コードギアス 教導のルルーシュ‐Archive Stories‐ 作:ライト鯖
アズサのモチベーションが上がったのは喜ばしい事だ。
この調子なら、アズサは試験に関しては問題ないかもしれないな。
既に日も沈み、窓外はすっかり闇に包まれ、星々の瞬く時間となっても、彼女らは勉強を続けていた。
「コハル、質問」
「うん。え?わ、私に?」
アズサから突然に勉強の質問をされ、困惑するコハル。
「そう、コハルに。今同じ所を勉強しているはずだ。この問題なんだけど」
「う、うん…」
余り自信がないようで、おずおずとアズサの問題集を覗き込んだコハルであったが、問題を見るや、「あっ」と安堵混じりの声を上げる。
「これ知ってる。これはこうやって、下のところと90度になるように線を引いて…そうするとこの三角形とこの三角形が一緒。分かった?」
「…なるほど。分かった。
助かった。これは確かに正義実現委員会のエリートというのも頷ける」
「……?!」
アズサからの称賛に、コハルは驚いた様子だったが、直ぐに嬉しさで顔を緩ませた。
「そ、そうよ!エリートだもの!
…も、もしまた何か分からなかったら、私に聞いても良いから。アズサはその、特別に!」
「ありがとう助かる」
チョロいな。
ルルーシュはそのやり取りを眺めながら苦笑していた。
まあ、しかし誰かに教える機会は自らの知識の整理や復習に繋がる。
コハルの成績にもプラスの影響は望めるし、良い事だ。
勉強の方は、ハナコを除いて順調と言えるだろう。
後は、"裏切り者"の件をどうするか、か。
「あ、コハル。もう一つ聞きたい」
「ん?この問題は…えっと…」
再び、アズサがコハルに尋ねる。
しかし、今度の問題は、コハルにも分からないものだったようで、しどろもどろとなっていた。
「コハルも知らない問題か?」
「うーんと…これ、でも確か参考書で見たような…」
コハルはしかし、プライドか人の良さか、投げ出しはせず、朧気な記憶を辿りながら参考書をバッグの中に手を突っ込み探す。
「確か持ってきてたはず…あ、これか!」
んしょ、と分厚いそれをコハルは嬉々として取り出した。
参考書、ではなく、表紙にR18という文字が堂々と躍り、恐らく、書籍内にある男女の扇情的な描写が切り取られているだろう表紙のそれを、皆の目の前で、取り出してしまったのだ。
ヒフミとハナコはそれが参考書等ではないことを即座に理解する。
そして、ヒフミは頬を赤らめ目を逸らしたが、ハナコは一瞬、驚いたように目を見張ったが、直ぐにニコニコとした笑みを浮かべコハルが気が付くのを待つ姿勢に入っていた。
「それに載ってるのか?」
「うん。この参考──?!」
周りの空気と、手に持つ本のサイズ感で違和感を覚えたコハルは、本の表紙に目を向けるや否や、石になったかのようにピタリと固まる。
「エッチな本ですねえ」
ハナコのからかうようなその言葉によって、コハルは現実を突きつけられてしまう。
目の前に見えるそれは、決して見間違いなんかではなく、彼女自身が取り出してしまったものなのだと。
「うわあああ?!な、なんでっ?!」
顔を青と赤に染めながらコハルは咄嗟に表紙を隠そうとしたが、時は既に遅い。
「コハルちゃん、それってエッチな本ですよね?まあ、ある意味参考書かもしれませんが、隠してもダメですよ。
表紙にバッチリR18と書いてありましたよ?」
「ち、違う!見間違い!とにかく違うから!絶対に違う!」
必死に頭を振るコハルだったが、ハナコの追及は緩まない。
「私の目は誤魔化せませんよ?確実にアレなことをする本でした。
しかも結構ハードな…トリニティ、いえ、キヴォトスでも中々見ることの出来ないレベルの内容とお見受けしました」
「いや…ちが…」
「どうしてそのような本を持っているのですか?
確か校則でも禁止されていたと思いますが…」
「い、いや、そのっ…こ、これは、ほんとに私のじゃなくて…えと…」
混乱と恥ずかしさとで脳がパンクしそうなコハルはまともな言い訳も出来ずに口籠ったような言葉しか出せない。
「でもそれ、コハルちゃんのカバンから出てきましたよね?それに合宿所まで持ってくるなんて…お気に入りなのですか?」
したり顔で頷き、ハナコはなおも続ける。
「そうですか。あの真面目なコハルちゃんがエッチな本を…いえ、なるほど。そうですね。
考えてみればそれ程変なことでもありませんね?」
悪戯っぽく笑いながら、コハルへ囁くようにハナコは言った。
「予行演習もばっちり…つまり、合宿の為に必要なものなんですよね?」
「こっ、これは違うんだってばあああ!」
最早、反論すら出来ずに縮こまっていたコハルだったが、ついに我慢の限界が来たのか、顔をゆでダコのように赤くしながら、叫ぶのだった。
「流石にもうやめてやれ。やり過ぎだ」
「その辺りでもう…」
ルルーシュとヒフミに止められたハナコは、自分でも少し調子に乗った自覚はあったのか、若干すまなさそうにしていた。
「やり過ぎてしまったかもしれませんね。
本当にごめんなさい。…お話が合うかと思ったのですが…」
目に羞恥と悔しさによる涙を一杯に湛えながら、コハルは「うぅ、うううっ…」と完全に部屋の隅でいじけてしまったのだった。
「その、正義実現委員会の活動中に差し押さえた品をつい入れたままにしてしまっていた、とかそういう感じなんですよね…?」
ヒフミからの助けぶねにコハルはコクリと頷く。
「…うん。私、押収物の管理とか、してたから…これは本当、その時のやつで…」
「なるほど。そう言えば、トリニティの古書館の地下には何やら禁書が沢山積まれているという噂
も聞きましたし、正義実現委員会がそういったものを差し押さえていたとしても、何ら不思議ではありませんね」
流石に悪いと思ってかハナコも納得したように頷いてみせた。
古書館…。
ふむ、たんに名前のままに古書を集めているだけ、というわけではないのか。
禁書も含めて、というのであれば、興味が湧いてくるな。
ルルーシュはと言うと、ハナコの語った言葉の方に興味を惹かれていた。
トリニティに山程存在する禁書。
下品、と言えば下品な書籍や暴力的な表現のあるものなど、他愛のないものがその目録の多くを占めている。
しかし、その中には、トリニティの歴史に触れているだろうものを始め、古典など、明らかに隠したいものがある、と言わんばかりの書籍も混ざっていた。
トリニティの外であれば問題なく読める本も存在するが、中には希少故に、トリニティ外では手に入らなかった書籍も多くある。
それらが、もし、古書館にあるのだとすれば…。
ルルーシュがそんな事を考えている間に、彼女らの話は進んでおり、「押収品なら返しに行ったほうが良いのでは」という方向に収束しつつあった。
「今のうちにこっそり返しに行っておいたほうが良いんじゃないですか?」
「え、今?」
─押収品保管庫の中にもあるやもしれんな。
「それなら、コハル。一緒に行こうか?」
「せ、先生が?」
「確かに、先生が一緒ならバレてもそこまで怒られないかもしれませんね」
ところで、とハナコはコハルが落ち着いたのを見計らってか、彼女の耳元で囁く。
「それはそれとして、もし他にお薦めがあれば是非♡」
「う、うるさいっ!バカっ!」
そんなこんなで、トリニティの中心部へ、ルルーシュとコハルはやって来ていた。
「…その」
「ん?」
「言っておくけど、こればっかりは本当に間違いだから!」
コハルは聞かれてもいないのに突然そう切り出した。
「はいはい」
「本当だから!いつものはちゃんと隠…じゃなくて、あんまり持ち歩いたりしないし…」
ルルーシュの苦笑に、コハルは更にムキになり無自覚に墓穴を掘る。
「まあ、次からは上手く隠すことだな」
「な、何言ってるの?!それ、バレなきゃ持ってても良いって言ってるのと同じじゃん?!」
「そう捉えることも出来るな」
「そうとしか捉えられないでしょ!せ、先生なんでしょ?!何考えてるの?!
エッチなのはダメ!死刑!」
ルルーシュはからかうような声色で、それなら、とコハルに目を向ける。
「コハルも刑にかからなきゃな」
「えっ?!やっ!ちがっ…!わ、私は…その…」
どうにか反論を絞り出そうとコハルは目を白黒させる。
「こ、これについては本当に間違いだから!つまり、ノーカン!」
「分かった分かった。そういうことにしておこう」
必死の弁明を軽くあしらわれ、コハルは「なっ!」と不満げに言う。
「何それ!大人の余裕ってわけ?!」
「そうかもな。…しかし、そう雁字搦めに自分を縛る必要もないんじゃないか?」
「…え?」
「さっきの話ではないが、誰も知らないなら、それはなかったも同じだ。
全てを知っているのは自分だけ。
しかし、誰から見ても、コハルはコハルだ」
コハルはなんだか煙に巻かれたような話に首を傾ける。
「分かったような…分からないような…」
でも、とコハルは少し照れ臭そうに呟く。
「先生が私のことを考えてくれているのは、少しだけ、分かった」
だから、とコハルは立ち止まり、ルルーシュの正面に立った。
「お返しに、ひとつ私の秘密を教えて上げる!」
「秘密?」
「………実は私、補習授業部が上手く回ってるかを監視するための、スパイなの!」
「………なるほど?」
「今は私がバカみたいに見えてるかもしれないけど、全部フェイクってわけ!」
──まあ、一応聞いておくか。
殆ど信じてはいなかったが、必死なコハルに免じて最後まで聞くことにするルルーシュ。
「因みに、誰からの指示で?」
「う、えっと…誰って…その…は、ハスミ先輩!」
絶対思い付きだろ、という間であったが、無粋なツッコミはしない。
「そう!ハスミ先輩はトリニティの中でもすっごい強くて、正義実現委員会の副委員長だし!」
「確かに、ハスミは強かった。狙撃の腕にも随分助けられたよ」
「そうでしょう!それに、ツルギ委員地だっているんだから!」
誰の指示か、という話からはズレているが、まあ良いか。
多分思い付きだろうし。
「つ、ツルギ委員長はその、えっと…委員長だし…そう!何でも出来るの!ぶ、文武両道…?だから!…多分…な、何回かしかあったことないけど…」
だろうな、と口の中で呟くルルーシュ。
コハルは本気にしてなさそうなルルーシュの様子にも気付く事なく、熱弁を振るう。
「と、とにかくすごいの!」
「だから、そういうこと!私は別に、本当に勉強が出来なくて補習授業部に入ったわけじゃないってこと、覚えといて!
私はスパイとして大事な任務を任されてる、エリート何だから!」
ふふんっ、と鼻を鳴らすコハル。
ルルーシュは「そうか。ところで」とからかうような調子で切り込む。
「スパイをしてるなんて、私に教えて良かったのか?」
「えっ…。……?!」
「いや、えっと、」と分かりやすく動揺したコハルは、ハッと思い付いたように顔を上げた。
「せ、先生は生徒の秘密をやたらに言い触らしたりしないでしょ?!しないよね?!」
「ま、まあな」
「じゃ、じゃあ大丈夫!」
そう言い捨て、話を打ち切ってしまうのだった。
─正義実現委員会 押収品管理室─
コハルが"押収品"を戻している間、ルルーシュは近場の、書籍が収容されているエリアをざっと見て回っていた。
大多数はやはり、最近のものばかり、か。
陰謀論や似非科学の本、年齢制限がかかるような性的描写のある本。暴力的な描写のある本。
理由は分かるが、些か過保護にも思える規制だな。
トリニティを上品な空間として保ちたい、という所なのだろうが…。
まあ、政治的に危うい禁書を持ち歩いて押収されることなんてそうそうないか。
目に付いた歴史書を適当に巡ってもみるが、ルルーシュとしては大した内容ではなく、仕方がない、と息を吐く。
表紙を閉じ、棚に戻してから、コハルの様子を伺うと、丁度"押収品"を戻した所らしかった。
「終わったか?」
「うん…これで一先ず安心…」
「じゃ、戻ろうか」
二人が押収品管理室を出て直ぐ、正義実現委員会部室のロビーとなっている部屋と外を繋ぐ扉が開かれた。
「…コハル?」
「は、ハスミ先輩?!」
正義実現委員会副委員長、羽川ハスミが帰ってきた所に鉢合わせてしまったようだった。
「先生まで…確か合宿で別館にいると聞いていたのですが、どうかしましたか?
成績が良くなるまで、ここは出入り禁止になっているはずですが…」
「そ、その、違うんです…えっと…」
コハルが慌てて言い訳しようとするところを、ルルーシュは手で制し、微笑をハスミに向かって浮かべる。
「すまない。ちょっと授業に使う資料を探していたんだが、コハルがここで見覚えがあったようでな。
悪いが誰もいなかったんで入らせて貰ったんだ。一応コハルは正義実現委員会所属ではあるし、大した用事でもなかったから、後でハスミか誰かに連絡だけすれば良いかと思ってね」
「…なるほど」
ルルーシュの言い訳を、ハスミは特段疑っているようでもなく、「そういうことでしたら、仕方ありませんね」と追及は終わった。
「ですが、ある意味丁度良かったです。コハルには改めて伝えておきたい事もありましたし」
ハスミはそう言ったが、コハルにも心当たりはないのか、「わ、私ですか?」と声を上げる。
「先生、申し訳ありませんが、少し席を外していただけますでしょうか?正義実現委員会としてお話したいこと、と言いますか」
「ふむ…了解した。では、隣の部屋で待っているよ」
「すみません。ありがとうございます」
隣室に移動したルルーシュは、適当な椅子に腰掛け、扉の向こうに耳を傾けた。
「コハル………てください」
「本来の………を…ないで……」
扉が分厚いからか、耳を寄せても全てを聞き取ることは出来ず、途切れ途切れでしか聞こえてはこない。
「でも……には…無理…」
「なんて…あまりにも……ことで…」
「それではダメなんです!!」
そのフレーズだけは、扉を通過し、ルルーシュにもはっきりと聞こえた。
彼は、嘘だろう?と言わんばかりに目を見開いていた。
いや、本当にコハルは正義実現委員会のスパイだったのか?
だが、聞こえてくる言葉の端々からは、なんとも怪しさがあるようにも思える。
「……なさい………ずっと……ために…」
「……先生………を……です……」
それに、コハルが自信無さげだったのか、嫌がっていたのかは分からないが、ハスミも声を荒げていた。
ナギサの心配するスパイではないのだろうが、しかし…。
…待て。正義実現委員会の反ゲヘナ感情は強いと聞く。
まさか…。
いや、落ち着け。
冷静にならなくては。
予想外のダークホースに突然思考の中へ乱入され、そのイレギュラーにルルーシュの思考は少しばかり乱されてしまったようだった。
コハルが彼女自身が"打ち明けた"ような目的でのスパイかどうかはこの際どうでも良い。
しかし、ナギサの言っていた"裏切り者"である可能性は?
いや、それはないな。
考えて見れば、そんな大役を任される諜報員が、ああも簡単に幾ら"先生"相手とは言え、正体をバラすような真似はしないはず。
それに、コハルの側の自覚は抜きにしたとしても、不用心だ。
ハスミこそがナギサの探す者であったとして、完全防音でもない部屋の会話が、隣室にいる者に聞こえていないと過信するような愚者ではない。
つまるところ、最悪聞かれても問題ない話ではあるのだろう。
全く、動揺すると初歩的な所を見落としそうになってしまうな。
やはり、コハルは問題無さそうだ。
そう結論付けた頃、丁度二人の話も終わったようで、扉が開かれた。
「お待たせ致しました。先生」
「お、お待たせ…先生」
一応、念のため反応だけ見ておくか。
「大丈夫か?」
「え、う、うん。別に大丈夫だけど?」
突然何を聞いているのだろう、と純粋に不思議そうに答えるコハルの様子で、ルルーシュは彼女のシロを確信したのであった。
二人はそのまま別館へと戻り、既にその日の勉強を終えていた皆と合流し、ルルーシュは自室へとそのまま戻った。
コハルの方は、彼女が部屋に戻ったのと相前後して、ヒフミがすっきりした様子でシャワー室から戻って来たところであった。
「ふうー。さっぱりしました」
「もうお風呂入ったんだ。早いね。ヒフミ」
勉強を終えるやヒフミはいの一番にシャワールームへ向かっていたのだ。
「うふふ。そうですよね。何せヒフミちゃん、朝にシャワーを浴びれず、今日一日、あるがままの香りで──」
「そ、その言い方は恥ずかしいですっ…!
ううっ、寝坊さえしなければ…」
ハナコの言い回しに頬を赤らめ、後悔を滲ませる。
「でも、それは私たちのために模試を準備していたからだ」
ごめん、とアズサはヒフミとの距離を縮めた。
「もし、明日の朝も起きるが辛かったら言って。
今度はヒフミの身体を洗ってあげる」
「い、いえ!それは遠慮させていただこうかと…?!」
「自分で洗えば良いでしょ!子供じゃないんだから!」
「効率の問題だ。皆で洗うことによる利点は少なくない。水の節約にもなる」
ヒフミに断られ、コハルから入ったツッコミも意に介さず、アズサはそう説明した。
「…大浴場はないので、皆で一心不乱に洗いっこ、というイベントは難しいようですが」
ハナコは、ニッコリと笑いながら「思い付きました」と相変わらずの様子だ。
「今度お風呂代わりに皆でプールに飛び込むのはどうでしょう?」
「さらっと何言ってんの?!ダメ!そんな凄いの禁止!」
コハルは当然拒否し、威嚇する猫のような目でハナコを睨む。
「悪くない案だと思うけど、それをプールでやるメリットがあるのか?」
それに対しアズサは純粋に疑問、とばかりにハナコへ尋ねていた。
「解放感がありませんか?青空の下、全てを曝け出して…うふふ」
「解放感、か。なるほど、確かにそういうのは考えていなかった」
「バカバカバカバカ!考えちゃダメ!そういうのは想像しちゃダメ!」
素直に頷くアズサであったが、コハルがそれを素早く否定する。
「アズサを変なふうに染めるな!トリニティの変態はあんただけで充分だから!」
「…そう言えばコハルちゃんも、全裸で泳ぎたい派ですよね?」
「脈絡全無視?!無敵なの?!」
コハルの反駁を全く意に介していない脈絡のない言動にも彼女は負けなかった。
「というか、そんなこと言ってないから!プールでは普通に水着!それが正義なの!あんただって昨日はちゃんと着てたじゃん!」
言われたハナコはしかし、「あら…?」と妖しく意味深な笑みを浮かべてから、ゆっくりとコハルに近付き始める。
「え、な、何よ?」
「よく思い出してくださいコハルちゃん」
コハルの間近に迫り、ハナコは言う。
「私が昨日プールで着ていたもの。
…あれは本当に、水着、だったと思いますか?」
「?!?!?。み、水着じゃなかったらなんなのよ?!」
うふふ、とハナコは余裕たっぷりに微笑んだ。
「最近の下着はデザインがかなり充実してますし、一目で水着かどうかの判断は難しいと思いませんか?」
「え、嘘っ?!っていうことは…」
「あら、どうしたんですか?」
慌てるコハルに、ハナコは更に迫る。
「あれが水着じゃなかったとして、何かが変わってしまうんでしょうか?ねえ、コハルちゃん?」
「え、だ、だって…」
「例えば、水着と下着の違いはなんでしょうか。防水機能?お肌の保護?デザイン?」
コハルちゃんは、と耳元で囁かれ、彼女はビクリと身体を震わせた。
「見た目では分からなかったですよね?あの場、あの時、あれは水着だと信じられてましたよね?」
「…????」
顔を真っ赤に染めたコハルは、ハナコの言わんとするところはわからなかったようで、頭上にハテナが浮かぶ。
「実はあれが下着だったとして…その"真実"がしれない何かは、どうすれば証明できるのでしょう?」
「証明出来ない真実ほど無力なものはない。
…そう思いませんか?」
コハルはそこで漸く声を上げられた。
「な、何言ってるか分かんない!…結局どういうこと?!」
「あの水着、可愛かったですよね、というお話です♡」
「…はあっ?!全部冗談?!」
今度は怒りで頬を赤くし、コロコロと表情を変えるコハルを他所に、アズサが「なるほど」と割り込んで来た。
「5つ目のあれか」
「5つ目?」
「…?」
「……!」
ハナコ以外は何のことやら、といった様相だったが、ハナコの方は、まさか知っている者がいるとは思わなかったようで、驚いた様子となっていた。
「ただの聞いた話だけど…。キヴォトスに昔から伝わる7つの古則。確かその内の5つ目だったはず」
"楽園に辿り着きし者の真実を証明する事は出来るのか?"
「確かそんな感じだった気がする。残りは知らないけど。
つまり、誰も証明出来ない楽園は存在し得るのか、そういう禅問答みたいなものだったと思う」
「アズサちゃん。どうしてそれを…。
その話を知っているのは…」
ハナコは先ほどまでのおちゃらけたような様子とは打って変わった表情に変わっていた。
「もしかしてアズサちゃん。セイアちゃんに会ったことがあるんですか?!」
アズサは、答えない。
だが、僅かに眉が下がったように、ハナコには見えていた。
「セイア…?」
「それってティーパーティーのセイア様のことですか?」
コハルには聞き覚えのない名前だったが、ナギサと付き合いのあるヒフミは名前くらいは知っていたようだ。
「……分からない。この話はただ、何処かで聞いたことがあるだけで…」
目を逸らすアズサ。
ハナコは、「そうでしたか…」と流し、そこを突きはしなかった。
「アズサちゃんは、そう言えば転校生、でしたね」
"Vanitas Vanitatum"
「…ということは…」
ハナコは、以前アズサの口にしたフレーズから、思い当たる所があったのだろう、何かに気が付いたようだった。
じっとアズサを見つめるが、ヒフミらの不思議そうな目に気付き、ぱっと目線を上げ、いつものように微笑んだ。
「…いえ、何でもありません。もう遅い時間ですし、そろそろ寝たほうが良さそうですね。
では、今日もお疲れ様でした!」
不自然な事は彼女自身承知しているだろうが、それでも話を打ち切り、彼女はベットへと潜り込むのだった。
──その深夜。
その日も、ヒフミはルルーシュの部屋へとやって来ていた。
「先生、ハナコちゃんのこと、なのですが…」
ルルーシュは大体話の内容を察していたが、黙って続きを促す。
「模範解答を集めている最中に、何故か束になって保管されていたんです。
珍しいことだったからなのか、理由は分かりませんが…」
ヒフミは、慎重に言の葉を継いでいく。
「昨年の試験…。1年生から3年生までの全ての試験の解答用紙がまとまっていました。
どういうわけか、その全てを解答した方がいたようでして…」
「ハナコが、その人だと」
「はい…前に見つけた1年生の時の成績に続き、盗み見るような形になってしまったのですが…」
やはり、そうか。と心中で思いつつも、ルルーシュはむしろ、自らの推測が正しかったどころか、大きく上回ってきた事を理解した。
「彼女は1年生の時点で3年までの課程全てで優秀な成績を叩き出していたわけだ」
「はい…優秀…そうですね。
3年生の秀才クラスでも難しいとされる課程を含め、全て満点でした」
「……更に想像以上だ」
ヒフミは不安げにその先を口にする。
「1年生の分の試験結果を見た時は、ハナコちゃんはきっと、今年になって急激に成績が落ちてしまったんだ、と思っていました。でも…」
「彼女はわざと、落第点を取り続けている」
「…そうとしか思えません」
優秀、秀才、そんな次元ではない。
そんな彼女だ。わざと一桁台を取るなんてのはとても簡単なことなのだろう。
だが、何故、そこまでするのだ。
もし、彼女がスパイなのだとして、わざとらしさすら感じるあれほどの低得点を叩き出す意味はないはずだ。
無駄に目立つだけだし、補習授業部が発足する以前から低得点を取るようにしていた事を考えると、余計に。
そんな事をすれば、こういう事になりかねないことぐらい、分かったはずだ。
「ハナコちゃん…どうして…」
「分からん。だが、一つ確かな事は、彼女が何を抱えているにせよ、協力してもらわねば、皆が退学になってしまう、ということだ」
「はい…。ですが、どうすれば…」
まるで、誰かに見せつけるような。
成績の悪さを誇示するような点数。
まさか…?
いや、これは推測に推測を重ねた憶測だ。
断定はするべきじゃないな。
だが、少なくとも、今必要なことは、彼女をどうにか協力させること。
「ヒフミはこれまで通り彼女と接してやってくれ」
「え…と…?それは、勿論…はい」
「よろしく頼むよ」
理由は説明しない方が良いだろう。
彼女は優しいから。
そう、一先ず情に訴えるしかあるまい。
ヒフミ達がより、彼女と仲を深めることが出来れば、
仲間意識を持ってもらい、情を感じることで、或いは──。
希望的観測だが、手は多いに越したことはない。
その間俺は情報を集め、他の手札を探す。
今はこれが最善だ。
「私がもっと詳しく調べておく。
ヒフミはもう寝なさい。明日も1日中勉強しなくてはならないのだからな」
「…はい。すみません。お願いします。先生。……おやすみなさい」
「おやすみ」
二人が相談しあっている頃、1階のロビーには、今日も二つの影があった。
一つは、アズサ。
また今日も、彼女は少し眠った後、館内の見張りをしているようだった。
そしてもう一つはハナコ。
彼女は、ひっそりとアズサの後をつけていた。
「アズサちゃん…また見張りを…?」
暗い館内をゆっくりと歩いていくアズサの背中を、ハナコは誰にも見せたことのない神妙な面持ちで見守っていた。
そして翌朝。
ルルーシュは早朝に入っていたメッセージを見て、急ぎ教室に書き置きを残していた。
"すまないが、急用に付き、少し外す。自習しているように"
そして彼は、メッセージの送り主の指定した待ち合わせ場所へと急ぐ。
「わあっ!水が入ってるー!」
パシャリと小さく水に触れる音と、楽しげな声。
ルルーシュがプールサイドに到着すると、声の主はピンクの長い髪を揺らし、振り向いた。
「あ、先生。おはよー。ここに水が入ってるなんて久しぶりに見たな〜。もしかしてこれから泳ぐの?それとも皆でプールパーティ?」
「おはよう。待たせたね。…それで今日はどんな用向きかな?」
にこやかな笑みを湛える彼女に、ルルーシュも余所行きのアルカイックスマイルを貼り付けながら直截的に尋ねるのだった。
話したい事がある、とやって来た、ティーパーティーが一人、聖園ミカに──。
今回も読んで頂き、ありがとうございます。
また次回もよろしくお願い致します。