Fate/kaleid night プリズマ☆イリヤ 3rei!! 作:388859
「お祝いしましょう!」
瓦解しかけた衛宮家の絆が無事繋がり、そしてより強く結ばれたその翌日。
深夜にまで事が及び、翌日は休みということもあって昼まで眠りこけようかと思っていたのだが、日頃からついた習慣のおかげで朝早くに起床。セラぐらいしか起きてないだろうな、と部屋から出た途端、アイリさんと鉢合わせ……これだ。
「……お祝い?」
「そ、お祝い!」
オウム返しに聞いてはみたが、てんで何のお祝いか見当がつかない。はてさて今日は何かあっただろうか? 知識としてあるエミヤシロウの記憶に呑まれないよう慎重に探るが、そういった記念日は無かったハズだが。
「もう、ちょっと忘れたの? 昨日はみんな、クロちゃんと仲直りしたでしょ? ということは家族全員がようやく揃ったわけじゃない。これはもうお祝い事よ、うん!」
「あぁ……」
寝ぼけ眼を擦る。そういやそうだ。
クロと仲直り。これはとても重大なことだ。それはつまりクロがこの家族の一員になるということなのだ。家族が増える、これ以上大きなイベントも早々無いだろう。
クロを助ける。そのことばかり考えていたが、アイリさんはその後のこともちゃんと考えていたのだ。家族とは刹那的な間柄ではない。永続的に続き、そして終わりがないのだ。これまでも、これからも。
しかし、
「……スッゴい元気ですね、アイリさん」
ワインレッドのブラウスの前で手を合わせる彼女の顔には、疲労というモノが一切ない。昨日は本当に大変だったのだが、アイリさんはそうでもなかったのだろうか?
「ん? ああ、心配してくれてるの? 大丈夫、お母さんは強いものよ。それより士郎は? クロちゃんの相手は大変だったでしょ?」
「まあ……」
大変では、あった。何せクロはどういうことか、俺との距離が異様に近い。そりゃもう兄と妹という関係よりは……こういう言葉を選ぶのはアレだが、恋人に近いのかもしれない。時々目が猫っぽくなるし。
これまででそうなのだ。家族となった直後だというのに、それを理由に魔力供給をせがまれる羽目になるわ、肌を近づければ魔力の消費が抑えられるとか意味の分からん理屈で俺と寝ようとするとか。何がどう星が巡ったらそうなるのか、小一時間問い質したいほどだった。おまけにイリヤから何をしたのか根掘り葉掘り聞かれるわで、事後処理というより、痴情のもつれ? いやいやそんなわけない。多分、きっと、恐らく。
「……アイツは何考えてんだか」
「きっと構ってほしいのよ。せっかく臆面もなく触れあえるんだし、そういう年頃なんじゃないかしら」
それで済むのかアレが。年頃のオンナノコならば、キスとかそういうのは大事にすべきだと拙者思います。
「そこら辺はわたしからも教育的に聞きたいところだけどねぇ? ほら、流石に不良行為に寛容なアイリママも、近親とかはちょっと……それに九歳の女の子の唇を強引に奪うのは……」
「情報が錯綜してますよそれ、お願いだから切嗣には言わないでください」
「やましいことがあると人って早口になるのよね。そういうことがあったら話そうって切嗣と約束してるの」
「あれ!? 何も失言してないのにいつの間にか追い詰められてる!?」
誠に遺憾である。被害者はこっちなのに。納得が行くわけもなく、抗議の一つもしたくなるというものだ。
と、
「士郎」
名前を呼ばれ、逸らした視線を戻す。アイリさんはさっきと変わらず、笑顔のまま。なのに、その姿に寂寥感を覚えた。
「……これは、勝手なのかもしれないけど。出来れば、息子と同じように、あまり敬語は使わないでほしいの。その、何かムズムズするっていうか」
あはは、なんて笑いにも、少し張りがない。
……俺の中で、アイリさんはほぼ他人だ。血縁がなくとも顔見知りであったイリヤや、父親代わりの切嗣とは違って、アイリさんは正真正銘、この世界で初めて会った存在なのだ。
姉は居た。妹も居た。
でも、母親は居なかった。
だからどう接すれば良いのか、未だに分からない。母親という存在はまさに、俺にとっては全てが未知だ。
だが確かなことは、また煮え切らない態度で誰かを傷つけていたということ。
なら、やることは明白だ。
「……分かった、アイリさん。これで良いか?」
一瞬、アイリさんが固まる。だがすぐに、その妖精じみた顔は、笑顔へと変わった。
「……ん、おっけー! ありがとね、士郎!」
「このぐらいでありがとうなんて言わないでくだ……言わないでくれ。まだこう、恥ずかしいし」
「んーん、そんなことないわ。わたし、すっごく嬉しいし!」
くるん、とスカートを舞い上がらせるように一回転するアイリさん。本当に嬉しそうで、こっちも笑ってしまいそうになる。
まだ色々、課題はある。
その中にはきっと、自分では太刀打ち出来ないモノばかりだ。
でも、それを理由に諦めることも、ずるずると引っ張ったりもしない。
だから一歩ずつ、前へ進めば良い。
「あ、ちなみにパーティーで何をするかなんだけどね」
そう前置いて、アイリさんは、
「せっかく家族揃ったわけなんだし、ここは母親の威厳を見せるところよね! というわけで、今日はおかーさんが料理を作ります!」
「えっ」
そんな爆弾を、至近距離で炸裂させてきた。
「メニュー考案わたし、料理するのもわたし、そして家庭内ヒエラルキー頂点もわたし! そんなアイリママも、日頃は居ないわけだし、ここらでおかーさんっぽいところ見せなきゃ、ね?」
いやあの『ね?』って言われても。
……色々突っ込みたいが、料理は得意なので?
「? 料理ってお湯に入れて三分待てば出来るんでしょ? もしくはレンジでチン!」
それは料理じゃなくて元の形に戻しているだけなのでは。そう言いたいが、スキップしながら階段を降りていく母親を見ると、止めるのも野暮というものだった。
結局、アイリさんの大侵攻はセラにも止められなかったらしく、アイリさん主催のパーティーは今夜行われることになった。
ただし料理の指定だけはこちらが請け負う。当初はお袋の味的な奴をやたらめったら合わせて闇鍋チックなオカンフレンチを作ろうとしていたようだが、そんなものは虎も食わないだろう。ああ決して個人を指しているわけではない、単なる比喩である。
そこでアイリさんが料理をするときはセラがサポートに回り、その間に俺がもしものために(そのもしもをセラは百パーセント起こすと断言してた)パーティー用の料理を作る運びになったわけだが。
「と、言われてもなぁ……」
カートをガラガラと押しながら、頭を悩ませる。
今俺が居るのは、全幅の信頼を寄せるマウント深山のスーパー。その食材コーナーをあてもなく、ブラブラと往復している。
セラから大役を任されたが、恥ずかしながら自分が料理を提供してのパーティーなんてほとんど経験がない。その経験も、例えば藤村組から誘われたりだとか、もらってきたオードブルを消化するために人を呼んだりだとか、自分が献立を考えた経験がないのだ。
「鉄板なら、ちらし寿司とか揚げ物だけど……」
どちらも作ろうと思えば作れる料理で、趣旨からして外れではないだろう。しかし、それはどちらかと言えば、他人とするパーティーだ。家族だけでやるとなると、献立もしっかり考えるべきなのではないだろうか。しかしその線引きをするとして、何がダメで何が良いのか、皆目見当がつかない。
まずは、みんなの好みから精査してみるか。
「イリヤはピーマンがダメで、クロも好みは同じ。あとは切嗣が味が濃い……というか、ジャンクフードが好きだったっけ」
残りの三人、アイリさん、セラ、リズは基本的に何が好きで嫌いということもなかった気がする。出されれば何でも美味しく頂く。強いて言えばリズも、切嗣と同じような舌を持っているというぐらいか。
「……士郎」
とんとん、と肩が叩かれる。隣を見れば、付き添いのリズが。どうしてセラじゃないのかと言えば、家でアイリさんをイリヤや切嗣と一緒に何とか押し止めているのだ。あの三人でアイリさんを止められるかというと、微妙なところだが。
「なんだ、リズ? 何か食べたい料理とかあるならじゃんじゃん言ってくれ、今なら即決だぞ」
「ん」
返事をし、リズが無表情で何かを差し出す。って、おい。
「……これポテトチップスだぞ。しかもさらっと違う味の奴が三つも」
「備蓄を切らしてた。明日のおやつがないのは死活問題」
「お前な……」
「だめ?」
しゅん、と明らかに意気消沈するリズ。まるでお預けされる子犬である。ため息しながら、とりあえず買い物かごへ食品第一号となるポテチを放り込んだ。おい、ちょろいなって聞こえてるぞ。今度はこういう手通用しないからな。
「士郎は優しいから、次も同じ手に引っ掛かる。そこに漬け込むのはわたしなりにおやつを楽にゲットする戦略。だからちょろい、ちょろ甘」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ……」
「ちょろ甘い弟。そしてわたしはそんな士郎に甘える綺麗なお姉さん」
「逆だろ普通、セラが泣くぞ。あと自分で綺麗っていうのはイロモノ扱いされるぞ」
いやまぁこういう扱いは慣れてるし、頼られるのは嫌いじゃない。嫌いじゃないが、納得いかぬ。
と、そうだ。
「そういやクロは? アイツ確かお菓子コーナーに行ったっきりだけど」
付き添い人はもう一人居る。今回のパーティーの実質的な主役となるクロだ。もう分かれて結構な時間経つが、
「お、にー……ちゃんっ!」
噂をすれば、背中に衝撃。思ったより強いそれに踏ん張りが効かず、カートごと前によたよたと倒れそうになる。
何とか堪えて斜めに視線を下げると、後ろからクロが抱きついていた。
「おいクロ、もうちょっと加減してくれ。息が詰まりかけたぞ?」
「あはは、そりゃ鍛え方が足りないんじゃなーい? ま、それはそれとして、見てこれ!」
ひょい、と片手に持っていたそれをちらつかせるクロ。持っていたのは……。
「……なんだそれ? 化粧水か何かか?」
「そう! 夏発売の新商品! いやー、雑誌で見たときから欲しくて! 今日から先行発売なんだって!」
興奮するクロは、手の中で化粧水の容器をぐるんぐるん転がしまくる。食材を買いにきたというのに、女子力溢れる化粧品を持ってくる辺り、この買い物の趣旨を理解していない。だがそんなに欲しいとなると、買わせたくなるのが……ん?
「というかクロ。お前、雑誌とかどこで見たんだ? あの布面積を五割増しぐらいしないといけない礼装じゃ、店とか入れないだろ。うちはそういう雑誌とかは、イリヤしか持ってないし」
俺は日中のクロがどんな生活をしていたのか知らない。だがクロは何か思い当たったことがあったらしく、明らかにさっきと比べると笑顔が固い。俺の腰から離れるやいなや、こちらに背を向けるクロ。
ふーん……?
「……もしかして目を強化して、遠視した雑誌コーナーのモノを片っ端から投影したんじゃないだろうな」
肩がぴくんっ、て上がったぞ。絶対心の中でぎく、って言ったぞ。
「な、ナンノコトかなー? わたしそんなこと一言も言ってないし? というかこの化粧水、その雑誌の後ろの方に記事があったから、たまたま見えただけだし?」
「たまたま見えたモノをそんなに欲しがらないだろ。発売日まで暗記するぐらい読むなら、現物を作るのが一番楽だ。投影したな、そうだろ?」
「……」
ついには無言になるクロ。ここで追求しても良いが、今日は特別な日だ。その前に怒っていては後腐れが残る。ここは穏便に。
「……まぁなんだ。これからはそういうことしないように。化粧水は買うけど、今度からは自分の小遣いか、必要なときにセラに買ってもらえ。良いな?」
「……怒った?」
「怒ってない。そうしないといけなくした一端は、俺達にあるんだ。お前一人に全部押し付けるのもどうかと思うしな。だからほら、離れてないでこっちに来い、クロ」
離れていたクロが、てくてくと戻ってくる。隣に来たが、少し距離を置いている辺り、まだ怒ってると勘違いしているのか。全くもう。
「ほら」
「わっ」
ぎゅっ、とその手を掴み、引っ張る。もたれかかる小さい妹の手を離さず、歩き出す。
「罰として、俺と一緒にパーティーのメニューを考えるように。こっちは頭悩ませてるんだ、一緒に悩め。なんでもいいは無しだ」
「ちょろ甘」
「お前も考えろぐーたら家政婦、お菓子よりまずこっちが先だ。ったく」
じとっと目線攻撃を浴びせるが、リズには生憎効かない。視線を戻すと、クロは困惑していた。
「投影魔術はまた今度。今日は記念なんだ、楽しまなきゃ損だろ?」
「……うん!」
素直でよろしい。
そんなこんなで三人並んで、仲良く買い物を続行する。パーティーという記念だけあって、各自のイメージするメニューも違うだろう。それならメニューのディスカッションもそれなりに白熱する……かに思えた。
「「料理出来ないんでお任せします」」
これだ。料理を作る人間が一番困る、お任せします。つまるところ丸投げだ。
「……あのな、俺言ったよな? それは無しだって。全然聞いてないのちょっと?」
「だって士郎が作るなら不安はない、それに早くお菓子コーナー行きたい。あと試食」
「リズおねーちゃんの言う通り。お兄ちゃん料理に関しては完璧だもん。口出しするのは頭が高いっていうか……あとわたしもおやつ選びたい、ホットケーキっておやつに含まれる?」
「お前達おやつのことで頭一杯なだけだろ! あとホットケーキはおやつに含まれません! 夕飯が入らなくなる、グミとかにしときなさい」
ぶーぶーという抗議を無視し、ショーケースに向き直す。さて、いよいよ何を作るべきか分からなくなってきた。ただ豪華にするなら、自分達で作らなくていい。何かテーマがあれば、とんとん拍子でメニューが出来上がるのだが……。
「士郎」
「リズ、お菓子選びたいなら行ってて良いぞ」
「そうじゃない。そんなに悩む必要はない、って伝えたかっただけ」
「え?」
悩む必要はない? どういうことだろう。
リズは相も変わらずぼー、っとしたまま目の前のショーケースを眺める。中にあるのは、大きなブロック状の肉だ。
「セラは特別な日だから、相応のモノを作れって言ってたけど、それは別に肩に力を入れろってことじゃない。美味しいならなんだっていい、それだけ」
「そうなのか? 微妙に違うんじゃ……」
「ううん、違わない。肩肘張っても、士郎が楽しくないだけ。もっと適当に、アバウトでいい」
うーん……リズの話は抽象的でよく分からない。腕を組んで首を傾げていると、リズは親指を立て、
「がんば、応援してる」
そう、気力の無さそうに言って、店の奥へと歩いていった。具体的には二つ先の棚にあるお菓子売り場へと。
……アイツ、なんだかんだ言って、お菓子買いにいきたいだけなんじゃないか?
「お兄ちゃんも鈍すぎよねー。あんだけ言われて、リズの優しさに気づかないとか」
「……いや、リズの言葉が迂遠すぎると思うんだが」
つまり、あー……どういうことなのだろう。
クロはさっきの俺のように嘆息し、
「だからさ。お兄ちゃん、初めての家族パーティーだからって、そんな気合い入れまくるのは間違ってるよってこと。分かった?」
「……」
……待て。
その言い方じゃ、まるで。
「……俺が、みんなとパーティーしたことないみたいな言い方だな」
「そうでしょ。どこかの世界のお兄ちゃん」
一瞬、言葉が理解出来なかった。
しかし理解した途端、乾いた笑いが出た。同時になんだ、と思った。
結局、自分がエミヤシロウを殺したことなんて、全然隠し切れて無いじゃないか、と。
「そんなに驚かないのね」
「……そりゃあ、お前は別さ。俺を、衛宮士郎のことを知ってないと、不可解な行動が多すぎたしな。何となく、予想はついてた。どっちみちお前には話すべきだったな、悪い」
「良いわ。わたしにとって本当に価値があったのは、誰かと共有出来る記憶だもの。それをくれたのはあなた。だから、偽物も本物もない」
「……そうか」
だとしても思うところがあったハズだ。クロが望んだ家族の一人を、俺が殺した。それでも関係ないと言ってくれたことを、嬉しいと思う自分が、どうしようもなく醜い。
それにしても、
「知ってたのか……リズは。あの感じだと、セラも知ってるよな」
「言われないと気付かない辺り、鈍感ここに極まるって感じ。お兄ちゃんって告白されないと分からないタイプよね、そういうところも大好き」
「そうかい。そりゃ嬉しいでござんすよ」
おどけてみたが、今はもうパーティーがどうのこうのの話ではなくなってしまった。自分の卑しさを改めて感じてしまったからだ。
セラとリズは知っていた。俺が誰なのか。それに気付いたのがいつなのかは知らないが、俺が言うまで見て見ぬフリをしてくれていた。そういうことになる。
「……あとでちゃんと話さないとな」
毎度だが、俺の家族は優しすぎる。誰も責めないし、誰も俺を憎まない。よしんば思っても、それを口になんて絶対しない。
優しすぎる。その優しさが、余計に腫れ物扱いされているような気がして、そんなことを考える自分が小さくて。
「ね」
と。クロが繋いだ手を持ち上げて、
「聞かせて。お兄ちゃんが、あっちではどんな料理してたのか。そしたら今回の料理で、何を作るか決められるかもしれないし」
そう、純粋な好奇心で問いかけた。
……正直まいった。こっちが悩む暇すら与えず、フォローしてくれるなんて、どれだけ優しいのだ。
それに答えないのは、カッコ悪いとかそういうものの前に、みっともない。
カートを押しながら、ぽつぽつと語り出す。
「そうだな。和食がメインだったかなぁ、一応」
「一応ってことは、なんでも作ってたの?」
「まぁな。小さい頃から切嗣と二人だったから。切嗣は家を明けがちだったし、そんな俺を心配して、毎日藤ねえが来てくれたよ」
「藤ねえって……ああ、タイガのこと?」
「ん、そう。昔から藤ねえの爺さんには世話になりっぱなしだったから、その繋がりでさ。だから俺達は和食だけでも良かったんだけど、その内藤ねえが他にレパートリーないの?って煽ってくるもんだから、ムキになっちゃって」
「それで色んなジャンルに手を出しちゃったってわけ? それで上手くいくんだから、お兄ちゃんも中々侮れないというか」
「その発言は俺を大分下に見てないか、クロ……」
兄としては少し不安である。
それにしても、ふと思った。
三人で食卓を囲んだあの毎日は、自分にとって何だっただろうか、と。
「……昔は何作ってたっけ」
「? 覚えてないの?」
「まぁな。その頃はほら、火災の記憶でちょっとな」
あの頃はよく大火災のことを思い出しては吐き気や頭痛がして、大変だった。夜は眠れなかったし、歩くという行動があのときの再現をしてしまうようで、怖くて一歩も動けない、なんてこともあった気がする。その内そんなことも無くなって、夢で見るくらいにまでなったが。
そんな中で料理を作るのは……正直なところ、苦痛を忘れる発散法程度だった。皿洗いは面倒だし、食材の管理も同様だ。衛宮士郎にとって料理とは何か、と聞かれれば、それは多分日々のルーチンワークでしかない。
「……確か」
肉じゃがとか……煮物とか……あとは佃煮とか。今考えても和食ばっかりだな。そりゃあ藤ねえも怒るか。確か切嗣も、たまには濃い味が食べたいってぼやいてたっけ。そういや切嗣と暮らし始めた最初の頃、毎回ジャンクフードばっかりだったから、
「……あ」
そうだ。あるじゃないか。昔からずっと作ってきた、とっておきの奴が。
「メニュー決まった?」
上目遣いでそう聞いてくるクロに、笑顔で答える。メニューは決まった、あとは材料を買い足すだけだ。
「……ああ、なるほど」
リズの言葉に合点がいった。
家族だけのパーティー。記念日だから派手にしないといけないと思っていたが、そうではない。確かに派手さも重要だが、それ以上に大事だったのは、家族への想いだ。その家族への想いという意味では、これほどうってつけの料理はない。一旦頭が冷えたから、何とか考え付いた。
「で、何作るの?」
クロが急かす。まぁまぁと制して、俺達はとあるコーナーにたどり着くと、お目当てのものを買い物かごに入れた。
挽き肉。これを使って作る料理は、一つしかない。
「俺特製のハンバーグ。昔から作ってきた、思い入れのある料理さ」
「ただいまー……」
「たっだいまー!」
ただいま。三者三様の挨拶をして、我が家へと足を踏み入れる。
買い物を終え、とりあえずメニューも決まった。もう夕方だし、早く作らないと時間が無くなってしまう。
しかし妙だ。いつもならセラが出迎えに来てくれる。パーティーの準備、というかアイリさんの暴挙を止めるにしても、返事をする余裕くらいはあるハズだ。何かあったのか?
買い物袋を持ってリビングへ。そこには、
「ぬぬぅ……」
「あひゃあ……」
「うぅっぷ……」
「お、お帰りなさい、三人とも……!」
何故か黒焦げになって転がっている、アイリさんとイリヤ、それに親父。そして一人キッチンで事後処理をするセラの姿だった。
……遅かった。この惨状、そしてセラが処理している謎の超物体Z。見る限り、超物体はαやγまである。
「あー……一応聞くけど、何がどうしてこうなった?」
「お袋の味なるものを模索しようとしたらしく。肉じゃが焼き魚佃煮味噌汁などのモノを全て混ぜて、最後にそれをカレールーと錬成したら……」
「もういい。もういいです。闇鍋どころか闇カレーかぁ……」
とにかくインドが闇に変わる現場だったのだ。何か新しい宇宙の法則とか誕生させる儀式の生け贄っぽいような、まぁそれ以上は語らなくて良い。うん。
「セラ、てっきり下克上でも起こしたのかと思った。計画的犯行による、衛宮家乗っ取り作戦。やるならわたしも混ぜろよバディ?」
「そんなわけないでしょうが!? こんな食材のもったいないこと、私には出来ません! ああいや、決して奥さまが悪いわけではなく!?」
「セラ。それ凄い分かりやすく、ママが悪いって言ってるけど?」
「クロさんまで!? えぇい、あらぬ誤解は置いておいて、とにかく手伝ってください! パーティーをするにしても、このままではどうにもならないでしょう!」
ごもっとも。というわけで被害のあったキッチンは、俺とセラが片付け。アイリさんとイリヤは一先ずクロとリズが二階に運ぶことにした。いやまぁ隔離というべきか、とりあえず大人しくしててください。
で、俺達はパパっと後片付けをして、綺麗になったキッチンで買ってきた食品などを一通り出す。
「……挽き肉にナツメグ、それに玉ねぎ。なるほど、ハンバーグですか?」
「ああ。パーティーって言っても、俺が考えるとこれぐらいしか出来なくてさ。リズも余り気負わなくて良いって言ってくれたし」
「あの子は力を抜きすぎなんです。もう少し息を張り詰めて生きてもらわないと、何のための家政婦だか……」
エプロンを腰に巻いて、準備完了。と、その前に一つ、謝っておかないと。
「……ごめんな、セラ」
「ど、どうしました、士郎? 事情もなしにいきなり謝られては……」
「俺がエミヤシロウじゃないってこと。騙してて、ごめん」
途端に、セラの顔から人間らしい表情が消える。それはアインツベルンの城で見た、あの遺体のホムンクルスの表情とそっくりだった。
凍えるような目は、激しい敵意と共に俺に叩きつけられる。それはまさしく、怨敵と鉢合わせた瞬間だった。
しかしそれもすぐに消える。セラ自身が我に返ったからだ。
「……すみません。あなたに当たっても栓無きこととはいえ、自制が効かず」
す、と深く頭を下げるセラ。それは何処までも他人行儀で、だからこそストレートにこの胸に響いた。
「申し訳ありません。あなたが一番苦しいというのに、それを察していながら……」
「それは違うだろ」
そう、違う。それは前提が違うのだ。
「一番苦しいのは、この世界の人間であるお前達だ。それを棚上げして自分が苦しいって主張するのは違うだろ。それにセラみたいな反応は初めてだから、不謹慎だけど……ホッとした」
「?」
「だって、セラは俺のために怒ってくれたんだろ?」
セラが目を丸くする。気付いていないならもっと良い。無意識にそこまで怒ってくれたなら、エミヤシロウをそんなに愛してくれていたのだ。感謝してもし足りない。
「みんなさ、セラみたいに怒ってはくれなかった。自分も辛いのに、優しく俺に配慮してくれたんだ。それをどうにも出来ずに甘えてばっかりだった。だから自分で自分を責めるしかなかったんだ」
でもセラは違う。セラは感情を制御出来ずに、暴発させた。それだけ、彼女の想いは強く、そして傷付いたのだ。
「だから俺は嬉しい。セラはエミヤシロウのことを、本当に大切に思ってくれてたってことだから。そんな優しい人が家族で、俺は本当に幸せ者だよ」
「……む、うぐぅ……」
「? セラ?」
ぷるぷると震えながら、頭を横に振る家政婦さん。よく考えればこんなこと俺に言われたって仕方がないし、もっと怒らせてしまっただろうか……?
「悪い、俺に言われても何も伝わらないよな」
「い、いえ……ただ、いきなりフィニッシュブローを叩きつけられたと言いますか……何処の世界もやはり変わらないのだな、と確信しました。ええ」
「???」
顔に手をあて、頬を隠すようについ、と逸らすセラ。だが首まで真っ赤では、隠しようもない。
「えーと……つまり?」
「もう怒っていない、ということですよ、士郎。全く、人の気持ちに鈍いのも変わらないですね」
しかし彼女は笑っていた。頬を赤く染めていても、心の底から。
「私にとって、あなたは既に家族同然です。それは家政婦だからでも、旦那様や奥様に言われたからでもない。イリヤさん達を守ろうと奮闘していたあなたの姿を、私は知っています。だから何も変わりません、私は変わらずあなた達の幸せを願い続けましょう」
微笑み、セラは語る。
「ーーーーいつか、あなた達を看取る。その日までずっと」
その顔にはもう、先程の敵意など欠片も無かった。
ただ願っていた。その先にある結末がどうあろうとも、それを見届けることが出来るようにと。
……これは従者としての献身ではない。
家族として、当たり前に、ただ大切な人と最期まで一緒にいたい。たったそれだけの話に過ぎない。
普段はよく見えない優しさ。だからこそこんなときには、強く伝わる。
「……ありがとう、セラ。セラは、本当に優しいな。誰よりも」
「ぅ、うぐ……だから、そんなことをいきなり言われても困ります! こう、受け止めようにも準備が……」
「褒められるのに準備が要るのか? セラ、一応言っとくけど、もう少し素直になった方が良いぞ? せっかくの優しさが分かりにくくなる」
「あなたはずばっと何もかも言い過ぎなんですっ! もう、人をからかって……!」
ふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまうセラ。真実を知られてもそんな姿がまた見られるだけで、心が踊る。
「それより士郎、お忘れですか? わたし達は一刻も早く、パーティーの準備をしなければなりません。時間も遅くなってきた今、早くしなければ就寝するまでの時間にまで影響が……」
「分かった分かった、じゃあやろう。手早く、美味いモン作ろう」
「あ、ちょっと士郎! まだ言いたいことが山程あるんですからね!?」
くどくどとした説教を遮って、俺は挽き肉の包装を破る。セラはまたもや腕を振り上げて怒るが、それが可愛らしくて、何より日常が帰ってきたのだと実感した。
さぁ作ろう。
最高のお祝いにするために。
「士郎! 笑ってないで早く作らないと、奥様が起きてしまうでしょう! またあの惨状が起こったら、今度は家そのものが吹き飛びかねません!」
「さらっと末恐ろしいこと言うなよな、セラ……」
そして。
「わーっ! すごーい!」
イリヤがテーブルに並んだ料理を見て、手放しで喜ぶ。
卓上にあったのは、小さめのハンバーグ。それが、まるでチキンのように沢山積まれ、その横にサラダやパン、輪切りにしたポテトフライなどが同じように置かれていた。
士郎とセラがパーティー用の料理を作り終わったのは、結局一時間後。パーティーなので飾り付けなどをすれば良かったかもしれないが、その間にアイリの暴走を許せば、パーティーどころか最後の晩餐会となってしまうところだ。
「うーん美味しそう! ねーねーお兄ちゃん、早く食べよー!」
「あ、ちょっとクロ! 自分だけお兄ちゃんの隣に行こうとするなんてズルい! 抜けがけはなし!」
「良いじゃない別に、今夜はわたしが主役みたいなもんだしー?」
「言わせておけばこの女狐め……!」
「はいはいさっさと座れ二人とも。食べる前に料理が冷めたら、作った身としては結構へこむぞ?」
「む……」
「ぐ……」
睨み合うクロとイリヤの間に入る士郎。しかし二人はなおも視線を激突させ、座った後も熾烈な兄争奪戦を繰り広げている。
そんな三人の反対では、リズとセラ、そしてルビーが談笑している。クロのことが露見してから、ルビーの存在も衛宮家では周知になっていた。
「いやー、お兄さんのフラグ建築っぷりは凄まじいですねぇ。義理とはいえ妹二人をああも手玉に取るとは……」
「私としては、あなたのその言動がイリヤさんをああしてしまったのではないかと邪推してしまうのですが……」
「アハー☆ このミラクル黄金比で作られた、ファンシーカレイド礼装のルビーちゃんにそんな真似は出来ませんよー。時々現実の怖さを勝手に自覚するぐらいなのです、うんうん。それとイリヤさんを素質がありましたし、契約の時もそれを逆手に」
「犯人は、お前だ。ずびし」
「ぎゃう!? ちょ、リズさん!? 星の部分にビシビシ指を突っ込まれると、ルビーちゃん的には卑猥な絵になってないか心配なのですが!?」
「あなたの存在自体が心配なんです! リーゼリット、その悪鬼をあとで叩き壊してきなさい」
「りょーかい。ハルバードなら潰せる」
「あれれ? 物凄く嫌な予感するんですが、これ時空間違ってません? リズさんがハルバード持ち出したらそれ違う世界の話じゃあ?」
あの礼装を作った宝石翁は、間違いなく性格が歪んでる。衛宮家の共通する知識がまた一つ増えた。
そしてーーそんな景色を見て、彼、衛宮切嗣は楽しそうに笑っていた。
「はは、なんだかうちも賑やかになったなぁ。娘が一人に、お喋りな礼装が一つ。隣も付き合いが長くなりそうだし、これから騒がしくなりそうだ」
「あら、ご不満?」
「いいや。そんなことはないさ、アイリ」
真実を知らせても、こうしてみんなまた笑えている。それがどれだけ素晴らしいことか。人の愚かさを知っている切嗣としては、この光景はまさしく奇跡だった。イリヤにはまだ士郎のことを伝えてはいないが、それでも、いつかは伝えなくてはならないときがくるだろう。
でも、今は喜ぼう。
隣で同じように笑っていたアイリに答え、ほらほら、と切嗣がパーティーを取り仕切る。
「士郎とセラがせっかく腕によりをかけて作ってくれたんだ。話は食べながら出来るし、まずは乾杯しよう」
みんなが頷き、コップを持つ。切嗣はそれを確認すると、自分のコップを掲げた。
「それじゃあ……新しい家族に! 乾杯!」
乾杯!
カァン、とコップをぶつけ合う音。全員とコップをぶつければ、パーティーの始まりだ。
士郎とセラが率先して、全員にミニサイズのハンバーグを配っていく。
「ソースは三つあるから好きな奴かけろよ。パンもあるから、ハンバーガーみたいにするのもアリだ」
「さっすがお兄ちゃん! じゃあわたしハンバーガー!」
「わたしはまず普通ので良いかなぁ。その後ミートソースでハンバーガーとか」
「甘い、最初から倍プッシュ。どっちもプリーズ」
「あなたは自重しなさいリズ! どうしてそうあなたは食い意地が張っているのです!?」
「発育の違いじゃないですか~?」
「お黙りなさい! パンに挟みますよこのボンクラ礼装!」
かしましい声の中、切嗣の皿を受け取った士郎が、ハンバーグを取りながら。
「親父、ハンバーグとか好きだろ。だから今回これにしたんだ。みんなに食べてもらいたくて、俺が作ってきた味」
「……そうか」
俺が作ってきた味。それはつまり、幼い頃から試行錯誤して、自分ではない衛宮切嗣に出していたモノなのだろう。確かに自分は昔、ジャンクフードをよく食べていた。それを彼は知っていて、作ってくれたのだ。
ずっと作ってきた彼の味。その始まりが衛宮切嗣へのモノなら、成長した彼へ、自分が出来ることは一つ。
三つあるソースの内の一つ、ミートソースをかけると、切り分け、口に運ぶ。
ジューシーな肉汁が広がり、トマトの酸味が続いて口の中を刺激する。肉も焼き加減が絶妙で、ふわっとしていながらこれ以上ないほど食べ応えがあった。
「……うん、美味しい」
「……ホントか?」
「ああ、嘘は言わないよ。人生で最高のハンバーグだ」
その言葉に、士郎は鼻の頭を擦り、ニッと自慢げに笑った。その表情が驚くぐらい、自分の知っている息子の幼年期と似ていて、胸が熱くなる。
やっぱり彼も息子なのだ。
そう、衛宮切嗣は今一度確信する。
「んー♪ これ、オニオンソース? ちょっと大人向けな味だけど、すっごく美味しいー!」
「オーソドックスなソースもあるんだ。小さいからパクパクいけちゃう……」
「うむ、美味である。士郎、これ明日も作って」
「うんうん、このハンバーグなら毎日でも良いかなー!」
「二日連続でハンバーグは流石にバランスが悪すぎます、奥様。でも……うん。シンプルながら美味しい……」
セラのお墨付きも頂いたし、どうやら大好評のようだ。おかわりの声は後を絶たず、士郎は慌てて次のハンバーグをみんなに分けていく。
そんな忙しくも、楽しそうな息子を見ながら、切嗣はハンバーグをもう一口食べる。続いてもう一口。手が止まらないし、幸せな気分も止まりそうになかった。
暖かい声は、何処までも何処までも。夜の帳すら吹き飛ばす勢いで、ずっと続いていた。
「そうそう、ここで真打ちよね。何とか完成していたアイリママ特製、おふくろカレーとかあるわよーー!」
「うげっ!?……に、臭いだけで吐きそうだわ……」
「ちょ、ちょっとクロ……うぇっぷ……なにこれ、ガスみたいな……ヘドロ的な……」
「うぉい!? なんでアレがここにあるんだ、セラ!?」
「私が知るわけないでしょう!? お、奥様? それはまだ未完成品ですので、私が味付けして……」
「あら? そうやってひっくり返そうとした誰かさんを私数時間前に見たのだけど?」
「旦那様、お助けください!!」
「えぇ、僕!? ちょ、アイリ? なんで鍋ごと近づいてくるんだい? 待って、口に直接セメントみたいに流し込むのはーー!?」
「あ、臭いで墜ちた」
「なのに追い討ちに直接イートインとは。イリヤさんのお母さんはナチュラルド畜生ですねぇ」
「爺さあああああああああああああああああああああああああああああん!!?!?」