どこか遠く。知らない国。知らない土地。知らない場所。
そこで一人の少女と仲良くなった。それをきっかけにそのコミュニティの人々とも打ち解けた。
けれどそこは紛争地帯だった。手が届くはずだった。
雨のように飛び交うミサイルに街は焼かれ、村は焼かれ、人は焼かれ、焼かれ、焼かれ。
目の前に居たその少女にさえ、この手は届くことは無かった。
そしてエイジは夢から醒める。
たまに見る
自分のモノではない、あの人の記憶。それがこんなにも胸を焼く。もう他人事ではないのだ。
ベッドから上体を起こし、自分の両手を見つめる。
「もう、取りこぼさない」
そう呟いて、強く握りしめた。
梅雨の季節が明け、夏がやってきた。酷暑はスクールアイドル同好会に容赦なく牙を向く。
具体的に言うと、暑すぎて屋上では練習できない。
冷房の効いた喫茶店、かのんの家で作戦会議だ。
「サンシェード作らないとだね」
「その前に理事長の許可だな」
日陰さえ作れれば、屋外でもなんとか練習は可能だろう。
「すみれちゃんちは?」
「そうデス。木陰とかないのデスか?」
かのんと
「なくはないけど、そんなに広くないわよ?」
「いいのデス。この三人が練習出来れば、猫の額のように小さくとも」
「言い方」
すみれからチョップを喰らう可可。最初こそ揉めていた二人だったが、こうして見ると仲睦まじい。
チャリンチャリンと玄関の鐘がなる。来客のようだ。
「いらっしゃいま……せ!?」
驚くかのんの視線を追う。
その先には
「ぱー!ここだと思ったんだよね」
「いきなり押し掛けてごめんなさいね」
つまりはサニーパッションである。
「思い、残すことは、ありまセン!」
すみれ宅の神社で、サニーパッションのパフォーマンスを見せて貰った。
ブレードを持った可可は号泣している。ハンカチを渡しておこう。よしよし。
「レベル高くない?」
「東京代表だからね」
すみれの驚愕にが返した。
二人は練習場所を探していたようなのでこの神社まで案内した。ただ本題はそうではない。
「代々木フェスで見て、この子達だ、って思ったんだよね!」
「もちろん無理にとはいわないわ」
悠奈と摩央が言う。
これはチャンスではなかろうか。かのんと視線を合わせる。
「行きます!私達、今歌えるところがあるならどんどん歌っていきたいと思ってるところなので」
かのんの言葉に可可とすみれも頷いた。
「いいよね、ちぃちゃん?」
「え、あ、うん」
千砂都の返答にエイジは少し違和感を感じた。どこか上の空のような。
「じゃあ詳細はおって連絡するわね」
「またねー!」
簡単な観光案内をし終わり、二人を見送る。
「私、ちょっと用事あるから。じゃあね」
千砂都はそう言い、行ってしまった。聞くタイミングを失ってしまう。
「二人も来てくれるよね」
「「う〜ん」」
「あれ?」
かのんの質問にエイジと章は唸る。
「おいそれと東京を離れるのはね……」
「向こうだって東京でしょ。来なさいよサポーターなんだから」
二の足を踏むエイジを急かすすみれ。
BOARDの正隊員である以上、軽々しく持ち場を離れることは出来ない。
「一応申請は出してみるけど、ダメ元だと思ってて」
目的としては旅行。それも二人同時には流石に駄目だろう。
通った。旅行目的、しかも二人同時で。
郁代曰く、「BOARD隊員である前に学生なんだから、変な遠慮しなくていいのよ」とのこと。
「じゃあ夏休みは、みんなで神津島だー!」
スクールアイドル同好会部室。ノリノリのかのんだった。
「あのねみんな。私、夏休みは別行動しようと思うんだ」
千砂都が言い放った。
また気付かないうちに何かしてしまったのだろうか。エイジは自分の行動を思い出す。
「近いうちにね、ダンスの大会があるの。学校の代表として出てみないかって話があってね」
学校の代表。そんな事になっていたとは。流石ちぃちゃん先生である。
とりあえず自分のノンデリで無くて良かったと、ひとまずは胸を撫で下ろす。
「じゃあ応援部も二手に分かれようか」
「は?」
「章は神津島に行って。俺は残るから」
エイジの提案に、章何かを言おうとしてやめた。
「そうだね。エイジくんはちぃちゃんに付いててあげて」
「うん。いつも頼ってばかりだもんね」
恩返しのつもりで臨ませてもらおう。
そして神津島への出航の夜。
「「「「うぃす、うぃす、うぃすー!」」」」
かのん、可可、すみれ、千砂都の四人は息ぴったりに指を合わせて、そう謳った。
「自分の状態わかってるか?」
「分かってる分かってる」
詰め寄ってくる章に軽く返す。
「俺達が組んでる意味、理解してんのか?」
「大丈夫、無茶はしないから」
「お前のそういう言葉はマジで信用ならねーんだよ……」
章はこめかみを抑えた。本当に信用されていない。
「章ー!もうすぐ出航デスよー!」
「なに男同士でいちゃいちゃしてんのよー」
「いちゃいちゃはしてねえ!」
駆けていく章。反対にかのんがこちらに駆け寄ってきた。
「じゃあちぃちゃんの事、よろしくね」
「うん。任された」
千砂都と共に行ってらっしゃいとかのん達に手を振った。
「ねえエイジくん。お願いがあるんだ」
「お、早速?何々?」
ダンスで役に立てる事はなさそうなので、雑用だろうとなんだろうとこなしてみせよう。
「私のこと、助けないでね」
「……え?」
船は夜の海を渡っていく。夏場でも涼しさを感じられた。
「可可が船酔い?」
「うん」
「なぜ地面が揺れるのデスかーって呻いてるわ」
「そりゃ船だからなあ」
かのん達と甲板で落ち合う。章は懐をまさぐり、ピルケースを取り出した。
「ここ、酔い止め入ってるから飲ませてやれ」
「え!ありがとう」
「ずいぶん用意がいいわね」
「そりゃそういう役目で付いてきてるからな」
私一人でいいわ、とすみれが酔い止めを持って戻っていった。
「ねえ章くん」
「ん?」
「章くんは何でBOARDに入ったの?」
「藪から棒だな」
「ほら、こうしてあんまり話す機会なかったし。それに」
「それに?」
「歌詞が浮かばないんです」
成る程。歌詞作りに協力するのも自分の役目か。
「と言っても参考にはならねえぞ?なんせ動機は金だからな」
「お金?」
「そう金。うちは割合貧乏でな。稼げるなら何でもよかった。知ってるか?BOARDは訓練生でも結構な給料が出るんだぜ。正隊員なら尚の事な」
命懸けの仕事な分、お給金は弾んでいるのだろう。それが割に合うのかどうかは知らないが。
「じゃあ章くんは家族の為に?」
「どうだろうな。家計が助かった後も続けてんのは、やっぱりやりがいがあるからかもな。人助けも悪くない。エイジのは行き過ぎだけどな」
「そっか……」
「参考にならなかったろ?スクールアイドルが金々言う曲歌うわけにもいかねえしな」
「それはそうかも」
かのんは苦笑いした。やはり歌詞に生かせる話は出来そうもない。
「じゃあ質問を変えます。ちぃちゃんのことどう思う?」
どう答えても角の立ちそうな質問だった。
「トッテモ、ステキダト思イマス」
「ああ、いや、そういうんじゃなくて。ちぃちゃんとの事を歌詞にしようと思って」
「先に言ってくれ……」
これは正直な印象を言っても良さそうだった。
「第一印象がめちゃくちゃ良い、ダンスの出来る凄い奴、とか」
「うん」
「というか、俺なんかに聞かなくても書けるんじゃねえの?幼なじみなんだろ?」
「うん、そうなんだけどね。でも一緒にスクールアイドルやってるわけじゃないし、改めてちぃちゃんってなんだろうなって」
単に仲が良いとかではなく、絶妙な関係性を言語化しなくては歌詞には出来ないのだろう。
どうしたものかと悩んでいると、すみれが帰ってきた。
「ようやく飲んだわ。最初なんて言ってたと思う?『グソクムシの施しはうけまセン』なんていうのよ!?」
「わははははは」
「何笑ってんのよ!」
グソクムシ、というのはすみれのあだ名だ。
彼女が子役の頃に演じたグソクムシダンスから来ている。可愛らしいものだが、本人にとっては黒歴史らしい。
「グソ……平安名も早めに休めよ」
「今グソクムシって言おうとした!」
「澁谷も根詰めないようにな」
「うん。ありがとう」
キャンキャン噛み付いてくるすみれをテキトーに躱しながら甲板から降りていく。
可可の様子も気になるが、女子部屋へ突撃するわけにもいかない。今日はおとなしく寝ておこう。
夢を見た
その人は医者だった。国境を持たない、敵味方の区別も老若男女も問わない医師だった。
その人は紛争地帯で働いていた。たくさんの人を治療した。
だがある時、その医療施設まで戦火は広がり、その人は流れ弾を脳に受けた。
場面は切り替わる。
その人は世界を守りたかった。厳しい訓練を耐え抜き、怪物と戦う特殊隊員にまでなったが、怪物には何も通じなかった。
鍛え抜いた身体も、支給された兵器も何もかも。
その人は己の無力に歯噛みした。
そして章は目を覚ました。
時々見る自分の中にある
見回してみると船の中の雑魚寝部屋だ。
もうすぐ日が昇る。早めに準備して三人を迎えなければ。
そして神津島に到着した。
港にはサニーパッションの二人が出迎えに来てくれている。
「ようこそ!私達の島へ!」
悠奈が太陽のような笑顔で言う。
「こ、これつまらないものデスが!」
「気を使わなくていいのに」
可可が手土産を差し出し、摩央がそう返答した。
船酔いはすっかりよくなったらしい。しかし手土産か。自分も何か準備しておくべきだった。
「で平安名、それなによ」
「ふ、これこそショウビジネスに生きる者の定めよ」
彼女は大きくな帽子に派手なフレームのサングラスをしている。芸能人じゃあるまいに。
そして一日目は楽しく遊ぼう、ということでサニーパッション主催の神津島観光ツアーが始まった。
海辺の飛び込み台、島の特産パッションフルーツのアイス、数々の観光地を巡った。
章は男女比的に失礼するつもりだったのだが。
「え〜。みんな一緒のほうが楽しいよ〜」
と悠奈に言われ、全員がそれに賛同したことにより、付いていくことになった。いいのか、それで。
そして宿に戻ってくる。
「ごめんねー。お風呂場一つしかないから」
「お構いなく。先入っちゃってください」
申し訳なさそうにする悠奈を促す章。
「覗いちゃだめよ」
「しませんて……」
摩央の妖艶な雰囲気だと逆効果ではないだろうか?絶対しないけど。
五人が入っている間、島をライドベンダーで巡る。
いつ怪人が現れてもいいように、地理を頭に叩き込む。小さいがBOARD基地も確認出来た。
「ベッドが二つしかない?」
帰って来て、露天風呂を堪能したら、女子部屋では問題が起きていた。三人の宿泊者に対してベッドは二つ。変わりに宿泊費用はタダでいいとのことだ。
逆に破格ではないか?
「じゃあ俺の部屋のベッド使うか?」
「いいのデスか!?」
「あんたは何処で寝るのよ?」
「リビングでもどこでも寝られるから心配す___
「それは駄目」
かのんがピンと言い放った。
「章くんはBOARDなんだから、いつでも万全な状態じゃないと駄目だよ」
「……一本取られたな。そういうわけだから、話し合うなりなんなりして決めてくれ」
今回はかのんの言葉が正しいだろう。そう聞くや否やすみれがベッドを一つ占領する。
「わたしこっちひーとり」
「あー!ずるいデス!」
「平安名、スカートを気にしろ」
ベッドに飛び込んだせいで危うく中が見えてしまうところだった。
すみれは赤面した。
「エッチ!変態!スケベ!」
「見えてねえし見る気もないから安心しろ」
「見る気もないはおかしいでしょ!」
「どうしろってんだよ……」
プルルルと着信音。章のスマホだ。
相手はエイジである。特に場所も人もはばかる必要を感じなかったのでその場で出た。
「どした」
『参考までに聞きたいんだけどさ、助ける、ってどこからどこまでを言うのかな?』
「はあ?」
わけのわからない質問だった。十中八九千砂都絡みだろう。
「わからんけど嵐のことか?」
『え?いや?全然違うよ?』
電話口でも嘘が透けて見えた。口笛でも吹き出しそうな勢いである。
「嘘つけねえんだから今のうちに白状しとけ」
いいながらスピーカーをオンにした。三人に、主にかのんに聞こえるように。
『う、はい。そうです。ちぃちゃんに助けないでって言われちゃって』
「どういうことよ?」
『あ、すみれちゃん?ギャラクシー』
「ギャラクシー……ってこれは別に気軽な挨拶とかではないわよ?」
『あ、そうなんだ?通りでみんなポカンとするわけだ』
何やってんだコイツ。
「千砂都サンはエイジに助けて欲しくないのデスか?」
『俺に、って言うか誰にもだと思う。自分の力で大会までやりきりたいって』
「エイジくんはどうしたいの?」
『かのんちゃん……俺は、それでも助けたいよ。何が出来るわけじゃないけど、何もしないのは違うと思うから』
「うん。エイジくんならそう言ってくれると思った。今はちぃちゃんの側にいてあげて。きっと必要な時が来るから」
『ありがとうかのんちゃん。取り敢えず見守ってみるよ。みんなもありがとう。章』
「なんだよ」
『みんなの事よろしくね』
「そっちこそ上手くやれよ」
通話は切れた。章は三人に早く休むように言い、部屋を後にした。
そして自分に充てがわれた部屋のベッドに入り、目を瞑る。
あんな夢、みなきゃいいんだがな。