Fate/kaleid night プリズマ☆イリヤ 3rei!! 作:388859
ーーinterlude 2-1ーー
「じゃあ、行ってくる。 イリヤのこと頼むぞ、セラ」
「分かっています。 士郎こそ、余り無理はなさらないでください。 体がふらついていますよ?」
「大丈夫だよ、ただの寝不足だって。 このぐらいどうとでもなるから」
手をあげて、家から出た少年。 その背中を、メイドであるセラは重苦しい表情でみつめていた。
朝。 普段なら士郎は、傍らにイリヤを連れ、学校へといく。 しかし今日は、イリヤが熱を出したがために一人で学校へ登校していた。
そう。 これだけならば、セラはまだ重苦しい表情などせずとも、士郎に『良いから早く行け』と諭すことも出来た。 イリヤが病気だとしても、本人は風邪の症状など出ていない。 ただの熱。
しかし生憎とセラは、それがただの風邪ではないことを知っていた。
セラがリビングに戻る。 そこには同じメイドでありながら、ソファーを我が物顔で陣取って、呑気にシャコシャコと歯磨きをするリズがいる。
リズは歯磨きしたまま、
「どうだった?」
と宣う。 セラはそれに腕を組み、
「どうもこうもありませんよ。 普段通りでした、嫌というほど」
「で、
リズの問いに、セラは顔をしかめる。 セラの言う本当のことが、悩ましいことだったからだ。
「イリヤさんの方は、封印が一時的に解けていました。 十年間溜めた魔力の一部を使ったのでしょう……発熱はその反動でしょうね。 今は再度の封印が為されていますが……」
「いつ解けるかはわからない。 油断ならない状況」
イリヤに施された封印。 それは命の危機などに瀕しなければ、決して解かれることはない。 だとすればイリヤは、昨夜頃にその類いと遭遇している。
それに、と。 セラは付け加えるように、もう一つの事実を口にする。
「……士郎から、投影魔術を使ったと思われる痕跡と、魔術回路を感知しました。 旦那様が施された封印式を、
今から八年ほど前のことだ。
士郎は、とある魔術を無意識に使った。
投影。 通称グラデーション・エア。 魔力によってオリジナルの鏡像を具現化させる魔術。 一から十まで己の魔力だけで物質化させるそれは効率が悪く、所詮人の幻想であるそれは、世界の修正力の対象だ。 本来ならば数分で空気に消える、ただのユメ。
だが士郎が行った投影は、消えなかった。 士郎が消えろと言うまで、一度も消えなかったのである。 魔術は等価交換が基本だ。 士郎の投影はその等価交換をぶっ壊す、魔術ではあり得ない現象だった。
本人曰く『モノが欲しかったからやった』らしいが、子供どころか魔法使いですら、いつまでも投影品を残すなど出来まい。 それを見て危惧した衛宮切嗣は、士郎の記憶と魔術回路を封印し、魔術の世界から遠ざけたのである。
が、リズは納得がいかないのか、
「……それは可笑しい。 士郎が本当に魔術を使ったなら、私達が感知出来る封印式のハズ。 そもそも士郎の魔術回路は、開いてないも同然なのに、一晩で五本であっても開けば」
「今日は寝込むぐらいでなければ、士郎の体が持たない……当の本人はあの調子でしたけどね。 全く、二人とも何に巻き込まれているのやら。 まさか違う事件ではないでしょうから、二人とも一緒に行動しているとみますが……」
セラが頭を抱え、パンク寸前まで思考する。 そんな彼女とは対称的に、リズはあくまでマイペースに言った。
「セラは心配しすぎ。 二人とも赤ちゃんじゃない」
「あなたはドンと構えすぎなんですっ! なんですか、ふてぶてしくソファーに座りやがって!? 私達は旦那様と奥様にこの家を任されたメイドなのですよ、そこを分かってるんですかあなたは!? というか歯磨きは洗面所!」
「へいへーい」
分かってますよとでも言いたいのか、リズはそのままリビングから出ていった。 セラはハァ、とため息をつき、またもや思考に浸る。
(……イリヤさんはまだ良いにしても、士郎は少し異常ですね。 封印式自体もこじ開けてはいるようですが、こじ開けたにしては全く手をつけてない……まるで、回路の基盤自体がもう一つあって)
その体が、二人分あるようだ。
セラはそう考えて、まさかとやり残していた家事を再開する。
……決して少なくない違和感を、その心に閉じ込めて。
ーーinterlude outーー
唐突だが、英語の授業というのは静かだと落ち着かない。 担当が冬木の虎だったからか、教え方自体は素晴らしかったが、正直もちっと静かにしろと言いたかったのを覚えている。
そんな三時間目、この世界では初めての英語の授業。 俺は寝不足により、半分授業を聞き流しながら何とか意識を保っていた。
何故俺が寝不足かと言うと、それは昨夜の事件に由来する。
あの後英霊化したイリヤは、終始黒いセイバーと互角の戦いをし、最後は何と
イリヤも気を失い、緊張したまま駆け寄ろうと……したのも束の間。
そこで地面からゾンビのように出てきた、この世界の遠坂と、もう一人……何か西洋版あかいあくまと言うか、きんいろのけものというか、とりあえず遠坂に似た少女、ルヴィアに見つかり、問い詰められた。
どうやってここにきたのか、というかあなたは誰なのかとか……まぁそれらの質問はぼかして、とりあえずイリヤの兄で、気づいたらここに居て、そのことは明日説明するからお開きにしてくれと頼んだ。
そこら辺の気遣いは流石というか、遠坂も渋々ながら納得してくれて、ルヴィアも不機嫌ながら了承してくれたものの、時刻は既に深夜の一時。 イリヤを担いで帰ったときには、深夜の二時で、このように寝不足になってしまったのだ。 まぁ朝練は無いし、セラも居るから七時ぐらいに起きればよかったが、そこは習慣でいつもの時間に起床し、朝飯まで作った次第である。
「……ふぅ」
こんなに忙しかったのは、聖杯戦争以来だ。 あのときはセイバーという心強い仲間が居たが、その逆。 今回はセイバーが敵となり、俺は手も足も出なかった。
まぁ勝てるとは思っていなかったし、時間稼ぎもそんなに出来ないとは思っていたが、まさか瞬殺とは。 聖杯戦争のときと何ら変わってないなと自己嫌悪するが、それは後でも出来る。 今は別のこと。
この世界の遠坂から何も教えてもらってないため、推察の域を出ない。 それでも自分の考えだけでもまとめてみなければ。
「……まずセイバー」
自分の知るセイバーと、昨日見たセイバーを比べる。
まず何と言っても、あの高潔さとは離れたドス黒い姿。 アレは言葉こそ喋れなかったが、狂ったわけではない。 それならもっと単純に、苛烈な攻撃をしてきた。 平たく言えば負の感情に塗り潰された、そう思った方が自然だ。
とすると、あのセイバーは正規のルートで召喚されたのではない。 柳洞寺のアサシンのように、何らかの方法で召喚された、イレギュラーと考えるのが普通だ。
「……そんな単純な問題か?」
そう。 俺は見た。 イリヤが英霊化し、その後に排出したカードと、同じようなカードをセイバーの居た場所から発見したこと。
そうなると、キーになるのはあのカードだ。 しかしあのカードを解析したくても、する前に遠坂やルヴィアに問い詰められてしまったし、あのカードは美遊が回収していた。
そもそも英霊なんてもの、聖杯も無しに召喚出来るものなのか? 遠坂は維持ぐらいなら出来るって言ってたけど、それだって俺との共同作業だ。 ならばクラスに当てはめて、それを召喚するなどという離れ業、聖杯もなしに一体どうやって……?
「……分からん」
どうやら、睡魔は思った以上に強いようだ。 ドンドン脳の動きが鈍ってくる。 推察はここらで切り上げて、授業に専念した方がよさそうだ。
教科書を黒板に提示されたページにし、そのまま取っていなかった分をノートにーー。
「ーーはーい、お兄さんっ♪ 眠そうな顔してますねー、まるでカエルみたいです!」
書き写そうとして、聞こえてきた声に思わず机にヘドバンをかました。
「……大丈夫か、衛宮? 何かここまで聞こえるような音だったが?」
「だ、大丈夫です先生……」
ヘドバンはやりすぎたか、先生は驚きながらも心配そうな顔でこちらを伺う。 俺はそれに苦笑いで答え、声のした空間にブンブンと手を突き出す。
ま、まさかこんなところに悪魔が現れるとは。 学校でのエンカウントなんて、誰が予期しよう。 つうか出てこい、どこに居やがる。
「アハー。 出てこいって言われて、出てくるルビーちゃんではありませんよー? 私と話がしたいのなら、男子トイレにレッツゴー○ャスティン!」
……ふざけた妖精だ。 言うだけ言って、消えやがった。 このままではシャクだし、アイツには聞きたいこともある。 俺は立ち上がると、
「すいません先生。 お腹が痛いので、トイレに行ってきて良いですか?」
「む、そうか。 分かった、許可する。 すぐに帰ってこい」
善処します、とだけ伝え、俺は教室から出る。 そこからはもう早歩きだ。 俺は走るのと何ら変わらない速度で廊下を駆け抜け、男子トイレに入り込む。
「いやー、学校に忍び込むって楽しいものですね。 光学迷彩付きとはいえ、私達のようなものをお兄さんが持っていたらと思うと……うぷぷ」
「悪ふざけも程ほどに、姉さん。 士郎様が青筋たててる」
と、人が居なくなったからか。 傍らには光学迷彩でもついてるのかと言いたいほど見事に隠れていた、ルビーとサファイア、二本のステッキが浮かんでいた。
……昨夜、イリヤを担いで家に帰っていた際に、コイツとは知り合った。 何でも最高級の魔術礼装らしく、あのカードーークラスカードとルビーは言っていたーーを回収するため、時計塔から貸し出されたとか。
「にしても。 男子トイレは女子トイレと違い、やっぱり少し汚いですね。 うえ、消臭剤がクラッシュして、中身が飛び出てるじゃないですかやだー」
「……小学生ならまだしも、高等部でもこういう遊びをしてるんですね。 童心を忘れない為でしょうか」
だがまぁ、こんな風に男子トイレの状況にダメ出しするぐらいはフリーダムなので、正直そんな風には全く見えない。 むしろ何か疫病神的なのがついてるんじゃなかろうか、妖精だし。
「……とりあえず、一言言わせてくれ。 いつから居た?」
「登校時から♪」
「二時間目からでございます」
「暇だったので、サファイアちゃんを呼んではみたんですがねー。 高等部が想像以上に暇でして、ハイ。 サファイアちゃんと話してても良いんですが、この際お兄さんと放課後まで語ろうじゃないかと! 便所飯やろうぜ!」
「誰がやるかこの野郎」
静かなサファイアとは正反対に、どれだけ喋りたかったのか、饒舌にルビーは語る。 アレだ、五月蝿い。 イリヤはよくこんなのと一緒に居られるもんだと思う。
「というか、ふざけるだけならこっちから聞いても良いか? いい加減ハッキリさせないと、モヤモヤして授業に集中出来ない」
「あらら。 真面目ですね、見た目通り。 まぁそれに関しては、私達にお任せを。 暇潰しに話しますよー」
「分かった。 じゃあ……」
突っ立ってるのも何だし、とりあえず近くの個室に入る。 もしルビー達のことがバレれば、間違いなく『衛宮くんってそういう趣味だったんだー、マジあり得なくなくない?』と昨夜のトレンディドラマを見て、ござるからギャルに口調が変わった後藤君辺りに噂されるに違いない。 そんなの勘弁してほしいでござる。
個室に鍵をし、便器に座り。 ルビー達は、説明し出した。
「まず事の始まりは、二週間前。 突然この冬木市に、異常な
二週間前ーー俺がまだエミヤシロウだった頃か。
「……なるほど。 で、あのカードなんなんだ? あんなの初めて見たぞ」
「そりゃそうでしょうねぇ。 何せカードを解析しても、魔術協会が明確な答えを出せなかったほどのシロモノです。 一介の魔術師どころか、ヘッポコそうなお兄さんに分かったら大変ですよ」
「……何かしれっと侮辱されたけど。 それ、本当なのか?」
「ええ。 で、一つだけ分かっているのが……アレは英霊の力を引き出せるらしい、アイテムということだけ。 英霊についての説明は必要ですか?」
「いや、知ってるよ。 歴史は得意なんだ」
まさか使役してたなんて言ったら、本当にやばそうだ……下手なことは言わないのが吉。 あと歴史が得意なのはホントだ、聖杯戦争以後は。
「昨夜の敵も、セイバーの英霊がクラスカードを依代に現象化したモノです。 それにしても、昨日の英霊は桁違いですが。 まさかカレイドの魔法少女ですら歯が立たないとは……」
「本来の姿から変質し、理性が吹っ飛んでても、英霊は英霊。 本当にザ・幹部怪人みたいな強さでした。 久々に肝が冷えましたよー」
「……」
つまり、あのセイバーは俺の世界のセイバーと似た方法で生まれた、言わば平行世界のセイバーになるのか。 本体からの劣化コピー、そう考えて間違いない。
そうなると、こちらにも疑問が沸いてくる。
「……じゃあ昨日、イリヤがアーチャーのカードを使って、英霊みたいな姿になったのは何なんだ? クラスカードは唐突に出現したのに、イリヤはなんで……」
「誤解が無いように説明させてもらいますが」
と、サファイアが前置いて。
「私達にもアレが何なのかは分かりません。 私達カレイドステッキはカードを介し、英霊の座へとアクセス、そしてそのカードに対応した英霊の宝具を使用することが出来ますが、そこが限界です。 イリヤ様に関しては、士郎様の方が知っておられるのでは?」
「む……」
そう言われても。 エミヤシロウは魔術の魔すら知らない。 親父なら分かるかもしれないが、正直セラやリズも把握してないんじゃないかと思う。 というか家事やってる姿とお菓子食ってる姿が強すぎて、そっち方面の想像が出来ないだけなのだが。
と、ルビーが羽で手を上げるようにして、
「そういえば。 お兄さんはどうして、イリヤさんがなった英霊が
そう、当たり前のことを口にした。
「え……?」
「お兄さん、凛さん達に問い詰められて、結局イリヤさんが排出したカードを見れませんでしたし。 そもそもクラスカードの名前は、クラスカードをよく知る人間でなければ分かりません。 その名前を当てるなんて、何も知らないにしては少し鋭すぎるのでは~?」
しまった。 そう口走る前に、一瞬で考えた言い訳を代わりに告げる。
「剣を使うのがセイバーだろ? なら、弓を使うならアーチャーじゃないか。 俺を助けるために、矢を射ってくれたんだから、想像はつくよ」
「ほほー? それにしては視線が泳いでますね? 心無しか額に汗まで浮かんでませんかぁー?」
「そ、そうか? まぁ何にせよ、そういうことさ。 ていうか、別にそんなことどうでも」
「いいえ、よくありません」
楽しんでいる様子のルビーにやんわりと言って、話題転換を画策するも失敗。 そこでピシャリとサファイアが反論する。
「アーチャーにしては、あの戦い方は異質すぎます。 剣を使う弓兵もですが、投影魔術を使う弓兵などもっとあり得ません……そもそも、矢を射ったなど、いつ分かったのですか? イリヤ様があなたを助けたとき、確かに矢を射ましたが、士郎様からは見えず、その矢も剣を改造した宝具です。 そこからイリヤ様は剣しか使っていないというのに、あなたはどこで
「ぐ……!?」
これは……ヤバい。 確かにアイツ弓兵なのに、弓兵らしいことはほとんどやってない。 ドジ踏んだ、間違いなく。 うっかりをやった。
ずい、と寄ってくるステッキ二本。 ステッキに問い質されるという、とんでもなくシュールな光景に、俺は頭が真っ白になる。
「……ま、そんなとこだろうと思ってましたけどね。 案外早くドジ踏んでくれて助かりました。 さもなくば自白剤打つことも視野に入れてましたから」
「……」
注射のようなものを、チラチラと見せるルビー。 ま、魔術礼装のやることじゃないだろ……つか思いっきり科学だろそれ。 魔術的にダメじゃないのか。
だが、ルビーも気になることを言う。 まるで俺がアーチャーのことを知っているみたいな言い方だ。 ルビーと話したのは昨日と今日の二回、ドジったのは今日だけのハズだが……。
「お兄さんはホント嘘がつけないみたいで。 不思議そうな顔で丸わかりですよ? まぁーー宝石翁のトラップに引っ掛かってますし、普通バレませんよねそりゃあ」
「!?」
今……ルビーは、何て、言った?
宝石翁のトラップ。 それが分かるということは、つまり。
ーー今の俺が一体誰なのかすら、分かっているというのか?
「……ルビー、サファイア。 お前達、どうやって」
「お忘れですか士郎様。 私達の名を」
名前? そんなもの当に知っている。 マジカルルビーとマジカルサファイア。 二本合わせて、
「……カレイドステッキ。 カレイ、ド……?」
「ようやく気づいたようですねー。 うんうん、ネタバラシといきましょうか」
あくまでも軽く。 二人は、己の創造主を告げた。
「我々はカレイドステッキ。 魔法使い、
瞬間。
全てが、崩れ落ちた、気がした。
「……ぁ」
ガラガラと。 何とか作り上げていたモノが、瓦解していく。 針で止めていた二つの人間が離れ、粉微塵になる。
……もしこの事実を、イリヤが知れば。 最悪の事態になる。 それだけは、それだけは、それだけはーー!
「……安心してください、士郎様」
と。 サファイアが優しい声色で、瓦解する俺を繋ぎ止めた。
「私達は確かに感知も出来ますし、士郎様がどのような状態かもおおよそ推察も出来ます。 しかしそれを私達が、他人に、ましてやイリヤ様に伝えることはありません。 というか姉さん、士郎様をからかいすぎでは? 意地悪にも程がある」
「アハー。 てへっ、怒られちった☆」
「……………………」
緊張感が独りでにノックアウトされる。 今世紀二度目のアイデンティティークライシスなのに、すぐに自己が修復されてしまった。
……遠坂じゃないが、コイツぶん殴りてぇ。 本気で。 それか叩き斬りたい。 または肉叩き器で潰したい。 俺は今それくらい、腹を立てている。
でも同時に、安心していた。 この秘密は、一人に抱え込むにしては大きすぎる。 共有する奴はこんなんだが、居るだけでも変わってくるから。
「……ありがとう、サファイア、ルビー。 あと出来ればなんだけど、俺がどこの衛宮士郎かは……」
「えぇー? それは無理ですよー。 お兄さん、アーチャーのことを知っていたということは、少なくとも英霊に会ったことがあるんですよね? ということは、残りの英霊も何なのか分かりそうじゃないですか、展開的に」
「展開的ってなんだ、展開的って!?」
「残念ですが、姉さんの言う通りです。 残りのカードは二枚ですが、いずれも強敵でしょう。 マスターである美遊様の懸念を減らせるのなら、是非もないことです。 知らないのであれば構いませんが、知っているのなら、その際は相応の処置を取らせて頂きます」
何かジャキィン!、と変形する二つの愉快ステッキ。 なんだそのアンテナみたいなのは。 あと注射も。
……本当に。 本当にこのステッキ(主にルビー)に話したくないが、何をしでかすか分からない。
それにセイバーにアーチャーは、どちらも俺が経験した聖杯戦争の英霊だった。 ともなれば、もしやということもあるかもしれない。
「……分かった。 話すよ、俺がどこの衛宮士郎か」
「やほーい! さぁさぁ赤裸々に語っちゃってください、RECの準備は出来てます!」
「……RECしたら構造把握して、分解してやるからな」
軽く脅して。 俺は、話した。
まず俺自身のこと。 切嗣やイリヤのことを話すと、色々拗れそうなので後回し。 俺が話したのはどういう人生を送ってきたかということ。
十一年前の火事。 魔術使いとして独学で修行し、巻き込まれた一年前の聖杯戦争。 俺はその聖杯戦争で勝ち残った、マスターだということ。 使える魔術についてもぼかしておいた方が良さそうなので、ぼかしておく。
俺の話は二人にとってもかなり突拍子もないことだったのか、
「ほうほうほう。 つまりお兄さんは、かのアーサー王を使い魔として隷属させ、更には一級の魔術師と英霊が蔓延る戦場を勝ち抜いたわけですか……どこの主人公?」
「聖杯戦争……まさか贋作とはいえ、願いを叶える聖杯が実在するとは……にわかには信じがたい事実です」
「まぁ聖杯と言っても、アレは願いを叶えるというよりは……破滅を願うモノだったからな。 だから最後に、セイバーに破壊してもらったんだ」
「万能の杯なのに、思いきったことをやりますねぇ。 しかしそんなモノがあるとして、聖杯戦争の骨組みを作った魔術師は凄まじいですね。 一人どころか複数であっても、英霊を七騎も召喚するなんて魔法の領域ですよ、そんなの」
「……」
そう。 だからこそ、それを一人では作れまい。 そう、一人ならば。
「……俺もそこはよく分かってない。 だけど聖杯戦争を作ったのは、その時代に存在していた魔術の名門達だって聞いてる。 それ以上は、俺にも分からない」
無論、嘘だ。 俺とて、あの戦いを勝ち残ったマスター。 それぐらいは後日調べている。 と言っても遠坂に聞いただけだが。
遠坂、マキリ、そしてアインツベルン。 その三つの家系が協力して出来たのが、聖杯戦争。 これぐらいしか知らないが、それだけ分かればこの世界のアインツベルンがどうなっているのか、予想はつく。
聖杯戦争が無いこの世界。 そんな中で存在するアインツベルンが、魔術と関わりがないハズがない。 イリヤも恐らく、ホムンクルスで無かったとしても。
「ふーん、さいですか。 まぁ終わったことなら、私も深くは突っ込みませんけど。 それより!」
ズビシィ、と。 何を企んでいるのか、ルビーは俺を指差してくる。
「今の話から推測すると、どうやらクラスカードはお兄さんの世界のモノっぽいですね。 困ったことに」
「え?」
俺はたまらず、首を傾げる。
いや、確かにセイバーとアーチャーは俺の世界のと同じだったけど……でもそれだけじゃ、俺の世界のモノかは分からないだろ。
「いえ、間違いないと思います、士郎様。 あなたの話に出てきた英霊達は、今のところ全てクラスカードとして出てきていますから」
「な……!?」
サファイアの証言に、ガツンと頭を打たれる。 脳裏に甦るのは、あの戦争。
……まさか、まだ終わっていないのか。
アレほど人を傷つけ、狂わせ、少なくない犠牲を経て、ようやく終わったと言うのに。 なのにアレを掘り起こして、何か計画しているヤツが居るのか。
ぎゅっ、と抑えきれない怒りに、拳を握る。 もしもう一度アレを再現すれば、今度は。
ーーこの世界のイリヤが、犠牲になるかもしれないのか。
「……ふざけてる。 何かを求めて、争うだなんて。 そんなこと間違ってる」
「お兄さんはホント、主人公的思考をしてますねー。 こらフラグが立つわけですな、うんうん」
「……お前な。 もし聖杯戦争を起こそうとしているヤツが居るなら、間違いなく狙われるのはイリヤと美遊なんだぞ? そこ分かってるのか?」
クラスカードをばらまいたということは、そこに何らかの目的があったに違いない。 歪みはそれの途中経過だ。 だとすればそれを邪魔し、クラスカードを手にしたイリヤ達は、真っ先に殺される。
「フフン、それは望むところです……と言いたいところですけど」
流石のルビーもふざけられないのか。 やや真面目に、
「あんなものを造るバケモノだと、封印指定の執行者すら勝てなさそうですからね。 正直、今のイリヤさん達もですが、凛さん達ですらセイバーには負けましたし。 それ以上となると、もうそれは最終回補正で勝つしかないっしょ!」
「お前の思考はそっち寄りなんだな、ホント……」
「ですが本当に不味い事態になってきています。 早い内にカードを回収しなければ」
ステッキ二本の言う通り。 このままでは異常に気づいた黒幕が、カードを取り返しに来る可能性も否定できない。 そうなったとき、イリヤ達が勝てる確率は……本当に無いに等しいだろう。
だからこそ、俺は。
「……だったら俺が守るよ」
「「?」」
静かに。 だが願うように。 たった一人の居場所を奪った
「俺が、イリヤ達を守る。 絶対に、死なせはしない」
本当は。 エミヤシロウを殺した俺は、イリヤとその家族を守ればいい。 自分の理想など捨てなければ、その報いを受けたとは言えない。
けれど、それでは。
それでは何のために、今までを走りきったのか。
「……すっごい自信ですけど、また大きく出たもんですね。 お兄さん、自分がへっぽこだと自覚してます?」
「姉さん」
「サファイアちゃんは優しいですけど、私はこういう性格ですからね。 勝手に前に出て、死んで、守った気になられても迷惑ってもんですよ」
……そうかもしれない。 それと同じことを、俺は何度もしてきたのを覚えている。
セイバーを。 遠坂を。 目の前にいる人に、傷ついて欲しくなかったから、咄嗟にこの身を差し出してきた。
それはルビーの言う通り、迷惑でしかないのかもしれない。 自分が死にながら、他人を守るだなんて出来ないのだ。 それで俺に死なれたら、残されたイリヤ達は傷ついて、壊れていく。
……それでも。
「嫌なんだ。……もう、誰かがこんな馬鹿みたいなことに巻き込まれるのは」
死体なんて腐るほど見てきた。
そもそも死なんてものが生易しい地獄から、一人だけ逃げ延びてきた。
……それを見てきたら、我慢などできるわけがない。
そんな中でも、俺を助けてくれた人は逝ってしまって。 姉同然の人すら、俺は目の前で失った。
だったらほら。 そんなの、守るしかない。
「俺はもう、これ以上。 イリヤがこんなことに巻き込まれるのだけはゴメンだ。 何も分からず、殺し合いをするなんてことだけは。 絶対に」
第一、似合わないだろう。
アイツは笑って、普通のことをしてた方が、よっぽど良い……あんな風に、笑ってくれないと。
と。 ルビーが察してくれたのか。
「……あえて聞きませんよ、どうしてそこまでするのかは」
「いや、それなら言えるよ。 単純だから」
個室から出る。 俺は前だけを見て、
「ーー俺は、アイツの兄貴だから」
兄貴が妹を護るのは、当然だろうと。
かつてそうしたかった、