Fate/kaleid night プリズマ☆イリヤ 3rei!!   作:388859

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海岸~黒の記憶Ⅱ/ゆずれぬモノ

ーーRewind interlude3-2.5ーー

 

 

 何もかも終わった。

 どうしようもないと思った。

 唯一わたしをみてくれると思っていた兄が、未来ではあんなことになってしまい。 そして今の彼が平行世界の人物だったなんてーー欠片も信じられないのに、確かな事実として体に染み付いてしまっていた。

 英霊エミヤ。 それがわたしの依り代となったクラスカードの英霊。 こことはそう違わない平行世界の衛宮士郎が正義の味方となり、貫き通した理想の果て。

 その英霊の記憶を見た。

 何も、その全てを見たわけではない。 その一部を目にしただけ。 映画の中盤辺りを少し見て中身を判断するのと同じように、普通はそんなことで人の人生を推し量ることは出来ない。

 しかし出来てしまった、わたしには。

 何故ならその記憶は、彼が助けられた人達に処刑されるモノと。 その死後、正義と称して生前よりもなお多くの人を殺め続け、自身しか恨めなくなった男の末路だったから。

 

ーー……どうして?

 

 その記憶を呼び起こす度に、わたしはどうしても現実の衛宮士郎と重ねずにはいられなかった。

 記憶の衛宮士郎と、余りに違いすぎる現実。 だが重ねた回数だけ、似ている点を見つけてしまい、そんなハズはないとまた不安が募る。

 魔力供給をしたのは、そういう理由だった。 その不安がついに爆発し、そうでもしないと兄との繋がりが希薄になっていく気がしたから、あんなことをした。 あんなことをして、側で感じようと貪り尽くしたのに、その寝顔を信じたくても信じられないことに気付いた。

 当たり前だろう。

 その記憶の中ではーー英霊エミヤは、世界ではなく、殺し尽くす自分自身への憎しみでしか感情を表せなくなっていた。 奈落の底まで落ちてなお、他人を憎むということすらしなかった人。

 どんなにお人好しであっても、信念や理想があったとしても、そこまで貫き通せるモノなのか?

 ふと、思った。

 どう考えても、この人は可笑しい。

 そこまでして理想を貫くまで、どれだけのモノを捨てたのか。

 だからわざわざ呼び出した。 話していれば、安心するような言葉があって、子供騙しの約束があって。 そしたらきっとその顔を信じられるから。

 

ーー許すよ。

 

……でも、怖かった。

 兄がそういう人と分かっていても、どうしてもその末路が目に止まる。 年も環境も関係も何もかも違うのに、直感したのだ。 この人は、わたしが夢で見た人だと。

 どうして、と言われたって、そんなモノ勘だ。 けれどーーそれでも分かってしまった。

 なら今までの兄は誰だ?

 わたしが信じた兄は、何処へ消えたのか?

 そもそも居なかったのか?

 それともーー兄は本当に居たけれど、何らかの理由で今の兄と入れ替わったのか。

 どちらにせよ、自分との約束なんて理想のために捨て去ってしまう。

 そうして混乱したまま、死にたくない一心で兄すら騙した。 もう誰かを信じることが怖くなって、そして、逃げた。

 無様にひたすらに。

 逃げて、逃げて、逃げてーーいつしか見覚えのある城の前まで来ていた。

 十年前に行われるハズだった聖杯戦争。 その拠点として選ばれた、冬木においてアインツベルンの根城だ。 冬木市の郊外、それも四時間ほど樹海を歩かなければ到達することのない、魔境。

 しかしその場所も、今や見る影もなかった。 ボロ屋敷どころではない。 人などここ十年で誰も来なかったのだろう。 地面から所狭しと生えた雑草が、自分の背丈まであり、伸びた蔦や根が城壁に絡み付いている。 野性動物の巣になっているようで、至るところに毛や糞が落ちている。 工房としての機能も、要塞としての機能もない。 そんな中に屹立する城は、空へ助けを求めているようにも見えた。

 草根を掻き分けて歩いていく。

 玄関の扉はこじ開けられたらしく、蝶番がギリギリ繋がった状態で倒れている。 中を覗けば更に酷い光景が広がっていた。

 エントランスに値する玄関から、階段や廊下まで、三百六十度落ちている瓦礫の山。 大小様々な瓦礫のそのどれもが黒く変色している。 火事でもあったのだろうか、瓦礫の隙間に灰になった絨毯や、倒された調度品の破片などがあった。

 蜘蛛の巣や、虫の死骸があるところから、幽霊屋敷というよりは、事故現場と言った方がしっくり来る。 魔術戦があったことは確かだが、それ以上は分からない。

 けれど一つだけ知り得たのはーーここは、今の自分と、よく似ているということだ。

 使われるハズだった、しかし捨てられ、なかったことにされたモノ。 外面も内面もボロボロ。 そこに在ることが奇跡みたいなモノ。

 ぼんやりと考えながら、城を散策する。 石造りの床を踏むと、渇いた、冷たい音が反響し、荒れていた心にささくれ立つ。 傷口を手で撫でられるような、微かな痛み。

 城内も、やはり外観と何ら変わらなかった。 当たり前のように壊され、当たり前のように寒々としている。 時代に取り残された遺産であったとしても、もう少し管理されるモノだ。

 虚しさしかない。

 なのに何故歩くのか。

 それすら分からないまま、歩く。

 やがて、そこにたどり着いた。

 

「……」

 

 城の中の、数ある一室。 そこは他の部屋や、空間に比べ、比較的綺麗だった。

 色のくすんだステンドグラスの窓に、装飾が剥がされたシャンデリア。 真ん中にちょこんと置かれていたハズのウッドテーブルは脚が折れ、床に投げ出されていた。

 そしてその近くに転がる、ベビー用のベッド。 それが何なのか、すぐに見当はついた。

 アレは、イリヤ(わたし)が生まれ変わって、わたし(イリヤ)になった揺りかご。 そうーーこの部屋は、わたしがイリヤとして死んだ場所なのだ。

 

「……はは」

 

 何となく、笑った。 心の隙間に差した影を、笑ってやった。

 なんて、馬鹿なんだろう。

 誰からも逃げたくて辿り着いた場所が、よりにもよって一度殺された部屋とは。 我ながら、未練を垂れ流し過ぎて、笑わずにはいられなかった。

 

「……分かってたわよ、最初から」

 

 そう、分かっていた。 イリヤから分裂して、お兄ちゃんと会って。

 そのときにはもう、分かっていたのだ。

 わたしには、この世界の何処にも居場所がないんだと。

 自分は自分以外にはなれない。 他人の真似事をしたとしても、それで周囲の人間が認めるかは別だ。 それがこと人間関係であるなら、余計にそうだろう。

 わたしはわたしを奪われ、その時点で居場所は無くなった。 だから世界の片隅で、一人ぼっちで、自分自身を抱き抱えて、凍えるしか出来なくなった。 そうすることでしか、存在を許されなかった。

 そんな中で、外の世界を見させられた。

 わたしが享受するハズの幸せを、全て。

 何度も何度も追いかけて、でも掴めなくて。 湖面に映った月を掴むように、触れるモノは冷たいモノばかりだった。

 だから。

 

ーーどうして?

 

 そう思わなかった日は、一度だってない。

 

ーー助けて。

 

 そう言いたくて、言えなかった日は、一度だってない。

 

ーー……わたしはここだよ。

 

……そう泣かなかった日は。 一度だってなくて、一度だって届いたこともない。

 記念写真を撮る度に。

 一家団欒する度に。

 誕生日の蝋燭が増える度に。 イリヤは笑って、わたしは絶叫した。 喉が張り裂けても届かなくて、その手を繋ぎたくても感触はなくて。

 だから死にたかった。

 でも死ねない。

 わたしの居場所は、この冬の夜だから。

 だから外に居場所はない。

 だって、わたしが心から望んだ景色を、ずっと作り出して、それを所有していたのは。

 大嫌いな、イリヤだったから。

 

「……」

 

 苦い飴玉を舐めているように。 胸いっぱいに重たいモノがのし掛かる。

 これからどうすれば良いんだろう。

 どうしたら、わたしはこんな世界で生きていけるんだろう。

 漠然と、しかし大きすぎる問題に、ろくに頭も働きそうになかった。

……と、気を抜いていたときだ。

 一瞬、足の感覚が消えた。

 

「あっ……」

 

 踏み止まろうとしたときには、床に倒れていた。 幸いこの体になってからは、身のこなしが格段に良くなったので、何とか頭からじゃなく背中から倒れたのだが。

 なんで足の感覚が消えたのか?

……そんなこと、考えるまでもない。

 

「……ああ、そっか」

 そんなこと、わたしが消えかけているということに他ならない。

 その証拠に……膝辺りから、黒い肌をしている足が透き通っていて、見えないハズの床が見え隠れしている。 さながらガラス。 そう、あの人の心のようにーーこの身は、儚い夢でしかない。

 動かない足を引き摺って、倒れたテーブルに背中を預ける。 テーブルは落日しかけた陽の光を遮り、コバルトブルーの夜がわたしを包み込む。

 今までと同じように。 一人で。

 

「あーあ……終わり、か」

 

 言ってみて、すとん、とその言葉が胸に落ちた。 こんなところで終わりなくないとか、色々言葉があったかもしれないのに、その終わりを受け入れてしまったのだ。

 当然。 必然。 運命。

 きっとわたしの行く末は決まっていた。 こんな不安定な現界、いつまでも続くわけがない。 それに意思を持った聖杯なんて、爆弾のようなモノだ。 不発出来ない、超火力の危険物。 それがわたしだ。

 だから。

 もしもーーこの世界で、聖杯戦争が続いていたら。

 

「……バッカみたい……」

 

 呟き、時に身を委ねる。

 ぼんやりとした時間は長くはなかった。

 それでも、世界は暗くなる。 光が消え、闇が世界を支配する。 その頃にはもう、自分の体がどうなっているのか。 それすら確認することが困難だった。

 自分がどこにいるのかも明確ではなく、上か下か、今が何時かも、自我すらもガラスと化していく。

 緩やかな死は、眠りにも似ている。

 

(……ああ)

 

 ようやっと。 待ち望んでいたときが来る。 生きていることが辛くなくなる。 もうすぐ、もうすぐーーーー。

 

 

(……わたし、……死ねるんだ……)

 

 

 そのとき。

 夢を見た。

 遠い何処かのこと。

 火の中を涙を流して歩く……一人の男の子を。

 

 

 

 

 

 

 

ーーRewind out.

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude5-8ーー

 

 

 とん、とん、とん。 一定の間隔を置き、小気味の良いリズムで木の幹や枝を蹴るのはアサシンだ。 鮮やかな青を失った陣羽織を、気ままにはためかせる様子は、無駄が全くなく、また魅せる。 時折体を宙で回転させる辺り、遊んでいると言われても過言ではない。

 と、

 

「……シッ!」

 

 背後を振り返るやいなや、雷光のような速度で物干し竿を一閃。 迫っていた魔力の塊ーーいや、津波と言った方が良いか。 ドロドロと粘着質な瀑布はアサシンの刀で綺麗に二つに分断され、盛大に木々や地面を押し流し、溶かす(・・・・)。 そう、津波はただの魔力で形成されたモノではないのだ。

 冗談なしに地形が変えられたほどだが、今のは陽動。 本命は空中で、足場もなく、身動きが取れずに舞うしかないアサシンだ。

 

「……集束」

 

 アサシンの頭上。 三日月と満月が彫られたロッドを手にするのは、キャスターを夢幻召喚した美遊。 魔力を足場に彼女は、空間に三つの複雑な魔法陣を展開、神言による詠唱により、一言で魔術を完成させる。

 

「……三連、拡散!」

 

 ドゥッ!、と怒濤の勢いで放たれるのは、細い槍。 幾つも枝分かれした槍は、五十程度。 三百六十度、空間を支配した槍が、一斉にサーヴァントを追い詰めんと流れ落ちる。

 

「……ふ」

 

 が、アサシンは一笑。 物干し竿を逆手に持ったかと思えば、それを手首だけで回転。 風車のようにして百八十度の槍を防御、残りの槍はその身一つでかわしきる。

 まるで、刃を翼に。 自由に空を飛ぶ燕のごとく。

 

「悪いがこれでも、鳥の相手なら気が遠くなるほどしてきたモノでな。 このように動きを真似することも容易いほどに……!」

 

「く……!」

 

 舌を巻いている暇はない。 美遊はすぐさま次の魔術を起動させるが、アサシンのその底の知れぬ実力に、焦りを隠せない。

 美遊が自身に降ろした英霊の名は、メディア。 コルキスの王女にして、裏切りの魔女。 魔術の女神ヘカテに教授した叡知により、当時神秘に満ち溢れていた神代の魔術師でも五指に入るほどの腕を持つ。 正真正銘、キャスタークラスの王女と言っても過言ではない。

 無論、カードによる型落ちこそしているが、それも微々たるモノだ。 魔術師たるもの足りないモノは他で補う。 美遊が宿すメディアも例外ではなく、空間に漂う大源(マナ)を回収し、魔法陣で増幅させてから魔術を放っている。 その威力はC、ないしはBランクに達する威力である。 知識こそが武器となるキャスターにとっては、それこそクラスカードによる劣化は一番受けにくいのだ。

 なのに。

 

(……攻めきれない……!)

 

 美遊は地上で、大立ち回りを演じるアサシンを観察する。

 自身がどうしてアサシンに勝てないのか。 美遊には分かっている。 とにかく戦い方が巧いのだ、アサシンは。 器用というレベルではない。 攻勢、防戦。 どちらもアサシンは、美遊どころかメディアを遥かに上回っている。

 美遊にとって、まだキャスターは未知の部分が多い。 蓄えられた幾千の知恵を検索し、最善を尽くしているつもりだが、届かない。如何せん知識が多すぎるのだ。工房すらないままでは、魔術師は本領を発揮出来ないとはいえ、それでもメディアならば、百の英雄とて相手にはならないのだが……使い手の差だろう。

 と。

 

「鬼ごっこもよいが」

 

 アサシンがふら、と立ち止まる。 慌てて美遊も杖を向け、すぐさま攻撃する。

 今度は遠隔型の空間爆撃。 あらかじめ逃げながらセットしたーーそしてアサシンを囲むようにあるーー無数の魔力の塊へ、指示を送る。

 

「女狐のままごとをする童子一人、捕まえられないというのも、この名が廃るというモノ。 どれ」

 

「連爆七連!」

 

 言葉は続かない。 命を吹き消すように魔力が起爆。 白い炎が瞬く間に燃え広がり、轟音を轟かせる。 一帯の土砂が舞い上がった頃には、

 

「ーーーー秘剣」

 

 低く、命を刈り取る声が、土砂と共に空を飛んでいた。 美遊が鳥肌を立てながら見れば、既にあの必殺の構えに入っている。

 アサシンはボロボロだ。 纏っていた羽織は破れ、右肩から脇腹まで、白磁のような肌が露出している。 その肌すらも土に汚れ、刀も同じだ。 爆発を身に受けなければそうはならないだろう。

 混乱した美遊の耳に、アサシンが必死を言い放つ。

 その刹那。

 

「美遊様、術式構築完了です!」

 

「!」

 

 ばっ、と美遊が杖を真上に向けようとする。 その行動すらも切り裂かんと、アサシンは刀を振るった。

 

「燕返しーーーー!!」

 

 そして。

 神速で振り抜かれた三本の斬撃が、美遊の体を両断する。

 結果は明らかだった。

 切り裂かれた傷口から、大量の血が地面へと落ちていく。 魔力で形成された足場が崩れ、美遊も後を追うように落下し、アサシンも剣を振るった体勢で降りる。

 複数の異なる音が木霊した。 少女は倒れ、英霊の力とステッキも手元に落ちている。 対して侍は、無傷ではないが立っていた。 これ以上ない決着、そのハズだった。

 しかしアサシンは、瞠目していた。 自らの刀を凝視したかと思えば、すぐさま振り返った。

 美遊は相変わらず倒れたままだ。 だが首がある。 腕もあるし、足もある。 斬られたのは腹だけだ。

 

「貴様……」

 

 つまり。

 

「どうやって、我が秘剣を破った……!?」

 

 絶対の自信があった技を破られ、動揺するアサシン。 と、

 

「う、ぐ……」

 

「無事ですか、美遊様!?」

 

 呻き声を漏らし、美遊がステッキを掴んだ。 すぐさま回復が始まり、淡い魔力に全身が包まれる。

 生きている。 燕返しを受けておきながら。 そのことにアサシンは驚く。

 

「……一太刀だけを受けた? いやしかし、それなら残りの二つはどこに……?」

 

「簡単な、こと」

 

 ステッキを抱えて、美遊は。

 

「お前の宝具の基点が、多重屈折現象(キシュアゼルレッチ)であることは……ルビーを通じて、サファイアから聞いた……だからわたしはここに工房を作成して、位相をズラす結界(・・・・・・・・・)を作ることで、平行世界からの干渉を無効化した……それだけ」

 

 多重屈折現象(キシュアゼルレッチ)は、第二魔法の一種だ。 いくら神代の魔術師であるメディアとはいえ、魔法と同等の力を扱えても、第二魔法を使うことは不可能である。

 そう、メディアだけなら。

 だが第二魔法なら、美遊の使うカレイドステッキがある。 知識がある。 現代と神代の天才達の力をフルに活用すれば、出来ないハズがない。

 そこで美遊はアサシンへの攻撃を囮にし、この一帯を工房として固定。 幸い一度目の燕返しのおかげで、空間の歪みが発見出来たので、それを元に平行世界への干渉を防ぐ結界をサファイアが構築、間一髪術式を発動させたのだ。

 

「これでもう……燕返しは、使えない」

 

 燕返し、破れたり。 初めて真っ向から破られた己の技に、アサシンは自虐する。

 

「……修練が足らなんだか。 剣の道は険しいモノだ、精進するとしようーーで」

 

 アサシンはもったいないと、まるで出来の悪い弟子を見るような顔で。

 

「立ち上がれない体で、私をどうする?」

 

 そう。

 美遊は燕返しを寸前で解除した。 しかしそれでは、アサシン自身が振るった一刀は防ぎ切れない。 結果として、肉を切らせて骨を断ったわけだが……英霊の一撃が、美遊の生命を終わらせる程度わけがない。

 血溜まりに倒れたまま、美遊はステッキを掴み、クラスカードを取り出す。

 超回復と、近接最強のセイバーだ。 これを使えば逆転可能だが。

 

「許すと思うか?」

 

「ぅ、……!?」

 

 ガッ、と美遊の手に草鞋が乗る。 万力のごとくアサシンは力を入れ、美遊はカードを持つ手を放してしまった。 サファイアが即座に回り込み、美遊の持つカードへと直接触れようとするが、今度はサファイアがアサシンに掴まれてしまう。

 

「サファイ、ア……!」

 

「美遊様! いけない、このままでは……!」

 

「ああ、そうであったな。 確か三十秒でその奇怪な服装も解けるのだった。 早くせねば死ぬだろう」

 

「……!」

 

 万事休す。 ステッキが無い以上、美遊は魔術を使うことは勿論、カードも使用出来ない。 体は刀傷でまともに動かない。

 ガタガタと、体が震え始める。 血が出過ぎて悲鳴をあげている。 もうあと十分この状態が続けば、死ぬ。

 

「死ね、ない……! わたしは、イリヤを……!」

 

 友達を守ると決めた。

 兄とよく似た人を、守ると決めた。

 なら立ち上がらないと。 立ち上がって、杖を取らないと、誰も守れない。

 しかしアサシンはそんな美遊を嘲笑うように、

 

「よく動く。 が、この一ヶ月(・・・・・・)の間、お前はそのイリヤスフィールに何が出来た?」

 

「……!」

 

 何故、それを。 二の句も告げられぬ少女に、アサシンは言う。

 

「友を守りたい。 立派なことだが、この一ヶ月、お前はその友を守れたと言えるか? あの黒の少女と、イリヤスフィールの仲を取り持とうとは思わなかったのか? お前が慕う衛宮士郎が、そうしようとしたように」

 

「……それ、は……」

 

 戯言だ。 美遊はそう断じるが、アサシンの言葉は穏やかで耳に入ってきてしまう。 メスで古傷を開くように。

 

「出来なかった、等とは言わせんよ。 お前はしなかった、そうだろう? イリヤスフィールとクロが争っているときも、お前の気持ちは兄だけ」

 

「そんなこと、ない……! 友達を邪険にしたりしない、ふざけるな……!!」

 

「だとしても、手は差し伸べなかった。 違うか?」

 

 耳に入る。

 

「お前が二人の仲を取り持てば、何かが変わったやもしれんのに」

 

 心に刺さる。

 

「衛宮士郎やイリヤスフィールは傷つかない未来もあっただろうに」

 

 胸の奥が暴かれる。

 

「お前は見ているだけ、何もしない……はて、それで友と胸を張って言えるか?」

 

 それが、己の罪。 この一ヶ月、溜めに溜め込んだツケ。 それを目の当たりにし、美遊は唇を噛み切らんばかりに結ぶ。

 吐き気がした。 血が胃から込み上げてきて、喉まで占領している。

 どうして見ていることしか出来なかったのか。 それは美遊も、常々思っていた。 思わないわけがなかった。 守りたくても、精神的なことなどどうして良いか分からなくて、友達が苦しんでいるときに、『大丈夫』と言ってやることしか出来なかった。

 それが、無意識にイリヤを追い詰めていることも。 分かっていても、それしか出来なかった。

 

「……お前では守れんよ」

 

 チャキ、と。 アサシンが美遊の首元に刀を添える。 その様は介錯に酷似していた。

 

「イリヤスフィールも、衛宮士郎も。 他人のお前では救えまい。 兄妹にはなれまい。 届かぬモノに手を伸ばしても、やがて生きることに疲れよう。 ここで死ねば楽になる。 引導ぐらいはくれてやっても構わぬが?」

 

 さぁ、如何に。

 美遊が顔を上げる。 見上げた先には、牧師に似た、柔らかな表情で、されど真剣な眼差しでこちらを見つめるアサシンが。

 どうしてこのサーヴァントが、こんなにも自分の事情に精通しているかなんて、知りようもない。 また、ここでわざわざ殺さず、こんな問答まですることも。

 しかし、それでも美遊は不思議と、口を動かしていた。

 

「……お前の手なんて、借りない」

 

「ならこのまま野垂れ死ぬか?」

 

「わたしは死なない。 あなたを倒して、イリヤをお兄ちゃんのところまで連れて帰る」

 

「……解せんな。 友だとしても、何もそこまでする義理は無かろうに。 他人への絆にすがり、命まで落としてまで」

 

 確かにそうだ。

 死線を潜ったところで、所詮は他人。 そも、戦いが無ければイリヤと会うことすら無かったに違いない。 美遊自身、どうしてこんなにイリヤに執着してしまうのか、疑問を抱くからだ。

 でも同時に、美遊は思ったのだ。

 それでも、イリヤは。

 

「……他人じゃない」

 

「なに?」

 

「イリヤは、他人なんかじゃない……ッ」

 

 転身が解ける。 解けても、傷口から血が溢れ帰っても、美遊は踏まれた手を動かし、セイバーのクラスカードへと手を伸ばす。

 届かないことは、分かりきっているのに。

 

「イリヤは、初めて出来た、わたしの友達……だから。 何かしたくても、わたしじゃ今の関係を壊してしまいそうで……だから、何も、出来なかった。 言い訳だけど、そうだった」

 

「……美遊様、それは」

 

 違う、とは言えないサファイア。 何故なら知っていた。 夜、一人になると空を見て、少女がひたすらに祈っていたことを。 まるで懺悔するような、その姿を。

 そうやって悔いたとしても、結局変わらなかった、一ヶ月を。

 

「でも……そんなのは、見捨てるのと同じなんだ……」

 

 同年代で助けられたのは、自分だけ。 なのに肝心の美遊は、イリヤにも、士郎にも頼られることはついぞなかった。 それを心苦しく思ったけれど、アレは二人なりの優しさなんだと言い聞かせて、自分が勝手に動いて壊さずに済んだと安心した。 そんな自分が居た。

 でも、本当に?

 本当に士郎とイリヤは、美遊のことなど頭にあったのか?

 

「……あんなこと続けて……苦しくないハズが、なかったのに……!」

 

 あるわけがない。 家族と喧嘩して、口も聞かなくなって、それで他人と和気藹々に話せるわけがない。 二人は優しさで、美遊に頼らなかったのではない。 そんな余裕がないくらい、追い詰められて、苦しんでいたのだ。

 そんな二人を、美遊は見捨てた。 友達と、大切な人が苦しんでいる中、傷つけなくてよかったと、自分のことしか考えていなかった。

……気づいたのは、ふとした疑問だ。

 イリヤが心の底から笑った顔を、一体いつから見てないだろう、と。 美遊がそう考えたのは、今朝のこと。 イリヤの苦い笑いを見て、考えた。 そして思い立ち、力になろうと決心した。

 その結果がーーこれだ。

 みんな傷ついて、誰も笑っていない。

 あのときと同じように、誰もが。

 

「……わたしは、確かに友達失格かもしれない。 これまでみたいに傷つけることを恐れて、イリヤやお兄ちゃんを傷つけてしまうかもしれない」

 

 続けて、少女は言葉を紡ぐ。

 

「でも……大切な人を守ることに、理屈なんて要らない。 それを、わたしを救ってくれた人が教えてくれた。 その命を燃やして」

 

 これだけは、譲れないと。

 大地に這いつくばりながら。

 

「……守りたい……!」

 

 上を向いて。 シンプルに、美遊は告げる。

 

「置き去りにしてきたモノのためにも、わたしは友達を、助けたい……!!」

 

 だから、

 

 

「ーーーーお前なんかに道案内される必要は、これっぽっちもない!!」

 

 

 その導きを、真っ向から切り捨てた。

 

「……ふ」

 

 聞き、アサシンは笑った。 しかしそれは皮肉ではない。 子の成長を見守る親鳥のように、安らかな笑みだった。

 

「それで良い。 この身の役割は、その言葉を思い出させることだけ。 身に刻んでおけば、私も用無し……それに迎えもきたようだ」

 

「え?」

 

 それはどういうことなのか、と尋ねかけたが、アサシンが刀に力をいれる。 不味いと思ったがもう遅い、そのまま首を切り落とされるかと思った、そのときだった。

 パァン、と。 一発の銃声が、辺りを駆け抜け。 アサシンの片手を、容易く撃ち抜いた。

 

「美遊様!」

 

 アサシンがよろける。 その隙に美遊は足から抜け出すと、そこで変化が起きた。

 アサシンの片手。 撃ち抜かれた箇所から、全身へ蜘蛛の巣のように、次々と皮膚が裂けたのだ。 まるで血管が爆発でも引き起こしているかのように。

 急いでサファイアへと手を伸ばす。 倒れた状態でもすぐに届く。

 だがここで、アサシンはとんでもない所業をする。 躊躇いなく、刀を持ってない右手を肩から切り落としたのだ。 崩壊を片手だけで抑えるためだろうが、果たして即行動に移せる人間がどれだけ居るか。

 が、それまでだ。

「ハッ!!」

 

 セイバーを召喚した美遊が、回転しながらアサシンの腹を切りつけた。

 余りの剣風に、ザァッ!、と地面に落ちていた新緑の葉が舞い踊る。 すれ違い、背中合わせとなる二人。 ゆっくりと、残心を解くと、アサシンを斬った美遊は背後を見やる。

 からん、とアサシンは刀を落とし、空を見上げていた。 切り開かれ、最早魔力へと還っていくその身を、恨めしくも、悲嘆もせず、ただただうっすらと笑みを溢す。

 

「全く……慣れぬことなど、するものではないな……おかげで、ちっとも楽しめなんだわ……」

「いえ」

 

 美遊は凛とした顔つきで、称賛する。

 

良い剣でした(・・・・・・・)。 貴公の剣には、貴公の全てが詰まっている。 なるほど、太刀筋が綺麗なのも納得だ。 その真っ直ぐな、空を翼で闊歩する鳥のような流れる生き方は、私には出来そうもない」

 

「……美遊様?」

 

「……え? あれ、今わたし、何を……?」

 

 ぶるっ、と寒気が走り、美遊は体を身動ぎする。 その様に、アサシンは。

 

「気にするな。 お前達の持つカードは、特別製(・・・・)でな。 そこは良い。 目的は果たした」

 

 負けたのに、目的は果たした。 理解出来ない言い方に、美遊は問う。

 

「……何が言いたい?」

 

「言ったであろう? 私はただの世話役よ。 見目麗しい蝶を愛で、時に餌をやるだけのな」

 

「……」

 

 答えになっていない気がしたが、美遊は次の質問を投げた。

 

「……誰に召喚された?」

 

「ふ、言えると思うか? だがまぁ、ヒントぐらいは……む。 すまん、どうやら主殿は此度の件を悟られたくないようだ。 困った、それではこの剣を破った報酬がないのだが……」

 

 はてさて、と雅に考えるアサシン。 その様はとてもではないが、腹を剣で両断され、死ぬ一歩手前の人間ではない。

 これが、英雄。 美遊は人知らず、息を呑んでいた。

 

「……そうだな。 お主らをいつも観察し、眺める者が此度の騒動の発端よ。 まぁ本筋には関係など微塵もないし、敵対することもあるまい」

 

「いつも観察する……? って……!」

 

 スゥ、とアサシンの体が崩れる。 崩壊が始まったのだ。 されど気負いすることなく、

 

「む、時間か……仕方ない。 ではな、また近い内にまみえることになろうよ」

 

 待てっ、という言葉も聞かず。 サーヴァント・アサシンは、その姿を消した。

 後に残ったのはクラスカード。 二枚目のアサシンだ。 落ちているそれを美遊は拾うと、たまらずへたり込んだ。

 と、そのときだ。

 

「ギリギリ間に合って良かった。 驚いたよ、まさかまだクラスカードがあったなんて」

 

 ザッ、と荒野となった地面を歩いてくる誰か。 その誰かに、美遊は呆けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方。 森を抜けた林、海岸。

 傾きかけた日を反射する海は眩しいが、それを背景に戦うのは、イリヤとクロ。 砂浜をフィールドにした彼女達の戦いは、早くも決着がつきそうだった。

 

砲射(フォイア)!!」

 

「……ぐ……!」

 

 ステッキを振るい、魔力の塊を撃ち出すイリヤ。 一ヶ月前は美遊と同じく、高火力だったそれは見る影もないのだが、いつもならミニバレーボールほどの大きさの弾丸は、今はバスケットボールほど。 砲撃とは言えない。 やはり先程アサシンに斬られたダメージが色濃く残っているのか、その顔は真っ青だ。

 しかし、クロはそれを受けきれず、砂の上をゴロゴロと転がる。 美遊どころか凛達でも、避けるぐらいは出来る。

 

(わざと弱ったフリをしてる……? ううん、違う。 クロは確かにわたしを殺そうとしてる。 フリでも、クロはわたしに弱いところを見せたくない。 だから弱ってるんだ、本当に)

 

 正確に、イリヤは分析する。 心を落ち着かせて。 そんなイリヤを見上げ、クロは血走った目で苛立たしげに、

 

「……何よ、上から見下して。 殺すなら早くしなさい……じゃないと、こっちが殺すわよ……!!」

 

 バチィ、と火花がクロの手に迸り、巨大な岩のような剣が空間に浮かぶ。 あのバーサーカーが持っていた、斧剣だ。 それを九つ。 標準は全てイリヤ。

 

「ルビー、試してみたいことがあるの。 剣、出して」

 

「け、剣ですか? しかし、アレを受けるのは、イリヤさんの現代っ子特有のもやしアームには荷が重いのでは……?」

 

「余計なお世話だねホント!?」

 

「ゴチャゴチャ話す暇があるかし、ら!!」

 

 ルビーが躊躇している間もなく、斧剣は射出。 弾道ミサイルのようなそれにルビーも慌てて剣を形成、イリヤは刀身に手を当て、滑らせた。

 

螺旋剣(シュピアーレシュベーアト)!!」

 

 詠唱の後、魔力でコーティングされる刀身。 それを手に、イリヤは真っ向から斧剣へと突っ込む。

 

「自棄にでもなったのかしら? それじゃあわたしの剣製は……!」

 

 破れない。 しかしその言葉が口に留まり、クロは驚いた。

 何故ならイリヤは、いとも簡単に、斧剣をバターのように切り裂いたからだ。

 

「なぁ……!?」

 

「やっ、せいっ!!」

 

 続く二本、三本を体を回してイリヤは回避すると、残りの四本をまとめてステッキで真っ二つにし、クロに肉薄した。

 

「チィ!」

 

 すかさず投影した夫婦剣を使い、迎撃するクロ。 だがイリヤは、その夫婦剣すらも一刀で破壊する。 つんざく破砕音が連続し、クロはバックステップしながら剣を放ち続ける。

 しかし、届かない。 あらゆる剣を知る英霊を身に宿すクロは、そこでようやっと、イリヤが施した魔術の正体を見破った。

 

「……なるほどね。 剣に振動を加えて、それを刀身で回転させることで、チェーンソーで伐採するようにしてたわけか」

 

「それだけじゃないでしょ」

 

 ザク、と砂浜に刺さり、消える剣。 イリヤはそれを横目に、

 

「……あなた、本調子じゃない。 本気ならこんな付け焼き刃は通らない。 絶対に」

 

「なんだ……分かってるじゃない、珍しく。 ええそうよ。 わたし、ちょっと弱ってるわ。 全く、忌々しい呪いよ」

 

 腹に手を添えるクロ。 そこには凛に施された、一方的な痛覚共有の呪いがある。 そう、よく考えればクロはイリヤと士郎と痛覚だけを共有しているのだ。 それでも立ち上がり、こうして戦う姿を見ると、本当に共有しているのかと疑いたくなる。

 でも、と再び投影した刀剣を突きつけ。

 

「それでもあなたを殺す。 刺し違えてでも、あなたを殺すわ」

 

 それは脅しではなかった。 宣告だ。 剣を取れ、さもなくば殺すという宣告。 イリヤだってそれぐらいは、感じ取れる。

 しかしだからこそ、その言葉で確信を得た。

 

「ねぇ、クロ。 何をそんなに焦ってるの?」

 

「……なんですって?」

 

「だってそうでしょ。 弱ってるなら、一度逃げて立て直した方が良い。 力を蓄えてから、わたしを殺しに来れば済むことなのに。 痛覚共有の呪いで、相当の痛みが溜まってるのに。 あなたは逃げない」

 

 減らず口をと言いたげに、クロが砂を蹴り、剣を振る。 しかしイリヤはもう逃げない。 逃げないと決めたから、剣を防ぐ。

 鍔迫り合いに持ち込み、イリヤは早口で捲し立てる。

 

「刺し違えてでも殺す? それじゃあまるで、全部どうなっても良いみたい。 あなたはさっき言った、わたしになりたいって。 わたしを殺して。 それが願いなら、刺し違えてでも殺すなんて言葉は絶対に言わない、それなのにあなたがそう言ったってことは……!」

 

「だ、まれぇッ!!」

 

 負けじと、クロはイリヤのステッキを押し返す。 押し返し、弾くために更なる力が両腕に注ぎ込まれた。

 

「お前に……お前にっ、何が分かるッ……!!」

 

 血走った目と、歯を剥き出しにして吼える姿は、よほど切羽詰まっていたのだろう。 余裕など全く感じられないだけに、怒濤のような気迫に、イリヤは一瞬呑まれそうになる。 命を奪う刃が、視界一杯に広がり、膝をつく。

 

「いつもウジウジして、誰かを傷つけて、人の気持ちなんて何にも知らないまま、のうのうと暮らしてるお前にッ!! わたしの、わたしの何が分かるって言うのよ……ッ!!」

 

 そうだ。イリヤはお世辞にも、強いとは言えない。

 けど、決めたのだ。

 話そうと。

 兄にそうしようと思ったときに、クロにも同じことをしようと。 ただ戦うだけじゃ、何も解決しないことは分かったから。

 イリヤは同じように、心を裸にして、クロへとぶつかっていく。 包み隠さず、本心を。

 

「……分かんないよ……そんなの……ッ!!」

 

 ステッキに作られた刀身を、肩に乗せる。 必然的にズブズブと魔法少女の衣装を貫通するが、力は入れやすくなった。 イリヤはぐ、と体を勢い良く起こした。

 

「分かんないから、聞きたいんだよ……わたし何も知らないから、見たことあることしか信じないし、信じたくないけど。 でも、だから、分かるまで何回でも話して、何回でも信じてあげたい……お兄ちゃんも、あなたも……!」

 

「はっ! わたしをさっき殺そうとした女の言葉なんて、信じられるわけないでしょうが……!」

 

「それは悪かったと思ってる……取り返しがつかないことをしたことも! でも、このまま終わるのも嫌! わたしはあなたと話したい、話してどうなるかも分からないけど、それでも……!」

 

「この、……!!」

 

 顔を憤激で真っ赤にするクロ。

 

「理想論に感情論、言ってることも滅茶苦茶! 説得どころか自分の意見を叩きつけてるだけ! そんな都合の良いことばっかり、言ってんじゃ……!」

 

「都合の良いこと言って、何が悪いのよ!?」

 

「……!?」

 

 怒号に、クロが鼻白ばむ。 まるで想定していなかった言葉だったのだろう。 イリヤはここぞとばかりに、声を荒げた。

 

「あなたがしたことを許せるハズもないし、許す気もない! でも、だからって、それであなたを殺したいと思えるほど、あなたを憎んでる自分も居ない!! そうよ、文句とか、まだ言いたいこといっぱいある!! こんなところで死なれたら、何もやり返せない!! それは、絶っ対に嫌だ!!」

 

「なあ……!?」

 

「全部踏み倒そうとしてるなら、お生憎さま! あなたは死なせない、わたしに謝るまでは!」

 

 下手な気遣いや、同情など一切ない。 それだけイリヤが真剣に、体当たりでクロに挑み、手探りで問題を解決しようとしているのだ。

 そこに、ひたすら逃げていたイリヤは居ない。

 されどやられっぱなしのクロではない。 押されていた夫婦剣が、またイリヤへとジリジリ迫る。

 

「だったら……!! お兄ちゃんのことは、どうするわけ!? 大嫌いなんて言っておいて、それでまた元に戻れるなんて本気で思ってるなら、解決策ぐらいはあるんでしょうね!?」

 

「……!」

 

「どうしたの? ほら、お得意の能天気なトークはどうしたの、かしらっ!?」

 

 イリヤごと。 ステッキを弾き、問いをその心に叩きつけるクロ。 さしものイリヤも、苦い顔をしていた。

 

「そうよ……あなたにお兄ちゃんは救えない……わたしじゃ、救えなかった(・・・・・・・)のに。 あなたなんかに、救えるハズがなかったのよ……!!」

 

 そんなイリヤに蔑みの視線を向け、クロの姿が消える。 空間転移。 真後ろを取ったクロは、勢い良く干将莫耶でその首を掻き切ろうとして。

 

「!?」

 

 その手首を、星形の障壁が被さった。

 それは手錠のような、拘束具に近いが、実態は違う。 空間軸の座標に、直接障壁を設置して作動させるーー言わばトラップの一種。

 

「もう一度言うわ」

 

 しかしクロが宿すは、英霊。 本能からか、生き残るための行動へと移していた。

 

「あなたには、救えないっ!!」

 

 サマーソルトキック。 空間にセットされたトラップを支えに、鉄棒の要領で振り返ったイリヤのステッキを爪先に引っかけて飛ばし、勢いそのままで蹴りを繰り出す。

 だが。

 

「そんなこと……!!」

 

 クロが目を剥く。

 何故ならイリヤはステッキ無しで、その小さな手で拳を作り、既に目の前で振りかぶっていたからだ。

 先読み……ではない。 イリヤはステッキを手放したときから、クロへ飛び出していたのだ。 直感と運に任せて。

 そして。

 

「わたしが! 知るっ、かああああああああああああああああああああああ!!」

 

 バキィ!、と。

 クロの横顔へと拳が突き刺さった。

 幼い少女とはいえ、全体重の乗った拳は、見事にクロを吹き飛ばし、そして倒す。

 同じようにイリヤも、無事とは言えない。 遠心力で振るわれたクロの爪先が、その鳩尾に叩き込まれたのだ。 クロスカウンター。 二人はそのまま、磁石のように反発して砂浜を転がった。

 少女達の荒い息が、海岸を埋め尽くす。 砂に汚れ、海水に濡れる姿は、この上なく滑稽なのかもしれない。 しかし倒れたまま、イリヤが告げた。

 

「……正直、今でも答えは見つからない……だから、話さなきゃいけないんだ……話して、見つからなくても……わたし、は……」

 

「……は」

 

 クロは腫れた頬を手で触りつつ、

 

「ったく……甘すぎだし、現実見なさすぎ……まぁ、でも……」

 

 波の音にクロの声は消える。 イリヤが立ち上がろうとして、体から崩れ落ちる。

 疲労が溜まりきっていたのだろう。 何せ今日は色々とありすぎた。 どちらともなく、意識が消えていく……その直後。

 キキィ、と近くで車が止まる音が、した。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude out.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude5-9ーー

 

 

 街道に止まるのは、高級車であるメルセデスベンツ。 しかも1950年代に生産された、300SLクーペだ。 今なお根強い人気を誇るその車から、一人の女性が降りる。

 アイリスフィール・フォン・アインツベルン。 イリヤの母だ。

 

「あらあら」

 

 含み笑いをその美貌に浮かべ、彼女は楽しげに海岸でダウンした娘達へと近づく。 ベッドで眠る娘を、愛らしく見守るのと同じなのだろう。 殺し合いを演じた海岸を見ても、アイリスフィールに焦燥などはない。

……こんなときでもお嬢様らしくヒールのため、えっちらおっちらしているが。

 

「っとと。 んー、海ならサンダルにでも履き替えた方が良かったかしらねぇ、っと」

 

 まずイリヤの容態を確認。 顔色は良くないが、疲労と肉体の酷使が原因なのは分かっている。 とりあえず背中に担ぐと、続いてアイリはクロへと向き直る。

 そこで、アイリの表情に初めて陰りが刻まれる。

 クロの体。 引き裂いたカーテンのような外套や、アーマーなど、それらがまとめてブレていた。 さながらジャミングを受け、映像が乱れるように。 ラグの起こる娘に、アイリは。

 

「……辛かったわね、イリヤちゃん。 もう、大丈夫よ」

 

 そう言い、前髪を撫でてやる。 クロは全く反応しなかったが、それでも母らしいことをするのなら、今はそれぐらいしか出来なかったのだろう。

 

「アイリ」

 

 と。 丁度アイリ達の後ろから、野太い声が発せられる。 その声に、アイリは輝くような笑顔で応えた。

 

「切嗣! そっちも終わったの?」

 

「ああ。 少しばかり手間取ったけど、何とかね」

 

 そう言う切嗣の背中には、イリヤと同年代の少女がおんぶされていた。 アイリは確か、と唇に指を当て、

 

「あなたが美遊ちゃん? イリヤと仲良くしてもらってるみたいで。 あ、イリヤの母親です、よろしくね」

 

「えっ?……あ、はい……よろしく、お願いします……」

 

 恥ずかしそうに、切嗣の背中に隠れる美遊。 その様にアイリはニコニコと笑顔で、

 

「さーてと……それじゃあ帰って、家族会議でもしましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude out.

 


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