Fate/kaleid night プリズマ☆イリヤ 3rei!! 作:388859
なおストックがないので続きはちょいお待ちを。
プロローグ/ラスト・サマーバケーション
遠くから、セミの声が聞こえる。
それは、夏を知らせる音。それが耳に入る限り、夏は永遠に続いていく。何匹ものセミの鳴き声達は、生きようとする意志そのものだ。一週間という儚い命でも、自分は確かにここに居るという、魂の咆哮だった。
空からはうだるような日差しが肌を焼き、地面からは光をたっぷりと溜め込んだ砂が素足を焦がす。
そんな中を走り回る。それはもう全力疾走だ。セミの声なんてもう聞こえない。わーわー、と叫んでるのは誰だったか。わたしかもしれないし、他の誰かのようだったし、他人のようにも思えた。代わりに聞こえるのは潮騒。それ目掛けて、わたしは飛んだ。
ふわっ、と浮遊は一秒も満たず。
ばしゃん、と目の前の世界が弾ける。
そこにあったのは、蒼玉の世界。
全てネイビーブルーに統一された世界は冷たくて、心地よくて、何より綺麗だった。
まるで自然が遊び回っているかのような、不思議な光景。
浮上して、息を吐いた。酸素を取り込んで、張り付いた前髪を横に流す。反射した日光が眩しくて、視線を逸らした。
みんな、思い思いのまま、楽しんでいる。同じように海に飛び込んだり、恐る恐るさざ波に触れたり、砂浜で見守ったり。
夏だ。
夏が、きた。
またわたしの、わたし達の誕生日が来たのだ。
十一回目だというのに、どうしてこんなにはしゃげるのだろう。一年に一回しかないとはいえ、十回を越えれば人は慣れる。なのに飽きないのは、どうしてか。
それは、きっとわたしが生きているからだ。
一年成長し、心も体も少しずつ大人になり、見える景色が広がっていくから。
その景色で、沢山の出会いがあって、この日をみんなで迎えられたから。
だから楽しくて、自分を祝ってくれる誕生日はどうしようもなく心が踊ってしまうのだろう。誕生日は、そんな繋がりや過去を強く実感する日なのかもしれない。
……まあ、そんなことより、今は遊ぼう。せっかく海に来たのに、すぐ終わってしまってはもったいない。遊び疲れたら、ケーキやごちそうにかぶりついて、そしてプレゼントをもらう。
これからを考えるだけで幸せになれる。
ずっと、続いていくんだろうなあ。
これからも。
ずっと。
ずっと。
……なのになんでだろう。
心が、ざわつく。
不安になる。
一度芽生えてしまえばそれは急速に広がった。さながら亀裂が走るように。
波に揺られることに、恐怖すら覚えた。
手足をばたつかせた姿は、まるで溺れているようにも見えただろう。
揺れが大きくなる。
波が段々荒くなっていることに気づく。不味い。このままでは、浜に戻れなくなる。みんなはどうしているのか、わたしは周囲を見渡し、愕然とした。
居ない。
海には誰も居ない。いつの間にか、みんな砂浜に居た。
クロも、ミユも、お兄ちゃんも。みんなみんなわたしのことなんて忘れてしまったかのように、遠くで立っていた。
声も出せない。波は既に息継ぎすら困難なほど荒れ、わたしを沖へ沈めようとする。
届かない。
耳や口から入ってくる海水が、生きる機能を削ぎ落としてくる。
そして、意識は世界に沈んでーーーー。
目が覚める。
何か、よくない夢を見た。
「……ぁ、あ?」
長い時間眠っていたのか、頭が割れるように痛い。それでも睡眠を欲するのは、寝過ぎたが故か。それとも全身が羽毛のようなクッションに埋まっているためか。さながら肌とクッションの境界が溶けて、凍っていくような感覚。
目を瞬かせる。太陽の光みたいな眩しさはない。むしろこう、肌寒さすらあるような……?
「んん……? ん?」
視界がはっきりしてくる。ぽつぽつと、顔に落ちてくるのは雨か? それにしては白いような。そう思っていたら、脳が急速に体の異常を感知した。
寒い。
寒い。
……んん? 寒い?
「さっっっっっっっっぶ!!!????」
眠気なんて一瞬で吹っ飛んだ。
歯の根が合わなくなり、カチカチと鳴らしながら、肩を抱いて飛び起きた。
広がっていたのは、辺り一面余すことない銀世界。葉の落ちた木々が、死んだように立っており、湿った枝にすら積もって白い。
雪。
夏には絶対あり得ない天候。
そんな摩訶不思議な光景にわたしーーイリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、
「……旅行してたっけ、わたし?」
まだ、寝惚けていた。
とりあえず、状況を一回整理しよう。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、死者である。
死者ではないとみんなが言うかもしれないけれど、厳密には死者なのでそう仮定しよう。
七月二十日。その日はわたしの誕生日であり、生者と偽ってきた自分へ罰が下りた日でもあった。
九枚目のクラスカードの英霊、ギルガメッシュによって暴かれた真実。
わたし達が暮らしていた世界は、とある世界の人間によって構築された
そして本当の兄はもう、居ないこと。
絶望しなかったといえば嘘になる。何も信じられなくなったし、生きることを諦めそうにだってなった。
それでも、生きているからと、守ろうとしてくれた
衛宮士郎。
全てを守りたいと思う人が、全てを守れたのだ。それを一人で行ったことは、少し悲しいけれど、後悔するよりはよっぽどいい。そうわたしは思っていた。
だが、その結末に泥を塗った相手が居る。
エインズワースの魔術師。
ギルガメッシュとの激戦の余波で、ミユの世界を渡ってミユを拐い、あとは死ぬのみだった兄を地に叩きつけたあの二人。
意味も分からぬまま、光に包まれたわたしは、いつの間にか気を失い、ここに居る。
「……うーん、さっぱりわからない……」
ざく、ざく、とスニーカーで雪を踏みながら、山道を歩いていく。夏真っ盛りの冬木市から一転、気が付いたらしんしんと雪降る山地である。当然衣服は夏仕様。太股丸出し、肩から先も素肌丸見えなので、このままだと凍死しちゃうのでは?なーんて思ったりしなくもない。
「……エインズワースの人達が出してた光のせいで、わたしもここに飛ばされたんだから……」
だとしたら行き先は同じだ。
つまり、平行世界。
ミユが元々暮らしていた、世界だ。
「……ということは、ここ異世界なんだよね。そりゃ夏じゃないよね、異世界なんだし」
とはいえ、ミユが住んでいた場所も日本のようだったし、となると単に季節が違うだけなのかもしれない。何せ異世界、月日のズレだってあるだろう。
さて、となると次にここが何処かという話になるわけだが……。
「何処なんだろう、ここ」
日本だとして、ここまで寒いと東北辺りになるのか。冬木市でも雪は見られたが、ここまで積もるのは稀だ。冬という名前こそ付くが、意外と暖かい都市なのだ。
と、一人ああでもないこうでもないと頭を捻っていると、見えてきた。
町だ。
「!」
雪に足を取られながら、走る。息を切らすほど動いてるのに汗は全然出ない。それどころか、体は冷えるばかりだ。それでも、わたしは走らずにはいられない。
安心が欲しい。とにもかくにも下地を固めなければいけない。そのためにも現在地を知らなければ。
そう、町を見るまでは思っていた。
「……え?」
北風が吹く。不安な心が、寒さに震えるようになびいた。
丁度木々を抜けて、下が急斜面になっている場所で、それを一望する。
その都市は二つの町が隣り合うことで、成り立っていた。古き良き町並みと、発展し続ける地方都市。正反対の性質を抱え込んだその町を、わたしは知っていた。
「……冬木、市?」
あり得ない。しかし、この町は間違いなく冬木だ。見覚えのある建物や、学校なんかもよく見える。
だが深山町と新都を繋ぐ冬木大橋や、未遠川はなく、代わりに巨大な
異物。明らかに、その城は冬木市に似つかわしくない。だが粉雪が舞い散る町で、その存在はこれ以上ないくらい存在感を放っている。
城もそうだが、いくら冬とはいえここまで冬木市が寒くなることなんてない。これも異世界だからなのか?
ーーわたし達の世界は、滅びようとしている。
思い出す。
ミユは言った。
この世界は滅びようとしていて、そのためにミユという神稚児に、すがろうとした人々が居たと。
目に見える町は、天候とあの城以外、わたしの世界の冬木市と何も変わらない。だが、それでもやはり違和感はある。それは異常気象やあの異彩を放つ城など、表面上の話だけじゃない。
この町が纏う空気そのものが、『死んでいる』。
まともじゃない。それを、肌感覚でわたしは分かった。
「…………」
唾を飲む。
さっきまであんなに走っても出なかった汗が、嘘みたいに噴き出してくる。まるで不可視の手が絡め取るような冷や汗は、降り注ぐ雪と同じように冷たい。
いつも守ってくれていた兄は、側にいない。いつも共に歩いていた友達も、家族だっていない。いつも面白可笑しくわたしの力になってくれたステッキも、この手から滑り落ちた。
正真正銘たった一人。
この死の気配が濃すぎる空間で、何の力もないわたしは、一人だった。
足元が崩れるような、ふわふわとした奇妙な感覚は、不安から来るモノか。
と、そのときだった。
背後で、複数の足音が聞こえた。
「ん?」
それに気づけたのは、まだわたしに僅かでも余裕があったからだろうか?
だとしたら、その僅かな余裕すらそれは丸ごと吹き飛ばした。
背後に居たのは、狼だった。
しかも二、三匹などという単位ではない。
目視するだけでも八匹はいるか。銀色の毛並みは雪に濡れているが、さながら鋭利な刃物のように光り、唸り声は吹雪じみた低音を響かせる。
狼の群れを前にわたしは、口をへの字に曲げる。
「……あー……」
これ、やばくない?
そんな危機を判別する時間すら、狼の群れはくれなかった。
先頭の一匹が遠吠えを放った瞬間、雪崩のように狼の群れが猛然と襲いかかってくるーー!
「うひゃあ!?」
逃げる間もなかった。反射的なリアクションを取ろうとして、足が絡まり、そのまま後ろに倒れてしまった。
その、さっきまで立っていた場所に噛みつく……どころか、倒れていくわたしの身体に追尾して首をもたげる狼達には、恐怖しかない。
しかしさっきも言った通り、わたしの後ろは下り坂。しかもそれなりに勾配もある。そこに勢いよく倒れ込めば、おむすびころころ形式で一回転。あとは真っ逆さま。
「うわぁお、おおう、ううがぁおぅぅ……!?」
些か乙女らしさに欠ける悲鳴に、とても恥ずかしくなる。ひたすらタイヤのように転がる勢いが全く止まらないからだが、それにしたってこれは酷い。
転がる度に視界が反転し、雪が舞い上がり、肌に纏わりつく。霜焼けしないか不安なほど冷たいが、そんな思考すら撹拌されてそれどころじゃない。
そんな中でも、狼達の存在は常に視界に入っていた。坂道などお構い無し、八匹の群れは均整の取れた動きで取り囲み、涎を垂らして牙を光らせる。
噛みつかれなかったのは一重に、転がっているわたしが、がむしゃらに軌道を悪化させて、狩りのコースから外れていたからだ。しかし、そんな幸運も長くは続かない。
「が、ぁ!?」
体勢が横になったかと思えば、次の瞬間には低木の幹に背中から叩きつけられた。さながらボーリングの玉が特大のピンに弾かれるような、そんなイメージ。
強引なブレーキに狼達も戸惑いながら、遅れは取らない。前方に八匹配置されていく狼に、わたしは咳き込みながら幹を背にして立ち上がる。
ルビーは今手元にない。わたしからルビーの現在位置を知る方法も無い以上、カレイドの魔法少女になんかなれっこない。
聖杯戦争のマスターだったイリヤスフィールの魔術も、クロが抜け出している今のわたしでは、記憶はあっても使えないだろう。そもそも魔術師ではないのだし。
「……ぅ、」
じりじりと、狼の群れがその輪を狭めてくる。
フラッシュバックする光景は、わたしではない
それらを切り裂くような、捕食者の殺意がわたしを打擲する。
今は、隣にも後ろにも誰もいない。
わたしを守ってくれる家族も。
誰もいない。
けれど。
思ったのだ、わたしは。
ーー泣いてる子を、正義の味方は絶対見捨てたりしないんだよ。
あのとき。
お兄ちゃんがボロボロになりながら、戦い続けていたとき。彼はそう言って、泣きじゃくるわたしを助けてくれた。
その言葉にどれだけ救われたか。
だからこそ、その間何も出来なかったのが悔しくて、不甲斐なくて。
ーー生きててくれて、ありがとう。
崩れいく身体で、そう最後に告げた彼は、泣いていた。それだけで救われたのだと満足して、嬉しくて、泣いた。
ああ。今考えると、本当にふざけている。
泣いてる人を見捨てられないのはわたしだって一緒だ。
泣いてほしくないと、そう思ったのはわたしだって一緒だったのだ。
たった一人だとしても、関係ない。
ただ、守られる存在でいるのはもう嫌だ。
ただ背中を見ているだけでは、何も変わらないと知った。
だから、
「こんなところで、死ねない……」
足は震えている。
心は今も押し潰されそうだ。
だけど、その殺意から目を背けない。
誰かの後ろになんか、隠れてやらない。
「もう一度会って。今度こそ、あの約束を守るって、決めたんだ」
あなたはわたしが守る。
まだ何も知らなくて、白々しいくらいの綺麗事を並べた約束。だからこそ、あの真っ直ぐに、不器用に生き続ける兄に追随を許す行動はそれだけだ。
「だから、死んでなんかやらない!!」
雪の中から、一本の枝を見つける。
細く、湿った枝は、今にも腐り落ちてしまいそうだ。だけどこんなものでも、ないよりはマシなくらい、自分が無力なことは知っていた。
中空で構えた枝。それに、狼達は野卑た笑いを浮かべ、同時に狩りの体勢に入る。獣に手を抜くなどという発想はない。
何処から来る。
一挙一動を見逃さないと、目を凝らす。
緊張感で節々の関節から火が出ているように、熱い。
そして、
「あら。随分と庶民的なことを口にするようになったのね。しかしアインツベルンの貴女らしくはないのではなくて、ミスアインツベルン?」
聞き覚えのある、傲慢な、それでいて目が覚めるような清涼感のある声が、響いた。
「ーーーー
音などなかった。
……つらつらと脳の奥から出る知識は、イリヤスフィールのモノなのだろう。
ガンドはたちまち狼達に直撃し、足や手を吹き飛ばす。飛び散った血が雪を彩り、まだ頭が寝ぼけているのか、イチゴ味のかき氷に見えたのはわたしの頭が可笑しくなっているのか。
「ふん。
きゃいん、と情けない声で狼達が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。それをさして面白くもなさそうに、少女は歩いてきた。
青空を思わせる青いドレス。同じく蒼いリボンは、縦ロールに纏めたブロンドの髪をまとめていて、勝ち気ーーというよりは誇りを持った面持ち。
所作にまで貴族の遺伝子が染み付いているような、その人物の名は、
「る、ルヴィアさん!」
ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト、その人だった。
驚いた。まさかこんなにも早く、知り合いに会えるなんて。しかもこんなに早い段階でルヴィアさんに会えたのは、僥倖だった。何せ彼女はミユの義理のお姉さんであり、魔術師としても超一流である。ここまで心強い味方はいない。
「よかった、ルヴィアさんもここにいたんだ! ミユは拐われるし、お兄ちゃんやクロも、ルビーだって側にいないし、これからどうしようか手詰まりだったから本当によかっ」
「戯れもそこまででよくてよ、ミスアインツベルン」
「……え?」
何か。
決定的に歯車が噛み合ってないことに気づいたときには、足元が弾けた。
柏手じみた乾いた音は、ルヴィアさんがわたしの足元にガンドを放った音だった。
そしてルヴィアさんは、その白い指先を、銃口をこちらへと向けながらーー惚れ惚れするような
「ごきげんよう、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。あなたにこうして会うのは一年ぶり、ですわね。息災で何より。ではーー」
冷酷に、告げた。
「約定に従って、あなたを殺しますわ」