影が伸びる。隠れ沈む太陽を探すように、真っ黒な自分が背伸びをしている。
広場の中央に設置された噴水の縁に腰かけた私は、両手で握るスマホに視線を落としていた。
何度確認しても、再起動してみても、いつまでも電波は圏外のまま。
もうすぐ夜になってしまうというのに、私は何もせずただぼんやりと過ごしていた。
最初は、まだここが日本のどこかなのではないかと期待していて。
中世染みた街並みを歩く民衆の姿が、日本どころか世界のどこでも見たことがない顔立ちで、一言も声を発することができなかった。
結果的に、何か手がかりを得ることもできず。
明日の我が身の無事さえ、定かではない。
しかし、気づけたこともある。
まず、黒髪の人がどこにもいない。カイさんもレクスさんもそうだったが、赤や茶色、青などの明るい髪色の人間ばかりだった。染髪をしているのかと疑ったが、誰もその様子がない。地毛であそこまで明るい色をしている人間が何百人もいるとは思えなかった。
そして、今までは必死で考える余裕がなかったが、冷静になるともう一つ気になる点がある。
何故か、彼らの言葉がわかるのだ。
二人と話している間は日本語で喋っている気でいたのだが、彼らと別れた後落ち着いて二人との会話を思い出してみれば明らかに日本語ではなかったのだ。
無意識に彼らの話している知らない言語が理解できて。自然に話している日本語が通じる。この事に気が付いた時、気が狂いそうになるほどの恐怖に襲われた。
唐突に見知らぬ土地に来たことよりも、自分の身体に異常が起きていることが何よりも怖い。
何が起こっているのかわからないのが怖い。これがいつか心身を蝕む毒牙にならないかが怖い。
まるで全身を冷たい針で刺されているようで。
自分という存在の輪郭が、徐々に崩れていく──
「ねえ、そこのアンタ」
不意に頭上から声がかかる。
俯いた視界には、いつの間に近づいていたのかスカートを履いた女性の足が映っていた。
呼び声に釣られて顔を上げる。夕陽の中でもはっきりと認識することができる茶髪をポニーテールに纏めた大柄な女性が、腰に手を当ててジッとこちらを見下ろしていた。
不惑に差し掛かったばかりであろう。口をへの字に曲げてまるで私を査定するような目で見ている。
「あ、の……何でしょうか?」
咄嗟に辺りに視線を飛ばすも、時間帯のせいか広場を通る人の数は少なかった。
私が怯えているのもお構いなしに、女性は変わらず不躾な目で私を観察する。
奇妙な静寂が流れる。私の耳には後ろで流れる噴水の音しか入らなかった。
さては私が不審者だと思い怪しんでいるのだろうかと不安になっていると、沈黙を守っていた女性の影が動いた。
「……やっぱりわかんないねえ。アンタ、ちょっと付き合いな」
「え? ちょ、ま、待って……!」
顎に手を当てて何事かを呟いたかと思えば、目にも止まらぬ速さで私を太い腕で脇に抱え、どこかへと歩き出した。
突然のことで全く反応できなかった私は慌てて払いのけようとしたが、万力のような腕はびくともせず荷物を小脇にして運ぶようにされてしまう。
「は、離してっ。離してください!」
「はっはっは、安心しな! 悪いようにはしないよ!」
高笑いをしながら広場から去っていく。
何故か嬉しそうな大柄な女性と、彼女に米俵のように運ばれる私。
あまりにも珍妙な二人組にすれ違う通行人の視線が集まり、私の頬は夕陽とは違う理由で赤く染まっていた。
短めなので、一時間後にも投稿いたします。