Fate/kaleid night プリズマ☆イリヤ 3rei!!   作:388859

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朝→夕方~学校、思い出せぬ日々

 朝から色んなことがあったものの、多くのことは語らない。多分語れば、半分以上は愚痴になる。 少なくとも、逃げたイリヤを見て、セラからモップでフルスイングされたことだけは愚痴りたい。 何もそこまでしなくても良かろうもん。 なにゆえ俺はそこまでされなきゃならんのか。

 

「はぁ……」

 

 ガヤガヤと朝の騒がしい喧騒を尻目に、机に突っ伏す。 学校に来ても、まだ後頭部が痛い。 擦るとズキズキとした痛みが走り、もしや十円ハゲでも出来てるのではないかと勘繰ってしまう。

 そんな擬似的ハゲチェックをする中、見かねて二つの影が俺を覆う。

 

「何をそんなに頭を触っているのだ、お前は。 腫瘍でも出来たか?」

 

「おいおい柳洞、そんなこと言ってやるなよ。 気にしてる方からしたら、そんな声たぁかだぁかに言われたくないぜ? あ、ごめん衛宮、言っちゃった」

 

「この確信犯め」

 

「ノリにノッただけだけどねー」

 

 渋い顔をする一成と、ヒャハハ、なんて悪役めいた笑いをする慎二。 何というか、こういうときに茶々を入れるのがルビーや遠坂でないと、ここまで安心するのか。 慎二が可愛く見えてしまう。

 

「心配どうも。 でも何もないよ、一成、慎二」

 

「む、それはすまん。 痛む場所でもあるのかと思ったのでな」

 

「まぁあるっちゃあるけど……別に大事ないさ。 うん。 ただ家庭内ヒエラルキーの問題」

 

「んん? じゃあ何? この後楽しみなイベントがあるってのに、お前そんなどうでも良いことに悩んでたワケ?」

 

 慎二の呆れた、とでも言わんばかりの物言いに、少しムッとする。 いや、大事だろヒエラルキーは。

 

「それは違うぞ、慎二。 お前は桜と二人暮らしだから良いだろうけど、こっちなんて男一人で女の子三人を相手にしなきゃいけないんだ。 問題を起こせば、すぐ肩身が狭くなる」

 

「ハッ、肩身が狭くなる程度なら良いじゃないか。 お前、本当のヒエラルキーを知らないだろ?」

 

……? 桜は気の効く後輩だ、家族である慎二なら、もっと優しくしてくれるハズである。 現に慎二は前に、弁当のオムライスにかかったケチャップを見て、

 

ーー桜の奴、またセイキョーのケチャップかけやがって……。

 

 と愚痴り、次の日からケチャップは弁当に入らなかったハズだ。 つまり、桜は慎二がケチャップが苦手だと分かり、ちゃんと意見を取り入れたということだ。 むしろ甘やかしている気がしないでもないのだが。

 

「桜、優しいじゃないか。 学食の時とか、弁当作ってくれるから有り難いし」

 

「そこなんだよそこ!」

 

 だんだん、と俺の机を叩く被告側、間桐慎二さん。

 

「桜の奴、僕がちょっと指摘しただけで、すぐ怒るんだよ! 特に弁当に冷食入れやがったときはさ、本気でアイツのセンスを疑ったもんさ。 時間がないなら早起きすりゃ良いのに。 そしたらアイツ、『栄養バランスは取れてる~』とか、『なら兄さんは弁当なんて要りませんね』なんて言ってくるんだぜ!? どう思うよ衛宮!?」

 

「いやそれお前が悪いだろ」

 

 ハァ!?、なんて言われても、もうこの裁判は終了です。 裁判長権利で終わり。 判決は起訴を棄却すること以外ない。

 

「……確かにえび寄せフライは美味いけどな……でも冷食なんて貧乏臭いもん、僕の口には合わないんだよ……」

 

「朝から作ってもらえるだけ、有り難いもんだぞ。 うちのクラスの男子からすりゃ、桜の弁当なんてレアモノだろ?」

 

「はっ、んなもん冷食の時だけくれてやってるよ。 アイツの料理だから、弁当を作ることを許してやってるんだからな」

 

「……なぁ一成殿。 これって……」

 

 つまり桜の弁当は美味いんだぜ、ってことだろうか? 反応を見ると、一成は細目にして。

 

「うむ、捻れた愛情だこと。 よし間桐、お前の生活事情など知ったことではないし知りたくもないが、貴様気になることを言っていたな?」

 

「何気に聞こえてるぞ寺野郎……で、なに?」

 

「ん。 その、お前が言う楽しいイベントとは何だ?」

 

「は? 何だよ柳洞、お前生徒会長のくせに知らないのか? 転校生だよ転校生、うちのクラスに来るんだとさ!」

 

「なにっ」

 

 一成が色めき立つ。 どうやら本当に知らないらしい。

 それは珍しいことである。 何せ一成は生徒会長の特権として、教師から様々な情報を得られる。 例えば部活動の下校時間が急遽変わったり、昼休みが短くなったり。 そういう突発的なモノから、一年間行われるイベントまで、全て一成に筒抜けなのだ。 なのに、その一成に伝わっていない、転校生か……うぅむ。

 

「俺は知らんぞ、そんなもの。 まさか間桐、よもや嘘で俺達を翻弄させようとしているのではあるまいな?」

 

「それがマジなんだよ。 隣クラスの女子達から聞いた話だと、何でも転校生は二人、しかもとびきりの美人らしいぜ? あの森山を王座から引きずり下ろすって触れ込みだからな」

 

 二人、女、美人……しかも直前に、ここへ転校してきたとなると……俺の脳裏に浮かぶのは、ロンドンへ帰ったハズの、あの魔術師二人だ。

 あれからまだ一週間。 よく考えればルビーも帰ってないし、美遊だってこの町に居る。 普通に考えれば美遊だけを残して(ルビーは当の本人がアレなので)ロンドンへ行ったと思うが、そこはあの二人だ。 まさか本当に……?

 

「ほう、あの森山をか……あれ以上となると、それはもう人の枠組に入れるか分からんぞ? 天から舞い降りた菩薩か、はたまた男の精気を吸った妖狐か……お前はどっちだと思う、衛宮?」

 

「……え? あ、ごめん、聞いてなかった」

 

 俺の少し雑な応対に、二人は不満気な表情へ変える。 そんなに雑にされると嫌なのかね、チミ達は。

 

「……はぁ。 それで、そこまで考えるということは、誰か心当たりでもあるのか?」

 

「いやないけど……」

 

「相変わらず分かりやすい奴だな、お前。 顔に書いてるぞ、知り合いなんです~って」

 

「む」

 

 頬の辺りを少しつまむ。 全く表情筋め、知り合いが来るかもしれないからって、流石に緩みすぎだぞ。

 そう思っていると、教室に予鈴が鳴り響いた。 どうやら間一髪で追求は逃れられそうである。

 

「ほらほら、予鈴鳴ったぞ二人とも。 この話は本物の転校生が来てからな」

 

「世渡りが上手くなったな、衛宮。 然り、だが覚悟しておくことだ。 間桐、手を貸せ」

 

「へぇ、生徒会長から直談判して来るとはね。 良いぜ、ちょっと余裕そうな衛宮の面を赤面させてやりたいからな。 ついでにもし転校生が衛宮の知り合いだとしたらその八つ当たり、お前最近女の子と知り合いすぎだかんな!? しかも全員一級!」

 

「組む相手間違えてないか、一成……」

 

「安心しろ。 こういう相手を少しずつネチネチ責めることにおいて、この男は無類の強さを誇る」

 

 褒めてんのか貶すのかどっちかにしろよなーっ!?、なんて慎二を引っ張って、一成は後ろの席へ戻っていく。 それと同時に騒がしかった教室も徐々に静かになっていき、やがて担任の先生が入ってきた。

 

「えー、皆さんおはよう。 早速ホームルームを始めたいんだが……その前に一つお知らせだ。 このクラスに転校生が来る。 それも二人とも女子、可愛い留学生女子だ。 ほーれ男共喜べ騒げ泣き喚け」

 

 うぉぉぉおおおおおぁぁぁぁぁぁあああああああああああああッッッッ!!!!

 何が彼らを叫ばせるのか、担任の指示なのか。 クラスの男連中は両手や頭を振って喜びを顕にし、先生へ質問を投げまくる。

 

「センセー、巨乳っすか!? 巨乳なんスか!? 具体的にはカップじゃなくてセンチでお願いシャッス!」

 

「外国っつうことは、留学生か……つまりまな板は無いよな……なら担任、褐色なのかそうでないのかだけは知りたい。 むしろ褐色一択しかないが」

 

「まな板でも構わん。 逆にまな板にしようぜ! 盛ろうぜクリームとかチョコとか!」

 

 最早下トーク全開である。 というかもしあの二人なら、もう片方の堪忍袋の緒は千切れて踏みつけられていることだろう。 女子の魔眼もかくやという視線をものともせず、男達は問いを投げるが。

 そこで、あの男がその場に躍り出た。

 

「一度待ってください、君達。 我々は肝心なことを聞き忘れています……」

 

「あぁ!? 後藤お前、巨乳かどうかより肝心なことがあるって言うのか!? というか何そのなんちゃって右京さん?」

 

 ホントになにそれ後藤殿。 昨日絶対再放送とか見てたよね? そんな俺達の思いを胸に、後藤は問うた。

 

「……先生」

 

「ん、なんだ後藤?」

 

「彼女達ーーフリーなんですか?」

 

「ッッッッ!?!?」

 

 男共、激震。 それもそうである。 男にとって、狙う女子が彼氏持ちでは、余りに悲しすぎる。 寝取るという行為に興奮を覚えるのならそれはまた別だが、生憎そこまでの境地に達している強者はこの中には居ないだろう。 例えるならそう、これは意志確認だ。 ゴーなのかストップなのか。 男子諸君が注目する中、言いにくそうに担任は言った。

 

「あー……ま、見た方が早いな。 じゃあ、入ってくれ」

 

 あ、逃げた。 そう考えて、がらっと教壇横のドアが開いたーーそのときであった。

 どっかーんっ!!、と。

 教室の扉が、ごそっと何かで吹き飛び、そのまま反対側の窓を突き破った。

……確かに、俺は刹那の時間ではあったが見た。 吹き飛んだ扉が、物凄く見覚えのある黒い銃痕があったのを。 それがあの二人ーーつまり廊下に居る二人ーーの得意とする、呪いのガトリングの一発だと。

 

「チィ、外した!!」

 

「オーホッホッホッ! いつもながら、あなたの狙いは甘すぎですわ、遠坂凛! そんなことだから、あなたはいつまで経っても私に勝てないってお分かり!?」

 

「そりゃどうも……アンタをぶっ飛ばすのに、ちまちまやってちゃスッキリしないでしょ? 敵は徹底的に潰す、特に身体の特定部位に対する侮辱とその無駄に太った贅肉はね!」

 

「ならばあなたのその品性の欠片もない宝石魔術と、ヤキュウケンだのタイメイケンだの野蛮な体術ごとき、私の前では届かないことをお教え致しましょう! 授業料はあなたに付ける敗北の味で十分ですわ!」

 

「言いやがったなこの雌牛ゴールド!!」

 

「そっちこそ言わせておけば貧乏レッド!!」

 

 予想通りというか、何と言うか。

 遠坂凛、ルヴィアゼリッタ・エーデフェルト。

 この二人との縁は、そう簡単に切れることは無さそうである。 俺は破壊される教室と、その中心で取っ組み合う彼女達を見て、それを確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時間がこんなに早く過ぎたことに、感謝しない日はない。 しかしまだ昼休み、後まだ授業は二時間ほど残っている現実に直面してしまい、たまらずゲンナリする。

 あの後、暴れるだけ暴れた遠坂とルヴィアは、何事も無かったかのように校舎の修復と生徒達の記憶処理を済ませ、俺へそれはスッキリしたような笑顔で駆け寄ってきた。 こちらからすれば地獄の三丁目を渡ったかと思えば、悪魔が搾取するカモを見つけたかのようにも見えたので、後ずさったのも仕方ない。

 で、昼休みになってから説明するから話を合わせろと言われてしまい、その場はクラスの連中へ誤魔化すのに精一杯。 そして今やっと、昼飯ついでに誰も居ない屋上で説明を聞いたわけだが……。

 

「……は? じゃあつまり、何か? あの後二人は、クラスカードを集め終わった途端、今度は仲間で取り合いをしてたと。 それで報告してたら、ついでにあっちから新たな処分が言い渡された……ってことで良いのか?」

 

「そうよ。 それが日本、冬木での学園生活、それも一年よ? 今更常識を学ぶために、普通の学校へ行けだなんて、大師父じゃなかったら吹っ飛ばしてるところだわ」

 

 末恐ろしいことを言う遠坂。 そんなこと言うから、やたらめったら魔術をぶっぱなす癖が付いてしまうのではなかろうか。

 

「ええ。 まさか、自家用ヘリまで潰されるとは思いませんでしたわ……くっ、あのとき手段を選ばず、オーギュストにスナイパーを任せておけば……!」

 

「いやルヴィア、そんな問題じゃない。 そこじゃない、絶対に。 全く、お前達はもうちょっと仲良く出来ないのか?」

 

「無理」

 

「無理ですわ」

 

 言葉を揃える二人。 真顔なのがまた何とも言えない。

 つまりカード回収が終わった直後、またもやこの二人は相当な被害が出るほどの喧嘩を勃発させ。 何とか遠坂がカードをもぎ取ったは良いものの、報告してみりゃ新たな命令が言い渡され、弟子入りは見合せられる始末。

 呆れた話だ。 イリヤ達がせっかく頑張ったのに、それを届けるコイツらで争っては、本末転倒である。

 

「喧嘩するのは構わないけどな、流石に場所くらいは選んだ方が良いぞ? 魔術で隠蔽するにしても限度があるだろうし、協会から睨まれたらどうなるか、二人の方が知ってるだろ?」

 

「うぐっ……わ、分かってるわよ、それくらい……わたしだって、好きでやってるわけじゃないんだし」

 

「それはこちらの台詞ですわ。 どうもあなたと居ると、調子が狂ってしまって仕方ありません」

 

「調子狂ってるのに、転校初日で魔術戦やる奴が何処に居る。 言っとくけど、ここは俺の大切な場所なんだ。 そこを荒らされちゃ、堪ったもんじゃない」

 

「「……はい」」

 

 ん、素直でよろしい。 感情的になりやすくはある二人だが、一般常識は持ち合わせている。 仮にも一年はここに通うことになるのだから、それは必須項目だろう。

 とりあえず。 俺はその手に持っていたビニール袋から、売店のパンを取り出すと。

 

「ま、何だ。 一週間しかまだ経ってないし、二人とも学校の準備とかで忙しかったろ? だからはいこれ、親睦の証」

 

 そう言って、一つずつ彼女達へ渡した。

 渡したのは売店でも特に人気で、値段も高いグレイトゴールデンチョコパンである。 グレイトにゴールデンという名の如く、その美味しさは穂群原学園が始まり、長きに渡って頂点に座すると言えばどの程度かは察しが付く。

 

「シェロ、これは……?」

 

「うちの売店で、一番人気のパン。 本当なら、俺の弁当を分けたいとこなんだけど、今日は学食にしようと思ってたから……もしかしてルヴィア、甘いのダメだったか?」

 

「い、いえ、そんなことはありませんが……むぅ」

 

 ビニール袋のパンを、手袋でむにむにと触るルヴィア。 はて、何が問題なのだろう?

 そんな俺の疑問に遠坂は、顔に手を当てて答えた。

 

「一応聞いとくけど……わたしならまだしも、本場のお嬢様へお近づきの印に、菓子パンはミスチョイスなんじゃないかしら? そいつ、わたしより成金だし、舌なんてそこらのシェフより肥えてるわよ?」

 

「……あ」

 

 しまった。 ルヴィアはガッチガッチの名門魔術師の当主なのだ。 それも散財しがちな宝石魔術の。 俺の予測だが、絶対紅茶と専属のシェフが作ったスイーツを毎日セットで食しているに違いない。 少なくとも、俺が渡した菓子パンより、よっぽど上等なモノを。

 ルヴィアを見ると、やはりどうすれば良いか迷っているようだった。 知人から貰ったは良いものの、誰も食べないので処分に困るアレである。

 

「……す、すまんルヴィア。 菓子パンなんて、口に合わないよな。 とは言っても、ルヴィアのお眼鏡に適うパンなんて、学校には無いんだけど」

 

 ふむ、困った。 今から学校を抜け出しても、近場にそんな高級な店があるのか。 そもそもルヴィアの好みって、何なのだろうか? つか、命を預けた相手のことを全く知らないってどうなんだろ?

 また考え込んでしまいそうになっていると、ルヴィアが口を開いた。

 

「い、いえ、そんなことありません……ただ、驚いているのです」

 

「驚いてる?」

 

「ええ……殿方から、こんな風に食べ物を手渡されることは、無かったモノですから。 それも、こんな安っぽい包装をされたモノなど、一度も。 そこでふと、思ったのです。 まるで本物の学生みたいだな、と」

 

 恥ずかしい限りですが、と苦笑するルヴィアには、何処か寂しさすら感じさせる。

 それが魔術師としての自らを、恥ずかしがるわけではないことを、知っている。 その横顔が誰かと、多分隣に居るもう一人と重なるからだ。 これは予想だが、この若さで当主となったルヴィアにも、苦難があったのだろう。 その中で、女の子らしい願望だって、少しは削ぎ落としたハズである。

 後悔もなく、後腐れだってない、鮮やかな生き方ーーそれでも、やはり彼女にだって、眩しく感じる何かがあるのだ……恐らく言ったら怒るだろうけど。 ホント、コイツらはよく似てる。

 

「……そっか。 なら楽しみにしとけよ、これからはもっと楽しいイベントが目白押しだからな」

 

「ふふ、そうですわね。 ではそのときは、あなたがエスコートくれますか、シェロ?」

 

「喜んで承りますよお嬢様。 そのときは、楽しんでもらえるよう頑張るさ」

 

「あら、言質を頂きましたわ。 エーデルフェルトの名に恥じぬ、豪奢なイベントでしょう? 言っておくけれど、ちょっとやそっとじゃ私は満足しませんわ。 それを努々、お忘れなきよう」

 

「むむ。 頑張るが、元々面白くないイベントだと、頑張りようもないので、そこは了承してくれると助かる……って、おい遠坂。 お前、何でさっきから膨れてるんだ?」

 

「なんでもないわよ、べっつにー。 二人でどうぞご勝手に」

 

 ?……ルヴィアは日本には疎いんだし、知人の俺が色々教えるのは当たり前じゃないか。 何か怒るポイントあったか?

 あっ、そうだ。 これと同じことが前にもあったあった。 そのときは確か、そう。

 

「分かった。 もしかして遠坂、ルヴィアだけじゃなく、自分も仲良くして欲しいとか」

 

「ふんぬらばっ!!」

 

「うぇげぇ!?」

 

 ぎゅるん、と遠坂選手のアッパースイング。 視界はチョコパン一色、より正確には目にぶち当てられたから真っ暗なのだが……って!

 

「おまっ、いきなりパンで殴ることないだろ!? せっかく並んで買ったパンが、ぺちゃんこになっちゃったじゃないか!?」

 

「あ、アンタねぇ! たった一回共闘したぐらいで、そこまで心を開いたつもりはないっての! つかムカつく、超ムカムカする! 何がムカムカするって、ちょっと当たらずといえも遠からずなところがーっ!!」

 

「うぉっ、やめろって!? 中身、中身出てるから遠坂!」

 

 そうやってギャーギャー騒ぐこと、十分。 そこから何故かルヴィアとの口論に発展して、あわや魔術戦、というところで五分。 一方的に疲れたのは自分だけ、何かホント損してると思う。

 と、もうそろそろ昼休みも終わり、雑談も切り上げるかというときだった。

 

「あ、そうだ。 衛宮くん、今日の放課後イリヤ借りても良い?」

 

 そう、藪から棒にこのおなごは尋ねてきた。

 

「借りても良いって……別に良いけど、また何で? ルビーを返してほしいのか?」

 

「それもちょっとはあるけど、魔術絡みの案件が一つね。 わたし達だけじゃどうにもならないし、イリヤの力も借りたいの。 正確には、カレイドステッキの魔術制御の力をね。 別に危険ってわけじゃないんだけど、どう?」

 

「はぁ……まぁ、構わないけど」

 

 そう返答すると遠坂は、意外そうに瞼を瞬かせる。

 

「へぇ~……衛宮くんなら絶対、とめるか俺も行くって言うと思ってたのに。 あなたって猪突猛進するタイプかと思ったけど、存外冷静な感じ?」

 

「どういうのをご所望かは知らないけど、二人が事情を話さないってことは、俺には手に負えないんだろ? それに遠坂達が出来ないことを、自分が出来るだなんて思えるほど、自惚れてもないしな。 それ、美遊も一緒なんだろ、ルヴィア?」

 

「勿論。 カレイドの魔法少女は、二人で一人ですもの」

 

「なら安心だ。 俺は大人しく、家で待っとくよ。 行っても邪魔だろうし、イリヤも気が散って仕方ない」

 

 心配そうなイリヤの表情が今でも思い浮かぶ。 そんな顔をさせるなら、いっそ行かない方がマシだ。 クラスカードの回収以上に危ないことではないだろうし、ここは任せて良い。

 そう。 俺に出来ることは余りに少ないんだ。 出来ないことまで求めては、他人を傷つけるだけ。

 だからーー俺は、頭を下げた。

「イリヤ達を頼む……遠坂、ルヴィア」

 

 その行動の意味を、理解していない俺ではない。 案の定頭の上では、二つ、ため息が連続して吐かれた。

 

「……それ、わたし達が何もしないからやってるでしょ? 普通の魔術師なら、暗示かけて肉体がボロ雑巾になるまで使い倒すか、ギアス使って奴隷にしてるとこよ」

 

「シェロの方針に口を出すつもりはありませんが、流石にそれは無防備過ぎるのではなくて? 危うく呪いをかけてしまいそうでしたわ」

 

「……それでも、二人なら信用出来る。 俺じゃ何も出来ない。 だから、頼む」

 

 再度、ため息。 しかし彼女達から出た言葉

は、呆れなどではない。

 

「ええ、安心しなさい。 責任をもって、あなた達の元にイリヤを帰すから」

 

「誓いましょう。 美遊と一緒に、イリヤスフィールには傷一つ付けさせませんわ」

 

 そう言う二人の、何と頼もしいことか。 鮮烈な赤と、華美な黄金。 どちらも瞼の裏に残るほど、とても眩しいというのに、こんなにも落ち着かせるのは……何と言うかホント、ズルい。

 予鈴が鳴る。

 昼休みが、ようやく終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後。 遠坂達にああ言った手前、速やかに帰路につくのが正しいが、生憎とそこまで素直にはなれない。

 今日も今日とて学校の備品を修理。 一成の作ってくれたリストには、順調に横線が引かれているハズだが、終わりが見える気配はない。 というか、むしろ中古を壊して最新のエアコンとか付けよーぜみたいな勢いで、備品の数は増すばかり。 別に楽しいから問題ないのだが、一成の苦虫を潰した顔からして、相当手を焼いているようである。

 

「……いよし。 一成、終わったぞ。 美術部の椅子と机、全部合わせて五つで良いんだろ?」

 

「おお、すまんな。 日曜大工の紛いごとまでさせてしまった」

 

「そんなことない。 やり方忘れかけてたから、思い出すのに丁度良かったよ」

 

 そう言って、二人で美術室から出る。 先程修理した椅子と机だが、節々のささくれと錆が酷かっただけだったので、日曜大工というよりは、図工とかそこら辺のレベルだった。 一応螺の交換とかはしておいたが、あの分ならあと数年は持つ。

 

「今日はあと何をやる? そろそろ暑くなってきたんだし、扇風機ぐらいまでならギリギリ直せるけど」

 

「是非してほしいが、そろそろ六時だ。 部活動ならまだしも、生徒会はお開きにせねばならん時間帯なのでな。 それはまた明日に持ち込ませてもらおう」

 

 お、もうそんな時間か。 ということは、そろそろイリヤ達も終わった頃だと思うが……。

 うーむ、考えてしまうと気になる。 電話の一つでも入れたくなるが、残念なことに遠坂とルヴィア相手では、惨殺現場みたいな携帯を一つ生み出してしまうだけなので、却下。

 

「じゃあ、帰るか。 一成、この後用事とかあるか? 無いなら久々に新都の方に行ってみたりしたいんだけど」

 

「む、それは魅力的な誘いだが……今日は真っ直ぐ帰れと、零観兄からのお達しだ。 後日、またこちらから誘わせてくれ」

 

「む、そうか。 了解、じゃあまたな」

 

 手を上げて生徒会室で別れ、俺はそそくさと靴箱、駐輪場へ経由し、学校から出る。

 夕焼けに照らされている道は、影がまだ少なく、夜まではまだ時間がある。 ペダルを踏みながら見る景色も、もう随分と目に馴染んでいた。

 いつかの昨日。 見たくもないのに、何となく見ていた……死者を弔ったあの公園の空よりも、ここの空は綺麗で、澄んでいる。

 

ーー問■う。あ な■が、■のマス■ーか?

 

 脳裏に映る映像は、ここではない何処か。 しかし何故だろう、こんなに大事な記憶なのに……どうしてこんなにも、見えない部分が多すぎるのか。

 この世界に来てから、約二週間。 最近はもうほとんど、元の世界を思い出すことが、出来なくなっている。

 切嗣が封印をしていた、この世界のエミヤシロウの魔術回路。 それが完全に、俺の身体に馴染んだせいだろう。 この世界の住人となった俺に、あの世界の記憶は要らない。 安定化させるのならば、記憶は消す必要がある。 世界か、はたまた俺自身がそうしているのか……全くもって、勝手な奴だとつくづく思う。 あれだけの地獄を忘れろと命令し、そんな甘えを許容しているのだから。

 これが、代償。 他人を守れる力を、手に入れることが出来たとして。 それは俺にとって、余りに重い代償だ。 指標が、憧れが無ければ、魔術使い衛宮士郎はその存在意義を失ってしまう。

 誰かのためになりたいという、たった一つの意味すらもーー俺は、やがて失ってしまうのかもしれない。

 けれど、それでも。

 

『ありがとう……ありがとう、ありがとう……ッ!!』

 

『ーーそして、私の敗北だ』

 

『任せろって。 じいさんの夢は』

 

 全てを忘れてしまっても、きっと、忘れられないモノはある。

 あの炎は、あの剣は、あの夜は。 恐らくどんなに自分が変わり果てても、忘れたりはしない。 この胸に開いた穴は塞がらないし、その剣の残響は今も耳に残っている。 あの日誓ったことも、ずっと。

 だから、大丈夫。

 俺は絶対に、帰る場所を忘れたりはしない。

 何故ならあの荒野は、今だって目の前に見えるから。

 

「……?」

 

 と、そのときだった。

 ぴかっ、と。 車体が何かの光を反射し。

 次の瞬間にはもう、自転車ごと何かに吹き飛ばされた。

 

「が、ぐっ!?」

 

 一瞬何が起こったのか、判別出来なかった。 ただ練習がてら、強化を施した自転車はバラバラに寸断されており、俺もゴロゴロとアスファルトを転がる。

 

「……なっ……!?」

 

 そこで、ようやく自分を襲ったモノを直視する。

 剣だ。 巨大な直剣。 クレイモア、いやバスタードソードか? 片手半剣と称されるそれは、俺が居た場所に何本も突き刺さっており、側には自転車の破片が散乱している。

 驚くべきは、解析したところそれが宝具ではないにしろかなりの名剣であり、俺と同じように投影魔術で作られたモノだということだ。 知っての通り、俺の投影は俺にだけしか出来ない、特別な魔術だ。 例外的にそれを可能とするのは、アーチャーのみ。 とすれば、美遊が前にセイバーと同じ存在になったように、アーチャーのクラスカードを使えば。

 

「ふーん、驚かないのね。 一応あなたがやってるようにしてみたんだけど、どう?」

 

 声は剣群の向こう。 姿は見えないが、声質からしてイリヤ達と同年代か? 無駄な思考を意識から追い出しつつ、立ち上がる。

 

「どうもこうもない、大したもんだよ。 けど、使い方が間違ってる。 それは、戦うために使うものじゃない」

 

「ふふ、そう。 あなたからのお説教も良いけど、一応初めてなんだし、挨拶しないと」

 

 ぱちん、と指が鳴らされ、剣が魔力に消える。 そうしてその姿が見えたときには、思わず俺は呆然としてしまった。

 何故なら、その姿は。

 余りにも知っている人と、似すぎていたから。

 

「初めまして、お兄ちゃん(・・・・)。 ううん、聖杯戦争の元マスターさん」

 

 赤い外套、小麦色の肌。 されどその顔と体は、俺の知るイリヤスフィール・フォン・アインツベルンとそっくりだった。

 鏡の夜は終わらない。

 万華鏡とは、何も一面が消えてしまったら形を無くすわけではない。 重なり合う一面が消えようと、他の面までは消えないからだ。

 さぁ、それじゃあ休憩の時間は終わりだ。

 

 

ーー 鏡の夜(kaleid night)を、続けよう。

 

 


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