Fate/kaleid night プリズマ☆イリヤ 3rei!!   作:388859

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お待たせしました、すまない(竜殺し感
どうも、388859です。 いやー、セイバーウォーズ凄いですね。 最後のデイリークエとかディスガイアかと思いましたよ……フレおき太と赤王ちゃまつよい。 赤王ちゃまスキル追加でホント強くなったなぁ。

あと、月一更新の身でアレなんですけど、次回は少し間が空きます。 そこら辺は活動報告に書くのでよろしくお願いします。



昼~黒の記憶Ⅰ/VSアサシンverβ~

ーーRewind/interlude2-1.5ーー

 

 

 捕まってしまったのは、どう考えても兄のせいだと思う。 大人しくしていれば、今頃彼の意識を奪って、イリヤを絶望に叩き落とせたのに。 抵抗されるだろうとは考えていたが、あそこまで手酷くやられるのは想像もつかなかった。

 エーデルフェルト邸、地下。

 それが今、わたしがぶちこまれたブタ箱だった。

 

(……イリヤがそんなに大事なのかなぁ)

 

 やれやれと肩を竦めたくても、カチャカチャと体中から擦れる音が鳴るだけ。 それもそのハズ、今この体は十字に立っている鉄柱に、鎖で繋がれているのだから。

 ここに閉じ込められ、十時間程度が過ぎる。 陰鬱なここでは、灯りもなく、勿論雑貨などもない。 出来ることと言えば思考の反芻だけだ。

 色々なことを考えて、暇を潰していたが、それのせいで嫌でも現実に直面してしまった。

 わたしは、イリヤに戻れるのか。

 何度考えても、それは無理だろうという結論になる。 確かにこの世に生まれ落ちたとき、わたしが産声をあげた。 名前を付けられたのだってわたしだった。 しかしそれを奪われた今、イリヤという存在は、あの偽物が居座ったせいで、そういうモノに定着してしまった。

 イリヤと呼ばれ続け、学校に行き、友達を作り、将来を語る偽物は紛れもなく、過去のイリヤであるわたしとしては許せるモノではない。 しかし同時に、誰もがイリヤと呼んでいるのはあちらで、わたしはその影に隠れていた、轍のようなモノに過ぎない。 例えイリヤを殺し、その場所を奪い返しても、それが自ら作り上げた世界でないのならば、いつか振り返ってしまう。 こんなハズではなかったのにと、世界に潰される。

 仮に周囲に認めさせたとしても、自分がそれに納得出来なければ意味がない。 そしてわたしには、それが痛いほど、よく分かっていた。

 

(だって)

 

 自分が羨んだ景色が。

 あのイリヤが手にした世界こそが、わたしが本当に欲しかった世界で。

 他でもないあのイリヤの手を引いた衛宮士郎だからこそ、わたしは愛して。

 だからこそわたしは、この世に生まれたかった。

 

「……柄でもないわね……」

 

 分離してから、感情の揺れが激しすぎる。 ナイーブになると、とことんナイーブになる辺り、案外その箇所は偽物と変わらないのかもしれない。 そんなの真っ平御免だが。

 昼間は興奮していたが、冷静に考えたらこの先など真っ暗すぎて反吐が出そうだ。 不安な気持ちで一杯にならないよう努めてはいるが、それを抜きにしようにも、今の自分はあの家族の輪に入ることが出来ないことだけは確定している。 ならばどうするべきか。

 簡単だ。 兄や両親、偽物ーーイリヤと話す。 そしてわだかまりを一つずつ、解いていく。 それしか道はない。

 

「……最悪」

 

 吐き捨てる。 奥歯と奥歯を噛み合わせ、歯痛を堪えるようにしかめる。

 和解? 対話?……そんなことして、どうにかしたら、自分が欲しかったモノは手に入るのか。

 ああそうだろう。 両親は、兄は、イリヤは、そんな自分を手厚く家族として迎える。 そうして幸せに、安っぽいホームドラマのような日々に自分も入れる。

 しかしそれは、今まで奪われたモノを帳消しに出来るほどのモノなのか?

 何だかんだで許してしまったら、自分が苦しんだ意味は何なのだ。 泣いて、叫んで、本音をぶつけ合って、それで何もかも許してしまえば、それでわたしが苦しんだことなど全て打ち消せるのか?

 わたしが苦しんだことなんて、無かったかのように。

 

「……子供よね」

 

 結局、自分は救われたいのだろう。

 だがきっと、ただで救われたいわけでもないのだ。

 報いは受けさせる。 そうでなければ、気が済まないだけ。 正常に戻る前に、痛い目に合わせたい、それだけの我が儘。

……どうしようもないとは思うが、かと言って躊躇うことはない。 それすら許されないのなら、それは生きているとは言えないから。

 と、そのときだった。

 

「っ、……つ」

 

 頭痛。 イリヤと分離してから、数時間ごとに度々起こるようになったそれは、頭の奥を中心に痛む。 無数の針が肉を掻き混ぜるような、本能的に恐怖を覚える痛み。

 今まで通りなら、すぐ消えていた。 しかし今回はそうは行かなかった。 それを意識した途端、爆発的に激しさを増す。 針ではなく剣が、内側から食い破るように突き刺すイメージ。 痛みは一気に頭から喉、胸、腕と、全身に広がっていく。

 

「か、っ……は、……!?」

 

 ぶるり、と体が震える。 全身から、冷たい汗が噴き出す。 針の筵どころの話ではない。 これでは剣の筵だ。 目の前が真っ暗になり、幻覚すら見てしまいそうなほど。

 そして。

 記憶が。

 牙を剥く。

「……ぁ」

 

 そのとき、自分は分かってしまった。

 何故ならわたしが見た記憶は。

 

「……うそ……、そん……な、どう、して、……」

 

 英霊エミヤ。

 未来の衛宮士郎が成り果てる地獄の底と、それを否定した兄で。

 この世界の兄が、あの世界の兄なのだと、理解してしまったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーRewind out.

 

 

 

 

 

 

 

 

 カレン・オルテンシア。

 元の世界では、冬木市にある教会の後釜として、司祭代行の任についた修道女。 性格は一言で言えば、横暴。 丁寧な言葉使いとは裏腹に、教会への報告は偽証するわ、あの遠坂に真っ正面から手袋……というより、聖書を叩きつけるわ、もうそれはやりたい放題だった。 その割りには神を信仰する者らしく、的確な助言や説教などもするもんだから、一概に悪とも言えないのがまた困ったところなのである。

 余り死人のことは言いたかないが、言峰がもし生きていたのなら、さぞ冬木は住みにくくなっていただろう。 何せエセ神父にエセ修道女のコンビだ、俺達魔術師の限界値を余裕でぶっちぎる最強のタッグである。 そういう意味では、あの神父がくたばっていて本当に助かった。

 そんなところで、カレンの人柄が分かったとは思うのだが。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 保健室。 そろそろ低学年は授業が終わるーーそもそも授業が再開されているかすら分かってないがーー頃。 カレン、クロ、そして俺の三人は、何故か俯いたまま黙り込んでいた。 カレンは何やらノートにさらさらとボールペンを走らせ、クロはそんな彼女を威嚇するようにねめつけている。 俺はクロの隣で身動き出来ず、その様をベッドで眺めていた。

 カレンとの再会。 最初はこの世界のカレンかと思っていたのだが、瞬時に理解した。 アレは自分の世界に居たカレンだ。 第二魔法の一端に触れたことで、恐らくそういったことに敏感になったから、気づけたのだろう。 聞きたいことは沢山あったが、それを口にする前に、カレンがこう言ったのだ。

 

「少し彼と話したいことがあるので、あなた達はここから出ていってもらえるかしら、凛、ルヴィア。 クロは残っていても結構よ」

 

 少しの遠慮もない。 カレンのこういうズバズバしたところは、一歩間違えればガンをつけるようなモノである。

 これに、遠坂達は猛反発するんじゃないかと思っていた。 しかし結果はあっさりと了承。 大人しすぎて、逆に怪しかったぐらいなのだが、聖骸布にベッドで拘束された俺には為す術もない。

 そうして人数も減り、些か喋りやすくなったかと思っていたらーーずっとこの状態である。 カレンはノートにペンを走らせ、クロは親の仇でも見るような目付きだ。

 カレンもクロも、何がしたいのか分からない。 カレンは最初から予想なんて意味のない奴だから除外するとしても、クロの異常なまでのカレンへの敵意は何なのだろう?

 俺が眠っている間、一体何があったのか。 知りたい気持ちは大きくなるばかりだが、この空気を吹き飛ばす勇気が俺には無かった。

 

「……わたしを睨んでいても、何かが得られるわけでは無いと思いますが」

 

 根負けしたのか。 カレンはそう言って、視線を向ける。 それにクロは、にこやかに笑ってみせた。

 

「お生憎。 わたしはあなたみたいに達観してるのを装って大人ぶってる奴が、一番嫌いなの」

 

「あら、奇遇ね。 わたしも同じよ。 身の程を弁えない犬がキャンキャン吠えていると、咄嗟に蹴りたくなってしまうところだわ」

 

 妙な緊張感の中。 そんな応酬など無かったかのように、さて、とカレンはノートを閉じる。 こちらへと向きを変え、

 

「そろそろ拘束されることに悦を覚えて貰っても困りますし、話をするとしましょう。 良いですね、衛宮士郎?」

 

 良くはない、という不平を、口の中に押し込む。 カレンが何故ここに居るのか、俺はどうやってここに飛ばされたのか。 遠坂達は元気なのか、聞くべきことは山程ある。

 しかし、今はクロが居る。 それを言うべきタイミングではないし、悠長に話している時間もない。

 

「大いに不満だらけだけど……こっちも時間がない。 早いところイリヤを探さなきゃいけないからな。 余計なことは良い、さっさと話してくれ」

 

「話が早くて何より。 では一つ尋ねますが」

 

 と、カレンは前置いて。

 

 

「あなたはイリヤスフィールとクロ、どちらを助けるつもりですか?」

 

 そう、訳の分からないことを、言った。

 

「……は?」

 

「あら? そんなに難解な質問かしら? わたしはイリヤスフィールとクロ、どちらを優先するのかと、そう尋ねただけですが」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ……」

 

 質問の意味が分からない。

 質問の意味を見いだせない。

 イリヤとクロ、どちらを助けるのかだって?

 何故今更そんなことを確認する? 分かりきった答えを、今更。

 

「……俺、は」

 

 心がざわめく。 言うべき言葉は、既に答えとして心にある。 エミヤシロウならばきっと、こうするだろうという答えが。

 変えようがない。 目を背けたくなるほどに。

 しかし、よりにもよってそこで自分自身が、その答えに待ったをかける。

 

「……俺は、イリヤの、家族で……クロ、は……俺の、妹で……」

 

 ざ、ざざざっ、と。 ここで過ごした兄としての記憶が、白濁していく。 違う記憶と混ざっていく。

 正義の味方、衛宮士郎としての記憶と。

 

「……でも、俺は……」

 

……そうだ。 クロはイリヤを襲った。 そこにどんな思惑があったとして、イリヤが悲しみ、学校の人々を危険に晒した。

 それを。

 家族だからと、争いの種を。

 正義の味方が見過ごすのか?

 

「……違う……っ」

 

 それは違う。 まだクロが危険と決まったわけじゃない。 いや違う、そうじゃない……そんな風に何でも善と悪で考えるんじゃない、今の俺はイリヤの兄貴なんだ……!!

 

「……俺は」

 

……そうだ。 お前は裏切るのか、エミヤシロウを。 この世界で誰よりも家族を愛し、出会えたならクロをも守ろうとしただろう男を。 あの男が見た景色を、自分は覚えているんだろう。 何より切嗣が夢を捨ててでも守ってきたこの世界を、お前が壊したことを忘れたのか?

 この世界を裏切れば、衛宮士郎はこの先どんな救いの手を伸ばされても、その手を取ることは出来ないだろう。 何故なら、この世界には衛宮士郎が失った全てがある。 それを捨て去るのは、これまで自分が尊いと思った全てをもう一度捨てることと同義だからだ。

 だが、

 

「……俺、は……」

 

 仮に。 仮に、クロを助けるとしよう。 しかしその後、自分はどうする?

 イリヤは最初から、クロを気に入っていなかった。 その溝は今回で取り返しがつかないほど深くなったと思って間違いない。 必殺のゲイボルクを使ったのだ、決定的だろう。

 ならば、自分が間に入って、二人の仲を保とうとする? 馬鹿な、出来るハズがない。 この二週間、話すことすら出来なかった自分なんかに。 イリヤから避けられ続けた自分に、一体何が出来るというのか?

 そしてもし和解したとして、今回の件は尾ひれを引く。 どんな会話があったかは知らないが、相手を殺そうとした(・・・・・・・・・・)という事実は心の隅に残ってしまう。 そうなれば、この先、どんなことがあったとしても、その事実を払拭することは不可能だ。 最後には対立し、やっぱりそうなのかと殺し合う。

 全て仮定の話だ。 しかし現に二人は殺し合った。 一度殺し合ってしまったなら、もう歯止めはかからない。 対立したときには、殺し合うことに躊躇うこともないだろう。

 だから。

 だから。

 だから。

 もし。

……そうなってしまう危険が、少しでもあるというのならば。

 それを取り除くことこそが、正義の味方なのではないか?

 

「ねぇ」

 

 横合いから、声がする。

 クロ。 家族。 守るべきモノの一つ。

……本当に?

 それは、イリヤを傷つけてでも?

 

「あなたは家族を守る、そうでしょ。 違う、お兄ちゃん?」

 

「……、」

 

「?……お兄ちゃん?」

 

 訝しげに、顔を曇らせる。 その顔はイリヤと同じ、無垢で、幼い、妖精のような不思議な雰囲気がある。

……今なら、まだやり直せる。

 エミヤシロウが守ろうとした世界。 切嗣が、イリヤが、幸せに過ごしている世界。 その世界をこれ以上壊さないと、そう誓ったのなら。

 (家族)を生かすためにーー()を殺すことこそが、正義だとしたら。

 

「……ふざけやがって……」

 

 たまらず、毒づいた。 自分の凝り固まった理想へと。

 そう、それこそ裏切りだ。 エミヤシロウは言ったのだ、家族を守りたいと。 あの男なら、切嗣ならば、クロのことも受け入れる。 イリヤだって助ける。 だからクロは殺せない。

 だから、なのに。

 もう一つの声が囁く。

 裏切るのか。

 お前はあの日見ないようにして、聞かないようにして、封じ込めた人々を。

 あの日自分に夢を託した、命を救ってくれた爺さんのことを、他ならぬお前が裏切るのか?

 

「、っ……」

 

「お兄ちゃん? ねぇ、本当に大丈夫? 顔真っ青だけど……」

 

 えずき、堪える。 クロに大丈夫だと返したが、喋ることすら辛いのが現状だ。

 イリヤを助けるにしても、クロを助けるにしても。 俺はどちらを助けても、誰かを裏切る。 何よりも守るべき誰かを、裏切る。

 そもそもにおいて。

 この選択は、奪い、居座っている俺ごときがして良いモノなんかじゃない。

 悪夢でも生温い選択。

 どちらを、選ぶべきか。

 

「……選べない……」

 

「え?」

 

 半ば無意識に。 その答えを出す。

 

「俺は……選べない。 どっちを助けたいのか、俺は、分からない」

 

 瞬間。

 冷や水をかけられたように、空気が一変した。

 

「……なによ、それ」

 

 クロの声が何処までも冷たかった。 しかしそれは、機械のような冷たさなどではない。 感情を押し殺し、震えながら、だからこそ鋭い刃のような冷たさだった。 まるで沸々と、少女の体の中で、高熱のマグマが作られるような。

 

「じゃあ聞くんだけど。 お兄ちゃんはどうして、魔術を使ってでも他人を助けようとするの? その魔術は、家族を助けるために学んだんじゃないの? 深く、一寸先も見通せない闇が渦巻いている、魔道に」

 

「……それは」

 

「それは?」

 

 横へ視線をやる。

 ささやく声は、いつになく硬かった。 ざらざらとした、砂のような手触り。 クロは真っ直ぐと、強い意志の籠った目を向けてくる。

 

「ねぇ……どうして、わたしを助けたの? あなたはイリヤの兄のハズよ。 あのとき、わたしはイリヤを本気で殺そうとした。 それに対して、イリヤは抵抗した。 それだけのことだった。 アレもかなり本気ではあったけど、致命傷を避けるぐらいならまだ何とかなった。 なのにどうして、イリヤじゃなく、わたしを助けたの?」

 

「……そんなこと、今更聞かなくたって分かるだろ。 これから家族になるんだ、助けるに決まってる」

 

 そうだ。 家族だから助ける。 それ以外に理由などない。 それが今は亡きエミヤシロウに誓った、自分なりの贖罪だ。

 クロはそんな事情は知らないだろうが、家族だから助けるという理由は、とっくに判明していたのだろう。 だからこそ。

 

「だったら、尚更分からないんだけど」

 

 止まらない。

 

「何が?」

 

「だって家族を助けるのなら」

 

 滑り落ちたボールのように、その言葉が頭を殴打する。

 

「わたしを助けるのもそうだけどーーあのときわたしの後でも、イリヤだって助けなきゃいけなかったんじゃないの?」

 

「……ぁ」

 

……ああ。 その言葉で、分かってしまった。

 自分はどう頑張っても。

 エミヤシロウのように振る舞うことは、出来ないんだと。

 

「確かにわたしを助けたのは、人として褒められた行為よ。 それは認めるわ。 でも、あなたはそのためにイリヤを犠牲にした。 わたしに味方して、イリヤを責めた。 これは家族に対する行動じゃない、他人への対応よ」

 

 そして、クロは言った。

 

「……あなた、ホントにお兄ちゃんなの?」

 

……まさか。 嫌な、嫌な汗が、全身から噴き出す。 毛穴から滝のように流れる。

 バレているのか。 あの秘密が。

 俺がこの世界のエミヤシロウじゃないと、気づいているのか。

 そんなわけがないとは言い切れない。 そう、クロはアーチャーのクラスカードを身に宿している。 もしその記憶を覗いていたとしたら、俺とエミヤシロウの違いにはすぐに気付ける。

 目が離せず、口も開くことも出来ない俺に、クロは更に付け足す。

 

「……もう良い。 約束も嘘なんでしょどうせ」

 

……約束? 何よりも先に困惑が来る。 それに恐怖が芽生える。

 思い出そうとして、思い出せない。 同じだ、何も残っていない。 決して忘れてはいけないと、強く思っていたのは覚えているのに、肝心の記憶が欠片も残っていない。 どんな約束をして、クロがどんな顔をしていたのか、覚えていないのだ。

 必死になって、その記憶を手繰り寄せようとする。 しかし見つからない。 そんな葛藤を、感じ取ったらしい。

 クロがベッドから降りる。 軽やかに、しかし後腐れが無さすぎて、いっそ他人にされたのかと思えるほどに。

 だが振り返ったその瞳や顔には、悲しみや怒り、やるせなさなど、幾つもの複雑な感情が詰まっていた。 そんな潤んだ顔をさせたのが自分だと、思いたくないぐらいの顔だった。

 

「……おとーさんなら、わたしもイリヤも助けてくれるのに。 お兄ちゃんは助けてくれないんだね」

 

 きっと。 人を呪わば穴二つとは、こういうことを言うのだろう。

 俺が与えた、この世界への呪いは。

 確実に周りの人間を不幸にしていることを、ようやく身を持って知った。

 

「……気が変わったわ。 あなたに免じて止めてあげても良かったけれど、やっぱりイリヤは殺す。 そしてあなたも殺す。 みんな殺す」

 

「……!」

 

「次会ったら、そのときは和解なんて考えない方が良いわよ。 じゃ、また」

 

 クロが窓を開け、そこから飛び出す。 待ってくれなんて言葉は言えるわけがなかった。 そんな資格無いと思った。

 その後ろ姿に、何も言えず、手で顔を覆った。 いつの間にか聖骸布は体から外れていたのだが、それでも心が動かなかった。

 と。 カレンがそこでやっと、口出しする。

 

「随分と酷いフラれ方をしたものです。 ああ何と痛ましい顔でしょう、額縁に飾りたいほどです」

 

「……」

 

「……難儀な人ね、本当に。いっそ言ってしまえば楽なモノを、こうまでして守ろうとするなんて」

 

 それっきり、傍観していた彼女は何も言わなかった。理解に苦しむというより、ただ呆れたのだろう。

 これが限界なのか。

 先送りにしていた問題が、ついに俺の前に現れたときだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude5-7ーー

 

 

 青と桃の魔力が荒れ狂う。

 

砲射(フォイア)!!」

 

 寸分違わぬ詠唱と共に、二匹の蝶から放たれるのは、魔力の塊。 単純な魔力の塊であるが故に、その威力は並みの魔術師どころか当代屈指の名家ですら、後塵を拝するだろう。 それほど二匹の蝶が使用する魔術礼装は、圧倒的な礼装なのである。

 対し、二匹の蝶を空に見据えるのは、アサシンーー佐々木小次郎。 乱れた髪を激しく揺らしながら、しかし華麗に、演舞を行うようにかわしていく。 まるで彼の演舞にイリヤ達が合わせるかのような、そんな光景。 一体誰が、この光景を見て、果たし合いだと思うだろうか。

 しかしそれも、当然のこと。

 アサシンにとって、空を飛ぶ生き物など、さして脅威に値しない。 何故なら彼は、ただその手に持つ一刀ーー物干し竿で、風のように飛ぶ燕を斬った、それだけの人間に過ぎない。 しかしその燕を斬るためだけに人生を捧げーーそして英霊となった今、彼にとって空とは、己の戦場も同然なのだ。

 

「ふむ、芸がないのも考えものよな」

 

 陣羽織の切れ端を踊らせ、アサシンはつまらなさげに。

 

「私は剣を振るうことしか出来ない農民崩れだが、そちらは魔術師ですらない。 いやはや気が乗らんとは言った身でもう一度言いたくないが、蝶は蝶らしく花を愛でるのが一番良かろうに」

 

 幽鬼のように体を揺らすアサシンは、未だ剣を使っていない。 構えすらせず、自然体のまま右へ、左へと足を運んでいる。

 そして攻撃を避けられ続けるイリヤは、その姿に恐れを抱く。

 

「……まるで当たらない、何なの……!?」

 

「恐らくセイバーの英霊とは真逆のタイプですね。 あちらは性能に言わせた戦車、こちらは機動性などを重視した最新ヘリってところでしょうか。 正直に言って、かなりやりにくい相手ですよ、イリヤさん」

 

「……遠距離は避けられる。 かと言って近距離だとあの長い刀で懐に入る前に切り捨てられる。 なら」

 

「中距離での広域攻撃、もしくは遠距離近距離の役割を分け、同時に攻め込む。 この二つならば、あちらも隙を見せてでも対処せざるを得なくなると思います、美遊様」

 

 しかしそれでも、あの同時砲撃の連続を脚力だけでかわすアサシンならば、ミドルレンジなど物ともしない踏み込みが可能だろう。 それはイリヤでも分かる。

 考えてみれば、意思を持つ英霊など初めてだ。 これまで戦っていた英霊の現象は、ただ暴れていただけで、英霊としての力を発揮出来ていたとは言いづらい。 その点、このアサシンはステータスこそ低いものの、こと戦いの巧さでは今までのどの英霊よりも上であり、攻め切れないのだろう。

 だがこのままでは埒が明かない。 相手に先手を取られては、為す術もなく美遊と一緒にあの剣の錆びとなるだけだ。 が、

 

「……わたしが切り込む」

 

「ミユ……!」

 

 それより中距離で安全に。 そう言う前に、美遊が作戦を告げた。

 

「広域に渡る魔力弾は隙が出来やすい。 二人とも隙を見せた瞬間、アサシンならすぐに空中でも距離を詰めてくると思う。 だったら近距離と遠距離で同時に攻め込む方がまだ安全」

 

「で、でも……」

 

「美遊さんの言う通りですよ、イリヤさん。 それに今のあなたでは近距離の足止めは難しい。 ここは美遊さんに貧乏クジを引かせた方が、結果として生き残る確率が上がりますしね」

 

「大丈夫、剣の心得なら少しはあるから。 イリヤとルビーはサポートを、サファイア!」

 

 美遊の一声に応え、杖の先端から刀身が伸びる。 あのセイバーやバーサーカーの戦闘にも耐えた、頑丈な剣だ。 それを手に、美遊は足場を固めていた魔力の制御を一旦放棄、体を九十度回し、再度足場を作る。

 そして、跳ぶ。

 

「フッ!!」

 

「む?」

 

 ロケット染みた加速。 アサシンが眉を潜めたときには、美遊は既にステッキを振り下ろしていた。

 甲高い金属音。 火花を散らし、つばぜり合う。 にっ、とアサシンが笑みを溢す。 途端に均衡が崩れる。 アサシンがその手の刀をするりと滑らせ、ステッキに沿って最短距離で美遊の首を切り落としにかかるーー!!

 

収束砲射(シュート)!」

 

 声は真上。 アサシンはすぐにそれを察知し、攻撃をわざと中断しながら首をくい、と横に倒す。

 首があった場所を素通りするのは、細く凝縮されたイリヤの収束砲。 しかしその位置は不味い。 アサシンが避けたことで、それが一転して美遊に襲いかかる。

 

「っ、サファイア!」

 

 腕力の強化に回していた魔力で障壁を作り、まずはアサシンの刀を受け流す。 同時に強化された脚力で収束砲を避け、ひとまず距離を取る。

 無論、そこを見逃すアサシンではない。 美遊やイリヤの背丈にも迫る刀を閃かせ、その首に狙いを絞り、振るう。

 

「っ……ルビー!」

 

「え? あ、ちょ、イリヤさん!?」

 

 自分のせいだ。 イリヤは慌ててステッキを美遊と同じ剣へと変換、ルビーの制止も聞かずにアサシンへと切りかかる。

 美遊もそれに気付き、歯噛みしたが、それどころではない。 アサシンの剣は一刀一刀が必殺。 急所だけを狙うと言えば防ぎやすいのかもしれないが、それが英霊となれば別だ。 洗練された剣を一つでも避けるのは、精神的な疲労が凄まじい。 むしろよく防いでいると言ったところだろう。

 ならばーー二人ならいけるか。 しかしそんな考えは甘過ぎた。

 

「ふふ、これは驚いた」

 

 上体を逸らし、イリヤの剣を回避。 そこから流れるように剣の柄を握り、美遊と位置が入れ替わる。 そう、丁度剣を振り終わったイリヤが着地したところを狙える位置に。

 

「させない……!」

 美遊がそれを阻止するため動き、同時にイリヤも反撃はさせまいと剣を突き出す。 挟撃になった二振りの剣。 カレイドステッキの効果で、達人とは言わずとも剣のスキルを持った二人の剣を同時にかわすのは至難の技だ。

 

「英霊に挑む時点で肝が据わっているとは思っていたが……まさかこのような力技で来るとは。 現代の幼子も中々侮れんものよ」

 

 くく、と口の端に笑みを過らせるアサシン。

 確かにアサシン、佐々木小次郎にはずば抜けたステータスなどない。 あえて言うなら速さだけだが、それも黒化されて弱体化している。 総合的にはバーサーカーに劣るだろう。

 しかし剣に生き、剣を完成させて死んだ男の技は、達人の域を遥かに超えている。

 

「……!!」

 

 踊る二本の剣。 それを防ぐ。 流す。 逸らす。 あの長い刀で、どうしてそんな器用なことが出来るのか。 少女二人の剣は瞬く間に押し返され、逆に今度は劣勢を強いられる。

 それはまるで清流のように早く、清らかで、何より優雅な剣だった。 その振る舞い、耽美と言う他ない。

 

「……強すぎる……!!」

 

「それは愛いことを言ってくれる。 この程度なら星の数ほど居ただろう、よ!」

 

 ギィン!、と一際強く刀が振るわれる。 美遊とイリヤは弾かれ、たたらを踏むが、すぐさまアサシンへと挑みかかる。

 

「! いけません、美遊様!!」

 

 しかしアサシンは速かった。 美遊が復帰しようと前を見たときには、既にその懐に刃が走っていた。

 防げる。 美遊は何とかステッキを間に挟む。 しかし止まらない。 防いだと思ったアサシンの剣。 その剣が蜻蛉のようにはね上がりステッキを掬い取って、更に踏み込む。 肩からタックルするようにその懐へ入り、刀の柄を美遊の腹に据える。

 さながら剣を構えるような、イリヤを迎撃するような格好。 しかしそのまま柄で、槌かと見紛う一撃を美遊の腹に叩き込む。

 

「ご、……!?」

 

 銃が発砲したかのような、爆発音。 特大のインパクトに美遊は体をくの字に曲げ、そのまま林の中に吹き飛ばされた。

 

「ミユ!!」

 

 枝や木が薙ぎ倒されるほどの一撃。 このまま追撃されると不味い。 アサシンは幸い、剣の腹を空に向けて構えている。 あそこからこちらに剣を繰り出すにしても、攻撃はワンテンポは遅れるだろう。 なら魔力弾を放ちながらアサシンの攻撃が届かない空へ退避し、美遊へ行かせないよう牽制する。 それしかない。

 イリヤの判断は正しい。

 だが気付いているか、飛び立とうとする一匹の蝶よ。

 今まで構えらしいモノを取っていなかったこの剣士が、どうしてワザワザ剣を振りにくい構えなどしているのか。

 

「秘剣ーーーー」

 

 凛とした、感情を排した声。 退避しようとするイリヤの耳にそれが入り込む。 飛び立とうとする鳥の耳へと。

 

「まさか……!? 不味いですイリヤさん!!」

 

「え?」

 

 その危機をいち早く感じ取ったルビーの切迫した様子に、イリヤが疑問符を抱いたが、もう遅い。 そして何よりイリヤ自身が異変に気付いたのは、魔力弾を放った後だったのだ。

 魔力弾が迫る。 しかしアサシンは肩に構えた剣を、何の気概もなく、ただ空へ浮かぶイリヤへと放った。

 

 

「ーーーー燕返し」

 

 

 人類の到達点の一つ。

 それをイリヤは目撃する。

 描かれるは一本の軌跡。 それが大上段から大きく振りかぶられ。

 瞬間。

 疾風(はやて)のごとく三本の軌跡(・・・・・)が、イリヤの首を断ちに行くーーーー!!

 

「……っ!?」

 

 生きていたのは一重に、ルビーが障壁だけでなく己の体を器用に動かしたおかげだろう。

 丁度三本の斬撃が交差するイリヤの首。 ルビーはそこへ自らを差し出し、弾かれることで庇ったのだ。

 だが、完璧に防げたわけではない。

 首元より下。 防いだ剣が擦れたのだろう。 下腹部に、薄く、ばっさりと一文字が刻まれる。 ルビーが魔力制御を手放してでも防いだからだ。 剣が衣装を貫き、真っ赤な血が大量に流れた。 ごぶ、とイリヤは口から血を吐き、勢い良く真後ろの木に激突。 ズルズルと落ちて転身が解ける。

 

「イリヤさん!!」

 

「ごふ、……っ、ぅぶッ、がっ……!?」

 

 倒れ伏すイリヤの下で、赤黒い血が池を作る。 ルビーが駆けつけようとしたが、アサシンがそれを許さない。 剣を突きつけて阻む。

 

「……まさか多重次元屈折現象(キシュアゼルレッチ)を、ただの剣で行うとは。 あなた何者ですか?」

 

「なに、私では燕を斬るには三本ほど剣が必要だっただけのこと。 技と言うよりは、ただの特技に過ぎん。 結局は邪道、一刀で切り伏せられるならそれが最良なことに変わりはなかろう」

 

 アサシンの無感動な言葉に、ルビーは言葉も出なかった。

 士郎からは聞いていた。 クラスカードが聖杯戦争を元にしていたとして、二人ほど居なかった英霊が居ると。

 その一人が、アサシンーー佐々木小次郎。 凄まじい剣士だとは聞いていたが、凄まじいどころの話ではない。 アレは間違いなく魔剣の領域だ。 第二魔法を行使するルビーだから事前に察知して回避出来たものの、本当なら英霊であろうとあの一撃を回避するのは未来予知か、それに類する能力でも無い限り不可能なレベルだ。 それほどの剣、それほどの絶技なのである。

 そして、避けられないのならば、一刀一刀が必死だということ。

 

「う、あ、……!」

 

 腹部から、血が洪水のように噴き出す。

 初めて感じる痛みに、のたうち回ることすら出来ないイリヤ。悲鳴を出すにも、喉から声を出すことすら傷に響き、四肢の力が抜けていく。

 体の芯が、徐々に無くなっていく感覚。外面はだくだくと流れ落ちる血で熱いのに、内面は急速に冷えていく。

 命が、奪われる。

 そう知覚した瞬間、今まで感じたことのない恐怖が全身を貫いた。死の恐怖。普通の小学生どころか、大人であっても体験しない、原初の恐怖がイリヤの心臓を鷲掴みにする。

 

「あっ、ぁ、……か……」

 

 怖い。寒い。苦しい。

 そんな弱音すら押し潰す、圧倒的な痛み。散らばった意識を現実に引き戻される度に、ギチギチと視界が赤黒く光る。

 これが、死。終わりへと向かう一方通行の道。一度渡ってしまえば、もう戻れない。

 

(死ぬの……わたし……?)

 

 いつもとは違う、漠然とした予想。だがそれは本能がそう悟ったということだ。臆病風に吹かれるよりも、そう思ってしまったら、もうそれは確定事項に近い。

 死ぬ。本当に。こんなところで、いや、こんなところだからこそリアリティがあった。

 

「イリ……、ん……!!」

 

 ルビーの声が遠い。ぷつぷつと途切れるだけで、どんどん聞こえなくなっていく。いつしか痛みすら、感じ取れなくなっていくような気がした。

 

「……仕舞いか。呆気ないものよ」

 

 アサシンの呆れた声が耳陀を叩く。

 これで終わり。その言葉に、抵抗しようとする気も起きなかった。痛みはもう感じず、視界が閉じていく中で、そんな思考は邪魔ですらある。まるで目覚まし時計で起こされたように不快で。死が眠りだとするなら、もうそれで良かった。

 思えば、散々な一日だった。

 クロに友達との関係を壊されかけ。殺されかけ。兄が助けてくれたと思ったら、自分ではなくクロを助けようとして。そんな兄を、自分は心ない言葉で罵倒して。

 

「……ぅ、」

 

 余りに酷い一日に、涙すら込み上げる。

 自分が何をしたというのだろう。こんな目に合わないといけないくらい、何か罪深いことをしたというのか。

 兄と話さなかったから? クロの居場所を奪ったから?

 そんなの、自分のせいだけじゃない。兄は自分を助けてくれなかった。クロだって両親が封印しただけで、自分が奪ったことすら知らなかった。

 なのに今腹を裂かれて、殺されかけている。こんな、こんなのってあるだろうか。午前中まで授業を受けていたのに、今はもう生きる気力すら湧かない。

 

「……ぅ、ぅぅ……!」

 

 悔しい。涙が血と混じって、ポタポタと地面に落ちていく。

 悔しいのにーー意識は、闇に落ちていった。

 

 

 

 そのとき。何故か思い出したのは、凛と二人で話した朝だ。

 

ーーだからね。衛宮くんの夢って、正義の味方になることなんだって。

 

 そう、呆れた口調で言う凛に、イリヤはぽかーんと口を開けてしまった。

 兄のことがまた分からなくなって、凛に聞いてみれば、彼は正義の味方を目指しているという。

 なんでも小さい頃からの夢らしく、他人に言えるような夢でもないから、家族にも言ってないのだとか。まぁ確かに口は憚れるかもしれないが、それにしたって正義の味方とは。

 

ーー兄としてもそうだけど、正義の味方としては、困ってるクロを放っておけないとか。わたしには分からないわ。

 

 凛は理解出来ない、と首を振る。

 正義の味方。

 あやふやなイメージだが、思い浮かぶのはヒーロー映画とかだろうか。最近テレビだと外国人の俳優とかが凄くプッシュされてるなぁという印象しかない。

 しかしそれならヒーローといえば良い。何も正義の味方なんて言葉でなくても。

 何か引っ掛かる。

 

ーー……正義の味方とヒーローって、何が違うんだろうか。

 

ーーさぁ? 感覚の違いなんじゃない? まぁでも、衛宮くんの口ぶりだとホントに目指してるかどうかも怪しいけど。

 

 ?

 

ーーだってほら。正義の味方って、つまりみんなの味方ってことじゃない? ていうことは、てっきりクロのことは敵とみなすかと思ってた。魔術師だし、切り替えるかなーって。

 

……でも、士郎はそうしなかった。むしろクロを助けようとした。

 

ーーでもわたしの考える通りの正義なら、衛宮くんは迷ってるんじゃないかしら。あなたやわたし達を傷つけるクロを排除すべきか。

 

 排除。余り聞き慣れない冷たい言葉は、今の士郎にはぴったりなような気もした。

 ちぐはぐで、ぎこちない。そのくせいざやるとなれば真っ直ぐに突き通す。

 

ーー……分かんないよ。

 

 枝毛のある髪を指に巻き付け、イリヤは言う。

 

ーー正義の味方とか言われても、わたしには分かんない。だったらわたしを助けるのも、みんなのためだからするの? クロを助けることと、家族であるわたしを助けることって、変わらないの?

 

ーー……そうね。どうなんだか。もっと突っ込んで聞ければ良いんだけど、生憎これ以上は話してくれなかったし。でもこれだけは確かよ。

 

 あくまでドライに。凛はありのままを告げる。

 

ーー衛宮くんは迷ってる。人として、当たり前に。だから、あなたも彼と向き合いなさい。逃げないでちゃんと、ね。

 

 問題はある。分からないことも多い。

 ならばまずは話すべきだと、凛は当たり前のことを助言してくれた。当たり前だから、普段は意識して見ないことを。

 盲点だった。 

 だからその助言の通りに行動しようと思った。

 だけど、もうこの命は消えようとしている。とてもではないが、士郎と話す時間なんてあるわけがない。

 そう。死ねばもう、士郎とは会えない。それだけではない、美遊や凛、ルヴィア、家族や友達、そのみんなに会えなくなる。

 それでも死ぬのか。諦めるのか。

 まだ自分は何も知らない。答えだって出せてない。それどころか蚊帳の外だ。自分には何も出来ないって決めつけられて。

……それは、違う。

 そんなのは、違う!!

 

 

 ビリ、っと全身に電流が走った。意識が呼び起こされて、一気に現実へと繋ぎ止められる。

 何度か血を吐いた。だけど、手は拳を形作っていた。体は負けそうだったのに、心はもう立ち上がっていた。

 

「……ぐ」

 

 イリヤは立ち上がろうと、体を震わせる。 拳が壊れそうなほど、強く握って。

 

「……ほう?」

 

 アサシンが感心する。 まさか立ち上がれるとは思っていなかったに違いない。 そしてそれは、ルビーも同じことだった。

 

「イリヤさん、ダメです! 転身してない今、あなたが動いてもそれは命を縮めるだけにしかならないんですよ!?」

 

「……わかって、る、よ……」

 

「あなたでは勝てません! だからイリヤさん落ち着いてください、私も無しに英霊と戦うなど……!」

 

「だ、か、ら」

 

 立ち上がれずとも、顔だけは上げて。 血の海でもがきながら、イリヤは言う。

 

「そんなの、関係、ないよ……」

 

「……イリヤさん」

 

「英霊とか……キシュア何とかとか……聖杯とか……そんなの、もう、どうだって良いよ……」

 

……イリヤは、結局何も知らないただの子供だ。 魔術のことなどサッパリだし、ルビーや美遊達が言うことが全く分からないことも少なくはない。 だからこんな風に、何も知らないまま立ち向かえる。

 けれど今感じるこの痛みや、血が流れ落ちる感覚は分かる。 哀しくなることや、辛いことも分かる。 これが死に繋がる何かなのだと、よく、よく分かっていて。

 それでも今は、諦めたくないだけなのだ。

 

「ぅ、ぁ、……っ、ぐ、……」

 

 血に濡れた大地を踏む。 がくがくと揺れる膝を何とか掴み、しかしまた倒れる。 ルビーがすかさず寄ろうとしたが、アサシンに叩き落とされた。

 

「……はっ、ぁぐ……」

 

「イリヤさん……ダメです、ダメですよマスター! それ以上はあなたが……!」

 

「ね、……ルビー、……」

 

 土に汚れ、血を流し、激痛に耐え。 恐らくこれまでのことが全てがひっくり返るような、心の傷だってあるだろうに。 それでもなお眼前の敵に、イリヤは懸命に立ち向かう。

 

「わたし、……ずるいよね……」

 

「……」

 

「お兄ちゃんはただ、困ってた人を……助けただけなのに……なのに……自分が、選ばれなかった、からって……家族じゃないなんて……家族だからって……そんな風に、言っちゃ、ダメだよね……」

 

 はっ、はっ、と荒く、何度も何度も呼吸を繰り返す。

 心臓は潰れそうなほど早くて、お腹は燃えているように熱く、ぷっくりと腫れている感覚がする。 手足は震えて、まともに立つことも出来なくて、恐くて、逃げたくて。

 だから。

 何となく思ったのだ。

 あのときボロボロになっても、クロを守ろうとした兄は。

 自分のことは、守ろうとはしなかったけれど。

 自分のことなんて、これっぽっちも考えようとはしなかったのかもしれないけれど。

 だから。

 クロだけは何としてもーー命を懸けて守ろうとした、底抜けに優しい人なんだなと。

 

「……もういっかい……話さなきゃ……」

 

 体に力が宿る。 血管が粟立つ。 もうやめろと、諦めろと誰かが言った。

 それらを全て、心の中に押し込んだ。 押し込んでも、押し込んでも、言葉になりそうだったけど。 それでも押し込んだ。

 そうだ。 話さないと。

 このまま何も分からないまま、嫌うのは簡単だ。 だけど、それで良いわけがない。 知りたいのだ、どうしてあのとき助けてくれなかったのか。 どうしてクロを助けたのか。 兄は何を考えてるのか、それを。

 だからーー真っ直ぐに、言った。

 

 

「ーーーーあなたには、負けない」

 

 

 弱々しい声だっただろう。

 誰がどう見たって、イリヤが勝てるわけがなかっただろう。

 けれどきっとそれこそが、イリヤが他の誰も持っていない弱さであり、そして強さであった。

 

「……健気なモノだ。 ここらで死んでおけば、その方が為になるだろうに」

 

 アサシンはそう言って、物干し竿の切っ先をイリヤに向ける。 ルビーが主の元へ飛ぶが間に合わない。

 そして。

 

 

夢幻召喚(インストール)

 

 

 アサシンの後ろから、魔力砲が放たれた。

 

「!」

 

 初めてアサシンの顔に緊張が走る。 後方から迫る魔力砲を、物干し竿で受け流そうとするが、途中で魔力砲は分解。 枝分かれし、殺到する。

 それにも対応出来たのは英雄だからかーーそれとも一度目撃したことがあるからか。 アサシンは遠く離れ、イリヤの前に誰かが降り立った。

 

「……ミユ……?」

 

「動かないで。 今治療する……修補すべき全ての疵(ペインブレイカー)

 

 詠唱の後、柔らかな、まるで花畑に居るような心地よさがイリヤの体を包み込む。 目の覚めるような魔力。 視界がハッキリとしてくると、体の傷だけでなく、倦怠感どころか血に濡れていた服まで元通りになっていた。 まるで時間が巻き戻ったように。 そこでようやっと、美遊の姿を確認した。

 一見カレイドの魔法少女に色合いが似ていたが、すぐに違うと分かった。 杖だ。 三日月に穴が空いた、丸い杖。 それに透明なベールにも似た上着を肩にかけ、髪型もポニーテールに変わっている。 何より莫大な魔力が、カレイドの魔法少女ではないイリヤでも感じ取れた。

 

「……ミユ、それ……」

 

「……キャスターのクラスカードを使ったんだ。 それよりもイリヤ、大丈夫?」

 

「う、うん、大丈、」

 

「イリヤさーん!!」

 

 ぶ!?、とイリヤの鼻に突撃するルビー。 鼻を押さえるマスターなど知らないと言わんばかりに、

 

「もー! 心配したんですからねー、イリヤさん! いやでもまぁ最高に魔法少女らしい決意を聞きましたし、何よりイリヤさんの成長イベントマジ神イベなんでOKです!」

 

「ねー……ルビー……」

 

「はいはい分かってますって! コンパクトフルオープン以下略でお送りしますよー!」

 

 瞬時に転身し、イリヤは美遊と並び立つ。 その顔には、迷いや葛藤なども色濃く残っていたが、それでも目に英気が戻っていた。

 もう負けない。 そう顔が物語っている。

 

「……くっ、くっ」

 

 アサシンが楽しそうに、笑いを噛み締める。 それは何も二人が戦おうとしてるからだけではない。 二人は知らないが、美遊が使ったキャスターの英霊とは、アサシンは因縁がある。

 

「よもやあの女狐に、こんな一面があったとは……蝶よ花よと愛でられたのはあやつも同じであったな。 いやいや、これもまた奇妙な縁、か」

 

 二人の少女には、アサシンの言っていることがまるで分からない。 しかしそれでも、引き下がろうとはしない。

 良かろう、と物差し竿を肩に担ぐ。 少女達の顔が一変するが、アサシンが見ていたのはもっと奥だった。

 

「……で、そっちの童子も一緒にやるのだろう? 三人がかりでやるか?」

 

「まさか。 わたしはそこのピンクの奴を殺せれば満足よ」

 

「!」

 

 その声に、二人が振り返る。 そこには樹木の枝に、足を組んで座っているクロが。

 

「……クロ」

 

「やっほー、イリヤ……殺しに来てあげたわ、今度こそね」

 

 軽い、いっそ軽すぎると言っても良いクロ。 しかし違う、さっきまでのクロと、その雰囲気が全く違う。 剥き出しの剣に似た、突き刺すような殺気がイリヤにだけ集中する。

 先程のことを思い出し、イリヤの体が自然と強張る。 カレイドステッキの重さが、急に増したように感じた。 またあんな風に他人の命を奪おうとするのではないかーーそう思えて、仕方ない。

 でも、それでも思うのだ。

 兄と話さねばならない。 そしてそれは、クロも一緒だと。

 

「……ミユはアサシンをお願い。 わたしはクロの相手をする」

 

「イリヤ……!」

 

「大丈夫」

 

 背中合わせになったまま、イリヤは力強く笑ってみせる。

 

「もうあんな風にはならない。 わたしは、クロ(・・)から逃げないから」

 

「……!」

 

 そうだ。 逃げたって、もう何の意味もない。 だから向き合うべきだ。 恐れても良い、足が震えても良い。 それでも向き合うことを止めなければ、それで良い。

 だから。

 

「わたしはあなたから逃げない。 そのためにはこうするのが一番よね、クロ?」

 

「弱虫イリヤのくせに、大きく出たものね……良いわ、叩き潰してあげる」

 

 たん、と木から飛び降りるクロ。 それに合わせるように、アサシンが肩に担いだ剣を下ろした。

 

「ではーーーーいざ尋常に、果たし合おうか」

 

 

 激突は秒を要さなかった。

 イリヤとクロは空へ、美遊とアサシンは森を舞台に戦場を変える。

 同時に、甲高い二重の金属音が、周囲の空気を揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude out.

 


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