Fate/kaleid night プリズマ☆イリヤ 3rei!! 作:388859
あのトイレでの一悶着を終え、二本のステッキはそれぞれの家へと帰っていった。 現れた時は唐突だったが、帰るのは本当にあっさりな奴らだ。
俺は俺で疲れる話だったので、そこからはゆったりと授業を受け、放課後まで平和に過ごせた。 眠ってしまいそうなほど退屈な時間は、久方ぶりな気がして、思わずうとうとしてしまったのは内緒である。
さて、そんな今日も日は傾き、放課後の生徒会室。 昨日の宣言通り、俺は一成の手伝い……をしたいところだが、生憎と今日は先約がある。
イリヤだ。 昨日の戦いのせいか、今朝から熱を出してしまい、彼女は学校を休んでしまった。 俺が見た限り、そこまで辛そうではなかったが……本人が自覚出来ていないだけで、熱はあるのだ。 心配だし、こんな俺でも居ないよりはマシだと思う。
「むむ……妹が風邪、とな」
教室でいざ生徒会室に行こうとした矢先。 俺は、一成に切り出した。
「ああ。 リスト作ってもらった一成には本当に悪いんだけど、出来れば明日からにしてもらえないか? 勿論、埋め合わせならするし、無理なら良いんだけど……」
「……はぁ。 俺がそこまで器量の低い人間だと思っているのか、お前は。 間桐じゃあるまいし、人並みの善性は持ち合わせているぞ」
……慎二だって、良いとこはあるのだが。 まぁアイツの味が分かるようにならないと、その良いとこも分からないか。
「とにかく、そういうことなら寄り道をせずに帰れ。 埋め合わせも要らん、その代わり妹さんの側に居てやると良い。 風邪は心にも忍び寄るからな、話し相手が居るのとでは大分違う。 まぁ衛宮の家ならば、あの家政婦さん達のおかげでそういう扱いも心得ているだろう」
「あー……」
確かに今朝、セラはそこまで慌てず、テキパキと処置をしていた。 しかし内心じゃあ、結構わたわたしてるんじゃなかろうか……何せ、セラはイリヤに対して少し過保護だ。 それに切嗣や義母さんに顔向け出来ないとか言って、切腹しそうなほど責任感が強いお人である。 まぁ家事なら俺より出来る人だ、無意識でも適切にやってくれる。
と、そこで一成が気恥ずかしそうに。
「……でもまぁ、なんだ。 これはあくまで独り言だが、甘味が食べたくなるな。 新都の大判焼きを」
「……りょーかい。 そこら辺の話は、また今度な」
「おほん……ん、ではな」
そう言って教室で別れると、俺は一成と約束した通り、寄り道をせずに真っ直ぐ下駄箱へと向かうため、廊下を歩き出す。
この世界の穂群原も元の世界と変わらず、部活動は活発であり、その中でも運動系は功績も残しているため、練習も激しい。 しかもインターハイが近いこともあるのだろうか、運動系の部活動は皆ピリピリしている。 こりゃ練習にも熱が入るだろう、ほら、こうして廊下からも声が、
「……んん?」
何故だろう。 今日は晴れている。 そりゃあもう、これ以上ないほど快晴だ。 こんなときに運動系の部活動の声、ましてや誰かが走り去ろう音など、廊下から聞こえなーー。
「どけぇえええええええええいっ!!」
「プァッ!?」
一階に繋がる階段への、曲がり角。 そこで首を傾げていると、ドゴン、と走ってきた誰かと衝突した。
「おわぁっ!?」
「ぐぇぇぇぇ……!」
まるでアメフトでもしているかと言わんばかりの、見事なタックルは、俺の肩にタッチダウン。 たまらずその誰かと揉みくちゃになり、数メートルも後ろの壁に激突した。 潰れたカエルのような声を出してしまうのも、仕方ない。 その誰かを庇うため、咄嗟に身体を入れ替えたのだから。
「いってぇー……あ、おいおい大丈夫か!? 何かこう、牛の鳴き声みたいな声出してるけどーーうげげ、衛宮」
「……人に殺人級の捨て身タックルを食らわせといて、うげとはなんだ蒔寺」
やや本気で睨む俺を見て、更に顔をしかめるのは、蒔寺楓。 陸上部所属の体育系女子かと思いきや、見ての通り第二の珍獣、冬木の黒豹の名を自称する、暴走系女子である。
蒔寺はぴんぴんした様子で、ひょいと立ち上がり。
「べっつにー。 なーんだ衛宮か、謝って損した」
「損したとはなんだ、損したとは。 というか、廊下を短距離走みたいに走る奴なんて、お前ぐらいだぞ」
「ほほう? それはあたしが中距離だと知っての言葉か、衛宮! あたしはいつでも、走るときは中距離気分だっての!」
そんなことは知らないし、廊下は歩くモノである。 俺も制服についた埃などを叩きつつ、立ち上がる。
「……まぁ良いや。 あ、そういやお前、結構急いでたけど何してたんだ?」
「ん? えーと、それはだな……ふむ」
腕を組んで、シンキングする黒豹。 しかし長引けば長引くほど、蒔寺の表情は固くなっていく。
「……おいまさか」
「あー、まぁなんだ。 人ってのは、過去を振り返らず、前だけ見て生きていくんだぜ、衛宮?」
「忘れたって正直に言えば、俺もこの拳骨を振るわずに済むのに」
「さっきので忘れましたブラウニーさん! だから頼む、拳骨はぁ! 拳骨だけはやめてくれぇ!」
ひー、と頭を押さえる蒔寺に、たまらずため息を溢す。 無論冗談なので拳骨は握っただけだ。 女の子は例え珍獣でも傷つけるべからず。
「なら早く、グラウンドに戻ったらどうだ? もうすぐインターハイ近いんだし、部活中断して校舎に居るんだろ?」
「いやぁ……先輩に言われてここに来たんだけどさ、その先輩がせっかちでせっかちで。 そりゃあもうこのあたしが太鼓判押すぐらい。 だから忘れましたー、なんて言って戻ったら、ぶっ飛ばされるね。 間違いなくお前も」
「……何故に俺まで」
「言っとくけど、忘れたのはお前のせいだかんなっ! あたしが事情を話しちまえば、お前も道連れってわけさ! だから助けてよースパえもん!」
「人を便利ロボット扱いするなっ!? ええい、離れろこのポンコツ! 俺だって予定の一つや二つあるんだぞ!?」
「良いんじゃんかよー! 固いこと言うなよー、なぁ!」
ギャーギャー言い合ってみるが、事態は進展しない。 むしろドンドン悪化している。 あの蒔寺をここまで怖がらせる先輩とやらも恐ろしいが、何よりこんなタイミングでフリーズしたパソコンよろしく
「……追いかけてみれば、何を廊下で抱き合っているんだ、二人で?」
「うわぁ……蒔ちゃん、意外に大胆……」
たんたん、と階段を上がってそう言ったのは、蒔寺と同じ陸上部員の氷室鐘と、三枝由紀香だ。 恐らく蒔寺一人では心配だと、二人がついてきたのだろう。
「助かった……なぁ氷室、三枝。 頼む、コイツを今すぐ引き剥がしてくれ。 そしてそのまま速やかにグラウンドに放流してくれると咽び泣く」
「もう少しその面白い状態を見ておきたいんだが……こちらも、余り長い時間グラウンドを離れては、あらぬ疑いをかけられる。 任された。 由紀香は先に所用を頼む」
「う、うん。 ごめんね、衛宮くん。 蒔ちゃんが」
申し訳なさそうに目を伏せる、三枝。 流石は周りをほんわかさせる天才。 そんな顔をされると、まるでこちらが悪いような感覚に陥ってしまう。
「気にするな、別に何か不利益なことがあったわけでも……って、おい蒔寺、いい加減お前は俺から離れ、ぐふぉっ!? おま、腹にコークスクリューはやめろって……!」
結局、氷室が蒔寺の首を鷲掴みにするまで、蒔寺の暴走は止まらなかった。
ちなみに蒔寺が言っていた用事とは、顧問から補充された、備品の所在を聞きたかったらしい。 そんなことすら忘れる蒔寺楓は、やはり未来に生きているのかもしれぬ。 過去に居なかったという意味で。
「ただいまー」
家のドアを開ける。 中で迎えるのは、俺の知る暗めの長い廊下ではなく、明るいフローリングの廊下だ。 しかも短いとまでは言わないが、確実に衛宮の家と比べて規模は小さい。 ここでの生活はまだ二日目だが、エミヤシロウの記憶のおかげで混乱せずにいられる。 何せこんなモノ、少し厳格な衛宮の家と違い、余りに親しみがありすぎる。 魔術師たるもの、俗世と関わるなとは言わないが、これでは自身の工房へ招き入れ、魔術を見せびらかすようなモノだ。
だが生憎とそんな心配はないし、俺も衛宮の家に不満はないが、やはりこういう家は憧れる。 目を閉じてしまいそうなほど眩しく、きっとこれ以上なく、俺には似合わないだろうから。
「オッス、おかえりー」
そう考えていた俺の前に、アイスを頬張るリズが。 この家の住人で誰よりもラフな格好の彼女を見ると、否が応でも苦笑してしまう。
「ん、ただいまリズ。 今日の晩飯、セラは何作ってた? 暇だし手伝おうかと思うんだけど」
「それは止めといた方が良い。 セラ、士郎が弓道部を辞めたせいで機嫌悪いから。 それでも突っ込むのなら、私は止めない。 がんば、わこうど」
「……あー」
ぐっ、とアイスを持ってない左手で、拳を作るリズ。 それに渋面を作りつつ、頬を掻いた。
そういや、昨夜も今朝も、こってり絞られたっけ……。
ーーどうして弓道部を辞めるのです!? 長男であるあなたがそんなにフラフラしていては、これから部活動をするであろうイリヤさんに示しが付かないではありませんか! お兄ちゃんも途中で辞めたしなら私も辞ーめよとか言われたら私は奥様達になんと……うごぁーっ!!
と、やや錯乱されたところで、その後の記憶はない。 その場を見たリズ曰く、
ーー見事な回し蹴りだった。 隊長も喜んでる、ビクトリー。
らしい。 全く意味が分からないのだが、とにかく側頭部から自己主張してくる、この見知らぬタンコブが鍵を握るのは間違いない。
「……そんなに辞めたらダメかなぁ。 いや放り出すのがダメなのは分かるけど、俺だってやりたいことを見つけたしさ。 弓道は武芸でも、精神に軸を置いた競技なんだ。 半端者が弓を持っても、それはいつか自分に痛い返しが来るし、そんな精神で俺は弓を持ちたくない」
「心構えは結構。 でも、セラが言いたいのは、士郎が弓道部に居るのが楽しそうだったから、それを手離してほしくないだけ。 弓を手入れしてる士郎、私から見ても楽しそう。子供みたいにウキウキしてた。 きっと、怒ったのはセラなりの気遣い。 士郎にもイリヤにも、幸せでいて欲しいから」
「……むぅ」
それは考えなかった。 エミヤシロウは弓が好きだ。 しかし同時に一年以上一緒に居た弓道部の部員も、大切な存在なのだ。 恐らく、弓が好きな理由の中に、少なからずその存在が加味されている。 勿論俺にとって、彼らは大切な存在ではあるがーーそれがこの目標と天秤にかけられれば、それはたちまち目標へと傾くだろう。
「……セラって、ホント素直じゃないんだな」
そう小さく呟くと、リズはアイスを咀嚼しつつ、
「王道なツンデレ。 あそこまでだと、むしろ素直の分類かも」
と、わけの分からん見解を出した。
……確かに何の相談もなしに辞めたのは、少し軽率だった。 もう俺は、一人ではないのである。 何でもかんでも自分で決めるのではなく、まず家族に頼る、というところから覚えなくては。 怪しまれないためにも。
「……とすると、イリヤの様子でも見に行ってた方が良さそうだな。 二階か?」
「一応。 でも、もう熱は下がってる。 行くなら今がチャンス」
「分かった。 おっと、その前に……」
思わず忘れるところだったが、帰ってきたのなら、怒っている彼女にも言わなくてはならない。
リビングからひょい、と顔を出してみると、そこには手際よく晩飯の準備をするセラが居た。 俺はリビングの入り口から、
「ただいま、セラ」
「……お帰りなさいませ、士郎。 言っておきますが、手伝いは」
「分かってる。 今日の当番はセラだもんな。 セラに全部任せるよ」
「当然です、家政婦の仕事をその家の長男が手伝うなど、私達の立つ瀬がありませんから……む、まだ何か?」
『さっさと休め』とも言いたげな口調、なのか? 少しずつだがセラのことを理解してきた……んじゃなく、分かりやすい見本が居たおかげだな。 何処ぞのあかいあくまさんには感謝しよう。
「いや、用ってほどのことじゃない。 ただこれだけは言っとこうと思って……弓道部、何の相談もなしに辞めて、悪かった。 別に苛められたとか、全くそんなんじゃないんだ。 ただやることが出来て……でも、セラを心配させちゃったよな。 これからは事前に相談するから、それで許してもらえない……でしょう……か……」
最後が尻すぼみになったのは、セラが野獣もかくやという眼光で、俺を睨み付けたからである。 しかしセラはすぐに大きく嘆息し、
「……分かればよろしいのです。 私とて、無闇やたらに怒るわけではありません。 これも全て、あなた方がより良い生活を送れるように」
「?……つまり、心配だったんだろ? そんなに詳細に言わなくても、俺達家族なんだし、素直にそう言ってくれれば」
「お黙りなさいっ!! 今私なりに言ってるでしょう、この唐変木!」
顔を真っ赤にして、うがぁーっ!!、とキッチンで怒鳴る家政婦さん。 うぅむ……まどろこっしいというか、一度ヒートアップすると止まらない所まで遠坂に似なくて良いのになぁ……。
「……良からぬことをお考えでしょうが、これ以上は無駄だと分かりきってますね。 良いからイリヤさんの様子でも見に行ったらどうです?」
「りょーかい。 大人しく行くよ」
興奮冷めならぬセラにそう言って、二階への階段を上る。上がった先は、コの形で幾つもの部屋が広がっており、俺はその中の一つ部屋の前に止まると、声をかけた。
「イリヤ、居るか?」
「……あ、お兄ちゃん? う、うん、ちょっと待ってて!」
何をしていたかは知らないが、ドタンバタンと騒々しい音が廊下まで聞こえてくる。 大方、漫画でもぶちまけていたのだろう。 家族に汚い部屋を見られるのは、中々に恥ずかしいし……いや、若干一名ガラクタを増やす天才も居るが、それはまた別の話か。
「よし、よし……良いよ、入っても!」
イリヤの許しを得て、俺は部屋に入る。
我が妹の部屋は、セラのお掃除スキルもあってか、本当に綺麗だ。 淡いピンクのベッドに、ぎっしり入った本棚。 学習机は新品のようにピカピカで、床は勿論、窓のサッシも埃の欠片すら見当たらない。 何ていうか、ここまで綺麗にされるのも使う方も気を使ってしまう。
で、肝心のイリヤは、ベッドの上で、ちょこんと座っていた。 熱は本当に下がったようで、顔色もよくなってるし、瞳もしっかりとこちらを見ている。彼女は眉間に困ったような表情を作り、
「……どうしたの、いきなり? お兄ちゃんから来ること、あんまり無いよね? もしかして……」
「ああ。 ちょっと、そっち方面の話をな」
そっち方面とは無論、魔術のことだ。 イリヤもルビーを通し、俺のことは聞いているハズだが。
イリヤの表情が陰る。 あの表情は、申し訳なく思って、怒られる準備をしている顔だ。 そんな顔なんてする必要ないのに。 だからすることなど、決まっている。
「ま、なんだ……巻き込まれはしちゃったけどさ。 イリヤが何もなくて、良かったよ」
「へ?」
歩き、ベッドの端に腰掛ける。 ほぼ横で目をパチパチと動かすイリヤに、俺は。
「相手は、英霊の現象なんだって? そんなムチャクチャな奴相手に、よく生き残ったモンだよ。 俺だったら、五秒持てば良い方」
肩を竦めて、笑ってみる。 しかしイリヤの顔は、呆けたままだ。 む、渾身の自虐がこうも空振りとは……今でもセイバー達に勝てはしないものの、あの現象なら無理をすれば足止め、または刺し違えるぐらいは可能である。 それも廃人になることを引き換えにすればの話だが。
と、イリヤは、疑問に思っていたことを、口にする。
「……怒って、ないの? 私が、あんな危ないことしてたのに」
「怒ってないわけないだろ、馬鹿」
「ひゃっ!?」
油断しきったイリヤのおでこ。 熱を冷ますシートが貼られたそこを、こつん、と小突く。
たまらず、おでこを押さえて、うー、と唸るイリヤ。 それだけで、本当にイリヤがここに居るのだと分かり、頬が弛む。
「怒ってるけど、それ以上にイリヤが無事だったんだ。 黙ってたことには怒るし、頼ってくれなかったことにも怒るけど。 それでも、イリヤはここに居る。 それだけで、怒る理由は無くなったよ」
怒るのも、叱るのも。 そんなこと、親の居るイリヤにはしてくれる人が大勢居る。 兄貴の役目は、叱られた後、そんな妹を慰めることだ。 一緒に立ち上がって、これから頑張ろうと言う気持ちにさせることなのだ。
「……ごめんなさい、心配かけて」
イリヤが頭を下げる。 そんな分からず屋の頭に、俺は手を置いた。
「だから、怒ってないってば。 これからは、俺も一緒に戦うんだ。 イリヤ達だけに、戦わせはしない」
「お兄ちゃん……」
わしゃ、とその頭を撫でる。 潤んですら見える瞳に見つめられ、少し気恥ずかしくなったが。
そこでイリヤが、うん?、と首を傾げた。
「……一緒に、戦う?」
「おう。 具体的には、後方支援になるだろうけど。 カレイドステッキ達に聞いたけど、魔法の使い手が作成した礼装なら、英霊相手に真っ向から立ち向かえるよな」
「いやいや待って、ちょっと待って。 え、戦う? お兄ちゃんが? え、えっ? でもお兄ちゃん、一般人じゃ……」
……あの愉快ステッキ。 心の中で歯軋りするが、俺は構わず、告げた。
「うん、言っておくけど。 俺、魔術師なんだ」
「……えぇっ!?」
あ、これちょっと爺さんぽかったかも。
俺は遠い目でそれを確信しながら、イリヤの質問責めを受けた。
……さて。 イリヤの質問責めも終わり。 後は鍛練して寝るだけ……かと思っていたのだが。
「あ、今日カード回収やるから、リンさん達にも紹介しないと」
……それは、まさに認識外のジャブだった。 まさに葛木の蛇に匹敵する、見えているのに見えない攻撃だった。
イリヤ曰く。 やはりというか、この世界の遠坂も頼りにはなるが揉め事も多いらしく、そもそもイリヤがこのカード回収とやらに巻き込まれたのも、半分は遠坂ともう一人の魔術師のせいなんだとか。 詳しいことを聞きたいが、こんな時間に出歩くには、セラの目を誤魔化す必要がある。 しかし夜になってからいきなり合流したとしても、あの遠坂が納得するとは思えない。
そんなときに、である。
「それでは私のひみつ道具……もとい、シークレットデバイスを発動しましょー!」
妹を魔法少女にさせた元凶が、そう羽を揺らしながら言ったのは。
「……しーくれっと、でばいす……???」
シークレット、は分かる。 しかしデバイスとは何だ。 この世界の科学と俺の世界の科学は、少しばかり時代に差があり、今やブルーレイや4Kテレビなどが当たり前の世界である。 正直に言って、ある程度なら何とかついていけるが、説明書が無いとちんぷんかんぷんなのが俺だ。
で、デバイスはまぁ、意味が分からなくもないが……。
「はぁいはい。 ポンコツお兄さんは置いといて、平たく言えばテレビ電話ですね。 私がアンテナを伸ばせば、あら不思議。 サファイアちゃんと電話が出来るんです!」
むふー、と自慢げに言うが、頭に生えたアンテナがうにょうにょ動かれると、こうも嫌悪感を抱くのは何故か。 恐らく第一印象が最悪だったからだろう。 高性能なのがそれに拍車をかける。
「えと、一応昼間にミユと出来たから、信じて良いと思うよ? まぁ色々と、信じたくないのは分かるけど」
イリヤの悟った表情で、こちらもその苦難を悟れるモノだ。 とりあえず。
「分かった。 なら頼む、ルビー。 遠坂じゃない方……ええと、誰だっけ?」
「金髪なら、ルヴィアさんのこと?」
「そうそう。 その人に、挨拶しないとな。 俺も聞きたいことがあるし……」
「了解です! では……届け、私の想い! ラブラブエッサイム!」
ガシャン、と音を立てて、向かいの豪邸ーー何でも協力者の一人がこのためだけに建てた別荘ーーに居る、サファイアと連絡を取るルビー。 一秒にも満たない空白の後、声は返ってきた。
「……今度はどうしたんですか、姉さん?」
「あ、サファイアちゃん? ごめんなさい、今日のカード回収で協力者が一人増えるんですけど、顔合わせをしといた方が良いだろうと思いましてねー。 ルヴィアさん居ます?」
「ええ。 ルヴィア様は勿論、遠坂様も客間に居る。 私達も廊下で控えてるから。 美遊様、お聞きになりましたか?」
美遊ーー昨日守ってくれた、あの少女か。 と、そこでルビーが空間に、豪邸の様子を映した。
「……うん、聞いた。 でも、協力者って? この町に魔術師、は……?」
そこに、居たのは。
豪華絢爛な廊下。 様々な高級品が立ち並ぶ中、サブカルな改造をされていない、本場英国式のメイドさんだった。
「……えっ」
いや、少し違うか。 英国式と言っても、それを着ている人物は純日本人だ。
美遊・エーデルフェルト。 まだイリヤと同学年のハズの彼女。 その無邪気な年頃の美遊が、何故そんな格好をしているのか。
「あ、え……えぇっ!? い、イリヤに、おっ……し、士郎さん!?」
「あれ? ミユ、お兄ちゃんのこと知ってたんだ。 じゃあ紹介しなくて良いね」
平然としてるイリヤとは裏腹に、やはり男慣れしてないのか、美遊はあたふたと胸の前で手を振る。 可愛らしいことこの上ないのだが、こうもされるともっともっと、となってしまうのは……うぅむ。 何か越えてはいけない一線を越えてしまいかねんな、この可愛さは。
「む……」
「おぶぁっ!?」
ゴズン、と鳩尾に肘をキメてくるのは、むすーとしたイリヤ。 何か知らんが大変ご立腹なのは困る、こんなモン食らわされる覚えはないぞ!?
「な、なして肘鉄……!?」
「べっつにー? ふんっ」
ぷい、とイリヤが顔を背ける。 これは下手に触らぬが吉。 とりあえず今も固まった美遊に、一声。
「ごほ……き、昨日はありがとな。 君が居なかったら、危うく死ぬところだったよ」
「……い、いえ。 えと、士郎さんこそ、本当に何も無かったんですか……?」
「おう。 一応鍛えてるからな、怪我もそれなりに慣れてるし、イリヤが無事ならそれで良い」
とにもかくにもだ。余り長い時間イリヤの部屋に居ては、セラにあらぬ疑いをかけられる。 ここは手短に済ませたい。
「アポなしで、更には映像越しで悪いけど、こっちも忙しくてな。 このまま、遠坂達と会いたいんだけど……大丈夫か?」
「は、はい。 ちょっと待っててください、確認しますから」
そう言って、真後ろの扉へ振り返る美遊。 そのまま扉を数回、ノックした。
「ルヴィアさん、今、少し良いですか?」
「美遊? ええ、よろしくてよ。 入りなさい」
失礼します、と美遊が扉を開ける。
部屋は、廊下と比べ、もう一段グレードがアップしたかのような豪華さだった。 天蓋付きのベッド、恐らくこの家の当主達だろう人物が、並んだ絵画。 部屋を横断するテーブルはとても長く、また綺麗に磨かれている。 椅子も同様で、これら全部がマホガニーで作られているとしたら、相当な値段だろう。 そんなモダンな雰囲気をぶち壊すように、安物のホワイトボードの前に、彼女達は居た。
一人は、俺も形は違えど知る、遠坂凛。
そしてもう一人が、この家の主ーールヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。
「ほう……用件はそれ、ですわね。 美遊?」
腕を組み、丁寧に編まれた金髪を揺らすルヴィア。 それに美遊が頷き、サファイアを前に差し出して、映像を近くに寄せた。
さて。 相手は遠坂とは違う、カチカチの魔術師……礼節は勿論、こちらが魔術師と来れば、何も知らなかったイリヤには見せなかった顔を、出してくるかもしれない。
ここが一番大事だ。 俺は言葉を選びながら、口を開いた。
「こんな形の挨拶になって、済まない。 本当は面と向かって話したかったんだが」
「構いませんわ。 魔術師が相手の工房、ましてや家へ、挨拶をするためだけに訪ねるなど、あり得ませんもの」
「……そう言ってくれるとありがたい。 俺は衛宮士郎、イリヤの兄で魔術師だ。 協会には属してない」
「ではこちらも。 私はルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。 誇り高き魔術の名門、エーデルフェルトの当主にして、我らが大師父からカード回収を任された一人ですわ。 よろしくお願いしますわ、ミスタ・エミヤ」
「……お、おう……よろしく」
もっと横暴に来るかと思いきや、ド丁寧に返されてちょっとビックリしてしまう。 というか、ミスタなんて呼ばれ方、どうもむず痒いな……。
「……あのさ」
「? 素性については、これで全て話しましたが? 他に何か?」
眉を顰める彼女。 どうも、魔術師である俺を少しは警戒しているらしい。 考えようによっては、イリヤのことを知りながら、それを放置していたと思われても仕方ない身分だ。 だが俺としては、取って食うわけでもないので。
「いや、妹が世話になったんだし、失礼だとは思うんだが……そんな畏まらなくてもいいぞ? 歳も一緒だろうし、何よりミスタなんて呼ばれ方、なれてないからさ。 エーデルフェルトが呼びやすい呼び方で良いよ」
ぽかーん、と面食らうエーデルフェルト。 その横では俺のことを知らないハズの遠坂が、見慣れた呆れ顔を作っている。
「……言ったでしょ、ルヴィア? コイツ、あんなことやってたんだから、相当な奴だって。 まぁわたしもわたしで想像以上だったから、ちょっと混乱してるけど」
「……貴女の言う通り、というのがどうにも気に入りませんが……少しよろしいかしら、ミスタ・エミヤ?」
「???」
何だろうか。 俺が首を傾げてみると、エーデルフェルトが質問する。
「私達は確かに、美遊やイリヤスフィール達に甘んじている身分です。 しかし元来、私達魔術師は孤独であり、こうして手を取り合うことは無論、己が魔術を研鑽するためだけに存在している……それぐらいは、あなたも分かっているでしょう?」
「あぁ、知ってる」
「ならば何故、馴れ合おうとするのです? カード回収も残り二枚。 それが終われば、私がこんな島国の大地を踏むことは、もう二度とありませんわ。 それでも関わろうとするなど、この国で言うお節介でしょう? 何を考えているかは知りませんが、魔術師が俗なことに囚われれば、早死にするのは目に見えてますわよ?」
傲慢な物言いだ。 イリヤと美遊に任せておいて、ここまで言えるとは、素の遠坂以上ではないか? しかし何故か。その言葉が、とても優しい言葉に聞こえてしまうのは。
相変わらず腕を組んだままのエーデルフェルトに、真っ直ぐこの想いをぶつける。
「……確かに魔術師ってのは、偏屈な奴らが多い。 俺が出会ってきた連中は輪にかけて可笑しかったけど、それでも俺みたいな奴は居なかったし、むしろ勝手な奴も多かった。 でも」
そう思うのであれば、彼女は何も言わず、俺を無視すれば良い。 死にたがりな奴のことなど、勝手に死なせれば良いのだ。 現に俺が会ってきた魔術師、サーヴァント達は、殺し合いで無防備な俺を優先的に狙ってきた。 そして殺さなかった奴は、大抵。
「俺はそれでも、エーデルフェルトや、遠坂みたいに、良い奴とは仲良くなりたい。 これは俺の我が儘かもしれないけど、それが間違ってるとは思わないから」
エーデルフェルトが口をつぐみ、目を閉じる。 その表情から、感情を読み取ることは出来ない。 代わりにエーデルフェルトは、ずんずんとこちらに歩み寄る。 映像越しであっても、その迫力は十分で、思わず後退りしそうになった。
怒鳴られる。 そう、覚悟したとき。
「……素晴らしい」
そんな、感嘆する声が聞こえた。
「え」
「……何て素晴らしい考えなのでしょう。 無駄で、魔術的論理もなく、誇りもない。 しかしそれでいて、あなたのその心は、無意味ではありませんわ」
「は、はぁ……」
えーと……つまり?
「……すまん、エーデルフェルト。 もっと分かるよう言ってほしいんだが」
「そんな他人行儀な呼び方は、紳士ではなくてよ。 ここは親愛を込めて、ルヴィアとお呼びくださいまし。 私もあなたのことは、シェロと呼ばせてもらいますので」
「シェロって……? お、俺のことか?」
アダ名……なのか? ずずい、とサファイアに近づくエーデルフェルトーールヴィアは、そのままこう言った。
「ええ、勿論。 恥ずかしい限りですが、私も男性の友達というのは中々居ないモノですので……ですからシェロ、友達からで良ければ」
「……アンタがしおらしくやっても、キモいだけよ」
「お黙りなさいっ、遠坂凛!? 貴女、もう少し慎みを覚えたらどうですの!?」
「アンタに言われたかないわよ。 人にあとみっく、ばすたーだったかしら? そんな得たいの知れない技を食らわすような奴に」
映像の先で、何やらギャーギャー言い出したかと思えば、そのまま掴み合いになる二人。 こう言ったら怒られるだろうけど……二匹の猫が威嚇し合う光景を連想させる。
「……リンさんとルヴィアさん、ああなったらもう止まらないよ、お兄ちゃん。 ひとまず挨拶なら、これぐらいで良いんじゃない?」
そしてこれを見てもこんな反応する辺り、イリヤも相当あの二人に慣れているようだ。
「そうだな、そろそろセラが呼びに来そうだし、後でまた話すとするか。 じゃ、二人によろしく頼む、美遊」
「はい。 また後で、士郎さん」
ぶつん、と途切れる映像。 たまらず ふぅ、と息を吐いて、視線を下に落とすと、イリヤと目が合ってしまって、くすり、と笑う。
「騒がしい奴らだな」
「うん。 ちょっと、暴走するのが玉にキズだけど……でも頼りになる人達なんだよ、ホント」
「性根はさておき、実力は確かですからねぇ。 二人がかりでも、英霊相手に足止め出来るんですから」
と、イリヤの顔から笑みが消える。 それは何かを思い出したようで、イリヤは続けてこう言った。
「……ねぇお兄ちゃん。 一つ、聞いても良い?」
「ん……良いけど」
「じゃあ、一つだけ……お兄ちゃんはどうして、私に付いていこうと思ったの? 昨日セイバーと戦ったなら、分かったでしょ? どれだけ大変で、危険か」
そんなことは前から知っている。 一度は死んだ身だ、記憶で、というよりは、身体がその辛さと怖さを覚えている。
それでも、戦うのはきっと。
「……決まってるじゃないか」
昨日と同じように。 イリヤの頭に手を置いて、俺は改めて言い聞かせる。
「俺は兄貴だから。 イリヤを守る、そう決めたんだ。 ずっと前に」
君が俺の前から、居なくなってから。
後の言葉は言わないで、俺は窓に視線を向けた。
夜が更ける。
戦いは、近い。