Fate/kaleid night プリズマ☆イリヤ 3rei!!   作:388859

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夜明けの森~VS逆光剣/心がありたいと願うこと

ーーinterlude10-1ーー

 

 

 凛は走っていた。少しでも速く走れるよう、自身にかかる重力を軽減、更に心肺機能を宝石魔術でフォローし、今や一流のスポーツマンをこの森の中であっても抜き去るほどの速度で。

 

「……やめてよね、ほんっと」

 

 ベキベキベキベキ。その音に凛が顔を青ざめさせながら、ひくついた笑みを浮かべる。 

 

「ったく……英霊を殺せる人間ですって?」

 

 英霊を殺せる化け物の間違いなんじゃないか?

 後方数十メートル。狼のように素早く、熊のような力強さで迫る追跡者。一度死んでルーンによって蘇ったバゼットが、冷徹に邪魔な障害物を粉砕しながら森を走り抜けていた。

 

(とても無茶苦茶な追いかけ方してるけど……理性がないわけじゃない)

 

 ただ本気で、こっちを獲りに来てる。

 凛は手元から宝石を幾つか転がして、走った後に罠を設置する。どうせ物理的なモノは効かないので、ここはスリップさせたりする妨害用だ。あの速度で迫ってくるなら、普通なら回避など不可能。

 だがバゼットはそれにあえて踏み込んで、駆け抜ける。罠が発動する前、あるいは発動しかけた隙に術式を逆に破壊している。

 一手間違えれば死に匹敵する魔術戦で、目の前で発動する魔術に対し、普通無意識にブレーキをかけるモノだ。その無意識を逃さぬために一節(シングルアクション)で仕掛けた罠で仕留めるのだから、凛の底意地の悪さが伺えよう。

 しかしそれすら、関係ない。

 バゼットは飛び越える。上回る。

 

「ちぃッ!」

 

 森を抜けた。目先には最初あった洋館、双子館がある。

 これまでとは純度が違うエメラルドを取り出すと、凛はそれを進行方向へ投げる。ごろん、と地面に跳ねた瞬間、それは風へと変わった。

 風に乗って、一気に洋館のテラスへ飛び乗る。トランポリンの要領だ。

 だがその一つのアクションですら、バゼットにとっては好機でしかない。

 

「逃がすと思うか、私が」

 

 風によって舞った凛へ、バゼットは桁外れの脚力を生かして追随。ついに追い付き、その首根っこを掴む。まるで飼い猫を巣に戻すように、そのままバゼットは縦に一回転、双子館へ凛を投げ込んだ。

 窓どころか、壁ごと凛は館内へ流れ込む。溜まっていた埃があっという間に部屋の中を包み込み、喉に張り付く異物感を取り除こうと凛は咳き込む。

 投げ込まれたのは二階、つまり凛が当初退避しようとした場所だ。予定と大分違ってしまったが。

 舞う埃からして、ろくな管理をしていないらしい。床に敷かれたカーペットや、散らばったガラス片などもくすんで見える。

 と。そんな把握すらさせないと、バゼットが外からよじ登って、部屋へ侵入する。

 

「……ほんと。人間っていうより、ミノタウロスとか、キュクロプスとか、そっち系の血が入ってるんじゃないの、あなた。それかロボか」

 

「まさか。まあ、片腕は義手ですが」

 

 ぐ、と左腕を握る姿に、やせ我慢の笑顔を凛は送る。いついかなるときでも優雅たれ。何もそれは死の直前だろうと変わらない。

 腰を低くして、スカートの縁に忍ばせておいた宝石を床に叩きつける。魔力の塊が起爆し、足元が崩れていく。これで一階へ逃げられるーー。

 

「させるか」

 

 甘かった。

 足元が崩れ始めた直後には、バゼットはもう凛の目と鼻の先にまで接近していたのだ。

 即座に拳を振りかぶるバゼットに、やっと落下に対してモーションを起こす凛では決定的すぎる。

 しかしそこで、更に変化が起きる。

 

「遠坂凛!!」

 

 その声にはっとなり、凛は下がり続ける視線を上にあげる。

 直後、先に凛が入った窓から青い光が殺到し、バゼットを吹き飛ばした。余りの眩しさに凛は目を伏せると、そんな彼女の手を掴み、その誰かに引かれてそのまま屋敷から脱出した。

 ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。

 応急処置を済ませた彼女もまた、追い付いた。

 

「時間稼ぎご苦労。まあ、遠坂にしては上出来でしてよ。褒めてさしあげましょう」

 

 お世辞にもエレガンスとは言えない格好なのだが、それでもこのお嬢様オーラは魂レベルで張り付いているらしい。凛はたまらず口をへの字に曲げた。

 

「……人がどんだけしんどい戦いしてたか分かってんのアンタ? 死ぬかと思ったわよほんとに……」

 

「ええ、助かりましたわ。これで貸し二つですわね」

 

「覚えていて結構、後でキッチリ請求してやるんだから……」

 

 そんなやり取りをしながら、二人は双子館の前に降り立つ。

 無論、バゼットもまたーー立ち塞がっている。

 しかし流石の彼女も、一度死に、ここまでルヴィアや凛の魔術を受けてきたからか、かなり堪えているらしい。その顔は憔悴し、熱に浮かされたように芯が定まっていなかった。

 だがそれは、ルヴィアと凛も同じこと。

 応急処置こそ済んだが、体中の骨を無理矢理接合して動いているルヴィアと、極度の疲労と打撲によって、最早案山子同然の凛。

 次で、決まる。

 双方それを理解した上で、口を開く。

 

「……あなたは、美遊の味方なのですか?」

 

 そんなルヴィアの問いに、バゼットは半分自重を加えて言う。

 

「さあ、どうでしょう。ただまあ、あんな子供を苦しめているのは、心苦しくはありますが」

 

「……なら、戦う理由はないと思うけれど。そこはどうなのかしら、ミス・マクレミッツ?」

 

「それを聞きますか、遠坂嬢。そうですね……半分、これは私からの試験という意味合いもありますから。死ななければの話ですがね」

 

 相互理解はしている。

 言い分は分かるし、止めようと思えば手を止められただろう。

 しかし、止まるには余りに遅かった。

 大切な人を傷つけられた。

 これからもそれが続くから、手を引かせようとした。

 冗談じゃない、と思ったのはどちらか。

 少なくとも、ここに向かい合う三人に止まる気など更々ない。

 

「遠坂凛」

 

「ええ」

 

 今更示し合わせる必要などない。ただ名前を呼び、目で会話する。それだけで作戦は決まった。

 ルヴィアがまたケースからカードを取り出し、サファイアにそれを添える。

 

夢幻召喚(インストール)

 

 二度目ともなれば詠唱は必要ない。

 エーテルの爆発の後、現れたのはボンテージで、両目にはバイザー、そして蛇のように髪を揺らすルヴィアだった。

 短剣と鎖が合体した武器を手に、ルヴィアは凛と並ぶ。

 バゼットも無言で拳を構える。ボクサーのようなスタイルも、今では死神が鎌を取り出したかのようだった。

 それまでの戦いが嘘みたいな沈黙。風が流れ、雲が流れ、それでも明けない夜空の下ーー最後の攻防が始まる。

 

「!」

 

 動いたのは凛と、そしてバゼット。驚くことに、凛とバゼットの速度は同等だった。バゼットも流石に消耗しているのだ。二人はそのまま、コンマの値を振り切って接触する。

 バゼットに対して接近戦など、愚の骨頂。しかし凛も、勝算なく接近したわけじゃない。

 八極拳、中国拳法屈指の破壊力を生み出す武術。それを修めた凛にとって、むしろ接近戦は望むところ。

 そして更にそこへ、ルヴィアの援護が入る。

 

「遠坂凛!!」

 

「チッ!?」

 

 ルヴィアの一声に凛は頭を下げる。すると投擲された二振りの短剣が後ろから伸び、たまらずバゼットは舌打ちして減速、かわす。

 最後の力を振り絞り、バゼットの拳が振るわれる。しかし、力も勢いも削ぎ落とされたとなっては遥かに遅い。これなら、凛でも捉えられる。

 

「!」

 

 バゼットの拳にすら、目をくれず。凛はその拳を掻い潜り、回り込んでから抑える。無論それで拘束出来ると思っていない。

 僅かな足腰の揺れ。まるで陸を突き進む舟のように、その肩をバゼットの首へ叩き込む。

 擠身靠(せいしんこう)

 靠撃の一種。八極において靠撃は様々な用途があるが、その一つとして挙げられるのが防御の崩しだ。

 しかしそこは怪物、バゼット・フラガ・マクレミッツ。いとも容易く受け止め、逆に押し返さんと掴まれた腕を振り回そうとする。

 だが、そうはならない。

 靠撃にはもう一つ、大きな利点がある。

 それは至近距離にまで迫ることで、投げへの移行がスムーズに進むこと。

 

「らああああああああああっ!!」

 

「! しまっ、」

 

 普段のバゼットならば、凛の企みに気づけた。しかし遅い。凛は回り込むために掴んだ腕を使い、バゼットの身体を投げ飛ばす。

 投げ飛ばした先には、既に眼帯を外し、神代の魔法陣を自身の血で描き切ったルヴィアの姿。

 

「これで、終わりです」

 

 四つん這いになり、閉じていた目を開く。夢幻召喚前から、星を宝石に閉じ込めたかのように綺麗な瞳をしていたルヴィアだが、開いた瞳はそれどころの話ではなかった。

 さながら、処女の血を凝固させて作り出したかのように。許されない、されど見ずにはいられない、禁忌を形にした美しさ。

 ライダーの真名は、メドゥーサ。

 ギリシャ神話に登場するゴルゴーン三姉妹の末妹、見たものを石とする蛇の怪物。

 すなわち今ルヴィアの目はその魔眼へと変貌し、バゼットへ襲いかかる。

 赤い火花が散る。するとバゼットの身体は空中であるにも関わらず、その場に拘束された。

 本来、魔力がBランク以下であれば問答無用で視界に入った全てを石にする魔眼だが、夢幻召喚による弱体化補正がかかっている。

 しかし石にならなくとも、時間は稼いだ。

 紅い魔法陣が白熱し、彼方から嘶きが木霊する。

 それは幻想の園に生きる、天馬ペガサスのモノだった。それも竜種に匹敵するほどの高い魔力量と神秘を蓄えた、ギリシャでも名高いメドゥーサの子。

 

騎英の(ベルレ)ーーーー!!」

 

 だん、とルヴィアが地を蹴り、魔法陣へ身を投げ出す。途端に血の魔法陣が白光し、一つの光へと化する。

 それは、天から星へ昇る一対の流星。寸分の狂いもなく、この暗い夜をも置き去りにするほどの刹那の時間でそれは、目の前の障害を天から地へ叩き落とすーー!!

 

「ーーーー手綱(フォーン)ーーーー!!!!」

 

……騎英の手綱(ベルレフォーン)

 その名はルヴィアが駆る天馬ペガサスの乗り手、ベルレフォンことヒッポノオスから来ている。

 本来は黄金の手綱であり、これを使用した際に騎乗している動物のステータスがアップする程度。しかしここにメドゥーサの子であるペガサスに使用すると話は別になってくる。

 セイバークラスを上回る対魔力と、天馬の加護による防御能力の上昇、そして並みの宝具ならば使用者ごと轢き殺す圧倒的な破壊力。攻防一体のこの宝具を防ぐには、サーヴァントですら死を覚悟するだろう。

 だが、それはない。

 バゼットだけは、その死と対面することで勝利を確信することが出来る。

 ぎぎぎ、と。魔眼を振り切り、バゼットは空中にも関わらず指揮者のように右手を肩に、左手を脇の下に待機させる。まるで大きく顎を開けた肉食獣の牙のように。

 

「な、!?」

 

 凛が思わず呻いた。何故なら、森の方からから水晶の球が二つも飛んできて、バゼットの両拳へ吸い込まれていったからだ。

 フラガラック。

 バゼットの持つ切り札殺しの宝具。

 それの入っていたラックは森にあった為、凛はバゼットがフラガラックを使えないと踏んで勝負に出た。

 しかし甘かった。まさか遠隔操作まで出来たとは。しかも二つ。これではもしも防げたとしても二撃目が防げない。

 

「ーーーー後より出でて、先に断つ者(アンサラー)

 

 執行者が審判をくだす。

 水晶が雷の剣へと転じたことで、ペガサスが嘶いた。

 天馬は知っているのだ。

 あれはかつて自身の騎手だった英雄を叩き落とした、ゼウスの裁きに似ていたから。

 極限まで引き伸ばされた時間の中、ルヴィアはペガサスへ告げる。

 

「大丈夫ですわ」

 

 それはどういう意味だったか。

 果たしてーー裁きの雷が振り抜かれる。

 

 

斬り抉る戦神の剣(フラガラック)ーーーー!!」

 

 

 

 

 それを。

 クロエ・フォン・アインツベルンは、木に寄りかかって見ていた。

 

「……くそっ……」

 

 傷は未だ深い。イリヤも無茶をやったらしく、さっきから自分の傷で動けないのか、それとも他人の痛みで動けないのか分かりやしない。中も外も傷だらけで、現実から剥離しそうになる。

 魔力切れは近い。投影はあと一回だけ。今回何も出来なかった自分が、何か出来るとしたら。それは今、あの余裕ぶっこいている執行者サマの邪魔をすることだけだ。

 でも、思考が纏まらない。

 ふわふわと、海を浮かんでいるかのように、意識を手放しそうになる。

 思い出せ、とクロは自身に語る。

 心を静めるにはどうしたらいいか。

 クロは兄に、それを習っていたではないか。

 

体は(I am)剣で出来ている(the born of my sword)

 

 詠唱。

 自己暗示によって精神を安定させ、剣製の精度をあげる。贋作者として、魔術師としての基本だ。

 だが、

 

「う、ぐっ……」

 

 知っている詠唱をしても、自己暗示すら出来ない。永続する痛みが暗示すらもはね除けているのか。こんな基本的なことすら出来ないのでは、この一ヶ月何のために自分は兄と鍛練してきたのか。

 出来ないのか。

 やはり、クラスカードで得た紛い物の力では、何もーーーー。

 

 

ーーそんなわけないだろ? だったら俺が作る剣は、全部本物に敵わないってことになるじゃないか。

 

 

「あ……」

 

 思い出した。

 兄の、言葉を。

 

ーー俺達の剣製は確かに偽物だ。でも、それを良くも悪くも仕上げるのは、俺達なんだよ。作り手が折れたら、剣も折れる。

 

 がらん、と頭の中で何かが下りる。

 手をバゼットへ向ける。

 届くか届かないかなんて、そんなこと関係ない。

 

ーーでも、それを作る理由が正しいのなら。お前が心から(・・・)願ったのなら……きっと、それは良い剣になるさ。

 

 剣を作る上で願うこと。

 今一番願うこと、それは。

 

体は(I am)

 

……美遊を助けたい。

 ルヴィアを助けたい。

 凛を助けたい。

 ついでだからイリヤも助けたい。

 そして士郎を、助けたい。

 

 

心は(・・)ーー」

 

 

 そう、わたしの願いはーー。

 

 

「ーーーー心は(I am )剣でありたいと願っている(the pray of my sword)

 

 

 大好きな人達みんなを、助けることだーー!!

 

 

熾天覆う七つの円環(ロー アイアス)!!」

 

 

 二人の前に展開される、七つの花弁。完成されたそれは雄々しく開き、城壁よりも固くルヴィアを守護する。

 それでも構わぬとバゼットは右手を振り下ろす。瞬間、戦神の剣が伝説通りに時を巻き戻そうとする。

 だが甘く見るな、執行者よ。いくら逆光しようと、それが神の御業だとしても。あくまで、それを行うのは人だ。ならば、同じ人の身で奇跡を起こしたこの少女に防げない道理は何処にもないーー!!

 

「!」

 

 余りにも容易く弾かれる、戦神の剣。破砕音と共に、元よりこの世に神など居なかったと言わんばかりに奇蹟は消え失せる。

 これなら第二撃も、とクロが安心したときだった。

 不意に、視界が歪んだ。

 

(あ、)

 

 声が出ない。あれだけ熱かったハズの傷口が急速に冷えていき、体がぐらりと揺れる。

 魔力切れ。投影に全魔力を持っていかれたせいだ。出し惜しみなしで魔力を叩き込んだこともあって、自身を形成する外殻すら使ってしまったらしい。

 無論、投影した花の盾も同じ道を辿る。

 

(ぁ、ああ、)

 

 消えていく。

 ルヴィアを守る盾が。

 維持しようとしてもどうにもならない。魔力が無いのだから、現世に留めることもままならない。

……結局何も。

 置き去りにされた自分には、何も守ることなど出来ないのかーーーー。

 

 

「いいやーーよくやったな、クロ」

 

 

 そんな声が、耳に入った瞬間。

 クロの盾を守るように。もう一枚の花の盾が、ルヴィアとバゼットの前に出現した。

 なんで、とクロは思った。

 この世でアレを使えるのは二人しか居ない。だけど、彼は今傷つき、ここに来ることなんて出来ないハズだった。

 衛宮士郎。

 傷だらけの体をひきずって、倒れかけながらもーー兄は、そこに居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude end

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何とか間に合った。一時はどうなることかと思ったが、ギリギリのところで手助け出来たらしい。

 傷口が開いたのか、突き出した右腕が折れそうになる。でも折れない。もう、折れたりしないと決めた。

 大好きな人達を守ると、そう決めたのだから。 

 バゼットが二枚目のアイアスを見て、舌打ちする。だが止めるわけにもいかない。一縷の望みを込めて、フラガラックを投擲する。

 だが無駄だ。それはバゼットにも分かっていて、それでも退かずに受け止めることにしたのだろう。

 どんな経緯かは分からない。けれど、確かにバトンは繋がり、そしてルヴィアに繋いだ。

 時間が戻る。

 引き伸ばされた時間が、一秒が一秒へと戻っていく。

 ルヴィアが赤い花弁へ衝突する前に、アイアスを解除。すると形の崩れた魔力が蜘蛛の糸のように絡み付き、紫の流れ星となる。

 さながらそれは、穹から落ちてきた隕石だった。

 

「いっけえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」

 

 そう叫んだのは誰か。その場に居た全員が叫び、届かない頂へとルヴィアを押し上げる。

 地を削り、命を減らし、バゼットを飲み込み、そして最後には双子館までその流れ星は貫通した。

 これまでで一番大きな爆発。双子館は木っ端微塵に弾け飛び、土煙と破片が空へ舞い上がり、衝撃と風がそれらを掻き回す。俺も耐えきれず膝をつくほどだ。

 どれだけ続くのか分からない、混沌が過ぎ去った後。

 こちらへと歩いてくる影を見つける。

 いかにも高飛車な、お嬢様オーラ丸出しの彼女が、気を失った執行者を抱き上げて。

 

「……」

 

 やっと終わった。それを確認し、膝をついていた体勢から、うつぶせになって寝転んだ。だくだくと血の流れる感覚が、今だけは誇らしかった。

 同じく脱力したクロが、ぼそりと呟く。

 

「ったく……お兄ちゃんは怪我してるのに……なんで、きちゃうかなあ……」

 

 魔力切れか。顔は蒼白で、前のようにクロの体の輪郭がブレ始めていた。

 まともに動けやしない体を引きずり、その唇に傷口からよそった血を流し入れる。途端に魔力が充填され、輪郭があっという間に不確かな虚像ではなくクロの肉体を取り戻す。

 少量の血ではそれが限度だった。しかし、命の危機はなくなった。彼女の隣に、体を預ける。

 

「……まあ、そりゃお兄ちゃんだからな」

 

「……普通のお兄ちゃんは、妹に自分の血を飲ませる変態じゃないと思うけど」 

 

「加減も分からず魔力切れで消えそうになってた妹を、助けようとしたやむなき行動だよ」

 

 はぁ、と嘆息するクロ。それで納得出来るかばかちん、と言いたそうな顔だった。

 だが、それだけではない。

 

「……また、助けられちゃったなあ……」

 

 悔しさ。

 自分だけではどうにもならなかったという、誰もが感じる悔しさだった。

 

「……こっちが助けるつもりだったのに。逆に助けられるとか、ほんっとどうしようもないっていうか……」

 

「そんなことないさ。と言っても、嫌味にしか聞こえないか」

 

 そうだな。

……じゃあ一つ、お前が変えてくれたことを教えよう。

 

「……家を抜け出すときに、リズに言われたよ。もう魔術師になる必要はないって」

 

「……」

 

「俺もそうだと思う。前と比べて、力がどうかは分からないが、精神は普通の人に近づいていってる。そのせいで、魔術師としての行動が上手く取れなくなってるのも、また事実だからな」

 

 あの時。本当にリズが言いたかったことは、きっとこういうことだろう。

 もう人間にも、魔術師にも戻れないのに。それでも戦う意味があるとしたら、それは自殺以外の何物でもないと。

 その通りだ。

 でも。

 

「けど、良いんだよ別に」

 

 前から魔術師に拘らなかったのは何故か。

 やっとその真の理由が、分かった。

 

「俺が何であっても、守りたいモノは変わらない。弱くなったのなら、誰かの力を借りればいい。足りないところは他から補う、魔術師の基本(・・・・・・)だろ?」

 

「……」

 

 それは、クロにとってどれだけの衝撃だったか。

 無数の剣に体を刻まれ、かつて助けた誰かからも裏切られ、それでも自分しか恨まなかった誰か。その記憶を持つ彼女にとって、俺の言葉が信じられなかったに違いない。

 孤独でいいと、そう言って一人で死んでいった男とは思えない、と。

 

「全部を守るのは難しいなんてこと、前々から分かってた。でも、それは俺一人の場合だ。二人なら、三人なら、四人なら、みんなならーーきっと全部を守り切れるハズなんだ」

 

 今回だってそうだ。

 

「バゼットから美遊を救ったのはイリヤで、撹乱して時間を稼いだのは遠坂。俺とクロはルヴィアを守って、そのルヴィアがバゼットを倒した。本当なら勝てない相手に勝てたのは、誰一人欠けることなく、ここに集まったからだ」

 

 だから魔術師じゃなくなっても、人間じゃなくなっても、弱くなったとしても、俺は構わない。

 それは誰かを守るための強さだ。

 全てを救う正義の味方には、何より必要な力。

 絆の力。それを、俺は得たのだ。これ以上に心強いモノが、他にあるだろうか。

 

ーー本当に正義の味方みたい。カッコイイ。

 

 と、感動してるんだか呆れてるんだかよく分からない、感情の消えた顔でリズに言われた。そしてここまで連れてきてくれた。今頃イリヤの方にたどり着き、介抱しているところだろう。

 

「だから胸を張れよ、クロ」

 

 すり傷だらけでも頑張った妹の頭に、ぽんと手の平を乗せる。

 

「お前はルヴィアを守った。美遊を、みんなを守った。それでもまだ悔しいと思うのなら、一緒に強くなろう。みんなで」

 

「……うん」

 

 遠くでVサインをするルヴィアに、揃って手を振る。

 長い夜が、終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude 10-2ーー

 

 

 そして。

 少女はその光景へと、辿り着いた。

 

「……」

 

 どっ、どっ、と心臓の音が耳音で鳴っていると勘違いするほど、やかましい。

 それは、おおよそあり得ない光景だった。

 少女の中で絶対的だった執行者は敗北し。されど誰かが犠牲になって勝ったわけではなく、辛くも、誰も死なずに生き残った。

 誰かが死ぬと思っていた。

 それを止めるべく、少女はここに来た。走って、走って、間に合わなかったらどうしようと。

 それがどうだ。

 自分の助けが必要だったなんて、烏滸がましい。とても力強く、みんな、いつものように生きていた。

 

「美遊!」

 

 少女ーー美遊が、はっとなって名前を呼んだ主へ顔を向け、体が硬直した。

 それは騙していた、この世界の姉だった。

 その隣には、自分の兄とよく似た、もう一人の兄の姿もあった。

 しかし硬直は一瞬だけ。

 美遊は全力で、声を、想いを届ける。

 

 

「ーーーーごめんなさい」

 

 

 たった一言。

 そこに、あらゆる意味を込めて、頭を下げた。

 

 

「美遊」

 

 

 そして返答も、たった一言だった。

 

 

「ーーーーおかえりなさい」

 

 

 それだけだった。

 それだけの言葉でもう、美遊は、救われた。

 

 

「……うん。ただいま、お姉ちゃん(・・・・・)ーーーー」

 

 

 凍える冬を越えて。

 冷たい春に出会った奇跡。

 少女はやっと、暖かな夏の季節を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude end.

 


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