Fate/kaleid night プリズマ☆イリヤ 3rei!!   作:388859

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夕方~VS???、己の変化~

ーーinterlude 1-1ーー

 

 

 同時刻、衛宮士郎がイリヤスフィールと似た少女と対敵した頃。 本物のイリヤを含む四人も、それなりに大変な事件に巻き込まれていた。

 深山町から少し離れた、柳洞寺近くにある大空洞。 その内部でイリヤ達四人は、状況の確認をしていた。

 クラスカードによる、地脈の歪み。 原因であるクラスカードが回収されたことで、その歪みも解決されたかに思えたが、一週間経った今も歪みは健在。 それを見兼ねた大師父、キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグはカレイドステッキによる地脈の拡張を命令し、四人はそれをここ、大空洞で行ったわけだが……。

 

「ったく……イリヤが変な姿になったかと思ったら、もう一人イリヤが現れるとか……脳の処理能力が追っ付かないんだけど」

 

「むしろ、アレを理解できる方が居るなら、それこそ王冠(グランド)クラスですわ……私にはとても理解が……」

 

 凛とルヴィアがうんうんと唸る度、苦笑するイリヤと困ったように表情を変える美遊。

 地脈の拡張。 それは龍穴へ地礼針を介して、高圧縮された魔力を注入することで、それにカレイドステッキの魔力を使ったわけだが、原因不明のノックバックが発生。 それにより龍穴から魔力が、大空洞の天井に打ち付けられ、岩壁が崩落したのだ。

 そこでイリヤは、アーチャーのクラスカードを使い、英霊の姿へと転身……というか、召喚したと言えば良いのか。 英霊そのものとなったイリヤは、アーチャーの花弁の盾を展開、崩落による瓦礫の落下を防いだ。

 しかし、気づけば何と、イリヤの服装はカレイドルビーのそれへと戻り、代わりに隣には、英霊の格好をしたイリヤと瓜二つの少女が居たのだ。

 分裂、或いは似て非なるモノか? そんな四人の思考すらも置いて、イリヤに似た少女はあっという間に大空洞から逃げていってしまった。

 

「……うむ。 改めて考えても、いや考えれば考えるほどワケわかんないよ……」

 

「いいえ、そんなことないですよー。 主人公と瓜二つの顔のキャラなんて、大抵敵キャラですしー」

 

「ルビーの言うことが何となく分かるのが、穢れてしまった証拠なのね……うぅ」

 

「イリヤさんの場合、自ら穢れに行ってますけどねー。 何せ目覚めたばっかりとはいえ、お兄さんとキ、」

 

「あーあーあーっ!! そ、そうだっ、ミユの意見を聞かせてよ! ねぇミユ!?」

 

「う、うん」

 

 ずずい、と顔を近づけるイリヤに、少し戸惑いを隠せず、美遊は意見を述べた。

 

「イリヤが英霊の力を使った後、あの子はイリヤと同じような服装で、目の前に現れた。 それと同時にクラスカードが無くなったということは、間違いなくあの子がクラスカードを使っているわけだけど……」

 

「例えそうだとしても、カレイドステッキも無しにそれほどの力を制御出来るだなんて信じられません。 それに、もしそうなら、アレはクラスカードそのものを核としている可能性もあります」

 

「えーと……つまり?」

 

 と、ようやく処理が追い付いたか、凛は後頭部を掻き、

 

「つまり英霊の力を、意思がある状態で使うことが出来る。 それも高出力でね。 分かりやすく言うなら、もし敵ならこれまでの黒化英霊よりよっぽど厄介ってことよ」

 

「……なんで?」

 

「意思を持つということは、それだけで脅威となり得る。 今までは攻めの一辺倒だった英霊が、権謀術策を練ってくる。 逃げようが攻めようが守ろうが、相手も同じわけだから、こっちの思い通りには行かなくなったってワケ」

 

「はあ……」

 

 いまいちビジョンが見えないのか、目尻を指でこねるイリヤ。 それに凛はため息をつき、

 

「まぁ、悩んでも仕方ないでしょ。 とりあえず取っ捕まえるのが先ね」

 

「ええ。 まぁ、この場から脱出するのも楽ではなさそうですが」

 

 ルヴィアが辺りへ見やる。 そう、さっきの崩落で、瓦礫が大空洞を埋め尽くしている。 幸い入り口はまだ塞がっていないが、追うとしてもかなりのタイムロスになるだろう。

 

「とにかく、ちゃちゃっとここを出るわよ! あんなの野放しには出来ないし、何より聞きたいことが山程あるしね!」

 

 凛の提案に頷く三人。 しかし、イリヤは何処か、浮かない表情で天井を仰いだ。

 

「……なんだろ」

 

 去来するのはただ一つ。

 何かーー違う、気がする。

 ここは、こんな感じじゃなかった気がする。 何と言えば良いのか、よく出来た鏡像を見ている感じだ。 そう、鏡面界を目にするときと似ている。

……とても、もどかしい。 まるでボタンを掛け違えたかのように、決定的な何かが違うのに、明らかに何かが可笑しいのに。 でも何が違うかは分からない。

 

「コライリヤ、早く行くわよ! さっきの姿とか、アンタにも色々聞きたいことがあるんだからね!?」

 

「あ、うん! 今行く、リンさん!」

 

 とてて、と瓦礫の上を走り出すイリヤ。

 しかしその心に生まれた違和感は、確実に彼女の心に住み着いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude out.

 

 

 

 

 

 

 

 

 黄昏に染まる、冬木の街路。 車が通るには少し狭い、何の変哲もない一般道に、それは居た。

 日に焼けるよりも黒く、痣で埋め尽くされたような褐色の肌。 黒いアーマーの上には、カーテンから引き千切ったかに見える赤い外套を羽織る。

 その顔、身体はまさしく、俺が知るイリヤだ。 しかし違う。 アレは違う。 声が違うだとか、髪型が違うとか、そんな些細な問題を言っているのではない。

 何故なら。

 

「聖杯、戦争、だと……?」

 

「ええそうよ……って、あれ? もしかして、おとーさん達から私のこと聞いてないの? マスターだったのに?」

 

「……」

 

 この少女は、自分が、衛宮士郎がマスターであることを知っている。 それはつまり、この少女があの戦いについての知識を、有しているということだ。

 イリヤの顔で、聖杯戦争のことを。 思い出されるのは、ここではなく、見殺しにした姉、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンのことだ。

……その顔が重なる。 どうしても、心が乱れる。 動揺を隠すことなど、出来なくなる。

 

「……ふざけろ。 俺が聖杯戦争のマスターだって? 何故そんなことが、お前に分かる?」

 

「ふふ、お兄ちゃん知らないの? 令呪は聖痕。 一度刻み付けられたら、表向きは消えているように見えても、魔術的に見ればその痕は簡単には消えない。 そ、例え契約破りをされようとも……私がそれを施したようなモノだもの。 まぁ、少し術式がズレている(・・・・・・)ようにも見えるけど……」

 

 そんなことはどうでも良い、とそれはイリヤの顔で言う。

 

「何にせよ、会えて嬉しいわお兄ちゃん。 あの子をを通して見てたけど……うん、やっぱり実物は違う違う」

 

 笑う。 魔術を知る、いやーー聖杯の機能を持つイリヤが、俺に笑いかけてくる。

 

ーーそれじゃあ殺すね。

 

 違う。 これは、イリヤじゃない。 彼女には、似ても似つかない。 絶対に。

 

「……お前は何だ」

 

「私はイリヤよ」

 

 宣言する。 それは、微塵も躊躇わずに、自らの名を口にする。

 

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。 聖杯戦争のために、アインベルンから調整されて生まれたホムンクルス……ううん、元ホムンクルス、と言った方が良いのかしら?」

 

「……」

 

「そんなに信じられない? 私からすれば、あなたの方が信じられないけど?」

 

「……どういう意味だ」

 

「言葉通りの意味よ。 だってあなた、魔術回路が勝手に開いてたんだもの。 それも全て。 そんな状況でよくあそこまで動けたものよ?」

 

 思わず。 心にひやりとした、ナイフを突きつけられているような感覚に陥った。

 

「そもそも私が見た限り、お兄ちゃんは魔術師ではなかった。 心構えがどうとか、実力がどうとかそういう意味じゃないわ。 魔術師特有の気配が、以前のあなたには全く無かった。 日本じゃ気なんて言うらしいけど、それと似たようなモノね。 そう、キャスターとの再戦を控えた、あの朝までは」

 

 あれが言う朝とは、俺がこの世界に来た直後のこと……イリヤ以外知ろうハズもない、あの誓いを、コイツは知っている。

 目を閉じて、そのときのことを噛み締めるように。 それは幸せそうに、続けた。

 

「嬉しかったよ、とっても。 だって私、あなたのこと大好きだもの……だからこそ、あなたから感じ取った魔力に、私、少しイラっとしちゃったの。 空気の読めない無粋なお兄ちゃんでも、これはないなーって」

 

 にっこりと、それは俺に笑いかける。 しかしそれに、さっきまでの親しみや愛らしさはない。 純然たる敵意と、隠しきれない殺意はまさしく、歪んだ愛情だと断定出来る。

 

「あーあ……目付きが鋭くなっちゃったなぁ。 やっぱグルなんでしょ、おかーさん達と……私を、無かったことにしようとしたんでしょ?」

 

 噴き出す魔力が不規則に揺れる。 それーーいいや、認めよう。 イリヤは、まるで蝋燭の火のように儚く、口の端をきゅっと結んだ。

 

「ね、これだけは……答えて。 私は、要らない子なの? 普通に暮らすイリヤが居れば、私なんて初めから要らなかったの?」

 

 その問いに、どういう意味が込められているかは、想像もつかない。 そもそも、この少女が何であるかなど、全て俺の知識から基づく推論だ。 これだけでは、端倪すべからざる状況と言えよう。

 しかし。 それでも、言えることがあるとするなら。

 

「……それは違うだろ」

 

 一つぐらいは、ある。

 

「俺はお前のことを何も知らないし、だからそれだけで決めつけることは出来ない。 でも、これだけは言える。 お前が何であろうと、聖杯であろうと、お前がイリヤなら。 だったら俺は、お前を最後まで守らなきゃいけない。 俺はそう決めた」

 

「……私が、イリヤを殺すって言っても?」

 

「む……」

 

 それは予想外だ。 ふむ、考えもしなかった。 けれど、目の前の少女がまたイリヤだと言うのならば、答えなど決まっている。

 

「ああ、それでも守る。 お前がイリヤを、自分自身を殺そうとしたとしても、それは見過ごせない。 そのときは、俺はイリヤとお前のために、お前を止める」

 

「……ふーん」

 

 それの目が、細められる。 子供のような、脆さが消えーー代わりに現れるのは、嗜虐的な一面。

 

「じゃあ残念だけど、今のお兄ちゃんは要らないわ。 あの子を守るお兄ちゃんなら、そんな人要らないもの」

 

 その暴言に、たまらず顔が引きつるのを感じた。 先程までの少女とは違う、この残虐性は、余りにアンバランス過ぎる。 精神が安定していないのか、いやそもそも彼女が何なのか、それすら分からないのでは、どうしようもない。

 

「ま、待ってくれ。 言ったろ、俺はお前の事情を何も知らないんだ。 だからまずは、話し合いからしよう。 お前もイリヤなら、俺の妹だ。 なら!」

 

「そういうことじゃないのよ、お兄ちゃん。 分かる?」

 

 ニィ、と好戦的な笑みが浮かぶ。 それは自身の勝利を疑わない目。 何よりそれは、自分のペットへ、お仕置きをするような目だった。

 

「ーー他の女の匂いがするお兄ちゃんから、まずその元を削り取るって言ってるの。 勿論、物理的にね」

 

「……!」

 

 ダメだ、話が通じない。 それどころか、これって会話なのか? 何か浮気現場がバレた夫みたいな感じなのは何故に!?

 

投影(トレース)

 

 何だか分からない内に、イリヤは夫婦剣を投影。 それをくるりと振って、俺に突きつけた。

 

「さぁ、やりましょ」

 

「……本気か」

 

「本気じゃなかったら、宝具の投影なんてしないわ。 ね、見せてよ。 お兄ちゃんも出来るんでしょ、これ。 お揃いなんだし、ほらほら」

 

「……ったく」

 

 本当に精神が安定しない奴だ。 さっきまで殺気だってたかと思ったら、今度は無邪気にお願いしてくる。

 

「……俺が勝ったら、全部説明してもらうぞ。 お前のことをな」

 

「ふふん、良いわ。 勝てるものなら、ね!」

 

 たん、とイリヤが地を蹴る。 それと同時に、頭の中にある撃鉄を下ろした。

 投影するのは、彼女と同じ干将莫耶。 久々の実践に魔術回路は嬉しい悲鳴をあげると、両手に慣れ親しんだ重みが加わった。

 思ったより、イリヤのスピードは遅い。 バーサーカーやセイバー、アサシンと比べるべくもなく、彼女の速さはそれほどでもないと断じることは出来る。 しかし、それはあくまで彼らと比べてというだけで、自分からすれば十分に早い。

 首になぞらえて振るわれたイリヤの干将を、屈むことで回避。 続いて腹に来る漠邪を両手の双剣で、しっかりと受ける。

 

「ふっ!!」

 

 今度はこちらの番だ。 受けていた双剣を、衝撃が逃げる前に押し出す。 僅かな火花と共に、彼女の懐へ飛び込む。

 

「ザーン、ネンっ」

 

「!」

 

 しかしそれは罠だ。 イリヤは俺が双剣を押し出したときには、武器から手を離し、鉱石のように光る長剣を投影。 後ろへ飛びながら、それを矢のようにこちらへ投げつける。

 

「くっ!?」

 

 受けには回れない。 慌てて、夫婦剣で長剣の刀身へ平行させて逸らしたものの、真後ろでアスファルトが砕け散る音と、つんざくような金属音が木霊する。

 爆風に叩かれ、吹き飛ばされる。 何とかゴロゴロと転がることで跳ね起きたが、肝心のイリヤは楽しそうに。

 

「へぇ、やるじゃないお兄ちゃん。 やっぱりこれ便利よね。 使い方一つで何でも出来るもの。 投影魔術に似てるけど、それにしては汎用性高くてお気に入り」

 

 横目で、先程まで居た場所を確認。 すると、長剣は半ば折れており、その場で魔力に分解されて消えていく。

……今のは。 俺は確認のために、沸き上がった疑問をイリヤにぶつけた。

 

「なぁイリヤ……お前、その魔術どう使ってる?」

 

「ん? どう使ってるって、見れば分かるでしょ? 作って、矢として放つ。 それがアーチャーの能力なんだから」

 

 やはりそうか。 今の問答で確証を得た俺は、無手のままイリヤの前に立つ。

 

「?……剣は? 言っておくけど、降参したって許さないのは分かってる?」

 

「ああ、だろうな。 だから、兄ちゃんからキツいの一発食らわせてやる」

 

「……そう。 なら」

 

 ジャキン、とイリヤの指に挟まれた剣。 その数四つ。 全て干将莫耶だ。 それをイリヤは、あらん限りの力を使って、俺に投げつけるーー!!

 

「これで終わりよっ!!」

 

 空気を切り裂き、迫る剣群。 確かにその勢い、鉄柱すらも真っ二つにしかねない。 人間である俺なら、この道路に解体されてしまうに違いない。

 だがーーーーこれで良い。

 確かにこの魔術は、そういう使い方も出来る。 それは否定しないし、そうした方が効率の良いことだってある。

 

投影(トレース)……」

 

 しかし、それが全てではない。 作るのではなく、心を具現化させることこそが、俺の魔術の根底だ。

 

「……開始(オン)!」

 

 それを理解しない者の投影など、結局は偽物の偽物。 そんな貧相なモノなら、俺自身の手で叩き出す。

 

「なっ!?」

 

 向かってくる剣群。 それらを全て、両手の双剣で迎撃する。 角度、強度。 それらを計算し、甲高い金属音と共に、俺の双剣は剣群を真っ向から破壊する。

 驚愕に満ちたイリヤだったが、すぐに新たな剣群を投影。 今度はバラバラではあるが、大小様々な無銘の剣達だ。 これなら、彼女はそう思うだろう。

 だが、甘い。

 

「セァッ!!」

 

 干将莫耶を破棄。 すぐさま目の前の剣群の設計図を検索、並行して八節の行程を瞬時に済ませ、両手にそれぞれの刀剣を握れば、後は簡単だ。 さっきと同じ要領で、その悉くをこの世界から弾き出す。

 

「っ……なんでよっ、もう!!」

 

 ヒステリックな叫びは、さながら悲鳴のようだ。 しかしそんなことでは、その力は使いこなせまい。 心を乱してはイメージに綻びが出る。 そうなればもう後の祭りだ。 その場で乱射される剣に、同じものをぶつけて、相殺し続ける。

 

「どうして……ッ!!」

 

 打ち負かされる。 イリヤは痛烈に顔を歪ませるが、俺はひたすら投影に埋没する。

 何故イリヤの剣は、俺の剣に負けるのか。

 答えは簡単。 イリヤの投影は、剣を投影していても、その用途が矢であるからだ。

 彼女の投影は、確かに優秀だ。 構成材質も、基本骨子など言うまでもない。 しかしそれはあくまで剣を、矢として使うために投影しているに過ぎない。 彼女のそのイメージに引っ張られ、剣自体がとても脆くなってしまっているのだ。

 それに気づいたのは、最初に剣を投げつけられたとき。 刺さった剣が半ばで折れていたのを、目にしたときだ。

 もしもアーチャーの力を使っているのなら、そんなことは起きない。 アイツは剣として投影したモノを、矢として放っていた。 自身の能力を正しく理解した上で、効率的な使い方をしているから、例え英霊が相手でも通用する投影が出来た。

 しかし、彼女は違う。 彼女はあらかじめ、アーチャーの能力が剣を投影して放つことだと思い込み、それを先鋭化させている。 本来なら、剣を投影する過程を踏むため、そんな思い込みはあり得ないが、彼女もその力を使いこなせてはいないのだろう。 それでも俺の剣を破壊することなど、わけないが……矢として使う以上、その弾道でどうすれば良いかは予測はつく。 そうすれば凌げる、だから間違った使い方をしてしまう、最強の自分が崩れてしまう。 剣ではなく、剣を真似ただけのモノを投影してしまう。

 

「チッ……!」

 

 埒が空かないと流石に感じたか、舌打ちの後距離を取るイリヤ。 俺も刀剣を手離すと、

 

「はっ、……随分と余裕が無さそうじゃないか。 まだ俺は全然いけるぞ」

 

「……! 息を切らしてるくせに、ナマイキね。 だったら良いわ、もう手加減しないんだから!」

 

 そう言うやいなや、イリヤは手を空中へかざし、投影。 魔力の尾を引きながら現れる剣の数、ざっと三十ほどか。 空中に浮かんだそれと、自身の指の間に挟んだ剣を握り締め、イリヤは宣言した。

 

停止解凍(フリーズアウト)全投影連続層射(ソードバレルフルオープン)……!!」

 

 宣言の後、放たれる剣群。 しかし生憎と、その投影品の数々に、俺はもう怖じ気づくこともない。

 

「……投影(トレース)再開(オン)。 全投影連続層射」

 

 語る言葉は同じ。 しかし意味を捉え、真髄を理解した俺の言葉とでは、その世界(せいど)は違う。

 剣群を投げるなんて、そんな器用な真似などしない。 自分に接近する剣をそれぞれ投影し、ぶつける。 目には目を、歯には歯を、剣には剣を。 射出される剣に対し、同じもので良い。 単純に相手よりも、いいや、アーチャー(自分)よりも強い剣を造るーー!!

 

「……どうして……?」

 

 金属片が飛ぶ中で、イリヤが眉に皺を寄せる。 度しがたい事実を直視し、

 

「どうしてよ……能力は同じ。 いえ、どう考えてもこっちが上。 剣を造り、矢を放つことにおいて、アーチャーは他に追随を許さない英雄なのに……どうして、素人のお兄ちゃんなんかに……!!」

 

「ふっ……おおおっ!!」

 

 これで最後。 太いバスタードソードを、干将莫耶を犠牲にして無理矢理破砕。 俺の手から柄だけとなった夫婦剣が崩れ落ちると、イリヤは呆然としたまま立ち尽くしていた。

 

「……俺の勝ちだ、イリヤ。 その力の真髄がわからないなら、俺には勝てない。 お前がそれをどう使っているのかは知らないけど、それでもだ」

 

 一歩。 穴だらけの地面を、運動靴で踏み締め、イリヤに近づく。

 

「もう良いだろ。 俺も何も知らないまま戦うのは、気が進まない。 いつまで経っても終わらないんだ。 だから事情を教えてくれ、イリヤ。 力になれることがあったら、必ず俺も助力する、だから」

 

「……ふん。 ちょっと優勢になったからって、もう勝った気で居るのかしら?」

 

「違う。 これ以上戦っても、お互い傷つくだけだろう? 俺は何も知らない、それで何となく戦うなんて、嫌なんだ」

 

 説得を続ける。 しかしイリヤはそれが鬱陶しいのか、髪をかきあげ、

 

「何よ。 ちょっと手加減したぐらいで、本当にナマイキ。 でも良いわ……それぐらいないと、張り合いがないもの」

 

 バチィ、と雷に似た魔力が迸り、イリヤは投影をする。 干将莫耶か……。

 

「無駄だ。 俺には、それじゃあ届かないぞ」

 

「あらそう? ならこんなのはどう?」

 

 ?……イリヤが夫婦剣を逆手に持つ。 しかしそれは、剣を投げるには少し難しい体勢だ。

 一体何を? こちらも夫婦剣を投影、イリヤの動きを警戒する。 接近戦か? それならあちらの有利だろうが……剣がそれでは、打ち合うこともままならないハズだ。

 と。 彼女は、コンクリートから盛り上がった土を蹴る。 やはり接近戦、なら迎え撃つ。

 しかし、一瞬たりとも目を離さなかったというのにーー次の瞬間、イリヤは姿を消した。

 

「こっちよ」

 

「!?」

 

 声は背後。 風切音と共に、目だけを先に後方に向ける。

 そこではイリヤが空中に身を乗り出し、双剣を横薙ぎに振るっていたところだった。

 声に反応して、反射的に屈んでなかったら、恐らく俺の右手は切り飛ばされていただろう。 背を低くしながら、振るわれる双剣を弾こうとするが。

 

「違う違う、こっち♪」

 

「なっ……!?」

 

 そこにはもう、俺の命を刈り取る双剣はなく。 またもや忽然と姿を消すと、今度は俺の真上にイリヤは現れる。 そのまま突き刺さんと、双剣を逆手の状態で落下してくるが、無理矢理体勢を崩して転がり、何とか事なきを得る。

……今のは、何だ?

 

「速いとかそんな次元じゃない……予備動作すら見えないなんて……」

 

 仮にも英霊との戦いを見てきた、俺だから分かる違和感。 例え英霊であったとしても、ランサークラスでなければアレほど敏捷な動きは出来まい。 それにあんな細い身体に、それだけの瞬発力があること自体驚きである。 全く、詐欺も良いところじゃないか……!

 

「ふふん、今度はそっちが焦ってるみたいね。 ほらほら、止まってる暇なんか無いわよ!!」

 

「クッ!?」

 

 その言葉の通り、イリヤは姿が掻き消えるほどの速度で襲いかかってくる。 その速度も反則的だが、何より反則的なのは、それが毎度死角に来るため、防ぐ度に神経を擦り減らすのだ。

 幸い、イリヤはまだ遊んでる。 これだけの力で浮かれてるのかは知らないけれど、何とか突破口を見つけないと。

 イリヤの猛攻を捌いていくが、しかし糸口は見えない。 それどころか打ち合う度に、その精度が増している気がする。 メキメキと上達するのは、恐らく投影品の用途を、剣に切り替えたからか? これだけの攻撃を受け切れていること自体奇跡なのに、それを。

 

「……あれ?」

 

 待てよ。 受け切れ、てる? ふと沸いた疑問に、視界がスパークする。 投影とは別に、別の思考が脳の隅で生まれる。

 それは可笑しい。 イリヤの身体能力が英霊と同等、ないし劣化していても、この動きは衛宮士郎には出来ない。 衛宮士郎を上回るというのなら……何故俺は、未だ彼女の持つ夫婦剣に引き裂かれていない?

 そう、そもそも何故イリヤは、最初から接近戦を仕掛けなかった? もし本当に、これだけの身体能力があるのなら、俺を斬ることなんて容易い。 それに剣群を投げることもそう。 どんなに剣が脆くても、これだけの力があれば、数だけで押し切れるハズだ。

 前提が違うのか? イリヤは身体能力でこの動きをしているのではなく、何らかの魔術を使って、

 

「ぐ、……!?」

 

 剣を防いだは良いものの、体はがら空きだ。 それを逃さず、イリヤは俺の腹を蹴り飛ばした。

 口から無理矢理息を吐き出され、体は無様に転がる。 背中からつぅ、と何かが伝うが、恐らく打ったのだろう、生温かい血が制服にまで垂れる。

 

「……しぶといもんね。 これだけやって避けられるなんて。 戦い方を学んでるのは、あなただけじゃないってわけか」

 

 何を言っているか分からない。 投影魔術の使いすぎか、頭は異常なほど熱を発し、喉は焼き付いたようにカラカラだ。 しかし俺はそれらを押さえつけ、ゆっくりと立ち上がる。

 

「兄貴だから……妹には負けられないんだ、まだな」

 

「そういうの、驕りって言うのよ? 分かったら、とっとと負けてよね!!」

 

 イリヤの姿が消える。 しかし、今度こそ、俺はそれの正体を掴んだ。

 掻き消える寸前、ひび割れたコンクリートの上から、足が離れたとき。 土を蹴ったなら、砂が巻き上がるハズだが……それが、全くないのを、この目で確認した。

 

「分かったぞ」

 

「!」

 

 真横から振るわれる双剣。 風を切り、迫るそれはなるほど、衛宮士郎には防ぐだけで精一杯だ。 だがあくまで防げるのなら、そこからどうするかを覚えている俺なら対処出来る。

 干将莫耶を交差させ、防御。 しかしそれでも貫通する衝撃に、骨が軋み、後方へ吹き飛ばされる。

 だがーー身体が動く。 着地するやいなや、靴は大地を踏み砕く勢いで足場を固める。 莫耶を上段に、干将を脇に。 体をしならせ、引き絞った力を干将に乗せると、追い討ちをかけようとするイリヤへ一閃する。

 

「らぁっ!!」

 

「!?、きゃあっ!?」

 

 これまでで一番の轟音。 俺の干将は見事、彼女の双剣を破壊、イリヤを後方へ下がらせた。

 息も切れ気味に、俺は指摘する。

 

「はっ、……ぅ、は、ぁ……分かった、ぞ。 今の敏捷性、お前の身体能力なんかじゃない。 ただ、空間を転移して、裏回りしただけだ」

 

 空間転移。 現代においてそれは、最早魔法にカテゴリされるため、この時代ではまずお目にかかれない。 なのに何故見抜けたかと言えば、聖杯戦争でそれを行使するサーヴァントと戦ったからだ。

 キャスター。 コルキスの王女と呼ばれる彼女の真名は、メディア。 ギリシャ神話において、非道の限りを尽くしたとされる、裏切りの魔女。 その彼女が使用した空間転移と、差異こそあれど、かなり酷似している。 どう行使しているかは知らないが、タネが分かれば対策も練られる。

 

「……ホント、驚いた。 まさかこれまで見破られるなんて。 聖杯戦争でそれの使い手でも居たのかしら? で・も」

 

 手に持つ莫耶を投げ捨て、イリヤは余裕たっぷりに言う。

 

「それで、どう戦うのかしら?」

 

 イリヤの言うそれは、俺の状態のことだ。

 息が上手く出来ない。 酷使した身体は全身で酸素を取り入れようとするが、咳き込むせいで中々息が整わない。

 

「……、」

 

 イリヤが俺へと視線をぶつけるが、当の俺はそれどころではない。 いつもなら痩せ我慢出来る疲労が、今に限って身体を停止させる。 まるで剣が錆び付き、斬れなくなったかのように、身体機能が働かないのだ。

……事態は、深刻だ。 魔術回路を走る魔力が、いつものように循環しない。 もしや、もう片方の二十七の魔術回路のせいなのか? あれから一度も使っていない、エミヤシロウの魔術回路。 それを使用せずに、元の回路しか使わなかったことで、体に無理をさせていた……?

 この体は、以前より強化こそされている。 しかし、同じ人間とはいえ、世界が違えば他人に過ぎない。 そんな体で生きるだけでも、弊害が起きるというのに、魔術を使用すればどうなるか分かったものではない。

 

「……ふんっ。 ま、乱暴なのは嫌いじゃないけど、ちょっと今のは効いたわ。 だから、倍にして返してあげる。 投影(トレース)!」

 

 しゃらん、と柄を握り、イリヤはまた夫婦剣を投影。 今度こそ終わりだと、そう言わんばかりに。

 

「……は……ぐっ、……づぁ……!?」

 

 来る、迎え撃つ。 その一心で投影を始めようとするが、その瞬間痛みが激増する。 魔力を通そうとするだけで、頭痛と吐き気が酷くなる。 膝をつき、眉間を何度も揉む。

 こうなったら一か八か、賭けに出るしかない。 もう片方の魔術回路を使い、負担をもねじ伏せて一気にカタをつける。 もうそれしかない。

 脳の裏側にある、もう一つの引き金を引き。 その勢いで撃鉄が叩き落ち、そして。

 

「……ぁ」

 

 回路に魔力が通った途端ーー俺は、その世界に引きずり込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude 1-2 ーー

 

 

「終わりよ」

 

 油断などしない。 イリヤスフィールの名を謳う黒い少女は、既に目の前の敵に対し、異常なまでの警戒をしている。

 英霊の力を使う少女と、同じ類い、いや、恐らくそのものの力を持つ彼。 しかも正体よりもその能力を使いこなすという、あり得ない事態にまで陥っているのだ。

 無論、クラスカードを使っているわけではない。 このカードは一枚、それも少女の体内にある。 彼は元から、そういう力を持っているのだ。

 英霊そのものの力。 彼の言葉からして、自分が使う力の正体を知っているようだった。 しかしこれほど特異、かつ例を見ない魔術はない。 それはつまり彼は、この力を使う英霊から魔術を教わったか、或いは。

 

(……まさかね)

 

 前者より後者の方が辻褄が合うものの、それはあり得ない。 しかしもしそうなら、彼はこの誰も真名を知らないクラスカードのことを、誰よりも知っているということになる。何せその正体は、彼が身近に知る人なのだから。

……考察は後だ。 今はとにかく、彼を倒す。 それだけを考えるべきだ。

 

「ふっ!!」

 

 まともに斬り合うのも良いが、やはり兄を斬る罪悪感だけはある。 良心の呵責というより、ただ単に斬りたくない。 少女は膝をついた士郎へ、夫婦剣を投擲する。

 回転する夫婦剣は、このままいけば士郎の首で合流し、切り離すハズだ。 しかしそれだけで終わるとは、少女も考えていない。 少女の背丈と同程度の大剣を複数投影、更にそれを追い討ちとして放つ。

 これで終わり。 兄は自分だけのもの。 少女がそれを、確信したとき。

 

「……体は(I am)

 

 兄の口から、その呪文が溢れた。

 

 

「ーーーー体は(I am the)剣で出来ている(born of my sword)

 

 

 それを聞いたとき。 それを、魂へ入力したとき。 少女の中で、何か言い知れぬ、悪寒にも似た何かを感じた。

 一瞬の出来事だったのかもしれない。

 されど、少女は確かにそれを観たのだ。

 一面に広がる炎、蔓延る死の気配。 全ての人が、等しく惨死するそこで、誰かに手を取ってもらったーーその、最初の地獄を。

 ギィン、という音が、少女を現実へ呼び戻す。 前を見れば俯いたまま、士郎は再び干将莫耶を手に、剣郡を全て弾き飛ばす。

 爆音があちこちで炸裂する。 ここら一帯に穴を開け、地面を穿つ剣を弾いた彼は、そこでようやく顔を上げた。

 

「……!」

 

 その顔つきは、先と全く違う。 痛みと吐き気を堪え続けていた顔は、穏やかに状況を俯瞰する冷静さが嫌に目立ち、何処か年老いた、というよりは枯れた印象が強い。 その代わりに目は猛禽類のように鋭く、いつでも食い付けるのだと語っている。

 そして、その手に持った干将莫耶。 その完成度が、先程までの彼と余りに違いすぎる。 さっきまでの士郎の場合、一見完璧にも見えたが、何処か工程に欠損があり、十ある内の八までしか出来ていなかった。 しかし今は、その全てを、まさしく宝具としての輝きと年月の重みすら再現している。

 

「……あなた、誰?」

 

 兄ではあっても、これは兄ではない。 というより、これはどうにも勘に触る。 兄の身体を操っている何かへ、少女は問いを投げ、それは答えた。

 

「……なに。 ただ、ここへは迷い込んだ、哀れな死人だ。 私としても、このような形になるとは露とも思わなかったモノでね。 今は少し、いやかなり混乱している」

 

「あっそ。 なら良いわ、あなたごと切り落とすから」

 

「ほう……君はドイツの人間とお見受けするが、それが迷い人に対する挨拶かね? だとしたら君は、中東にでも戸籍を変えると良い。 君にぴったりのブラックジョークも、あそこなら取り揃えているだろう」

 

「はん! 口だけの下劣な男なんて、こっちから願い下げよ!!」

 

 とん、とイリヤが踏み込む。 ように見せかけて、空間転移。 それの背後に転移すると、体ごと回して干将莫耶を叩きつける。

 が。 それの動きは、もっと早かった。

 

「ふむ……落第だな」

 

「!?……う、ぐっ!?」

 

 一歩も動かず。 士郎の体を操るそれは、干将莫耶を逆手に持ち替えて、そのまま少女の夫婦剣へ柄で打ちつける。

 ボッ、とピンボールのように吹き飛ばされ、少女はアスファルトを転がる。 見れば手に持つ夫婦剣は柄ごと欠け落ちており、イリヤは戦慄する。

 

「理念も思想も過程も骨子も、より言えば用途すら間違う。 全く、ここまで来ると落第どころか、退学モノだな。 小僧でもここまで酷くは無かっただろうに」

 

「あなた……何者?」

 

「私に名などない。 しかしそうだな、あえて名乗るとしたら」

 

 それは、少し誇らしげに。 少女へと、名を告げる。

 

 

弓兵(アーチャー)。 私に名があるとすれば、それしかないに違いない」

 

 

 変転する。

 今、少年の基盤が、また書き換えられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude out.

 


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