もが幸せであった世界などなかったではないか。

 だから。

 それを作ろうとする奴など、ここで。

 

「……ああ、分かった」

 

 死んだ方が、良いのに。

 

 

「ーーよく、話してくれたね、士郎。 そして、すまない」

 

「……え?」

 

 最初。 何かの聞き間違いかと思った。

 だが次いで、その温かさで嘘ではないと悟った。

 抱き締められている。 ずっと前に、この想いをくれた人に。 俺の頭に手を置いて、こんな奴など死んでしまえと、そう吐くのではなく、あくまで息子に接するように。

 俺を、衛宮切嗣は抱き締めていた。

 

「辛かっただろう……そんなことを黙ってて。 みんなを騙して、苦しかっただろう?」

 

「ぁ、っ、え、」

 

 頭がバカになっちまったのか。 聞きたいことなどいっぱいあって、それよりも謝らないといけなくて。

 それでも、この想いは溢れていて。 この胸を、焦がし続ける。

 

「あぁ……ごめん、ごめん、士郎。 君がそこまで追い詰められているのに、僕には、何も出来ない」

 

「……なんでだよ」

 

 分からない。 何故、抱き締められているのか。 どうして被害者のハズの切嗣が、俺なんかに謝って、あまつさえ殺そうとしないのか。

 息子を殺されたのに。 こんな最高の、誰もが幸せだった世界を、ここに来て壊してやった奴を、どうしてーー?

「なんで。 なんで、爺さんが謝ってんだよ。 そんなの違うじゃないか。 爺さんは誰よりも頑張って、誰よりも愛した家族を殺されたんだぞ? なのに」

 

 その背中に手を回さず、困惑する俺とは対照的に。

 

「なんでアンタが泣いてんだよ、爺さん」

 

 大切な人は、号泣するように泣いていた。

 爺さんが、呻く。

 

「……家族を、守れなかったからに決まっているだろう」

 

「だったら、俺を殺せよ。 何で、俺を、抱き締めてんだよ。 そんなの可笑しいじゃないか。 俺は」

 

「……士郎だって被害者だ。 違うかい?」

 

 ああもう、何も分かってない。 俺は、殺されようと構わないのに。 どうして切嗣にはそれが分からないのか。

 

「違う。 俺が、俺が殺したんだ。 だから」

 

「なら士郎。 自分の顔を見て、その言葉を言ってみなさい」

 

 やめろ。 聞きたくない、見たくない。 駄々など言ったことも無かったのに、俺は首を横に振る。

 それに対し、爺さんは、俺の頬に指をつけ。

 

「……こんなにも泣いている士郎が、そんなこと出来るわけがないじゃないか」

 

 そこで、自分も泣いていることを、理解した。

……切嗣が涙を拭いて、俺を抱き寄せる。 それにどうしようもなく受け流されるのが嫌で、手を回すことだけはしなかった。

 

「もう良い、分かったから。 士郎がどれだけの人を騙して、傷つけたかは、よく分かったから。 だからそんな、無意識に泣くような泣き方はしないでくれ、士郎」

 

「……違う。 俺には、そんな資格はないんだよ、爺さん」

 

 そうだ。 だって、

 

「……俺はこの世界の人間じゃない。 どれだけ爺さんのことが、イリヤのことが大事でも。 二人から幸せと居場所を奪った俺に、イリヤを守れなかった俺に、そんな資格はっ……!!」

 

「士郎」

 

 その先は言えなかった。 言う前に、分かってるっていう、口振りだった。

 だから、返す言葉だって、もう分かっている。

 

「……それでも僕は、君をこうやって、守るよ」

 

「……ぁ、……」

 

 分かって、いたのに。

 その言葉だけで、涙腺を崩壊させることなど、簡単なことだった。

 

「君が何度、そうやって自分を責めたり。 世界中の人が、君を悪い奴だと言っても。 それでも僕は君を、君達を守る。 十年前からずっと、そう決めてたんだ」

 

「じい、さん……」

 

 一度、面と向かってその顔を見る。 切嗣は不器用に父親らしく笑って、俺を力一杯、その胸に埋める。

 

「罪は償えない。 でも一緒に、その罪を背負うよ。 父親らしいことなんてこれぐらいしか出来ないけれど、それでも良いかい?」

 

「……じゅうぶんすぎるよ、そんなの……背負わせたくないのに、勝手なことしやがって……」

 

「ハハハ。 親ってのはね、背負うモノなんだ。 だから士郎」

 

ーーもう我慢することなんて、ないんだ。

 ダメだった。

 その一言だけは、どうしても。

 少なくとも、手を伸ばさないと誓っていた、切嗣の背中に手を伸ばして。

 みっともなく、泣き喚くぐらいには。

 

「……お疲れさま、よく頑張ったね、士郎」

 

 優しい温もりが、この肌を包む。

 泣く声はいつまでも続いた。 夜という静かな時間に響くそれは、産声でもあっただろう。

 エミヤシロウの後を受け継ぐのでもなく、かといってその責任を放棄するのでもなくーー俺は、ここに来て、三度目の生まれ変わりを果たしたのだから。

 やがて、その声も止んだ。 どれだけの時間が過ぎたのかは分からないけれど、でも、今はどうでも良かった。

 

「……うん。 お互いよく泣いたなあ。 何というか、赤ちゃんみたいな」

 

「う、うるさいな。 仕方ないだろ、俺だって溜め込む方だとは知ってたけどさ……」

 

 ここまでだとは思っていなかった。 もしかしなくても、俺は物凄く恥ずかしいことをしてしまったのではないだろーか。

 流石に俺達も抱き締めあっているわけではなく、離れている。 切嗣はパイプ椅子を片付けると、

 

「じゃあ帰るけど。 その前に一つ良いかい?」

 

「? なんだよ、親父」

 

 一応、洗いざらい話してはいる。 だから、話すことなどもうないのだが……?

 

「あ、これは純粋な質問なんだけど……士郎は、どうして正義の味方になろうと思ったんだ?」

 

「……ああ」

 

 俺の世界の切嗣は、正義の味方について消極的だった。 それはきっと、その道筋が余りに険しかったからだろう。 この世界の切嗣はどうか知らないが、この質問をしている時点で、答えてるようなものだ。

 ならば、俺は自分の気持ちを素直に伝える。

 

「まぁ恥ずかしながら……俺の世界の切嗣(オヤジ)に救われて、そんな人間になりたいって思ったから、かな。 それだけだよ」

 

「……なるほど。 でも、それは」

 

「分かってるさ」

 

 全部分かってる。 だから、今一度ここで誓うのだ。

 

「確かに、全ての人を救うなんて、出来ないのかもしれない」

 

 事実。 俺が救えたのは、味方になった人だけだ。 しかもその味方になった人ですら、守りきれなかったときもある。

 責任で動いたところで、借り物の願いだとして、そんなモノは救いではない。 いつかそのメッキもひび割れて、どこかで絶望する。 そうすることを知っている。 そんなモノのために剣を振るったわけではないと、そう自分自身を切り裂くのも遠い未来ではないだろう。

 でも、だからこそ。 後悔だけはしない。

 

「けれど、俺はそれも全部分かってて、それでも目指したいって思ったんだ。 だったらきっと、誰かを助けたいっていう気持ちは、間違いじゃない。 俺は、救ってくれた切嗣のことを、今も信じてるから」

 

「…………そうか。 うん、そうか」

 

 満足そうに、晴れ晴れとした顔で頷いた親父は、そのまま背広を翻すと。

 

「そんな士郎に、一つ言っておこう。 何でも、新都の廃棄されたビルに、三人の女の子が入っていったらしい。 それも遠坂の一人娘も居るとか」

 

……それって、まさか美遊達の奴、勝手にカード回収を……!?

 

「親父……」

 

「ん、なんだい? あそこはかなり暗いからね、幽霊(・・)でも出るんじゃないかな、と思ってね。 士郎も、もう寝ると良い。

またお見舞いに来るよ」

 

「……ああ。 ありがとう、親父」

 

 イタズラを成功させたように笑い、衛宮切嗣は病室から出ていった。

……ったく。 子供っぽいんだか、大人っぽいんだかよく分からないな。

 

「でも、助かったよ」

 

 おかげで、今夜全てを終わらせることが出来そうだ。

 俺は右手を握り締めると、窓の外を見た。

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude3-4ーー

 

 

 夜は深い。 深すぎて、その闇に呑まれそうになる。

 かくいうイリヤも、そんな闇に呑まれそうになっていた一人だった。 食事もあまりとらないまま部屋に閉じこもり、明かりのないベッドに体を預ける。

 いつもなら悩みを発散してくれるクッションも、今ばかりは抱き締めてもモヤモヤするばかりだ。 ぼう、と。 レースカーテンだけの窓の向こうへ視線を向けても、その先には何も見えない。

 

「……どうしてなのかな」

 

 うじうじするのは、きっと子供だからだと思っている。 あんなことをして、許されるわけが無い。 だからこうやって逃げている。

 怒られるのが怖かったのか、傷ついた人を見るのが怖かったのか。 はたまた、許されないから怖かったのか。

 何にせよ、自分はもう凛との契約を切り、魔術の世界から逃げ出した。 それで結果は出ている。

 と、そのときだった。

 コンコン、と窓からノックのような音が、響いた。

 

「?」

 

……何だろうか。 まさか新手の泥棒? こうやって他人の家にノックしてセキュリティを突破する、画期的というかド直球すぎて首を絞めるような、そんな泥棒さんなのだろうか……?

 が、そんなわけがない。 イリヤはそのシルエットに見覚えがあった。

 

「……ちょ、ちょっと待ってっ」

 

 何でここに居るのか、なんて考えている間にも、彼は外で待っているのだ。 イリヤは急いでレースのカーテンと窓を開けると、ベランダに出る。 そこには、

 

「……よっ、イリヤ。 案外元気そうだな」

 

 今は病院で療養中の衛宮士郎()が、手を上げてピンピンしていた。

 

「……えー」

 

 何か、台無しである。 あれこれ考えて、うじうじしていたのは何でだったかなー、と頭を抱え込まないのが不思議なくらい、その姿はいつも通りだ。

 

「あれ? な、なんだよその表情。 仮にも俺、病院から痛む体をおして来たんだぞ? なのにそんな微妙な顔されると困るんだけど……」

 

「いや……スッゴいお兄ちゃんらしいというか、唐変木というか、ジェラシーショックと言えば良いのか……」

 

 イリヤが視線をズラす。 いつものシャツとジーパンから、少しだけ血に滲んだ包帯が見えた。 どうやら無理をしているのは、本当のことらしい。

 じゃあ何故ここに来たのか。 そもそも、何でそんな態度を取ってくれるのかーー。

 

「何かよく分からないけど……とりあえず、話を聞いてくれイリヤ。 美遊達の奴、今日カード回収を終わらせる気だ。 もう多分鏡面界に離界(ジャンプ)しちまってる」

 

「え……」

 

 かちり、と。 イリヤの意識が凍りつく。

……今日夕方会ったとき。 少なくともあのときはまだ、凛も美遊も昨夜の怪我が残っていた。 ステッキの自動回復(リジェネレーション)を使えば、すぐ回復出来るかもしれないが、それでも疲れは残っているハズ。

 無理だ。 いくら美遊でも、一人で何でもやってしまうような彼女でもーーそんな状態で英霊と戦えば、どうなるかは予想ぐらいつく。

 だとすれば、士郎がここに来た理由は。

 

「俺は美遊達の加勢にいく。 だから」

 

「……やだ」

 

 一緒にいこう。 そう言い切る前に、イリヤはかぶりを振った。

 そうしてしまえばもう、相手が兄だろうが、イリヤは拒絶する。

 

「……イリヤ」

 

「そんな、どうして……? どうして、お兄ちゃんはあんなことを続けられるの? やだよ、あんなの……」

 

 嫌なことから逃げるのは、いけないことだと分かっている。 それでも逃げるのは、全てが怖いから。

 

「怖いよ……傷つけるのも、傷つけられるのも……戦えば、今までの自分じゃなくなってくようで……それでも、戦うなんて、私には出来ないよぉ……!!」

 

 頭を抱える。 耳を塞ぐ。 そうして、自分の殻に逃げ込む。 そうなればほら、もう何も聞こえない、何も見えない。

 これで終わり。 兄が自分を頼ったのも、恐らくカレイドステッキの力が無いと、鏡面界にいけないからだろう。

 だから早く行ってほしい。 もうこんな情けない姿を見ないでほしい。 立ち向かうあなたとは正反対の、怯えで震えて、涙すら出ている私には。

 みんなを見捨てた、私には。

 

「……そっか。 それじゃあ、しょうがないな」

 

 が。 返ってきたのは、落胆でも、罵倒でもなかった。

 呆れ。 手のかかる妹を見たような、そんな呆れ。 そんな当たり前を、兄は私なんかに向けてくれた。

 

「……なん、で……」

 

「なんでって……イリヤは戦うのが怖いんだろ? うん、だったらしょうがない。 しょうがないからーー俺が代わりに戦うよ」

 

 そう言うなり、衛宮士郎は優しくイリヤを抱いた。 三日前の泣きそうな顔じゃなく、心からの笑顔を浮かべて。 その温もりで、イリヤを包み込んだ。

 何だか、久しぶりだった。

 ずっとずっと、こうしてほしかったことを、初めてしてもらったような、気がした。

 

「ぁ、……」

 

「イリヤは怖いから、仕方ないけどさ。 俺は兄貴だから、大丈夫だろ。 任せとけって」

 

 それは、星空の誓い。 一つ一つ、輝く星は空を埋めつくし、まるで宝石のように何十通りの光を放っている。

 そして、兄は約束する。

 

「イリヤの事は」

 

ーー俺が、絶対に守ってやるから。

 心臓が跳ねる。 とくん、という音から、まるでドラムのようにどくんどくん、という音に切り替わる。

 顔どころか全身が熱くなったのだが、それも何だか、どうでも良くなるほど、自分は眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude out.

 

 

 

 

 

 

 

「……な、何とか出来た」

 

 暗示の魔術を、遠坂(俺の世界の)から習っておいて良かった。 胸の中で崩れたイリヤを、部屋のベッドに寝かせると、俺はベランダに手をかける。

 と、それを待ったにかける人物が一人。

 

「行くんですか、お兄さん」

 

 ルビーだ。

 

「ああ。 イリヤにあんなこと言っちまったからな……正直、今夜の敵はカレイドの魔法少女でも倒せないだろうし」

 

 大英雄ヘラクレス。 十一回の自動再生(オートレイズ)とBランク以下の攻撃の無効、更にはその殺した凶器への耐性のせいで、十二回もの回数、一つ一つ違うAランクの攻撃で殺さねばならない相手だ。 黒化英霊はそのステータスが劣化しているが、バーサーカーはその中でも他の六騎を敵に回すほどの実力者。 少しでも手助けをしなければいけない。

 彼女はふよふよ、と俺の前まで来るなり、どこか上機嫌で喋り出す。

 

「いやぁ、お兄さんってばやりますねぇ。 何でそんな吹っ切れたかは知りませんが、おかげでイリヤさんの好感度はカンスト、濡れ場も何もかもバッチコイカモンな最高状態ですよ!」

 

「お前イリヤから引き離してやろうか、俺契約破りの礼装知ってるんだけど」

 

 言わずもがな、キャスターの短剣だ。 あれならいかにルビーと言えど、契約破棄できる。 俺の不穏な雰囲気に気づいたか、ルビーは慌てて、

 

「も、もー、お兄さんったら冗談がお上手なんですね、あはー☆」

 

「冗談じゃないんだけどな。 他に無いなら、俺はもういくぞ」

 

「はいはい分かりましたよ。お兄さん、ほんっとつれませんねー。 ルビーちゃんショックです」

 

 一言も思ってないことを。 俺は全身に魔力を流すと、去り際にルビーが言った。

 

「……まぁ頑張ってください。 私としても、あなた達兄妹を応援してますから」

 

 それにどんな意味が込められているか、俺には分からない。 表情すら分からないのだ、当たり前だろう。

 でも。 それでも自然に、言葉は出た。

 

「ーー頑張るよ。 俺は、イリヤの兄貴で」

 

ーーみんなを守る、正義の味方なんだから。

 

 

 


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