Fate/kaleid night プリズマ☆イリヤ 3rei!!   作:388859

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エピローグ~その手に残ったものは~

ーーinterlude 4-1ーー

 

 

 既に空は、白み始めている。 夜が明け、朝が来る。 光と闇のコントラストーー二つの景色が混じり合う、マジックアワー。 その始まりの時間に、アイリは家政婦であるセラと話をしていた。

 話とは、子供達のことーーイリヤと、そして士郎のことである。 関わらず、逃げてきた魔術の世界。 その世界に、今二人は足を踏み入れてしまった。 それについて自身の方針を述べたのだ。

 結果から言えば、好きなようにすれば良い。 こちらから止めはしない。 それが、アイリと切嗣が出した結論だった。

 

「……本当に、よろしいのですか? イリヤさん達を止めないで」

 

「……ん、そうね」

 

 暗い廊下。 そこから、アイリは家を眺める。

 木造の我が家。 何をしてでも守ると誓った子供達が、何年と過ごした、世界で一つだけの場所。

 目を閉じれば、今でも浮かぶ。 まだ小さいイリヤを、手を繋いで引っ張る士郎。 そんな二人を、遠くから見守る、家政婦の二人。 この家にアイリと切嗣の姿は……そんなに無かったが、それでもここは二人にとって、みんなにとって帰る場所なのである。

 それが壊れるかもしれないのに。

 アイリは何故か、晴れ晴れとした顔で、言葉を続けた。

 

「止めないわ。 イリヤやシロウが、あの世界に来るというなら……私は、それを止めはしない」

 

「……ですが、力の封印が解けるということは、よっぽどのことがあったんです。 イリヤさんならまだしも、士郎はまだ魔術のことを何も……!」

 

「相変わらず心配性ね、セラは。 大丈夫よ、きっと」

 

「しかし……私は……」

 

 セラが目を伏せる。

 

「……私は、イリヤさんと士郎には、幸せでいて欲しいのです。 普通に、ただ静かに暮らして欲しかった。 魔術とは何も関わらない、陽の当たる場所で。 そう考えたから、奥様もアインツベルンを……!」

「そう……でもね、セラ」

 

 自嘲するように。 アイリは薄く笑って、呟いた。

 

「ーー逃げ出すことで、守れるモノなんてないのよ、きっと」

 

「……!」

 

「偉そうに説教しちゃったけど……最初に逃げたのは、私達の方でしょ。 だから、言ったことには責任を持たないと」

 

 愛する人が、選択をした。 遠い昔に。

 全ての人を救うため、たった一人の家族を殺すのか。

 たった一人の家族を救うために、全ての人達を犠牲にするのか。

……そんな選択を経てから、もう十年。 全てから逃げて、もう十年。 仮初めだったハズの平和は、とても楽しかった。 過去を振り返り、その罪を背負いながらも、笑っていられたのだ。

 だから、逃げるのはこれでおしまい。

 

「私達も前を見なきゃ。 ここに、みんなでずっと居るためにーーーー」

 

 それが最早、叶わない夢だとアイリは知っている。 息子を殺したのが、似て非なる息子だということも。 全て、知っていて。

 それでも、願い続ける。

 思い描いた未来を、勝ち取るために。

 

「……奥様」

 

 セラはどう言葉をかけて良いか、分からないようだった。 心配してくれている彼女に、息子のことを伝えないのは胸は痛んだが。

 

「戦うしかないのよ、もう」

 

 アイリは、言う。

 

「私達の日常を、守るために」

 

 仮初めでは終わらせないために。 アイリはその言葉を飲み込んで、ボストンバッグに手をかけた。

 

「じゃ、そろそろ行くわ。 切嗣が外で待ってるから」

 

「もう行ってしまわれるのですか?……旦那様も一緒なら、久し振りに家族全員で、朝食でもと思ったのですが……」

 

「良いのよ、別に。 それに、家族全員なら士郎も居ないとダメでしょ?」

 

「あ……すみません、その件は士郎に非は」

 

「ふふ、分かってるから。 だからしゃんとしてなさい、セラおかーさん」

 

「お、奥様、冗談もほどほどに……!」

 

 やはりこういう会話では、アイリに一日の長がある。 まぁ、セラの気質が真面目であることも否定出来ないのだが。 生まれたときから変わらない笑顔で、アイリは言った。

 

「じゃ、またねセラ」

 

「はい……いってらっしゃいませ」

 

 す、と頭を下げるセラと、ドアを開けるアイリは一緒のタイミングだ。 そのまま振り返らず、アイリは路上に停められた一台の車に乗り込む。

 運転席には、少し船を漕ぐように頭を揺らす、夫の姿がある。 十年前のままでは恐らくあり得ることのなかった、愛する人の柔らかな雰囲気。 それが、この上なく眩しい。

 

「……切嗣」

 

「……ぁ。 ご、ごめんアイリ。 僕としたことが、まさか寝てしまうなんて……」

 

 起きた途端、長らく切ってない髪をガリガリ掻く切嗣。 そんな何気ない仕草でも、アイリは彼の人間らしいところを見られるのが、好きだった。

 

「ううん、全然。 それよりも、切嗣の寝顔を堪能出来たし、一日の始まりとしては最高よ」

 

「そ、そうかな……顔に余り自信は無いけれど、アイリがそう言ってくれるなら、ありがたいかな」

 

「むぅん……やっぱりこーいうところは親子というか、士郎はそっくりよねー……」

 

「? 何か言ったかい、アイリ?」

 

「いいえ、なーにもっ」

 

 微笑むアイリに、切嗣はいつものように苦笑する。 彼はその笑みを口の端にだけ残し、フロントガラスを見つめる。

 そのときだ。

 ぽす、と。 何の前触れもなく、アイリが切嗣の肩に、頭を乗せた。

 

「……アイリ?」

 

 戸惑う切嗣。 しかしそんな愛する人の耳元で、彼女は小さく声を出す。

 

「……ね、切嗣。 あなたはどうして、イリヤちゃん達を見守ることにしたの?」

 

「……不安かい、やっぱり?」

 

「いいえ、そんなことないわ。 ただ……私と違って、あなたは選択したじゃない。 私はあなたについていくだけだったけど、でもあなたはあのとき、決断した。 あの世界が、あの子達の目に入らないようにって……だからちょっと、それが気になっただけ」

 

 何が彼の方針を変えたのか。 アイリの問いに、切嗣は薄く目を開き、昇りかけた太陽を直視する。 それはまるで過去にあった、幸せな記憶を思い出すよう。

 

「……士郎が、言ってくれたんだ。 救ってくれた僕を、信じると。 誰かを想う気持ちは、間違いなんかじゃないって」

 

 ああ、それは。 アイリは思う。

 なんてーー救いのある、言葉なのだろう。

 

「嬉しかった、単純に。 その言葉を聞いたとき、僕の中にあった未練が、今度こそ無くなったんだ。 何処かにあった後悔が、跡形もなく……どんなことをしても、子供達の笑顔を見ても、消えなかった夢から……やっと、解放された」

 

 切嗣が、アイリの頭部に手を添える。 優しく抱き寄せると、彼は。

 

「……だから、もう逃げない。 僕は、今度こそ正面からーーその罪を背負う」

 

 この世全ての悪。 その烙印を押されることも、何ら厭わなかった彼の目は、あの頃よりも輝いている。 それは目の前の闇を理解しながら、他人のために進む。 その意味を真に理解した目だった。

 

「……あなた一人には背負わせないわ。 背負うなら、私も」

 

「どうせ僕一人で背負うと言っても、聞かないんだろう?」

 

「当たり前じゃない。 私を誰だと思ってるの?」

 

「僕の奥さん」

 

「あら正解」

 

 くくく、と笑いの漏れる車内。 さて、と切嗣は差し込んだキーをひねり、

 

「それじゃあ、行こうか」

 

「ええ。 また三ヶ月後、ここに」

 

 夜が明ける前に、大人達は動く。

 夜明けは速やかに。 誰も知らない間に、夜は明ける。

 それではまた、一時の休息を。

 こうして、いつもの(日常)を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude out.

 

 

 

 

 

 

 

 曰く、人は継続的に何かをしていないとダメになるらしい。 これは姉である藤村大河の言葉だが、俺はそれを今、心の底から感じていた。

 

「……暇だ」

 

 時間は既に夕方。 日の光も徐々に濃くなる頃、俺はベッドの上で悶々と過ごしていた。

 昨夜、光の中に消えたバーサーカーを見届け、俺はそのまま意識を失った。 セイバーの鞘のおかげで、死徒と同等の回復力があるとはいえ、それも一時的なモノだ。 身体は全身ガタガタで、巻き直された包帯は少しキツめに縛ってある。 病院側からの警告だが、それを無視したらどうなるかなど、その事情に明るくない俺でも予想はつく。

 さて、そんなわけでクラスカード騒動がどうなったかは、知らない。 しかし近くのテーブルに走り書きされたメモがあり、それに結果だけは書いてあった。

 

ーーこっちは終わったから。 協力感謝するわ。

 

 その文字には、見覚えがあった。 丸いというより、少し鋭利で、綺麗な文字。 間違いなく、この世界の遠坂凛のモノだろう。

 直接言えば良いのに、と思ってしまったが、遠坂とルヴィアはクラスカードを回収すればもうここに用はない。 メモがあるということは、二人はもうイギリスに帰ってしまったのだろう。 少し寂しいが、正直ルヴィアはまだしも、遠坂は俺の世界の遠坂がチラついてしまうしーー何より、あの二人はあの二人には生き方がある。 一緒に居られたら楽しいかもしれないが、やはり鮮やかに、自由に生きてくれるならば、そっちがアイツらしい。

 俺はそう自分の心に言い聞かせたが、ここで一つ気付く。

 

「……あ、そっか。 じゃあ、美遊もあっちに帰るのか」

 

 イリヤではないもう一人の妹分。 エーデルフェルトの名を持つ美遊は、ルヴィア直近のメイドだ。 小学校には通っているようだが、それも主であるルヴィアが時計塔に戻るのであれば、美遊も日本から離れなくてはならないだろう。

 

「……」

 

 何だか複雑な気分である。 確かにクラスカードは危険だった。 しかしそれのおかげで、イリヤは新しい友達と出会い、成長したのだ。 それが終わった途端、友達と別れることになるなど、少し後味が悪い。

……しかし、今言ったところでどうにもならない。 既にイギリスに発っているなら、俺がどうこう言おうと意味がないからだ。

 これで、終わり。

 もうイリヤが自分から突っ込まない限り、魔術と関わりを持つことはない。 ルビーも全てが終わってから、イリヤの側に居るわけじゃないハズだ。 とすれば、俺も表向きは同様に振る舞うべきか。

 

「……とはいえ」

 

 確かに、俺はイリヤを守ると誓った。 しかし俺が真に守るべきモノは、元の世界にしかない。 ここは寄り道。 通過点でもない、ただのコースアウトだ。

 しかし現状、元の世界に戻るのであれば、やはり第二魔法を視野に入れる遠坂やルヴィアの力が必要だ。 ここに来た原因である、宝石剣の設計図。 少なくとも、遠坂はそれを持っていたハズだ。 本人の持つ原典を見られればそれが一番良いが、そもそも本人が何処に居るか皆目検討がつかない。 つまりどちらにしろ、元の世界に戻りたいのなら、魔術師として行動しなければ不可能だ。

 そして行動するにしても、一筋縄では行かないだろう。 何せ、俺は強化と変化、そして投影しか出来ない。 他の魔術も、良くて簡単な暗示や施錠の類いのみ。 つまり遠坂達、あるいは魔法の使い手とパイプを持つなら、封印指定を受ける覚悟で動かなければ、あの世界に帰ることは出来ないのである。

 

「……手詰まり、だな」

 

 声にして手を挙げてみても、気分は優れない。 帰ることは絶望的、そもそもにおいて生き残れるかどうかすら分からない、この状況。

……あの世界に帰る、という選択肢を無くせば、俺はこの世界でイリヤと共に暮らすことが出来る。 魔術を使わずにいれば、危険なことなど何もない。 幸せな家庭、幸せな人との毎日。 その中で思い描いた理想も薄れ、いずれは元の世界のことなんてどうでも良くなるのかもしれない。

 けれどーーそれは、違う。

 今俺が居座っている場所には、かつて俺以上にそれを大切にした奴が居た。 そいつを殺した俺は、確かに一生を費やしてでも、守らなくてはならない。

 でも、それは結局、そいつの場所を奪っているのだ。

 誰かの代わりなんて、何処にも居ない。 例え同じ家族でも、歩んだ思い出は違う。 だからきっと、生きた場所が違う俺が守ることは、そいつの居場所を陣取っているだけだ。 守るという楽な行為に、逃げているだけ。

 もう逃げない。 そのために、俺は帰る方法を探す。この幸せを、これ以上壊させないためにーー俺は守りながら、帰る道を探すのだ。

……それが。 少なくない人を傷つけることを、深く理解して。 それでも、エミヤシロウの尊厳だけは、守り抜くために。

 と、そのときだった。 扉の向こうから、こんな声がした。

 

「ね、間桐。 お見舞いの花ってさ、貰って嬉しいもんかね?」

 

「それは、嬉しいに決まってるじゃないですか。 だって、こんな綺麗な花ですよ? それにお見舞いで花を貰うって、心を貰うようなモノですし」

 

「いやまぁ、言いたいことは分かるし、間桐のチョイスだから深くは言わないけど……何かやけに悪意というか、毒々しいというか。 具体的には常時バッドステータスと異界でも創造しそうな臭いと色合いなんだけど、心が籠ってるから良いか。 うん」

 

「おいおい、何をそんなに苦い顔をしてるんだよ美綴ぃ。 ただでさえ病院なんつうところに来て騒げないのに、そこに衛宮のお見舞いだろ? ほら、もう騒ぎたくても騒げないじゃん? 豹は静かに動けても、やっぱ本能じゃ騒ぎたい生き物なのサ!」

 

「お前のその、アフリカかブラジル帰りを匂わせる発言は置いておくがな、蒔。 それはそれとして、つかぬことを聞くが……美綴嬢、君の持っているそれは、冥府の下に咲く花でも摘んだのか?」

 

「冥府というか、私はヨミとかそっち系だと思う、氷室女史。 なぁ三枝、しれーっとこれ処分してくれない? そして代わりにテキトーなの見繕ってよ」

 

「え、ええっ? も、もう病室に着いちゃいますよ、美綴さん? 私の足じゃ、下の購買までは……」

 

「あたしに任せろ、由紀っち! 私の足なら一分でやってやるぜ! ついでに飲み物買ってくるけど、リクエストは?」

 

「そのリクエストを聞いたが最後、お前の頭からは見舞いの品というデータは消えるが、蒔寺?」

 

「馬鹿にすんなよな、鐘野郎! 三つまでなら走りながらでも言えらぁ!」

 

「……あ、あの、私。 見舞いの花なら持ってきてますけど……」

 

「うん、森山。 それ以上何も言うな、目の前のションボリレパードで察してあげろ」

 

「何処でもペチャクチャうるさい奴らだねぇ、ホント。 女は静かなのに限るよ、やっぱり」

 

「そう言って、何度も取っ替えるのはお前の趣味か、間桐? 仏の顔も、色恋には一度も無いぞ?」

 

「ハッ、やっぱお前ってムカつくよ、柳洞。 全くこんなことなら時間ズラして来れば良かったかな。 衛宮の見舞いなんて、義理でも行きたくなかったけど、誰も来ないなら僕が行くしかないと思ってたのに……何だよこれ、すっげー大所帯なんですけど!? 衛宮と僕はボールは友達みたいな、唯一無二のベストフレンドじゃないのかよ!?」

 

「良かったな。 今はお前が一番やかましいぞ、間桐?」

 

「お黙りっ、こぉのムッツリ坊主!」

 

「なっ、ムッツリとは卑猥な……!?」

 

……ワイワイガヤガヤ、ギャーギャー。 まぁ何というか、千変万化の一行である。 ところで病院では静かにという常識は、俺の周りには無かったようだ。 うん、まぁないだろう。

 

「おーす、衛宮。 起きてる? 寂しい寂しいブラウニーくんに、みんなでお見舞いに来てやったぞー」

 

 棘というか、ガンつけてるような言い草だが……とりあえず扉の前で待つ美綴達に、俺は返答した。

 

「……物凄く心の籠ってない声でどうも。 ん、起きてるぞ。 入ってくれ」

 

 お邪魔しまーす、なんて言って、ドタバタ入ってくるのは、見知ったクラスメイト。 どういうわけなのかは知らないが、元の世界ではクラスが違った美綴や陸上部三人娘も、同じクラスなのだ。 恐らく美綴が一成辺りから聞いて、そこから桜や慎二、ひいては氷室まで伝言ゲームよろしく伝わったのだろう。

 一成が周りを見ながら、

 

「すまんな、こんなに大人数で来てしまって。 衛宮も静かに過ごしたいだろうに」

 

「いや、ありがたいよ。 病院って暇だからさ、みんなが来てくれると時間もあっという間だし」

 

「良く言うよ、いっつものほほんとしてる奴がさ……まぁお前も、元は弓道部だし、次期主将の僕としては来ざるを得なかったというか」

 

「兄さん、先輩が病院に運ばれたって聞いて、すぐ病院に行こうとしてましたよね」

 

「あれれー? おやおや間桐くんよー、ホントは衛宮のこと心配だったんじゃないのー?」

 

「な、何を馬鹿なこと言ってんだよっ!? あり得ねーし、衛宮ごときに僕が心配とかあり得ねーっしゅ!」

 

「動揺が言動にも現れてるが、それは触れない方が良いな。 今の間桐は飲酒運転したトラックみたいなモノだ」

 

「それって、止まらないってこと? 鐘ちゃん?」

 

「いいや、あのままだと周りが見えず、自爆するということさ」

 

「そこっ!! こそこそ言ってるの聞こえてんだからなっ、後で覚えとけよ!? あと衛宮も笑うなこの万年お手伝い野郎!」

 

「たはは、こりゃ静かにってのも無理そうだねぇ。 まぁ慎二が居るなら、最初から無理だろうけどさ。 ごめんごめん衛宮、看護婦さんに言い訳よろしく」

 

 さらっと後始末を押し付けられてることに気付くが、確かに宴会みたいな様相のこの場を、どうにかする手はない。 言って止まるような奴らでもないし。

 と。 俺を取り囲むようにみんなが立つ中、見慣れぬ人物がその輪を崩すように前に出た。

 一言で言うなら、これぞ女子、というところか。 丹念に手入れされた髪はふんわりとカールしており、その陽の光のような雰囲気は、彼女の柔らかな表情も起因している。 彼女ーー確か、同じクラスの森山、だったか。 穂群原のお姉さまが通り名の。

 

「あ、あの……士郎くん、よければ、これ……」

 

 森山はそう言って、小さな花束を差し出す。 可憐な花の香りが鼻腔を突き抜け、俺はそれを反射的に受け取った。

 

「あ、ありがとう……これ、森山が?」

 

「う、うん。 あ、もしかして花とか、嫌いだった……?」

 

「そんなことない。 ただ、花まで持ってきてくれるなんて、思わなかったからな。 ありがとう森山、大事にするよ」

 

 感謝の意が伝わったか、森山は目に見えて笑顔になり、こく、と遠慮がちに頷く。 控えめなところも人気の一つなんだろうなぁ、と心の中で思っていたら。

 

「センパイ」

 

「ん?……んんっ!?」

 

 右隣に居る森山の、正反対。 そこに居た桜が、ニコニコと笑って、あるものを持っている。

 ただーーアレは、何だ?

 

「……私、先輩のためにお花を買ってきたんです。 ちょっと地味かもしれませんけど、良いお花なんですよ?」

 

 桜の手にあったのは、森山と同じ花束だ。 しかし花の形をしているが、その実色彩と良い、香りと良い。 何かとりあえずあらゆる宗教の呪いを詰め込んでみました的な、触っちゃダメよなカースラフレシア的な?……便宜上、花としか言えないが、 アレは西暦2xxx年とかに生えてる汚染物質にしか見えない。 シルエット的には花だけども。

 

「……えーと。 これ、どこで買ったの、桜?」

 

「マウント深山です」

 

「嘘だっ!!」

 

 いつからマウント深山は、人外魔窟の秘境となったのだ。 まさか俺の知らぬ間に、深山町汚染計画が進行していたとでも……!?

 

「正確には、マウント深山で買ったんですけど、先輩に元気になってほしいな、って思いを込めたんです。 そしたら、こんな素敵な色になりました。 森山先輩の花に比べて、少し地味ですけど……でも、想いじゃ負けてませんからっ!」

 

 ふんすっ、と鼻息を荒くする桜さん。 いやもうこれ地味とか派手とかじゃなく、ちょっと生命の危機へ誘いそうなんだけども……そんなことを言っては、せっかく桜から貰った想いが台無しになってしまうので。

 

「あ、ありがとう……じゃあ、そこの机に置いててくれないか? 花瓶には自分で移すから」

 

「それなら私が」

 

「いえ、私がやります。 この中で一番年下なので、雑務はお任せです」

 

 ニッコリと。 知らぬ間に鳥肌が立つくらい、森山に向けてそう告げる桜。 だが森山はも森山で、何をそんなに彼女を向かわせるのか、反対側に回る。

 

「ううん。 間桐さん、士郎くんに会いたがってたもの……私はその間に二つの花を移しておくから」

 

「良いんですよ、森山先輩こそ。 私が移しますから、のほほーんと後輩そっちのけで話しても」

 

 何故だろうか。 二人とも笑っている。 笑っているのにーー二人の間で火花でも走っているように見えるのは。 こう、鉄線の中でデスマッチみたいなのを幻視する。 ノーガードの試合を審判が見るときって、こんな感じなのかな……いや正直そんなノーガードの試合なんてないけど。

 

「おいおい衛宮、どうにかしろって。 何か間桐も森山も、凄い睨み合ってるぞ。 ここは平和的な男のカイショーを見せるときじゃない?」

 

「そんな世渡り術を持ってるなら、そもそもこんなことにはなってないでござる……」

 

「あー……それもそうね、うん」

 

 楽しそうな美綴とのひそひそ話も、解決法を見つけることは出来なかった。 何というか、残りの面々も面白がってるかその雰囲気を怖がるか、或いは嘆いているかの三つしかない。 というか何がどう因果率が狂えば、病室がこんな殺伐としたイカれた時代へようこそな空気に変貌するのか。

……どうしようか。 とりあえずお茶でも飲めば、楽になれるのかなー、なんて思っていたときだった。

 

「お兄ちゃーん? 起きてる、入るよー?」

 

「……お邪魔します」

 

 そう、二人の妹が、病室に入ってきた。

 

「……………………………………………………………………………………………………………………………………」

 

 しーん、と。 さっきまで騒がしかった室内が、嘘みたいに静まる。 あの桜と、森山の二人もだ。

 全員の視線が、初等部制服verのイリヤと美遊に集まる。 遠慮がちに、イリヤが尋ねた。

 

「えーと……お邪魔、でしたかね……?」

 

 その声を聞いた途端、全員が再起動した。

 

「うっほぉぉぉおおおおお!! くぁわぃぃいいいいいい!! おいおい衛宮、なんだこのリアル○ービー人形と、リアルこけし少女はぁ! まさかこれが噂の……!」

 

「どの噂かは知らないけど……右、俺の妹のイリヤ。 左はイリヤの友達の、美遊だ。 よろしく頼む」

 

「何だって良いゼ! おいおい見ろよ由紀っち! めんこいなぁ、髪サラッサラッの○ラサーティだなぁ!」

 

「うぇぇっ!? な、何するんですかいきなり!? うわ、苦労して整えた髪がぁ!?」

 

「……おお、悪くない。 ゆるふわ」

 

「美遊が珍しく気に入ってるっ!? うぇ、頬もつねらないで~っ!?」

 

「蒔ちゃん、イリヤちゃん困ってるよ? もう止めてあげた方が……」

 

「ふむ。 女児の頬を触るなど、余り無い経験だな……おお、ぷにぷに。 これはハマりそうだ、気泡緩衝材をぷちぷちするみたいに」

 

「ちょ、鐘ちゃんまで!?」

 

「おーおー、久々に触るけど、やっぱ触り心地が違うなー衛宮の妹ちゃんは。 お、そうだ。 何にも言わないけど、そっちの君も触って良いの?」

 

「……どうぞ」

 

「サンキュ。 おお、こっちも中々の逸材……」

 

「……おい柳胴」

 

「何だ間桐、ロリコンに目覚めたか?」

 

「ちげーよバーカ! 衛宮ばっかり女の子に囲まれてズルいってことだよ言わせんな恥ずかしい!」

 

 俺を残し、クラスのみんなはイリヤ達を触ってばかりだ。 一瞬で蚊帳の外か……うん、まぁ仕方ないよな。 二人とも、今のままでも可愛いし。

 

「わぁ……! イリヤちゃん、少し大きくなったのかな? 良いなぁ、もっちり肌……」

 

「むむ、ナナキちゃんとは違う方向の可愛さ……あ、間桐さん、あっちの黒髪の子も良いよ?」

 

「ホントですか!?」

 

 何だかんだで雰囲気も良いし。 俺は少し遠くでそれを見守っていると、美遊があの言葉を言った。

 

 

「あ、お兄ちゃん(・・・・・)、身体は大丈夫?」

 

 

 氷河期なんて、生易しいモノではなかった。

 春先の部屋が一瞬で、絶対零度の深海にまで雰囲気が変わった。

 今度の注目は、まぎれもなく俺だ。 蚊帳の外ではない。 ただ火中の栗を拾うよりも、苦労しそうな冷たさに、首を突っ込んだようである。

 

「……? どうしたんですか、皆さん? そんなにお兄ちゃんの方を見て。 お兄ちゃんに何か付いてるんですか?」

 

 聞き間違いという線を、真っ向から叩き潰すのは、未だ状況が分からない美遊だ。 既に瀕死状態だった俺の心に、みんなの視線が計八コンボも続いて注がれる。

 次いであったのは、俺の品性を疑う目だった。

 

「……衛宮、まさか」

 

「……衛宮」

 

「……アンタ、間桐と森山とかに興味ないと思ってたら……小さい子が……」

 

「ふむ、これは面白い……衛宮は囲うタイプか……」

 

「衛宮くん……」

 

「ハッ、お前らしいね! 実にお前らしい、ドン引きな性癖……ぶがはっ!?」

 

「兄さんは黙って……先輩」

 

「士郎くん……そんな、そんなことって……!」

 

 何かヤバい、とにかくヤバい。 ここでどうにかしないと俺の生活というか、家庭内ヒエラルキーにでも影響が出かねない。 いや最下層だけど、それ以下が目前にある!

 

「な、何言ってんだよぅ! 違うよ、違うって。 れ、れれっ、冷静になれみんな。 そんなお兄ちゃんと呼ばれただけで、ロリコンと決まったわけじゃ」

 

「いや、世間一般では警察に通報され、もうロリコンと呼ばれるしかないぞ、衛宮某」

 

「そこは何とかしてよ氷室女史ィッ!!」

 

 ヤバいヤバいヤバいヤバい! 何がヤバいって、常に最強の自分が全然見えない! どんな逆境も乗り越えられるんだろ、俺のイメージ最強説はないの!? なぁアーチャー、俺達は!

 

ーー侮蔑に裂かれて壊死しろ、ザマァ。

 

 アァァァァァァァァァァアアアアアアチャァァアアアアアアアアアッ!!!!

 

「……お兄ちゃん」

 

「ヒィ!? い、イリヤ!?」

 

 ゴゴゴゴ、なんて異次元に扉を開きそうなオーラを醸し出すイリヤの手には、カレイドステッキがあり、髪はリボンで結ばれている。 それ衣装変わらないで出来るとか聞いてないよぉ!

 

「イリヤ、違うんだっ! 別に他意はないし、そういう感情も無いと言い切れば逆に怪しいだろうから無いとは言わないけど、無いぞそういうの!」

 

「え……じゃあ、あの言葉は、嘘だったの……? 私を守るという言葉は、嘘なの、お兄ちゃん……?」

 

「こっちはこっちで、また誤解するような言い方をっっ……!?」

 

 魔力が唸る。 収束する。 カレイドステッキの先端部に、英霊にすら届く魔力の塊が浮かび上がる。

 

「ま、待て待て待てまてっ!? 一般人の前で、そんなもんぶっぱなしたら……!!」

 

「安心してください、お兄さん。 ここ数分の記憶は、他の皆さんから消しますので。 じゃ、ばーははーい!」

 

「ばーははーいじゃ……って、うわっ、でかっ!?」

 

 ギュインギュイーン!!、なんて星の輝きみたいな神々しさで、バスケットボールまで膨らむ魔力。

 うんーーもう、ダメぽ。

 

「ーーーー不潔っっっ!!!!」

 

 魔力の奔流が、流星のように俺へ殺到する。 俺はそれを避けることも出来ず、ただただ受けるばかりだった。

 春が過ぎる。

 それでも一時の平和は、終わりを迎えない。 一度築いた平和というモノは、そう簡単には崩れたりしない。

 空は、未だ天高くに。 夜までは、まだ時間もたっぷりある。

 この夢はまだ終わらない。

 さてーーそれじゃあもう少し、この夢に浸っていよう。

 

「…………星が、星が見えたスター…………」

 

 遠く、もう言葉も届かないあなたへ。

 今更かもしれないけれど。

 俺は今、あなたの側に居ます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーin■er■ude4-2ーー

 

 

 フィンランド。 その国でも最北端に位置するラッピ県は、四月でも雪が降る。 昨今の温暖化をモノともしない豪雪は、まさに自然の脅威だ。 その山奥、真っ白な針葉樹が並ぶそこでは今、人智の及ばぬ戦いが繰り広げられていた。

 

「が、ァ、ゥ!?」

 

 超重量級の打撃と共に、男が吹き飛ばされる。 男は口から血を吐き出して、胸に空いた穴を虚ろな目で見ていた。

 傷はそれだけではなかった。 彼の着ていたオーダーメイドのスーツはバラバラに破かれ、最早半裸だが、その身体の至るところに鋭く無慈悲な傷が走っている。 男は四つん這いになって、目の前を見た。

 そこに居たのは、麗人。 この豪雪では男か女かも分からないほど、洗練された身体を持った武人だ。 同じくオーダーメイドの、少し暗めの色をしたスーツに、手にはフォーマルのような皮の手袋。 片方の耳にだけ、石のアクセサリーが付けられ、それで男はようやく、目の前に居るモノを女だと理解した。

 

「この程度ですか、魔術師。 幾百もの一般人の身を犠牲にしておきながらーーそれだけの力ではないハズだ。 死にたくなければ、さっさと全力を出した方が良い。 でなければ」

 

 ぎゅっ、と手袋の位置を修正し。 女は、あくまで無機質に、しかし落胆したように告げる。

 

「ーーあなたは死ぬだけだ、魔術師(メイガス)

 

 男が吠える。 真っ赤な目と牙で威嚇するように。 しかしそれすらも、女には何の意味も為さない。 数分後には、女の手が真っ赤な血に染まっており、もう事は済んでいた。

 心臓をくり貫かれた死体。 それに背を向け、女は皮の手袋を外し、何かを取り出した。

 七色に輝く石。 それがフィンランドで採れる最高級のスペクトロライトであり、更にはルーンの魔術が刻まれていることが分かるなら、彼女が誰かは想像がつく。

 

「ええ、対象を排除しました。 死体は手筈通り、そちらで回収してください……ええ、分かっています。 それよりも、この程度ならば執行者が出張る必要は無かったのでは?」

 

 女は落胆、というよりは、この程度で自分が出張らないといけない、組織の戦力不足を嘆いていた。 いや、戦力不足というより、人材不足という方が適切か。 研究よりも戦いを優先する魔術師など、女のような武闘派でなければ、そんな酔狂な者は居ない。

 と、女が聞こえてくる声に、眉を潜める。 どうやらこのまま、また任務らしい。 女は説明を聞くと、懐にスペクトロライトを仕舞う。

 

「……日本で活動する魔術師二人から、クラスカードを奪取せよ、ですか……ふ、上も相当、あの礼装には困っているらしい」

 

 それにしても、と。 女ーーバゼット・フラガ・マクレミッツは、先程までの皮肉とは違う、とても純粋な笑みを浮かべた。

 まるで年頃の女の子が、意中の男性のことを思うように。

 

「日本、冬木ですか……今でも思い出しますよ、あなたとの四日間を」

 

ーー今、あなたはどうしていますか、アヴェンジャー?

 

 答える人物など居ない。

 しかしその問いに、もし答えがあったのなら。

……きっと、その問いは今度こそ、正しく記録されるだろう。

 

 

 


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