「さて、開店の準備でもするかねぇ」
乃愛が組合に向かうのを見送った後、ミッシェルは店に戻り黙々と店を開ける準備をしていた。
昨日は思いがけず貴重なものが手に入った。少々強引すぎたかもしれないが、快く譲ってくれたおかげで気分がいい。
机の上の埃を拭きながら、思案に耽る。
見たこともない素材と製法で作られた服。丁寧な立ち居振る舞いに言葉遣い。幼さが残りながらも人目を引いてやまない美貌。
乃愛という人間を構成する要素全てが、ミッシェルの興味関心を引き付けている。
同性でさえ見惚れてしまうあの顔を街中で曝け出していたら大変な事態になっていたであろうことは想像に難くない。
惜しむらくは乃愛自身がその美しさに気付けていないことだが、今となっては彼女の無事を祈るほかなかった。
それに、夜空のように黒い髪に黒い目。どこかで見た覚えがあるのだが、いくら記憶を遡っても思い出せない。
よく手入れされた艶やかな髪は庶民では持ちえないもので、少女の身分の高さが伺える。
大商人の娘か、カンテラ外の貴族か、あるいは……。
「……いや、ないね」
もしも乃愛がやんごとなき立場の人間だったならば、あんなところで一人たそがれているはずがない。それに失礼な物言いしかできない自分は今頃生きてはいないだろう。
何か事情があるのは察している。声を抑えてはいたが、夜に一人で静かに泣いているのには気づいていた。
部屋に入って慰めることはできた。それをしなかったのは、彼女が漏らした弱音を聴いてしまったから。
帰りたい。一人は嫌だ。ここはどこ。おかあさん、おとうさん。死にたくない。
ドアを叩こうとした手を止めたのは、そんな泣き言を聴いてしまったためだった。
乃愛はきっと、心の奥深くで抱えたものを一人で吐き出したがっている。
ここで自分が入っていっても逆効果であろうことは容易く想像できた。
あの歳でどんな重責を抱えているのか知ることはできないし、軽くしてやることもできない。
だからせめて、何も察してやれない体で気軽に接してやるのだ。
「……しまった、朝食の片づけをしてなかった」
あらかた準備を終えたところで、食卓にパンや食器を出したままだったことを思い出す。
放置してもいいが、一度気になってしまったためにテーブルの様子が脳裏にこびりついて離れない。
面倒くさいと思いながらも、気持ちよく仕事を始めるために散らかったままの食卓に向かった。
「ん? なんだいこれ」
食器を重ねていくと、テーブルの上に白い布のようなものが置かれていることに気が付く。
あんなものを置いた覚えがない。乃愛が忘れていったものだろうかと布を持ち上げてみると、柔らかい手触りとは裏腹に少し重たい感触を手のひらに感じた。
折りたたまれた布の中に何か包んである。
訝しげに布を開き、キラリと光る見知ったもの物体が入っているのを見て、ミッシェルは目を丸くした後に噴き出した。
「ったく、いらないって言ったのに……律儀な奴だねぇ」
もう一度布に包み、ポケットに押し込む。
白いハンカチの中で、数枚の硬貨が擦れて音を奏でた。