白いのと黒いの   作:マグロコスモス

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白いのが子守りをする話

「え?子守り、ですか?ボクが?」

「そ、ちょっと俺の友達から頼まれたんだけどこういうのブランシュちゃんの方が得意かと思って。お店もこの様子じゃどうせ暇でしょ?だから頼むよ、今日一日だけ、ね?」

 

いつもの通り店番をしていると、店長はそんなことを言い出した。この人の突拍子の無さは今に始まったことでもないけど、今回は特にひどい。古本屋のバイトで子守りなんて普通任せるかなぁ。

 

「でもほら、ボク亜人だから怖がっちゃってますよ?」

「そうかなぁ、ブランシュちゃん人相良いし平気だと思うけど。子供は本質を見抜くって言うしね。」

 

ヘラヘラと笑う店長の足をギュッと掴んで、その少女はツインテールの片割れを覗かせながら静かにコチラを睨んでいた。

 

「ま、とにかく仲良くしてあげてよ。今はちょっと緊張してるだけだから。ね?」

「……ん。」

 

店長の呼びかけに彼女は短くそう答えた。うーん、今のは肯定って事でいいのかな。不安な気持ちが残るまま、店長は「じゃ、ちょっと店番頼むよ。適当に遊んでてねー。」と彼女とボク二人を置いて本棚の向こうへ消えて行った。

 

「……。」

「えーと……こんにちは?」

「……。」

 

店長が消えて2人になった途端、沈黙が訪れた。何から話せばいいのか分からないから、ひとまずしゃがんで目線を合わせて挨拶してみる。彼女はボクから距離を置いたまま、こちらをじっと見つめている。2つの束にまとめているふわふわしたピンクの長髪にかわいらしい白いフリルの洋服、小さいリボンのついたチョーカーと、そんな可愛らしい服装とは裏腹にむっすりとしたしかめ面。どうしよう、小さい子の相手なんてした事ないし、なんだかすごく気まずい。でも不安な気持ちをこの子に伝えちゃダメだよね、ボクの方が堂々としてないと安心できないもの。

 

「んと……ボクの名前はブランシュ。君の名前は?」

「……ローズ。」

「そっか、よろしくね。ローズちゃん。」

「……。」

 

名前を聞き出せたまではいいけどどうにも会話が続かない。見たところ彼女は5歳くらいに見える。何かいい話題はないかな、小さい子って何が好きなんだろう、ボクがこの子くらいの時って何してたっけ。緊張してるだけって言ってたし絵本の読み聞かせでもしてみようかな。

 

「……これって。」

「んぇ?あ、あぁ、えっとね、それはけん玉って言って、東の国で作られてる昔のおもちゃで、」

「おもちゃ?」

 

ボクが考え事をしている間にどうやらローズちゃんは店長が趣味でレジの隣の片隅に置いているレトロなおもちゃのコーナーに興味を示したみたい。「おもちゃ」という単語を聞いた途端に子供らしく瞳を輝かせたので、チャンスと見て畳み掛けてみることにした。

 

「遊んでみたいの?」

「……ん。」

 

ローズちゃんの視線はすっかりけん玉に釘付けだ。ボクの方なんて一切見てないけど、横からでもわかるくらい瞳をキラキラと輝かせながら大きく首を縦に振った。一応このけん玉は商品だけど、こんなお店にわざわざ買いに来るお客さんなんていないし大丈夫、だと思う。ボクは財布からけん玉2つの代金をレジ前のカウンターに置いておいた。

 

「えっとね、けん玉っていうのはこの赤い球をここのお皿に乗せるおもちゃで……って説明しても分かんないよね、実際やってみる方が分かりやすいかな?」

 

そう言ってお手本としてボクがやってみる。久しぶりにやってみると大皿に乗せるだけでも結構難しい。やり方を見せるなんて言ってこんな様子じゃ恥ずかしいな。

 

「よいしょ、と……ほら、乗った!……っていう感じなんだけど、どう?わかった?」

 

6回目の挑戦でやっと成功した。せっかく距離を詰めるチャンスだけど子供の興味は移ろいやすい。ボクがぐだぐだやってるうちに関心も無くすかと焦ったけど――

 

「たのしそう!」

 

すっかり夢中になってるみたいだ。ローズちゃんは手に持ったけん玉をボクがやってみせたみたいに……ううん、ボクがやったよりも大きく体を使って振った。宙を舞う玉は鮮やかに大皿めがけて飛んでいき――ローズちゃんのおでこにぶつかった。

 

「あいたっ。」

「あっ、今のは痛かったねローズちゃん……、怪我してない?大丈夫?」

「……平気。もっかい。」

 

ひりひりと痛むおでこを抑えながら、ローズちゃんはもう一度けん玉を構えた。大きく振りかぶって、今度は見事に大皿に玉が収まった。

 

「ローズちゃんすごい、上手だね!」

「……ん、ありがと。」

 

拍手をして大袈裟なくらいに褒めると、さっきまでのしかめ面はすっかり嘘みたいに笑っていた。

 

「あとはこの中皿に乗せたり……乗せたり……」

「……やらなくてもわかるよ、ローズかしこいから。」

 

ボクがあんまりにも下手くそだからローズちゃんも見てられなくなったみたい。とほほ。一方のローズちゃんはみるみる上達し、中皿、小皿にも難なく玉を乗せてみせた。

 

「すごいねローズちゃん、お姉さんよりずっと上手!」

「……ブランシュお姉ちゃん、ローズより下手くそ。」

「む、じゃあ勝負してみる?先にこのけん先に玉を乗せられた方が勝ちだよ。」

「……ローズ負けないから。」

 

すっかり気を良くしたのか、自慢げに鼻を鳴らしながらローズちゃんはそんな生意気なことまで言い始めた。事実ここまで一切良いとこなしのボクだもん、言われても仕方はないけど、やっぱり言われっぱなしは悔しい。そろそろ挽回してローズちゃんにかっこいいとこを見せてやりたい。

 

「……じゃあ、ローズからやるよ。」

 

そう言って彼女が大きく振りかぶったその時、「ゴトン」という鈍い音が響いた。けん玉を落とした音かな、初めはそう思ったけれど、けん玉は変わらず彼女の右手に握られていた。代わりに、ボクの視界からローズちゃんの頭部が、頭部だけが消えていた。

 

「……え?」

 

何が起こったのか分からず、ボクは固まってしまった。え……死んじゃった?目の前に見える、このマネキンみたいに頭だけ抜けてるこのこれ、この胴体には、確かにさっきまでローズちゃんの頭がついてたはず。ボクは近づくことすらできず、腰を抜かさないよう立ち尽くすので精一杯だった。

 

「……やっちゃった。」

 

どこかから聞き覚えのある、いや、間違いなくローズちゃんの声がした。その途端、目の前の首無しの胴体が動き出し、後ろに転がっていたローズちゃんの生首を左手で拾い上げた。バツの悪そうな顔で目を伏せてはいるが、拾い上げられたその顔には確かに生気がある。さっきも喋ってたし、こんな状態でも生きてはいるみたい。そういえばローズちゃんの首の断面からは血が一滴も流れていない。そして胴体と頭が分離したこの状態でも問題なく動いてる……。そういえば、と思い当たる節が一つだけあった。

 

「ローズちゃん、もしかして亜人だったの?」

「……ほんとは内緒なんだけど。」

 

目を伏せたままローズちゃん、の生首がそう答えた。

首無し族。地域によって「デュラハン」だとか「飛頭蛮」だとか「ろくろ首」だとか呼ばれてる亜人で、噂に聞いたことはあったけど本当に会うのは初めてだ。死を呼ぶ妖精、なんて話もあるけどこれも差別によって生まれた根も葉もない偏見から生まれた噂なんだとか、いつか店長が言ってたな。兎も角正体が分かればもう怖くない。恐怖の消えたボクの心に次に現れたのは、好奇心だった。そういえば、首無し族の首の断面って一体どうなってるんだろう。近づいて首の切り株を覗き込もうとすると、ローズちゃんは抱えていた頭を首に押し付け、チョーカーで固定してしまった。

 

「……へんたい。」

「あ……ごめん、つい気になって。」

 

どうやら見られたくない部分らしい。むっすりとふくれた顔で睨まれてしまった。

 

「……ローズが亜人なの、みんなには黙っててね。」

「うん、大丈夫。秘密は守るよ。」

 

ローズちゃんは不安げにしおらしく、そんなことを言った。やっぱり亜人であることを隠していたんだ。

 

「でも嬉しいな、ローズちゃんもボクと同じ亜人のお仲間だったなんて。」

「……なかま?」

「ん?うん、お友達。ボクも、ローズちゃんも。」

「ともだち……。」

 

何度も小声で復唱してはくふふ、と嬉しそうに笑うローズちゃん。多分彼女も、ボクやノワールと同じように、その境遇からほとんど友達がいなかったんだろう。

 

「……お姉ちゃん、ローズとお友達?」

「うん、もちろんだよ。」

「……ゆびきりげんまん。」

 

そうして彼女のちいちゃな小指と指切りをして、ボクたちは10歳以上も歳の離れたお友達になった。

 

「ブランシュちゃん、お迎えが……あら?なんでこんなに静かなの?」

「店長、しー。ローズちゃんが寝てるんですよ。」

 

ローズちゃんは頭をボクの膝の上に預け、胴体は隣の椅子で机に突っ伏すように、ボクの手を握ったまま眠りこけている。

 

「随分懐いてるみたいだね、やっぱりブランシュちゃんこういうの才能あるんだって。」

「結果論ですけどね。というか店長、ローズちゃんが亜人なら初めからそう言っておいてくださいよ。びっくりするじゃないですか。」

「あれ?言ってなかったっけ?でも俺んとこに子守り頼むくらいなんだから訳アリなのは察しついてたでしょ?」

「……まぁ、それは確かに。」

「だいたい、彼女がなんで人間のフリしてるかなんてブランシュちゃんなら言わなくても分かるだろうしさ。」

 

店長のその言葉に無言で頷く。差別から自分を守る為にこんな手段をとっているんだろう。でも、亜人という本当の自分を隠したままで、本当の友達なんてできっこない。加えて、チョーカーで首を固定している都合上、激しい運動もできなくて同級生と遊ぶのも難しいので、みんなからも「付き合いが悪い」と避けられているらしい。こんな小さな体でそんな大きな苦労と孤独を負って生きているなんて、ボクの中で眠る彼女の頭を撫でながら考える。

 

「で、結局ボクへの説明は?」

「すまん、それは普通に忘れてた。」

「ですよね。」

 

そんな会話をしながら、店長と二人で寝ているローズちゃんを抱えて親御さんの元まで届けたのだった。

 

後日。

「じゃ、今日もローズちゃんの子守り頼まれちゃったから二人で店番よろしくね。」

「えぇ……ボクもうあれっきりって聞いてたから了解したんですけど。」

「でもまたローズちゃんに会えて嬉しい、でしょ?」

「……ブランシュお姉ちゃん、笑ってる。」

 

そりゃ、ローズちゃんにまた会えたのは嬉しいけれど。ボクって一体なんの仕事してるんだっけ……?膝元に座って「……今日は何するの?」なんて話しかけてくるローズちゃんの髪を編み込みながら考え込むボクだった。

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