Fate/kaleid night プリズマ☆イリヤ 3rei!!   作:388859

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二日目~VSアサシン、イリヤの力~

ーーinterlude 2-2ーー

 

 

 体の調子は、すこぶる良い。 これならばカード回収であっても、美遊に遅れを取ることはないだろう。 イリヤはカード回収の集合場所へ向かいながら、それを確信していた。

 昨夜のセイバー戦。 その際に自分は、いつの間にか倒れてしまい、そのままカード回収は終わってしまった。

 そして今日になってみれば熱を出してしまい、一日寝込んでいた。 と言っても、半日程度で治ったのに、セラに無理矢理ベッドに放り込まれていたわけだが。

 見舞いに来てくれた美遊の話だと、結局セイバーを倒したのは美遊らしい。 あのセイバーを倒すなんて、と美遊の力に尊敬こそすれど、反対にどうして自分はいつもと思ってしまうのは、子供だからか。 一体どうやって倒したのか気になるのも、それが起因しているのだろうか。

 だが、そんなことを言っていられる余裕はない。 何せカードは残り二枚。 そのどちらもセイバーに匹敵するかもしれない可能性は、否定できないのだ。

 それに、と。 イリヤは隣で、無手のままいつもの格好で歩く兄ーー衛宮士郎を盗み見る。

 どういうわけか。 昨日のセイバー戦で発覚したことだが、兄である士郎は、実は凛達と同じ魔術師だったのである。

 これには数々の不思議体験をしてきたさしものイリヤも、違うベクトルの驚きを禁じ得ず、それはもう質問責めをした。

 何で黙っていたのか、魔術を使えることはセラ達や両親は知っているのか、どんな魔術が使えるのか等々。 少し好奇心があったが、概ねこんなものだ。

 で、士郎の答えもまた大雑把なモノだった。

 

ーーそりゃあ、魔術は秘匿するものだからな。 だからセラ達どころか誰も知らない。 あとそんなキラキラした目をされても困る、へっぽこだし。

 

……それは余りに過小評価しすぎでは無かろうか。 イリヤの第一声がそれだ。 自慢ではないが、確かに兄はお世辞にも頭が良いとは言えない普通の成績ではあっても、こと作業に関しては一級だ。 その集中力などは、魔術に繋がらないのか……?

 その話の後、何か悔しくてルビーに兄の魔術師としてのランクを尋ねたが、結果は言うまでもない。 学校風に言うのならば退学モノらしく、ルビーも半ば呆れて。

 

ーーいやはやお粗末というか、独学でもあそこまで酷いと芸術ですね。 リアルだとナイトタイプでしょうか?

 

 と、辛辣な評価を下していた。 何だリアルだとナイトタイプって。 イリヤはそう突っ込む気力も失せたが、だからこそ一つだけ不安要素がある。

 

「……ねぇ、お兄ちゃん」

 

「ん、どうしたイリヤ、不安そうな顔をして? もしかして風邪がぶり返したか?」

 

「いやそうじゃなくて……お兄ちゃん、まじゅつれいそう、だっけ。 それ持ってないの? 凛さん達なら宝石を持ってきてるけど、お兄ちゃんは何か持ってるように見えないし……」

 

 士郎は何も持っていない、所謂無手だ。 シャツとジーンズという服装故に、ポケットに入るにしても膨らんではいないため、本当に何も持っていなさそうなのだ。

 凛やルヴィアという一級(と聞いている)の魔術師ですら、宝石を使わないと英霊相手に戦えない。 ましてや士郎はへっぽこ、本当に何も持たずに支援が出来るのか?

 イリヤの問いの意味に気づいたのか、士郎が自身の頭をトントン、と指で突っついて。

 

「俺は正直、魔術が使える剣士とか、弓兵みたいなものなんだ。 だから魔術礼装ーーというか、触媒なんて一度も使ったことはないし、そもそも遠坂達みたいな魔術は使えない。 まぁ一応準備は頭で(ここで)してるから、イリヤは自分のことだけ考えれば良いさ……というか、そもそも英霊に張り合おうとする遠坂達やイリヤ達が可笑しいんだからな? そこは自覚してくれ」

 

「へぇ……」

 

 魔術師も色々あるんだなぁ、と一人感心するイリヤ。 イリヤのイメージでは魔術師とは、凛達のように何らかの小道具を使って炎やら風やらを作り出すモノだとばかり思っていたので、少し意外なのだろう。

 そこでイリヤの肩辺りを浮かんでいたルビーが、

 

「まぁ素行や性格はさておき、凛さん達相手だと、どんな魔術師でも霞んでしまいますからねー。 素行や性格はさておき。 でもお兄さん、武器もなしにどうやって戦うんです? 剣士も弓兵も、丸裸だとただのすっぴんですけど?」

 

 と、皮肉をこめて言う。

 

「すっぴんは何も化粧をしてないことだろ……まぁでも、そこも含めて俺に任せとけ。 ちゃんと考えてあるから」

 

「ホント自信に満ち溢れてますね。 初心者(ニューピー)かと思いきや、その実お兄さんベテランだったり?」

 

「そういうことにしておいてくれると、大変助かる。 すぐボロが出るだろうけど」

 

 それにしても。 イリヤの気のせいか、士郎とルビーの仲がとてつもなく良い気がする。 そもそも兄はお人好しではあるが、そこまで中心になって騒ぐような人でもないし、ルビーとはまだそこまで話していないハズだが。

 と。 ルビーが目敏く、イリヤの感情を読み取ったのだろう。

 

「どうしましたー、イリヤさん? お兄さんと仲良くさせてもらってますけど、何か気になりますー?」

 

「!?」

 

 等と、ド直球で尋ねてきた。

 イリヤはびくっ、と一瞬身体を震わせたが、すぐに鼻を鳴らす。

 

「……べっつにー。 お兄ちゃんが愉快礼装と仲良くしようが関係ないし」

 

「おお、魔法少女からのツンデレ、頂きましたっ♪ どうですお兄さん、グッときません!?」

 

「いや同意を求められても困るんだが……兄的に」

 

「根も葉もないこと言うの止めてくれない!? やんわり受け流されてショックなんだけど!?」

 

 軽いジャブのような攻撃も、兄から繰り出されれば全力ストレートだ。 そんなイリヤを知ってか知らずか、士郎は前へと向き直して。

 

「……もうちょっと歩くスピードを速くするか。 遠坂は待たせると、結構イライラするタイプだろうしな」

 

「うん……否定出来ない。 むしろ頷けるんだけど、お兄ちゃんのその何気ない優しさに傷つくよ……」

 

 伏し目がちに言うものの、イリヤは気持ちを切り替える。

 今宵のカード回収も、あと少しで始まるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude out.

 

 

 

 

 

 

 

 体が現実から、鏡像へと降り立つ。

 

「……んん」

 

 ぐるり、と軽度の目眩が襲うが、少しだけ頭を振るとそれも消えてなくなり、俺は目を開ける。

 冬木市の郊外で離界(ジャンプ)して、鏡面界に入ったが……今回出たのは、森の中だった。

 ジャングルというより、雑木林に近いかもしれない。 適度に見える空は、相変わらずあり得ない鏡のようで星のように輝いている。 それはさながら、この空間そのものが存在してはならないもののようにも見えた。

 さて。 そんな風に鏡界面を眺めていたのだが、遠坂は俺達に確認する。

 

「それじゃあ初めての人も居るから、確認するけど。 基本的に英霊は、イリヤと美遊の二人に任せて、私とルヴィア、衛宮くんは待機。 まぁ時と場合によるけど、巻き込まれないようにしなきゃね。 分かったかしら?」

 

「ああ。 俺だってそれは弁えてる。 でも誰かが危険になったときに、黙ってみてることだけは反対だ。 そのときは」

 

「ハイハイ、分かってるわよお兄さん。 そのときは責任もって英霊だろうが何だろうが、引き剥がしてやるわよ」

 

「ええ。 いくらカレイドステッキが認めたとは言えど、私達の世界に二人を巻き込む気は毛頭ありませんもの。 ですが心配に思考を割いては、判断力が鈍りますわよシェロ」

 

 むむ、確かに。 この中で一番危ないのは、俺だよな……何か年長者だし、妹も居るから守らなきゃという気持ちが先行してた。 反省……って、あれ?

 

「……なぁ遠坂。 英霊は? 姿が見えないんだけど……」

 

 事前にこの戦いについての話は、大まか聞いている。 そのどれもが、聞く限りこっちの転移を感知して即座に襲ってきたハズだ。 なのに、今は戦いすら起こっていない。 辺りは静けさに包まれ、こうして話すら出来ている。

 遠坂とルヴィアも可笑しいと気づいたのだろう、様子を窺いながら。

 

「……後に控えているのはアサシンとバーサーカー。 バーサーカーなら理性を失ってるから、この狭い空間だろうと暴れだしながら襲ってくるでしょうし……それがないということは、アサシンかしら?」

 

「セオリー通りならそうでしょう。 けれど、もしそれなら楽勝ですわね。 相手は卑劣な暗殺者、セイバーには劣りますわ」

 

「……いや」

 

 もし俺の世界のアサシンと同じなら、その剣技はセイバーより上だ。 何せ魔術すら使わず、ただ剣を振るうだけで多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)を引き起こした、本当の化け物。

 佐々木小次郎。 アレは一種の偶像でもあったが、それでもその剣技は、あのセイバーですら『死を覚悟した』と言わしめる。 直感スキルが無ければ、恐らく負けていたのはこちらだと本人が言っていたし、間違いない。

 ともすれば不意討ちなどしない。 架空ではあっても、その本質は英霊。 俺とセイバーをアーチャーから守ってくれたときのように、恐らくはそんな卑怯な真似などしないだろう。

 

「相手は英霊だ。 アサシンでも、魔術師が敵う相手じゃない」

 

「……まぁ、その意見は最もですけれど……どちらにしろ、ここで迎え撃つのは得策ではありません。 もっと広い場所に移動すべきではなくて?」

 

 ルヴィアの言う通りだ。 今俺達が居るのは雑木林の中。 視界も木々で狭められているし、何より足場もかなり悪い。 これではいざ戦うとしても、十分な距離すら取れないだろう。

 

「それじゃあ決まりね。 今から移動するけど、先頭は美遊、私達、イリヤ、そして殿は衛宮くんで良いかしら?」

 

 遠坂の提案に、俺達は頷く。 今この中で、一番英霊相手に立ち回れるのは、間違いなくイリヤと美遊だ。 この二人に挟まれて行動すれば、少なくとも被害は最小限に抑えることが出来る。

 遠坂の陣形通り、移動を開始する……のだが、何だかイリヤは落ち着きがない。

 イリヤの服装は、何と言うか可愛らしいという一言に尽きる。 何をイメージしているのか分からないぐらい改造された、ピンクの衣装は、彼女が観るマジカルブシドーとは違いこそあれど、完璧に魔法少女。

 イリヤがドイツ人だからなのか、雪のような髪が違和感なくそれにマッチしているし……何だか、少し緊張する。

 いや自分でも何を緊張しているのかは分からないが、とにかく緊張する。 全く、こんな可愛いのをみたら、誰だって動揺してーー。

 

「ねぇ、お兄ちゃん」

 

「え? いや別に何も見てないぞっ、特に後ろからは何も!」

 

「?……いや何を慌ててるのかは分からないんだけど、良いかな」

 

 イリヤは周囲を警戒しつつ、

 

「もしかしたら、私が空を飛んで砲撃を撃っちゃえば、英霊の場所も分かるんじゃないかな。 英霊なら対処するだろうし、そっちの方が効率も良いような気がする」

 

「……いやいや」

 

 それは色々とどうなのだろうか。 今のイリヤがどの程度やれるかはルビーから聞いているが、それでもイリヤは格好が目立つ上に、恐らく障壁任せだから宝具でも撃たれたらどうなるか、一目瞭然だ。

 そもそも魔法少女なのにそれはどうなんだ、イリヤ。

 

「私としても反対ですねぇ~」

 

 ルビーが自らをくねくねとさせながら、反対する。

 

「カレイドの魔法少女は、カタログスペックこそ最強ですが、使い手も考慮すれば英霊相手には基本不利ですしねー。 うかつに飛ぶなんて真似をすれば、その途中を狙われて撃墜、なんてロボモノのテンプレモブ死亡シーンに繋がるでしょう」

 

「お前の具体例は相変わらず分かりにくいけど……とにかく、飛ぶにしても天井が低いんじゃないのか? そうなると空に居るより、地上で泥臭くてもゲリラ戦をしかけた方が良い」

 

「ぐぬぬ……いや、私も砲撃はどうかと思うけど……お兄ちゃんが心配だし」

 

 ?、余程自信があったのか。 イリヤは消沈していると、先をいく三人が反応する。

 

「でもよく考えると、それも視野に入れた方が良いかもしれない。 ルヴィアさんならまだしも、凛さんの宝石魔術も底を尽きかけてる」

 

「何でアンタが私の金欠を知ってるのよっ!? なに、顔に出てる私!?」

 

「オホホ、無様ですわね遠坂凛! 貴族たるもの、備蓄と財産は常に潤わせるモノ。 それが出来ない極東の田舎レッドは、やはり私には一回り劣りますわね?」

 

「数揃えるだけの成金ドリルに言われるとは、貴族ってのはアンタみたいな高飛車ヤローしか居ないのかしら?」

 

 バチバチバチバチ、と火花を散らせる似た者同士。 この瞬間にも英霊が向かってきているかもしれないと言うのに、ホント騒がしいというか、無用心というか。

 

「……あの二人のせいで、英霊にはこっちの居場所とかバレバレなんじゃないのか?」

 

「まぁアサシンだったらバレバレですねー、ハイ。 だとしたら一番危なそうなのは、間違いなくあの二人でしょう」

 

「……それが分かってて放置する辺り、お兄ちゃん絶対ルビーの影響受けてるよね」

 

 む、失敬な。 あの今にもガンドの機関銃をぶっぱなしそうな戦場に行けば、間違いなく俺の身体はチーズのようにあちこち穴が空くに違いない。 というか、本気出せば教室すらブッ飛ばすとか、基本火力からして桁違いだ。 触らぬ神にタタリ無しである。

 しかし、アサシンなのかバーサーカーなのかは知らないが、こうも出ないと拍子抜けになる。 この空間自体横に長いのか、はたまた迷宮のように入り組んでいるのかは知らないが、景色も代わり映えない。

……もしや、開けた場所などない? ということは、まさか。

 

「……まぁ、映えない戦いですねー、これ。 スニーキングとか違うジャンルなんですけど。 こうなったらイリヤさんの言う通り、ド派手に魔力砲ぶっ放しまくって、一面焦土に変えるぐらいのリリカルな探索法をですね……」

 

「いやだから、魔法少女なのにそれはどうなのかな。 というか、リリカルなのにやってることが破壊なんだけど……」

 

「ふふん、魔法少女が純真だと何時から錯覚していた? 今こそ必殺の、リリカルラジカルジェノサイドを……」

 

……最早突っ込む気にもならない。 全く、こうも緊張感がないと、ホントに皆でピクニックにでも来たみたいじゃないか。

 えーと、なにを考えてたんだっけ。 そうそう、開けた場所などないのでは、という話だ。 もしそうなら、バーサーカーだということはまずないだろう。

 基本的にバーサーカーというものは、理性がない。 敵を倒すためなら、どんな障害だろうと捻り潰すし、こんな雑木林などそれこそ木片にでも変えてくる。

 ではアサシンなのではないか、と思うのだが……それもどうだろうか。

 そもそも俺の世界のアサシンはアサシンらしくないし、こんな場所での決闘は望まない。 ライダーが学校、キャスターとセイバーが橋だとすると、些かここはアサシンの能力を生かしにくい構造だ。

 規格外の長刀、物干し竿を使った秘剣。 それが燕返し。 多重次元屈折現象(キシュア・ゼルレッチ)により、平行世界から同時に三つの斬撃を繰り出す必殺の剣。 それを使うには、少しばかりここは障害物が多すぎる。

 では一体、ここに居る英霊は何なのか?

 

「……いや」

 

 身体が止まる。 それに合わせて、僅かな違和感が浮き上がってくる。

 ちょっと待て、よく考えろ。 俺の世界の聖杯戦争で出てきたサーヴァントが、この世界にクラスカードとして出たなら。

 そもそも、何故タイミング良く、俺がこの世界に来たんだ?

 

「……お兄ちゃん? どうかしたの?」

 

 イリヤが俺に話しかけてくる。 だがそれを無視する形で、俺は思考を加速させる。

 そのクラスカードを、俺達の世界の人間が作ったとして。 たまたま聖杯戦争を勝ち抜いた俺が、この世界に来た。

 確率として考えても、あり得ない。 平行世界は無限に連なっていると言うのに、この短期間で二人も同じ世界から、同じ世界へ行き来している。

 正確なところは、もっと後でなければ分からない。 けれど、考え方を変えたら、こうとも考えられないだろうか。

……全て、仕組まれていたとしたら?

 俺がここに来ることも、そしてルビー達に俺のことがバレて、サーヴァントの情報を与えたことも。

 一見不利に見えるようなことさえも、もしかして黒幕に踊らされているだけなのではないか?

 

「……」

 

 知らず、唾を飲み込んだ。 底が全く見えない泥に、はまってしまって抜け出せないように。

 だとすれば。 もし、それを逆手に取ることで、一番効率良く葬れるサーヴァントと言えばーー正規のルートで召喚されず、その本領を発揮できなかった、本物の暗殺者。

 

「……」

 

 身体強化に回していた魔術回路を、目と耳だけに集中させる。 たった数本であっても、神経が一つの事象をも見逃さんと、鋭敏になっていく。 いつもより遅いもののーー強化の質だけなら、前より高くなっているのは気のせいか。

 無我の境地。 わずか二秒でその領域に足を踏み込み。

 しゅるり、と近くから何かが擦れる音がした。

 

「!」

 

「?、今何か……?」

 

 視認は出来ない、恐らく死角から。 今のは木葉が擦れたようにも聞こえたが、この場合は違う。

 木葉が擦れるように、布擦れを起こしただけ。 つまり自分達は既に捉えられている。

 

「危ない、イリヤ」

 

「え?」

 

 そうなると一番危険なのは、今無防備に俺を見ているイリヤ。 そう思って彼女の肩に、腕を差し出し。

 ぞぶり、と。 深く深く、短剣のようなものが腕に突き刺さった。

 

「お兄ちゃん!?」

 

 鮮血が舞う。 幸い短剣というよりは、ナイフに近い。 暗器というのだろうか。 斬るのではなく、投げるのに特化したものなのだろう。 だからこんな、ダーツが的に刺さるみたいに、中身がそこまで溢れていない。

 

「衛宮くん!? 美遊、ルヴィア!!」

 

「、砲射(シュート )!!」

 

「返して差し上げますわ!」

 

 先頭を行く三人も、攻撃されれば気づくか。 遠坂はイリヤを押し退けて俺に駆け寄り、残る二人は暗殺者ーーアサシンが暗器(ダーク)を投げた方向へ、魔力の塊を放つ。

 木々が薙ぎ倒されるほどの威力だが、アサシンの姿は見えない。 それもそのハズ、相手は気配遮断スキルを持つ暗殺者、簡単にやられるわけがない。

 

「ぐ、ぅ、……!?」

 

「動かないで! 下手に動くと、短剣が引き抜けないでしょうが……!」

 

「ちょ、凛さん待って! 引き抜いたら血がドバーって出るんじゃ……!?」

 

「このままじゃ手当てすら出来ないし、どうにもならないわ! 嫌なら目でも閉じてなさい!」

 

 遠坂がそう言うなり、暗器を引き抜く。 前のライダーから食らった鎖の剣よりはマシだけれど、やはり痛いものは痛い。 暗器にノコギリのような凹凸があるのか、肉を裂かれた痛みはまさに拷問だ。 すぐに遠坂はハンカチらしきもので傷口を縛ると、宝石をそこに押し当てる。

 

「治癒用の宝石、もう片方の手で押し当てて。 そしたらマシにはなる」

 

「ああ……悪い、遠坂」

 

「ううん、そんなことないわ。 衛宮くんには悪いけれど、魔術師の腕一本とカレイドの魔法少女、どちらが大切かと聞かれれば、間違いなく後者だもの。 あなたはよくやったわ」

 

 全く、一応断りを入れるのが遠坂らしい。 下手に動くことすら出来ず、膝をついていると、イリヤが俺を見て青ざめていた。

 

「……う、そ。 私の、私のせいなの……?」

 

 あ、そうか。 一応イリヤを庇ったんだっけ。 咄嗟に出してたから、全然そこは考慮していなかった。

 でも、こういう痛みは何度も味わったことがある。 正直慣れたものだ。 だからこそイリヤに笑いかけて、いつも通り立ち上がる。

 

「……それは違うぞ、イリヤ…… 俺なんかより、イリヤを守るのは当然のことだろ。 むしろここは、『ありがとう』の一言ぐらい欲しいんだけど、な」

 

「……お兄ちゃん……」

 

 きっとイリヤは、納得などしない。 だが、そんなものに気取られている暇もないのも確かだ。

 

「敵の位置は、不明……?」

 

「不意打ちですわね、舐めた真似をしてくれますわ……!」

 

「全方位を警戒!! 四方を見渡せば、必ず姿は見える! ここまでしてやられて気配が見えないってことは、気配遮断スキルに間違いない。 気を抜けば即死よ!」

 

 遠坂の指示に従って、円陣を組む。 イリヤも急いで俺の隣へと来たのだが、途端に辺りが騒がしくなった。

 そう。 辺り一帯がガサガサ、と。 まるでアサシンが何十人も(・・)いるように。

 

「敵を視認……総数、 五十以上!?」

 

 サファイアの報告にギョっとするまでもない。

 まず、その濃密な殺気に心臓を鷲掴みにされた。 単純な殺気ではない。 一人で耐えきれるような、そんな軽いモノでは断じてない。 圧倒的な全からの殺気は、それだけで俺達を射殺すようで。

 そこにあったのは、丸く穴が空いた骸骨の面の、死神達。 それらは四方を警戒する俺達の周りには勿論、木々からもその刃でこちらを狙っていた。

 五十。 いやサファイア曰く、それ以上は居るのか。 だがまさか、誰がこんな状況を考えよう。 相手は一度の斬撃で三度殺すアサシンなどではなく、五十以上の貌で一つの命を葬るサーヴァントだとーー!

 

「そんな……英霊が、軍を成している……!?」

 

「完全に囲まれてますわ! いつの間にここまで!?」

 

「何てデタラメ……くそっ!!」

 

 全員が武器を構える。 だがそれの何と貧相なことか。 確かに火力だけで言えば、このアサシンはこちらに大きく劣る。 だがそれは、あくまで俺達が一対一で相対できたならの話。 十倍以上の数を誇る暗殺者相手に、そんな悠長な真似をすれば、瞬く間に数で圧される。

 

「……一時撤退ね。 火力を一転集中、包囲を突破するわよ!!」

 

 ここは拙い。 それは全員感じていたことだ。 イリヤですら分かっていたことだろう。

 俺とてそれは分かる。 だから遠坂達に続くよう、魔術回路をきど、う、して、ーーー。

 

「……は、づ、ぁ、っ……!?」

 

 目が回る。 膝をついて、そのまま地面に倒れる。

 胃を直に掻き回されたような、耐え難い吐き気。 それで平衡感覚を失ったのだと、まだ何とか働く思考を回し続ける。

 込み上げるのは吐き気だけではない。 ただ漠然と寒気がして、次いで魔術回路がその輝きを失っていく。 頭に浮かぶハズの撃鉄、更にはそこにある一つの道が、まるで最初から無いとでも言うように消え失せていく。

 それと比例するように、暗器が突き刺さった腕から、凄まじい熱が発せられていた。

 まさかーー毒?

 あり得ない話ではない。 だが、そうだとすれば。

 

「衛宮くん!?」

 

「士郎さん!!」

 

 誰かが悲鳴をあげる。 しかし俺には、そんな声すらどうでも良いほど、許せないことがあった。

……こんなものを、イリヤへと向けていたのか。

 俺が死ぬのは一向に構わない。 人はいつか死ぬもので、俺も魔術師なら死に際も弁えている。

 けれど、この世界のイリヤは違う。 あれだけ苦しんだイリヤが、ここではそんなものとは無縁な生活を送っているのにーーそんな彼女に、こんなものを突きつけたのか。 あんなに平凡で、退屈で、とても幸せな日々を、奪おうとしたのか。 今更ながらそれが分かって、俺の中で怒りだけが込み上げてくる。

 

「何をしているのです、シェロ! 早くこちらに!」

 

「……さっきの暗器、毒が塗られていたんだわ。 チッ、コソコソ面倒くさいことして……!!」

 

 と。 慌てるルヴィアの声や、遠坂の悪態で、ようやくそこで自分の状態に気づいた。

 四方八方から来る、暗器。 遠坂達との距離は五メートル前後。 普段なら何でもない距離が、今ではどう足掻いても覆せない距離になっていた。

 目蓋の裏が熱いが、それでも確認したいことがあって、遠坂達を見る。 遠くには美遊と、その隣で呆然と立っているイリヤが居た。

…… 良かった。 どうやら守りきれたらしい。 それなら後はこの状況を打開するだけ。

 が、魔力が上手く回らず、思考すらままならない今の俺では、この場を逆転出来るだけの武器は作れない。 それどころか、いつも手馴れている夫婦剣ですら、まともに投影など出来まい。

 万事休す。 ここで終わり。

 俺はただその、受け入れがたい何かに抗い。

 次いで、こんな声が聞こえた。

 

 

「ーー全部全部(ゼンブゼンブ)(コワ)せばいい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude 2-4ーー

 

 

 誰かが叫ぶ。 それが自身の声だと気づくことも出来ず、ただ彼女ーーイリヤスフィール・フォン・アインツベルンは、駆け出していた。

 その先に居るのは、兄である士郎。 黒い短剣に腕を貫かれ、それでも何処か焦点の合わない目で、こちらをぼぅ、と見ている。

 それがゼンマイの切れたブリキ人形みたいで、イリヤは無性に腹が立つ。

……イリヤと士郎は、昔から仲は良い。 むしろ良すぎて、セラからは少し警戒される素振りすら見せられる。 故にイリヤは、士郎のことならば何でも知っていると思っていた。

 家事が得意なこと。 勉強は余り得意ではなくとも、懸命に励んでいること。 弓道だってその腕前には感嘆したし、その優しさに何度助けられたことか。

 カンペキではなくとも、それが衛宮士郎という人だから、イリヤは好意を抱いたのだ。

 なのに。

 

ーー俺なんかより、イリヤを守るのは当然のことだろ。

 

 その言葉が。 イリヤには、感じたことのないほどの寒気を感じさせた。

……この人は、違う。

 イリヤの兄は断じて、自分を軽んじる言葉は言わなかった。 兄だから妹を守ると、誇らしく言うことはあってもーー自分なんかいくら傷つこうがどうでも良いからなど、そんな狂ったことを言う人ではない。

 そして何より決定的だったのが、守ると口にしたその顔。 それが当然だからと言っておいて、その顔は泣いているかのように、儚げで脆い、寂しい笑顔だった。

 この顔を最初に見たのは、きっと二日前、誓うように守ると言ったときだろう。 自分は見ていなかったが、今日イリヤは一回見ている。

 凛達との話し合い。 その最後に、イリヤは見てしまった。

 あの顔を。 まるで星を掴もうとしておきながら、届かなくても構わないと、届いてほしいのに自身の心を押し止める笑顔を、振り撒いていたのだ。

……怖かった。

 一目で分からなかったのが、可笑しい程の歪み。 それを初めて、イリヤは知った。 だから気怠い体を押してまで、今日は気丈に振る舞った。 その存在を感じるために。

 

(……可笑しいよ、そんなの)

 

 絶叫する中で、何処か冷静に考える。

 そう。 そんなのは、可笑しい。 自分より、他人を大切にするのはまだ分かる。 けれど冗談でもなく、自分の命を平気で放り捨て、それで他人が大切など、それは可笑しい。

 何の躊躇いもなく腕を差し出して。 貫かれたのに普通に笑って。 そんなモノ、人間が出来ることじゃない。

 

(……なのに、どうして)

 

 どうして、こんなにも愛しいのか。

 どうして、こんなにも支えたいと思うのか。

 アレは兄ではない。 それは分かる。 イリヤが知る兄ではない、アレは魔術師ーー衛宮士郎だ。 兄の形をしているからこんなに慌てているのかは、分からないけれど。

 それでもイリヤは、思う。

 彼のあんな姿は、もう見たくない。

 だから、(ネガ)おうーー。

 

ーード派手に魔力砲をぶっ放しまくって、一面焦土に変える。

 

 ああ、それなら簡単だ。

 

全部全部(ゼンブゼンブ)(コワ)せばいいーー」

 

 瞬間。

 鏡面界ごと揺らすような、爆発が起こり。

 それをしっかりと、イリヤは目に焼き付けた。

 

 

 

 

 

 

ーーinterlude end.

 

 

 

 

 

 

 

 光が、途絶える。

 

「…………ぁ、づぅ……」

 

 耳鳴りが酷い。 全身が熱風でも受けたのか、火傷のように肉体は爛れていた。

 これも、懐かしい。 バーサーカーと戦ったときと同じか、それ以上の痛みは、俺の意識を強引に、現実へと繋ぎ止めている。

 一体、何が、……。

 

「……はっ、はっ……は、っ、……」

 

 うつ伏せの状態で、眼球を動かす。 数メートル先には、息を切らしたイリヤと、その後ろでどこでそんな傷をと言わんばかりにボロボロな美遊達が、こちらを警戒するように見ている。

 今度は眼球を下に動かす。 と、ようやくそこで事態を掴めた。

 クレーター。 何十メートルという範囲で、イリヤを中心にクレーターが出来ている。 爆発でも起きたのだろう、アレだけ視界を遮っていた森は勿論、アサシン達のローブの欠片すら無かった。

……ああ、だからか。 だから、こんなにも、体が熱くて痛い。

 

「……、っ……」

 

 それにしても、アサシンは倒したのか? それは喜ばしいことだが、これは不味い。 このままでは本当に死んでしまいそうだ。 それでは、イリヤを守れない。 それは困る。

 

「……お、お兄ちゃん……?」

 

 息を呑むのは、イリヤだろうか。 生憎姿が見えないが、狼狽していることだけは、その吐息で十二分にわかる。

 

「……そんな、違う……違う、違う違う違う違うッ、違うッ!! わた、私はっ、そんな、お兄ちゃんを助けようとした、だけなのに……どうして……!!」

 

「イリ、ヤ……」

 

 つまり先の爆発は、イリヤが起こしたのか。 ああ、なるほど。 家族を傷つけたと思っているから、こんな動揺を……その考えには至らなかった、何せこうして助けてもらったのだから。

 顔は見えないけれど、やっぱり分かる。 エミヤシロウの記録なのかーーそれとも俺自身、感じるものがあるのか。 彼女は今、苦しんでいる。 それだけは分かった。

 だから声も出せないほど、傷を負ったこの身体が恨めしい。 この程度どうということはないのに、鈍ってるのか知らないが、喉が少し焼けたぐらいで大袈裟な身体だ。

 

「い、り、ヤ……」

 

「……イヤ。 もういやっ!!!」

 

 俺の声も意味を為さず。 シュン、という音の後、イリヤは鏡面界から冬木へと転移していた。

 どうにかしたいと身体を動かすが、もう限界だったのだろう。 僅かに上がった腕は空を切り、そのまま意識が閉ざされていく。

 

「ーー宮、くんーーめ、しっかーー!!」

 

「ーーュスト、ーーの手配をーー!!」

 

「ーー郎さんーーいや、ーーァイア、早くーー!!」

 

 声はまるで、ガラス越しのように聞こえにくい。 俺はそのまま、抗うことも出来ずに、静かに気を失った。

 

 


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