「悪いな。あの愚者の調教では手応えが無さ過ぎた」
「恩恵も受けてない奴に容赦無ぇ」
空が白み始める少し前、屋敷の中庭で俺とオッタルは向かい合う。俺は骨斬り丸を手にし、オッタルは大剣。
巨体の獣人L v7と小人族L v5、ベテランと若造、彼我の実力差は明らかで、同じファミリアの最高幹部でさえ単独では挑まない。
俺だって指導をする積もりのオッタルに妹と挑むのが普通だ。同じスキルの相乗効果で互いに大幅な強化を受けるし、それでも勝てる未来は見えないんだが。
側から見れば馬鹿だよ、馬鹿。俺だって大金の報酬が確約されて気分が良くなきゃ朝稽古の相手なんざ引き受けるかよ。
ただ……。
「ちょっとばかり経験値稼ぎたくなってな。凄い無茶する前に結構な無茶をしたくなっただけだ」
「あの少女の熱に……いや、野暮か」
「野暮だろ」
だから唯でさえ仲が悪い団員内部で更に嫌われてんだ、とは言わない。俺にだって人の心は有る。
言葉を交わすのを止め、互いに相手を見据えればオッタルからは本気(但し全力ではない)の威圧が放たれる。Lv6のヘディン達でも一瞬は気圧されるであろうそれだが、それ以上の物を受けた事の有る俺にはそれ程は堪えない。
少しは堪えたが、まあ、俺達の種族って最弱と揶揄される程だから敵対するのが格上なんて当たり前なんだよ。
そしてだ、種族関係無く人という括りにしても到底敵わないのが神、何よりも武神と呼ばれる存在は人類が何千年も研磨し継承を続けても轍の痕跡すら残らない程に前を行っている。
その一柱であるタケミカヅチ様に頼んで威圧を経験してみたんだが……想定が甘かった。
武神の殺気、大きく抑えて漏れ出た尿漏れみたいな殺気でも死のイメージが三日三晩は消えなかった。
本来神は人には本気を出そうと思っても出せない。足元で転がる羽のもげた蝶に黒竜が本気の憎悪など向けないであろうのと同じで、気に入らないや鬱陶しいとは感じても次元が違い過ぎる。
「うん。タケミカヅチ様に比べりゃ都市最強も赤子同然だな」
「武神の教示を受けていたのだったな。羨ましい限り、だっ!!」
大剣を振り上げる音は嵐の如く、踏み込みは地揺れを思わせる威力で地面を割って俺へと迫る。竜の首すら両断が容易いであろう振り下ろしに俺は刃を添える様にして構え、オッタルの放つ大上段からの振り下ろしは一寸のぶれも無く一直線に振り下ろされ、オッタルの体幹ごと右へと逸れた。
地面に激突した大剣は更に大きく地面を割り、亀裂は周囲一帯に広がる。オッタルは無言で数歩分後ろに跳び、大剣を水平に構えての突きを放つも今度は斜め上へと流れ、俺は前進と共に斬りかかるも眼前に迫る膝蹴りを避ける為に横へと退避、続いて大剣が横薙ぎに振るわれようとした時、静かな声にも関わらず離れた場所の俺達にも感じ取れる女神の声が聞こえて来た。
「二人共、その辺りにしておきなさい」
やべっ、フレイヤ様が少し怒ってる。だが、助かった。
オッタルの攻撃を容易に受け流して見えたであろう俺だが、ぶっちゃけ肩とか腕への負担が凄かった。
受け流し損ねた衝撃で外れるかと思った肩を軽くさする。
流石は都市最強、とんでもねぇ……。
「それで釈明はあるかしら?」
一部が見事に荒らされた庭にて、腕を組んで笑顔のまま声に不機嫌さを混ぜ込む
「全部オッタルが壊しました。申し込まれたから俺は撃ち合いに付き合っただけで、連帯責任だとしても1%程度だと主張します」
「!?」
買い取った屋敷の損傷……は違うか。こっちに来た時に力を借りた商人のボフマンに明け渡すそうだし、朝から騒いで大勢に迷惑を掛けたって良識的な内容も考えられない。
昨晩はお楽しみでしたね? アリィは美味しくいただかれちゃったと。
不機嫌さの理由は一つ、余韻を台無しにされたからだ。
これは不味い。なのでオッタルに全部おっ被せる。嘘じゃないぞ。壊したのは本当に此奴だし。だからビックリされても困るんだが?
「そう。じゃあオッタルにはその内に罰を与えるとして貴方は出る前に修復をお願いするわ」
え? 俺にも罰則あるのか!?
フレイヤ様の顔を見れば笑顔だが威圧感。ヘディン達もちゃんと引き受けろと視線で語り掛けて来て、此処でゴネて関係を壊しちまう方が損害か。
必要経費必要経費。今回の報酬は組合から出す都合もあって決定まで時間が少し掛かるが、オッタルとの撃ち合いで得た経験を考えれば……。
金銭的な得は無く、損失を避ける為の労働だ。少し移動すれば何とでもなった事を考えれば誤算からのタダ働き。
タダ…働き……。俺の嫌いな言葉です。自分と妹の身を守る為以外ではしたくないが、精神的苦痛に耐えながらも【マネーイズパワー】を発動させる。
「項目選択、修復。対象選択、周囲一帯。消費金額確認。発…発ど……発動」
「この世の終わりみたいな顔しているわね、この子」
消費残高約五十万ヴァリス。腹を満たす食事が五十ヴァリス程度。つまり一万食分。二人で一年分の食費が約十一万。四年と半年分。
第一級冒険者なら楽に稼げる? そうじゃないんだよ。
「あら、もう直ったわ。相変わらず便利ね、貴方の魔法って」
「大いなる力には大いなる代償が付き纏いますけれどね。……仕方無い。ラシャプ・ファミリアの野営地から略奪して補填しよう」
「……まあ、良いんじゃないかし、ら? それじゃあラシャプは任せたわ。ああ、でも……貴方が守ってくれたとはいえ、唆された子達が私の物に手を出す所だったのよね?」
また威圧感だよ。でも、さっきのとは別種だな。
俺達に向けられたのは女神としてでなく個人としての物だが、今まさにラシャプに向けられているのは女神として己の矜持を傷付けられた時の物。
こりゃアリィは早めに頼みに行って正解だった。もし行かずにこの流れになっていたらオッタル達を引き連れて叩き潰し、スッキリしたからワルサは放置って可能性もあっただろう。
神なんてそんなもんだ。人の姿をして言葉が通じても別の存在。さてと、この怒りがどう働くか分からねえが、巻き込まれる前に行くとするか。
その前にやる事があるけれど……。
「オッタル、ちょっとした頼みがあるんだが、これをアリィに
「これは?」
壊れてはいけないと少し離れた場所に置いてあった荷物から取り出したのは運賃として有り難く受け取った約二百五十万ヴァリス程度の短剣。
ただ、その価値は美術品としての物だけ。王族が戦場にて身に付ける物として金に変えられない価値だってある。
だから最低でも一千万でしか売る気は無いんだが、貸す程度なら良いだろう。
勿論用事が終われば返して貰う。……俺が勝手にやった事だからレンタル料は……無し。
「さあ? 王子アラムとしては重要な物らしいぜ。演説の際に必要だと思ってな。言っておくが今は俺の物なんだから貸すだけだ。忘れるなよ、貸すだけだからな!」
少し前までは負け確定のギャンブルに手を出す気は無かったが、フレイヤ様が力を貸すと決めた時点で勝ち確だ。
レンタル料の代わりに今後旨みを引き出せる関係性を作らせてもらおうか。
あー、でも三万程度なら金貰っても良い気が。どうしよっかなー。
「……まあ、欲張り過ぎは止そう」
今から向かうのはラシャプの捕縛。確定で決まった勝利を帰還覚悟の嫌がらせで潰すか次の遊び場を求めて逃走するかは分からないが、どちらにせよ迅速に終わらせないと神の力を使われてしまう可能性もあるからな。
魔法での移動は魔力で勘付かれる可能性があるから徒歩で向かう事になる。さっさとワルサ軍が壊滅してくれれば楽になるが……。
「バジリスクとかどうやって持ち出したんだよ。まさかザニスの奴が関わってねえよな……」
ワルサ軍総勢八万はオッタル達によって蹂躙。途中でフレイヤ・ファミリアだと気が付いたラシャプはワルサの陣地から逃亡、これが今の状況だ。
切り札だったのか一応竜種に分類されるバジリスクを投入したが、あんな巨大なモンスターをどうやってバベルの入口から出した?
遠征の荷物に紛れ込ませたか、俺と同じく転移の魔法かリリルカみたいな変身魔法か、もしくは……。
「ダンジョンに別の出入口でもあるのか?」
駄目だ、材料が少な過ぎて【直感】が上手く働かない。陣地から少し離れた所で機を伺いながら考えていたが時間の無駄。そもそも大手ファミリアに丸投げする案件だしな。
俺とリリルカ以外はLv2が関の山の雑魚ファミリアが気にしてもしゃーない。今はラシャプを捕まえるか。
今は神の力を封印している身だ。見た目相応の子供の力じゃ砂漠を越えるのは難しい。
「エル・ドラド」
詠唱をスキルによって短縮し、消えていく五万ヴァリスの存在に内心涙しながら出したのは黄金の蛇。
ガリバー兄弟の指導で鱗の一枚一枚に至るまで細やかな造形を施し、喉の空洞を調節した事でシャーシャーと鳴く音さえも。
それは砂の中に潜り、音も無くラシャプの後を追う。やがて陣地から遠く離れ、ラシャプが一息付いた時まで気が付かれる事も無く追い続け……。
「ふぅ。此処まで来れ、ばっ……」
ブカブカの服の中に飛び込んだ蛇は反応するより前にラシャプの首に絡み付き、一瞬で意識を刈り取った。
「さてと、血を少し抜き取った後はフレイヤ様に引き渡すか」
その後? 俺が考える事じゃないな。取引に関わっていそうな書類は置いてそうな場所は調べているし……。
「さーて、俺の用事は済んだしオラリオに戻って金儲けでもしますかね」
ザニスが関わってそうなら一部の書類は処分して、後はロイマンの仕事だ。短剣は……まあ、落ち着いた頃に回収すれば良いや。
「罰としてフレイヤ様から漸くこの家で雑用をやれと命じられてしまった。世話になれないだろうか」
「帰れ、脳筋」
うちには年頃の妹が居るんだけれど!?
予告 その内、オッタルがアマゾネスの服を着る予定