Fate/kaleid night プリズマ☆イリヤ 3rei!!   作:388859

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夕方~VS???、変転した正義~

ーーinterlude 1-3ーー

 

 

 それは、あり得ない現象だった。

 先程まで五十にすら満たなかったーー正確にはそれだけしか使っていなかったーー衛宮士郎の魔力。 その彼の魔力が膨れ上がったかと思えば、彼の様子は一変していた。

 まるで熾火のように、渾渾(こんこん)と沸き上がる闘気を魔力へと変え。 それは彼の身体を剣へと鍛え上げる。 目はあらゆる要因を見逃さんと、炯炯としており、口の端は哄笑というよりは、諦めに近い何かで歪めており、細胞と一体となった魔術回路が、点滅するように光り始める。

 それは、酷く矛盾した雰囲気だった。 決して親しい印象を持たせるわけでもないのに、それでもただ敵意を向けるのは、戸惑わせる何かがある。 そんな雰囲気だった。

 

「アーチャー……ですって?」

 

 イリヤーーそう名乗った黒い何かーーが、困惑する。 何故なら、その偽名には、覚えがあったからだ。

 聖杯戦争。 七人の魔術師と、七騎のサーヴァントーーつまり英霊を召喚したその戦いにおいて、七つあるクラスの一つ。 それが、アーチャーだった。

 そして、イリヤがこの世に現界するため、寄り代としているクラスカードこそが、アーチャー。 そのアーチャーと、同じ力を持つ、アーチャーと名乗る何かーーこれはもう、決まったと言って差し支えない。

 動揺するイリヤを尻目に、士郎は事も無げに説明する。

 

「あえて言うのならば、だがね。 昔は偽善者だの、守護者だの呼ばれていたが……今は弓兵という呼び名が、私を現すにふさわしい名だ。 志半ば、勝手に折れてしまった私には、昔の名を名乗る権利すら与えられるべきではないのだろう」

 

 優しい声色なのに。 どうしてか、イリヤには兄の顔に忸怩たるものが浮かんでいるような気がした。 底冷えするような闇の中、どうにか出た声。 それが、兄の中に居る誰かが発した、自嘲だ。

 風が吹く。 兄の髪が揺れ、逆立つように見える。 発起した魔術回路が、燐光の如く生命の光を放つ。

 

「……っ」

 

 ミシ、と頭の奥から痛みが貫く。 イリヤは眉目を押さえるが、痛みは兄を見る度に増していく。

 思考が続かない。

 断裂的に、映像が脳裏に走る。

 のたうつ蛇のように、記憶の欠片が乱舞する。

 

(……チッ)

 

 燃える炎。 掴んだ手。 知っている人の涙、救いへの羨望。 継承する誓い、運命の夜。

 混濁するのは果たして、誰のものだったか? この身に宿す英霊のモノか、それとも違うようで同じ人か。

 とにかく、腹が立つ。 イリヤは知らず知らず、奥歯をギリ、と噛んだ。

 ただ魔力量が増えて、雰囲気が変わっただけ。 それがどうした。 アーチャーのクラスカードと同じ魔術を使うから何だ? 兄の、粟立つほどの異常性を目にしたから、一体何だと言うのだ?

ーー兄の末路を、垣間見たからなんだ?

 

「ふむ、ご機嫌麗しくないようだな。 どうやら病み上がりというよりは……生まれたてと言った様子だが」

 

 千里眼さながらの洞察力は、流石は英霊といったところか。 いや、どうせお得意の解析でも使ったのだろう。

 

「さて、続けるなら続けさせてもらうが、こちらとて余りこの状態は好ましくない。 全てが推論で成り立っている状況でね……何にせよ、私も争いは避けたい」

 

「……ふん」

 

 鼻を鳴らし、イリヤが答える。

 

「何が争いは避けたい、よ。 バリバリこっちの隙を伺っといてよく言うわ。 レディに不躾な視線を送るにしても、そんなに見られると小言じゃ済まないけど?」

 

「レディ、ね……君は自分が、富貴な淑女だとでも? だとしたら、随分と自分を大きく見たモノだ。 刃物を振り回す野蛮な行いをしている時点で、精々騎士崩れが限度だろうに」

 

「……ハ!」

 

 鼻で笑い、イリヤは空の手で虚空を握る。

 投影。 傾いた日の光に照らされ、無名の剣がその右手に顕現する。 鉱石を削り出したそれを、イリヤは士郎へ突きつけた。

 

「半端者なのはお互い様でしょ? こんな力を持ったあなたが、言える義理かしら、アーチャー?」

 

「ふ、これはしたり、と言うべきか。 ま、私の存在そのものが、贋作(フェイク)のようなモノだったな」

 

 士郎を操る誰かは、剣を突きつけられてなお、戦う素振りを見せなかった。 それどころか肩を竦める辺り、隙だらけなのだ。 確かにこちらの隙を伺うような視線を向けてくるが、それはどちらかと言えば……どういう風にイリヤへ対応すれば良いか、コミュニケーションに戸惑っているように感じた。

 気に入らない。 まるで敵と見られていないのか、いや事実そうなのだろう。 ならば、やることは一つ。

 

「じゃ、精々複製品らしくーー潰れなさい!!」

 

 跳躍。 少女の力とは思えない脚力で飛び上がり、イリヤは即座に一角剣を振り上げる。

 剣の投擲。 彼女の十八番だ。 士郎はそれを弾き返していたが、もう遠慮はしない。 低ランクでも宝具であるそれを、破裂することで強力な爆発を叩きつける。 壊れた幻想(ブロークンファンタズム)と呼ばれるそれは、宝具を複製出来るアーチャーにしか出来ない。 だが逆に言えば、アーチャーは魔力さえあれば、いつでもその爆弾を放てる。

 確かに士郎は、この能力の本質が分かっていて、イリヤは理解していない。 しかし、だからこそ士郎が取らない手だって考え付けるし、実行出来る。 裏をかける。

 真実、士郎なら剣で弾こうとして、壊れた幻想(ブロークンファンタズム)の餌食となってしまっただろう。 為す術もなく、その爆発に巻き込まれ、肉片を撒き散らしたハズだ。

 されど、最早そんな法則など通じない。 何故ならばーー。

 

「ふ、剣を投げるのは結構だがな」

 

 彼女が対するは、本物の英霊だからだ。

 イリヤが剣を投げつける、その一瞬前。

 士郎の姿が、消えた。

 

「!?……消えた!?」

 

 何の前触れもなく、まるで蜃気楼のように消えた士郎。 何処だとイリヤは見回そうとして、目を見張った。

 イリヤの後方。 人の脚力では到達出来ない位置に、衛宮士郎は到達する。

 

「ソレでは、私を殺せんぞ」

 

 ガッ、と剣を持った手を、無造作に掴む士郎。 イリヤは振り払おうと、逆の手にも一角剣を投影するが、その前に士郎が彼女から剣を奪い、対応する。

 同じ工程、同じ刀工で鍛えられた一角剣。 袈裟斬りに振るわれた剣は、全く同じ軌道を描き。

 当たり前のように、彼女の持つ一角剣が、砕かれた。

 

「なっ……!?」

 

 どうして。 イリヤは動揺を隠せず目を剥くが、無意識に転移。 しかし地上に着地しても、黒いイリヤは中々平静を取り戻せない。

 それも当然だ。 イリヤの、アーチャーの投影とは、確かに各々の完成度は微々たるものだが違ってくる。 投影するその都度、同じ投影品であったとしても、だ。

 しかし、ここまで違いが鮮明には出ない。 これでは雲泥だ。 あんな、一方的な結果にはならない。

 

「そんなに不思議かね、自分の剣が砕かれたことが?」

 

 余裕綽々と言った感じで、とん、と地に足を付ける士郎ーーいや、アーチャー。 微笑を携える彼は、未だイリヤが投影した一角剣を手にしている。

 

「君が言っただろう? 私の魔術は所詮、偽物だ。 劣化品など、よほどのことが無ければ砕かれる。 それがどれだけ精巧に作られていようとも、な」

 

 呆然とするイリヤに、皮肉を込めて告げるアーチャー。 しかしそんなこと、彼女とて先刻承知だ。 だから、こんな風に混乱している。

 

「……あり得ない。 込めた魔力も、工程も、全く同じハズ……なのに砕けるなんて、一体……!?」

 

「私に解答を求めている辺り、やはり君の剣製は衛宮士郎以下だな。 いくら最適な理論があろうと、正しい工程を踏もうと、理解出来ていないのなら話にならん。 悔しいと思うのなら、解析の魔術でも走らせてみたらどうかね?」

 

「……!」

 

 言われて、イリヤは歯噛みする。 そうだ、あの剣に解析をかければ良かったのだ。 それをしなかった自分にも腹が立つが、アーチャーに言われたことこそが何よりも屈辱だった。

 願望機の一端である自分ですら、正しく使うことが出来ない力。 難儀な英霊を取り込んだものだと思うが、それは置いておく。

 見る。 その剣の完成度を確認し、イリヤは目を細めた。

 

(!……投影の精度が上がってる……?)

 

 解析は一瞬で済んだ。 いや、一瞬というよりは、視界に入れば設計図が浮かんできた。

 

(投影の上書き(オーバーライト)……? いや違う、これは書き換え(リライト)に近いのかしら……)

 

 見てくれだけなら、イリヤの一角剣とそう変わらない。 しかし同じ剣製を使用する者ならば、その細工を見逃さない。

 端的に言えば、彼女の一角剣の構造、基本骨子、それら不十分な要素が、まとめて本物と大差ないレベルにまで引き上げられていた。 魔力を通し、強化しただけではこうはならない。 恐らくアーチャーは、自身の持つ設計図と重ね、中身だけを書き換えたのだろう。 もっと細部まで見通すと、その名残がちらほらと目についた。

 

「……化け物ね」

 

「私で化け物など、そう簡単に言ってくれるな。 これでも若輩者だ、弓兵としても、刀工としてもまだまだ達人の域には届かんよ」

 

 眉を潜めて、不満そうにぼやくアーチャー。 本気で言っているのだ、全くもって質が悪いとイリヤは顔をしかめる。

 アーチャーはなまじ、古今東西あらゆる刀剣、武具に触れてきたから、贋作しか作れない己を忌避しているのかもしれない。 コピーしか出来ないのだから、それは仕方ない。 弓に対しても、大方同じような感情なのだろう。

 しかし、彼女が化け物だと告げたのは、そんなことではない。 一度完成したモノを、己の魔力だけで瞬時に作り替え、宝具にまで昇華させる、その魔術こそが、化け物だと言いたかったのだ。

 

「さて」

 

 気だるげに、アーチャーは一角剣を放り捨て、その呪文を呟く。

 

投影(トレース)開始(オン)

 

 蛍火のような光が弾け、アーチャーの手に握られるのは、無銘の剣二つ。 しかし、その完成度たるや、一目見たイリヤに鳥肌が立つほどだ。 頬にまで伸びた魔術回路が、更に強くその存在を誇示し、アーチャーは言い放った。

 

「さて、どうやら回路が漏電(・・・)しているようだ。 余り時間も無いのでね、小僧が死ぬ前に無効化させてもらうぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude out.

 

 

 

 

 

 

 

 

 熱い。 熱い。 熱い。

 まるで炎の中で、身体全身を直に炙られているような感覚。 バーベキューの肉になってしまったようで、目玉が溢れ、脳は沸騰し、腕は手羽先みたいにカラカラだ。 紅蓮の世界、その中心で、ひたすらこの痛みに耐える。

 あのとき、俺はエミヤシロウの魔術回路と、自身の魔術回路を合わせて、干将莫耶を投影したハズだ。 しかしその回路を使った瞬間、俺はここに引きずり込まれ、魔術回路の激痛に悶えている。

 一体自分に何が起きたのか。 そもそもここは何処なのか。 全身を脅かす痛みに、目すら開けることが叶わない。 ならばひたすら我慢し、この痛みをどうにかするしかない。

 しかし、それもいつまで持つか。 衛宮士郎の意識は既にその八割が溶け、泥のようにベトベトになっている。 焼け付いた意識は、身体を動かす気力すら失わせ、こうしてだらしなく倒れたまま、灼熱の世界から逃げることも出来ない。

 このままでは不味い。 そんなことは分かっている。 もし俺がこの世界に留まり続ければ、たちまち身体は燃え尽きるだろう。 そうなる未来が目に浮かぶ、直感する。

 だが、動けない。

 ドロドロになってしまった身体は、深淵に沈みきっている。 眼球は最早何の意味を持たず、手も足も、立ち上がるための足掛かりすら無いのでは、どれだけの意思があろうと無駄だ。

 

「ぁ、が、」

 

 意識が遠退く。 ちゃぷちゃぷと、液体になった頭から、中身が無様に撒き散らされる。

 陽炎と、熱波。 その二つに、衛宮士郎は為す術もなく焼き尽くされて。

 

 

 

「ーーーーよう。 どうしたよ、正義の味方? 随分と息が上がってんじゃねぇか?」

 

 

 その明け透けな声に、取っ掛かりを見つけた。

 どくん、と無いハズの心臓が跳ねる。 熱波に流れていく身体と意識が一瞬で凝固し、瞳が開いた。

 

「ふーん……まーたド派手に、魔力を放出してるな。 投影ってのは、自傷行為みてぇなモンだろ? 魔術回路が癒着してない状態で、投影なんかすりゃあ、そりゃそうなるさ。 ったく、勝者に何もあげられなかったのをダシにされて、遠坂の小娘に頼まれた(・・・・・・・・・)は良いが……常に居てこれだ。 ま、あの猫被りに何言われようが構わないし、放任でオッケーだろ。 消し飛ばされた俺にゃ関係ねーし」

 

 何の話をしているのか、分からない。 ただ一つ一つの事柄を理解する前に、目でそれを理解した。

 姿形はボヤけている。 ピントがズレたカメラのような視界に、映っていたのは、一人の少年。 全身に入れ墨ーー否、呪詛を刻み付けられたそれは、不良のように足を曲げ、目線を俺に合わせた。

 

「良いか、よく聞けよ衛宮士郎。 事態は最悪に近い」

 

「……な、に……?」

 

「あー分かってる、皆まで言うな。 説明する暇も無いんで、端的に言うぜ……聖杯がまた動き出したぞ」

 

 驚く間もなく、ソレは少し冷めた口調で、続ける。

 

「ご丁寧に、お前だけをロックオンだ。 良かったなモテ男、呪いの奉公女は、お前をご所望だ。 わざわざこんなところへ死にに来てるお前に、説明することでもねーが……ま、これもオプションみてぇなもんだな。 きひひっ。 問題山積みだな、ごくろーさん!」

 

 鼓膜をくすぐるような、ケラケラとした笑い。 話は一割すら、溶けかけた脳では理解も出来ない。 しかし身体は、半端に動く。

 

「おま、えは……だれ、だ……?」

 

「あん? オレか? どうせお前の耳にゃ残らねーよ、やめとけやめとけ。 それよりもしものときは、全身凶器女か、ドSシスターに頼れ。 この世界に長逗留してる最中だ、こき使ってやりゃあ喜ぶさ」

 

 と、話は終わりなのか、徐々に空間から引き剥がされていく。 まるで自分がシールになったかのように、乱暴に剥がされ、浮かんでいく。

 

「それじゃあまたな、ボンクラマスター(・・・・・・・・)。 次会うときは、もちっとワクワクするような状況にしといてくれ。 じゃないと、オレが出張る意味もないしさ」

 

「ま、て……!!」

 

「待たねーよ、衛宮士郎。 それと、あんまり悠長に構えてる暇もないぜ?」

 

 現実へ引き戻される、その直前。 ソレは口の端を歪めると、俺を仰いだ。

 

 

「ーーーー遠坂凛は、そんなに強くないんだ。 あの女を自分のモノにしたいなら、精々自分に負けることだけは、しねーこったな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude 1-4ーー

 

 

 踊る、爆ぜる、踊る、爆ぜる。

 

「チ……!」

 

 今日何度目かの舌打ちは、手に持った刀がへし折れることで掻き消える。 構わず振り下ろしながら、折れた刀と同じモノを投影、その腹をかっさばこうと閃く。

 

「ふんッ!!」

 

 が、再び破砕音。 風のように迫ったイリヤの刀を、雷のような速度で切り落とし、アーチャーは返す刀で柄頭を叩きつける。

 

「うっ……!?」

 

 打撃の箇所は、手首。 しかし岩石を叩きつけることよりもよっぽど手痛い打撃だ、イリヤの身体は泡のように吹き飛び、地面に激突する。

 だがイリヤが思ったのは、痛いという感情よりまず、情けをかけられた、という、一種の悔しさだった。

 アーチャーは強かった。 力、戦略、そして剣製。 その全てがイリヤを遥かに超えているのだ、出鼻を挫くどごろか、全て一手先を取られていた。

 それなのにアーチャーは、イリヤを決して傷つけようとはしなかった。 今回のように、突き放すためや武器を破壊するなど以外は、イリヤへ危害を与えるなどはしなかったのである。

 つまり裏を返せば、それだけ余裕なのだ。 イリヤなど、いつまでも倒せるほどのか弱いモノでしかない。 アーチャーは、そう評価しているのだ。

 

「ふ、もう限界かね、小さなレディ? まだ前菜の段階で地面に座り込むとは、君の家ではテーブルマナーも教えなかったのか?」

 

 耳に入る皮肉に、露骨に舌打ちするイリヤ。 倒れ伏す彼女とは反対に、アーチャーは軽やかな足取りで、投影した刀を投げ捨てる。

 黒いイリヤ、自分と同じ魔術を扱う者。 真の意味で贋作者たる少女を直視し、アーチャーは苦笑する。

 

「……笑えないな。 確かに、自分の力を真似されては、余り気分が良いものではない。 それが不出来なら尚更だ。 が、本当に度し難いのは、聖杯に叶えさせた願いの方だがね」

 

「……あなた、まさか」

 

「そんなに不思議なことかな、聖杯の器たるレディ? これでも真贋を見極めることにおいて、私は他の追随を許さない。 それが聖杯、しかも君のようなタイプならば、腐るほど目にしてきたモノでね。 故に、君の力の源も自ずと知れる」

 

 アーチャーの目にあるのは、仄かな情感のみ。 しかしその情感ですら、余りに複雑で、いくつもの思いが入り交じっているように見えたのは、何も錯覚ではあるまい。 もし先ほど、目にしたモノ全てが真実であるなら。

 目の前の英霊は、イリヤ達に人生を食い潰されたと言っても過言ではないのだから。

 

「大層なモノだ、同時に融通が効かないところも、本当に良く似ている」

 

 イリヤが立ち上がるため、足に力を入れる。 アーチャーはそんな彼女を観察し、新たな設計図を浮かび上がらせ、手に魔力を流す。

 

「止めておけ。 君では、私には勝てまい。 いいや、そもそも一撃を入れることすら不可能だろう。 その程度、私を宿すならばすぐにでも理解出来たハズだが?」

 

「……っ、ぅるっさいッ!!!」

 

 思考を蝕む頭痛など、アーチャーへの怒りで吹き飛んだ。 いや、強制的に麻痺させた。 体の動きを阻害する全ての要因を、無くせと願い、跳ねるようにイリヤは立ち上がる。

 連続の魔術、否、奇跡の行使は、湯水のようにあった黒いイリヤをの魔力を容赦なく奪い続ける。 存在するだけで魔力は消費されるのだ、それに加えて多数の魔術。 既に魔力は底を尽きかけている。

 それでも、勝つとしたらーーもう玉砕覚悟で挑むしかない。

 

「!」

 

 握るは夫婦剣。 しかしその数、何と九本だ。 指の間に挟んだ夫婦剣全てに強化を施し、その形をオーバーエッジへと変える。

 絶壁のような鋭さを持つ、翼の剣。 最早大剣と見間違えるほど肥大したそれを、イリヤは固く握る。

 他方、アーチャーは変わりない。 投影の準備こそ出来ているが、素手のままだ。 様子を見る、それがアーチャーの選択。 だとしたら、逃避は当に不要ーー必殺の一撃、それを入れることすらも是非は問うまいーー!

 

「……一つッ!」

 

 一度目の攻撃。 横から挟撃する形で、夫婦剣を射出。 当然アーチャーは、それを鳥のように身を捩らせて回避。

 しかし、そこでアーチャーの目の色が変化した。 それも必然、何故なら既に、アーチャーの周りにはイリヤの姿はない。

 

「二つ……!!」

 

「、上か!」

 

 響く声は空から。 しかし落ちかけた太陽からは、カラスのように襲いかかる二つ目の夫婦剣。

 瞬間移動。 アーチャーはバックステップしてその攻撃をかわすと、千里眼を使い、即座にイリヤを探り当てた。

 アーチャーの、真後ろ。 死角故、最も狙いやすく、最適解と思われる場所。 されどそれはあくまで定石、使い古された手だ。 ×印に夫婦剣を振ろうとする黒いイリヤを見ず、投影魔術を、

 

「……ほう」

 

 と、そこでアーチャーが感嘆の声を漏らした。

 イリヤの真上と、目の前。 そこには一度目と二度目の干将莫耶が、アーチャー目掛けて迫ってきていた。

 干将莫耶。 その名の夫婦が決して離れないように、この宝具は互いに引かれ合う性質がある。 その性質に着眼し、アーチャーが生み出した必殺の剣が、この鶴翼三連。 それは、完全に同じタイミングで繰り出す三連撃。 イリヤのそれは、劣化していようと、タイミング的にはコンマ辺りのズレしかない。 常人に防ぐことは敵わないだろう。

 が、それを打倒するからこそ、彼は英霊として畏れられるのだーー!!

 

「……ホント、カンの良い男ってキライッ!!」

 

 構うものかと、黒いイリヤは未完成な鶴翼三連を続行。 対するアーチャーも、取った手はシンプルであった。

 名もない剣、一本を投影。 そして、無造作に、だが加減は無しで、剣が舞い踊った。

 やったことはそれだけ。

 それだけで、襲いかかる三つの斬撃全てが弾き返される。

 

「なっ……!?」

 

 たまらず瞠目するイリヤ。

 たった一度の斬撃は、決して速いモノではなかった。 しかし三つの斬撃のタイムラグを一瞬で把握、更には正確に来る順番から叩き落とす等という荒業、黒いイリヤには出来ない。 同じ魔術を使える身でも、あんな技までは知らない。

 これが英霊。 神秘の頂点に座する、人の到達点。 イリヤの背筋を、一種の戦慄が走り抜けた。

 

「これで終わりかね? ならば良い、茶番もここまでにしておきたかったところだ」

 

 チャキ、と今度こそ剣を突きつけ、アーチャーはイリヤに宣言する。 その目は動けば斬るぞと、言外に伝えていた。

 万事休すか。 瞬間移動して逃げたところで、その前にアーチャーの剣に切り裂かれる。 願いを叶える機能も、今回ばかりは答えをカンニングするのも不可能だ。 何せ、答えが無いのだから。

 

「……私をどうする気?」

 

「さてね。 幼女を縛ったり、なぶる趣味もない。 そろそろ凛辺りが、人払いの結界を感知して向かってくる頃だろう。 それまで少しばかり話をするとしようか。 まぁ、私が居なくなれば、記憶が小僧に保持されるか定かではないが」

 

「はぁ……あなたね。 剣を突きつけられて、マトモな話が出来ると思う?」

 

「では逆に聞くが、君は檻から出た虎を放置すると? ソッチがお好みならば、首輪でも嵌めれば満足なのかね?」

 

 取り入る隙もない。 話術で勝負するのも無理そうだ。 こりゃ本格的に負けた、後はどう情報を渋るかーーそう、イリヤが術策を練ろうとしたであった。

 

「……ぐっ、ッゥ!?」

 

 唐突に、アーチャーが胸の辺りを押さえた。 苦しげな表情は、明らかに並大抵の痛みでは無いだろう。 英霊たるアーチャーが苦しむなど、イリヤには想像を絶する痛みに違いない。

 

(……魔術回路が閉じて……いや、あれは……まさか……!?)

 

 見れば、爛々と輝いていた魔術回路が、ショートしたようにプスプス、と焦げ付いたような音を発し、次々と閉じていく。 目視するだけで、おおよそ二十七程度か。 まるで指先で押し付ければ消える、水性ペンのようだが、それをなぞるように湧き出す魔力に、イリヤは怖気を感じた。

 そう、何故ならアレは、

 

(……聖杯の、魔力……!?)

 

 ドス黒く変色しているが、間違いない。 慄然とするイリヤの前で、アーチャーは更に呻き声をあげ、ついには剣を取り落とし、膝をついた。

 

「!」

 

 チャンスだ。 黒いイリヤは即座に、アーチャーの落とした剣を蹴り上げ、キャッチ。 剣先をアーチャーの首元に押し付けた。

 

「はっ、ふ、ぐ、……!!」

 

 どさ、とコンクリートに落ちる音。 それはアーチャーが、ついに地に伏した音だ。 イリヤが立ち上がっても、アーチャーは何度も呼吸を繰り返し、目をすがめている。

 何が彼に起こっているのか、分からない。 とにかくイリヤから見て、アーチャーはもう戦える様子ではない。

 

「は、ぐ、ぅ、……!?」

 

「……随分と優しいじゃない。 ジェントルマンか、バトラーにでもなった方が良いわ、あなた」

 

 皮肉を返すことも出来ないのか、アーチャーはただ険阻な顔を作る。 それに応じるように、イリヤは鼻を鳴らした。

 正座するように倒れ伏すアーチャーは、頭を垂れている。 余程切羽詰まっているのだろうか、そこから動くこともない。

 

「ふふ、まるで時代劇みたいね。 確かカイシャク、だったかしら……まずはあなたが居る部分を切り取らないと」

 

 くるん、と逆手に持ち換え、剣を振り上げる。 少女の目は、宝石のように輝いて見えたが、その実濁っているようにも見えたのは気のせいか。

 

「バイバイ、名も知らない英雄さん。 お礼に一撃で終わらせてあげるわ!」

 

 剣が、銀光へと変わる。 決して遅くない銀光は、まさしくアーチャーの、士郎の首を切断しようと振り下ろされていき。

 その刃が、肉に到達しようかという間際、頭上の魔力がうねった。

 

「!」

 

 アーチャーか腹立たしい奴だったのか。 それともそれだけ、自分も疲弊したのかーーどちらにしろ、気が付くのが遅れた。 黒いイリヤは、瞬時に剣を跳ね上げる。

 キン、という衝撃。 バレーボールほどの魔力弾を弾きつつ、投影した剣をブーメランのように投げつけた。

 

砲撃(フォイア)!!」

 

 可愛らしい声とは裏腹に、高密度の魔力砲と剣が接触。 空中で爆発を起こし、たまらず黒いイリヤは下がった。

 黒いイリヤが、視線を上に移す。 そこには怒りを魔力に変えて、黒いイリヤをねめつける美遊が居た。

 

「衛宮くん!!」

 

「シェロ、無事ですか!?」

 

 美遊が牽制している間に、凛とルヴィアが士郎へ駆け寄る。 彼の状態と辺りの傷跡を見て、只事ではないと悟り、すぐに凛は士郎ーー精神はアーチャーだがーーを抱き上げる。

 

「酷い……一体どんな魔術を使えば、こんなボロボロになるまで回路が焼け付くのよ……衛宮くん、分かる!?」

 

「……凛、か……?」

 

「へ?……え、衛宮くん……?」

 

 かすれるような声だが、耳には入ったのか。 目を丸くする凛に、彼は沈みながら告げた。

 

「……衛宮、士郎に伝えろ……投影は、使うな……でなければ、己が心に……」

 

「衛宮士郎に伝えろって……ちょっと、それどういうこと? 何言ってるのか、もっと分かる言葉で……!」

 

「なに……すぐに分かるさ、君ならば……」

 

「だーからアンタが話しなさいってば!? 聞いてる、ねぇ!?」

 

 ふ、と士郎の身体から力が抜ける。 彼に取り憑いていたモノが、離れたのだ。 凛は何度か士郎の体を揺すったものの、それだけ。 士郎は目を覚まさない。

 が、それはまた後で良い。 凛の前に立って、ルヴィアが堂々と言った。

 

「……シェロを傷つけたのは、あなたでよろしいのかしら?」

 

「だったら?」

 

 その答えに、それまで無表情だった美遊の顔に、抑えきれぬ憤怒が沸き上がる。

 

「決まってる……敵は殺す。 彼を傷つけるなら、この世に残す道理もない……!!」

 

「あら怖い。 じゃあやる? 言っておくけれど、私、あなた達に用は」

 

 ないのよ、と黒いイリヤは言おうとして、言葉に出来たのはそこまでだった。

 ドン、と。 黒いイリヤの髪を裂く、弾丸。 それは淡い桃色の魔力砲だが、そこに込められた魔力は、今までの彼女と比べると三分の一もない。 しかし一点集中した魔力弾ーーいや魔力刃は、背後にあったコンクリートの壁すらも一閃する。

 

「……なんてことするのよ……」

 

 底冷えするような声は、既に憤怒など通り越し、泣きそうでもあった。 黒いイリヤ以外の誰もが唖然とする中、美遊の隣で、俯いたままのイリヤは、ぎゅっ、とカレイドステッキを握りーー黒いイリヤへその激情をぶつける。

 

「わたしの顔で……お兄ちゃんに、なんてことするのよぉッ!!」

 

 走るは、先程と同じ魔力刃。 その切れ味は、黒いイリヤも視認している。 すかさず投影を行い、受けの体勢に入らんと夫婦剣を重ねる。

 しかし動いていたのは、イリヤだけではなかった。

 

「はっ!!」

 

 砲撃、美遊だ。 イリヤとは違い、その出力は砲撃の名に恥じない、大火力。 魔力刃を追う形で、それは黒いイリヤへ向かう。

 

「チッ……!?」

 

 不味いと思ったものの、空間転移しかけて思い止まる。 黒いイリヤの手が、一瞬だけ形を無くしかけたからだ。 それで自身の現状を省みる。

 

「ハァ……ま、仕方ないか」

 

 黒いイリヤは夫婦剣を交差したままだ。 どうするのか、全員が見守る中で、攻撃が着弾する。

 爆風。 黒いイリヤの姿は一瞬で見えなくなる。しかし魔法少女の二人は、まだ終わっていないと感じたのだろう、追撃にと魔力を集束し始める。

 爆風が晴れる。 緊張に包まれる場で、四人が目にした黒いイリヤは、驚きのモノだった。

 両手を上げて、万歳。 すなわち、降参するということだった。

 いきなりの表明に誰もが目を疑う中で、黒いイリヤは淡々と告げる。

 

「はい、コーサン……今の私には、あなた達四人の相手は、ちょーっと分が悪いわ。 だからはい、負けてあげる」

 

「……ふ、ふざけないで!!」

 

 余りに唐突で勝手な降伏に、イリヤは激怒する。

 

「勝手に現れて、お兄ちゃんを傷つけて!! それで負けてあげるって、あなた何なのよ!?」

 

「何なのよって、分からない? あなた自身よ、イリヤ?」

 

「!……、この……!!」

 

 沸点など越えて、マグマのような怒りがイリヤの頭を占領していく。 手が勝手に動き、イリヤは太股に付けられたカードケースに手を添えるが、それを美遊が止めた。

 

「美遊……どうして止めるのっ!?」

 

 止めた美遊は、やはり無表情だった。 しかし前髪に隠れた眉間は、ぴくぴくと動き、堪えていることは一目瞭然だった。

 

「気持ちは分かる。 けど、イリヤはお兄ちゃんの側に行ってあげて。 家族が苦しんでいるなら、側に居なきゃダメだから」

 

「……美遊……」

 

「この娘は私が見ておく。 だから、行って」

 

 美遊に言われ、イリヤはいかに自分が浅慮だったか、思い知った。

 そう、士郎が倒れているのだ。 それなのに感情に支配されて、今も苦しむ士郎を放っておいて良いハズがない。

 この少女は、美遊が相手をしてくれる。 イリヤはそう言い聞かせて、士郎の元へ駆け寄った。

 

「……美遊も行きたいくせに」

 

「黙れ。 それ以上喋るなら、消し飛ばす」

 

 にべもない美遊に、ニヒルに笑いかけ、大人しく黒いイリヤは息を吐いた。

 戦いは終わる。

 だが様々な謎と爪痕が交錯し、日常は引き裂かれた。

 

 日が落ちていく。

 

 夜が、また始まった。

 

 


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