コードギアス 教導のルルーシュ‐Archive Stories‐ 作:ライト鯖
「すまない。遅くなった」
「いえいえ!…あ、ところで見てください!
こちら、先ほど丁度受けた模試の結果です!」
ミカを見送り、教室へと戻ったルルーシュに、ヒフミが朗らかな笑みを浮かべながら模試の結果を見せに来た。
「ほう?」
ハナコ─8点
アズサ─58点
コハル─49点
ヒフミ─64点
ヒフミ以外、全員不合格という結果であった。
ふむ。しかし…。
「紙一重の差だった」
アズサの感想に、ヒフミは笑顔で頷く。
「はい!今回は本当に紙一重でした!アズサちゃん、すっごく惜しかったです…!」
「コハルも頑張ったな。前回の15点から考えると、一番の伸びだ。さすがだな」
ルルーシュも不合格でこそあるものの、前回よりも確かな成長を見せた彼女らを褒める。
「ふ、ふふーん!言ったでしょ?!本当の実力は隠してたんだって!」
「次は合格点となることを期待しているよ」
「ええ!2人とも素晴らしいです!
…そして、えっと…ハナコちゃんは…」
先程までの活気に満ち溢れたヒフミの声は一気にトーンを落とし、しどろもどろとなってしまう。
ルルーシュも、目を逸らすようにして特段のコメントはしない。
「あら?どうしてそんなに声量が下がってしまうんですか?」
ハナコはとぼけたように言う。
「最初の試験が2点。次の模試が4点。今回は8点ですよ?
これは数列として考えたら、後3回受ければ、きっと合格点に届くはずです♪」
「そ、そう考えたらそうかもしれませんが…」
何と言って良いか分からず、困ったように眉を寄せ、苦笑するしかないヒフミ。
「ま、まあ。皆頑張ったんじゃないかな」
「…はい!この調子でしたら、思ったより早く目標に届くかもしれません…!」
ルルーシュの助け舟に、彼女は頷き、一先ずハナコの事は置いておき、他二人の躍進を喜ぶのだった。
「必ずや任務を成功させて、あの可愛いやつを受け取ってみせる。
それが私がここにいる理由であり、戦う目的だ」
「あ、アズサちゃん!?私達がここにいる理由は試験と勉強であって、目的は落第を免れる事ですよ?!いつの間に変わって…?!」
若干ズレたやる気を見せたアズサにすかさずツッコミを入れるヒフミ。
「そんな事もあったな。ついでにそれもやっておこう」
それに対し、アズサはケロリとした様子でそう言って返した。
「ついで?!ついでなんですか…?!あうぅ…モモフレンズファンとしては嬉しくはあるのですが…」
「まあ結果が同じなら良い事だ」
「た、確かにそうですね…!」
そんな話をしていると、教室の扉から、コンコンとノック音がし、来客を告げた。
「ん?ノック?」
「どなたかいらっしゃったみたいですね」
ルルーシュはまさかお忍びで来ていたミカが教室にまで来ることはないだろうしな、等と考えていると、ガチャリ、とドアノブが傾く。
「失礼します…!」
キィと木材の軋む音と共に開かれる扉。
「あら、この声は…」
聞き覚えのある声らしく、ハナコは開かれた扉に目を向ける。
「侵入者か。大丈夫。準備は出来ている」
「ん?」
「アズサちゃん。準備って…?」
不穏なアズサのセリフの詳細を聞き出す間もなく、次の瞬間には、扉の方で小規模な爆発が発生していた。
「きゃあっ?!?!」
悲鳴。
小さな爆発であったから、キヴォトスの人間ならば余程運が悪くなければケガ一つしない程度ではあった。
しかし、思いもよらぬ場所、タイミングでの爆発に驚かない人間はいない。
「ブービートラップ。誰かの侵入を検知したら起動するようにしてある」
「アズサちゃん?!?!」
アズサの説明は得られたが、時既に遅しであった。
「いたたた…これは一体…?って、あれ?!こっちにも?!」
扉の方からは再び爆発音が響く。
「逃げても無駄だ。逃げる方向を予測して、その先にもちゃんと仕掛けてある」
「アズサちゃん?!?!?」
「アズサっ!オフには出来ないのか?!」
「直ぐには無理だ。少なくともこれが落ち着くまでは」
ナギサの直属だったりしたら不味い、と嫌な汗を背中に感じるルルーシュ。
少しして晴れてきた煙の中から出てきたのは、シスター服に身を包む、オレンジ色の長い髪を束ねた少女であった。
「けほっ!けほっ!けほっ!」
「だ、大丈夫ですか?!おケガはありませんか?!」
「き、今日も平和と安寧が…けほっ!あなたと共に、ケホッ。…ありますように…」
咳込んでいたシスターであったが、ヒフミに気が付くと、咳をしながらも口上を述べ、ペコリと頭を下げた。
「まず御自分の安寧を心配してください?!」
「全く…。まさかこんなものを仕掛けていたとはな。…はあ」
ルルーシュも、尻もちを付いていた少女に向か
ハナコに呼ばれたシスター。
マリーは、ハナコに気が付くと、なんとも微妙な、どう接すべきか分からない、とでも言うような顔付きで一歩、後ずさる。
シスーフッドとの確執は中々大きそうだな。
ルルーシュはそんな事を分析しつつ、水を用意し、マリーへ手渡していた。
「あ、ありがとうございます…」
コクコクと音を立て、爆発の産んだ粉塵などにやられた喉へ水を流し込む。
「…ふう。びっくりしました。入った途端何かが作動して…」
「……アズサちゃん」
ヒフミは気まずそうにしているアズサをマリーの前に引っぱって来る。
「…ごめん。てっきり襲撃かと」
「え、ええっと…?」
マリーは謝罪を受けてもなんだかよく分からないといった様相だった。
何故襲撃を想定してトラップを設置していたのか、何故襲撃などという物騒な事態と勘違いしたのか。
それを疑問として感じるにはまず事態をある程度飲み込む必要があるだろうが、彼女は来た途端トラップに引っかかっただけであり、まずそこまで思考が至ることはない。
「と、ところでどうしてシスターフッドの方がこんな所に?」
ヒフミはアズサの謝罪と、余り受け止めきれずに混乱しているマリーを見、一先ず話題を変えることとしたようだった。
「あ、それはその…補習授業部の方々がいらっしゃると聞きまして…ただ、ハナコさんがここにいらっしゃるとは存じておりませんでしたが…」
チラリとハナコを見るマリー。
その視線に、ニッコリとしたわざとらしい笑顔を、ハナコは見せる。
「私も成績がよくないので」
「そう…でしたか…はい」
何とも言えない反応で頷くマリー。
そんな空気感を気にせず、コハルが、「ハナコ、知り合いなの?」と尋ねる。
「あはは…少しだけ御縁があって、と言いますか」
はぐらかしてから、ハナコはマリーに目を向ける。
「私を訪ねて、というわけでもなさそうですね。補習授業部にどういったご用事で?」
「あ、はい。…本日は、補習授業部の白洲アズサさんを訪ねて此方に参りました。伺ったところ、此方にいらっしゃると聞きまして」
皆の視線がアズサへと集まる。
「私?」
「はい。実は先日アズサさんが助けてくださった生徒の方から、感謝をお伝えしたいとのことでして。諸事情あって、こうして代わりに」
「…感謝?」
アズサには余り心当たりがないようで、小首を傾けていた。
「クラスメイトの方々からいじめを受けていた方がいらっしゃいまして。…どうやら、その日も突然、建物の裏手に呼び出されてしまったのだと聞きました」
「そ、そんなことが…!?」
「いじめ?!」
ヒフミは素直に驚き、コハルは反射で不快感を示す。
「まあ、聞かない話ではありませんね。皆さん狡猾に、陰湿に行うせいで表には出てきにくいですが」
しかし、ハナコは何処か冷淡にコメントする。
「私たちもその方から相談を受けて漸く知ったのですが…」
マリーは自らに責任があるわけでもないのに、申し訳なさそうに眉を下げた。
「そうして呼び出された日、そこを偶然通りかかったアズサさんが彼女を助けてくださったとのことで」
「そうなんだ?」
「…そういえばそんなこともあったな」
そこで漸くアズサは思い当たったようだった。
「ただ、数に物を言わせて弱い対象を虐げる行為が目障りだっただけだ」
「…そして、その後アズサさんに怒られた方が正義実現委員会と連絡を取られて…何処で情報が歪曲されたのか分かりませんが、何やら正義実現委員会とアズサさんの間で、それなりの規模の戦闘になってしまったとか…」
「?!」
コハルはまさか、という驚愕に顔を染める。
その横で聞いていたルルーシュも、「ん?それって…」とアズサとの初対面時を思い出していた。
「そうしてアズサさんが催涙弾の倉庫を占拠し、正義実現委員会を相手にトラップを駆使し、3時間以上戦い続けた、と…」
「それってあの時の?!」
「あの時だな…」
とんでもない問題児かと最初は思ったものだが…。
とんだ勘違いだったのか。
いや、正義実現委員会相手に3時間粘ったのは、ある意味とんでもない事ではあるが…。
「何がどうあれ、売られた喧嘩は買う。あの時も弾薬さえ切れてなければもっと戦えていたし、あれ以上に道連れも増やせたのに」
アズサはそう言って不満げにその時のことを振り返る。
「それで、その方が報告も兼ねて私たちの元を訪れてくださり、アズサさんに感謝をしたい、と。
…ただ、学園では見つけられず、ここに辿り着いた次第です」
「…そうか」
アズサは一瞬瞑目してから、「別に感謝されるようなことじゃない」と少し居心地の悪そうに言う。
「結局私も最終的に捕まったわけだし」
「後半は特に関係ないと思いますが…」
それに、とアズサはヒフミからツッコミを受けつつ、そのまま続ける。
「あの事態は気の毒だけれど、いつまでも虐げられているだけじゃダメ。それがたとえ虚しいことであっても、抵抗し続けることを止めるべきじゃない」
「………そうかもしれませんね。はい、あの方にもそう伝えておきます」
頷き、言い終えてから、マリーは、アズサの顔をじっと見つめる。
「………アズサさんは、暴力を信奉する氷の魔女、だなんて噂がありましたが、やはり噂は噂ですね」
ニッコリと笑い、マリーはそう言った。
「ふふっ。それはそうですが、アズサちゃんには意外と氷の魔女らしいところもありますよ?
ほら、他の方からするとちょっとだけ表情も読みにくいですし」
アズサはそんなハナコの言い様とは真逆に、後ろでムッと可愛らしく眉を上げていた。
無理矢理会話に入ってきたハナコに、何があったか、マリーは先程と同じ、どう接するべきか分からないのだろう表情を向ける。
「…ハナコさん」
「マリーちゃんが元気そうで良かったです」
「はい。私は…ですが…」
「玄関まで送りますね。さあ、一緒にいきましょう」
「あ、はい…。で、では皆さんお邪魔しました。先生も、急に訪ねてきてしまってごめんなさい。それでは、また」
ハナコとマリー…いや、シスターフッドか。
余り良好な関係、とは言えなさそうだ。
「気を付けてな」
ハナコに背を押されるようにして去っていったマリーをルルーシュは静かに見送るのだった。
しかし、シスターフッドの勧誘を蹴っただけであそこまで妙な空気感になるものだろうか。
両者の過去に何があったのか、調べておいた方が良いのかもな。
単なる険悪とは違う。
何処か…そうだな。まるで、お互いが腫れ物に触るかのようだった。
まあそれより今は…。
「しかし、アズサ、虐めを止めた結果だったとはな。
あの時、そんな事が起きていたとは知らず、君のことを誤解してしまっていたようだ」
「さっきも言ったけど、褒められるようなことじゃない。数に任せて…」
憮然とするアズサに、ルルーシュは「ああ」と微笑む。
「弱者を虐げているのが気に食わなかったんだろう?
奇遇だな。私もそういったやり方は嫌いだ」
「…!」
「それに、抵抗を続けるべき、というのも同意見だな。それが難しい場合もあるだろうが、戦う力を持っているのなら、諦めるべきじゃない」
「先生も、そう思うんだ」
そうだな、とルルーシュは頷く。
「他人が助けてくれるのを待っていても何も解決はしないからな」
だが、と続ける。
「力を持たない弱者だっている。戦えない者達の為にも、力ある者が戦う必要のある場合もある。
私はそうも考えている。
だから──」
ルルーシュはだからこそ、とアズサを真っ直ぐに見つめる。
「君は偉い。私はそう思う。力ある者の責任を果たしたんだ。やはりこれは、褒められるべき事だよ」
「…そう、なのか」
「そうですよ!いじめっ子を止めて、人を助けたんですから!」
「でも…なんで正義実現委員会はアズサと戦ったんだろ…」
ふん、とルルーシュはコハルの疑問に鼻を鳴らす。
「大方、アズサに恫喝された、だの、突然撃たれた、だのと喚いたんだろう。
それで出てきた正義実現委員会がアズサのトラップに引っかかるか何かして、なし崩し的に敵対者と判定された、そんなところじゃないかな」
「そんな…アズサは間違ったことしてなかったのに…」
「まあ、恐らく不幸な行き違いだ。そこまで気を落とす必要はない。
だが、そういう事もある、と覚えておくのはきっと、君にとって意味のある事だろう。コハル」
「うん…分かった」
さて、とルルーシュは空気を変える為に、手を叩く。
「そろそろ授業を始めようか」
そうしてまた、1日が過ぎていく──。
授業はとうに終わり、日もすっかり沈み、食事やシャワーを済ませて寝間着のジャージとなった皆が部屋へと戻る。
「さあ、では洗濯を始めましょうか。
皆さん、制服や下着、靴下など、洗うものは全部この籠に入れてくださいね」
ハナコは、そう言って洗濯籠に自分の衣類を放り込みながら、皆にも呼びかけていた。
「ありがとう。よろしく」
アズサはさっさと全部放り込むが、ヒフミとコハルはそうはいかなかった。
「し、下着もですか?!」
「なんで?!下着は各自で良いでしょ?!」
「洗濯はまとめて一気にした方が水と洗剤の節約になる。ハナコの言っていることは間違っていない」
顔を真っ赤に抗議するコハルだったが、アズサからすかさず反論されてしまい、困惑を顕にする。
「ええ…わ、私がおかしいの?」
結局、ヒフミとコハルも全部をハナコに預けることとなった。
「はい。ありがとうございます♡
…あ、先生は?」
「遠慮する」
「あら、そうですか?では、洗濯機回してきますね。
何も問題なければ、明日の朝までには乾くところまで終わるはずです」
上機嫌な様子で洗濯籠を抱えてハナコは洗濯室へと向かった。
「あの…先生、ちょっとお話が…後でお部屋に行って良いですか?その…ハナコちゃんのことで…」
ハナコのいなくなったのを見計らい、ヒフミがこそりとルルーシュに囁く。
「了解した」
ルルーシュは静かに頷いてから、「それじゃあ、今日もお疲れ様。お休み」と挨拶をし、自室へと戻るのだった。
そうして暫くの後、既に何度目かとなる夜の密談の始まりを告げるノックの音がルルーシュの部屋に響いた。
しかし、今宵、ルルーシュが開いた扉の前に立っていたのは、ヒフミではなかった。
「─ハナコ?!」
ルルーシュが驚いたのは、ヒフミではなくハナコだったから、と言うだけではない。
それだけなら平静を装うことも出来ただろう。
しかし、ハナコがスク水姿で立っているのは、予想の範疇を斜め上に外れていたのだ──。
「うふふ。こんな簡単に開けちゃうなんて不用心ですね♡」
「いや、そんな事よりなんで水着なんだ」
「ああ、これについてはお気になさらず、パジャマですので」
何でもないことのようにサラリと答えるハナコに、ルルーシュは頭を抱えんばかりであった。
「パジャマと言われて、そうですか、と流すわけにもいかんだろ…」
「まあまあ。先生。…それより、少し相談したいことがありまして」
「む…。何だ?」
相談、と言われ、ルルーシュはハナコに向き直った。
「…アズサちゃんのことなのですが」
「アズサの…?」
ハナコがコクリと頷き、言葉を続けようとした時だった。
再びノックの音が響き、キィ、と扉が開かれる。
「し、失礼します。先生、いらっしゃいますか…?」
「昨日より遅い時間になってしまってごめんなさい。実は…」
入室したヒフミは、そこまで口にしてから、はた、と気付く。
ルルーシュ以外にももう一人、部屋に先客のいた事に。
「……え」
「あら」
一瞬の沈黙。
ヒフミは飛び上がる勢いで「本当に失礼しましたあああ?!」と混乱しながら今しがた入ってきたばかりの扉へと向かう。
「ご、ごめんなさい!私、そんなこととは知らずに…!ぜ、全然知らなかったんです本当です!
え?!一体いつから?!」
言いながら今にも部屋を飛び出していきそうなヒフミを、ルルーシュは慌てて制止する。
「待て!落ち着け!誤解だ!!」
「…ヒフミちゃん!今、"昨日より遅い時間"と言いましたね?!つまり、昨晩も来たということですよね?!そうなんですよね?!」
「ごめんなさいごめんなさい!また後で、はダメですよね?!どうすれば良いですか?!知らなくてごめんなさい!間に入ってごめんなさい空気壊してごめんなさい!」
「待ってくださいヒフミちゃん。詳しく聞かせてください!昨晩はお二人で何をしていたのですか?!今晩は何をすする予定だったのですか?!是非説明を…!いえ、いっそ今から私の前で実演を!」
「ええいっ!やめろ!話がややこしくなる!一旦落ち着け!二人とも!」
カオスな状況をルルーシュはどうにか落ち着け、とりあえずの誤解は解けた。
そして、ついでにヒフミに怒られたハナコは着替えて戻ってきた。
「…なるほど。先生と今後についての相談を」
「ハナコちゃんも先生に相談したいことがあって…で、ですがどうして水着なんですか?!
パジャマが水着ってどういうことですか?!」
「心が落ち着くんですよね。ですので私は、礼拝堂の授業にも水着で参加しましたよ?
一度もっと、色々と柔らかく考えてみましょう♪」
昼間の答え合わせに、ルルーシュは心中でため息を吐いていた。
そりゃあんな空気にもなる。
シスターフッドの聖域で水着になったというのだから、そりゃああなるな。
しかもそれが優等生だったはずの生徒、となれば、怒りなんかよりも困惑が先に来るに違いない。
だからこそ、あの妙な態度だったのだろう。
しかし、ハナコの方は何故そうもシスターフッドの顔に泥を塗るような真似を…。
好いてはいないと言うことは、勧誘を蹴ったことや、この事から容易に理解出来ることではある。
─やはり、ハナコはトリニティという場所そのものが…?
いや、これ以上は単なる推測に過ぎない。断定は危険だ。一旦やめておくか。
とりあえず今は──。
「ハナコ。さっきの話は、今で大丈夫なのか?」
「………アズサちゃんの件ですよね。
…いえ、大丈夫です。ヒフミちゃんにも一緒に聞いていただければと思います」
実は、とハナコは余り見せない真面で話始める。
「アズサちゃん、毎晩のように何処かへ出かけて、夜明けまで戻ってこない事が続いていて…」
「そう、だったんですか…」
「…………」
最初は、そう前置きしてからハナコは続けた。
「慣れない場所で眠れないのかと思ったのですが、そうではないようです。
…私はアズサちゃんが夜にちゃんと眠っている所を、殆ど見たことがありません」
言われてヒフミも思い出しながら言う。
「確かに私も…。アズサちゃんはいつも先に起きてますし、私より早く寝てることも無かったような…」
「…アズサちゃんが何をしているのかは分かりません。ですが、そろそろ、多少無理矢理にでも寝かせて上げないといけないのではないか、と。
アズサちゃん…なんだかどこか、ずっと不安そうで…」
ハナコの普段の様子からすると珍しく、目を落として彼女自身、不安げにそう話す。
「ふむ…」
アリウスとの環境の違い。
実際潜入している立場にある中で、疑われているかのような補習授業部への配置。
もしかすると、セイアの件にも無関係ではないのかもしれない。
そう考えると、ストレスを覚えて当然か。
確かに、ケアは必要だな。
「どんな事情なのかは分かりませんが、どうにかその不安を少しでも軽減してあげたくって…」
「確かに…そのままじゃ倒れちゃうかもしれないですね…」
同意するヒフミだったが、ハナコから厳しい目を向けられ、動揺する。
「ヒフミちゃんと、先生も、ですよ?しっかり寝ないとダメです」
「あうう…」
「フッ。君も、案外と"お節介"なんだな」
「誤魔化そうとしてもダメですよ先生。 確かに、試験も大切ですが、ただ落第というだけです。身体の健康と比べられるようなものではないと思いませんか?」
「…私の方は省みることとするよ。しかし──」
ルルーシュはチラリ、とヒフミに目を向ける。
ヒフミはそれに気付かず、最早抑えることが出来なかったのだろう、ゆっくりと、溢すように言葉を紡ぎ始めてしまうのだった。
「普通ならそうかもしれません。でも…」
「……ヒフミちゃん?」
「ただ、ただ、"落第"で済む話ではないんです!あと2回…。どちらの試験も不合格だったら…。
退学なんです!私たちはトリニティを去らないといけないんです…!」
流石のハナコも驚愕の色を浮かべて、聞き返す。
「た、退学?…ヒフミちゃん、それはどういう…。
そ、そんなこと校則的に成り立ちません。退学は色々と手続きが必要で、そんな簡単には…」
困ったようにひきつった笑みを浮かべながらそう言うハナコだったが、黙りこくっていたルルーシュがそんな彼女に向けて、小さく呟くように言うのだった。
「…すまない」
「先生…?」
「シャーレの権限が使われているんだ」
「…?!それはどういう…」
いや、とルルーシュは頭を振る。
「一から説明した方が良いな。大丈夫か?」
「は、はい…」
そうだ。一か八かだが、いっそ話すほかあるまい。
ヒフミが話した以上、説明は必須だし、何より、もし、ハナコを引き込めるなら問題の半分程度は解消される。
少なくとも、補習授業部本来の問題は。
だが、彼女が協力してくれるかどうか…。
そこが、やはり賭けだな。
彼女、ハナコという人間に、賭けるしかないだろう。
「……なるほど」
説明を聞いたハナコは神妙な面持ちで頷く。
「全員退学…仕組み自体、そもそもがおかしいですが、だからこそのシャーレの権限…」
「ハナコちゃん…あ、そ、そう言えば、ハナコちゃん、本当は成績良いんですよね?!
1年生の時に、3年生の難しい試験まで全部満点でしたよね?!」
ヒフミにも大分余裕がなくなってきていたのだろう、縋るようにそう確認する。
「あっ…!ごめんなさい。…模試のために昔のテストを探す途中に見つけてしまって」
ヒフミは、ぐっと拳を握り締め、思い切って聞くことを決める。
「あ、あの…どうして今はあんな点数を…?…わざと、ですよね?」
「…ごめんなさい。知らなかったんです。失敗したら"全員退学"なんて」
いえ、と申し訳なさそうにハナコは首を横に振る。
「知らなかったからと言って、許されるものではありませんね。
…先生にも、ヒフミちゃんにも、アズサちゃんにもコハルちゃんにも、申し訳ないことをしました」
ごめんなさい、と頭を下げるハナコ。
ルルーシュは怒りなど感じるはずもなく。
寧ろ、内心胸を撫で下ろしていた。
「い、いえ…その…」
「良いさ。まだ後2回、あるのだからな」
これでもなお誤魔化されていたら希望が潰えかねなかったが、どうやら助かったみたいだ。
だが、"何故"、はまだ見えてこないな。
「…おっしゃる通り、私のあの点数はわざとです」
「や、やっぱり…?!ハナコちゃん、どうしてそんな事を…?!」
「…ごめんなさい。言えません」
眉尻を下げながら、済まなさそうにするハナコであったが、理由は結局、話さなかった。
やはり、そう簡単にはいかないか。
「私の、すごく個人的な理由なので…ですが、それで皆さんが被害を受けてしまうのは、私の望む所ではありません」
なので、と彼女は言う。
「最低限皆さんが退学にならないよう、今後の試験は頑張りますので」
「ありがとう。ハナコ」
安堵したような息と共に礼を言われ、ハナコはいえ、と恐縮していた。
「先生にそこまで感謝していただくようなことでは…!」
「どんな個人的なものかはしらんが、理由があるのだろう。それを曲げてもらうんだ。
助かるよ。本当に」
「いえ…むしろ私が謝罪すべき事です。裸で手を付くだけで足りますでしょうか…?」
「いえ!それは逆にやめていただけますと?!
今後頑張ってくださると聞けただけで私は安心しました!」
ヒフミが本当に脱ぎかねないハナコに食い気味でツッコミを入れて制止する。
ルルーシュはそれを見ながら、ふう、と小さく息を吐いていた。
何せよ。これで後は、アズサとコハル。そして、ヒフミの成績向上だな。
恐らくナギサは難易度を上げてくる。そうなればヒフミも危うい。
授業の方もレベルを上げていかねばならんな。
「…ありがとうございます。ところで、この事実を知っているのは、ヒフミちゃんと先生だけですか?」
「そうですね。私たち以外はまだ誰も…」
「なるほど…。となると、アズサちゃんの不安は試験に起因するものではなさそうですね。
何か、まだ私の知らないことがある、と…」
ハナコは今まで見せたこともない面持ちで熟考する。
「…それ以上に、今はこの補習授業部の存在そのものが気になりますね」
流石に、裏切り者云々については話していない。
機密性が高過ぎる上、話したとして、余計な心理負担を増やすだけだとルルーシュは考えていたのだ。
「ミカさん…は無理でしょうし。こんな事を企むのはナギサさんでしょうか」
「ですが、どうしてエデン条約を前にしてこんな…」
そこまで言ってから、ハナコはハッとする。
「むしろ、目の前だからこそ…?」
やはり、ハナコは優秀だ。
頭の回転も速いし、まだ完全に情報を与えていないと言うのに、ナギサの思惑にまで行き着こうとしている。
「………………」
最初から話しておくべきだったのだろうか。
いや、関係の希薄な状態であったとして、同じ結果になったのだろうか。
「…なるほど。この補習授業部はエデン条約を邪魔しようとしている疑惑のある容疑者たちの集い、と言うところですか」
「……!!」
…たらればはよそう。
何れにせよ、彼女が協力してくれるようになったのは、やはり大きいな。
今はその事実だけが、重要だ。
「えっ?!えっ?!」
ヒフミは何故そこまでをこの僅かな時間と限られた情報で掴み取れたのか全く分からないと、困惑を見せていた。
「…流石だな」
「ナギサさんらしいと言いますか。相変わらず狡猾な猫ちゃんですねえ」
「ね、猫…?」
「どうせなら私たち纏めて処理してしまったほうが効率的、といったロジックでしょうか。
何だか私たちまるで、洗濯物みたいですね」
フッ、とルルーシュは思わず失笑してしまう。
「どうかしましたか…?」
「いいや。洗濯物より酷い例えに覚えがあったものでな。それに比べれば、随分と…綺麗になった」
「…先生も、ナギサさんにしてやられた形でしょうか」
否定はしない、とルルーシュは目を瞑る。
「成績を振るわない生徒達の救済、という名目で、その実シャーレの超法規的権限が使われている」
「まあ、そんな所だ。実際後手に回ってしまっているよ」
「ですがそれはつまり、先生は私たちの為に頑張ってくださっていたのですよね」
ありがとうございます、とハナコは嬉しそうに笑う。
「先生はやっぱりお人好し…いえ、良い人ですね」
「そいつはどうも」
「…ハナコちゃん。凄い!まるで探偵みたいです!」
ヒフミはハナコの本来の頭脳の明晰さにただただ驚き、尊敬を向けていた。
「"トリニティの裏切り者"。ナギサ様は私にそれを探して欲しいと仰っていました」
「…ふふ、なるほど。"トリニティの裏切り者"ですか。ナギサさんらしい表現ですね。
ティーパーティーのホストである彼女を邪魔したら該当する、とも考えられるロジックですし」
ふむ、とハナコは頬に指を置き、思い起こすようにして言う。
「アズサちゃんは書類の時点で怪しかったですし疑われるのも無理はありませんね」
「コハルちゃんはどうして…正義実現委員会の人質、という観点なら、無茶ではありつつも納得は出来ますが…」
釈然としないハナコにルルーシュは頷いてみせる。
「恐らく、それ以外ないだろうな。無茶だが、他に理由がない」
「ですね。……あら?そう考えるとヒフミちゃんはどうして容疑者になっているんです?ナギサさんと親しかったはずでは…?」
ハナコの言に、ヒフミは「えっ!?」と驚きを隠せなかった。
「やっ、やっぱり私も容疑者なんですか…?!
た、確かに親しくさせていただいていたような感じなのですが…ど、どうして私なのでしょう…?」
ルルーシュはそれについてはスイと目を逸らす。
まあ、言っても酷なだけだ。
そう自らに言い聞かせながら誤魔化すのだった。
「…とにかく、アズサちゃんとは、後でもう少しお話してみた方が良いかもしれません。
その他についても幾つか、私の方で確認してみます」
「頼めるか?」
「勿論です」
ハナコの頭脳と、トリニティ生徒としての学園の知識。人脈。
俺が一人で動くよりも、恐らく格段に効率的で、遥かに効果的だろう。
「何か分かったら教えてほしいです!」
「分かりました。ということは私もこの、深夜の密会に参加させていただけるということでよろしいですか?」
うふふ、と妖しく笑うハナコに、ヒフミは苦笑で返す。
「深夜の密室で、三人寄り添って秘密の遊びなんて…ドキドキが止まりません♡」
「そ、その言い方はちょっと…」
まあ、ともかく、とルルーシュは逸れた話をまとめる。
「ハナコには調査をお願いするとして、アズサだな。アズサの事を調べるのも必要だが、とりあえず寝てもらうのも重要。そうだな?」
「はい。ゆっくり休んで貰わなければ、試験でも実力を発揮出来ないかも…」
「どうにか寝てもらえる手法を考えておくとするよ」
さて、とルルーシュは立ち上がり、改めてハナコに礼を伝えた。
「ありがとう。本当に。
…さて、今日はもう遅いし寝るとしよう」
「はい!では、また明日、ということで!」
「そうですねお休みなさい」
部屋の中でそんなやり取りがされているのとほぼ同時。
コハルは、寝ぼけ眼を擦りながら、暗い廊下に出てきていた。
「んん…といれ…」
ぼんやりと廊下を歩いていると、扉から光の漏れ出ている部屋に気付く。
「…あれ?先生の、部屋…?こんな時間、まで…」
丁度、コハルが部屋の真ん前まで来た時だった。
タイミングよく扉が開かれ、中からヒフミとハナコが退室してきた。
「それでは先生、ありがとうございま……あれ?」
ヒフミと目が合ったコハルは、半寝ぼけだった目が一気に開かれ、一瞬にして顔を赤く染め上げる。
「ひ、ヒフミ?!せ、先生の部屋で一体何を…?!」
「ふふっ…ではまた夜の密会を楽しみに…あら?」
ハナコとも目が合い、更に悪いことに、ハナコのセリフもバッチリ聞いてしまっていた。
コハルのキャパは、一瞬にして限界を迎えるのだった──。
「さ、三人…?!バカ!変態!淫乱族!!」
コハルの声な、暗い廊下全体に大きく、響き渡ったのであった。
今回も読んで頂きまして、誠にありがとうございます。
また次回もよろしくお願い致します。