Fate/kaleid night プリズマ☆イリヤ 3rei!!   作:388859

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三日目~VSバーサーカー/As I play kaleid scope~

 鏡面界に轟く、狂獣の咆哮。 ビルの最下層からか。 バーサーカーのあの重量だと、ビルの壁など障子にも等しい。 片腕を切り飛ばされれば、後は地の底まで一直線だろう。 だがステータスでは随一の英霊相手に、足場もままならないここは不安定すぎる。 一刻も早く場所を変えなければ。

 

「お兄ちゃん……」

 

 と、そこで。 もう一人の妹分ーー床で脱力していた美遊が、まだこの場から離れていないことに気づいた。

 

「何してるんだ、美遊。 ここは良いから、さっさと逃げろ」

 

「……い、いや、でも」

 

 言うのは憚れるのか、それとも怪我が酷くて喋れないのか、美遊はそこで言葉を切る。

 確かに相手は不死身の宝具を持つバーサーカー。 俺の剣製で貫かれる辺り、かなり弱体化しているみたいだが、それでも宝具クラスの刀剣を使わねば殺せまい。

 

「分かってる。 相手は蘇生するんだろ?」

 

「!……だったらお兄ちゃんじゃ!」

 

「倒すさ。 必ず倒す」

 

 俺には、負けられない理由がある。 それは、必ずイリヤを守るため。 そしてもう一つあった。

……ここに来るため、俺はあるモノを投影した。

 カレイドステッキ。 多岐に渡る機能と、限定的な第二魔法も可能とし、あらゆる魔術理論を凌駕する規格外な礼装。 それをかなり劣化させた代わりに、転移機能だけを再現し、負担は大きいものの鏡面界まで来れた。

 ただ、ここに来る際に、どういうわけか遠坂達と鉢合わせたのである。

 二人とも俺を見た途端、俺を怒るのでもなく、状況を手短に説明し……そして、それでも行くと聞かない俺に、一つだけ約束させた。

 絶対に、生きて帰れ。

 俺の模造品では、持ち主、つまり俺しか転移させることが出来ない。 それを知った二人が、無謀と知りながらも俺を送り出した。

……あの二人が。 会って間もないへっぽこ魔術師に、あの二人が頭を下げる。 それがどれだけ異常なことで、そして俺にどれだけの想いを託したか。

 無駄にはしない。

 必ず。

 

「そのためにここに居るんだ。 必ず、ここから生きて帰るために」

 

「……お兄ちゃん」

 

 まだ少し慣れない呼び方に、俺は苦笑する。

 と。 ビルの直下。 僅かな破砕音と、微弱な揺れがここまで響いてくる。 バーサーカーが登ってきているのだ。 その響きの変化からして、ここに来るまでもう時間がない。

 

「……行け、美遊。 今は、怪我でろくに戦えないんだろ? ここは危ない、早く行け」

 

「で、でも……!」

 

「美遊様、行きましょう」

 

「サファイア!?」

 

 傷ついた美遊の腕の中で、サファイアは汚れだらけの身体で言う。

 

「士郎様の仰る通りです……クラスカードは現在、限定展開(インクルード)可能なカードは残り四枚。 その中でバーサーカーに対し、決定打となり得るカードはたった一つ、セイバーのクラスカードのみ。 形勢は余りに不利ですが、この戦いの鍵を握るのは、やはり貴女なのです、マスター」

 

「……サファイア」

 

「何も逃げろと言っているのではありません。 十分、いえ五分。 身体の奥底まで刻まれた傷を癒し、最大魔力での真名解放を行うには、それだけの時間が必要……ご理解、頂けませんか?」

 

 美遊が歯を噛み締める。 彼女も自身の身体のことは、分かっているのだろう。 そしてサファイアが提案する策が、一番理に適っていることも。

 それでも認められないのは、今回の戦いを全て一人で終わらせようとしたことにも関係あるに違いない。 だからこそ、俺は美遊に告げた。

 

「……言ったろ。 ワガママでも良いって」

 

「え?……で、でもっ」

 

「でもは無しだ。 俺は死なない。 イリヤと、みんなが居る間は……絶対に」

 

 それで何処まで彼女に伝わったかは、既に迫る危険へ意識を切り替えた俺には分からない。

 だが紫のマントの切れ端が見えたときには、美遊は奥へ足を進め。

 

「……頑張って。 絶対に生きて、帰ってきて」

 

 たん、と駆け上がる音が聞こえてくる。 恐らく屋上へと逃げ込んだのだろう。 余波を受ければ無事では済まないかもしれないが、空も広がるあそこなら、その危険もない。

 それで良い。 これでようやく精神の一欠片をも、全てそれに叩き込める。

 

「……ふっ」

 

 撃鉄を下ろす。 すると切嗣と会ったせいなのか、五本だけだった魔術回路は、無限にも広がるように、身体の隅々まで走っている。

 その数、二十七本。 ここに来る前、元の世界から消える直後の身体に戻っている。

……切嗣は何もしてない。 ただ、俺の在り方が、変わっただけ。

 

「……投影(トレース)開始(オン)

 

 体が軽い。 最近感じていた不調も、切嗣との会話のおかげで、無いにも等しい。 心は澄み渡っている、まるで清流を流れる水のように、魔術回路は回転する。

 しかしそれでも、俺がバーサーカーに勝てる可能性は、百パーセントない。 どんな剣を投影し、放ったところで、先のように貫かれるということはない。 奴は狂っていても、セイバーの剣を曲芸をするように回避出来た。 技でも、力でも、俺はバーサーカーに逆立ちしたって勝てはしない。

 

「……いいや、違う」

 

 そう、勝てはしない。 バーサーカーに勝てる武器では、使う俺が未熟すぎて、奴には届かない。 だから作るのは、再現するのは武器だけではない(・・・・・・・・)

 出来るかどうかも分からない、分が悪い賭けだが。

 

「……」

 

 両手を開く。 細胞と融合した魔術回路が発光し、月光すらも凌駕せんと、魔力が溢れ始める。

……疑問に思っていた。 未来の俺自身であるアーチャーは、どうやってあそこまでの力を物にし、サーヴァントと肩を並べることが出来たのか。

 努力だけではたどり着けない。

 血反吐を吐くような地獄に身を置いても、なお届かない。

 その境地に届くとするなら、同じような経験を身体に叩き込むしかないのだ。

 奴との剣戟。 その最後、俺は確かに、奴の必殺の剣を弾き返した。 それが無意識に、干将莫耶に染み付いた奴の剣技を、この身に憑依経験させた結果だとしたら。 それをもし、もっと深く経験させることが出来たとしたら。

 それこそが、奴の強みでありーー絶対的なまでの、経験値となる。

 

投影(トレース)……」

 

 投影するのは、使い慣れた夫婦剣ではなく、バーサーカーの斧剣。 それを二本。 この両手に一本ずつ。

 無論、扱いきれるわけがない。 だがそれならば、扱いきるための筋力すらも投影してみせよう。

 

「……!」

 

 ミヂヂヂヂ、と不自然なほど、両腕が盛り上がる。 襲いかかる負荷に、歯を食い縛って耐え、それと同時に斧剣が徐々に形を成していく。

 しかしこれでは足りない。 相手と土俵が一緒になっただけだ。 相手は技すらも一級品。 同じように振り回すだけでは、今度は技で押しきられる。 技には技、そのために今、その技を一時的に身体に叩き込む。

 

「ーー投影(トレース)装填(セット)

 

 瞬間。

 あらゆる音、景色から切り離され。

 代わりに何千何万と、打ち合った剣の記憶が流れ込んだ。

 

「ご、ぶ、……!?」

 

 やったのは簡単なことだ。

 設計図として浮かび上がらせていた干将莫耶の、経験だけを投影する。 つまり剣の記憶、アーチャーの戦ってきたありとあらゆる戦場を擬似的に経験させ、それで技を磨き上げる、というモノだ。

 だがこれは、流石に欲張りすぎたか。

 まず、弾けかけた。 これは何の誇張でもない。 俺自身が、膨大な剣の記憶に圧倒され、意識が吹き飛びそうになった。

 剣の嵐。 誰よりも積んだ、戦いの経験。 それら全てを叩き込むのは、やはり。

 地震のように、ビル全体が揺れていく。 目を動かせば、眼下にバーサーカーが見える。 あと二秒もしない内に飛び上がり、バーサーカーは俺にその拳を振るうだろう。

 

「あ、がぐ、ぁっ……!!」

 

 無理だ。 たったそれだけの時間では、その全てを投影しきれない。 いやそもそも、このままでは死ぬ。 身の丈以上の魔術の行使のせいで、身体は内側から伸びる剣に貫かれ、精神は戦いの記憶に焼き尽くされる。

 死ぬ。 死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ、死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死ッ……!!!!

 

ーーうん。 しょうがないから、俺が代わりに戦うよ。

 

 そのとき。 そんな、言葉を思い出した。

 思考が一気に冷えていく。 オーバーヒートしかけていた頭が、冷水を被ったように消沈し、それと比例して形を失いかけた斧剣が、再構成されていく。 力強く、その柄を掴む。

 何と、お前は言った。

 一体誰を、お前は失い。

 誰を思って、今日泣いたんだ?

 

「……ぐっ、ぉ」

 

 歯を噛み砕きかねないほど、力を込めて。 目を見開き、その記憶と真っ正面からぶつかる。 抗うことの出来ない剣群、それに貫かれようと構わず、その全てを身体に染み込ませる。

 守ると、そう決めた。

 その罪を償うためにではない。

 俺が、俺自身が、守ると決めたのだ。

……恐怖に震える妹を。 ボロボロになるまで戦った、妹を。

 いつか別れる日が来ようと、守ると決めた。

 その笑顔が俺のせいで失われると、分かっていても。

 

ーーお前みたいな奴らに、もう二度とイリヤを傷つけさせはしないーー!!

 

「ぉ、ぉぉぉおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 迸る魔力は、鉄を打つように火花を散らす。 腕が溶けたのでは、と思わざるをえないほどの熱を吹き飛ばすかのように斧剣が顕現する。 それを握った瞬間、バーサーカーが真下から飛び越えるように跳躍し、そのまま落下する形で襲いかかる。

 まさに、岩盤が落ちてくるかのような、そんな攻撃。 だが、今のオレ(・・)なら避けることは勿論、受けることも容易い。

 

「……!!」

 

 斧剣を交差させ、その豪拳を受け止める。 凄まじい衝撃は、オレの身体を伝い、崩壊しかけていた足場を今度こそ崩す。

 だが、そんな空中で、オレは確かな手応えを感じていた。

 

「……ッ、ォ……!」

 

 カタカタ、と揺れる斧剣の上には、バーサーカーがオレを粉砕せんと、拳を押し付けてくる。 しかしオレは、それを真っ向から受け止めながら、きっ、と頭上のバーサーカーを睨む。

 負けはしない。 俺の世界のサーヴァント達と比べ、コイツは話にならないほど弱体している。 本物のバーサーカーは、こんなモノではなかった。 圧倒的、そして最強。 それに比べれば、こんな奴、ただのレプリカに過ぎない。 血管が切れるのでは、と思うくらい浮き出た全身に、更に力を込め、いつも使う夫婦剣のように両手の斧剣を走らせる。

 

「おぉッ!!」

 

「■■■■ッ!!」

 

 ギャリィ、と甲高い金属音。 それはオレが走らせた斧剣を、バーサーカーが逆の剛腕で防いだ音だ。 こちらの全力に対抗するかのように、バーサーカーも咆哮で応え、繰り出したのは。

 

「!?」

 

 脚。 この身体を切り裂かんとする脚は、体操選手のようにピン、と伸び、鞭のようにしなってくる。 ギリギリで戻した斧剣でそれを弾くと、超至近距離での格闘戦がスタートした。

 落下しながらの戦い。 しかし分かる、こんなことなど何度も経験した。 こちらが武器有りに対し、あちらは無手。 どう考えてもこちらが有利のハズだが、オレの剣をバーサーカーは悉く受け流し、激流のような格闘技を仕掛けてくる。 雷鳴のような轟音、一発で人間などすり潰されるだろう死地で、オレは真っ向からその雷をこの身をもって切り裂く。

 打ち合った回数は、百にも満たなかった。 しかし最下層が近いことで、バーサーカーも勝負を決めに来る。

 

「■■ッ!!」

 

 首を飛ばすつもりで振るった二本の斧剣。 その斧剣を、奴は紙一重で回避し、尚且つ掴む。 思わず目を見開くが、バーサーカーはすぐさまその剛力をもって斧剣を握り潰そうとする。

 

「させるかッ!!」

 

 持っていた斧剣を手放す。 そのまま投影した筋力によって肥大した両足で、斧剣を引き抜くのではなく、ダーツのように蹴り出した。

 

「■■ォッ!?」

 

 これにはさしものバーサーカーも驚愕した。 斧剣は真っ直ぐバーサーカーの胸を貫通すると、その身体はビルの巨大窓ガラスを貫通し、そのまま外に落ちていく。

 そしてそれは、オレも同じことだ。

 蹴り出した衝撃で、反対側のビル内部へと身体が転がっていく。 何を巻き込んだかは知らないが、とにかく身体はボールのように転がり、やがて壁に激突し、止まった。

 

「ぁ……が、ぐ、ぅ、ァ……」

 

 投影は終了。 しかしその代価が、余りに大きすぎる。

 腕と足は感覚が麻痺し、だらんと床に投げ出されている。 恐らく神経がズタズタに引き裂かれ、骨も折れているのだろう。 それに加え初めて行った投影は、()の精神を蝕んでいる。

 

「……は、はぁ……ぅっ、……!!」

 

 口から血を吐き出すと、破片となった奥歯が目の前に落ちる。 このままでは死には至らなくても、戦闘の続行など不可能に近い。 歩けるかどうかすら怪しい。 だが、それでも。

 

「……ぐぅ、が、ぁぁッ……!!」

 

 走る激痛を玉のように出る汗と共に流し、身体を壁に預ける。 現状を確認せねばならない。 何がどうなったのか。

 現在居るのは、ビルの中腹辺り。 恐らく先に崩落した階層と同様、オフィスの一つだ。 真ん中に空いた穴は、恐らく落ちたバーサーカーによって開けられたわけだが……。

 

「……勝った、のか……?」

 

 目眩と吐き気が酷くて、視界もままならない中、耳を澄ませる。 しかしビルを登るような音も、鏡面界が崩れる気配もない。

 殺したことは殺した。 だが、まだだ。 奴は今、ビルの外で蘇生している。 直に俺達を殺しに来る。 その前に、新たな投影、を。

 

「く、っ、……ぐっ……!?」

 

 ダメだ。 身体を支えていた手足から、ふっ、と力が抜け、床にまた伏せる。

 やはり設計図から経験だけの並行投影は、無茶が過ぎた。 一番負担が少ないハズの干将莫耶ですら、身体がその経験についてこれていないのだ。 廃人で済まなかったのは奇跡に近い。

 

「……ぁ」

 

 これからどうする。 奴を倒すには、武器だけの投影では衛宮士郎に勝ち目はない。 しかしそれ以外のモノを並行で投影しようというなら、それを再現する俺が持たない。

 どちらにしろ、この身体ではもう。 意識が消えないよう、無駄な努力をしていたときだった。

 

「お兄ちゃんっ!!」

 

 そんな声と共に、身体の奥底で、何かが起動したのは。

 麻痺している手を掴む、誰か。 その手はいつか、俺をいつも助けてくれた彼女に似ていて、それと同時に身体の傷が徐々に治っていく。 俺の中にある鞘が、起動した証拠だ。

 青い騎士服。 手を覆う鉄の篭手。 そこまで見て、無意識にその名を呼ぶ。

 

「セイ、バー……?」

 

「喋らないで! 大丈夫……もう大丈夫だから、今は動かないで……!」

 

  違う、セイバーではない……美遊だ。 俺の知るセイバーと、同じ格好をした美遊だ。 しかも体内に溶けた鞘まで起動しているところからして、魔力の質まで同じらしい。

 

「……その、姿は……?」

 

「……詳しいことは後で。 もう敵が来る」

 

 美遊がそう言って、俺に肩を貸す。 強制的に鞘による回復がなされる中、手に聖剣を持った彼女に、俺は問いを投げようとした。

 その、直後に。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーーッッ!!!!」

 

 

 ソイツが、姿を見せた。

 

「……な、ん……ッ!?」

 

 俺達を背後から覆う、影。 それがどうやって現れたか、一瞬俺は理解が追い付かなかった。 ただそれーービルの外に落ちたハズのバーサーカーは、たった一度の跳躍(・・・・・・・・)で、ここまで登ってきた。 優に数十メートルは越すだろう、ビルを。

 

「こちらです、美遊様、士郎様!」

 

 そう、聖剣となったサファイアが指したのは屋上だ。 今までの戦いで、最早ビル自体が崩壊しかける寸前。 俺は浮けないが、美遊に掴まればバーサーカーの魔の手から逃れられる。

 二人で階段を登ろうと、必死に走る。 だがバーサーカーは、兎を狩る狩人のごとく、拳を矢のように突き出し、ビルを破壊していく。 最早ビルごと破壊しようとしているのだろう、俺はその様子を見て、思わず心臓が鷲掴みにされたような感覚に陥った。

 何故なら、先程まで漆黒だったバーサーカーの身体は。

 いつの間にか血管のような、赤黒い太陽のように、変色していたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude3-6ーー

 

 

……どうしてこうなった。

 湯気がもくもくと埋め尽くすバスルーム。

その湯船で、イリヤは湯に浸かりながら思った。

 初めは静かに、憂鬱ながらゆっくり風呂を満喫していた。 美遊はどうしているだろうかー、とか。 兄はどうしているだろうかー、とか。 そんなことばかり考えても、もう自分には関係ないのだと言い聞かせていたのだが。

 

「あら、どうしたのイリヤちゃん? そんなに下ばっかり見て?……ははーん。 大方『ママの胸は大きいのに、イリヤのは小さい……』なーんて可愛い心配事をしてるんでしょ? 大丈夫大丈夫、ママの子だもの。 高校生ぐらいになれば、もう誰であろうと悩殺出来る、ダイナマイッなボディになれるわ! ママは最初からワガママボディだったけどね!」

 

 そう、後ろで拳を握ってみせるのは、イリヤと同じ肌、髪、瞳をした女性だ。 しかしその身体は成熟しており、まるで果実のように瑞々しい肉体はとても麗しく、絶世とも言うべき美女だ。

 彼女の名は、アイリスフィール。 アイリスフィール・フォン・アインツベルン。 衛宮家のおかーさん、つまりはイリヤの母親だった。

 経緯は本当に簡単である。

 風呂で沈むイリヤ。 そんな彼女の元に、親戚のおばちゃんよろしく、ドタドタと外国から帰国からしたアイリが風呂場に直撃。 あれよあれよとしていけば、仲睦まじく同じ湯船に入っていた、というところだ。 しかもアイリがイリヤを抱き込む形で。

 

(……どうしてこうなっちゃったんですか……)

 

 頭を抱えたくなる衝動を何とか抑える。 イリヤとて、自分だけ呑気にバスタイムなんて悪いなーとか、でもやっぱり自分が行ったら皆を傷つけるよねーとか。 うじうじ悩むよりは、久々に帰ってきた母と団欒した方が、気が紛れることは理解している。 それが正しいことなのかはさておき、だ。

 

「そういえば、もうイリヤちゃんも五年生かー……そろそろ初恋ぐらいはした? それとも失恋? やっぱり恋に恋するのが、若い証拠よねぇ。 あ、でもイリヤちゃんが好きなのはぁ……?」

 

「だーっ、うるさいなっ!? 何なの!? そこはかとなく既視感を覚える、このカンジは何なの!?」

 

 こうもフリーダムというか、空気が読めない母親と団欒しようにも、余計イライラせざるを得ない。 シャンプーの横で身動きが取れず、玩具と貸したルビーも困惑気味である。

 そんなイリヤの内部事情など知らず、アイリは猫のように目を細くさせ、娘の頬をぷにぷにと突く。

 

「ほれほれー。 今なら誰にも言わないわよー? まぁギリギリ、藤村先生には吐いちゃうかもしれないけど」

 

「一番話しちゃダメな人に話そうとしてるっ!? ヤだからね、絶対!」

 

「えぇー? じゃあほら、セラにしか言わないから! ねっ、ダメ?」

 

「絶対にダメっっ!!」

 

 むしろセラにだけはダメだ。 いや、あの暴走教師も大概だが、これを聞いたらセラは卒倒するに違いない。

 母の手から離れるように、イリヤは窓へとそっぽを向く。

 

「……私だって色々あるの。 ママには分からないかもしれないけど」

 

「?、イリヤちゃん?」

 

「ごめん。 でも今は、こんな風にママと話すような気分じゃないから……その」

 

 言葉に詰まり、イリヤは目を伏せる。

……やってしまった。 だがもう、何も話したくない。 全部から逃げ出してしまいたい、そう思わないよう必死なイリヤ。

 そんな娘の心情を察したアイリは、優しく言った。

 

「……なら、ママに話してくれる? よく分からないけれど、もしかしたら力になれるかもしれないから」

 

「……うん」

 

 そうして、イリヤはぽつぽつと、背景はぼかしながらこれまでのことを話した。

 新しい友達が出来たこと。 その友達と二人で、やり遂げなきゃいけないこと。 その半ばで兄をも巻き込んで、みんなを傷つけてしまったこと。 そうしてまた、逃げてしまったこと。

 驚くほどスラスラと話せた。 やはり母の胸の中で相談となれば、否が応でも落ち着いてしまう。 話し終えたときには、少しだけ、沈みかけた気分も上がったように思える。

 

「……じゃあ、そのミユちゃんと、シロウは今も?」

 

「うん。 多分二人とも、そのやらなきゃいけないことを、やってる」

 

 改めて話してみて、自分が行ったことを直視して。 何て情けなくて、臆病なんだろうと、イリヤは思った。

 

「ミユは凄いんだよ? 何でも出来ちゃうの。 例えミユが出来なくなっても、お兄ちゃんが居る。 だからきっと、大丈夫……二人なら、絶対にやり遂げられる……私なんか居なくても」

 

「本当にそう思う?」

 

「え……?」

 

 けれど。 そんなイリヤの悩みを、アイリは正面から崩す。

 

「だって。 あなた、全然大丈夫って顔してない」

 

「それは……その」

 

「心配ならそれで良いじゃない。 どんなことをしたかは分からないけど、悪かったと思うなら謝って、そして二人を手伝えば良い。 そんなに二人に酷いことをしたの?」

 

 それとも、と。

 

「……怖いの?」

 

 耳元で。 アイリの声が、イリヤの鼓膜を叩いた。

 

「自分の力がーーシロウが。 逃げ出したくなるほど、怖い?」

 

 アイリがそう言ったとき。イリヤの背筋を、うすら寒いモノが駆け抜けた。

 

「……今、なん、て……?」

 

 振り向けない。 今振り向いたら、何か決定的なことが、自分の後ろで起こる。 しかしイリヤのそうした感情すらも叩き壊すように、アイリは告げた。

 

「鍵が二回も開いてる。 十年も溜めた魔力が空っぽだわ。 士郎は自分でこじ開けて、そのまま手付かずみたいだったけど……随分盛大に使ったのね」

 

「……なに、を……言ってる、の?」

 

「怖かったでしょう? 今までの自分が壊れるようで……何より、それと同時に、士郎が変わっていくのも」

 

 我慢出来ない。 イリヤはアイリの手からすり抜け、振り返った。

 さっきのふざけた様子が嘘のように、冷たい表情をした母。 それで、イリヤは確信した。 何か、重要なことを知っている、と。

 

「……ホントに知ってるの、全部?」

 

「……」

 

「なら教えて。 あの力は何なの? 私はただの小学生なのに、どうしてあんな力を持ってるの? それだけじゃない、あれからお兄ちゃんも変わってる。 あの人は、今私がお兄ちゃんって呼んでる人は、本当に……!」

 

 兄、なのか。 言葉に出せなかったのは、それが本当だったとき、恐らく自分は兄を嫌いになるだろうから。

 全てを知りたいわけではない。 でも、あそこまで歪んだ人が、本当に兄だとしたら。 それに気づけなかったことも、自分の隣に居た人が、まるでロボットのように見えるのも嫌だった。

 家族の写真、思い出。 その片隅に、人間ではなく、ロボットが居るのが、イリヤは嫌だったのだ。

 だってそうだろう。イリヤは思う。

 こんなにも好きなのに。

 こんなにも嫌悪してしまえば、苦しくて仕方ないから。

 アイリが目を瞑り、口を開く。 固唾を飲んで、イリヤはその言葉を聞いた。

 

 

「ーーさあ?」

 

 

 笑顔満点。 完璧に開き直った、惚けっぷりであった。

 

「ちょォっ!? ご、誤魔化すにも、もう少しやり方があるでしょぉ!? 何それっ!?」

 

「いやほら、『ククク……ついに奴はそれに気づいたか……』とか、『覚醒したか……これで奴も』みたいな意味ありげに、やってみたかったというか? ていうかああいうのって、大抵想像ついちゃうから困るところよねー」

 

「何の話か、私にはさっぱり分からないんだけど……っっ!?」

 

「ええいっ、誤魔化してるんだから口答え禁止っ!」

 

「自分で言った!?」

 

 すっかりいつものフリーダムモードになった母から、チョップを貰うイリヤ。 横暴過ぎるDVなのだが、最早慣れてしまっているイリヤには『ああまたか』的な諦めがついた。 つまり何も教えてはくれない、ということである。

 そんな娘に、アイリは助言をする。

 

「とにかく!……力のことで悩んでるなら、それは間違いよ。 それを使うのは、あなた自身。 傷つけるために使うのか、守るために使うのか。 それを自分の意志で決めたなら、それはもうあなたの一部なんだから」

 

 髪に巻いておいたタオルで身体を拭きつつ、アイリは立ち上がる。 しかしイリヤは未だ納得がいかないようで。

 

「……そんなこと、急に言われても。 よく分かんないし」

 

「ま、そうよね。 あんまり難しく考えないで、キッチリ答えを出さなくても良い。 ただそれでも、考えながら、前に進んで欲しいの」

 

「……進むって……」

 

「逃げ出したんでしょ?」

 

 イリヤの肩が、ぴくん、と揺れる。 アイリは微笑むと、我が子の背中を押すように。

 

「ねぇ、イリヤ。 確かに逃げることは、そんなに悪いことじゃないわ。 でも、イリヤはそれで良いの? あなたがその力を使ったとき、何て願ったの?」

 

 そんなこと、決まっている。 自分の願いは。

 

「……お兄ちゃんを、友達を守りたいって願った……でも、それでみんなは」

 

「そんなこと、やってみなきゃ分からないわ。 今度は守れるかもしれないし」

 

「そ、そんな簡単に……!」

 

「簡単よ」

 

 そのとき。 母が言ってくれた言葉を、イリヤは二度と忘れやしないだろう。

 

「ーーあなたが願えば、出来ないことなんてない。 強く願ってさえいれば、絶対に。 あなたはその願いを叶えられる」

 

 それがどういう意味で言ったのか、分からない。 もしかしたらいつものように意味など無かったのかもしれない。

 だけど、不変の事実として。

 自分は大切な人達を、心の底から守りたいと、そう願ったのだ。

 美遊も、凛も、ルヴィアも。

 そして嫌悪すらした、今の士郎も。

 自分は、守りたいと願ったのだ。

 

「……あぁ」

 

 そうだったと、イリヤは思い出す。

 いつか、こんなことを兄は言ってくれた。

 

ーーイリヤは俺が守る。

 

 まだ自分が、小学生になったばかりのときだったか。 こんな未来になるとは知らないで、口にしたであろう言葉。 守るべき人から傷つけられるとも、忌避されるとも知らず、彼はそう言った。

 そして、今に至るまで、その想いは変わってなど居ない。

 ぎこちないながら、笑って星空の下で誓ってくれた今日。 あのときから彼は、変わっていない。 変わったとしたなら、それは彼の心ではなくーー在り方が変わっただけ。 想いは、志は、変わってなど居ない。

 彼は、何かが変わってしまったのかもしれないけれど。

 それでも大切なモノは、変わらず(そこ)にある。

……自分が馬鹿だった。 心に問えば分かることなのに、大切な人を信じないなんて。

 

「……さ、イリヤちゃん」

 

 アイリはあくまでいつものように。 出掛けようとでも言うように、問いかけた。

 

「あなたは今夜、何を願うの?」

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude end.

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐッ……!?」

 

 魔力の床を足場に、体勢を整えようとするものの、相手の力が強すぎる。 美遊はすかさず聖剣となったサファイアでその拳を捌こうとするが、

 

「■■■■■■■■■■■■■■ーーッッ!!」

 

 それは全て、バーサーカーの怪力の前には意味を為さなかった。

 捌こうと聖剣を攻撃に合わせようとし、逆に美遊が吹き飛ばされる。 騎士王たるその力を宿した美遊ですら、まるで赤子だ。 それだけバーサーカーの力が強く、そして荒々しいのだ。

 場所は高層ビル、屋上。 至るところが陥没したそこで、俺は歯痒い気持ちで美遊の戦いを見ていた。

 俺の決死の投影と、美遊が殺した回数を加えて、もう命のストックも一つか、もしくは消滅したバーサーカー。 しかしここに来て、戦いは新たな局面を迎えた。

 それは、蘇生したバーサーカーの異変だ。 先程まで岩のように黒く、無機質な肌をしていたバーサーカーは、今や筋繊維が剥き出しになったように、赤黒く、その武器も変わったのだ。

……斧剣。 俺が使った斧剣を何処から出したのか、バーサーカーはそれを使い、先程までとはまさに次元が違う強さを発揮した。

 マスターとしての力がない、今の俺でも分かる。 このバーサーカーは間違いなく、俺の世界ーーあのセイバーを相手に圧倒した、大英雄ヘラクレスと同等の力を有する、と。

 

「ぐッ……ハァ、ッ!」

 

 猛々しい気合いと共に、美遊が再度バーサーカーへ突進する。 しかしバーサーカーはその突進を真っ向から受け、鋼の肉体で弾くと、そのまま柱のような斧剣を振るう。

 聖剣だろうと、防御など意味はなかった。 防御の上から弾き飛ばされた美遊が、額から血を流し、空中でバーサーカーを探す。

 しかし地上には居ない。 何処だ、と探しかけ、俺は絶句する。

 何故なら、空中に吹き飛ばした美遊の、更に上。 そこでバーサーカーが、既に斧剣を振りかぶっていたからだ。

 

「ッ!? 美遊様、上です!」

 

「、ッ!?」

 

 美遊、と名前を呼ぼうとする前に。

 その斧剣が、美遊の小さな身体に叩きつけられた。

 鮮血が飛び散る。 同時に、美遊の身体はこちらへと墜落し、砲弾のように飛んだ。 水切りでもするかのごとく飛んだ美遊は、そのまま俺の後ろにあった階段室らしきモノに激突し、そのまま地面に倒れ込み、いつもの魔法少女らしき戦闘服に戻る。

 

「美遊ーーッ!!」

 

 不味い。 今の攻撃、完璧には入らなかったが、それでも美遊は血を吐いていた。 治療促進があろうと、これまでの戦いで美遊の身体には相当の負荷があるハズである。 これ以上は本当に危険だ。

 駆け寄ると、やはり美遊は立ち上がることが出来ないほど疲労しているらしく、息を荒くしたまま、目を瞑っている。 俺は近くで転がっているセイバーのクラスカードを手に取り、

 

「美遊? サファイア、美遊は!?」

 

「落ち着いてください、士郎様。 命の危機ではありますが、治療促進でまだ何とか処置が出来る状態ですから。 それよりも、バーサーカーから目を離さないでください! 来ます!」

 

「!」

 

 サファイアがそう言った途端、後方でズン、という着地の音と、微細な揺れが響いてくる。 見ると、バーサーカーが地上に降りたらしく、鼻息まで激しく繰り返し、こちらを睨み付けている。

……これを打開するには、もう一度。 俺があの、経験だけの並行投影をするしかない。 しかしアレをもう一度行っても、あと一度蘇生すれば、そこで俺の命は勿論、美遊の命もここで消えてしまう。

 どうする。手に汗握る中、俺はいつでも動けるようセイバーのクラスカードをポケットに入れる。 美遊が回復しようが、もうセイバーの攻撃はバーサーカーには通じない。 それに持っておけば、気休めでも回復出来る。

 そんな俺の心情など読み取れもしないバーサーカー。 奴は斧剣をアスファルトの上から肩に担ぎ上げ、腰を低くする。

 来る。 現状を打破出来る宝具など、俺の無限の剣製から検索しようとない。 但し一時的でも、この状況を維持するためのモノなら、ある。

 轟音。 それはバーサーカーがアスファルトを蹴って、肉薄する音だ。 肩にある斧剣は包丁のように振るわれ、それに合わせて、俺は真名と共にその盾を現実へと引っ張り出す。

 

「ーーーー熾天覆う七つの円環(ロー アイアス)!!!!」

 

 設計図から組み上げるのは、自分の中で絶対の自信を置く花の盾。 一枚一枚が城壁と同等の、四枚の花弁。 本来なら七枚だが、それでもその防御は鉄壁だ。 それは、バーサーカーの斧剣を容易く受け止める。

 

「花弁の盾……? まさかこれは、宝具だというのですか!? しかしこれでは!」

 

 だが、やはり相手はあのヘラクレス。 サファイアの言う通り、俺が作り出したアイアスを、バーサーカーは続く二撃目で一枚花弁を散らす。 それで調子付いたか、バーサーカーは更にその連撃をアイアスに叩き込む。

 

「ぐ、ああ、あああっ、あああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 痛い。 まるで特大の金槌を、手の平に叩きつけられるみたいだ。 実際問題このままでは、数十秒もしない内にアイアスは破壊されてしまうだろう。

……アイツなら、どうする。

 俺にとって最善の戦闘方法を編み出した奴なら、一体どうやってこの状況をひっくり返す。

 相手は何度やられようと蘇生する、最狂のバーサーカー。 命のストックがあとどの程度あるかは定かではないが、それでもあと一度は殺さなくてはならない。 考えたくもないが、もしまだストックがあるなら、最低でも二回は殺さねば打開出来ないことになる。

……ともすれば。 あのときバーサーカーを破った、かの英雄王と同じ真似をするのが、一番現実的な筈。

 つまり、固有結界の発動。 無限の剣を持って、奴が蘇生しようとも構わずに貫く。

……だがそれは、無理だ。

 俺一人の魔力では、固有結界を発動させることは出来ない。 遠坂とのパスは、この世界へ移動した時点で切れてしまっている。 何らかのバックドアが無ければ、魔力が足りないのだ。

 だとすれば、一体どうしたら。

 

「ぐっ、……!」

 

 バギィン、と。 岩石のような拳に砕かれ、アイアスの花弁もいよいよ残り二つ。 それと同時に右腕の骨が軋み、手の平の皮が弾けた。 まるでトマトを潰したように、右腕から決して少なくない量の血が溢れる。

 アイアスも、あと持って十撃。 その間に打開策を考えて、この化け物を倒すしかない。

 だが、どうやって……!?

 

「……ッ、!?」

 

 そのときだ。

 胸の奥で、ドクン、と。 脈動する何か。 それがセイバーの鞘だと気づいたときには、ポケットの中にあるセイバーのクラスカードが、僅かに震え。

 一つの、情景を目にした。

 

「……ぁ」

 

 恐らく一瞬にも、満たない時間。 しかし確かに、俺の心にはその光景が、深く刻み込まれている。

 風でなびく草原。 山岳を境界にして、向こうから朝日が昇ってくる。 その光は闇すらも散らし、誰もが照らされるばかりだと思われていたがーーその光の中で、一人の騎士がその景色を目にしている。

 黄金に染まる金髪は、日光に晒されてなお眩しく、薄く開かれた碧眼は昇りかけた太陽を真っ直ぐと見つめ、憂いを感じさせる。 使い込まれた騎士甲冑も彼女が纏えば、その輝きは更に増す。

 セイバー……いいや彼女は、アルトリア・ペンドラゴン。 ブリテンの王である彼女が持つのは、 約束された勝利の剣(エクスカリバー)ではない。

 理想郷に収まったその剣は、選定の(つるぎ)。 彼女がかつて誓いを立て、その身を王として捧げる覚悟で抜いた、既に壊れてしまった幻想の名はーーーー。

 

「お兄ちゃんっ!!」

 

 はっ、と気がつく。 その声で、置かれていた状況を思い出した。

 目の前には相変わらずバーサーカー。 アイアスは未だ二つの花弁を残すが、余談を許さない。 後ろで声をかけてくれた美遊に、俺は。

 

「美遊……? 大丈夫なのか?」

 

「うん、お兄ちゃんのおかげで、何とか。 それよりも!」

 

 美遊はボロボロになった俺の腕を見て、悲痛そうな面持ちをする。

 

「もう良いよ……もう良いの、お兄ちゃん。 イリヤスフィールと同じ、あなたが戦う必要は……!」

 

 美遊の声は、最早悲鳴だった。 ほぼ気力だけでバーサーカーに立ち向かう俺にとって、それは邪魔以外の何者でもない。

 全く。 そんな声出されたら、意地でも守りたくなっちまうだろうが……!!

 

「うる、さい……良いから、黙ってろ。 お前みたいな子供は、俺達年上に頼ったって良いんだよ……!!」

 

「嫌!」

 必死にバーサーカーの攻撃を受け止める俺の、背中を支える美遊。 だが実際は、ただ離れたくなくて、傷ついてほしくなくて、俺を引き剥がそうとする行為だった。

 

「あなたには……あなたにだけはもう、傷ついてほしくなかった……誰かの為に、そうやって立ち向かってほしくなかったのに……!!」

 

……ちくしょう、ふざけやがって。

 そんなことをしても止められないと分かっていながらも、美遊にはそれしか出来ない。 そんなことをさせている自分に、心底腹が立ったし、諦めそうになる。

 けれど。

 

「……イリヤにも、言うんだけどさ。 美遊にも、言っておく……」

 

「……え?」

 

 右腕が弾かれないように、固定していた左手。 それを背中に居るだろう美遊の頭に置き、くしゃりと撫でる。

 

「兄貴はな。 例え何があっても、妹を守るもんなんだよ……それは、妹分だって同じだ」

 

「……っ、お兄ちゃん……」

 

 そう。

 エミヤシロウが、小さい頃から口にしていた、一種の誓い。 きっと妹という存在が出来て、その手に触れたとき。 彼は一人思ったのだ。

 守らなきゃ。

 ここに今あることが奇跡で、こんなにも側に居てくれるものを、守らなきゃと。

 だって、それが兄貴だから。

……失ったモノと、得たモノがある。

 今はもう思い出せず、そのとき感じていた暖かさすら分からないから、得たときの奇跡を噛み締めて、その手を握った。

 それから、十年以上の月日が経った。

 忘れていったモノと、かけがえのないモノがある。

 これからどうなるかは分からないし、出来るかなんて分からないけど、それでも思ったのだ。

ーー家族を守る。

 それがかつての家族に出来なかったから、今度こそは手離さないようにしよう。

 士郎、と。 そう何度も呼ばれて、何度も怒られて、数えるのがバカらしくなるくらい笑って。 そうした当たり前のことが積み重なったこれまでと。

 今ここにある最高の奇跡を、愛している。

 例え正義の味方みたいな力が無くて、自身がどれだけ傷ついても、それだけはーー。

 

「……ああ、分かってる」

 

 今はもう居ない男の願いに、俺はそう返す。

 何故挫けそうになる。 何故こんなところで、退こうとしている。 アイアスを展開する右腕が破裂しようが構わない、ありったけの魔力を流す。

 相手があのバーサーカーだから? 自分では勝てないから?

 そんなもの、当たり前だ。 衛宮士郎では英霊、ましてや魔術師には勝てない。 それは聖杯戦争の頃から、ずっと分かりきっていたこと。

 そう。 身体だって、どうせ人間なのだ。 元のポテンシャルも、素質も。 積むべき経験を無理矢理積んだところで、壊れるのは自明の理。 そんなことをしたところで、意味はない。

ーーやだよ……。

 

 それでも。

 

ーー 怖いよ……傷つけるのも、傷つけられるのも……。

 

  守るべき妹を一人にしてまで、ここに来たのは何故だったか。

 イリヤはもう嫌だと言った。

 イリヤは戦いたくないと言った。

 イリヤが、これ以上傷つくところなど見たくない。 目の前でその温かさが、失われるなんてことは。

……なら、仕方ない。 妹が嫌がっているなら、泣いているのならば、そこからは兄貴の出番だ。 エミヤシロウからその場所を奪い、受け継ぐのでもなく。 俺は、あくまでイリヤを守れなかった、正義の味方ーー衛宮士郎として、妹を守る。 その場所はエミヤシロウだけのモノだ。 それを奪うのではなく、守るために、俺はみんなを欺く。

 それが、もう二度と見られない笑顔を、消してしまうことだとしても。

 

「……美遊」

 

「……うん」

 

 誓いはここに。 後ろで今も震えるその一人に、呟いた。

 

「俺の中では、お前も妹みたいなものだからさ……だから、兄貴に任せろ」

 

「……っ」

 

 こくん、と。 嗚咽と共に、背中で小さく首肯するのが分かった。

 さて。

 固有結界は使えない。 しかしそれでは、例え俺の末路である英霊エミヤであっても、単独でこの状況を打開することは出来ないだろう。

 ならば答えは一つ。

 無限の剣が、通用しないのであれば。 この心にただ一つだけを刻んだ、究極の一をもってーーその試練を切り伏せるのみーー!!

 

「……!」

 

 破砕音が鳴り響く。 残り一枚、時間にして二秒。

 投影する宝具は、かのアーサー王が選定の剣として持ったあの剣。 神造兵器である約束された勝利の剣(エクスカリバー)は出来なくとも、そちらなら出来る、確信する。

 アーチャーの固有結界で見たものと、英霊エミヤの知識、何よりセイバーのクラスカードと全て遠き理想郷(アヴァロン)が共鳴して観せた、あの景色から、設計図を組む。

 これならば。 彼女が持っていたモノを、完璧に複製することさえ出来るーー!

 

「……お、ぁ、」

 

 が。 設計図を組む時点で、俺の眼球が血に染まった。

 いくら剣とはいえ、今から全力で投影するのは、実物も見たことのない剣だ。 しかもその全てを投影するとなれば、これで済んだのは幸いだ。

 しかしこれでは投影出来ない。 英霊エミヤ、並びにセイバーと契約していた俺になら出来よう。 だが今の、マスターですらない俺ではどうしようもない。

 二十七の回路では足りない。 もうあと二、三本。 それだけあれば、完璧に投影し得るというのにーー!!

 

「……ふざけろ、間抜け……!!」

 

 声にして吠える。 焼き付いた魔術回路に、もう一度怒濤の勢いで魔力を叩き込む。 その基盤が吹き飛ぶほど、強く、何より精密に。

 あるハズだ。

 回路が無いのならば探せ。 足りないのなら見つけ出せ。 この体に必ずある、もう一つの回路を。

 最近感じていた、魔術回路の不調。 それはエミヤシロウと融合したことで、回路が開きにくくなったのだと思い込んでいた。

 だが冷静に考えてみれば、それは違う。 何故ならそれは、回路が開きにくくなったのではなく、眠ったものが多くなりすぎたことによるモノ。

 エミヤシロウが全く使っていなかった、もう一つの二十七の回路。 何という皮肉だろうか。 幸せでいるためには不必要な、衛宮士郎には何よりも必要な、この場を打開するジョーカーは、この状況でしか生まれないのだから。

 

「……I am the born of my sword(体は、剣で出来ている)

 

 紡いだのは、心を現す呪文。 それで、頭の中はクリアになる。

 撃鉄を下ろすだけでは、一度も開いていない魔術回路は開かない。 ならば、もう一つ新たな始動を加える。

 引き金を引くイメージ。 撃鉄を下ろすだけでは弾は出ない。 ならばその弾を出すために、その引き金を引いて、詰まっていた弾丸を破裂させんと撃鉄を叩き下ろすーー!!

 

「っ、ごぶ……!?」

 

「お兄ちゃんっ!?」

 

 体がびくん、と跳ねる。 血液が逆流し、口から大量の血を吐き出す。 美遊にも見えたのか、全く余裕がないにも程がある。

 だが今ので、完璧に魔術回路は開いた。 無限にも広がるイメージ。 五十四という魔術回路を、たった一つの剣を作る為に、俺はその専心を向ける。

 

「■■■■■■■■■■■■■ーーーッ!!!」

 

 その絶叫と共に、最後の一枚が割れる。 されどそんなことはもうどうでも良い。

 今この身は、至高にして唯一無二の贋作を作り出す、たった一つの魔術回路。 つまり俺の敵は、常にその先にある、俺自身に他ならないーー!!

 

「……嘘」

 

 信じられないと言うのは、一体誰か。 そんなものは知らないし、栓なきこと。

 設計図、構築。 それと同時に振るわれた豪腕をすぐさま、いつの間にかあった出来かけの剣で弾き、その間に奴の後ろに回る。

 基本骨子、想定。 出来かけの剣でバーサーカーの剣戟を押し返すと、手にある剣が一瞬で砕ける。

 砕けるのはあり得ない。 それはつまり、俺の心に負けたことになる。 砕けない剣が砕けたのは、俺が妥協したから。 目を瞑り、瞑想するときと同じように、ひたすらに自分の心を殺す。

 

「……!」

 

 暴風雨のようなバーサーカーの攻撃。 それを防ぎ、時にはかわし、その上で精神を統一する。

 先の経験だけの投影。 アレが失敗したのは簡単な理由。 やろうとしたことが余りに多すぎた。 二つを並行に投影したから、あそこまで不出来な結果になる。 一つのことに集中しないからだ。 ならば簡単だ、一つを極限まで再現すれば関係ない。 元より投影するのは、究極の一。 それ以外は不要なモノ。 たった一つの剣の全てを投影すれば、どんな敵だろうと容易い。

 ただ一つの狂いと妥協も許されない、剣製の極地。 目の前にある赤い外套、俺はその先へ行き、目を開く。

 創造の理念を鑑定し。

 基本となる骨子を想定し。

 構成する材質を複製し。

 製作に及ぶ技術を模倣し。

 成長に至る経験に共感し。

 蓄積された年月を再現し。

 

 この剣に込められた、ありとあらゆる幻想を、柄として力強く握りーーーー!!

 

 

「く、う、ぎ、い、ああああああああああああああああああああああああーーッ!!!」

 

ーーここに、勝利を約束し、真を生み出すーー!

 

 

「■■■■■■■■■■■■ーーーーッッ!!!!」

 

 バーサーカーの咆哮を掻き消すように、俺は奴の懐へ踏み込む。 薙ぎ払わんと迫る太い腕、だが見える。 彼女のように動ける。 それを両手に持った剣が、勝手に動き。

 

「せぁッ!!」

 

 切り飛ばした。 ドロリ、と薔薇よりも赤い血がその関節から噴出するも、俺は躊躇わずその剣を胸へと突き立てようと地を蹴る。

 しかし。 流石にそれで限界だったのだろうか。 いや単純に、投影で精一杯だったのだ。 ふと憑き物が取れたようにつんのめり、すかさずバーサーカーが斧剣で俺の命を刈り取ろうと振り下ろす。

 

「ぁ、が……ッ!?」

 

 ギリギリ、選定の剣を防御に回せたが、それだけ。 俺の身体は地滑りし、そのままアスファルトの壁に衝突する。

 起き上がるが、剣を構えるには間に合わない。 肉薄するバーサーカーは嵐のように地面を破壊しながら、突撃してくる。

 

「お兄ちゃん!」

 

 しかし。 そんな、俺の剣を握る手を、包み込む人物が一人。

 美遊だ。 クラスカードが入ったポケットに、ステッキを当て、さっきのようにセイバーの姿となった彼女は、そのまま俺の手の上から剣を掴む。 バーサーカーが俺を罰する悪魔だとすれば、美遊は俺を勝利に導く女神だろうか。

 

「一緒に!」

 

「!……ああ!」

 

 はたして。 美遊は先導するように、選定の剣を振りかぶると、俺も連動して剣を振り上げる。 韋駄天のごとく猛進するバーサーカー、俺達は勢い良く、その剣を突き出した。

 

「「はぁぁぁあああああああああああああああああああああああッ!!!!」」

 

「■■■■■■■■ーーーーッ!!!!」

 

 交錯する剣閃。 黒と黄金、二つの異なる剣筋は真っ直ぐぶつかる。 質量、力、技。 そのどれもが、バーサーカー側が明らかに上回っている。 例え英雄であっても、その結末はまさに変えがたい。

 しかし、侮るなかれ、大英雄よ。 貴様が対敵する者が作り出した幻想は、勝利すべきと名付けられた、選定の剣。 既に失われながらも、決死の想いで現実に起こした、一時の幻想だ。 半神であるその身であろうともーーこの剣の前では、その勝利が揺らぐことはあり得ないーー!!

 

「■■ッ……!?」

 

 拮抗などしない。 交錯した瞬間、光となった選定の剣ーー勝利すべき黄金の剣(カリバーン)は、バーサーカーの斧剣を砕き、その胸を光が貫通した。

 真っ暗な鏡面界を照らすその光は、まさに戦いにおいて勝利の象徴だった。

……勝利すべき黄金の剣(カリバーン)。 セイバー、アルトリア・ペンドラゴンが王の誓いを立てたときに抜いた、選定の剣。 これを抜いたことで、セイバーは老化と同時に成長が止まり、衰えることは無くなった。 彼女にとってはあの聖剣より、こちらの方が馴染みは深いハズだが、生前のとある行動でこの剣は失われーーこうして今宵、俺の手で再現された。

 

「……はっ、はぁ、……」

 

 土煙が晴れていく。 選定の剣の光は、余りの威力に俺達すらも吹き飛ばした。 肩で息をする俺の手から、泥が水で溶けるように、剣はその形を魔力へと戻していく。 役目を終えたのだろう。 そして目の前に広がった光景に、俺は言葉を失った。

 

「……嘘、だろ……!?」

 

 そこにあったのは、胸を吹き飛ばされたバーサーカー。 しかしその傷は、今このときも嘘であったように再生し、塞がれていく。

 あり得ない。 確かにバーサーカーの命はもう、全て散らしたハズだ。 なのに何故、また再生して……!?

 

「……まさか」

 

「何か分かったの、サファイア?」

 

 また通常の戦闘服に戻った美遊の問いに、サファイアが答える。

 

「あのバーサーカーの体色が変化した際に、もしや命のストックも補充されたのではないでしょうか? それが何処まで増えたかは知りませんが、もしそれが全快まで補充されていたら……」

 

「……私達の、負け……?」

 

 バーサーカーに同じ攻撃は通用しない。 つまり勝利すべき黄金の剣(カリバーン)では、もう奴の命を散らせない。

 それに、俺達は立ち上がることすら、ままならない状態だ。 俺に至っては魔力もすっからかん。 美遊もこれ以上の戦いは行うことが出来ないだろう。

 これで、今度こそ詰め。

 バーサーカーの傷が完治する。 一秒後には拳を握り、襲いかかってくるに違いない。 奴との距離はたった五メートル。 それだけの間が俺達には遠いのに、バーサーカーにとっては一歩で肉薄出来る距離だ。

 死ぬのか、本当に。 こんなところで。

 守るべき人が居るのに。 自分(エミヤシロウ)が死ねば、その笑顔が失われるというのに。

 こんなところで、本当にーー!!

 

 

「極大のーー」

 

 

 そのとき。

 

「ーー散弾ッ!!!!」

 

 そんな、死の時間とは正反対な声が真上から木霊したかと思えば、何かがバーサーカーに近づき、その巨体を吹き飛ばした(・・・・・・)

 

「なっ……!?」

 

 風のように飛ぶ誰かは、杖のようなモノを振り、魔力の塊を吐き出す。 少女の言う通り、砲撃のような魔力は、弾丸のようにバーサーカーに炸裂する。 一発一発の威力は小さくても、その勢いは濁流のごとくで、岩山のようなバーサーカーは無理矢理俺達から引き離された。

 そうして現れたのは、一人の少女。 ふわりと浮かぶその姿は、可愛らしい服装と相まって妖精のよう。

 しかし、何故彼女がここに。 今彼女は、家に居るハズなのに。 俺は動けないまま、

 

「イリヤ……!」

 

「効いたよっ、リンさん! ルヴィアさん!」

 

 その少女ーーイリヤは、俺の言葉を遮るように叫ぶと、続けて空に展開されたカレイドの魔法陣から二人の少女が飛来する。

 

Anfang(セット)!」

 

Zeichen(サイン)!」

 

 遠坂と、ルヴィア、相性的には最悪かもしれない二人。 彼女達は絶妙のコンビネーションで宝石を投擲し、呪文を紡いだ。

 

「「獣縛の六枷(グレイプニル)!!」」

 

 現れたのは、結界。 正三角形を彷彿とさせるシルエットの内部で、蘇生が完了したバーサーカーは暴れようとするも、結界から出現した捕縛縄が押さえつける。

 獣縛の六枷(グレイプニル)。 北欧神話に登場する、魔獣フェンリルを縛るために神々が小人に作らせた、足枷。 その名を冠する紛い物でも、半神のバーサーカー相手に足止めは出来る。

 何て奴らだ。 まさかあのバーサーカーを、宝具も使わず拘束するなんて。 やっぱりコイツらは、

 

「オーッホッホッホッ!! 見てくださいましたか、シェロ!? 不肖ルヴィアゼリッタ、あなた達の危機を見事救ってみせましたわ!」

 

「あはは! チキショー、大赤字よドチキショーーッッ!!」

 

「……」

 

……あー、うん。 やっぱりコイツらは、紙一重なのかもしれない。 色んな意味で。

 それよりも。 俺は美遊と共に、目の前を見やる。

 そこには、居ないハズのイリヤが、俺達に背を向けてバーサーカーを見つめていた。

 イリヤは何も言わなかった。 ただ黙って、何かを待っているようにも見える。

 

「……イリヤ」

 

「二人とも、ごめんなさい」

 

 名前を呼ぶと、イリヤは謝ってきた。 彼女は肩を震わせながらも、必死になって俺達に呟いた。

 

「……馬鹿だよね、私。 何の覚悟も無いまま、戦って。 ちょっとした冒険に、ワクワクするみたいに首を突っ込んだ。 みんな、必死に戦ってるのに。 私自身に、そんな力があると思った途端に恐くなって……逃げ出して」

 

 もどかしそうに、唇を噛むイリヤ。 恐らく彼女自身、何を言おうかといっぱいいっぱいなのだ。 それでも、ただ一つ譲れないモノを見つけてーーこの危険な世界に、足を踏み込もうとしている。

……本当は、止めたい。 せっかくの平和を、壊すような世界には足を踏み入れさせたくない。 しかしそれは、出来ない。 守られる存在だったイリヤが、自分の意志でここに居るのだ。 きっと、怖いことしか無いと、知って。

 それでもーー願うべきことを、見つけたのだ。

 

「でも、それは違う。 ミユのことも、お兄ちゃんのことも。 逃げ出したって、目を瞑ったって。 それを無かったことには出来ない、したくない!! だって!!」

 

 振り返る。 その小さな思いを、ぶつける。

 

「ミユは私の友達で、お兄ちゃんは私の家族だから!! 私はそんな二人を、みんなを守りたいって、そう願ったから!!」

 

「イリヤ……私は」

 

「ごめんね、ミユ」

 

 立ち上がった美遊に、イリヤが駆け寄ると、ステッキを交差させる。

 瞬間、カレイドステッキを中心に、光が灯る。 それはまるで、淡い星のように瞬き、二つのステッキは共振し始める。

 

「……ごめん、ミユにばっかり辛い思いさせて。 逃げてごめん」

 

「……そんなことない。 イリヤは、私にとって、初めて出来た友達だから。 イリヤが辛いのなら、友達の私が頑張らないと」

 

「ミユ……」

 

 その言葉に、思わず瞳を潤わせるイリヤ。 美遊はこちらを一瞥し、口を開く。

 

「……私は良いよ。 だから早く、彼に」

 

「あ、……うん」

 

 そこで、イリヤが言葉を詰まらせた。 やはり昨夜の一件がかなり効いているのだろうか、中々言葉を放つことが出来ない。

 頑張れ。 そう心の中で呟いたのが届いたか、イリヤは言った。

 

「ごめんね、お兄ちゃん……私、私ね、怖かったの。 お兄ちゃんが魔術師だって分かって、いつものお兄ちゃんらしくなくて、とっても怖かった。 私の隣に居る人が、人間なのかなって、そう見えちゃうぐらい。 脆くて、悲しかった」

 

……そこまで、エミヤシロウと自分は違うのか。 どうやらその差が浮き彫りになっていたのは、自分だけでは無かったらしい。

 押し黙る俺に、イリヤは言葉を探し、自分の心を語っていく。

 

「でも、そんなこと初めから関係なかった。 だってお兄ちゃんは、お兄ちゃんだもん。 私が知ってるお兄ちゃんは、優しくて、ちょっと不器用で、鈍いけど。 自慢のお兄ちゃんだから……だから」

 

 一度だけ、目を閉じて。 イリヤは目を開くと、意志を感じさせる瞳で、俺に告げた。

 

「お兄ちゃん、言ったよね? 私のこと、絶対に守るって。 だから私は、絶対にお兄ちゃんのことを守るよ。 危なっかしいお兄ちゃんのために、ずっと一緒に居るためにーー私は、あなたを守る」

 

「イリヤ……」

 

 全く、嬉しいことを言ってくれる。……それを言う相手が、間違っていると言うことを、差し引いても。 純粋に、その想いは嬉しかった。

 遠くで、獣縛の六枷(グレイプニル)が引き千切られる。 しかしそんな絶望的な状況を真っ向から崩すような光が、ステッキから放射される。

 

「本当にバカだったのは、逃げ出したこと」

 

 イリヤの目から涙が落ちるが、それで良い。 彼女は後悔しないために、今ここに居るのだから。

 

「見捨てたままじゃ、前には進めない。 関わったことは、過去は、無かったことには出来ない……だから、進もう」

 

 その目には、最早涙など無い。 代わりにあるのは、純粋な願いだけ。 赤い瞳は、まるで光を放つような黄金色が混じり、自信に満ちていく。

 二本のステッキの間に挟まれるクラスカード。 クラスの名はセイバー。 それを、二人は同時に使用した。

 

 

「ーー今日で、全て終わらせよう!!」

 

 

 狂戦士の咆哮。 死の恐怖として刻まれたそれすら、意識の外に追いやるのは、燦然とした光。 夜の帳に幕を引く、朝の到来を思わせるような光だ。

 その日光の最中。 俺は確かに見た。

 二人の少女。 限定展開(インクルード)された約束された勝利の剣(エクスカリバー)は、まるで時計の針のように無数が並ぶ。 その上には、歯車のようにステンドグラスの空が浮かび上がり、回転する。

 

「……テンノ、サカヅキ……?」

 

 ノイズが走る。 意識が混同する。 ふと出た言葉は、まるで俺ではない俺が言ったかのよう。

 

「ーーーーああ、綺麗だ……」

 

 その光は、一夜の奇跡(ラストファンタズム)

 鏡の常世は、束ねた朝日を全て反射し、空に映る虹の景色は。

 

 まるでーー万華鏡(Kaleid Scope)

 

 

「ーーーークラスカード・セイバー、並列限定展開(パラレルインクルード)ーーーー!!」

 

 

 瞬間、無数の朝日が夜を切り裂き。

 これにて、夜は終焉を迎えた。

 

……運命の夜(stay night)から、鏡の夜(kaleid night)へ。

 

 ひとまず。 これでもう、夜は終わり。

 


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