コードギアス 教導のルルーシュ‐Archive Stories‐ 作:ライト鯖
閃光とそれに続く轟音。
ガラガラと崩れる壁。
「くっ…!!」
余りの威力に、直撃は免れ、掠ったのみのアカネでさえも、勢いに押し負け、後退る。
そして、直撃した者もいた。
「アスナ先輩!大丈夫ですか?!」
さすがのアスナも、意識の外にあったアリスの存在と、その彼女による奇襲を予感する事は出来なかったようで、光の剣による攻撃がもろに直撃していた。
「大丈夫じゃないよー!あははっ!思いっきり当たっちゃった!なにこれめっちゃ痛い。頭のてっぺんからつま先まで一ミリも今動かしたくない」
パラパラと崩れかけの壁面にもたれかかり、アスナは笑う。
「…大丈夫そうですね」
言葉の通り直ぐには動けなさそうではあったが、存外元気なアスナの様子に、アカネは安堵か呆れかの息を漏らした。
しかし、状況はC&Cとセミナーにとって最悪となっていた。
「アスナ先輩と半分近くのロボットを纏めて行動不能に…たった一発でこの火力…!」
「カリン!状況を報告して下さい!今のビーム砲はどこから?!」
狙撃ポイントから俯瞰しているだろうカリンに応答を求めるが、アカネの求めに応じる声が返ってくることはない。
「カリン…?…?!そう言えば、カリンの火力支援が止んで…いつから?!」
その答えを示すように、外にも一瞬、眩い光が迸る。
「あれは…!」
「閃光弾、だと…!?」
隣ビルの屋上付近で炸裂した閃光弾。
これにより、カリンは視界を奪われていた。
「私の後輩は、大事な先輩に爆撃を当てたりしない優しい後輩、であっているとも」
それでいて、とウタハは隙をつき、カリンの拘束から逃れ、言う。
「ものすごく賢い。この状況を予測し、そこで的確な選択が出来るくらいにはね」
「くっ…これじゃあアカネの支援が…
どうしてここまで…!」
「どうして?それは部活を守りたいからに決まっているだろう?」
「…噂に疎い私でも聞いたことはある。
エンジニア部の事はよく知らないが、あのゲーム開発部はちゃんとした部活とは言い難い」
カリンはウタハを正面から見据え、問いかける。
「あんな自己中な問題児達を、何故助ける?」
ウタハはフッと微笑し、簡単な計算問題に対するように、答える。
「ただの自己中じゃないから、かな。
あの子達は友人の為に、一生懸命頑張っている」
「…別に部活動じゃなくてもゲームは作れるだろう」
「…それは君の言う通りだ」
けれどね、とウタハはモモイ達がいるだろう隣のビルに視線を向ける。
「勿論ただの友達にも意味はある。それでも…」
そして彼女は、恐らく今もビルの向こうで機を伺っているだろう後輩の顔を思い浮かべていた。
「同じ部活の仲間というものは、お互いを強く結び付けてくれるものだ。
あの子達も、あの部活で一緒にやりたいんだという気持ちがあるから…こんなにも、必死に闘っているんだろう」
「っでも…!」
さらなるカリンの反論は、上がってきた閃光弾によって打ち消される。
当たりを白く染める閃光に、漸く戻りかけていた視界が再び光に染められ、カリンは「しまった…!」とよろめいた。
「計算通り、ではないけれど、面白くなってきたね」
「モモイ!ミドリ!」
光の剣を引っ提げたアリスが皆の前に姿を現していた。
「今です!」
爽やかな笑顔で、彼女は二人を助け起こす。
「アリスちゃん?!」
「どうしてここに?!」
嬉しさを滲ませつつも困惑する二人。
立ち上がりつつ、アリスに尋ねた。
「差押品保管所へ向かう途中に、考えていました。……"ファイナルファンタジア""ドラゴンテスト""アイズエターナル"そして、"テイルズ・サガ・クロニクル"」
どんなゲームの中でも、とアリスは大切なものを握り締めるように瞑目し、"勇者"達の姿を思い浮かべる。
「どんなゲームの中でも主人公達は、決して、仲間のこと諦めたりしませんでした」
「!」
「……!」
「なので、アリスもそうします。
試練は、共に突破しなくては!」
「アリスちゃん…」
「うん。どうせこのまま捕まったら全部終わり。
行こう、ゲーム開発部!」
アリスの言葉にモモイとミドリは奮起し、駆け出す。
アリスの光の剣が唯一の対抗火力であるため、彼女が殿として牽制をしつつ、差押品保管所へと向かった。
「くっ…!マズイですね…」
「あははっ!面白くなってきたね!けどまだ身体がビクンビクンしててまともに立てない!」
「アスナ先輩。それ本当に痛がってます…?
それより、カリンの狙撃が止まっているということは、やはり…」
「逃げられるっ!」
「そうはさせませんっ…!」
アカネはゲーム開発部に狙いを定め、後を追いかける。
「アカネ、戦闘を開始します…!」
「いいや。そいつはお断りさせてもらうよ」
ルルーシュはアリスも合流し、アスナを始めとした敵戦力の多くが無力化された現況でこそ、彼が温存してきた切り札の使い時と判断した。
スモークが警備システムの設置された場所場所から吹き出し始め、一気に廊下の視界を奪い始める。
ここまで来て、C&Cと戦闘をして時間を無駄にするわけには行かない。
アカネと戦っている間にアスナが動けるくらいにまでなりでもしたら、目も当てられない。
しかし、これならば、此方も視界は悪くなるが、追跡を振り切ることは出来るだろう。
四人は全力で駆け、差押品保管所へと滑り込む。
直ぐ様扉を閉めて、煙幕の侵入を拒んだ。
「はあ…はあ…逃げ切れた?!」
「先生、ミドリ、アリス、大丈夫?」
膝に手を付き息をするモモイは、頬から滴る汗を拭いながら皆を気遣う。
「HPは充分です」
アリスの返答に続き、ミドリとルルーシュも首肯で答える。
「良かった…ところで、ここって差押品保管所?
何かだいぶめちゃくちゃだけど…」
モモイの言う通りで、見渡す限り、棚は倒れ、ガラスも割れており、まるで泥棒にでも入られたかのような乱雑が広がっていた。
「カリン先輩の跳弾かな?…戦闘と爆発の余波がここまで届いたのかも」
「かもな。とりあえず、"鏡"を探すとしようか」
時間は多少あるだろうし、とルルーシュは目算する。
ルルーシュが煙幕という手札を切ったのにはもう一つ理由があった。
アリスが別働隊として動いていたことは皆が認識しただろうことは確実。
そうなれば、必然、既に鏡を奪っており、脱出にミドリやモモイも連れ立った、と考える可能性が高い。
まさか、途中で作戦とは無関係にモモイらを救出しにきた、という"非合理的"な可能性にベットする事はないだろう。
こと、ミレニアムの生徒であるなら尚更。
逃走経路をぼかす煙幕によって、差押品保管所に向かったと悟られにくくすれば、居住区画の方に逃げ帰ったと考えるだろう。
少なくとも、確実に注意を分散出来る。
それ故に、自分達も不利になる可能性を押してでも、あの場で煙幕を使用したのだった。
鏡の方はと言うと、あっさりと見つかった。
比較的新しい押収品であったからか、部屋が荒れていた事で分類毎に整理されていたものが混ざり合ってごっちゃになってしまってはいたが、目に付く場所に収納されていたことが幸いした。
「これが鏡だよね?!」
「聞いてた感じと合ってる!これだ!」
「よし。では、さっさと帰ると──」
漸く目的のものを手にした高揚の中、アリスは一人、妙な気配を感知しており、口を一文字に結んでいた。
「どうし──」
「静かに。ミュートでお願いします」
アリスの視線の先は、保管所の出入り口の方へと向けられている。
ルルーシュはそちらに目を向けたが、彼にはまだ何も感じ取る事は出来なかった。
しかし、アリスがこれ程に警戒するナニカが迫っているという事実そのものが、事態の深刻さを物語っていると、そう確信してもいた。
「…誰かがこちらに向かってきます。足音から考えて、恐らく一人…」
「一人?うーん。…このままここにいて、ユウカとかメイド部がまとめて戻ってきたら困るし、一人くらいなら皆で無理矢理突破しちゃおうか」
モモイは若干まだ楽観的にそう提案するが、ミドリが丁度ハレからやって来た連絡によって、モモイの提案を制止する事となる。
「待って。今、ハレ先輩から連絡が来て…」
"逃げて!いや、隠れて!早く!なんとしてもそこ"
その後は、文字化けでもしているのかというほどに乱雑な文字列となっており、余程慌ててタイプしたのだろう文章をミドリが皆に見せた。
「ええ…いったいどういうこと…?」
あの状態のアスナだとすれば、ここまで慌てる理由はどこにも無い。
幾ら先読みされるとは言え、手負いであれば突破は問題ないはずだ。
だとすれば──。
あの向こうには、一体何が来ていると言うんだ?
「いつも冷静なハレ先輩がどうしたんだろ…」
「接近対象を確認…ミレニアムの生徒名簿を検索…把握」
アリスは近付いてくる対象から集まる情報を下に検索をかけ、その名を口にする。
「身長146cm。…ダブルSMG。メイド服の上から龍柄のスカジャン…」
「まさか…!」
彼女の挙げた特徴に、モモイとミドリは向かってくる相手を察したようだ。
蜘蛛の子を散らすような俊敏さで物陰に身を潜め、息を殺す。
ルルーシュもその尋常ならざる様子をただ眺めているわけもなく、どうにか身を隠せる隙間に身を滑り込ませるのだった。
「ふーん。もうめちゃくちゃだな」
小柄で短めでありながら紅く、目立つ髪を揺らしながらやって来たのは、アリスの言った特徴通りのメイドであった。
メイド。そう──。
つまりはC&Cの…!
消去法で考えれば、彼女はコールサインダブルオー…。美甘ネル…!
(どうしてここに…!)
「んん?何か聞こえたような気が…」
ジロリとモモイらの隠れている方に目を向けるネル。
ミドリとモモイは身をすくみ上がらせ、口を手で防ぐ。
アリスも、初めての恐怖を感じているようで、決して音を出すまいとモモイらと同じように手で口を押さえていた。
「確かに気配が…」
ネルはゆっくりとモモイらが潜む、モノに埋もれかけている机の方へと向かってくる。
(ち、近付いてくる…!)
(このまま覗き込まれたら…!)
ネルの細くも、締まっている足がアリスらの目の前にまで来ていた。
不味い。このままでは全てご破算。
しかし、この状況で戦闘をしても勝ち目はない。
せめてアリスの光の剣が当たれば可能性はあるが…。
発射までのタメを稼がなくては…。
モモイとミドリにそれが出来るか?
いや、俺が姿を出してしまうか?
しかし、その意図をどうやってアリスに組ませれば…。
それとも扉まで誰か一人を走らせる?
あそこを開ければまだ晴れていないスモークが充満し、逃げられる可能性が…。
いや、恐らく誰が向かっても扉を開ける前に制圧されるだろう…。
あの気配。立ち姿。…何より、彼女の実績、噂。
全ての情報がそれは不可能だと語っている。
…仕方がない。俺が身を出し、どうにか部屋の外に誘導するしかない。
ここには俺しかいない。
この状況下なら、俺が捕まるのが一番丸い。
そしてほんの少しの間だけでもそう思い込ませられれば、逃げ切れるだろう。
しかし、その必要はなくなる。
ルルーシュが自らの姿を出そうと身を捩りかけた時だった。
「あ、あの!」
「あん?」
ネルを呼びかける人影があった。
くるりと首を向けるネルの前には、長く、赤い髪の少女、ゲーム開発部の部長、ユズがいた。
「ネ、ネル先輩!大変です!」
「あんたは…?」
「せ、セミナー所属の、ユズキです」
ルルーシュもモモイもミドリも目を丸くしてユズ…ユズキを見ていた。
ロッカーの中に隠れて人をやり過ごす程の彼女が、この場にいることもだが、その上、ハッタリをかけている事にも。
「戦闘ロボットが暴走したせいで、今、あちこちがめちゃくちゃなんです!
アカネ先輩とカリン先輩が制圧を試みていますが…!」
「なんだよ。暴走か?あれを差押えたのなんて随分前だろうに、まだ整備が終わってねえのか」
今の所、ネルは疑っているようには見えず、皆は成り行きを、静かに見守る。
「じょ、状況的に助けが必要かと思い…。ここにいらっしゃると聞いたので…」
「はあ…仕方ねえなあ」
「わ、私はここの整理をします。
そ、その、戦闘は怖くて…経験もあまりないですし…」
「んなこたどうでも良いけど。…あんた覚えときな」
ネルは銃を肩に起き、踵を返しながら言う。
「戦闘で一番大事なのは、武器でも経験でもねえ」
「は、はい…?」
「度胸だ。…その点で、あんたに素質がないとは思わねえ」
ニヤリ、とネルは笑う。
「自分がどう思われてるかくらい、あたしにも分かってる。それに、あんたがビビりなこともまあ分かる。
それなのに、初対面でこのあたしに声をかけるなんてのは、それなりに度胸のいることだろうからな」
「は、は、はい!ありがとうございます?!」
「じゃあな、またどっかで会おうぜ」
先程まで、"ユズキ"の報告を聞いてから少々気怠げであったのから打って変わり、上機嫌な様子で、ネルは差押品保管所を去っていくのだった。
「ふええええ…」
扉が閉じられた瞬間、ユズは全ての力が抜けたように床にへたり込んだ。
「し、死んじゃうかと思ったぁ…」
「ユズぅぅぅ!!」
「ユズちゃんすごい!おかげで命拾いしたよ!」
モモイとミドリは抱きつかんばかりの勢いで飛び出し、ユズを称える。
「ち、力になれて良かった…」
「全く。本当に大した度胸だよ。殆ど万事休すだった」
しかし、思い返してみると、何故初対面の相手にアレほど俺は畏怖を感じていたのだろう。
いや、確かに情報から考えると脅威なのだから、間違いはないのだろうが──。
雰囲気か…?
「そ、そんなことより」
ルルーシュの疑念もモモイらの賛辞も一旦、気恥ずかしさを浮かべながらも真面目なユズの声色が遮った。
「今アリスちゃんが持ってるのが…?」
「はいっ!これが人類と世界を救う私たちの新たな武器。"鏡"です!」
「やっと…!」
「お祝いは後にして急ごう!ネル先輩が戻ってきたら今度こそ一巻の終わり!」
「だな。ヴェリタスの所へ戻るまで気は抜けない。行こうか」
残された僅かな戦闘ロボを蹴散らしながら、一行はセミナー専用フロアからの脱出に成功するのだった。
ある程度事態が収束した頃、C&Cはミレニアムの一角に集い、ネルに今回の事情を説明していた。
「なるほどな。
ゲーム開発部、か。知らねえ部活だったが…。
そいつらにしてやられたってことだな?」
「申し訳ありません。…この依頼を受諾して準備をしたのは私です。
メイド部の名に傷を付けてしまいました…」
アカネの謝罪。
しかし、ネルは「んなこたあどうでも良い」と一蹴する。
「え?」
雷が落ちるだろうと覚悟していただろうアカネは拍子抜けしたようにネルを見る。
「それに、あたしがここに戻ってきた時、リオから連絡が来た」
「会長から…?」
「あぁ。依頼は撤回、無かったことに、だとよ」
「それは…一体なぜ…」
状況を掴めないアカネの困惑した呟きに、ネルは「あたしの知ったことかよ」とぞんざいに応える。
「まあけど多分、リオもヒマリも確かめて見たかったんじゃねえの?」
「確かめる…。私たちの力をですか?」
「逆だ。…あのアリスとかいうやつのだろ」
ま、とネルは笑う。
「その辺の事情は知ったこっちゃねえ。
依頼とは関係なくなったが…アカネ、調べておいてくれ」
「はい?何をですか?」
「ゲーム開発部だよ。関係者もまとめてな」
「…リベンジ、ですか?」
「その表現は癪だが、ちょっと興味があってな」
好戦的に笑いながら、ネルは凡そ肯定する。
「一通り情報が洗えたら、奴らんとこ行くぞ」
「はい。望むところです。今頃あの子達はメイド部に一泡吹かせたと喜んでいるはず」
ふふっ、とアカネも微笑するのだった。
「次にお会いする時はどんな表情を見せてくれるのか…楽しみですね」
そして、そのゲーム開発部は、メイド部に一泡吹かせたと喜んで──は、いなかった。
むしろ真逆とも言うべき、絶望に顔を青く染めていた。
「…こんなに落ち込んだのは、"テイルズサガクロニクル"のプロトタイプをアップロードした時以来…」
唯一、状況を呑み込めていないアリスだけは、困ったようにモモイらに呼びかける。
「も、モモイ…?」
「ふふっ…!ふへへへっ!全部終わった!おしまいだあああ!」
「み、ミドリ…?その、大丈夫ですか?」
「ごめん…今は何も話したくない気分なの…」
「えっと…ゆ、ユズ…」
「怒り、絶望、破滅、腐食、虚脱。…世界は今、破滅に向かって──」
アリスは三人の様子に混乱しつつ、ルルーシュの方に身を寄せる。
「あのっ。私はあまり理解出来ていないのですが…。この状況はひょっとして、G.Bibleのせいですか?」
「まあ、だろうな」
「で、ですが…G.Bibleは嘘は言っていないと思いますが…」
「まあ、そうなんだが──」
「そういう問題じゃない!!!」
大音量のモモイの叫びに、ビクリとアリスは身を震わせる。
「いっそのこと、嘘って言ってくれた方がまだマシ!うわあああん!私たちはもう廃部なんだああ!」
少しだけ時間を遡り──。
二時間前──。
ヴェリタスのマキがゲーム開発部へと"G.Bible"の解析データを持ってきた所から、事は始まった。
「ハ〜イ。ゲーム開発部のちびっこ達!マキちゃんからプレゼントのお届けだよ!」
「遂に!」
2時間後、床に伏せって泣き出す事になるとは思いもしていなかったモモイは喜色満面でマキを迎え入れる。
"G.Bible.exe実行準備完了"
既に準備の整ったモモイの元ゲームガールズ機体が手渡された。
「漸く私たちの手に…!」
「遅れてごめんね〜。"鏡"をセミナーに返すことになっちゃって。それでちょっとバタバタしてたんだ」
「ええっ?!返しちゃったの?!」
「ヒマリ先輩は最初から全部知ってたみたいで、それくらいあげても良いからこれからはあんまり無理しないでって。えへへっ」
あ、それでね、とマキはG.Bibleとは異なるもう一つのファイルをモモイらに見せる。
「G.Bibleを開いてた時に、この"Key"ってフォルダを見つけたの」
「何これ…"ケイ"って読むのかな?」
「いや、"キー"だろ」
「お姉ちゃん本当に高校受験合格したの?!」
モモイの高校生らしからぬ読み間違えにツッコミが集まるが、平常運転なようで、マキは特段気にしていないように話を続けた。
「こっちについては何一つ分からなくって、壊れてるわけじゃなさそうだけど…私たちの知ってる機械語じゃ解読出来ない、信じられない構成をしてる。
G.Bibleは普通に開けたんだけど、こっちはちょっと見ただけじゃ何もわからなかったの。
何か知ってたりする?」
"Key"──。
その呼称に心当たりはないが…。
まさか──。
"あなたはAL-1Sですか?"
"廃墟"で出くわした、アリスの眠る場所にあったもう一つの、G.Bibleを保存もしていたシステム。
「あの時の…?」
「ふうん。何かあったの?ま。こっちでも時間あったら分析してみるから、今はとりあえずG.Bibleでしょ」
そう言ってから、マキは「じゃ、間違いなく渡したから!またね!」と立ち上がる。
「ありがとうマキちゃん」
「今度来る時は秘書を通してね!私たちはTSC2で大ヒットする予定だから!」
調子に乗ったジョークを飛ばすモモイに、マキは「あははっ。楽しみにしてるよ!」と笑いながら手を振り、部室を後にするのだった。
「さて…改めて、G.Bible見よっか」
5人はぐるりと今やG.Bibleとなった機械を囲み、画面を見つめる。
「皆も知っての通り、この中に何が入ってるかは殆ど誰も知らない。
ただ最後にG.Bibleを見たと噂されるある開発者によると…"ゲーム開発における秘技。皆が知っているようで、誰も知らなかった奇跡"って言われてる。…私は、それが知りたい」
「うん。最高のゲームを作るために…!」
「それじゃあ…始めようか」
皆が頷くのを見てから、アリスがボタンを押下した。
「はい!G.Bible…起動!」
"G.Bibleの世界へようこそ"
文章が生成され、一同は息を呑む。
"最高のゲームとは何か…この質問に対して、世界中で様々な答えが模索されてきました。"
"作品性、人気、売上、ストーリーや爽快感。演出など"
"そうしたものが最高のゲームの「条件」として挙げられることは多いですが、それらは全て、あくまで真理の枝葉に過ぎません"
"最高のゲームを作る秘訣。それはたった一つです"
"このG.Bibleにはその真理が秘められています"
"最高のゲームを作るたった一つの真理…秘密の方法…それは──"
"ゲームを愛しなさい"
「おおっ!なんだかそれっぽい!オープニング的な?」
「そ、そう…?」
"ゲームを愛しなさい"
"ゲームを愛しなさい"
「あ、あれ?それだけ?
いやそんなまさか…壊れてる?ええっと…設定は…」
まるで、モモイらの困惑と行動を予測していたように、文章は次を連ねる。
"あなたがこのボタンを押したということは、ファイルの破損やエラーを疑っているのでしょう"
"しかし、エラーではありません"
「嘘お?!」
"残念ですが、これが結論です"
"ゲームを愛しなさい!"
ファイルはそれだけであった。
「破損も…何もない…」
「それじゃあ、本当に…?」
「お…お姉ちゃん…私たち何か悪い夢でも…」
「終わりだあああ!」
そうして、今に至っている──。
モモイはデイリークエストの消化もままならずぐったりと横たわり、ミドリも世界の無情を嘆いている。
ユズはロッカーに引きこもっており、時折ロッカーが震えていた。
「い、今の皆は、まるで正気がログアウトしたみたいです…」
「仕方ないじゃん!最後の手段だったのに!
それが、あんな誰でも知ってる文章が一つ入ってるだけなんて!釣りにもほどがある!」
「はあ…。ごめんね。アリスちゃん。私たちはG.Bible無しには良いゲームは作れない」
ミドリの投げやりな言葉に、アリスは下がっていた眉を、上げた。
「いいえ。否定します!」
その言い方には、確固たるものがあった。
「アリスは"テイルズサガクロニクル"をやるたびに思います。あのゲームは、面白いです」
「え?」
「感じられるのです」
アリスは目を瞑り、彼女が初めて勇者となった情景を思い出す。
「ユズが、モモイが、ミドリが…このゲームをどれだけ愛しているのかを。
そんな、たくさんの想いが込められたあの世界で旅をすると…胸が、高鳴ります」
アリスは目を開け、続ける。
「仲間と一緒に新しい世界を旅する。あの感覚は…夢を見るというのがどういうことなのか…アリスに教えてくれました」
「だから、エンディングに近付く程に…あんなに苦しんだのに、思ってしまうのです」
「この夢が、覚めなければ良いのに、と。
アリスは、そう思うのです」
アリスは満面の笑みでそう言い切った。
「アリス…」
「…ってうわあ?!ユズちゃん!いつの間に?!」
ユズもいつの間にかロッカーから出てきており、アリスの話に耳を傾けていたようだった。
「テイルズサガクロニクルの話が始まったときから…」
「ほぼ最初から?!」
ユズはキュッと表情を引き締め、モモイ、ミドリに目を向ける。
「…作ろう」
「え?」
「私の夢は…私が作ったゲームを皆に面白いって思ってもらうこと」
ルルーシュは彼女らから少し離れた場所で微笑しながら聞いていた。
「でも、私が初めて作ったテイルズサガクロニクルのプロトタイプは四桁以上の低評価コメントと冷やかしだけで終わっちゃって…それが辛くてここに引きこもってた時…」
「二人が、来てくれた」
"これがゲーム?"
"ゲームなんなじゃない。よく似たゴミだよ"
"身の程を知ったほうが良い"
「やめて…ごめんなさい。ごめんなさい…もう…許して…」
激しく叩かれた扉の音は、当時のユズを震え上がらせるには充分過ぎた。
しかし、そこにいたのは…。
「ええっ!?こんなに面白いのに!」
二度と作らないから許してくれと謝るユズの言葉に、心底驚愕したような声で、ユズが、求めていた言葉が返ってきた。
「続き、すっごく気になってるんですよ?!」
「テイルズサガクロニクル、すっごく面白かったです!」
そこにいたのは、恐らく感性は世間一般とはズレているだろう。
しかし、彼女と共に、ゲームを楽しめる、無二の
「一緒に完成させたのは、今年のクソゲーランキング1位になっちゃったけど…」
「うっ…!」
「その後、アリスちゃんが来てくれて、面白いって言ってくれて…それで私の夢は叶ったの」
「ユズちゃん…」
「心の通じ合う仲間たちと、ゲームを作って、それを面白いって言ってもらう。…一人で思い描くだけだったその夢が…」
ユズは「欲張りかもだけど…」と顔を上げた。
「私は、この夢が…この先も終わらないで欲しい」
ユズの言葉を聞き、モモイは、はたと、一つの約束を思い出していた。
"次からはちゃんとG.Bibleがあろうとなかろうと、自力で開発すると"
「…先生」
「何だ?」
「先生は何で、最初にあんな約束を私たちにさせたの?」
「あの時言った通りの理由、つまり、他者の成果物に頼り続けるなら廃部になるのも仕方ないということ」
もう一つは、と微笑し、ルルーシュはモモイの目を見る。
「もう大体分かっているんじゃないか?」
「かも…。でも、聞いておきたい」
「君等の目的が、"万人受けするゲームを作りたい"というだけのことなら、別に止めるつもりもなかったさ。
けれど、多分そうじゃないことは、あの時のやり取りだけでも察せられたし、その後、テイルズサガクロニクルを見て確信した」
君等は、とユズに目を合わせ、ルルーシュは言う。
「自分達の"楽しい"を共有したいのだろう?」
「………」
「そうであるならば、G.Bibleがマニュアルのようなものだったならば、それに基づいてゲームを作り続ける事に、意味なんてなくなる」
しかし、とルルーシュはこれまでゲーム開発部内の空気感を考慮して堪えていた笑いを僅かに溢した。
「結果的に言えば、G.Bibleも、同意見だったようだ」
「──!ねえ今からミレニアムプライスまで時間どのくらい残ってる?」
「6日と4時間38分です」
「…それだけあれば充分!」
モモイは自らの両頬を叩き、気合を入れる。
「ゲーム開発部一同!テイルズサガクロニクル2の開発、始めよう!」
「「うん!!」」
彼女らは頷き合い、其々の仕事に向かう。
こうして、彼女らの真の闘いが幕を開けた──。