「堪えろよ、小僧! 此処で崩れりゃ全滅だ!」
「はい! ファイアボルト!!」
つくづく僕はミノタウロスと縁があるらしい。前世で何かやらかしたのかな?
モルドさん達のサポーターとしての道行は順調だった。第一級の人達の戦いを見ていたら感覚が麻痺しそうだけれども、冒険者の多くがランクアップせずに終わる中で三人全員が上級冒険者になっているだけあって中層は慣れた物。
偉業を三人で乗り越えて来ただけあってか連携もしっかりで、僕は取りこぼしたのを始末したり背後から迫るのを牽制する程度。
本当に順調に十八階層まで続く階段まで辿り着いて、僕達は油断していた。ダンジョンは侵入者の慢心を見逃さないのに……。
『ヴモォオオオオオオ!!』
再興したリヴィラの街に行って高騰中なのを運良く多めにゲットしたドロップアイテムを売ろうとなった道半ば、餌を取りに足を踏み入れたらしいミノタウロス五体と遭遇してしまったんだ。
しかも唸り声に誘われて周囲からもモンスターが集まって来る。
そしてモルドさん達が食い止め二体まで減らしたミノタウロスが僕の方へと抜けてしまった。
「逃げろっ! リヴィラまで走れぇえええ!!」
追い付こうにも殺到したモンスターが邪魔で三人は動けず、後方でサポートに徹していた僕とミノタウロスは一対一の状態だ。
此処に来るまでにファイアボルトは相当使って体感的に三回、いや、牽制に使ったから残り二回だ。
片目と角一本を失い、胸には血が流れ出す程の切り傷。弱っている、とは思わない。相手は手負いの獣。一番厄介な相手だとザルド叔父さんから教わっている。
鼻息荒く腕を振り回して逃走を図ってるんじゃなく、せめて僕だけでも道連れにしようと伝わる殺気に足が震えそうになるのを堪え、爪先に力を入れた。
モルドさんは逃がそうとしてくれているけれど、此処で逃げても追い付かれる。そして殺される。
僕は下級冒険者、幾ら神様から貰ったナイフが強力でもミノタウロスの分厚い皮と筋肉を断つにはステイタスが足りはしない。
でも、一つだけか細いけれど勝利へと続く糸は僕の手の中にあるんだ。
【
チャージによる攻撃威力の増強、負担も大きいけれどそれが唯一の勝機に導いてくれる。
ミノタウロスが姿勢を低くして地面を強く踏み締める。必殺の突進の構えだ。ああ、どっちにしろ逃げても無駄だったから立ち向かう決意をして良かったよ。
右手に光の粒が纏わり付く、チャージが始まった証だ。
『ヴォオオオオオオ!!』
口と傷口から血を溢れさせながらミノタウロスが咆哮し、角を突き出して僕へと迫るの
怖い怖い怖い逃げろ逃げろ逃げろ……立ち向かえ、ベル・クラネル! あの人を守れる英雄になるんだろう!
「あああああああああっ!! ファイアボルトォ!!」
先ずは一発、チャージ無しの一撃を放ちながら前進する。狙うのは角が健在の右側の足、それが踏み締めようとした地面。
突進の勢いを乗せた地面が陥没し、僅かに崩れた左右のバランスの重い方へとミノタウロスの体が傾き突進の勢いが一瞬削がれた瞬間、僕は跳んだ。
頭上を飛び越す僕に向けて伸ばされた腕を体を捻って躱し、肩に張り付く様にして胸の傷にナイフを差し込む。
僕に力じゃ傷の上でも深くは刺せないけれどこれで良い! これだけが僕の生死を分ける分水嶺だ。
「ファイアボルトォオオオオオオオ!!!」
チャージを込めた炎雷がミノタウロスの体内で爆ぜる。膨れ上がった体から溢れた熱が僕の体も焼き、精神力を使い切った僕は衝撃に耐えきれずミノタウロスの上から崩れ落ちた。
ミノタウロスの体が灰になって崩れたのを見たのを最後に僕の意識が薄れて、慌てて駆け寄るモルドさん達の姿を見ながら意識を手放した。
「ベル!」
その直前、僕の名前を呼ぶレフィーヤの声が聞こえた気がした。
「愛想だの女子力とか考えてられるかぁー!! そもそも生まれ持った差が大きいじゃー!!」
何と言うか哀れだとしか感じねぇな……。
娼婦か何かって思える服装に身を包み、呪いの本を片手に楽してモテたいと叫ぶ教祖と呼応する信者達。
呪詛がクソみたいな思想を参加者に伝染させて熱狂させて行く。
もう目の保養とか言ってられない状況だ。ヘイズは覚えていて暫く目を合わせてくれなかった。もしこの場の全員が記憶を残したら?
「【
「え? 私ですか!?」
「主神の命令で潜入したと言い訳が出来る立場だ。既に死んだ魚の目をしているエルフ共は責任転嫁するには相手が悪い。……ああ、それとコレが連中がモテる手段だ」
尚、有名人なので本人が否定しても噂は広がる。記憶が消えるタイプだと良いな。この惨状、金にならなくてもどうにかしたいと思う程に酷い。
「少しの間だけ姿を消したと思ったら……」
見張りの一人が離れた隙に絞め落として変身、教祖にされた女の部屋から持ち出したという訳だ。
変身魔法ってマジで潜入に便利だわ。喋るモンスターが隠れ家作ってたら仲間の振りして近付けるな。
「惚れ薬、それも呪詛が関連する強力な奴。……実にくだらない」
教祖の話は惚れ薬で楽に男の心を手に入れる所にまで進んでいるが、この薬を考えたら洒落にならねえ。
その薬に遠くから二つの視線が注がれているのが凄く気になる。
「お前の親友が薬に視線を向けてるが……」
「シル!? 駄目です、その様な下劣な方法でクラネル氏の心を手に入れても……」
「……もう良い。疲れた」
昔からの知り合いが相変わらず依存癖を拗らせているのも見ていられず、俺はもう一つの視線が送られて来る方へと惚れ薬の瓶を放り投げる。
物陰から伸びる手がそれをキャッチすれば不機嫌そうな目を此方に向ける猫人の男。
「何の真似だ、女?」
「扱いが面倒だ。廃棄なりギルドへの提出なりをしても恨みを買いそうなら押し付ければ良い。ああ、そして……イケメンが来ているぞ!!」
男の名はアレン。妹への扱いで俺とは相入れず、頼み方が偉そうだから引き受けなかった男であり、今は囮に丁度いい。
男に飢えた連中、しかも呪詛でおかしくなった所で現れた男。それに注目されない筈もなく……。
「え? マジ!?」
「小ちゃいイケメンとか凄く好み!」
「ゴミを見る目が堪らない!」
ほら、肉食獣の群れに生肉を放り投げたみたいな状況だ。途端に目が座って怪しく輝く。注目は嫌でもアレンへと向かってジリジリと近寄って行く。
「……おい。今、何っつった、メス豚共」
尚、アレンは背の低さを気にしていてチビ扱いされたらブチ切れる。例え相手が戦えない一般人の女であってもな。
当然暴れる。呪詛で狂って襲い掛かって来た女共をだ。幸せそうだから別に放置で良いんだろうが、変態はコレだから嫌なんだ。
「捕まえろ、お前達!! わざわざ現れたイケメンだぞ!!」
「まあ、この本さえ奪えば終わりだ」
教祖もまたアレンに注目して教典から意識が削がれる。近付いて奪い取るには十分だ。本を奪い取って鳩尾に一発。
俺を汚染しようとしたが肉削ぎを中心に突き刺した。
神の、そして精霊の血を啜って斬れ味を伸ばし続けた呪詛の刃とモテない女神が残した呪いの本の写本。
どっちが勝つかなんて丸分かりだ。
俺に呪いを引き寄せた上で喰らって自己アピールをして来た今まで通りに教典の呪詛は肉削ぎに吸われて萎んで行く。
『モテたかっただけなのにぃ〜。モテ女、死すべし!!』
「……本当に疲れたな」
主に精神的な理由で!
「貴女の事情なんて知った事じゃない!!」
向こうでは少し揉めてるが呪詛の影響下に居た連中は夢から覚めたみたいに記憶がボヤけているらしいし、後始末はギルドの仕事だな。
向こうは向こうで揉めてるが、其方は彼方の仕事だ。うん、もう帰って良いだろ。