夏休みは矢のように過ぎ去った。その間の全てではないが練習に参加し続けたことで、エイジはある程度は歌って踊れるようになった。
これで千砂都の負担も少しは減るだろう。
そして休み明けの登校日。
校門前でかのん達が駆けて来た。
「エイジくん!ちぃちゃんみて!」
「何か気付きまセンか?」
そう言われて
「今日も可愛いね」
苦し紛れの返答は零点だったらしい。
三人から残念なモノを見る目を向けられた。
「制服だよ」
呆れた風なかのんが正解を教えてくれた。
よくよく見ると普通科の制服である。
「え、嘘!?なんで!?」
「その前に言う事があるのではないデスか?」
「えっと……?」
そこに
「なんの騒ぎだ?」
「章くん、ちぃちゃん見てよ」
「普通科の制服だな。転科したのか。似合ってるぞ」
サラリと満点を叩き出した。
かのんと可可から、これだよこれ、とでも言うような目を向けられる。
「……はい。大変参考になりました」
校舎に入ると、掲示板に人だかりが出来ていた。
「生徒会発足のお知らせ?」
それだけでエイジは波乱の予感がした。
案の定だった。生徒会長に立候補してほしい可可と千砂都。
立候補などしたくないかのん。
かのんがスクールアイドル同好会部室に引き篭もり、それをこじ開けようとする可可の図となった。
「今立候補を表明しているのはあの
可可の懸念は理解できる。ただでさえスクールアイドルに否定的な恋が会長になれば、終わりは言い過ぎだろうが、風当たりがより強くなるかもしれない。
「私に生徒会長とか無理だって!エイジくん達も何か言ってよ!」
「いやー。それがかのんちゃんが一番適任なんだよね」
「なんで!?」
「クーカーのライブは見てた生徒も多いし、歌の上手さは音楽科にも轟いてる。センターやれるだけの花もオーラもある。こんなところか」
かのんの疑問に章が答える。
これだけの要素が揃っておきながら、本人は無自覚なのだから恐ろしい。
「私に花とかオーラとかないって!」
「ふ、私の出番のようね」
へあんなすみれと書かれた襷を胸に、彼女はゆっくりと階段を上がってきた。
「ショウビジネスで磨かれた集客力、今こそ見せる時のようね!」
「どちら様デスか?」
「す、す、すなんとかさん?」
「すみれったらすみれよ!メンバーを忘れてどうするの!」
可可と千砂都に散々な出迎えを受けるすみれだった。
しかし実際、選挙となればあなたは誰?状態からのスタートになるのは目に見えていた。
「そういうワケなので間にあっていマス。一昨日来やがれ部を弁えろデス」
「何さらっとひどいこと言ってんのよ!?」
「すみれちゃん!」
部室から飛び出して来たかのんは、ひしとすみれの両手を握った。
「頑張って!私すみれちゃんの事、全力で応援する!」
「ふふっ、しょうがないわね。私の本気、見せてあげるわ」
「「えー」」
鮮やかな立候補のバトンタッチに、可可と千砂都は露骨に落ち込んだ。
本人が嫌がっているのに、無理やり出馬させるわけにもいかない。スクールアイドル同好会と応援部はすみれを主軸に選挙戦略を組み立てる。
「まずはキャッチコピーかな。ワクワクするような一文を考えないとね」
「まんまる一直線!」
さっそく千砂都が提案した。丸なのか線なのかよく分からない。何を言いたいのかもよく分からない。
「グソクムシにお任せくだサイ」
「グソクムシ言うな」
今度は可可の提案にすみれが突っ込んだ。
グソクムシダンスの認知度を考えると採用しづらい。
「無利子無利息」
「お金なんて貸さないわよ!」
「ワクワクする一文だろうが」
章の提案。なんなんだその強火は。もちろん却下である。
「お前は何かないのか?」
「消費税減税、とか?」
「学校の生徒会長選だって言ってるでしょ!?」
エイジの番になったが、効果的な一文は思い付かなかった。
「かのんちゃんは?何かない?」
自分では無理そうなのでかのんに振ってみる。
「私達が考えるより、すみれちゃん自身の言葉がいいんじゃないかな」
「だってよ。何かあるか?」
「もちろん考えてあるわ。やり遂げるったらやり遂げる!これよ」
本人には最初から考えがあったようだった。
まあキャッチコピーはこれでいいだろう。
「後は公約だよね。例えば___
話し合いは少しづつながら進んでいった。
別の日。SNSアカウント投稿用動画を撮影する。
「合言葉は、結ヶ丘〜____
すみれが木陰のベンチまで走る。その前をボールが横切った。
___ギャラクシー!」
ポーズを決めるすみれの前を、女生徒が先ほどのボールを追いかけていく。
撮影終了。
「はい。オッケーデス」
「良いわけないでしょ!?」
可可カメラマンからオッケーが出た。平たく言って乗り気ではないのだ。
「可可はやっぱりかのんが良いデス……」
「まあそう言わないで。すみれちゃんもやる気だから」
ついつい本音が出てしまう可可を宥めるエイジ。
しかしこのままでは厳しいのも事実。かくなる上はプランBを並行して進めるべきだろう。
「おい。どこ行くんだ」
しまった。対象こと章に呼び止められてしまった。
「質問を変える。何企んでる?」
「……章。生徒会長になる気はない?」
章は目をパチパチさせた。
よしよし。ではさっそく必要事項を用紙に___
がっと肩を掴まれ、振り向かせられる。
「俺を立候補させるつもりか!?」
「大丈夫。応援部で名前は浸透してるよ」
「それならお前でもいいだろ!」
「いやいや。BOARDと応援部の上に生徒会長は荷が重いよ」
「それは俺も同じだろうが!」
「章なら出来るよ。なんでもできちゃうんだから。大丈夫大丈夫」
いつの間にやら取っ組み合いのような形になる。
そこへ千砂都が走って来た。
「今申し込みが締め切られて、正式にすみれちゃんと
「「何でもない」」
「何でもない事ないよね?」
千砂都の追及を二人してテキトーにはぐらかす。
プランBは潰えた。ならばすみれの応援に全力を投じるまでだ。
「普通科は音楽科の三倍。その票を取り入れる事ができれば。くくく」
すみれは怪しく笑った。
「音楽科と普通科の溝を煽るような作戦はダメだよ?」
かのんが言った。
学校を一つにするための生徒会長だ。それで軋轢が出来ては意味がない。
それでも普通科の票が文字通り普通に入れば勝利も見えてくる。
だが恋は既に、普通科と音楽科で共に、来たる学園祭を盛り上げると公約に掲げている。
「私にいい策があるわ」
すみれは怪しく笑った。
たこ焼き作戦は失敗だった。すみれのビラと共にたこ焼きの無料配布を行ったのだが、理事長に見つかり即アウトを貰った。
そして開票。
葉月恋が百票以上を獲得し生徒会長に選ばれた。
「何でったら何でなの〜!?」
号泣するすみれ。
ちなみに彼女はマイナス二十票だった。たこ焼きの件のペナルティである。あっても無くても結果に変わりはないが。
「だから可可は、最初からかのんが良いと言っていたのデス」
「私は生徒会長、葉月さんで良かったと思うよ」
「あんた達〜」
かのんを恨めしそうにすみれが睨んだ。
「いや、すみれちゃんが駄目って言うんじゃなくて、この先、学校の事とか決めて行かなきゃいけないし」
「間違い無くリーダーシップはあるだろうな。俺も文句は無えし」
かのんに章が続いた。恋の生徒会長としての資質に文句はない。問題はただ一点。
「スクールアイドルだよね。ちぃちゃん何か知ってる?」
「ううん。あそこまで毛嫌いする理由とかは、と言うかそういう話題にさえならないかな」
エイジの質問に千砂都は答えた。
何とか理由だけでも分からないものか。
「私、話してみるよ」
かのんが言った。決意は固そうである。
そして今、問題は学校全体を巻き込もうとしていた。
結局恋はかのんの言葉に耳を貸すことは無かった。
そのまま初代生徒会長としての挨拶に臨んだ恋の発言が波紋を呼んだのだ。
「来たる学園祭は音楽科をメインに行います」
この一文が不味かった。生徒全体、特に普通科からどよめきが起こった。
明確な公約違反だ、と。
「抗議文集めにリコール要求、この依頼どうするんだ?」
「一旦保留かな。まずは本人の真意を確かめないと」
章にはそう答えた。
「それにリコールが通ったら生徒会長になるのは___
「私です……」
かのんである。そもそもリコール要求依頼はかのんのクラスから持ち込まれたものだ。しかも言い出しっぺはすみれである。
「おまけに普通科の動きを抑えて欲しい、なんて音楽科からの依頼も来てるぞ」
応援部の部室には意見箱を設置してある。その中の一つらしい。
「今下手に動いたら対立を煽るだけだよ」
「うん。私も今は静観するのがいいと思う」
エイジの意見に千砂都は同意してくれた。
「では、何もしないのデスか?」
「それも部として不味いんじゃないの?」
可可とすみれが言う。確かにこのままだと複数の依頼を無視する形になる。
「いざとなったら二手に分かれてそういうポーズを取るよ。その前に話さなきゃいけないから」
葉月恋と。
「ちょっと時間、もらえないかな?」
「木野さん……」
応援部部室まで生徒会長にご足労頂いた。
エイジと恋。一対一である。
「どうしてあんな事を?」
「学校のためです」
学校のため。このひと言の裏に様々ものを彼女は隠しているように思えた。
「でも今、普通科と音楽科の対立が深まってる。学校のためにはなってないように思うけど……」
「それは短期的な視点です。長期的な視点に立てば、この選択が最善のはずなんです」
はず、か。恋もやはり揺れているのが分かった。
「やっぱり今の状況、本意じゃないんだね」
「校内の対立を歓迎する人間はいませんよ」
「ねえ葉月さん」
エイジは両手を広げて見せた。
「一人が抱え込める量ってこれくらいだと思うんだよ。俺には葉月さんがこれ以上のモノを抱えこんでいるように見えるんだ」
「それは……」
「話してくれないかな?一人で抱えこめない分はみんなで分け合えば、手を取り合えばきっと出来る事も増えると思うんだ」
「……必要ありません」
一瞬の逡巡の後、恋はきっぱりと言った。
「抱えきれずとも、私は進まねばならないのです。生徒会長として。何より創立者の娘として」
彼女は部室から、確かな足取りで去って行った。