Fate/kaleid night プリズマ☆イリヤ 3rei!!   作:388859

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一日~噛み締める日常、教わったこと~

 目覚まし時計がその役目を果たそうと、けたたましいアラーム音を響かせる。耳を、脳を揺さぶる一定のリズム。ゆっくりと手を伸ばそうとして、目覚まし時計がある方向へ顔を向ける。

 

「ん……っ」

 

 ふわり、と鼻孔をくすぐられる。タオルかと思っていたが違う、それよりも優しい、肌を守る何かだ。伸ばした腕は柔らかい枕のようなモノに挟まれて、目覚まし時計に一向に届かない。

 もどかしく目蓋を開ける。そこにあったのは、真っ白な布のよーな……三角形の、もっと言えば局部を隠すアレのよーな……。

 

「………………………………………」

 

「あ、やっほーお兄ちゃん……んー、朝から良い気持ちぃ……」

 

 さぁ、と顔が青ざめる。白い布から伸びる、浅黒い肌。腕を邪魔していたのはどうやらフトモモだったらしく、隙間から目覚まし時計が騒いでいる。

 素早く上を確認する。そこでは欠伸を噛み殺したクロが。どうやら起きたばかりのようで、薄目でぼーっとこちらを見つめている。それで全てを察した。また、クロが俺の部屋に忍び込んできたのだ。これで連続侵入記録は三週間を更新してしまった。つまり一緒に住むようになってからずっとである。

 しかし三週間も侵入され続けられれば、いかにクロが整った顔立ちで魅力的であろうとも、流石に慣れる。少しドキドキしながら、いつものようにまず距離を取ろうと、

 

「……ん?」

 

 可笑しい。太股に固定された腕がすっぽ抜けない。まるで一部になってしまったかのよつにびくともしないのだ。すべすべした太股の感触を触覚から追い払い、何度も引き抜こうと試行錯誤する。しかし駄目だ、一向に状況は好転しない。

 

「んー、どうしたのぉ? ほら、早く離れなきゃ……それとも、一緒に寝る……?」

 

 猫被りもここまで来ると苛立ってくる。お前が馬鹿力で縫い止めてるから腕が抜けないんだろうが、と目で訴えるが、それでどうにかなるなら苦労しない。魔術で強化して引っこ抜けば、

 

 

「いつも思うけど……朝からなに、してるのかな……?」

 

 

 あっ、終わった。

 後頭部にお馴染みのステッキを添えられた瞬間、俺はその杖から迸る魔力にこの身を任せた。

 

 

 

 

 

 

 

「クロには何かペナルティを与えるべきだと思うの」

 

 部屋を吹っ飛ばしかねない魔力で、フローリングに叩きつけられた後。歯とか折れてない辺り、イリヤも手加減してくれるのかな、なんて思ったりしながら朝食。ただまぁもっぱら、朝食の話題はクロのことなのだが。

 席はイリヤ、クロ、俺。対面にセラとリズだ。

 

「はぁ……ペナルティ、ですか?」

 

「そうだよ! だっていくら家族って言っても、わたし達もう十一歳だよ! 色々オンナノコとして大切な年頃だよ嗜みが増えてきますよ! なのにクロはこんな風に朝からふしだらにも男の人の寝床に! どんな間違いが起こっても可笑しくない、お兄ちゃんならやりかねない!」

 

 セラから受け取ったマヨネーズと醤油を目玉焼きにぶっかけ、そう力説するイリヤ。というか俺への信頼が全くないことに驚きなんだが。いやまぁ確かにクロとは魔力供給ってことで様々な触れ合い(では済まない)があったけど、それにしたってなぁ。セラもそれを知ってかやや困惑しながら、パンを口に運び、

 

「確かに士郎は前科がありますしわたしはついにかと思っていましたが」

 

「なぁ、今俺への信頼ってゼロに近いんじゃないかこれ?」

 

「省みれば当然のこと、何ら驚くことでもない。ロリコンではわたしに勝ち目はないけど頑張らねば……」

 

「なんでそうなる!? つかリズ、勝ち目ってなんだ勝ち目って!?」

 

「士郎、あなたは黙って朝食を食べていてください。あなたは墓穴を掘りやすいんですから、速やかに口を閉じて。それとも食パンを口に突っ込まれたいですか?」

 

 小麦色のトーストを手裏剣のごとく構えるセラに、たまらず降参。むぐぐ、理不尽にも全面的に俺が悪いことになっている。何故だ。被害者なのに。

 

「まぁ士郎本人はさておき、クロさんだってそこは弁えているでしょう。淑女たるもの淫らに殿方へアプローチしては気品を疑われます。でしょう、クロさん?」

 

「ん、まぁねー」

 

 子供っぽさがまだ抜けないくせに、優雅に目玉焼きの白身部分を頬張る褐色少女クロ。彼女はいつもの赤い魔術礼装ではなく、穂群原初等部の制服を着ている。クロも今ではイリヤと同じ初等部で元気に小学生だ。だからこそ今朝のアレがまた胃に痛くなってくるわけだが。

 

「ほら、お兄ちゃんってからかいがいあるじゃない? それにイリヤの悔しそうな顔も見るの悪くないし。そんなトコ?」

 

「でしょうでしょう。ですがクロさん、これからはもう少し控えて……」

 

「え、なんで? わたしお兄ちゃんが好きだからこういうことしてるけど?」

 

「……はい?」

 

「だから好きだからこうしてるわけだし、むしろそういう関係になりたいんだけど」

 

 ピシピシ、と固まっていくセラ。俺はそそくさと朝食を食べて、居心地の悪さを少しでも緩和しようとする。

 が、クロは自ら悪くした空気の中で、平然と俺の手に絡み付いて、

 

「というわけで、わたしはこれからもお兄ちゃんの部屋に忍び込みまーす。ね、あーんとかしてあげよっか? それかわたしにしてー!」

 

 びきん。そこで我慢の限界だったらしい。石になっていたセラは顔を真っ赤にして、再起動する。

 

「士郎! それ以上甘やかすならペナルティを与えます、連帯責任で二人ともっ!!」

 

「……クロ、セラを弄るのはその辺にしろ。アイリさんよりタチ悪いぞお前」

 

「えー!? いいじゃん別にー、セラなんかほっとけばー」

 

「わたしも居るんですけど……? 先に妹やってるわたしも居るんですけど?」

 

「やっほー、修羅場じゃ修羅場じゃー! 転身ですねイリヤさん! さぁ今必殺の、転身魔法三昧でお兄さんを暗☆沈(あんちん)してしまいましょう!」

 

「賑やか。ん、よきかなよきかな」

 

 かしましい?声は朝食中途切れることはなく、いがみ合いながら、時には笑いながら時間は過ぎていく。

 この三週間、とても忙しかった。

 変わったことは沢山ある。騒がしくなったし、小さな問題もあったりしたが、それよりも良いことが沢山あった。ルビーのことが知れ渡ったおかげで、イリヤは魔術について隠し事をしなくて済むようになったし、俺もイリヤ以外に変に気負う必要も無くなった。

 そして最たる例と言えば、クロのことだろう。最初は周囲を牽制していたクロも、俺達みんなが暖かく迎えたことで、何とか元来の素直さを表に出せるようになってきている。まぁ素直すぎるのは少し問題だが、でも輪に入れず、ひとりぼっちで泣いていた時よりずっとずっと良い。笑っている今の方が、ずっと。

 

「いってきまーす!」

 

「ほらほら、お兄ちゃんも早く! 学校遅れちゃうじゃん!」

 

 支度を終わらせ、三人で玄関へ。三週間前には考えられなかったくらい、イリヤとクロは元気だ。クロは特に生き生きとしていて、見ているこっちが嬉しくなる。

 

「分かってる! それじゃあ、いってくるよセラ」

 

「ええ、お気をつけて。二人を頼みますよ士郎」

 

「りょーかい、セラおかーさん」

 

「っ、士郎!」

 

 セラの抗議を尻目に、玄関を出る。家の前の道路には、既に見慣れたリムジンが止まっていた。

 当然リムジンを背に立っているのは、持ち主であるルヴィアである。

 

「おはようございますシェロ! 今日も晴れやかな天気で、さえずる小鳥も我々の門出を祝福するよげぶふっ!?」

 

 と、恒例のミュージカル的な朝の挨拶は、開け放たれたドアの角を脇腹に食らうことで中断される。悶絶するルヴィアを気の毒に思っていたら、車内から悠々と下手人が顔を出してくる。

 無論遠坂である。一応アルバイトの雇い主なのに、それでも解雇されずしかし痛手を与える絶妙な一撃を繰り出すその胆力には、呆れるしかない。

 

「朝からアンタの芝居がかった言葉聞いてたら、二度寝しちゃうわ全く。ほらアンタ達、乗った乗った」

 

「いや乗った乗ったって、リムジンの持ち主のルヴィアさんが倒れてるんだけど……」

 

「良いじゃない別に。覚えておきなさい、イリヤ。今の魔術師ってのは体も鍛えてるから、ドアの角を急所に叩き込まれたぐらいじゃ死なないわ」

 

「ならあなたも、同じものを食らっても文句を言えませんわっ……ね!」

 

 にゅっ、と下から復活したルヴィアの手が、優雅な遠坂の顎を掴む。あ、とイリヤ達とたまらず口に出してしまったときには、遠坂の脳天は車の出っ張りに叩きつけられた。

 

「……フフフ……」

 

「……オホホ……」

 

 笑いだけはお嬢様だが、絵面はあくまVSけもの。二人は取っ組み合うとリムジンの中へもつれ込み、ドタバタと暴れだす。第五十三次異種格闘技マッチ開戦だ。

 

「慣れては来たけど、ホントリンとルヴィアも飽きないわね、毎日毎日……」

 

「二人ともストレスは溜める方だけど、同族嫌悪で我慢出来ないんだろうな、うん」

 

 ルビーがイリヤの髪の間から半分だけボディを見せつつ、

 

「そもそもお二人とも、魔術師としては致命的なぐらい堪え性がありませんしねぇ。それが面白いところなんですけど」

 

「でも魔術を使ってないから、まだマシだと思える自分が居るよ……」

 

 イリヤの言う通り、魔術をぶっぱなさない辺り、理性はあるのだろう。いつものがあくまとけものなら、今はチーターとコヨーテぐらいだ。危険なことには変わらないわけだが。

 

「みんな」

 

 と。リムジンから避難してきた美遊が、そそくさと俺達へと近寄ってきた。俺達は揃って挨拶する。

 

「おはよ、ミユ。大丈夫だった?」

 

「うん、いつものことだから。サファイアの力も借りて何とか。クロもおはよう」

 

「おはよ。ミユも毎日大変よね、あの二人の喧嘩をいつも側で見てるわけでしょ? わたしには耐えらんないなー、うっとおしくて」

 

「そうでもない。色んな悪口があるんだって、凄く勉強になる」

 

……それ、勉強になるのか? 美遊が将来、あの二人みたいに罵詈雑言を撒き散らす姿は見たくないのだが。こう、形だけとはいえ兄貴分な自分としても複雑と言うか。はっ、これが妹を持つ兄もしくは父親特有の悩み……!? 初めて今それっぽい感じになってきたということか!?

 

「沈めぇこの成金ホルスタインーっ!!」

 

「あなたが沈みなさいこのレッドスカンピン!!」

 

 そんなんこんなで四人並んでリムジンを観察している内に、年長二人の喧嘩もクライマックスらしい。寝技からお互い関節をキメているらしく、悲鳴とも雄叫びとも言える声が聞こえてくる。気分は動物園、しかし実態は地獄の谷から聞こえる魔物の遠吠えだ。

 しかしそんな俺達も学生、やるべきことはやらねばなるまい。

 

「おい二人とも、そろそろ行かないと遅刻するぞ?」

 

「一日ぐらいすっぽかしても、成績には何ら響きませんわ!」

 

「そうそう、大師父だって見逃してくれるわ! それよりもこのキンキラ成金を落とすのが先よ……!」

 

「よし、なら二人ともそのままリムジンにカンヅメになって、二人っきりで登校しろ。そんなに喧嘩がしたいなら、な」

 

「「みんなで行きましょう!! 学校へ!!」」

 

 二人っきりでカンヅメ、という状況がよほど嫌だったのか、すっぱり喧嘩を止める二人。更には手招きまでしている、どんだけ嫌なんだお前達は。

 というわけで学校へ行くためリムジンへ搭乗する。美遊が先に乗り、イリヤが乗ろうとする前に、クロが小さく息を吐いた。

 

「全く、朝から騒がしいったらありゃしないわ……」

 

「いやお前もうちだとあんな感じだろ、イリヤとかセラ相手に」

 

「お兄ちゃん、騙されちゃダメだよ! クロは学校とかでもああだもん! わたしと顔が一緒だからってすぐわたしの宿題すり替えて出すし! 暗示かけるからってクラスのみんなから魔力供給しようとするし!」

 

「ちょっとイリヤ、人聞きの悪いこと言い触らすのやめてくれる? わたし、リンやルヴィアよりはおしとやかで通ってるもん。人前で気軽に魔術を使わないし、手も出ないし、出るとしたら言葉だけだもん」

 

 その言葉が、遠坂達より酷いときがあるのだが……言わぬが花か。

 

「何にせよ、クラスメイトから魔力供給するのはやばいだろ。足りないなら俺が」

 

「それはっっ!! ぜったいっっ!! だめっっ!!!!」

 

 がぁーっ、と猛獣さながらの気迫で詰め寄ってくるイリヤ。反応が過敏過ぎると思うのだが、前科(不慮の事故)のせいでどうにも誤解されてしまっているようだ。そのこともあってか、もっぱら魔力供給はイリヤがやっているみたいなのだが……。

 

「だからイリヤ、魔力供給なら血でも良いんだからさ。別にお前が毎回やらなくても」

 

「お兄ちゃん、そんなこと言ってクロに陥落されたらどうするの? 責任取れる?」

 

「そういう想定がまずいけないと思うぞ俺は。兄貴を信じられないのかね君達」

 

「わたしは少なくとも、お兄ちゃんが堕ちる方に信じてるよん。実際オトしたし☆」

 

「クロォ……!!」

 

 てへ、とウィンクまでしてくる十一歳妹その一。その態度が火薬に火をつけるくらい危ないと自覚しているのかおい。がるるるるしゅ、と何やらキメラとかそこら辺の魔獣の唸りを発し始める十一歳妹その二が見えないのか。

 

「むむ……お兄ちゃんは、口の悪い女の子はキライ?」

 

「無条件で嫌いなわけじゃないけどな。ただ仲良くしろとは言わないけど、イリヤにはもう少し優しくしてやってくれ。お前とは仲良くしたいだろうし」

 

「クロォ……!!」

 

「何か黒化英霊みたいになってるけど……てかイリヤイリヤって、わたしの前でまたイリヤの話ばっかりする……」

 

 ぷぅー、と頬を膨らませるクロ。

 でもそこに、殺意はない。そんな可愛い妹達の頭に手を置いて、

 

「言ったろ、俺はみんなが大好きだって。だからイリヤのことも好きだし、クロのことも好きだ。だから二人には仲良くしてほしい、我が儘なことだけどさ。それに」

 

 そっとその前髪を撫でて、

 

「こんな毎日も、悪くないだろ?」

 

 笑いかける。ぷいとイリヤとクロがそっぽを向いた。撫でられた前髪を弄ると、

 

「「……ん、まぁ」」

 

 そう、頬を弛めながら言った。すぐに気づいて、鼻を鳴らしたが。

 こんな前では一欠片も考えられなかった日々も、今では当たり前になって。きっとそんな幸せが当たり前じゃないことを、大半は忘れてしまうだろう。

 だけどその当たり前の幸せが、どんな薄氷の上で成り立っているのか、俺達は知っている。だからきっといつまでも忘れないし、この幸せは続いていく。

 それが、人の営みというモノなのだろう。

 

「……ここに来てからは、教えられてばっかりだな」

 

 俺が知らなかったこと、知ろうともしなかったこと、忘れていたこと。辛いことばかりではない……なんて、甘ったれたことを言うつもりはない。これはあり得てはいけない出会いで、あってはならなかった出来事に違いない。

 けれど、それでも価値ならあった。

 その証が今、俺の目の前に居る。

 

「あーもう! お兄ちゃん、学校いくよ! クロ、さらっとお兄ちゃんの手を引かない!」

 

「減るもんじゃないし良いじゃないー。ほら、早くいこー!」

 

 二人が手を引いて、違う顔を見せる。それが俺が、この世界で初めて守れたモノ。それに答えるように、俺も頷いた。

 遠くないだろう別れからも、目を逸らさずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところで。

 初夏も過ぎて、プール開き間近の七月頭の今。もう気温も夏で、夏服のカッターシャツも汗でべたつく。そんな中で主だった行事と言えば、期末テストぐらいだろう。それが過ぎれば特に学校での行事はなく、すんなりと夏休みの始まりだ。その期末テストが心に影を落としていくわけだが、それはさておき。

 昼休み。俺はいつものように弁当を広げる前に、黒板に殴り書きされた日にちを見て、たまらず唸っていた。

 

「……イリヤの誕生日は二週間後か……」

 

 そう。今日は七月七日。そこから二週間も経たない内に、イリヤの誕生日があるのだ。あまり人の誕生日を祝ったことのない自分ではあるが、それでも何をするかは理解している。美味しいモノを食べて、生まれたことに感謝して、プレゼントに喜ぶ。大体そんなもんだ。

 で、問題はその一番最後、何をプレゼントとして送る?になるわけだが……。

 

「……全く、思い付かん……」

 

 ぶっちゃけ、一欠片もアイディアが思い付かなかった。

 考えてもみろ。誰かにプレゼントする、ということすらこの現代社会じゃ珍しい。同年代にプレゼントなんて、貰ったこともなければあげたことだって指で数えた方が早い。あるとするならお歳暮とかそういう行事でだけだ。それも正しく言えばプレゼントではないのである。

 更に今回は女の子、しかも小学生、妹という完全に未知の体験。アイディアが湧かないのも当然と言えよう。

 

「……小学生が興味あるもの……おもちゃ? お菓子? いやでもそんな子供扱いすると、イリヤ怒るしな……かと言って他に候補があるとするなら」

 

……何かどれ送っても、変な意味がつきそうだな。女の子はそういうのが敏感だって、遠坂とか桜、藤ねぇですら言ってたしな。ダメだ、年下の女の子とのふれ合いが少なすぎて趣味嗜好の当たりすら付けられない。

 

「こんなときに、遠坂とルヴィアは呼び出し食らってるし……」

 

 どうやらあの二人、これまでの不祥事のせいで、そろそろ保護者面談すら選択肢に入るぐらいには有名になってしまったらしい。今日も教師との面談らしく、二人揃って生徒指導室に連行されていた。これで少しはマシになると良いのだが。どうせ暗示でもかけてすっぽかしそうな気もするが。

 一成や慎二でも相談する相手が居るのだが、確実性を取るなら女子に質問したいところだ。しかしこの昼休み、気づいたらひとり飯に興じていた教室で、そんな都合の良い相手が。

 

「あれ、士郎くん一人?」

 

「…………」

 

 居た。

 弁当を変な顔でつついていただろう俺に声をかけてきたのは、森山だった。ピンクの弁当袋を持っている彼女は、辺りを見回し、

 

「柳洞くんや遠坂さん達は? 一緒じゃないの?」

 

「遠坂達と食べようと思ってたんだけど、アイツら先生に呼ばれてさ。相談したいこともあったし、終わるの待ちながら飯食ってるんだけど……森山は? いつもグループで食べてなかったっけ?」

 

「うん。いつもはそうなんだけど、今日はちょっと三時間目から保健室に行ってて……頭に何か当たったような気がしたら、昏倒しちゃったみたい……」

 

 何でだろうね?、と難しい顔の森山。

 あー……そういえば三時間目から四時間目まで、ずっと教室が別れてたから、詳しくは知らないけど、多分それは遠坂の仕業だ。何でもいつものようにぶっぱなしたガンドが誰かに当たったけど、何とか誤魔化したって言っていた。しかし被害者がまさか森山だったとは。本人は下手人を知らないようなので、放置だ。下手人には俺からしっかり言ってやらねば。

 

「そりゃ大変だったな。もう大丈夫か?」

 

「う、うん。わたしの家って、体は代々すっごく強いから。うちはちょっとのインフルエンザなら握り潰せるって、お母さんも言ってたし」

 

「インフルエンザって握り潰せるモノなのか……?」

 

 両腕を胸の前で握り、力強く頷く森山。ガンドの直撃を食らってもケロっとしてるとは、何というフィジカルだ。もしや冬木の猛獣シリーズ三人目は森山だったのか? 名付けるなら冬木のグリズリー、もとい冬木の蛇か。

 しかし……森山か。確か森山の妹はイリヤの友達だったと記憶している。ふむ。

 

「あのさ、森山」

 

「なに、士郎くん?」

 

「もし暇なら、一緒に飯食べないか? 森山なら俺の相談に持ってこいだから、ついでにそっちも頼みたいんだけど」

 

「え? ええ!? い、一緒に!?」

 

 ぐわぁ、と大袈裟にのけ反る森山。そんなリアクションされると、自分が何か変なことでも言ったかと首を傾げてしまう。

 しかし森山はみるみる内に目を輝かせ、

 

「い、良いの!? わたしなんかが!?」

 

「いやなんかがって、こっちの台詞なんだが。森山って遠坂達にも劣らないくらい美人だし、アイツらが来るまで学校のマドンナはお前だったんだぞ? そんなお前と飯を食うってのは、それなりに俺も緊張するものなんだけど」

 

「び、美人って……っっ!? は、はふぅ……」

 

 深呼吸しているつもりなんだろうが、鼻息が荒すぎて過呼吸みたいになってるぞ森山。怖いぞちょっと。バーサーカー顔負け。

 

「じゃ、じゃあ……お言葉に、甘えて」

 

「ん、どーぞ。席はルヴィアの……は後が怖いから、遠坂の席で良いか」

 

「勝手に使っちゃって大丈夫かな。遠坂さん、怒ったりは?」

 

「しないよ。怒るとしても俺だけだろ。森山を誘ったのは俺で、この席を使えって言ったのも俺だし」

 

 そっか、と森山は恐る恐る遠坂の席に座り、手拭いの結び目をほどいていく。

 ふむ。中身は野菜多め、ご飯は市販の混ぜ込みで和えたものか。白ご飯党というわけではないものの、おかず多めご飯やや盛りの自分と比べれば繊細な、まさに女の子の弁当である。

……量が俺の倍ぐらいあるのを除けばだが。

 いや分からなかった。確かに結構膨らんでいるなとは思っていたが、重箱一つ分はあるんじゃないかこれ。

 

「……森山、それ全部食べるのか?」

 

「へ? うん、まぁそうだね。別に部活とかしてないけど、何かお腹空いちゃって。いつもおやつのおにぎりが無いと昼まで持たないの」

 

「へぇ……なるほど」

 

 だからそんなに育ってるんだな、納得。揺れる特定の部位から目を外し、早速本題に移る。

 

「で、相談したいことなんだが……今から二週間後、妹の誕生日なんだ。何かプレゼントぐらいやりたいなと思ってるんだけど、全然思い付かなくて。森山、確か妹居たろ?」

 

「ん、ナナキちゃんのこと? 確かにそうだけど……ああ、だから」

 

 合点がいったようで、森山はひじきの和え物を飲みこみ、

 

「そっか、士郎くん偉いね。普通男の子って、高校生くらいになったら妹の誕生日にプレゼントとか送らないモノなのに」

 

「そうかな……家族なんだし、普通だろ。むしろ贈らないのが可笑しい、一年に一回だけの記念は祝わないとかどうかしてる」

 

「ふふ、士郎くんらしいね。じゃあわたしは、そのイリヤちゃんのプレゼントを考えれば良いんだ」

 

 森山はそうだね、と考える素振りをすると、

 

「わたしなら、アクセサリーとか小物をあげるかな。あとハンドクリームとかの化粧品も」

 

「しょ、小学生だぞ? その、するのか? 化粧とか?」

 

 クロはともかく、イリヤについては考えられん。服は確かに着飾っていたけど、それにしたってまだ小学生だ。アクセサリーだの化粧だの、早いような……。

 そんな俺の浅慮さを見越したように、

 

「ふっふっふっ、女の子は日々自分を磨くものなのです」

 

 森山は得意気に語り出す。

 

「女の子はね、子供の時から努力する子が多いよ。うちは姉妹だから、ナナキちゃんもわたしの真似をしてたし……士郎くんの家も、確か住み込みの家政婦さん居たよね?」

 

 首肯する。そう考えてみると、確かに……イリヤとセラ達は姉妹のようなモノだ。同じ女性として、イリヤが憧れていたとしても、何ら可笑しくない美貌をセラ達は持っている。片方は努力しているか疑わしいぐらいナチュラルだが。

 

「でしょ? ちなみに、わたしは小物が良いかなって思うんだけど……」

 

「その心は?」

 

「男の子から化粧品送られると、恋人はともかく家族だとちょっと引いちゃうかなって。自分の領域とか、そういうのが気になり出す頃だし、無難にアクセサリーが良いと思う」

 

 なるほど。俺みたいな男が急に有名ブランドの化粧品をプレゼントしたら、それこそ煙たがられる。そういうのとは無縁な男なのが自分だ。それは困る、化粧品は却下だ。

 しかし、

 

「アクセサリーとかも重くないか? 女の子って、そういう贈り物は中々親しい間柄じゃないとってよく聞くし……」

 

「親しい間柄でしょ、家族なんだし。士郎くんが言ってるのは恋人。家族にそんな勘繰りはしないよ」

 

 そ、そうか。なら贈るのはアクセサリーに決まりだ。

 

「ありがとう森山、ホント助かったよ。森山が居なかったらここまでスムーズに決まらなかった」

 

「別に、わたしはそんな大したことしてないよ。女の子なら誰でも答えられただろうし……遠坂さん達なら」

 

「ああいや、アイツらはいがみ合うから多分昼休み中は本題にもいけない。放課後も使わないと」

 

 ぷっ、と森山が噴き出す。言ってみて、自分でも笑った。あの二人は魔術絡みだと本当に頼りになるのだが、こういった普通の頼みは勝手に脱線し始めるから向かない。それに今更気づいたのが可笑しかった。

 

「そうだね。でも遠坂さん達、本当に凄いんだよ? 何でも出来るし、誰にでもズバッと答えるし」

 

「だろうな。特にあの二人には口で勝てそうにないよ」

 

 うん、そう考えるとあの二人にこのことを相談するのは不安になってきた。どちらかだけに相談することも視野に入れるか……いや、待てよ。

 

「なぁ森山、今度の週末暇だったりするか?」

 

「え? えぇと今週はちょっと用事があるから、来週なら大丈夫だけど…………」

 

 フォークを加えたまま、森山はことんと首をひねる。学園のマドンナの不意討ちに少しドギマギしてしまうが、提案した。

 

「じゃあ来週、イリヤの誕生日プレゼントを一緒に買いにいかないか。自分でチョイスすべきなんだろうけど、的確な助言をしてくれた森山なら間違いはないだろうから」

 

「……」

 

 と、森山が沈黙する。ぼけーっ、とした後、自らを指差して、

 

「来週、買い物? わたしが、衛宮くんと?」

 

「お、おう……もしかして、予定あったか? 無理矢理じゃないし、ダメなら遠坂達に」

 

「行きます行きたいです行かせてください!!!!」

 

 がばっ、と勢いよく俺の手を取る森山。近い、勢いがありすぎて顔の距離がとても近い。間近で見ると、その端正な顔に釘付けになってしまう。

 しかし。

 目だけを周囲に動かすと、男共が嫉妬の視線をこちらへと叩きつけてくる。女子は女子で仇敵のような扱いだ。これは不味い、クラスの中で俺の好感度ランキングが凄まじく落ちている気がする。

 

「森山、その……みんな見てるから」

 

「あ……ご、ごめんね? いきなり」

 

 気付いた森山が手を離し、ばつが悪そうに笑った。未だに高鳴る心臓を静めながら、

 

「とにかく、来てくれるってことで良いんだよな?」

 

「う、うん。士郎くんが良いのなら」

 

「ありがとう、森山が来てくれるなら助かるよ」

 

「わかった、じゃあよろしくお願いします」

 

 ぺこり、と頭を下げる森山。何ともサマになる。ともあれ、これでプレゼントは何とかなりそうだ。もし何も思い付かないなら、いっそのことプレゼントのことをイリヤに話して、好きなものを買うっていう手もあったのだが、それじゃあ面白味がない。どうせならサプライズで贈ればもっと喜んでくれるに違いない。そう思ってきんぴらごぼうをボリボリ食べていると、

 

「そういえば士郎くん、クロちゃんや美遊ちゃんの分は良いの?」

 

「……へ?」

 

 クロと美遊? なんで? 思考が顔に出たか、森山は少し怒ったような表情で、

 

「士郎くん、知らないの? その二人も、イリヤちゃんと同じ誕生日なんだよ?」

 

「……え?」

 

……つまり?

 

「……プレゼント、三つも選ばないといけないのか?」

 

「そうだね。頑張って、出来るよ士郎くんなら!」

 

 森山の応援は嬉しいのだが、のし掛かる重圧は先程の比ではない。

 プレゼントが三つ? しかも妹? 十個近く下の好みに合ったモノを?

……兄貴って大変なんだなぁ。そのとき俺は、エミヤシロウという兄の強さを、改めて知った気がした。

 

「遅くなりましたわシェロ! さぁ共にランチを……ってミス森山!?!?」

 

「そこ、わたしの席なんだけど……そこ、わたしの、席なんだけど。良いご身分ね衛宮くん、女の子を侍らせるのがお上手なことで」

 

 そしてタイミング良く誤解を招きそうな発言をする二人のお帰りだ。オドオドし始めた森山を庇いながら、果たして無傷で昼休みを切り抜けられるか。今はそれだけ考えた方が良さそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……夜になった。

 日中は活気に満ちている冬木市も、この時間帯だけは静けさが支配している。町全体が眠り、人も夢へと誘われる。

 チクタクと秒針が時間を刻む。今俺の部屋には、その音しかない。それ以外の音はなく、それ以外の音は必要ない。

 カチン、と針が二重に響いた。日が変わった。座禅を組んだまま、精神統一を続ける。

 それはさながら、若葉から池へと落ちる水滴の気分だ。一滴一滴落ちるごとに、神経が鋭敏になり、世界と自分の境界が曖昧になる。

 ゆっくりと染み渡るように。ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりーー。

 

「……ねー」

 

 しかし。

 それは呆気なく、お隣さんに邪魔されてしまった。

 

「ねー、まだするのーこれ? わたし、もう眠くて眠くて……このままだと眠っちゃいそうなんだけど……」

 

「集中しろ。投影魔術を使いこなしたいって言ってきたのはお前だろ、ならこれぐらいこなさないと話にならないぞ」

 

 それはそうだけど、とぶーたれるクロ。イリヤのお下がりを改造したパジャマは、肩や太股が出ていて妙に落ち着かない。

 深夜の鍛練。衛宮士郎にとってまず欠かすことはないそれに、クロが加わったのは一週間前ほどだ。

 

ーーほら、このアーチャーのカードってお兄ちゃん自身なんでしょ? ならお兄ちゃんから教われば、これからもっと強くなって、色んな人が守れるかなって。

 

 クロの提案は、俺にとって願ってもみないことだ。これからクラスカードを巡って、また戦いにならないとも限らない。そのとき普通の魔術師が出張ってくることはまずないだろう。確実にサーヴァントクラスの相手が狙ってくるハズだ。このクラスカードを作ったのが誰かは知らないが、備えておくに越したことはない。

 というわけでいつもの鍛練を一先ず一緒にやっているのだが、

 

「……だーっ! 無理! めんどくさい! 地味すぎてやる気出な~い!」

 

 そう言うなり、クロは後ろのベッドに倒れ込む。堪え性が無いとは思っていたが、ここまでだとは。

 

「……あのなぁ、クロ。俺達の剣製ってのは、俺達自身のイメージだけじゃなく、その心から造り出すモノだ。お前は仮定をすっ飛ばす余り、その心まですっ飛ばしてる。だから俺みたいな半端者にすら剣製で劣るんだ」

 

「それはもう何回も叩き壊されてるから、十二分に分かってるけど……それがなんでこんな修行僧みたいなことに繋がるわけ? 実践形式でガンガン斬り合った方が、よっぽど身になるでしょ?」

 

「はあ……」

 

「何よもう!?」

 

 たまらずため息をつく。アーチャーの記憶を垣間見たなら、これぐらいの心得は知っているハズなんだが……まぁ良い。

 

「クロ。お前にとって、アーチャーの剣製はどう見えた?」

 

「へ? どう見えたって……」

 

 背筋を曲げつつも、あぐらをかいて考え込むクロ。両目を瞑ると、その景色を思い出す。原初の景色を。

 

「……虚しかった、かな」

 

 うんうんと、頷いて。

 

「あの人の剣製は完璧だったけど、そこに自分は居なかった。ただ他人の力を、技術を、想いを、完璧に模倣して、完璧に自分の色を排除してた。そこに己は無くて、己なんて不純物だった……そんな、気がする」

 

「そうだ、それがアイツの剣製だ。他者を救うため、自分自身を最初から信じていない……いや信じられない、そんな剣製だ」

 

 それが英霊エミヤの出した、他者を救うための答え。己を擦り切らせて救う、恐らく自分が取るべき答え。

 

「常に思い描くのは、最強の自分自身……」

 

「! それって……」

 

「俺もアイツの記憶を覗いてたからな。アイツは剣製を使う度にそう思ってた。今の自分では勝てない、だから目の前の敵を超える自分を想像する……だけどそれは」

 

 今の自分を、そもそも信じていないのだ。

 信じているのは理想だけ。磨耗しきったとしても、全てを救ったのはエミヤシロウ(正義の味方)だけだ。

 そして事実ーーそれは正しい。

 

「俺達は確かに剣を造り出せる。それを使うことも出来る。だけど、使いこなせない。担い手にはなれない。誰かを真似ないとまともに戦うことも出来ない半端者だ」

 

 そうやって打ちのめされてきた。

 そうやって何度も辛酸を舐めさせられ、結果的に多くのものを取りこぼしてきた。

 でも。

 だから。

 

「ーーそれでも、負けたくないのなら。心だけは、誰にも負けちゃいけないだろ?」

 

 俺達は心が折れたら、本当に何も出来ない。それだけは許されない。この手がまだ動くというのに、心が揺らいでしまったら、あやふやな虚像しか生み出せない。

 それこそ、無駄な足掻きになってしまう。

 理不尽には、不条理には、運命には、どう抗っても流されるしかないのかもしれない。

 でも、それでも立ち上がりたいのなら。

 手を伸ばしたい、確かに実在する今を守りたいのなら。

 

「心を叩き上げろ、心に覚悟を灯せ。まずはそこからだ」

 

 俺の言葉がどれだけ届くかは、クロ本人でもなければ分かるまい。

 でも、心配は要らないだろう。

 何故ならクロも、俺と同じ世界を持っているハズだから。

 そんな思いが伝わったか、クロはやや気まずそうに。

 

「……ん。分かった。やります、やれば良いんでしょ……やるわよもう」

 

「分かればよろしい。じゃあ座禅からな」

 

 未だにぶつくさ言いながらも、クロは精神統一に入る。その姿は、子供の頃に叱られた自分にそっくりで、少し感慨深い。

 日々は過ぎる。

 でも平和は長く続かない。

 それを知っているから、こうして力になろうとしているが。

 危機は、すぐそこまで迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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