「12時11分……バスが出るまであと2分……!」
右手につけた腕時計で時間を確認する。ボクのバカ、あともう少し早起きすればこんなに汗をかく必要も無かったのに。仕方のない後悔がボクの周りの景色と一緒に頭の中を巡る。あの角を曲がればバス停が見えてくるはず。どうか間に合って……!祈りながらボクは走った。しかし角を曲がったその瞬間――
ドンっ、と何かにぶつかった衝撃を感じた後、思い切り尻餅をついてしまった。
「おっと……ごめんよ、キミ大丈夫かい?怪我はない?」
「いてて……ううん、こっちこそごめんなさい。」
ゆっくりと顔を上げると、見覚えのある赤く大きな一つ目の女性がこちらを見つめていた。
「あれ……ノワール?」
「あら、どこのお転婆娘かと思えばブラン君じゃないか。息せき切って全力疾走で一体何の用事だい?」
「えっとね、あのバスに乗って街まで買い物に行く……つもりだったんだけど。」
指を指した先のバス停には最早バスの姿はなかった。
「あーあ、次のバスまで30分待ちだなぁ。」
「それは気の毒だな。……そろそろ立ち上がったらどうだい?」
「え?あぁ、ありがとう。よっこいしょ、と。」
差し伸べられた彼女の手に掴まり立ち上がる。さて、久しぶりにノワールに会えたのは嬉しいんだけどこれからどうしよう。
「ふむ……そうだ、街に用事があるならぼくと一緒に行くかい?」
「え?」
「ちょうどぼくもヤボ用があって向かってた途中でな。どうだい?ここで無為に30分過ごすよか有意義だと思うけど。」
「ほんとに?まさに両手に花だね。」
「……それを言うなら『渡りに船』じゃないかい?」
「ん、そうかも。」
そんな会話を経て、結局ノワールの車で行く事になった。どうやらトイレ休憩で下車したところでたまたまボクと居合わせたらしい。すぐ側の駐車場に停めてあるノワールの車の元に向かう。
「へー、ノワールって思ったより普通の車に乗ってるんだね。」
「一体ぼくに対してどんなイメージ持ってたんだよ。」
ちんまりと丸いレトロなフォルムに、瞳と同じ赤い車体をしたそれがノワールの車だ。車に関してはあんまり詳しくないボクだから名前はわからないけれど、出立ちから結構古い車種であることはなんとなく察しがついた。
「でも結構かわいい車だね、ボクも運転するならこういうのがいいなぁ。」
「ふふん。かわいいだろ、ぼくの自慢の相棒だぜ?」
愛車を褒められたのがよほど嬉しいのか、ノワールは鼻を鳴らして自慢げにしている。かなり大切に乗っているんだろう、中も清潔でまるで新車みたいだった。
「そういえば、なんでわざわざ一人で買い物に?ご両親とは一緒に行かないのかい?」
「うん、ママの誕生日プレゼントを内緒で買いに行きたくてね。でもボクのパパって不器用で隠し事できないから頼れなくって、それで。」
「なるほどねぇ、キミって案外手まめなとこあるんだな。」
「そういうノワールは何の用事?」
「なに、ぼくの方はただの個人的な趣味だよ。コーヒー豆を買いに少しね。」
手際良くエンジンをかけて発車するノワールとそんな雑談をしていた。
「ところでお母さんへのプレゼントって何を渡すつもりだい?」
「うーん、実はそれがまだ決まらなくて。お店見ながら決めようと思ってるんだけど……あ、もし良かったら選ぶの手伝ってくれたりなんて。」
「とことんぼくを都合よく使うつもりだな?いいぜ、キミの頼みだもんな。付き合うよ。」
「にへへ、ありがとう。」
そんな口約束を取り付けて、ノワールの車の話やボクの家族の話をしていると、あっという間に目的のショッピングモールに着いたらしい。今日は週末ということもあり、かなり賑わってるみたいだ。
「昔よくここで迷子になってたっけな。泣きながらママのこと探してたら知らない人間のお姉さんが手繋いでママのこと探すの助けてくれたんだよ。」
「じゃあ今日はぼくが手を繋いであげようか?迷子にならないようにな。」
「茶化さないでよ、ボクももう子供じゃないんだからね。」
「あっはは、冗談冗談。それで、どこのお店から見て回ろうか?」
写真屋さんから寝具屋さん、眼鏡屋さんまで見渡せばいろんなお店がある。
「とりあえず、一通り見て回ろうかなぁ。」
ママは何が欲しいんだろう。ママって何が好きなんだっけ。もしボクがママだったら……。なんて、いろいろと考えながら、いろんなお店を駆け回り、色とりどりの商品を眺める。オルゴール、靴下、ぬいぐるみ、花束……色んな商品が候補に上がっては消えていく。どうしよう、考えれば考えるほどに分からなくなってきてしまった。ママは一体何をあげたら喜んでくれるんだろう。
「キミは本当に優しい奴だよな、こんなに真剣に考えてもらえてキミのお母さんは幸せもんだよ。」
雑貨屋さんの一角で立ち止まって考え込んでいると、後ろからノワールが声をかけてきた。
「それで、キミはキミのお母さんに何をあげたいんだい?」
「ボクがあげたいもの?」
「愛娘からのプレゼントだもの、お母さんは何を貰ったって嬉しいもんだよ。ならキミはお母さんに何をプレゼントしたいんだい?」
ボクがママにあげたいもの、か。考えた事もなかったな。でもどうせなら普段使ってもらえるものがいいよね。ママが毎日使うもの……。
「ありがとうノワール、何にするか決まったよ。」
「お、迷いが断ち切れたって顔してるね。じゃ、買っておいで。」
「やっぱり、人のお金で食べるスイーツって特別に美味しいね。」
「こういう時は素直に『ありがとう』って言うべきだと思うぜ?」
プレゼント選びも終わり、歩き疲れたボクたちはフードコートでパンケーキを食べていた。
「それで、結局プレゼントは何にしたんだい?」
「マグカップにしたよ。ほらこれ、ここの猫さんがなんかママに似てて可愛かったから。」
「あっはは、キミらしくて良いじゃないか。きっとキミのお母さんも喜ぶよ。」
「そう、ノワールにもプレゼント買ったんだよ。手伝ってくれたお礼に、はいこれ。」
「あっはは、わざわざいいのに、キミってやつは本当に……。」
ボクがノワールに渡したのは、双眼の黒縁の丸眼鏡だ。
「知的なノワールに似合うと思って選んだんだ〜。ちょっとかけてみてよ。」
「キミほんと、面白いセンスしてるよな。どうだい?似合ってる?」
「うん。ボクの思った通り、よく似合っててかわいいよノワール。」
「なはは、そんなかわいいなんてよせよな。」
ノワールは満更でもなさそうな顔で手をパタパタと扇ぎながらそう答えた。
「そういえばノワール、今日はボクのワガママばっかり聞いてもらったけど大丈夫だった?」
「ん?」
「いや、来る時ノワールも何か買うって話してたのにすっかり忘れてたなって今思い出して。」
「え?……あっ。」
ノワールはしばらく硬直し、数秒後何かに気が付いたのか神妙な顔をしてこう呟いた。
「今、何時だい?」
「え?16時48分だけど。」
「……目的のコーヒーショップは17時閉店なんだが、今度はぼくのワガママに付き合ってくれるかい?」
「友達の頼みだもん。付き合うよ。」
こうして、ボクたち二人は人もまばらになった夕焼けのショッピングモールに再び駆け出して行った。