コードギアス 教導のルルーシュ‐Archive Stories‐ 作:ライト鯖
「…堅実だな」
ルルーシュはナギサとの対局を進める内、あることに気が付いていた。
「私と君は似ているかも、と思っていたが。
ナギサ、君は手堅いな」
「先生は違う、と?」
「さて、どうだろうな?」
ニヤリと笑いつつ、ルルーシュはポーンを進める。
「今の所、定石…というのがこの形態に存在するかは疑わしいですが、常識の範囲内に思えます」
ナギサは潤沢な手駒を選び取り、ルークを動かす。
戦場を横断し、着実に歩を進めていたルルーシュのポーンを牽制する。
「ふむ。進路を塞がれてしまったな」
しかし、とルルーシュは今度は反対側、正にルークの元いた場所へ向け、別なポーンを差し向けた。
誘い?ただでさえ持ち駒も少ない中でわざわざ…。
しかし、私がこのポーンを取ったとして、先生にとっては損でしかないはず。
何せ、先生にはルークもビショップもいないのだから。
何が狙いなのでしょう…。挑発…?
いえ、私が優勢なのは何れにせよ揺るがない。
なら、この不気味なポーンは一度無視しましょう。
ナギサはビショップを手に取り、ルルーシュ陣へと突撃をかける。
斜めに陣を横切り、ルルーシュ唯一のクイーンへと距離を詰めた格好だ。
「やはり、堅実だ」
ルルーシュが頷くのを見、ナギサはもしや、と彼の意図を推測する。
私の反応を見ていた?
駒を犠牲にする可能性もあるのを承知で?
「…先生は、私に勝ちたいのでは?」
「何を当然のことを。譲ってくれるのかな?」
「いいえ。…ただ、変わった方だな、と思っただけです」
フッ、とルルーシュは鼻を鳴らす。
「言ってくれる。まあ、否定はしないが」
さて、とルルーシュは盤面を見渡す。
ビショップとナイトがナギサ陣へ近寄れるだろうポーンを牽制、ルークがクイーンに睨みを利かせ、ルルーシュは犠牲無くして動けないように見える戦況であった。
この状況を打開するには恐らくかなりのポーンを消費せねばならない。
或いは、クイーンを捨てるか。
でも、そんな事をすれば先生からは勝ち目なんて無くなる。
「ナギサ。余り黒のキングを甘く見ない方が良い」
「なっ…!?」
ルルーシュはナギサの全く予期しない行動、つまり、再びキングを手に取り、黒のクイーンを狙っていたルークを刺した。
キングの防御を捨てた?
いえ、それよりも、こんな事をして何に…!?
だってこんなことをしたら…。
ナギサは確かにキングならばルルーシュのクイーンを牽制していたルークを取れる事は理解していた。
しかし、そんな事をしても、ルルーシュは敗北に近付くだけだ、と確信していただけに、混乱した。
まさか、そんな初歩的なことも分かっていない筈もない。
それはここまでの攻防からも確信出来ている。
だからこそ、自殺的な試みに理解を示せなかったのだ。
ナギサは2度目となる意味不明の手に混乱しつつも、下手な打ち間違いをしないように、盤面を整理しようと紅茶を飲んで気持ちを落ち着ける。
慌てることはない。
これが罠であるようには見えないけれど、そうであったとしても、此方にはまだまだ駒がある。
ここは次のルークをキングに差し向け、キングの包囲を…!
ナギサは、ルークの歩を進め、黒のキングを盤の右端数列に閉じ込めるように配置する。
これで、ナイトの配置と合わせれば、キングは殆ど動けない。
後は左にいるルークを持ってくれば、完全に閉じ込められる。
ルルーシュはしかし、慌てる素振りの一つも見せていなかった。
むしろ、落ち着き払い、盤上の駒達を懐かしむような目で見ていた。
一山いくらのレジスタンスに過ぎなかった扇や玉城らを率いていた頃もあったな。
今となっては、懐かしいくらいだ。
ほんの数年前のことだと言うのに。
この盤面も正に、あの頃のようだ。
此方にはポーンばかり。
相手の戦力は何処までも潤沢。
しかし、此方にも
「先程の話だが…実は私は堅実な手段よりも、攻勢が好みでね」
ルルーシュはクイーンを素早く取り、再び充足されたルークを倒した。
「っ…?!」
思わず息の漏れたナギサ。
ルルーシュの行動は余りに危険な賭けに思えたのだ。
実際、クイーンを失えば、ルルーシュは殆ど負けである。
にも関わらず、攻勢に踏み出た事に、驚きを隠せなかったのだ。
「クイーンはお飾りじゃない。後生大事に抱えても、状況は変えられないからな」
しかし、これならビショップかナイトで、動きを封じ…。
いえ、またキングで取られる可能性が…。
くっ、とナギサは口惜しそうにキングを牽制していたナイトを退かせ、自陣の守りに回した。
クイーンが自由の身になり、しかも先生は出し惜しみをしないとなれば、防御を…。
あら…?
ナギサは違和感を覚え、数秒でその正体を悟る。
私は…攻め込んでいた筈では…。
何故守りに…?
まさか、最初から…。
「言っただろう?王様から動かなければ、部下は付いてこないって」
「……勉強になります」
ナギサはニッコリと微笑んでみせたが、それは貼り付けたものであった。
手堅い。
これだけの戦力差にも関わらず、油断せずに防御を固める姿勢は堅実かつ、確実な手だ。
それはナギサの強みでもあるのだろう。
だが、だからこそ、つけ入る隙がある。
それに、弱者の戦術に、堅実さは足枷になることもある。
それを彼女は、知らなかったのだろう。
その後も対局は続いたが、一転、ルルーシュの攻勢にナギサが守勢を強いられる戦況は変わらなかった。
ポーンを的確にクイーンの補助に用いたクイーンを主力とする戦術にナギサは翻弄されてしまったのだ。
「さて…ナギサ。チェックだ」
いつの間にか、ルルーシュのキングはナギサの陣地へと侵入していた。
将棋で言えば入玉であるが、チェスにおいては大きなアドバンテージになることはない。
しかし、ナギサの白のキングはルルーシュの黒のクイーンとキングによって頭を押さえ込まれていたのだった。
「………」
ルルーシュは自身のティーカップを持ち上げ、すっかり冷めてしまった紅茶を啜り、告げる。
「私の、勝ちだな」
「……そのようですね」
約束通り、とルルーシュは立ち上がった。
「私のやり方で、裏切り者の問題には対処させてもらう」
「分かっています。…ですが、先生。
ゴミを細かく分別して捨てるのが難しい時は、箱ごと捨てる、というのも一つの手段だとは思いませんか?」
「…………」
ルルーシュは背を向けたまま答えない。
「それと、試験については、基本的に私達の掌の上にあります。試験範囲、会場、難易度。
それらがやむを得ず急遽変更、なんてことがあるかもしれません。
勿論、そういったことが起きないことを祈っていますが」
チラリ、と後ろ目で向けられるナギサへの視線。
彼女はしかし、淡々と言うのだった。
「失礼。良くないものの言い方でしたね」
ルルーシュは振り返り、ナギサを見据える。
「…………確かに、勝負をお受けし、敗北したのは、私です。
しかし、私にも覚悟があります。
たとえ卑怯と罵られようとも、構いません」
「……ナギサ。君は──」
言いかけ、ルルーシュは口を噤む。
恐らく、今の彼女に言っても、逆効果になるかもな。
次の機会に、落ち着いて話せる環境で話した方が良さそうだ。
寧ろ今は───。
「いや…卑怯だとは思わないさ。
私が提示したのは、"私の好きにやらせろ"だ。
君の懸念が現実になったとしても、"私なりの対処"が禁じられるわけではないもんな」
「……………」
ナギサの眉が、僅かに動く。
彼女の顔を凝視していたとしても、そうそう気付ける者はいないだろう程の、刹那。
彼女のアルカイックスマイルも、歪んだ。
「本当に、変わった方ですね」
「そうかもな」
不敵さよりも、優しさ、慈愛のようなものを感じる笑顔をルルーシュは浮かべる。
「本当は、私たちの方から先生に、不利益や損害を与えることはありません…と、言いたいところなのですが…」
「構わないさ。私の行動を、封じさえしないのならね」
「……引き続き、補習授業部をよろしくお願い致します」
ナギサは今度こそ去ろうとするルルーシュを見送るべく立ち上がり、頭を下げた。
「…この結末が、出来るだけ苦痛の伴わないものであることを、願っております」
「そうだな。"皆"が苦しまずに済む結果を願っているよ」
"皆"と言う時に、ルルーシュは意識してナギサに目を合わせていた。
「じゃあ、また次の機会に。
今度は普通にチェスを指そう」
「ええ、是非」
あ、すみません、あと一つ、とナギサはルルーシュを呼びとめる。
「1次試験において、私たちの方では如何なる操作も行っておりません。
この部分については、誓って嘘ではないことをお約束致します」
「…………知ってるよ」
「…それは──」
若干バツの悪そうな表情となったナギサであったが、コホン、と咳払いを一つし、誤魔化した。
「先生のやり方、それがトリニティに利するものであることを、願っておりますね」
それでは、また、とナギサの声に送られながら、ルルーシュはティーパーティーのテラスを後にするのだった。
─数日後。
トリニティ総合学園 別館
「漸く着きましたね。ここが私達の──」
重い荷物を揺らしながら、補習授業部の面々。
合宿中の寝床となる部屋の、少しばかり古びて見える木建の扉を開け、中を覗き込むようにしてゆっくりと足を踏み入れた。
「合宿の場所です…。ふう──」
ヒフミは一番に入ったハナコの後に続いて、頷きつつ荷物をドサリと手頃な椅子に置いた。
「暫く使われていない別館の建物と聞いていたので、冷たい床で裸になって寝ないと行けないかと思っていましたが…。
広いですし、きちんとしてますし、可愛いベッドもあって何よりです!」
ハナコは満面の笑みで部屋を見渡しながら楽しげに言う。
「これなら皆で寝られそうですね、裸で」
「さっきからなんでちょいちょい裸を強調するの?!それに、ベッドの数もちゃんもあるんだから、皆で寝る必要ないでしょ?!」
コハルが鋭くツッコミを入れるが、ハナコは意に介さずに続ける。
「折角の合宿ですし、そういうお勉強も必要ではないでしょうか?」
「ダメ!エッチなのは禁止!死刑!」
「まあ、今はまだ明るいですし、そういうことにしておきましょう。夜は長いですからね…♡」
「えっ…はっ?!どういう意味?!」
コハルは相変わらずハナコにあしらわれており、ツッコミを入れたはずの彼女は顔を真っ赤にしてたじろいでいた。
「仲の良い事は結構だが、荷物の片付けが終わったら早速授業だぞ」
はあ、とため息をつかんばかりのルルーシュの声が届き、コハルは飛び上がらんばかりとなった。
「先生?!何で来てんの?!ていうか聞いてた?!」
「そりゃ担任みたいなものなんだから何を話してたかは知らんが、騒いでたら様子を見にくらい来るだろう。
来たばかりなんだし見られて不味いものでもあるまいに」
「そうだけど!」
あはは、と苦笑するヒフミであったが、はた、と違和感に気付き、部屋をキョロキョロと見回した。
「そう言えばアズサちゃんは何処に…?」
「あら、先程までは一緒にいたのですが…」
「アズサなら…」
ルルーシュはチラリと横に目を向けてから、扉の真ん前から身をずらす。
その隙間からアズサが顔を出し、部屋へと入ってきた。
「偵察完了だ」
「何をしているのかと思ったら…」
「て、偵察…?」
うん、と首肯しながら、アズサは窓辺に寄り、カーテンを指で小さく巡りながら呟く。
「トリニティの本校舎からはかなり離れてるし、流石に狙撃の危険はなさそう。
外へと出入り口が二つだけというのも気に入った」
満足げなアズサは物騒な想定を続けた。
「いざという時は片方の入り口を塞いで、襲撃者たちを1階の体育館に誘導しての殲滅戦が有効になるかな。
まあ、他に幾つかセキュリティ上の脆弱性も確認出来たけど、改修すれば問題ない範囲だ」
「え、えっと…」
ヒフミは反応に困ったような苦笑いを浮かべる。
「それから、ここが兵舎、いや、居住区か…綺麗だな。
こんな施設を使わずに放置してたなんて…無駄遣いも良い所だ」
あの…とヒフミが恐る恐ると言った調子でアズサにやんわりとツッコミを入れる。
「アズサちゃん…私たちはここへ戦いに来たのではなく、勉強をしに来たんですよ?」
「うん。分かっている。1週間の集中訓練だろう?外出禁止、自由時間は皆無。24時間一挙手一投足まで油断する事は許されないハードトレーニング」
「そ、そこまではないと思いますが…」
「自由時間ぐらい作るに決まってるだろう」
「ですよね…?!」
そうなのか、とアズサは意外そうに目を見開く。
「だが、きちんと準備して来た。どんな状況にも対応出来るように。
体操着、細かい着替え、衛生用品や非常食─」
「流石はアズサちゃん。用意周到ですね」
「当然だ。徹底した準備こそ、成功の糸口」
それを聞いて、うふふっと、ハナコは楽しげに笑う。
「皆で一緒に食欲を満たし、睡眠欲を満たし、そして皆が欲する目標へ向かって脇目も振らず手を動かす。…良いですね。合宿」
「…うん。そうだね」
アズサは柔らかく微笑み、頷く。
そうしてから、思い出したように付け加えるのだった。
「あ、でも任務は確実に遂行する。きちんと勉強をして、第二次試験はどうにか合格する。
その目標の為にここに来たんだ。
…迷惑は、かけたくない」
「アズサちゃん…」
「大丈夫。万が一の敵襲に備えて対人地雷とクレイモアも用意して来た。後はIEDの材料になりそうなもの一式と──」
「また正義実現委員会とでも戦うつもりか?」
ルルーシュは呆れたようにツッコんでから、とりあえず、と話を切り替えた。
「改めて、第一次試験に落ちた補習授業部はここで二次試験に向けた合宿をすることになった。
暫く使われていなかったそうだが、設備は整っているし、食糧も充分にある。
別にトリニティ本校舎にも歩いていけなくはないし、飢える心配もない」
「合宿中は私もここに滞在する。
何か問題があれば言ってくれ。善処しよう」
ありがとうございます、とヒフミが代表してか礼を言う。
「では、私は通路向かいの部屋にいるから──」
「あら」
ルルーシュがそう言ったところで、ハナコが笑顔で何やら言いたげに微笑むと、コハルがそれを瞬時察知した。
「ダメッ!絶対ダメッ!同衾とかエッチじゃん!死刑!」
「えっと…コハルちゃん?私、まだ何も言ってませんが」
「何を言い出すのか大体分かるわよ!ダメったらダメ!」
あらあらと苦笑するハナコ。
「コハルちゃんは厳しいですねえ」
「私は先生もここで一向に構わないけど?ベッドも余ってるし」
「私が構う!」
ルルーシュはツッコミを残し自室へと去るのだった。
「では、荷物を片付けたら早速お勉強を…」
「あら、でもその前にやることがあると思いませんか?ヒフミちゃん?」
「えっ…?」
部屋に…主にヒフミとコハルに緊張が走る。
ハナコの次の台詞に身構えるが、彼女らにとって予想外のワードが飛び出すこととなる。
「お掃除、ですよ」
「お、お掃除、ですか?」
「はい。管理されていたとは言え、使われてはいなかったので、あちこちに埃が目に付きますし、このままここで過ごすのも健康に良くなさそうです。
今日はお掃除から始めて、気持ち良い環境でお勉強を始めるというのはいかがでしょうか?」
「なるほど…。確かにそうですね」
「うん。確かに衛生面は大切だ。士気にも大きく関わる」
「お、お掃除…?ま、まあ普通の掃除なら…」
はい、とヒフミもここに来てハナコから飛び出た真っ当な意見に首肯していた。
「ハナコちゃんの言う通りかもしれません。
私たちがするのは一夜漬けではなく、定まった期間での試験勉強。ペースや順番、作戦も考えないとです」
そうして、彼女達の1日目は大掃除として使われることが決定した。
「掃除?…なるほど確かにな。まあ、環境は大事だしな。了解だ。
では、汚れても良い服で建物前にでも集まろうか」
ルルーシュも同意しつつ、清掃という目的以外の利点にも思考を巡らせていた。
折角だ。
彼女らの事をもっと知らねばならなくなったのだし、交流を深める機会にもなるだろう。
"トリニティの裏切り者"も見つけねばならないことだし。
…まあ、大体予想は付いているが、両者共に決定打が足りない。
結局のところ、ナギサの望み通り、正体を掴む必要はあるわけだ。
無論、それを報告するかどうかは私次第なわけだが。
この機会に、彼女らの人となりをもっと詳しく知れると良いのだが。
とりあえず、授業計画は少しばかり修整だな。
ルルーシュは授業計画を書き連ねていたノートを閉じ、着替えを取り出すのだった。
今回も読んで頂きありがとうございました。
また次回もよろしくお願い致します。