コードギアス 教導のルルーシュ‐Archive Stories‐ 作:ライト鯖
「否定はなさらないんですね」
ルルーシュは、それに直接的な答えを返しはしない。
「あえてそうする理由もない」
「では、何をお話したのか、教えていただけますか?」
「ちょっとした雑談さ。進捗の確認がてらね。
彼女はティーパーティーで、私を推薦したと聞いた。
そして私は、補習授業部の皆の成績向上を任されている。
彼女が様子を見に来て、何かおかしなところでも?」
ナギサの表情から、貼り付けたような笑みが消える。
「………本気で仰っているのですか?」
「さあね。ただ、一つ言えることは、私はシャーレの顧問として任されている。
そうである以上、努力に見合う結果が彼女らを報いるように、最善を尽くすのが私の任務だ。
生徒の頑張りを応援する事は、先生の仕事でもあるしな」
ナギサは暫く黙り込み、二、三度、紅茶を口へと運んだ。
そうしてから、ゆっくりと口を開く。
「一度、あらためて説明してみましょうか?
どうして彼女達なのか」
「コハルはハスミへの抑え。
確かに彼女の反ゲヘナ感情を警戒するのは理解出来る。
ハナコは一年次の成績から鑑みると、実力を今は隠している。その理由も分からず、不気味。
アズサは出自が不透明だから」
ルルーシュはナギサに説明するまでもない、とでも言うようにさっと答えてしまう。
「こんな所だろう?」
「……概ねその通りです。アズサさんはそれに加えて他生徒と何度も暴力事件を起こしていて、統制不能の存在だから、ですね」
アズサの暴力事件についても思う所はあるが、とルルーシュは思いつつも、確認したかった事項から逸れてしまう、と一度呑み込むこととする。
「分からないのは、ヒフミだ。
ヒフミと君は随分仲が良いように思えた。
それこそ、ヒフミに請われてミサイルを砂漠へ"廃棄処分"してくれる程度には」
「………ヒフミさん…は…」
歯切れの悪くなるナギサ。
彼女としても、心苦しいものがあるのだろう。
「そう、ですね…。ヒフミさんへの思いは、かなり特別です…」
右手に持つティーカップへ目を落としながら、ナギサはポツリポツリと続ける。
「私は、ヒフミさんのことをとても大切に思っています。私は、彼女の事を好いている。…その事は、間違いありません」
ですが、と呟くように言うナギサ。
一瞬、紅茶が僅かに波打つ。
「あの子の正体が実は、恐ろしい犯罪者集団のリーダーであるという情報がありました」
ルルーシュはその場で天でも仰ぎたいところであったが、努めて平静を装った。
「こういったお話が、かえって一番怖いのです。信じていたからこそ、何かが見えなくなっている。…盲目な状態になっているのでは、と…」
「……………」
「どれだけ注意を払って建てた塔も、わずかな亀裂から簡単に崩れ去ってしまうもの」
ナギサはティーカップを置き、その両手を膝に重ねる。
「私は、ちゃんとヒフミさんのことを理解出来ているのか、それともやはり、私が知らない真実があるのか…私には分からないのです」
「………怖いんだな」
「っ…!。…怖いですよ。ヒフミさんの優しい所、礼儀正しいところ…それらを知っていても、彼女の本音は分からないのですから」
「どう足掻いたって…」とナギサは平静を装いながらも、隠しきれない苦悶を浮かべていた。
「私たちは所詮、他人なのです」
「そうだな」
ルルーシュは頷き、少しだけ悲しそうに目を細める。
「人の本音は窺い知ることが出来ない。
例え本音と言われようとも、証明する手立てはない。…人は、誰しも仮面を被っているから」
「……そうです。だから、退学させるしかないのです。エデン条約の為に」
ナギサはルルーシュの瞳を見据え、残念そうに言う。
「そこまで分かっていて、何故、先生は情報を渡してくださらないのでしょう。」
「ならば、私を信じるというのか?」
「……"シャーレの先生"が敢えて嘘を付き、学園に混乱を招くような事をなさるのでしょうか」
なるほどな、とルルーシュは苦笑した。
「やはり君は聡い。
だが、だからこそ君は今、聡いが故に見えてしまうのだろう。様々な可能性が。
だから、疑ってしまうのだろう」
少しの油断が命取りとなる状況下において、誰かに心を許すことはどれ程の危険が伴うことか。
ルルーシュは思う。
結果論で語るならば、俺はもっと周りを信じるべきだった、頼るべきだった、と言えてしまうのかもしれない。
黒の騎士団を。カレンを。もっと早くに、ユフィを。
腹を割って話すべきだったのかもしれない。
スザクと。ナナリーと。
だが、全ては過去。
後からなら何とでも言える。
あの頃の俺にとっては、仮面を被らねば、死が待っているとしか思えない状況だった。
いや、今でも思っている。
もしも、ゼロの正体を知らせたとして、受け入れられたかどうかなど、結局は推測しか出来ない。
ルルーシュはそれでも、同じように目の前を暗闇で染めてしまっている少女をそのままにしておくことはしたくなかった。
「分かるよ」
「…はい?」
「怖いし、不安なんだ。一人で戦うしかないのだと、味方など望めないのだと。
実際、周りに味方など、数えるほどしかいなかった」
「ええと…先生?」
「そんな状況では物事を悲観的に見てしまう。
いや、見なくては、足元を掬われてしまうかもしれない。
少なくとも、楽観的に見ることなんて出来なかった。自分一人ならまだ良い。だが、守るべきものがあったから、失敗は許されなかったんだ」
だから、とルルーシュはナギサの元へと一歩、歩み寄る。
「一つだけ、言っておくよ。ナギサ。
私は、君の事も一人の"生徒"だと思っている。
この先、どうなろうともね」
「………同情のつもり、でしょうか」
「フッ。そうかもな。
けれど、言っただろう?生徒の頑張りを応援するのが仕事だって」
そうですか、と僅かに震える声で、ナギサは微笑を崩さずに言う。
「それでも、先生は裏切り者を教えてはくださらないのですね」
「皆を合格させることが、私の仕事だからな。
悪いが、今の君には教えられないよ。ナギサ」
取り返しの付かない過ちを、犯させるわけには行かないから──。
「…そうですか。ふふっ。結局のところ、お話がシンプルになった、ということですね」
冷たく笑うナギサ。
しかし、ルルーシュは動じず、彼女を見る。
「どうか頑張ってください。先生、
私も、私なりに頑張りますので」
ああ、と彼は頷き、踵を返した。
「…ああ、それと」
立ち止まり、目だけを振り返らせる。
「一つだけ、これは単なる経験則から来る老婆心だが」
「…?」
「君の行く道は、やると決めたならば、徹底する必要がある。
自分の想像したくない最悪すらも想像しておかなくてはならない。正に修羅の道だ」
「…今更ですね」
「そうかな?──その覚悟を持たなければ、思わぬ所から崩されるかもしれないぞ」
敵に塩を送るようなものか。
内心自嘲しつつも、しかし、本来ナギサは敵ではないのだ、と思い直すルルーシュ。
今度こそ彼は、振り返ることなく、ティーパーティーの場を後にするのだった。
「今日もお疲れ様。後は明日に備えるだけだな」
その日の夜。
陽光も沈み、星々が瞬き始めた時間帯。
授業を終えたルルーシュが皆を労う。
「はい…。後は合格し、補習授業部を卒業するだけです…!
今までの勉強が無駄ではなかったこと、きっちり証明しにいきましょう!」
ヒフミはそう言って笑みを浮かべる。
「そして最後は、皆で笑ってお別れ出来るように…!」
「…そうか。合格したらもうお別れか」
アズサは残念そうに眉を下げて、寂しげに呟いた。
「ちょ、ちょっとアズサ!どうしてそんな急にしんみりするわけ?!」
「なるほど。合宿も含めて、なんだかんだすごく楽しかったですもんね」
「ああ…」としんみり頷きながらも、アズサはいや、と首を振る。
「それでもやっぱり、出会いがあれば、別れもある。全ては虚しいものだ」
「…そこまで思う必要はないと思いますよ」
「そうだな。ハナコの言う通りだ。試験が終わっても、皆が何処かへ行ってしまうわけでもあるまい。
なんなら、皆でシャーレへ遊びに来ると良い」
あら、とハナコは笑う。
「今度は私達が先生のところへ行くのですか。
楽しそうですね♡」
「そ、それに、特別に集まらなくたって、私はいつも正義実現委員会の教室にいるから暇な時は来れば…?」
「……うん」
アズサは嬉しそうに頬を緩ませ、頷く。
「まあ何はともあれ、試験に合格することが先決だ」
「で、ですね…!とにかく今日は早めに休んで明日に備えるとしましょう」
ヒフミとしてはまだ安堵しきれないのだろう。
若干の緊張が滲む声で皆に呼びかける。
「そうね。そろそろ休まなきゃ。
…そう言えば試験会場って前回と同じところ?」
「特に変更の話とかは聞いていませんが…」
ヒフミは言われてそう言えば今日はまだトリニティの掲示板を確認していなかったな、とスマホを付けた。
「…え?」
第一声は、理解の及ばないものを見たような、現実感のない困惑だった。
「…え。ええっ?!」
ルルーシュはその時点で、嫌な予感を全身に走らせていた。
「ヒフミちゃん?どうかしましたか?」
「嘘っ?!?嘘ですよね…?!」
ハナコの呼びかけにも応えず、ひたすらに信じたくないとばかりに叫ぶヒフミ。
ハナコも尋常ならざるヒフミの様子に嫌な感覚を覚え、彼女の携帯で掲示板へアクセスする。
「えっと…"補習授業部の第二次特別学力試験に関する変更事項のお知らせ"…?」
表情を固くさせたハナコが、ゆっくりと読み上げる。
「…試験範囲を従来の範囲から約三倍に拡大…」
「はあっ?!何それ!!」
「また、合格ラインを60点から90点に引き上げとする…?」
やられた!
懸念はしていたがまさかここまで露骨に来るとは。
ナギサもなりふり構ってはいられない、というわけか。
「昨日急にアップされたみたいです…試験直前になって、こんな…」
昨日、か。
つまりあの時点で既に告知はひっそりと行われていた、と。
俺がナギサに従うと言明していれば取り下げていたのだろうな。
くそっ。見立てが甘かったか?
試験範囲の変更や合格ラインの変更は予想していなかったわけではない。
だからこそ、一次試験以降、模試の度に徐々に難易度を上げ、それに合わせて演習内容も応用を増やしていっていた。
それこそ、どれか一つだけなら、可能性は十全にあった。
合格ラインの変更も、一次試験の難易度ならば、今の彼女らであれば、90点でも可能だったろう。
或いは、試験範囲の変更。
流石に、三倍は時間が間に合わなかったが、ボーダー60点のままであれば、可能性は残った。
難易度の純粋な難化。
此方も、合格ラインが変わらなければ、光明は見えていた。
しかし──。
まさか、全部を一度に、しかも極端な形でやってくるとはな。
例え事前に告知されていたとしても、時間的にこれら全てには対処出来なかった。
万に一つも、通す気はない、というわけか。
「…なるほど。私達の模擬試験の結果を、ナギサさんが何かしらの手段で把握したのかもしれませんね。露骨ですねえ…」
ハナコは不愉快を表情に零しながら言う。
「どうしても私たちを退学にしたい、と」
「…退学?」
「えっ!?ちょっ…どういうこと?!」
アズサとコハルは、ハナコの漏らしたフレーズに戸惑う。
…確かに、もう共有しておいた方が良いだろうな。
状況が変わったし、これ以上隠す理由もない。
「その前に、他に変更点は?」
ここまでのことをしているんだ。
恐らく試験会場も…。
「会場と時間も変更されています…。
えっと…会場は"ゲヘナ自治区第15エリア77番街、廃墟の一階…"」
「…ゲヘナ?」
「げ、ゲヘナで試験を受けるんですか?!」
「な、なんでよ?!」とコハルが困惑のままに叫ぶ。
「なんでトリニティの試験をゲヘナで受けるわけ!?」
「さあな…」
まさかゲヘナに会場を指定するとは。
精々トリニティの何処かかと思っていたが、ここまでするか…。
チッと舌打ちが出そうになるのを、皆の前であったことを寸前で思い起こし、抑える。
「もし行かなければ、未受験扱いで不合格、ですよね…」
「…それもそうだけど…さっきの退学ってどういうこと?!初耳なんだけど?!」
「……」
それに関しては、とルルーシュは前へ進み出る。
「私から説明しよう」
そうしてルルーシュは試験に課されているルールを話す。
3回の試験全てで、一度も全員合格が叶わなければ、全員退学になるのだ、と。
そしてそれは、"トリニティの裏切り者"を処分する為である、と。
「…なるほど」
「ど、どうすれば良いの?!退学になんてなったら正義実現委員会にも復帰出来ない…!」
アズサは静かに、何かを考えるように頷き、コハルは半泣きで戸惑いを顕にする。
「か、隠していてごめんなさい。まさか、こんなことになるなんて…」
一瞬、静まりかえる教室。
しかし、アズサがその静寂を瞬時に打ち切る。
「状況は理解した。とにかく出発しよう」
「えっ?!ええっ?!」
「試験時間が深夜3時って書いてある。今から出発しないと間に合わない」
「あ、確かに?!」
ゲヘナまでの距離を考えると、確かに試験開始時刻までにはギリギリとなりそうな時刻であった。
「驚くにせよ、怒るにせよ、絶望するにせよ…それは試験を受けてからでも遅くはない。
障害物の多さに文句を言ったところで、状況が変わるわけじゃない。
大切なのは、それでも最後まで足掻くこと」
確かにな、とルルーシュは首肯する。
「アズサの言う通りだ。一先ず、試験を受けない事には、現状、希望は望めない」
「そうですね。今は、とにかく動かなくては」
それにしても、とハナコは皆の緊張をほぐすためだろうか、笑顔を浮かべてみせる。
「面白そうですね。ゲヘナまで試験を受けに行くなんて、初体験です」
「ああもう!何もかも意味わかんない!とにかく行くのね?!」
ハナコにツッコミを入れる余裕もないコハル。
ヒフミも、ショックから立ち直りきれてはいないようだった。
「とにかく、直ぐに準備して出発だ」
「直ぐに装備を整えよう」
「装備?!銃火器ですか?!」
「そうですね。ゲヘナ自治区はただでさえ無法地帯ですし、今は条約前。風紀委員も対処しきれていないでしょうから」
皆が準備を整える傍ら、ルルーシュは電話をかけていた。
「私だ。車を1台、トリニティ自治区の店舗から回してくれ。場所は指定する。
装甲がある方が望ましいが無ければ通常のものでも構わん。
…1台位空いているのがあるだろう?依頼だよ。
とある方からの急ぎでね。
ああ、停めておいてくれるだけで構わない」
よし、と呟き、ルルーシュは皆を待つ。
十数分後──。
「朗報だ。車を手配した。これでゲヘナまで突っ切るぞ」
「本当ですか?!この短時間で!」
「どうやったんだ?」
「詳しくは聞くな。とりあえず今は、これで急ぐぞ」
装甲は余り厚くはないが、一応は防弾仕様のバンが宿舎前に停められていた。
無人であり、届けた者は既にこの場を離れているのだろう。
全員が乗り込むのを確認し、ルルーシュは車を走らせる。
「…普通なら問題なく間に合う時間だが…」
今のナギサは徹底している。
道中、何が起こるか分かったものではない。
警戒に越したことはないな。
速度制限ギリギリでトリニティ自治区を疾走していく。
そうしてつい昨日、ルルーシュは訪れたばかりの、トリニティとゲヘナの境界にかかる橋へ再訪することとなった。
昨日の今日で今度はここを渡り切ることになるとはな…。
ヒナ達を見送った景色が徐々に近付いてくるのを眺めながら、ルルーシュは息づく。
「ここからゲヘナ自治区のようだな」
ナビゲーションを頼りにハンドルを切り、道を進む。
出来るだけ表通りを通った方が良さそうか…。
既にたむろしている不良達の数グループとすれ違ったが、例外なく、獲物を探るような視線を車に向けていた事にルルーシュは気付いていた。
しかし、裏通りには治安面での危険があるとすれば、表通りには表通りの厄介事があるものである。
いやに人通りが少ない。
そも、表通りだというのに、駐車されている以外の車を見かけない。
嫌な予感がする。
「銃声だ。何処かで戦闘が起きているな…」
「しかも結構激しそうですね…」
面倒事の起きている事を察しつつも、どうにか巻き込まれずに済むようにと栓のない希望を持たずにはいられない一行。
しかし、運勢というのは残酷なもので、通りの先に、バリケードが見え始め、ルルーシュは思わずやっぱりか、肩を落とした。
「検問か…」
ブレーキを踏み、窓を開けると、ゲヘナの風紀委員が声を入れる。
「ここから先は立ち入り禁止になっている!」
「立ち入り禁止…?」
「そうだ!…というかそもそも、今日は街全体に外出禁止令が出ているはずだ!早く戻って──」
もう一人、風紀委員がやって来て、車内を見回しながらそう言ったが、言い終える前に、異変を察知して言葉を止めた。
「…その制服。トリニティ…?」
「なっ…!どうしてここに!ゲヘナに何をしに来た!何が目的だ!」
「い、いえ!ここを通りたいだけなんです!」
ヒフミがあわあわと説明するが、当然風紀委員がそれで納得するはずない。
ぞろぞろと数人の風紀委員が異変に気付き、集まり来る。
「トリニティが何の目的もなくゲヘナへ来るわけがないだろう!」
「ですが本当に私たちは試験を受けに来ただけで、問題を起こすつもりなんてないんです」
「トリニティの生徒が何故試験を受けるためにゲヘナの自治区に来るんだ!つくならせめてもっとまともな嘘を付け!」
ハナコも加わるが、余計に怪しまれる結果となってしまう。
「まあまあ、落ち着いてくれ」
ルルーシュが見かねて介入するが、風紀委員達は彼にも不審の目を向ける。
「お前は生徒ですらないな。運び屋か?」
「待て待て。私は"シャーレ"の先生なんだ。
ほら、身分証ならある」
シャーレの身分証を提示するが訝しまれるだけであった。
「シャーレ?身分証の偽造までして何のつもりだ。シャーレの先生がこんな時間に何故こんな所にいるんだ。嘘も大概にしろ!」
「偽造じゃないよ。
ヒナに問い合わせてくれないか?ヒナじゃなくても、アコやイオリ、チナツ。
とにかく幹部の誰かと連絡は取れないかな?
それで直ぐに分かる」
流石に上司の名前が出たことで、彼女らの気勢も僅かに緩む。
「…ふんっ!ヒナ委員長達の名前なんて知れ渡っている。騙されないぞ!」
いかんな。条約締結前のこのピリピリした時期にトリニティ生がゲヘナに立ち入っている、という事実の重さが俺の言葉を届かせてくれない。
「…あっ!おい!こいつ正義実現委員会じゃないか?!」
風紀委員の一人が、コハルの姿を発見し、叫んだ。
「何っ?!本当だ!襲撃!正義実現委員会が襲撃しに来たぞ!」
「上層部に報告!正義実現委員会がついに来た!」
正義実現委員会の反ゲヘナはこちらにも知れているわけか。
まあ、当然と言えば当然だな。
しかし、今はそれどころではない…!
「待ってくれ少しだけで良いから話をだな」
「動くな!!」
「ぐっ…」
仕方がない、とアズサはひっそりと銃を取り、機をうかがうように周囲を見渡す。
「倒そう」
「ええっ!?誤解がより深まりませんか?!」
しかしここで話しても埒が明かないだろうことも事実──。
くっ…。流石にギアスを使うわけにも…。
瞬間、ルルーシュ達の車が走り出せないよう前方を固めていた風紀委員達を爆発が包んだ。
「…?!」
車体が揺れ、土煙が舞う。
「こ、こいつら…やはり…」
がくり、と気を失わせる風紀委員。
ヒフミはその光景に顔を青ざめさせ、叫ぶ──。
「あ、アズサちゃーーん?!」
「…いや、まだ手は出していない。私以外の誰かだ」
アズサは冤罪にツッコミ処のある否定を返す。
「そうですね。今のは私達の後方から飛んできました」
「しかし、そうなると一体誰が…」
その答えは直ぐに知る所となった。
ルルーシュ達のやって来た道を、1台のトラックがヘッドライトを輝かせながらやって来たのだ。
トラックには"給食部"と書かれており、その車体の上には、見覚えのある生徒の姿があった。
「あらっ★やっぱり先生でしたか!」
「ご機嫌よう。ここで何をされているのですか?」
美食研究会のハルナとアカリが嬉々とした様子で降り立つ。
「それはどちらかと言うとこっちのセリフじゃないか?
風紀委員に捕まった…よな?」
「ええ。先生の丁寧な護送のおかげでしっかりと投獄されていましたわ」
「まさか脱獄したのか」
ええ、と何でもないことのようにハルナは頷いた。
「温泉開発部が市街地のど真ん中をドカン★と爆発させたとかで、めちゃくちゃな状態なんです」
「そのせいで、風紀委員も慌ただしく動いているようでして、その機に乗じて私達もこうして──ふふっ♪」
凡そ事情を理解したルルーシュであったが、この再会を喜ぶべきか否かはまだ判断が付かないでいた。
一応戦った上に護送まで協力したのだ。
報復されてもおかしくはない。
「しかも非常事態ということもあって、またしても給食部のフウカさんが部の車を快く貸し出してくれましたし★」
「んんっ?!んーっ!んーーっ!」
見ると、猿轡をされているフウカが前回出会った時よろしく拘束され、トラックに同乗させられていた。
「新しく買ったばかりの車を貸してくれるなんて…これぞ美しい友情という奴ですね★」
「んんっ!ん、んんんんっ!」
「その友情の相手、拘束されてないか?」
「問題ありませんわ。フウカさんはこういう事に慣れていますから」
「そういう問題ではなくないか…?」
「フフッ。…ところで、結局先生達は何をなさっているんですか?
皆さんトリニティの生徒ですよね。今のゲヘナは危険ですよ」
ツッコミを受け流し尋ねるハルナに、ルルーシュはかいつまんで事情を話すこととした。
とりあえず敵対的ではないようだし、ここは上手く協力出来れば…。
強行突破を避けては通れない事は、先程のやり取りからして明らか。
そうである以上、戦力は欲しい。
絶賛脱獄中の彼女らとは利害が一致するのでは、とルルーシュは考えたのだ。
「なるほど…このアドレスに行かねばならない、と」
「中々最悪なタイミングですねえ★」
「全くだ。それで、君等も脱走を狙っているのだろう?途中まで協力出来ないか?」
「……残念ですが、私達の向かう方向とは異なりますわ」
そうか、とルルーシュはそう都合良くはいかないな、と思考を切り替えようとする。
「引き留めてすまなかったな。それと、助かったよさっきのは」
車へ戻ろうとするルルーシュ。
しかし、ハルナはそれを「お待ちください」と制止する。
「ん?」
「少々お待ちを…ジュンコさん聞こえますか?」
『ハルナ?!どうしたの?今何処?!こっちは包囲網抜けたところ…!』
「ジュンコさん。脱出作戦は取り消しです」
『えっ?!何で…?!』
ルルーシュも通信機の向こうにいるジュンコと恐らく同じような驚愕を浮かべていた。
「良いのか…?私達は君等の投獄に一役買ったわけだが…」
「ふふっ。その程度の事、日常茶飯時ですわ。
むしろ、丁重な扱いには感謝しているのですよ?」
「風紀委員の10倍は丁寧でしたね★」
「これも何かの縁、ということで、ご協力致しますわ」
フッ、とルルーシュは様々の感情が入り混じったような表情で笑う。
「…君達は自由だな」
「そうでなくては、美食の探求など出来ませんもの」
何れにせよ、戦力の増強はありがたい。
「ここは私が元々の車で囮になる。皆はその間に試験会場へ向かってくれ」
「えっ!?で、でも先生は…」
「大丈夫だ。考えがある」
不安がるヒフミを押し切り、皆を給食部のトラックへ向かわせる。
「全員は乗れませんね…」
「バイクもありますよ★」
「んんっ?!んんーーっ!」
「ご友人が凄い顔をされていますけど…」
「貴方は本当にそのままで大丈夫か…?」
フルフルと首を振るフウカ。
流石に可哀想と猿轡を解こうとするアズサだったが、爆撃の音に中断される。
「追っ手ですね★出発しますよ!捕まっててくださいね!」
「あ、あうう…ご、ごめんなさい!お借ります!」
戸惑っている暇はないとヒフミ、コハルはバイクに飛び乗り、3台は同時に走り出す。
「追っ手の来るのが早いな…!
此方が本命と思わせるには…」
いや、この際仕方がない、とため息を吐きながらルルーシュはブレーキを踏む。
「アロナ。頼むぞ」
『毎度無茶をしますねえ…バッテリー切れになったらどうにもならないんですからね!?』
「分かっている。だが、今はこれしかない」
給食部のトラックとバイクが先行し、遠ざかっていく。
そして、後背から迫り来る風紀委員の装甲車やトラック。
後方の風紀委員を、彼女らの銃弾の射程が車体を捉えるギリギリまで引きつけてから、アクセルを思い切り踏みつけた。
「アロナ。ナビゲートも頼む」
『えっ?!ええっ!?何処にですか?!試験会場まで真っ直ぐで良いんですか?!』
「いや、試験会場じゃない。目指すは…風紀委員の施設だ!」
ルルーシュは巧みにハンドルをさばき、速度を落とさないままに通りを曲がった。
うまい具合に、幾らかがヒフミ達の方を追いかけたようだが、風紀委員の多くは、ルルーシュを追いかけてきていた。
「途中までは風紀委員の何処か近くの大きめの施設を目指してくれ。
その後、そうだな。直線距離で10km以内に入ったら試験会場へとナビを変更」
『り、理由はよく分かりませんが、分かりました…!』
「理由は俺の、この車の目的地を誤認させるためだ。
風紀委員に対するテロの可能性を想起させ、此方に意識を集中させる!」
『うえええ!き、危険過ぎますよ!』
「だから頼りにしているぞ。アロナ」
射程ギリギリのつもりではあるが、風紀委員の武装を把握しきれているわけではない。
何度か至近弾を受けながら、ルルーシュは速度を引き上げ、通りを爆走する。
単純な走り方では遠距離のバズーカやらで狙われかねないと、ランダムに曲がって相手を翻弄していく。
それでも、徐々に風紀委員の施設へと距離を縮めて行っており、恐らく風紀委員もそれに気付いたのだろう。
ルルーシュはバックミラー越しに彼女らの様子を観察していたが、助手席に座る風紀委員や車体の上に陣取り、観測手を務めている風紀委員の動きの変わったことを確認出来ていた。
無線機を手に取ったり、下にいる仲間達にルルーシュの向かっている先を伝えたりとしているようだった。
「ここらが潮時だな」
ルルーシュはアロナにナビゲートを変更するよう伝え、急ハンドルを切って、風紀委員の施設へは右折するべきところを直前で左折。
相手に混乱を与えつつ、離脱を開始した。
だが、当然追跡がやむわけではなく、むしろどんどんと厳重になっていく。
狙っていた施設からの応援か、攻撃ヘリまで出てきており、最早射程で言えばとうにルルーシュはしっかりと狙いを付けられていた。
それをどうにかハンドル捌きで誤魔化しつつ、裏道を目指す。
緊急脱出装置でもあれば良かったが…。
しかしここまでは計算通り。
裏道に屯しているスケバン達は爆走するバンとそれを追う風紀委員に驚き、すっかり何処かへ身を潜めているようだった。
表通りのように人気のなくなった道を駆け抜け、ルルーシュは最後には、工事中のまま放置されてしまったのだろう廃墟へと突っ込んだ。
『せ、先生?!大丈夫ですか?!』
「ああ。助かったよ。さて…逃げるか」
車を捨てたルルーシュは取り出した発煙筒を風紀委員が突っ込んでくる方向へと投げてから、廃墟の狭い場所へ身を滑らせ、追いかけてきた風紀委員の目から一度逃れる。
そして、辺りに風紀委員が散開する前にビルの敷地を抜け出し、路地裏を駆け始めた。
「…ぜえっ…はあっ…!」
体力のないルルーシュは直ぐにトップスピードを維持できなくなり、散歩でもしているかのような速度になる。
しかし、激しく廃墟へ突っ込み、発煙筒で視界を遮ったことで彼女らは追いかけていた犯人が廃墟に隠れたのか、他へ逃げたのかも判別が付かず、判断が遅れたのだろう。
どうにか振り切る事に成功するのだった。
「…ぜぇ…ぜぇ…」
「あっ!先生!…大丈夫ですか…?」
膝に手を付き、息を吸うルルーシュは声のした方に目だけを向ける。
「ヒフミ…コハル…無事着いていたんだな」
「はい…先生と美食研究会の皆さんのおかげです…!給食部のトラックが川に沈んだ時はもうダメかと思いましたが…」
「2時45分…。何とか開始前に付いたが、流石に疲れた…」
アズサ達が、ルルーシュの来たのとは反対方向からやって来る。
「…二人は二人で何があったんだ…?」
アズサは防毒マスクを装着し、ハナコは水着姿となっていた。
「いや、今は良いか」
とにかく試験会場に急ぐ必要がある、とアドレスと地図を頼りに、廃墟だらけの寂れた道を警戒しつつも急ぐ。
「ここか…」
蔦やツルに侵食され、ヒビ割れ、不良達のアート作品。
そのビルを包む全てが、ここが正に廃墟である、と主張していた。
「どうしてこんなところで試験を…。試験用紙とかどうなるんでしょうか…誰か来ているんですかね?」
「人はいなさそうだな。だが、手段は用意してあるだろう」
ルルーシュの言にアズサが頷きつつ辺りを探る。
そして直ぐに筒状のものを手にし、皆に見せた。
「これじゃないか」
「これは…不発弾か?」
「L118。牽引式榴弾砲だ。雷管と爆薬を取り除いて爆発しないようにしてある」
「…なるほどL118はトリニティの制式兵器だったな」
「つまりはナギサさんからのもの、と…」
アズサが筒を開けると、折り畳まれた紙片が何枚か落ちる。
「これが試験用紙ですかね?」
もう一つ、ころり、と転がり落ちた機械。
アズサがそれに気付き、「通信機…?」と手を伸ばすと同時、その機械は起動する。
『…これを見ているということは、無事に到着された、ということですね』
ナギサの姿の収められた映像が浮かび上がり、彼女の声が、廃墟に響く。
「な、ナギサ様?!」
「え、じゃあこの方がティーパーティーの?」
「ナギサ…」
『ふふっ。恨みの声が聞こえてきますね。
まあ、これは録画映像なのでリアルタイムには聞こえないのですが。
ですので、今の私に話しかけても無意味ですよ』
ニッコリと貼り付けたような笑みを浮かべたまま、ナギサは続ける。
『それでは約束の時間までに試験を終えて、戻ってきてくださいね。
一応、引き続きモニタリングはさせていただいておりますので、そのことをお忘れなく。
…では、幸運を祈りますね。"補習授業部"の皆さん』
『どうかお気を付けて』最後にその一言を残し、録画映像は途切れた。
「なんだか最後…含みのある言い方でしたね…?」
「………皆、まだ五分ほど時間はある。少しだけ待っててくれるか?」
ルルーシュはナギサの最後の一言に引っかかりを覚えていたのだ。
そんな彼は先に会場へと入り、ひっそりと囁く。
「アロナ。スクリーニングを。火薬や遠隔の起爆装置がないか調べたい」
『──了解しました』
ルルーシュ自身も、机の中や棚の後ろ等を可能な限り目視で確認したが、彼の予想は当たらなかった。
「…杞憂か…?」
とにかくもう時間がない、とルルーシュは皆を会場へと入れ、試験用紙を配り直した。
「では試験を始めようか」
そこから二十分程は、何事もなく過ぎていった。
ペンの走る音だけが響く部屋。
その部屋、ビルの外に、数人の人影が集まりつつある事など、ルルーシュ達は知る由もなかった──。
「ここが例の場所?」
「うん。ここから向こうの方まで全部かな」
「へへっ。何処の誰だか知らないけど、親切に温泉のありそうな場所を教えてくれるなんて、ありがたいこった」
作業服に身を包む二人の生徒達が楽しげに話しつつ、周辺を"掘削"する準備を整えていっていた。
そして──。
「発破準備!」
「よおし!温泉開発だあー!!」
『先生!!爆発物の反応が──!』
同時。
アロナの叫ぶような警告がイヤホンを通してルルーシュの耳をつんざく。
「なっ?!」
バカな、と言いかけたルルーシュであったが、瞬間に身体が吹き飛び、それどころではなくなった。
巨大な爆発が、温泉というロマンを求める者たちの掘削作業が、辺り一帯を吹き飛ばした。
ルルーシュはアロナに守られ無事だった。
ヒフミ達も流石はキヴォトスの人間。
大きな怪我はなかった。
しかし、試験用紙はただの紙である──。
第二次特別学力試験。
結果。
阿慈谷ヒフミ、浦和ハナコ、下江コハル、白洲アズサ、試験用紙紛失により…。
──不合格。
今回も読んで頂き、誠にありがとうございます。
また次回もどうぞよろしくお願い致します。