Fate/kaleid night プリズマ☆イリヤ 3rei!!   作:388859

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深夜の森~VSバゼット/最初の約束

 ずるずると、深い穴へ落ちていく。

 夜よりも昏い黒。太陽よりも眩しく、目が潰れそうな赤。それを押し固めたような世界は、怨嗟と妄讐と諦念と絶望が乱れ咲く。

 どうしてという問い。

 殺してくれという願い。

 助けてくれという乞い。

 全て、ここでは等価値だ。

 つまるところ、死。

 今の衛宮士郎にとってそれは、どんな十字架よりも重く、千本の杭より突き刺さるモノ。

 

「……、」

 

 全てを守りたい、救いたい。

 その志しを、この世界は否定し、拒絶する。

 お前は忘れたのか。

 お前が見捨ててきたモノを。お前が失ってきたモノを。

 全てをと求めた結果、全てを失わないと誰が決めた。

 十を求めて十を失ってみろ。

 お前の過去はそれを許さない。

 

 それを求める衛宮士郎を、私達は許さないーー。

 

 

 

「まあ、そんな大層なことじゃないだろ。要はほらアレだ。負け犬の遠吠え? いやもっとみっともないよな、うん」

 

 いっそ罵倒するよりも酷かった。

 こんな世界で、出会う相手がまともなハズもないが。

 同じような声を聞き流すわけでもなく、ちゃんと聞いた上で、負け犬と切り捨てたそれ。以前と話しかけてきたときと変わらない軽い調子で、それは不良少年染みた口調で喋りだした。

 

「で。お前はまーだモタモタやってんのか? ちょっと前に先達としてアドバイスしたろ? 自分に負けんなって。なーのにお前って奴は……これなら魔術師やってたときの方がマシなんじゃねぇの?」

 

 これだから正義の味方って奴は、と肩を竦めるそれ。刺青にも似た呪いがそれの体を動き回っているが、気にせず続ける。

 

「ま、なんだって良いや。とりあえずまあ、オレが出張ったところで何にもならねぇし。あの女オレが相手でも遠慮がねぇからなーいやマジで」

 

 言うだけ言って、去ろうとするそれ。ぐちゃぐちゃになりそうな意識を、何とか爪先分だけ維持しながら、口を開いた。

 

「……ま、て……」

 

「あん? んだよ、喋れんの? 今のお前にとってこれはどんな劇薬よりも効くと思ってんだが」

 

 正直、効いている。効いているが、どんなことを言われても逃げないと決めた。これは俺の罪だ。俺が目を背けて、耳を塞いだ声だ。

……何より当たり前だ。俺の理想はつまりそういうこと。甘さを持たなければならないのに、その実何よりも甘さを捨てなければ辿り着くどころか全てを奪われる道。全てを救うことは、妥協を許さないということなのだから。

 

「息が詰まりそうだなあ、その生き方は。オレは精々自分の命と、予約してる女一人くらい? まあ守るっていうよりは守られる方だけども」

 

 卑下しつつも、不思議と前向きなそれに問いかける。

 

「……あんたならどうする?」

 

「は? つまりそれは、オレがここに居る全員を守るならってことか?」

 

 んー、とそれは何もない空間を一瞥した後、

 

「ん、無理だな。んな無駄なことやるよりは好きな奴だけ守ってあとは全部切り捨てるわな、まあ」

 

……滅茶苦茶頑張って質問したのに、こんなごくごく普通の答えを返すか、普通。

 流石にちょっとは思うところがあったのか、それーー俺と同じ顔をした、バンダナを巻いた男は言った。

 

「ま、羨ましいとは思うぜ、アンタ。オレにゃあその答えは出せなかった。世界全部敵に回ってる身だからな、そんだけ余裕かましてる馬鹿見ると無性に八つ裂きにしたくなるね」

 

「……そりゃ、どーも……」

 

「おいおい褒めたわけじゃないんだが。全く呼ばれたわけでもないのに来てみりゃこんなもんか。意味ねーな全く、こんな会話」

 

 散々だと愚痴る野郎。こっちだって同じ気分だ。まだ名前も知らないし誰かも分からないのになんでこんな罵倒されなきゃいけないのか。

 しかしいつの間にか、ドロドロに溶けかけていた意識はスッキリしていた。まただ。コイツと話しているとこうなる。何なのだろう?

 

「……そんなに愚痴るなら、何で出てきたんだ、アンタ? 面白いことがあるまで出てこないんじゃなかったのか?」

 

「お、気になるか? これには長い訳があってだな、それを説明するには千の夜すら足りなくなるほどのこの身の丈の想いを……」

 

「話す気ないならそう言えよ……」

 

 バレた?、とそれは犬歯を見せびらかすような笑い方をしつつ、

 

「ま、みっともない主殿を見に来ただけだよ。今度その無様なツラ見せたらコロコロ殺って、お兄ちゃんに成り代わってやるから安心しろーい」

 

……コイツが何なのかは分からないが、ろくなことにならないことだけは理解した。というか嫌いだ、コイツ。何かいちいちムカつく、鼻につくのだ喋り方とか。

 と、また意識が溶け始めた。しかしそれはずぶずぶと泥の中に沈むようなイメージではなく、背中に羽が生えて空へ浮かぶイメージ。

 目が覚めようとしているのか。結局名前も聞けずじまいだったな、と少しふて腐れていると、

 

「……もう、全部遅いからな」

 

 何もかも薄っぺらかった男が、そのときだけは。俺の目にも、真実を語っているように見えた。

 

 

 

 

 

 目蓋が、重い。

 ごろごろとした目の感触を右の指で拭おうとして、それすら出来ないほど意識が不確かなことに気付く。出来ないなら、まあいい。気だるくて、眠いが、やるべきことは初めから分かっている。

 美遊を、助けにいく。

 それだけはっきりしていれば、何の問題はない。

 ゆっくりと、意識的に精神を覚醒へと近づけていく。暗示は魔術師にとって基本であり、自身の変革を起こすために必要な手順だ。

 幸い、口だけはすらすらと動いた。

 

「体はーー」

 

 いつものように呪文を紡ごうとして、気づく。

 わざわざ部屋まで俺を運び、治療をし、看病をして。そうして疲れ果てて寝てしまったのだろう家族を。

 セラとリズ。顔が同じ姉達が、並んでベッドの横で、寝入っている姿を。

 

「……体は……」

 

 魔術師としてのエンジンをかけようとしても、まるでかからない。視線は吸い寄せられたように、二人から離れようとはしなかった。

……心配、させたのだろうか。いや、したに違いない。セラなんか特にだ。気丈に振る舞うだろうが、いつも俺達のことを気にかけてくれているのはセラだ。リズも、口数こそ少ないが、だからこそ一言一言の重みが段違いで。

 きっと、止める。

 もういい休めとーー家族として。

 ああ、でも。

 

「……I am the bone of my sword(体は剣で出来ている)

 

 効果は劇的だった。急激に現実へ揺り動かされた脳が、芯から訴えるように頭痛を発する。それを無理矢理振り払うと、動くようになった身体でベッドから抜け出した。

 治療のために上半身だけでなく下半身も脱がされているが、流石にこのまま外に出るにはハードルが高い。とはいえろくに歩くことはおろか、立ち上がることすら難しい状態では、着替えも困難だ。何せ全身包帯でぐるぐる巻きの上、動けないのだから。

 が、それも直接体の表面に投影すれば問題ない。投影したTシャツとジーンズを身に付けると、足を引きずってドアへと向かう。

 が。とても強い力で、ぐっと、腰の辺りを引っ張られた。

 振り返れば、引っ張ったのはリズだった。いつもなら無表情で何処か余裕があるのに……今日に限って、悲しそうに、頬を強張らせていた。

 

「……ダメ」

 

「……でも」

 

「行っちゃ、ダメ。士郎が行く必要、ない」

 

 強い、言葉だった。

 それは強がりや、嘘を引き剥がすように、心に絡まり……離そうとしてくれない。

 

「今の士郎じゃ、行っても足手まといなだけ。イリヤ達に任せれば、大丈夫。何の心配は要らない」

 

「……だとしても、じっとなんかしていられないだろ。バゼットは手強い、不意を突かれればそれで終わる。けど俺が行けば、少なくとも無視は出来ないハズだ」

 

「それは、ただ的になるだけ。自殺するにしたってまだ計画を立てるもの。そんなの許さない」

 

 それに、とリズは悲痛な面持ちのまま、

 

 

「……士郎はもう、無理して(・・・・)魔術師にならなくてもいいから」

 

 

 そう、俺の弱さを指摘した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude9-1ーー

 

 

 ズ……、と。

 深夜の森に断裂的に響く、轟音。それが轟く度に大地が、木が、音を立てて揺れ、ざわめく。

 ミシミシと亀裂が走る世界で、疾駆する二つの影。

 一人はバゼット。しかし普段の彼女からすれば、その速度は全力疾走と言っても過言ではない。全身から汗が噴き出し、片足は宝具開帳によって素足であり、白い踵から先はもう泥まみれだ。パルクールのように次々と障害を走り抜ける彼女についていける人間は、この時代の人間にはほぼ居ない。

 そう。この時代の人間に限った話だ。

 

「っ、ァッ!!」

 

 裂帛の声の後、バゼットが乗り越えた全ての障害をその体で突き破ってきたのは、バーサーカーを夢幻召喚したルヴィア。荒れ狂う暴力と化した少女は、右手の巨大な斧剣で辺りを薙ぎ払い、強引に道を作る。しかしそれすらもどかしいのか、服が乱れるのもお構いなしに猛追する。

 

「チィ、しつこい……!」

 

「それは、こちらの台詞ですの、よッ……!」

 

 ルヴィアはあろうことか、手に持っていた斧剣を振りかぶり、アンダースローの要領で投げた。巨大なブーメランにも似た軌道のそれはバゼットの進行方向にあった木を寸断し、手元に帰る前に執行者へ襲いかかる。

 それをバゼットは膝立ちになって滑り、九十度上半身を逸らして回避。そこを狙って飛び膝蹴りの体勢で牙を剥いたルヴィアの攻撃を近くの木の幹に手をかけ、無理矢理ブレーキをかけることで逃れる。

 数メートル後に落下する、隕石と聞き間違えるほどの超重量。一体あの細い体の何処にあんな化け物染みた力があるのか、バゼットとしても手を出しあぐねるのが現状だ。

 ルヴィアが夢幻召喚した英霊、ヘラクレス。確かに破格の力だが、その分制御は並大抵の術では無理だ。多数の保険をかけたルヴィアですら、まだ一分半程度でマラソンランナーが全力疾走したかのような息の切れっぷりだ。

 しかし、その分のメリットは余りある。

 己が身を英霊に置換する術式。いくらかの犠牲を払っても、そのスペックは聖杯戦争に召喚されたサーヴァントとは一段階ステータスが下がる。英霊には宝具があるため、それに気づかなかったが、バゼットのようにその宝具こそが決定的な隙となる場合、クラスカードではやりようがない。

 そうーーバーサーカーのクラスカードを除いて。

 

「……」

 

 バゼットがボロ切れになった上着を首元から破り捨てる。ブラウスだけとなった彼女は、一度息を吐き、拳を胸の前で構える。

 対して、ルヴィアも必死に息を整え、斧剣となったサファイアを肩に載せる。

 

(ぐっ……)

 

 全身を蝕む激痛を、顔に出さないように、唇を噛んで堪えるルヴィア。

 痛みはあらゆるモノを突き破ってきたから、ではない。夢幻召喚の術式は、あくまで完全な模倣などではなく、再現しきれなかった三分の一はサファイア独自の術式で構成されている。そのせいか、本来ならあるべき自動回復など、カレイドステッキの標準機能の幾つかが作動せず、そしてバーサーカーの桁違いな力の反動に体が悲鳴をあげているのだ。

 

(……ルヴィア様……)

 

(あまり、弱気な声は出すものではなくてよ、サファイア)

 

 悟られないよう、念話でやり取りをする二人。

 夢幻召喚は、残り一分半。激痛は酷くなる一方で、足が止まっているともう二度と動けないように思う。

 そして何より、脳裏を侵食する黒い感情。

 ずぶずぶと、冷たい火という矛盾したモノを思い浮かばせる、おぞましい何か。燃え続けるそれに、脳は蕩け、未知の快感へと引きずり込もうとする。

 すなわち、闘争を是とする獣へと。

 今すぐ術式を解けと、理性が警鐘を鳴らす。確かに今なら引き返せる。残り一分半とはいえ、半分でこれだ。保険としてかけていた術式を破られれば更に負荷は増す。一分も持つかどうか。

 

(けれど、解いたところで状況が良くなるわけでもないですわ……) 

 

 そもそも、解いたところでバゼットに勝てるわけではない。むしろやるなら今しかないのだ。

 前は奈落、後ろは死。

 なら、奈落に突っ込んで、ギリギリのところで踏み止まるしかない。

 何より、

 

(ここで退いたら、美遊の側にいけない……!!)

 

 結局、ルヴィアが今もバーサーカーを夢幻召喚していられるのは、それだ。

 自分がどうなろうと、最後には二人で戻れるならいい。

 最初に、約束した。

 約束したのだ、自分は、美遊と。

 

ーーわたしに、居場所を。

 

 事務的な、一見誰の目にもそれが大切になんて映らない契約。けど、それだけでいい。それしかないけれど、それが理由だ。

 だから振り返らない。

 アクセルだけを踏み続けて、あとは運任せだ。

 どの道、エーデルフェルトがのこのこ戦場から一人逃げ帰ったなどーーそんな間抜けな真似、出来るハズがないのだから!!

 

「!」

 

 先に飛び出したのはルヴィア。一直線に、斧剣は振り下ろされるが、バゼットは怯まず進みながら懐に潜り込む。

 

「加速、風、相乗……!」

 

 素早く手袋に施したルーン文字の幾つかを組み合わせ、魔術を発動。背後からジェット噴射のごとく風が加速を後押し、バゼットの体がぐん、と急に伸びる。

 握られた拳は、貫き手。しかもただの貫き手ではない。腕を回転させたコークスクリューに近い貫き手は、心臓目掛けて振り抜かれる。

 それにルヴィアはーー。

 

(……動かない!?)

 

 斧剣を振り下ろしたまま。まるで食らうことを前提としたように、防御も取らずただ立っている。

 負けを悟り足掻くことを止めたか。抗えぬ死に体がすくんだか。

 しかし、違う。

 むしろ逆だ。

 狂気にその身を投げ出しながらも、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトの目は死んでいない。

 これしかないと、耐え忍んでいる。

 なるほど。ヘラクレスの耐久力に賭けて、バゼットの攻撃を受け止め、叩き潰そうとしているのか。

 

(ならば……それごと、砕くまで!!)

 

 バゼットが更に力を込めて、貫き手を突き出す。

 唸る豪腕。

 瞬間、ルヴィアの左胸を抉り取り、バゼットの手は心臓、そして背中まで貫通した。

 滴るなんてものではなかった。

 夥しい量の鮮血が、地面に池を作る。さしものルヴィアも、そこまでの威力とは思ってなかったのだろう。喀血し、がくんと膝が笑いかける。

 狩り取った、とバゼットは確信する。確かにヘラクレスは宝具により、Bランク以下の攻撃を無力化、更には十二度の蘇生機能がある。しかしそれはあくまで英霊のモノ。夢幻召喚では精々が一度の蘇生で魔力切れになり、倒れることになるのが関の山だ。

 だが。

 

「……なんだ、これは」

 

 思わず、バゼットの口から溢れたのは、困惑。

 心臓は貫いた。蘇生が始まるとなればこの手を押し戻されて、ルヴィアは夢幻召喚を解除される。そうなればバゼットの勝ちは揺るがない。

 なのに。

 蘇生は始まらない。そして、バゼットに勝利をもたらしたハズの腕は、ルヴィアの体に固定されてしまったーー!

 

「……予想、通り、ですわ」

 

 己の体に突き刺さった腕を掴み、ルヴィアは壮絶な笑顔を浮かべる。

 

「あなたなら、きっと、私の心臓をもぎ取る。そして、私は死ぬ。けれど、覚えていてくださいましね、マクレミッツ?」

 

 ず、とゆっくりその腕を引き抜き、

 

 

「ーーーー人は。死ぬまで、生きようとするものでしてよ?」

 

 

「……くっ、!?」

 

 

 ぐりん、と視界が急転。不味いと思ったバゼットの意識すらひっこ抜く勢いで、ルヴィアはバゼットを地面に叩き込んだ。

 今日一番の轟音。土煙が吹き荒れ、バゼットを中心に蜘蛛の巣のようにヒビが走り、割れ、粉々になっていく。行き場を失った剛力が広がりながら全てを破壊する。

 

(そう、か……)

 

 地面に埋まりながら、バゼットはルヴィアの真意に気付いた。

 ヘラクレスの宝具、十二の試練(ゴッドハンド)

 その真価である蘇生は、当たり前だが、使用者の死によって起動する。だが逆に言えば、死ぬまで(・・・・)その宝具の蘇生が働くことはないのである。

 バゼットは大英雄であろうと、殺すことの出来る数少ない魔術師だ。

 ルヴィアはそれを逆手に取った。

 殺したと確信したときこそ、一番のチャンス。

 そも、大英雄が、今のルヴィアが、心臓をくり抜かれたところで死ぬわけがない。

 蘇生するまでの僅かな時間ーーそれがどの程度かは分からないが、その短い時間で勝敗を決する、それがルヴィアの作戦だった。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 更にもう一回、背後にそれまでの恨みを晴らすべく叩きつけ、そこから何度も同じように地形が変わるほどの力を使い続ける。

 三、四、五、六、七、……!

 止まらない。咆哮は徐々に獣へと変化し、目も縦に裂けんばかりに見開かれる。

 

「ルヴィア様!!」

 

「■■■■■■■■■■■■■■……!!」

 

 不味い。このままではルヴィアの精神が持たない。まだ完全に蘇生が完了したわけではないものの、自動回復機能をフル動員すれば命は繋げられる。

 

「っ、夢幻召喚(インストール)解除(リリース)!!」

 

 カードを排出し、夢幻召喚を緊急停止。

 途端に、塞ぎかけていた傷が開き、ルヴィアは崩れ落ちた。その拍子にバゼットも取り落とし、森の向こうへと投げ飛ばされる。

 

「が、ごほッ、ぅ、ぐっ……」

 

「息を吐き出してください、ルヴィア様。無理に息を吸おうとすれば、喀血によって溜まった血で窒息でします」

 

 無茶なことをとルヴィアは思うが、その通りだ。体裁など気にせず、胃液をも吐き出す勢いで咳き込む。

 どうにか落ち着くと、改めて周りを見る余裕が出来た。

 もう周囲の草木はおろか、半径十メートル規模のクレーターが見事に出来あがっていた。ルヴィアも準備すれば可能な部類ではあるのだが、たった一分でこれを為し得る英霊の規格外さに舌を巻いてしまう。

 バゼットの姿は見えない。あれだけやって立ち上がってくるなら、手に負えないなんてモノではない。

 落ちていたクラスカードを拾い、ルヴィアは大きく嘆息した。

 

「……やはりこれは、私には扱えませんわね」

 

「はい。術式を完全に自己で構築出来る人間でなければ、英霊の力に呑まれてしまいます。とはいえ、正しい方法で使っていたとしても……」

 

「それが安全とも限らない、と……力があるだけに、厄介な代物を……」

 

 とりあえず太股のケースに回収し、ルヴィアは自身の傷を確認する。

 まだ頭の中は、あのドス黒い狂気に侵されているような感覚がある。隅々まである激痛も酷いし、何より胸の傷は今も開いたままだ。 

 しかし生きている。それなら、まあ、及第点と言ったところだろう。

 

「……バゼットを拘束しなければ」

 

 しかしどうやって拘束したものか。コンクリートに浸からせて固まっても、砕いて抜け出してきそうな女だ。全く士郎もとんだ化け物を呼び寄せたモノだと愚痴の一つでも言いかけて、

 

「、ルヴィア様、回避をッ!!」

 

「えっ?」

 

 何かに、真横から殴り飛ばされた。

 意識が飛ばなかったのは、すぐに第二、第三と無数の打撃が飛んできたからだ。

 訳も分からないまま、防御体勢すら取れず、ただその乱打を受け続ける。すぐにサファイアがバリアを張ったが、意味を為さなかった。それ以上に拳や足が砕けようが構わないほどの全力の殴打が、雨のように続いたからだ。

 一際強く、その腹に拳が突き刺さる。メキメキ、ミチミチと言った何かが折れたり千切れてしまった嫌な音と共に、ルヴィアは吹き飛ぶ。

 

「ば、ぐっ、ぁ……ッ!?」

 

「ルヴィア様!? ルヴィア様、気をしっかり持ってください!!」

 

 サファイアの声すら、今のルヴィアにはまともに聞こえているか怪しかった。それほどまでに、今の剛打は急所を撃ち抜いていた。

 ざ、と革靴が地面を踏む音に、ルヴィアは顔を上げようとするが、その前に更にもう一発、ダメ押しにと腹部へ蹴りが叩き込まれる。

 なけなしの力でステッキを構えていなかったら、冗談なしで内蔵が口に飛び出しかねない威力だった。ごろごろと転がり、木の幹にぶつかってようやく止まる。

 ぼやける視界の中、ルヴィアはやっと、この攻撃の主を探し当てた。

 無論、バゼットだ。しかし先程までと比べると、その様子は一目瞭然。あちこちにある痣などからして、骨も折れているだろうに、その目は据わっており、人間味がまるでない。

 

「……まさか蘇生のルーンまで切らされるとは。臨死など余りやりたくはない体験ないのですが……」

 

「蘇生のルーン……!? まさか、そんなことが……!?」

 

 サファイアがそのデタラメぶりに呻く。

 蘇生と聞くと大仰な話に聞こえるが、魔術世界ではあり得ない話ではない。むしろ有事に備え、変わり身として機能させることは人形を使う魔術師などであれば、よくあることである。

 しかしそれはあくまで、他の器があってこそだ。

 肉体の蘇生となれば、話は違う。バゼットが行ったのは、死んだ肉体の蘇生だ。それをルーン魔術で行ったとすれば、それは宝具と言っても差し支えない。

 

「いや、失敬。ヘラクレスとは前に戦ったことがありますが……蘇生のタイミングをずらすとは。その考えはなかった。確かにあなたは魔術師として優秀だ。何より、私を殺さなかった。美遊が信頼するに値する人物なのでしょう」

 

 だが、とルヴィアの前で続け、

 

「あなたは甘い、エーデルフェルト穣。敵に情けをかけて、人間らしくいようなど、以前のあなたなら思いもしなかったことだろうに。だからこうして」

 

 その足を、ルヴィアの手に置く。

 

「失わなくて良いモノまで、失う」

 

 バゼットがしたのは簡単なことだ。

 置いていた足を、ただ全力で地面まで押し込んだだけ。

 それだけで。

 ルヴィアの腕はあらぬ方向へ、折れ曲がった。

 

「あ、がああああああああああああああああああああああああああああッ!!!??」

 

「これは私なりの試験だった。士郎くんが魔術師でいられないなら、あなた方に殺してもらうしかない。しかしそれも、見込み違いだったらしい」

 

 再度、ルヴィアを蹴り飛ばすバゼット。最早起き上がる気力すら削がれた彼女へ、執行者は無慈悲にも告げた。

 

「あなた方に価値はない。ここで美遊のために、死ぬことしか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude end.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude9-2ーー

 

 

 いつからだっただろう。

 美遊は自問する。

 いつから、自分はこんなにも多くのモノを求めるようになってしまったのだろう。

 幸せになってほしいと、送り出されたときは、まだそんなことはなかったハズだ。兄と二人で生きていけたなら、少なくとも美遊はそれで良かったハズだった。

 自分のせいで、沢山の人が死んだ。それより多い人達が傷ついた。本来なら美遊は、使い潰されて当然の道具だった。

 それでも、美遊のために兄は全てを捨てた。だから美遊は、生きること以外求めてはいけないと思った。全てを捨てた兄に対し、自分だけがのうのうと求めてしまったら、それまで捨ててきた全てが、どうでも良いモノと烙印を押されてしまったら、どうしようと。

 

(本当に。いつから、だっただろう)

 

 イリヤと出会い。士郎と出会い。

 確かに自分は、それで大きく変われた。

 けど、それでもそれは、あくまで変わる理由だ。始まりがあったハズなのだ。何か、小さくて、波紋のように体に染み渡った、何か。

 それがずっと、思い出せない。

 

「っ、っあ……!?」

 

 横殴りに弾かれたイリヤは、浮かぶことすらままならず、道路の上で転がる。

 そんな、親友だった女の子の姿を、美遊は表情一つ変えずに見つめる。

 

「無駄。あなたじゃ、わたしに勝てない」

 

「勝とうだなんて……おもって、ない……!」

 

「そう。じゃあ、もう立ち上がらないで。命までは取らないから」

 

「それではいそうですかなんて、誰も言わない、でしょっ!!」

 

 ブーツで地を蹴り、イリヤは美遊へまた接近する。砲撃などの遠距離魔術でも放てば良いものを、イリヤはそれをしない。ただ愚直に、話をするために、近づく。

 

「無駄だって、言ってる」 

 

 それを、美遊は無慈悲に上空から出現させた謎の圧力で叩き落とし、そして引き離す。

 こんなやり取りを、何回繰り返しただろう。もう三十分はやっている気がする。なのにイリヤは方針を変えない。

 

「……ねえ、ミユ……何が、あったの……」

 

「……あなたには関係ない」

 

「関係、なく、ない……わたしは、ミユの、友達……そう、でしょ……?」

 

「……」

 

 もうまともに立ち上がることだって難しいハズだ。回復を待たず矢継ぎ早に話そうと接近したせいで、少しの回復ですぐ向かってくる。

 フリルだらけの衣装はボロボロで、最初のように直すことすら億劫らしく、ステッキを支えに倒れないよう踏ん張るイリヤ。そんな主に痺れを切らしたルビーが忠言する。

 

「イリヤさん、今の美遊さんは正気じゃありません! 今の方法だとイリヤさんの体が……!」

 

「わたし、のことは、どうだって、いいから……ミユとちゃんと、お話、する方法……何か、ない、ルビー……?」

 

「ありませんよそんなの! つか、わたし魔術礼装ですよ!? 美遊さんを洗脳する作戦とか、正気に戻すために一発ドカンとぶちこむとか、そういうのは得意ですけども!」

 

「だよね……」

 

 腫れ上がってしまった顔で、ふふ、と笑うイリヤ。何が可笑しいのだろう。もしかして頭を打ち過ぎてしまったのか。ならもう、立ち上がらないでほしい。

 いっそのこと、意識を断ち切れば良いのだが……そんなことをすれば、意識が戻ったときにはまたイリヤは自分を助けようとするだろう。それはダメだ。誰も自分と関わってはいけない。この世界の人間は、誰も。

 

「……もういいでしょ。わたしは何も話さない。誰とも会わない。会いたくない」

 

「嘘、言わないでよ……」

 

「嘘じゃない……」

 

「だったら!!!」

 

 息を整えもせず、口から血が混じった唾を飛ばしながら、イリヤは言った。

 

「なんで、わたしの前から、居なくならないの!? 友達じゃないなら! 話したくないなら、痛め付けることが理由じゃないなら、わたしなんか放っておいてもいいでしょ!? 友達じゃないんでしょ、わたし達!?」

 

「……ッ……」

 

 初めて、そこで美遊が顔をしかめた。

 自分で言うことと、相手の口から言われるのとでは、こんなに違うとは。美遊は夢にと思わなかった。そしてイリヤはそれを取っ掛かりにし、会話を続ける。

 

「ミユが寂しがり屋なことくらい、わたしにも分かるよ。だからミユがそうやって、自分を傷つけてでも誰かを守ろうとする、優しい子なんだって、わたし達知ってるよ! だから!!」

 

「……さい……」

 

「だから、話してよ!! わたしに話してないこと全部話したら、そしたらまた、クロと一緒に家に帰ろう!? みんなミユと離れたくないのに、こんな拒絶されたって……!!」

 

「うるさいって、言ってるのッ!!!!」

 

「!」

 

 美遊を中心に吹き荒れる暴風。それは容易く立ち上がりかけていたイリヤを弾き飛ばし、意識を狩り取ろうとする。

 しかし倒れない。

 イリヤは、あんなに弱かった少女は、倒れない。

 

「……なんで……」

 

「…………」

 

「どうしてそこまで、助けようとするの……!?」

 

 美遊の問いに、イリヤは答えない。ただ無言で、幽鬼のような足取りで近づいていく。

 その並々ならぬ雰囲気に圧される美遊。ついに壊れてしまったのかと思ったところで、手足が動かないことに気付く。

 魔力で出来た枷。とうとうやる気になったのかと体を強張らせる美遊に、イリヤが取った行動はシンプルだった。

 カレイドステッキを変形させ、それをこちらへ見せる。それだけ。

 それは映写機のように空間へ映像を映す。カレイドステッキが持つ最新の電子機器じみた機能の一つだ。そして映像は、サファイアーーつまりルヴィアだった。

 

「……ルヴィアさん!?」

 

 驚き、そして美遊は言葉を失った。

 酷い有り様だった。

 顔はパンパンに腫れ上がり、目を開けるのも物理的に難しい。足や腕も痣どころか、真横にへし折れられている。あの様子では臓器も無事ではないだろう。徐々に治療が施されているが、治った箇所からバゼットに壊されていく。

 それはもう、一方的な拷問に他ならなかった。その余りの凄惨さに、美遊はルビーにしがみつくように訴える。

 

「止めてイリヤ!! このままじゃ、ルヴィアさんが死んじゃう!! わたしになんか構わないで、早くルヴィアさんを助けて……!!」

 

「ううん、大丈夫」

 

「大丈夫じゃないでしょ!? このままだとルヴィアさんが……!!」

 

 と、美遊がイリヤに気を逸らしていたときだった。

 映像の中で、変化が起きる。

 バゼットの頭が唐突に、揺れたのだ。

 ルヴィアから手を離すと、バゼットはぐるりと首を後ろへ向けた。

 居たのは、魔術刻印を輝かせている凛だった。恐らく美遊のことはイリヤに任せ、ルヴィアへと加勢しに来たのだろう。ぜーぜーといかにも走ってきたと言わんばかりに肩を揺らしている。

 

「……何処に居るのかと思っていましたが」

 

「生憎、と……こちとら、良いとこ今のところ無しだから。ちったあ働かないと、何しに来たって話でしょ!!」

 

 横へステップしつつ、ガンドを乱射。鬱陶しいと腕で弾くバゼットを中心に、凛はひたすらガンドを撃ち続ける。

 その威力が銃弾並みのため忘れがちだが、ガンドはそもそも呪いだ。いくらバゼットが魔術的な防壁や耐性があろうとも、これだけの乱射であれば呪いの効力は馬鹿に出来ない。

 狙い通り追いかけてきたバゼットをかわしながら、凛は叱咤する。

 

「ルヴィア!! アンタいつまで寝てんの!! 美遊を助けたいんでしょ!? だったら最後まで自分でやりなさいってのこのバカ!! 金ピカ泣き虫!!」

 

「……わかって、ますわ……ほんと、カラスみたいに、やかましい女ですこと……」

 

 凛は返答せず、そのまま双子館の方へバゼットを誘導していく。

 ルヴィアは大丈夫だろうか。美遊は虚飾を忘れて、真摯に呼び掛ける。

 

「ルヴィアさん、ルヴィアさん!」

 

「……その声。美遊……?」

 

「はい……よかった、はっきり意識がある……」

 

 ふぅ、と安堵して、美遊はそこで何も言えなくなってしまう。

 何を言えば、良いのか分からない。

 謝りたいのか、怒りたいのか、泣きたいのか。それすら分からなくて。

 ただ、全てがぐちゃぐちゃしていて。

 何もかも忘れてしまいたい欲に塗り潰されそうになる。

 だから、口をついて出た言葉は、きっとその一部だった。

 

「なんで」

 

 ぽつぽつと。小雨が降るように、美遊は俯いたまま、語りだす。

 

「なんで……そんな、ボロボロになってまで……みんな、わたしを助けようとするの……」

 

 分からないわけじゃない。けど納得しろと言われても、美遊には無理な話だ。

 何故なら。

 

「……妹だから、友達だから……そうやって理由をみんな、教えてくれたけど……でも……」

 

 ああ、と二人は、その顔を見て安堵する。

 美遊はその特大の宝石のように綺麗な瞳から、涙をぽろぽろと溢しながら、

 

「……もう……わたし、やだよぉ……」

 

 そう、子供のように漏らした。

 一度も泣かなかった。

 どんなに痛くても。

 どんなに辛くても

 どんなに、苦しくても。

 この世界では泣いたりしないと、美遊は決めていた。例え一人であっても。

 だから、初めてだったのだ。

 こんな風に、みっともなく泣くのは。

 

「……わたしなんかのために……みんな、傷ついて……わたしなんかよりずっと大切なもの、いっぱい捨てて……もう、やだよ、そんなの……」

 

 別に、世界なんてモノが欲しいわけじゃなかった。

 ただ何となく、欲しかったモノが増えていって。それを好きになって。手離したくなくて。

 でもそれを許さない人達が居て。

 そして、守ってくれる人達が居て。

 だからずっと思っていて、この想いを言えなかったのだ。

 

 

「そんなの、要らないから……これっぽっちも、求めてないから、だから……。

 

 

 

 みんな……お願いだから……わたしの側にいてよぉ……一人に、しないでよぉ……」

 

 

 泣きじゃくる美遊から、異常な気配が消え失せていく。人へと、戻っていく。

 それがどういうことを意味するのか、誰にも見当がつかない。

 けれど分かっていることが一つだけある。

 結局美遊は、普通の女の子で。

 ちょっと我慢強いけど、辛いときには泣いてしまう人間なんだと。

 

「……美遊」

 

 涙が止めどなく溢れる美遊に、今度はルヴィアが呼び掛けた。いつ意識が途切れても可笑しくないのに、ルヴィアは微笑んでみせる。

 

「あなたと……最初に交わした約束、今でも、覚えていますか……?」

 

「……っ、はい……」

 

「なら……一つだけ、問いを」

 

 ざ、と映像の視点が上がる。そして、

 

 

「ーーーー私は。あなたの、居場所を作れましたか?」

 

 

 ルヴィアと、美遊の目が、合った。

 

「ーーーー」

 

 それだけだった。

 たった一つの問いだけで。

 美遊の涙は一瞬で、色を変えた。

 

ーーわたしに、居場所をください。

 

 そう言ったのは、単に拠点が欲しかっただけだった。それ以上の意図など、何処にも無かったハズだった。

 だけど、本当は求めていたのだ。

 自分の居場所を。

 元の世界と同じーーあの、温かい家を。

 その約束を、ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルトはずっと守ろうとしていた。

 守らなくたってよかった。

 突然現れた穀潰し程度なのに、ルヴィアは、あの人は、そんな美遊の居場所を作ろうと必死だったのだ。

 

「、」

 

 何かが割れそうで、胸が苦しい。

 それは美遊の壁だった。

 それが、次々と崩れていき、心を掴まれる。

……聡明なルヴィアなら、心の底で分かっていたことだろう。

 美遊が本当に求めていたモノを、用意なんて出来ないと。

 それでも、居場所になりたかったのだ。ルヴィアは。

 だってーーあんなに、優しかったじゃないか。

 

「ぁ、ぁ……」

 

 自分の居場所は、きっと、この世界の何処にも無い。

 それは美遊が聖杯である限り、永劫続く寂しさだ。忘れてはいけない、贖罪だ。

 それでも。

 許されるのならば。

 たった一度、許してくれるのなら。

 この世界でも、おかえりと。そう言える誰かが欲しかった。

 元の世界と同じなんて、烏滸がましいけれど。代わりになんてなれやしないけれど。

 それでも、そんな場所が、美遊の全てだったから。

 だから、願ったのだ。

 

「あなたを助ける理由……まだ、直接言ってませんでしたわね……」

 

 無理矢理立ち上がったルヴィアが、告げる。

 

「あなたは、私ーールヴィアゼリッタ・エーデルフェルトの妹、美遊・エーデルフェルトです。助ける理由なんて。それだけで、十分ですのよ」

 

 友達でも、知り合いでも、契約相手でもない。

 この世界には、誰の姿とも重ならない、本当の意味で呼んでくれる誰かが。

 姉が。一番最初から、この世界には居たのだ。

 だから美遊は、凍えることなくーーあの極寒の春を、生きていけたのだ。

 

「、ぁぁ、ぁ、ぁぁぁあああ……っ!!」

 

 頼って良いのだろうか。

 困らせてしまわないだろうか。

 傷ついている。辛くて涙を流したり、事によっては生死の境に落ちてしまうことだってあるのかもしれない。

 これよりもっと酷くなることだってあるのかもれない。

 それでも、頼ってーーーー。

 

「美遊」

 

「……ルヴィアさん」

 

「あなたが何を我慢しているのか、どういう考えでそれを抑えているのか、分かっています。だから、あえて言いましょう」

 

 胸に手をあて、高らかに。それこそ、いつものように、美遊の目の前で、ルヴィアは宣言した。

 

 

お姉ちゃん(・・・・・)に、任せなさい!! このような相手、とっととぶっ飛ばして、二人で帰るのです! 私達の家へ!!」

 

 

 うん、と返す言葉もないまま、ただ美遊は頷く。それだけ見たルヴィアは満足そうに映像を切り、残された美遊はただ、泣いていた。

 

「……」

 

 美遊が治まったことを確認して、イリヤは転身を解除。泣きじゃくる美遊の側まで行くと、邪魔しないように抱き締めた。

 とんとん、と背中を擦りながら、イリヤは口にする。

 

「……泣いてるとこ、初めて見た」

 

「……ごめん、なさい……こんな、わたしばっかり……」

 

「ううん……ずっと、わたしにも、ルヴィアさんにも、言えなかったんだもん。だったら、いいじゃないたまには。わたしなんていっつもそうだもの」

 

 しばらく、涙が止まるまで、二人は離れずにいた。ただこんなときは、離れたくなかった。寂しさで、震えてしまいそうな夜には。

 ふと、美遊は空を見上げる。

 いつもなら広すぎて、恐ろしさすら感じる夜空。しかし今は、あのときーーつい数ヵ月前に見た、元の世界の夜空と同じで、とても、綺麗だった。

 揺れるオーロラのような、星空。

 やがてイリヤがその目尻から最後の一滴を拭き取ると、立ち上がろうとして、膝をついた。

 

「イリヤ!?」

 

「あはは……ごめん、一緒には、無理っぽい」

 

 イリヤはルビーへ命令する。

 

「お願い、ルビー。ミユに力を貸してあげて」

 

「待ってイリヤ。こんな状態のあなたを放っておけるわけ……」

 

「わたしは大丈夫だから。それより、早くルヴィアさんを、お姉ちゃんを助けにいかなきゃ。でしょ?」

 

 一瞬だけ迷い、しかし美遊はすぐにそれを振り切った。

 

「いこう、ルビー。ほんの少しだけ、わたしに力を貸して!」

 

「ええ! 一時的なマスター契約、魔法少女バトルとしての王道! ルビーちゃん張り切っちゃいますよー!」

 

 ルビーから伸びたステッキ部分を握ると、美遊の全身が虹色の光に包まれ、弾ける。

 そこには、淡い桃色の衣装を纏った、いつもと違うカレイドの魔法少女が居た。

 小さく二つに結んだ髪が跳ね、美遊は一言だけイリヤに伝えた。

 

「ありがとう、イリヤ」

 

「ううん……友達だもん、当たり前だよ」

 

 手を取り合って、少女達は立ち上がる。

 残酷で、不条理で、その冷たさに孤独を感じる世界で。それはそんな世界に唯一立ち向かえる、一つの強さの形。

 

「助けようーールヴィアさんを。わたしの、お姉ちゃんを!!」

 

 それを何と呼べばいいか、まだ少女達には分からない。

 けれどきっとそれは、この世界に革命をもたらす、神秘の革命だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude end.

 


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