Fate/kaleid night プリズマ☆イリヤ 3rei!!   作:388859

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夏の日常/望んでいた日々

「えー、というわけで皆さんこの一学期本当にお疲れさまでした」

 

 七月二十日。

 月末の入り口となったこの日、冬木の学校は一斉にとある式が開かれていた。

 

「明日からの夏休みですが、中学のときのように遊び惚けてばかりではいけません。卒業後の未来を見据え、各々やるべき課題を設定し、一つ一つクリアすることが大事です」

 

 こんなときほど、教師の話が長いのは最早風物詩と言えるだろう。教室に押し込められた生徒達は皆、太陽に肌を炙られ、今か今かと話の終わりを待っていた。

 そんな様子を見て、やや仕方なさげに白旗をあげるかのように教師は告げた。

 

「ではみなさん、また。それでは夏休みを楽しんでくだ、」

 

「しゃあああああああああああああああああああああああああああああああ夏休みだああああああああああああああああああああああああ!!」

 

「海行くぞおらああああああああああああああああああああああ!! オトナの女とオトナの階段ホップステップジャンプじゃああああああああああああああああああああああああ!!」 

 

「うるせえ!!!!! せっかくの夏休みなんだ、寝させろこの野郎ぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

「最後まで言わせろ、と言っても聞かないよね……」

 

 すごすごと担任教師は狂喜乱舞する生徒達(主に夏という季節にあてられた男ども)を回避しつつ、教室を後にする。

 遠くで入道雲が、空を泳いでいる。

 

 

 今年も夏が、やってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さっき一学期最後のホームルームが終わったばかりだというのに、教室はもう夏休みムード一色だった。

 それもそのハズ、学生の金字塔である夏休みが到来したのだ。しかも高校生ともなれば、やれることも増えてくる。

 そこら中から遠出、旅行の話などが聞こえてくる。夏休みなんてもう体験出来ないことだと思っていたが、こうして雰囲気に囲まれるだけでも不思議と気分が高揚してくるものだ。

 

「おい衛宮」

 

 いつものようにぶっきらぼうな態度で机の前まで来たのは、慎二だった。慎二も夏休みムードの前では受かれているようで、何処と無く虫の居所が良さそうである。

 

「どうした慎二? 何か用か?」

 

「用がなかったらお前のところに来るわけないじゃないか。ほら、八月の初めに新都で夏祭りあるだろ?」

 

 そういえばそんな話をイリヤもしていたな。何でもその時だけ新都の一画を歩行者天国にするくらいには、大規模だとか。

 

「あったな。慎二は行くのか?」

 

「当たり前だろ? つかなに、お前は行かないわけ?」

 

「行かないっていうか、行けないというか……」

 

 煮え切らない返事をすると、予想通り慎二は途端に口を尖らせた。

 

「はぁ? お前さあ、そんなんで高校生活楽しいわけ? 夏休みって言ったらそりゃあ海、お泊まり、夏祭りだろ! それを行かないなんてさあ、夏を楽しむ気持ちが無さすぎだって話さ」

 

「衛宮にも用事があることを知らぬ身で、よくもまあそこまで言えるものだな、間桐」

 

 そう、片合掌で横から割って入ったのは、一成だった。

 慎二はこれまた露骨に鼻を鳴らし、

 

「なんだよ、生徒会長。衛宮に予定なんかあるわけないだろ。こいつ夏休みの予定なんかその場で作るタイプだろうし」

 

「む、失礼だな慎二。俺だって予定くらい立てるからな?」

 

「その通りだ。衛宮は月末から卒業後のため、イギリスへ旅行するのだ。夏祭りなど行けるわけなかろう」

 

「な、なんだとぉ……っ!?!?」

 

 ぐわぁ、と今月、いや今年一番の驚愕に顔を染めつつ後退りする慎二。そんなにか。そんなになのか慎二。

 そも、旅行と言っても元の世界に戻る方法を得るために、宝石翁ゼルレッチと会う約束を遠坂に取り付けてもらった為だ。最初に聞いたときはまさかと思ったが、会えるのならこれ以上ないチャンスだ。バゼットに護衛してもらえるのなら、それほど危険なことにはならない……と思うが、実際のところは分からない。少なくとも道楽気分でいける場所ではないのは確かだ。

 

「この妹の話か雑用か家政婦か使用人の真似事しかやらないような衛宮が、イギリスに旅行、だと……!? 外国に旅行とかお前、夏を楽しむレベルが高すぎるだろ!! 衛宮のくせに!! 衛宮のくせに!!」

 

「二回言わなくても良くないか、慎二……というか羨ましいのか、もしかして」

 

「当たり前だろ!! 僕だってイギリスのクソ不味い飯を食べながらヨーロッパのマダムと話したいわ!! つかやらせろ!!」

 

「ふむ。貴様は知らなかったのか、間桐。あいやスマン。『友達』ならば知っていて当然と思っていたんだが。うん、俺は知っていたからてっきり知っているものかと」  

 

 痛いところを突かれたとのけ反る慎二と、眼鏡を光らせて不敵に笑う一成。何だろうか。何でちょっと熾烈な争いを見ている気分になっているのか。

 とはいえ、

 

「夏祭りか……慎二と一緒にそういう用事に行くのって、最近なかったな……」

 

 考えれば慎二とは、何となく疎遠になってしまい、そして聖杯戦争のときに決定的に対立してしまった。あの後慎二は魔術師への執着などは捨てて、桜とも仲良くなったとは聞いている。

 しかしこれは全部桜や藤ねえから聞いた話だ。聖杯の器にされ、入院した慎二は俺や遠坂とは面会を拒否したし、三年になってからも慎二とはまともに話すことすら出来なかった。

 ここの慎二とはそういう諍いもない。だから夏祭りにも行きたいが……。

 

「ふ、ふん。まあいいさ。衛宮がその気なら僕だって誘わないね。イギリス旅行楽しんできなよ、どうせ衛宮のことだから英語すら喋れないままワタワタしてるだろうけどね!! ハン!!」

 

 これである。

 慎二はとにかく気難しい奴で、時々なんで怒るのか分からなくなる。がしかし、大抵は本気で怒っているわけでもない。要約すれば、

 

「うん。じゃあ何処か出掛けよう。明日空いてるか?」

 

「は? 明日? まあ空いてるけど……」

 

「なら明日、イリヤ達が海水浴に行くんだ。その引率を俺と一成が引き受けたんだけど、どうせなら慎二も行こう」

 

「はぁ!?」

 

「おい!?」

 

 何故か俺の提案に驚く慎二と一成。

 そして二人して言葉を捲し立て始める。

 

「妹と海に行くとかお前むしろ夏エンジョイしてるじゃねーか! つかなんだ、そんなお情けみたいな感じで海いけるか! 柳洞もついてくるんなら尚更ヤダね!」

 

「それはこちらの台詞だ間桐! というか衛宮、こんな奴を妹さんの前に出すな! 教育に悪いわ! この男は不埒で破廉恥極まりない! 特に女に目がないところなどはな!」

 

「ハァ!? 男だったらそりゃ美人の水着くらい見るだろ! ナンパするだろ! それとも何だ、生徒会長は坊主らしくアソコも坊主かい? おい衛宮、そいつ恐らくお前に気があるぜ?」

 

「なっ、何を馬鹿なことを言うか!? 恥を知れ間桐!! そこに直れ、窓から投げ捨ててくれるわこの海草竿師め!!」

 

「誰が海草竿師だゴルァ!?」

 

 何かとんでもなく下品な方向に話がジェット噴射していく。掴み合いになりそうな二人の間に入り、引き離した。

 

「とりあえず! どうせなら一成と二人で行くより、慎二も入れて三人で海に行った方が楽しいだろ? 明日はイリヤの友達も大勢来るし、二人だと話すことも少なくなりそうだからさ」

 

「俺では貴様の無聊を慰めることも出来ないというのか!?」

 

「誰もそんなこと言ってないだろ? なあ慎二、せっかくの夏なんだしお前だって海行きたいだろ?」

 

「そりゃ行きたいさ! けど衛宮はともかく、柳洞と一緒だなんて死んでもごめんだね僕は」

 

「ならば貴様は大人しく弓道部に行けばよかろう。そら、もう今は夏休みだ。存分に弓道着に汗を滲ませておけばいい」

 

「ケッ、なーにが汗を滲ませておけだ。女に興味ない坊主が海行って何すんだっつうの日射病でさっさと極楽でもなんでも行ってろよ」

 

「何か言ったか間桐?」

 

「言ったぜ柳洞聞こえなかったかその耳は飾りかい?」

 

「やめろってばお前達……」

 

 この二人がここまでいがみ合うことは今までなかった気がするのだが、俺の知らない内に何かあったのだろうか?

 

「あ? 別に何もないよ僕らは」

 

「何かあったと言えば、お前のことだろう衛宮。今までこういった用件を俺達に話すことも誘うことも、お前からは無かっただろう?」

 

「……そう、だっけ?」

 

「うむ」

 

 ふむ。

 エミヤシロウもそこは俺と変わらなかったのか。俺と彼は真反対だから、てっきりそういうことも誘ってるもんだと思っていた。記憶は欠落しているから確実ではないのだが、それでも確かに誰かを誘った記憶はない……いや。

 

「それとお前達が喧嘩してるのって何か関連があるのか?」

 

「ハッ、これだから衛宮は。いいか、お前から誘われるなんてこと初めてなんだぜ?」

 

「となれば、学友としてその誘いを拒否する理由などあるまい。が」

 

「「それはそれとしてコイツと海に行くのは真っ平ごめんこうむる」」

 

 お互い相手を指差した二人は、口を揃えてそう言った。

 

「……あー、これを機会に親睦を深める、とか……」

 

「は?」

 

「……」

 

「ダメかそうだなすまん」

 

 二人のそれはねぇだろという視線にあえなく肩をすくめる。

 むぅ。三人で海に行ったら絶対楽しいと思ったんだけれど。残念。

 がしかし、そこで助け舟が一つこちらの港(机)へ着けてきた。

 

「人気者だね、士郎くんは」

 

 穂群原学園の元祖マドンナ、森山である。バチバチと睨み合いになってるクラスメイト二人に怯えつつ、すすす、と森山は耳元で囁いてくる。

 

「さっきから話は聞いてたけど、二人は士郎くんのことほんとに大事にしてるって分かるよ」

 

「大事にしてるというか、大袈裟というか……まあここまで言われるのは少し嬉しいけどさ」

 

 というか、森山に囁かれるのはとても心臓に悪い。声をあげなかった自分の精神力を褒めてやりたい。おっとりとした雰囲気から出る声にフェチを感じる輩も少なからず居るモノなのだ。

 

「ああそうだ。この前はありがとな、森山。三人への誕生日プレゼント選び、参考になったよ」

 

「ううん、わたしは別に特別なことなんか……」

 

「いや、その普通の感性が凄く助けになった」

 

「そう? わたし途中からあまり覚えてなくて……気付いたら家に居たから、多分迷惑かけちゃったなって。せっかく士郎くんとお出掛けだったのに……」

 

 申し訳なさそうな森山だが、まあその余り覚えてない理由は例のごとくだ。誕生日プレゼント選びを手伝いたいとか何とか言っていたが、まあ十中八九デバガメだろう。あの二人のところ構わず喧嘩して魔術をぶっぱなす性格はいつか大きな間違いを起こしそうで怖い。

 

「で、どうするの、海? 二人は士郎くんと行きたいみたいだけど」

 

「俺だって、こんな機会滅多にないんだから二人と行きたいさ。でもまあ強制するのは違う気がするし……」

 

「……わたしに任せて」

 

 へ? どういうことかと尋ねる前に、森山は今もいがみ合っている二人へ問いを投げた。

 

「間桐くん」

 

「ん?」

 

「柳洞くん」

 

「む?」

 

「二人は、士郎くんの友達でしょ? だったら、今回は士郎くんのお願いを聞いてあげても良いんじゃないかな? じゃないと、このままだと二人とも海には連れていけないって士郎くんが」

 

「……え!?」

 

 そんなこと一言も言ってないんだが!?

 

「……それは……」

 

「……困るな、うむ」

 

 そしてそんなに海に行きたいのか、君達。

 意外や意外、二人のいがみ合いはそこで終わりを迎えた。うぅむ、まさかこんな簡単に幕切れになるとは……。

 

「……まあ、いいか」

 

 話がまとまったんならそれでいい。

 むしろ森山のおかげでやっと明日のことを三人で話すことが出来るのだ。感謝しないと。

 

「森山、ありがとな。助かったよ」

 

「言ったでしょ、任せてって。二人とも友達なんだから、士郎くんに誘われたら一緒に行ってくれるよ。例えそれがカエルみたいな相手と一緒でも」

 

「か、カエルかあ……」

 

 いやどっちかというと……。

 

「言われてるぜ柳洞」

 

「言われてるな、間桐」

 

「おいおい、カエル面のくせによく言えるぜ」

 

「貴様こそ泥まみれの川を泳ぐカエルか海草だろうによく口が回る」

 

 アレはもう包丁を互いに握って立ち会ってるのに近いのでは。

 今更そんなことを思いつつ、明日の予定を二人と打ち合わせることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude13-1ーー

 

 

 一方その頃。

 新都、ショッピングモールでは。

 

「夏休みは海なんだよ、結局!」

 

 そんな嶽間沢龍子の第一声に、遺憾ながらイリヤ達一同は頷いた。

 明日からは夏休み。夏休み=毎日遊び放題。無論担任があの冬木の虎こと藤村大河なのでキツくなさそうでキツい宿題が与えられていたり与えられていなかったりするが、まあそれは省略。要はちょっと頭の悪いお友達には藤村先生から有り難い補習代わりの宿題倍額キャンペーンというわけだ。

 さて、そんなわけで明日はイリヤ、クロ、美遊の誕生日会。粗方の準備は済ませているが、まあなんだか夏休み前となると落ち着かないし今日は遊ぼうとなったわけだ。

 

「と言っても、明日の準備なんか終わってるわけだし、こんな場所でタッツンを放し飼いするのもどうかと思うけど」

 

「放し飼いって那奈亀ちゃん……龍子ちゃんはああ見えて分別あるよ?」

 

「ほんとかぁ? あたしが見た感じ、龍子はそこら辺のエスカレーターの上で横滑りしながらキングコングの真似しだすくらいには幼稚だと、」

 

「うらーーっ!! 明日から夏休みだーーっ!! もう今日からハジケちまおうぜッフゥーーワフゥワッ!!」

 

「ほんとにキングコングになってる!? おい、誰かあのバカをクロロホルムで眠らせろ!?」

 

 わちゃわちゃとなる龍子、那奈亀、雀花、美々の四人の横で、イリヤ達三人はその様子を苦笑いと呆れ混じりに眺める。

 

「五年生にもなって、あんなに夏休みではしゃげる女の子はこの冬木でもあの子達ぐらいでしょうねえ」

 

「まあ主にタツコに釣られて騒いでる感じだけどね……というか、クロは楽しみじゃないの、夏休み?」

 

「そりゃわたしだって楽しみよ? 何せ初めてなんだし。ミユもそうでしょ?」

 

「うん。わたしも今回が初めて。それにみんなとっていうのがとても楽しみ」

 

 クロはイリヤの中で、美遊は屋敷から出ることがなかった。だから夏休みなんてものとは無縁な生活だった彼女達と、こうしてイベントを楽しめるなんて、イリヤにとっても嬉しいし、楽しみなのだ。

 苦しいことがあった後には、必ず何か楽しいことがある。

 ありきたりではあるが、それを今ほど感じたことはない。

 

「おいお前ら、何してんだーーっ!? ナイショ話か、あたしに隠れてナイショ話か、ちっとは聞かせろバーローめぇい!」

 

「最早意味分かんないテンションになってきたわね、この子」

 

「……」

 

「ミユ、無言で下がらないであげて。タツコが物凄い悲しそうな顔してるから。しわしわのピーマンみたいな顔になっちゃうから」

 

 露骨に避けられ、ちょっとうざかったかなー、あたしうざかったのかなぁ!?と更に(声の大きさ的な意味で)うざくなってきた龍子を宥めつつ、雀花が切り出した。

 

「そうだ、明日海に行くけどお菓子とかみんな買ってないだろ? 丁度いいし今買おうぜ」

 

 というわけで。

 七人はショッピングモールでも食品コーナーへ移動し、各々持っていくお菓子を選別。

 海まではバスで行く予定なので、道中何か食べるとするならやっぱり飴とかになるかな、とお菓子コーナーを漁るイリヤ。とはいえ飴も飴で色んな種類があるため中々に決めづらい。

 

「うーん……多分海じゃ何か食べるだろうし、スナック菓子とかそういうのは食べられないよね……」

 

「なに、イリヤはスナック菓子にしたいこか?」

 

「したくてもお腹いっぱいになっちゃうかなって。スズカはどうするの?」

 

「あたしもグミとかそういうのにするかな。ほら、海と言えば海の家の焼きそばとかじゃん? その分のお腹空けとこっかなって」

 

 焦げるソースに絡めた中華麺、シャキシャキの甘い野菜……少し想像するだけでお腹が減ってきそうだ。

 

「うぅむ、悩ましいトコロね……!」

 

「ま、あんまり食っても誕生会で何も食えなくなったら元も子もないけど。美々はどうするんだ?」

 

「わ、私? 私は別に……お菓子よりはジュースを買おうかなって」

 

「ジュースかあ。そっちもいいよね……うーん、飴か、グミか、ジュースか……!」

 

「馬鹿ねイリヤ、そんなに悩む必要なんてないじゃない」

 

 ふふん、とクロは笑って告げた。

 

「全部欲しいならほら、シェアすれば良いじゃない? そしたらみんなが幸せハッピー、でしょ?」

 

「そうだけど、こういうのは悩むのも楽しいんだから」

 

「む、イリヤにしては正論。じゃ、わたしが新たな道を教えてあげる。ジュースにするならコーラとサイダーどっち買う?」

 

「くぅぅーーっ!?」

 

 究極の二択を迫るクロ。ここで更に選択肢を増やすとは。小麦色のこの女は、今日も今日とて悪魔だったとイリヤは思い知った。

 すると美遊が買い物かご片手に、いつもより頬を弛ませると、

 

「じゃあどっちも買えばいい。ちょっとくらい多めにストックしておけば、後々楽しめるでしょ?」

 

「……それもそだね。今月ピンチなんだけど、まあセラに言ってちょこっとお小遣い前借りすればいっか」

 

「イリヤってば、ほんとミユの意見はすぐ取り入れるわよねぇ。お姉ちゃんの意見はすぐ否定するのに」

 

「だからクロはお姉ちゃんでもなんでも」

 

「はいはい分かってるわよ、そっちがお姉ちゃんだものねー」

 

「むぅ……」

 

 と、

 

「っておい待て、龍子は? あの馬鹿何処行った!?」

 

「ああ、タッツンならそこで簀巻きにしてるから安心しといて」

 

「ナイス那奈亀!! これであたし達の名誉は守られた、長い戦いだった……」

 

「いやナイスじゃないよね!? 息出来てないよね、殺人未遂だよねこれぇ!?」

 

 買い物かごの取手で何か上手いことがんじがらめになった龍子を、爆弾解除よろしく救助するイリヤ。

 喉元過ぎればなんとやら。魔術だの、平行世界だの、色んな非日常的な現実が立ちはだかってきたものの、気付けばこうやって夏休みの準備などをやっている。

 そう、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンはまだ十一歳の小学生。例え聖杯の器だろうと、規格外の魔術礼装に選ばれようと、こうして自分の人生がある。それを満喫出来ることは、イリヤにとって意味があるのだ。

 勿論これからまた、激しい戦いになることは間違いない。むしろここからが本番だと言っても過言ではなく、それを忘れたつもりは更々ない。

 しかし、イリヤだって遊べるなら遊んでいたい。

 せっかくみんなで夏休みを満喫出来るのだ、それを楽しまない理由が何処に、

 

 

ーーじゃあ、自分が死んだ理由も知りたくないんですか?

 

 

 ふと。

 嫌な夢を、思い出した。

 

「……ごめん。ちょっとトイレ行くね」

 

 誰かが反応する前に、イリヤは走り出していた。

 女子でも足だけは速いイリヤにかかれば、トイレまで数十秒もかからなかった。洗面台まで走ると、そのままなだれ込んだ。

 動悸がおさまらない。心臓が鞭のごとく肺や骨を打っているように暴れ、イリヤは胸をかき毟る。流血したように全身から発汗し、夏の熱気が急激に冷めていく。

……嫌な夢を。

 最近、毎日見る。

 一回だけ見るのなら、まだ良い。自分が死ぬ夢なんて夢見が悪いにもほどがあるが、それでも一回だけなら、胸を撫で下ろしてこんなこともあったなと流せる。

 ただ、同じような夢がずっと毎晩続くのは奇妙だ。

 それが自分が死ぬ夢なら尚更である。

 

(……死んだことなんて、ないのに)

 

 毎晩毎晩死ぬこともそうだが、殺され方も毎回変わらない。心臓を引き抜かれて、胸から噴水のように散った自分の血を浴びて、床に倒れて死ぬ。そしてそれを行った相手も、同じだ。

 小さい子供。年は恐らくイリヤよりも年下、ブロンド髪の男の子だ。だが、その気配や存在感は並外れており、イリヤの直感ではサーヴァントに近い。

 何よりイリヤの心臓を何の躊躇いなく引き抜き、返り血なんてシャワーを浴びたように気にしないのだ。怖くないわけがない。

 

(……)

 

 そう、怖い。

 ただ怖い。

 どうしてこんな夢を見るようになったかは分からない。

 ただ夢と言い切るには、余りにリアリティーがあり、そして何度も見るのではアレは夢というより……。

 

(……わたしの、記憶。なのかな……)

 

 勿論イリヤには見覚えがない。

 斬られたり、爆発に巻き込まれたり、打ちのめされたりしたが、でもそんな怪我とは別次元の話だ。

 もしあれが本当のことなら、自分は当に死んでいると確信出来るくらいには、

 

「……違う」

 

 自分は死んでなどいない。

 だって、恐怖のせいではあるが、こんなにも心臓が鳴っている。怯え、震えている。

 なら大丈夫だ。

 自分は生きている、だから何も怖がる必要もない。

 

「……ふぅ……」

 

 やっと治まった悪夢の反芻。イリヤはのろのろと蛇口を捻り、流れ出る水で顔を洗う。

 鏡を見ると、青くなった顔が映っていた。こんなことでは心配される、頬でも叩こうかと思ったときだった。

 

「なーにやってんのよ」

 

「ぷぇっ!?」

 

 それはまさに頬を叩くかのような声だった。鏡に映っている自分の背後に、白い目のクロと、不安げな表情を浮かべた美遊の二人が居たのだ。

 恐らく中々戻ってこないから見かねて来たのだろう。クロは目をつり上げて、

 

「全く。最近なんかまた悩んでると思ってたら……今度はどうしたの?」

 

「……」

 

「あら、わたしには教えられないわけ? じゃあ美遊には?」

 

 ふるふる、と首を動かすイリヤ。またかとクロは少し青筋を立て、

 

「ほーん? で、だーれにも話さないで、また爆発するつもり?」

 

「クロ、イリヤにそんなに意地悪しちゃ可哀想」

 

「やーねミユ。コイツはほら、アレよ。自分に構ってほしいけど、小学生にもなってそれじゃ恥ずかしいからうじうじしてるだけよ。そんなやっすいプライドなんかとっとと捨てちゃえば楽になるのに」

 

 えい、とイリヤの頬を指で摘まむクロ。そのままぐにぐにと縦に横に動かす。

 

「ほら、おねーさんに話しなさい。今ならこのほっぺたつねりの刑で許しておじゃろう」

 

「は、はなしゃないもん……というかなんでおじゃる?」

 

「ほほう、まだそんな口が聞けるのかしら? じゃあミユ、やーっておしまい!」

 

「らじゃー」

 

「はへ?」

 

 何を?と思ったときには、美遊がすす、とイリヤの真後ろへ移動。そのまま脇をくすぐり始める。

 

「いひぁ!?」

 

 喘ぎかけ、途端に身を捩るイリヤだったが、それを見越したクロによって頬をホールドされて動けない。筋力Dランク()は伊達ではなかった。

 

「ほらほら、話さないとトイレの中でずーっとくんずほぐれつなことになっちゃうわよーん?」

 

「は、はなさない、も、はぁっ、もん……」 

 

「ミユー、耳に息吹きかけるのも許可☆」

 

「イリヤ……」

 

「はびゃぁ!??」

 

 何だか筆舌に尽くしがたい状況から経過すること五分。

 気づけば洗面台の真ん前で、顔を上気させた上に衣服が乱れた外国人ハーフの小学生が荒い息をしているというとんでもない現場の誕生である。

 これには流石に二人も素直に手を合わせた。

 

「うん、やり過ぎた」

 

「ごめん、やり過ぎた」

 

「やり過ぎにもほどがあるでしょぉ!?」

 

 クロと美遊の平謝りにがーっ、と腕を振って文句をつけるイリヤ。とりあえず乱れた衣服を整え、あれ?と一つ疑問が湧いた。

 

「……結局何がしたかったの?」

 

「イリヤで遊ぶ?」

 

「なんで疑問系? いやほら、クロ言ってたでしょ。何で悩んでるのか話せって……」

 

「ああそれ? 別にいいわよもう」

 

「はぁ?」

 

 いつもなら絶対に『良いから話せ』と言ってきそうなのに、とイリヤが不審がっていると、

 

「一応わたしはあんたと違って、それなりの魔術が使えたりするの。痛覚共有の応用で、あなたの悩みをころっと共有させてもらったわ。美遊にもね」

 

「……それ、わたしのプライベートとか筒抜けなんじゃあ……」

 

「気にするトコそこ? つか四六時中一緒なんだし今更じゃない?」

 

「今さらで済ませるのがほんとにないんだけど」

 

 それはそれとして。

 

「……で? じゃあわざわざこんなことしたのはどうして?」

 

「面白いから」

 

「こ、この小麦肌野郎……!!」

 

「い、イリヤ。まだ話は終わってないから……」

 

 いよいよこの拳を振るうときがきたかと握り拳を作っていると、クロはしれっとこう言った。

 

「だってイリヤ、怖かったでしょ」

 

「……は?」

 

 つい、とクロがそっぽを向いて、

 

「だから。あなた、怖かったでしょ。あんな夢ずっと見てたんだし。それを思い出させるのは気が引けるから誤魔化せばいいや、って」

 

「……クロ」

 

 さっきの頓珍漢な騒ぎは、クロなりの優しさだったのか。そのことにようやく気付いたイリヤは、

 

「……何かしおらしくてキモい、クロ」

 

 滅茶苦茶バッサリその優しさをぽい、と切り捨てた。

 

「はぁ!?」

 

「いやだって、いつも人にちょっかいかけるのにこういうときだけ優しくなるの、何からしくない。気持ち悪い」

 

「あ、あんたねぇ!? 人が一生に一度くらい優しくしてやってるのにその態度はなんだってのよ!? あんたなんかそこら辺のトイレに吸い込まれて溺死でもすればいいのよバーカ!!」

 

「クロのは優しいんじゃなくてただ身勝手なだけですー! というかあなたがわたしを思って優しくするときは大抵その後デザートとか夕飯とか宿題とかぶんどったときの理由でしょ!? 人が死ぬ夢見てトラウマになってるのによく言えるのよねそんなことさ!?」

 

「なぁによ?」

 

「なによぉ!?」

 

 額が触れ合わんばかりにまで肉薄するイリヤとクロ。後ろでそれを見ていた美遊が、半ばやれやれと顔に書いた表情で止めに入る。

 

「ほら二人とも、お互い迷惑かけたんだから、そんな風に突っぱねちゃダメ。特にイリヤはわたしも心配したんだからね?」

 

「……む」

 

 そう美遊に言われてしまっては、イリヤも罪悪感が出てくる。

 

「……ごめん、ありがとうクロ」

 

「ほんと素直じゃないわよね、イリヤは」

 

「いやクロもそうだからね? ほらイリヤに謝って」

 

「……ごめんなさい」

 

 今のやり取りで三人の力関係が何となく伺えるのは、まあ気のせいではないだろう。

 さて、と美遊がイリヤとクロの二人と手を繋ぐと、出口へと引いていく。

 

「じゃあみんなところに戻ろ? 多分みんな探してるだろうから」

 

「あー、そうよね。なんやかんやで時間食っちゃったし」

 

「わ、わたしのせいじゃないもん……」

 

「あーはいはい分かったから。また嫌な気分になったらこちょこちょしてあげるから」

 

「こちょこちょはしないでいいから!」

 

「わたしは楽しかったけど……」

 

「してる美遊はね!?……ってクロ、美遊にこちょこちょしたことある?」

 

「ないけど……ははーん? なるほどねえ……?」

 

「え、ちょ、二人とも? なんでそんな握った手がわさわさしてるの? ねえ? 怖いよ……?」

 

「かかれーーっ!!」

 

「ちぇいやーーっ!!」

 

「ひああああああああーーっ!?」

 

 またまたくんずほぐれつなことになる三人。

 けれど、誰一人未来に怯えることも、現実に退くこともなく、笑っていて。

 そして何より、イリヤの心からはもう、不安など欠片も残っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude end.

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕方になった。

 イリヤ達の誕生日は明日のため、切嗣とアイリさんも今は帰国していた。

 明日は海水浴に行った後、そのままイリヤ達はクラスメイトと誕生パーティーの予定なので、家族内で催す誕生パーティーは今夜開かれることになっている。

 

「よい、しょ」

 

 持ってきた長椅子を平行するように、芝生の上に並べる。中央には炭をくべたコンロがあり、丁度火を起こしたところだった。

 夏はやはりバーベキューだろう、ということで。今回の誕生パーティーはバーベキュー。今回は人数も多いし、それに今日は絵に描いたような快晴だ。こんな夜は星もよく見えるだろうし、バーベキュー日和になりそうだ。

 とはいえ……。

 

「……流石に他人の家でバーベキューはちょっと図々しかったかなあ……」

 

 そう。本来ならうちの庭でやるハズの誕生パーティーだが、今回は美遊も参加する為、そうなればと保護者代わりのルヴィアや絶賛バイト中の遠坂やバゼットも加わることになる。そうなると、うちの庭は少し狭い。

 ならばとルヴィアは快くエーデルフェルト邸の庭を提供してくれたので、その厚意にありがたく甘えさせてもらったというわけだ。

 

「確かに、少し広くて落ち着かない、かな」

 

 そんな呑気な声で、コンロの火加減を窺う切嗣。仮にもバーベキューなのだが、何故か和服で煙の前に立っている辺り、不精なのはこっちでも全く変わってないらしい。

 キャンプ用の折り畳み椅子に腰掛けるやいなや、

 

「うーん……やっぱりこういうところは落ち着かないな……」

 

「そわそわするなよ、親父。一応こっちが客で親父は大黒柱なんだから、どんと構えてなきゃダメだろ」

 

「一応って……いやまあ家を空けてるし、確かにセラの方がしっかりしてるけど……父親としては、自分の家よりより大きな一軒家を見ると嫌でも縮こまるというか」

 

 ふむ、そういうものなのだろうか。

 いやまあ今も横で照明器具の設置をしてると思ったらいつの間にか皿を取り出してるオーギュストさんとかも居るし、落ち着かない理由はそれだけじゃないかもだけど。

 例えばそう、

 

「士郎くん、本日はご同伴に預かることになったわけですが……あの、私などが本当にこの場にいて良いのでしょうか」

 

 この真横でメイドさんやってる封印指定の執行者とかなんかは、特に。

 いつものぱりっとしたOLチックな装いから一転、ヨーロッパの使用人っぽくなったバゼットは困り顔でそんなことを言ってくる。切嗣の顔がちょっと青い。なんかやましい魔術品でもあるのだろうか……。

 

「……お前の心遣い、でいいのかは分からないけど。ともかく今は仲間だろ?」

 

「はい」

 

「なら一緒に三人の誕生日を祝ってくれ。人は多い方が楽しくていいだろ?」

 

「……ならお言葉に甘えて」

 

 失礼、と仕事モードになったのかそのまま屋敷へ戻っていくバゼット。途端に、切嗣は大きく息を吐き出した。

 

「……話には聞いていたけれど、まさか士郎と知り合いだったとは……何処で知り合ったんだい?」

 

「聖杯戦争の後でさ。ちょっとうちで暮らしてたこともあるからそれなりに気心は知れてる」

 

「一緒に!? 暮らしてた!? 封印指定の執行者であるあの女性と!?」

 

「? 何か不味いことなのか、それ?」

 

「そりゃあ士郎、君は一応高校生の男だろう? それを一つ屋根の下だなんて、お父さん的にはまだそういう交際は早いんじゃないかと思うんだが!?」

 

……なんかとんでもなく話が拗れている気がする。誤解を解かなければ。

 

「いや同棲って言っても、他に遠坂とか、セイバーも暮らしてたから二人っきりってわけじゃ」

 

「複数の女性と関係を持っていた、だって……!? 士郎!! 君って奴はなんで僕と似なくていいところが似てしまったんだ!?」

 

「誤解だ!! 言葉を間違えた!! 間違えたんだよ親父!? というか切嗣後半ちょっと聞きたいことがあ、」

 

「そのお話、私めにも詳しくお聞かせ願えますかな?」

 

 ゴギィ!!、と肩がひしゃげるような音と共にオーギュストさんも参戦。

 片眼鏡をぎらつかせた執事さんは指の間にナイフを数本握ると、

 

「いえ、士郎様が何処の誰と関係を持とうと自由ですので、それには、ええ。干渉しませんが。しかしお嬢様のご友人がそれでは、お嬢様の品格が疑われるというもの……」

 

「あっ、あの、一応やましいことはなにもー……」

 

「それはナイフ千本飲める嘘でございますか?」

 

「すいません遠坂と付き合ってますのでそれ相応のことはしてますだから許してください」

 

「ちょっと士郎? 凛ちゃんとよろしくしてるのかい!? それは不味いよただでさえほら複雑な立場なのに……いや士郎の世界の凛ちゃんだから関係はないのか……?」

 

「親父ちょっと黙っててくれる!?」

 

 初めて切嗣のあの髭を引き抜いてやりたいと思った夕方六時前のことである。

 ちなみに洗いざらい話したもののオーギュストさんの殺気とデバガメしまくる切嗣のうっとおしさで色々こう疲れたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude13-2ーー

 

 

 一方、衛宮家のキッチンは戦場のごとくめぐるましい状況になっていた。

 衛宮家の料理担当は、言うまでもなくセラだ。ヘルプに士郎が入るくらいで、その定位置が変わることはまずない。そこには決まったルーチンがあり、何よりそのルーチンが間違ったことはない。セラより料理が出来る人間が衛宮家に居ないのだから当たり前だ。

 ただしそれも一家のママーーアイリスフィールが不在のときのみに限る。

 最初に言っておくが、アイリスフィールは料理が出来ない。

 そう、出来ないのだ。

 それも料理は錬金術と同じとか何とか言って色んな食材をアルケミーしては真っ黒な超物体ニューZαを作るのだ。

 無論それを誰も好ましく思ってなどいない。

 だが誰もそれを指摘したくともその天衣無縫さ、何より衛宮家ヒエラルキー的に『ママのメシが不味い』などと言える人間は存在しなかった。リズは口を滑らせる前に毎回セラかイリヤがストップをかけるが。

 ともかく。

 誕生パーティー、しかもご近所さんも一緒となればアイリが『ついに私のお母さん力をお隣さんに見せるときが来たのね……!』と、肩に力を入れて料理をしようとするのは自明の理なわけで。

 

「いいですかみなさん。これは時間との勝負です」

 

 セラはボウルに入った大量の鶏肉をにんにくや胡椒で味付けしながら、イリヤ、クロ、美遊の三人に指示する。

 

「凛さん、ルヴィアさんの二人が奥様を引き止めてくれています。私が野菜や肉などを仕上げますから、あなた達には今の内におにぎりを作ってほしいのです。美遊さん」 

 

「は、はい」

 

「士郎からあなたのことは聞いています。イリヤさんとクロさんにご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」

 

「は、はぁ……」

 

「今回の主役であるあなた達にこのような雑事はさせたくなかったのですが、緊急事態です。みんなでこの危機を乗り越えましょう!」

 

「「おー!」」

 

「お、おー……?」

 

 もう二度とあの悲劇は、と意気込む衛宮家と、何が何だか分からないままおにぎり作り指導員になってしまった美遊。その温度差たるやまあ見ればお分かりだろう。

 

「じゃあミユ、こっちでやろ?」

 

「あ、うん……」

 

 イリヤに言われるがまま、美遊は新聞紙が敷かれたテーブルまで器具を運ぶ。

 

「ねぇイリヤ。その、せっかくアイリさんが帰ってきてるわけだし、料理ぐらいさせてあげても……」

 

「ミユ。世の中にはね、例えどれだけ克服しようとしても出来ないことがあるんだよ……」

 

「そうね……実際に目の当たりにしてわたしも悟ったわ。ありゃ料理というより魔術の薬品作りよ。不味くても効能があればそれでいい精神なのよ。隠し味なんて聞こうモノなら得体の知れない魔獣のレバーとか出してきそうなのよ……」

 

「そんなに……?」

 

 美遊からすれば料理は正しい知識と味覚があれば容易に成立する技術だと認識していたが、それは共通の認識などではなかったらしい。

 ともあれ美遊も一応(あくまで美遊の基準)料理を嗜んだものとして、パーティーの一品を任されるのは嬉しいことだ。大役を仰せつかったからには、美遊とて全力で挑む。

 

「じゃあとりあえずやろう。二人ともおにぎり握ったことは?」

 

「ちょっと前に無理いってやったことあるけど、熱くてすぐ投げ出しまして……」

 

「わたしはないわ。ま、イリヤみたいに音をあげたりしないからよろしくね、ミユセンセ」

 

 任された、と美遊は首を縦に振る。

 おにぎりの作り方……というか握り方だが、手順はいたってシンプルだ。わざわざ説明するまでもないが、美遊はゆっくり、しかし淀みない動きで作業に取り掛かる。

 

「まず手を水で濡らしたら、塩を少々手の平に付ける」

 

「「ふむふむ」」

 

「少し冷めた白米をその手の平に載せて、もう片方の手と手を合わせて、優しく握る」

 

「「ほうほう」」

 

「あんまり力を加えると、米が潰れてあとで固くなっちゃうから、気をつけて。で、あとは見映えが良いように形を整えたら」

 

 完成。大皿に置いた美遊のおにぎりは、まずまず(あくまで美遊の基準)の出来だ。我ながら完璧な説明だったと美遊は確信していたのだが……。

 

「ねぇミユ。ご飯が手に引っ付いて形が整わないんだけど……」

 

「え? あ、手が十分に濡れてなかったのかな……イリヤ、とりあえず水でまた手を湿らせて」

 

「はーい」

 

「ねーミユー、何かあなたとのとわたしの、大きさ違くない?」

 

「……クロは力み過ぎだと思う。だってもうご飯がかぴかぴというか水分抜けて……」

 

「む、シツレイね。これでもそれなりに配慮してたんだけど」

 

「いや配慮出来てないから」

 

「ミユー! 今度はべちゃべちゃになっちゃったぁ……!」

 

「……」

 

 調理実習のときも思っていたのだが。

 この二人、もしやおにぎりも握れないお嬢様なのでは……?

……ちなみに美遊は自身の料理スキルの高さのおかげで、実家のおかんレベルのおにぎり作りを会得しているが、そんな小学生の方が稀なのだと指摘する人間はここには居なかったりする。二階で談笑するアイリママとのデッドヒートはそれほどまでに苛烈なのだった。

 そんな疑念は横に置くとしても、こうやって逐一教えているのでは時間がいくつあっても足りない。何せ十人分のおにぎりを、アイリの横槍が入る前に作らなければならないのだ。

……あんまり利用するみたいで気が引けるのだが、仕方ない、と美遊は燃料を投下することにした。

 

「ねぇ二人とも」

 

 揃って手についた米を舐めとっているお嬢様二人に、美遊は告げた。

 

「わたし達の作ったおにぎり、お兄ちゃんも食べるんだから。それを考えれば自然と良いおにぎりを作れるよ」

 

「「……!?!?」」

 

 お嬢様二人に、稲妻走る。

 おやおや?と首を傾げる美遊からは聞こえない位置で、イリヤとクロはこそこそと話す。

 

「わたし達の作ったおにぎりを……お兄ちゃんが食べる……」

 

「つまりそれって、実質HANAYOME体験ということなのでは……!? というかおにぎりってわたしの手をお兄ちゃんに合法的に味見させられるステキ健全料理だったのね!?」

 

「クロのその感想にちょっとでも頷きかけた自分を塩で浄化したくなってきたけど、でもつまりそういうことだよね……!!」

 

 と、ここでイリヤ何かに気付く。

 

「……あれ? じゃあミユは、料理するときはいつもそんな風に考えて作ってるの?」

 

「うん。だってそうした方が美味しく料理を食べてもらえるかなって」

 

「へぇ……」

 

 イリヤの目が大皿へ投げられる。

 そこにはイリヤとクロがこそこそしていた間に、美遊の握ったおにぎりが既に一列出来ていた。

……必然ではあるが、十人がおにぎりを取り合えば、それだけ自分の作ったおにぎりが士郎の口に入る機会は減る。となれば、そこは数で補うしかない。この大皿にどれだけ自身が握ったおにぎりをエントリーさせられるか、それが勝負となる。

 つまるところ、もう一つのデッドヒート開幕であった。

 

「……話している時間はなさそうね」

 

「ええ、最速でマスターしてやるわ、おにぎり作り……!」

 

「?」

 

 何も分からないまま、また一つと美遊はおにぎりを握っていく。

 なおその後結局イリヤとクロが三つ作る間に、美遊が五つ作るサイクルが完成したので結果は言うまでもない。

 邪念など料理に持ち込むべからず、料理の基本で既に負けていたイリヤとクロなのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude end.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、夜六時半。

 誕生パーティーがついに始まった。

 パーティーと銘打ったが、ただのバーベキューのハズだった。それもお隣さんとやる手軽なモノ。だがそれもこの豪邸でやるとなれば、自然とファビュラスになってしまう。最新モデルのコンロ、ちょっと明るすぎるくらいの照明、そしてルヴィアから提供された新鮮な食材の数々。手軽さからはかけ離れているような気もするが、これははこれで特別感があっていい。

 こんなときは毎回真っ先にコンロの前で肉を焼く係を申し出る立場なのだが、今回に限ってはその立場を陣取る人間が二人居た。

 

「ではオーギュストさんはそちらで海鮮をお任せしても?」

 

「ええ」

 

 両家の誇る料理のスペシャリスト二人ーーセラとオーギュストさんが、見事な手際でコンロを仕切っている。素人なりに料理をかじった人間だからこそ、この二人のチームをわざわざ崩す意味はない。

 というわけで焼きあがった肉や野菜を食べながら、周囲を見回してみる。

 まずは目の前。イリヤ、リズ、遠坂。

 

「あー! ちょっとリズお姉ちゃん! それわたしの! わたしのお肉でしょぉ!?」

 

「ふっ、ふっ、ふっ。バーベキューとはすなわち焼肉定食。弱きものから搾取するのは当然の事」

 

「それ言うなら弱肉強食ね。あーもうほらイリヤ。わたしの鶏肉分けてあげるから。まだまだあるんだし、あなたも少し待ってたら、家政婦さん? 大人げないにもほどが」

 

「鶏肉ばかり食べても胸はおっきくならないぞ、トリガラ」

 

「誰がトリガラじゃゴラァ!!!」

 

「リンさん落ちついて!! わたしの牛肉あげるから!!」

 

「いらんわ!!!!」

 

 斜め前に、美遊とルヴィア、アイリさん。

 

「あのっ、シェロのお母さま! こちらを!」

 

「あら良いの? じゃあ頂くけれど、あなたもしっかり食べてね? 今日はミユちゃんのお祝いでもあるんだから」

 

「何とお優しい……! 流石シェロのお母さま、その優しさでシェロも曲がることなく育ったのですね……!」

 

「そんな大袈裟よ。ほら、ミユちゃんも食べてね。もりもり食べないとルヴィアちゃんみたいになれないわよー?」

 

「あ、ありがとうございます……でも、わたしはみんなと話しながら食べたいから……」

 

「あーもう可愛いわぁ……うちのイリヤちゃんやクロちゃんに負けず劣らず……もしよかったら、わたしのことおかーさんって呼んでもいいのよ?」

 

「えぇ!? か、考えておきます……」

 

 左前、クロとバゼット、カレイド礼装二つ。

 

「いやー、皆さん美味しそうに食べてますねぇ。こういうの見るとわたし達にも味覚の機能を付けやがれって、思いますよ」

 

「カレイドステッキには味覚がないのですか? てっきりあの翁の作った礼装ですから、無駄にあるオプション機能の一つにあるのかと」

 

「いやあるわけないでしょ。確かにルビーとサファイアは多機能だけど、あくまで道具の範疇だし」

 

「む、そう言われると何か馬鹿にされた気分。サファイアちゃん、クロさんをぎゃふんと言わせる方法とかあります?」

 

「味の再現なら成分を解析して、データとして疑似的に摂取することは可能だと思いますよ姉さん」

 

「何か急に道具故の悲哀的な発言止めてもらえる?」

 

 そして、隣でそんな光景を一緒に眺める切嗣。

 

「賑やかだねえ……」

 

「だな。まさか今年の誕生会がこんな大所帯になっちまうとは思わなかったけど」

 

「確かに。準備は結構大変だったかな。でもーー」

 

 全員の様子を一瞥する切嗣。

 かつて死んだように笑っていた誰かと違い、その横顔はとても生気に溢れ、目の前に広がる光景の一部として口を開いた。

 

「ーーーーうん。やっぱり、賑やかな方がいいよ」

 

 そうだな、と返そうとして、声にならない言葉を少し返す。

 目頭が熱い。多分、煙か何かのせいだろう。なのに、こことは違う何処かの世界のことばかり思い出す。

……初めは一人だった。何もかも失って、何もかもから逃げて。そして、誰かに助けられて、一人じゃなくなった。

 その人はよく笑う人だった。けど、その微笑みは楽しいから笑っていたのではなかった。こんな簡単なことに気付かなかった自分への滑稽さもあったのだと、今思い知った。

 結局、その人が心の底から安心して笑ったのは、死ぬ直前だった。何処かへ行ってしまうあの人が、あまりに可哀想だったから。笑えず、泣くこともなく、腐れ落ちていくように死ぬあの人に笑ってほしくて、意地になってあんな約束をした。守れるハズもない約束をして。

 そして月日は経ち、後から家族だと分かった誰かへの後悔が付きまとってくる。

 時に否定され、時に嫌われ、時に失い、時に奪われ。けれど今、ここにあるモノが、その約束の答えなのだとしたら。

 嬉しくもあり、悲しくもある。

 だって、こんなにも楽しく、みんなが揃っているのに。

 この光景を誰よりも見せたい相手が、俺の左隣には、居ない。

 

「……賑やかな方が、いいよな」

 

 言い聞かせる。こんなにも満たされる空間は、きっと世界の何処を探してもない。

 前にクロの歓迎会をしたときは、分かっていなかった。まだ、罪悪感の方が強かった。

 だけど今はもうこの光景が愛しくて、この光景を守れたことが嬉しくて。

 だから、悲しい。

 帰りたいと、そう強く思ってしまったことに。

 ここに居るべきではないと、そう強く感じてしまうことに。

 俺はきっとあの人達と、こんな光景を作れたハズだった。

 イリヤと、爺さんと。こんな風になれたら、それはどんなに幸せで満ち足りたことか。

 何よりエミヤシロウが、俺の場所に居たなら……それこそ、本当の理想の世界だったのに。

 

「士郎」

 

 とん、と切嗣が背中に手を添え、さする。子供のように扱われるのは嫌だけど。今だけは、その手の感触を感じていたかった。

 

「……いつか言ったか、はたまた言ってないかもしれないけど」

 

 切嗣は空へと視線を上げる。

 そこにはあの静かな冬の日とは似ても似つかない、騒がしい夏の空があった。

 

「人が誰かを救うには、限度がある。だから全てを救うことなんて出来ない」

 

「……それが?」

 

「うん……それは、きっと正しいと思うんだけど。君は、それでも全てを救いたいと言って、ここまで来た。それだけで僕は……嬉しいんだ。報われた気がして」

 

「……」

 

 他人だ。

 この男は切嗣ではあっても、爺さんじゃない。

 けれどその言葉は、涙が出るほど求めていた言葉だった。

 

「……さんきゅ、爺さん(・・・)

 

「やっと笑ったね。うん、安心した」

 

 袖で涙を拭くと鶏肉にかぶりつく。にんにくと塩胡椒で味付けされたそれはしょっぱかったけれど、とても美味しくて、自然と笑みが溢れる。

 と、背後からどん、と衝撃がきた。

 

「お、兄、ちゃーん! ほら、これわたしが握ったおにぎり! ねー、食べてくれるでしょー?」

 

 そう言ったクロが差し出したのは、少し小さめの俵の形をしたおにぎりだった。それはありがたいが、

 

「クロ……お前な、人が食べてるときに後ろから抱きついてくるんじゃない。危ないだろ」

 

「むー、またお説教? せっかくおにぎり持ってきたのに」 

 

「ちょっとクロ! 抜け駆けは無しだって言ったでしょー!?」

 

 たたたーっ、と持ち前の俊足で走ってきたイリヤ。これまた少し歪な三角形のおにぎりが入った皿を手にしている。

 

「お、お兄ちゃんは、男の人だから、大きいのがいいよね! はいこれ! クロのよりお腹一杯になれるよ、絶対!」

 

「止めた方が良いわよお兄ちゃん。ほら、イリヤの形が悪いじゃない。見映えが良くない料理なんて料理って言えるかしら?」

 

「く、クロのだって乾燥してるじゃない!」

 

「おいおいお前達な……」

 

 どっちも食べるからそれくらいにしろと言いかけたところで、くい、と袖が引っ張られる。

 引っ張ってきたのは、美遊だった。

 

「あの……わたしのも食べてくれる、かな?」

 

 出されたおにぎりは、さっきの二人とは雲泥の差がある。というかおにぎりに関しては俺と比べても美遊の方が握り方上手いんじゃないかと思うくらいだ。

 

「さあ!」

 

「どれに!」

 

「する?」

 

 三者三様のおにぎり。

 どれも美味しそうなのだが、どれかひとつ決めれば、とんでもないところから飛び火して大変なことになるのは、目に見えていた。

 

「……とりあえず、全部頂きま、」

 

「「「甲斐性なし!!!」」」

 

「なんでさ!?」

 

 訂正、どう答えても詰みだった。

 

「お兄ちゃんね、そういうとこよそういうとこ! そうやってリンやルヴィアも毒牙にかけたんでしょそうなんでしょ!」

 

「そうだよ! あの二人のチョロさはともかくさ!!」

 

「……」

 

 美遊の無言の視線が一番刺さる。おにぎりくらい、三個も四個も食べるのだから順番なんて関係ないような……いやあるのか? あと遠坂、ルヴィア。そんな怒るな。子供の戯言だろ。

 ともかくこのままでは三人の怒りが収まりそうにない。とすれば、ここは切り札を出すしかない……!

 

「あのさ、ちょっといいか三人とも」

 

「「「……なに?」」」

 

 ぐ。三人のこのあからさまにこの人を疑うような視線。痛い。斬られるより痛い。とりあえず椅子の下に隠しておいた紙袋を取り出すと、中にある包装された三つの箱を差し出した。

 

「後で渡そうとは思ってたんだが……はいこれ。おにぎりのことはこれで勘弁してくれ」

 

 と、受け取った三人の反応は、

 

「ほほぉ……?」

 

「?」

 

「? なにこれ、お兄ちゃん?」

 

 全くなんのことだか分かっていないご様子。ははぁん、さては人望ないな俺は?

 

「イリヤ、なにこれはないだろ……誕生日プレゼントだよ誕生日プレゼント。明日は渡す暇なさそうだし、今日渡そうと思ってたんだが……あー、前日に渡すのはダメか?」

 

 三人はようやくそれで箱の中身が何なのか、得心がいったらしい。途端に、ぱぁ、と顔を輝かせた。

 特にクロと美遊は余程、嬉しかったのだろう。片や誰にもその誕生を祝ってもらえず、片や歳を重ねることを祝ってもらえなかったのだ。これまでで一番と言っても良いくらいの笑顔で、

 

「え、ほんとにプレゼント? わたしに? わたしだけに……?」

 

「そうだぞクロ。お前だけのプレゼントだ」

 

「あの……いいの? わたし、ほんとの家族じゃないのに……」

 

「今更気にするなって。美遊だってここに居る以上、主役なんだ。気にせず貰っとけ貰っとけ」

 

「ね、開けていいの!?」

 

 いいぞ、と言う前に、もう三人は封を開けていた。どうやら待ちきれなかったみたいで、慌ただしく中身を確認する。

 

「これ……アクセサリー?」

 

 そう言ったイリヤの手に乗っているのは、紐のブレスレットだった。クロと美遊も同じブレスレットだが、三人とも紐の先に結ばれたチャームはそれぞれ形が違う。イリヤは五芒星、クロはハート、そして美遊は六芒星だった。

 

「へえ……お兄ちゃんにしてはセンスいいじゃない! こういうときに外さないのがズルいわー、流石」

 

「うん。お兄ちゃんに女の子の好みが分かるなんて驚き」

 

「ほんとだよね……うわあ、ありがとう! 大事にするね!」

 

「いや大事にしてほしいけどお前達酷いな!? そりゃあ俺一人じゃこんなの思い付かなかったけど!」

 

 全く。一応これでも、悩みに悩んだ結果だったのだ。こんなにも言われると少し凹むというか、拗ねたくもなる。

 

「あはは、ごめんごめん。でも嬉しいのはほんとだから。ね、クロ、ミユ?」

 

「モッチロン。形が残る物をプレゼントしてくれたなら、この先ずっと忘れないし」

 

「そうだね。わたしも、忘れない。この世界のお兄ちゃんがくれたもの、絶対無くしたりしない」

 

 三人は手首にブレスレットを巻き付けると、声を揃え、はにかみながらこう言った。

 

「ありがとう、お兄ちゃん!」

 

……ああ。

 何よりも先にその言葉を聞いて、脳に浮かんだのは、たった一つの言葉だけだった。

 

 

「ーーーー誕生日おめでとう。イリヤ、クロ、美遊」

 

 

 

 

 

 

 夜は過ぎていく。

 幸せは広がっていく。

 こんな日がずっと続いたなら、どんなに良かっただろう。

 こんなに楽しかったのは、楽しいと感じたのは、十年ぶりだったかもしれない。

 だからそれは、ほんの口約束に過ぎなかったのだ。

 

「ねえお兄ちゃん。また来年も、こうやってみんなで集まれるよね?」

 

 イリヤのそんなふとした問いに、俺は自信を持って答える。

 

「ああ、当たり前だろ? 夏だけじゃない。秋も、冬も、春も。そして一年後の夏だって、こんな風に過ごせるさ。ずっと、ずっとな」

 

 約束だと言って、小指と小指を絡ませたのは、本当にそう出来ると思っていたからだ。

 困難な道であっても。

 この景色のためならなんだって、出来る気がしていた。

 けれど。

 この日を最後に。

 そんな幸せが訪れることは、もう二度となく。

 残酷な真実だけが、数時間後に待っていた。

 

 

 

 


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