泡沫浄瑠璃:秤金次の同級生が呪われて死ぬまでの話   作:天狗猿

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壱:実習(二〇一七年、六月)

都立呪術高等専門学校、東京校。

人里離れた奥多摩の山中に潜むその学び舎は、宗教施設を隠れ蓑にした古びた木造建築だ。

長い年月を経て黒ずんだ柱、磨かれすぎて鈍い光を放つ床、そして日の当たらない廊下に澱む、古い埃と線香の匂い。

白波瑠璃にとって、ここは故郷(川崎)の熱に浮かされた湿気──欲望と排気ガスが混ざり合ったあの街──とは対極にある、静謐でいて逃げ場のない「巨大な鳥籠」だった。

 

「──────いいか。飛鳥時代に入り仏教が伝来すると同時に、大陸から近代的な文化……つまりは組織的な呪術体系が流入した。これによって政治形態は呪術中心主義からの脱却を目指したが、当然、既得権益を握る旧来の術師たちの反感を買った。教科書に載らねえ反乱の裏には、大抵こっち側の事情が絡んでる」

 

二年生の教室。教壇に立つ日下部篤也は、面倒そうに棒付きキャンディを口の中で転がしながら、黒板に乱雑な文字を書き殴っていく。チョークの粉が、淀んだ昼前の陽光に舞った。

 

「聖徳太子。近年じゃ不在説が主流だが、実際は複数人の優れた術師の功績を複合した『象徴(アイコン)』だったというのが、この業界の定説だ。……よし、今日の授業はここまで。次のテスト範囲は『二世紀後半の倭国大乱から陰陽寮の成立まで』だ。赤点取ると夜蛾学長から、逃げ場のない愛が詰まった呪骸のスパルタ補習が待ってるからな」

 

日下部が去り際、瑠璃の方をちらりと見て言った。

 

「白波。午後から実習だ。三年の宮國と組め……秤、星。お前ら二人は午後も座学の続きだ。一歩でも教室出たら、次は本気でシバくからな」

 

「はーい、篤っちゃんもお疲れサマ!」

 

星綺羅羅が弾けるような声で応える。隣の秤金次は、既に少年誌を広げて「熱が足りねえな、この漫画……」と欠伸を噛み殺していた。

 

「瑠璃ちゃん、実習がんばってね! これ、お守り! 金ちゃんにまたもらっちゃったものだけど、あげる!」

 

手渡されたのは、キラキラした銀紙に包まれた大粒のラムネだった。

 

「あ、……うん。行ってくる」

 

受け取った瑠璃は消え入りそうな声で答えた。瑠璃にとって、綺羅羅は眩しすぎる存在だ。けれど、その眩しさが今の自分を「この場所」に繋ぎ止めていた。

 

 

 

補助監督の運転する車は、山奥の静寂を切り裂き、郊外の住宅街へと向かっていた。

隣に座るのは、三年生の先輩、宮國蓮。

無造作な黒髪に、ハイライトのない虚ろな瞳。耳に連なる銀のピアスが、窓の外を流れる景色を反射して鈍く光る。

 

(……うわ、絶対、女の人の家に転がり込んで、適当に生きてそうなタイプだ……)

 

それが瑠璃の第一印象だった。整った顔立ちには常に薄っすらとした笑みが張り付いているが、それが逆に本心の扉を固く閉ざしているように見えて不気味だった。

 

「白波……瑠璃ちゃんでもいい? そんなに緊張しなくていいよ……呪術師に向いているかどうかなんて、結局は『慣れ』と『狂気』の問題だから」

 

宮國は瑠璃の心中を見透かしたように、物憂げな声を出す。その声は、耳の奥にねっとりと絡みつくような、独特の甘さを持っていた。

 

「……狂気、ですか」

 

瑠璃がボソリと呟く。

 

「そう。まともな奴は死体の山を見て飯を食えないし、化け物の腹を裂いて笑えない。君はどうかな? 自分が『向いてない』と思っているうちは、まだまともだよ」

 

宮國は、値踏みするような視線を瑠璃に投げかけた。その瞳には感情の温度がなく、ただ対象の「利用価値」を測っているかのようだった。

 

「実習先まで少し時間もあるし……授業のおさらいしようか。呪霊については知っているよね?」

 

「……人間からあふれ出た恨みや悲しみみたいな感情のエネルギー……呪力が折り重なったもの、ですよね?」

 

「その通り。呪霊は呪力の塊だ。実体はないけど、人間の目には血や肉、骨があるように見える。呪力で祓わない限り死なない、一つの生命体だ。だから銃弾は効かなくても、呪力を込めた刃は肉を裂く……」

 

 

宮國は窓の外、都心の喧騒から離れた住宅街の、一見平和そうな屋根の連なりを指でなぞりながら言葉を継いだ。

 

「呪いと人間は、案外、薄皮一枚の境界線で繋がってるんだよ……遺伝子さえ合えば、その間に子が生まれるなんていう、反吐が出るような記録もあるくらいだ」

 

彼の言葉は冷たく、それでいてどこか誘惑的な響きを孕んでいた。瑠璃は小さく身を震わせる。

 

 

 

 

【記録:2017年8月 千葉県◼️◼️市 小林マンション

全身に火傷を負った30代男性の遺体を発見。これ以外にも複数人、同マンションで住人と連絡が取れなくなっている。】

 

 

 

 

到着した実習先は、生理的な嫌悪感を催すほど陰鬱な場所だった。

比較的新しい分譲マンションのはずだったが、その周囲を古い寺院と広大な墓地、そして火葬場が囲んでいる。まるで、数千の死者たちの視線が建物という「器」に集中しているかのような、歪な配置。

八階建て、全三十戸。しかし、実際に居住しているのは三世帯のみ。

 

「『闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え』」

 

宮國が呪詞を唱えると、漆黒の「帳」が空から降り注ぎ、マンションを外界から剥離した。

二人は二手に分かれ、室内を捜索する。

瑠璃が入った「子供のいる家庭」の部屋。放置された玩具が床に転がり、色彩が剥げ落ちている。

一人暮らしの部屋には、脱ぎ捨てられた服がそのままの形で「抜け殻」のように残っていた。

どの部屋も、住人が自らの意志で消えたのではなく、何かに「吸い取られた」ような、不自然な静寂が肺にこびりつく。

 

「……事件現場の部屋には、呪霊はいなかった。他の部屋にも。となると……」

 

瑠璃と合流した廊下で、宮國が告げる。

氷を呑み込んだように冷たい胃の奥を抱えたまま、瑠璃は宮國と共に廊下を進んでいく。

 

(……本当に、私がここにいていいのかな。この仕事、きっと向いてない。やっぱり、逃げ出したい……私、あんな風に、いつか『いなくなる側』になるだけなんじゃないか?)

 

自尊心だけは高いが、根は脆い。

瑠璃の思考は、ネガティブな渦へと沈んでいく。

 

「残穢が廊下を通って……マンションの裏手に続いてる。見て、使われていない地下駐車場への業務用エレベーターだ」

 

二人はエレベーターに乗り込んだ。何年も人の手が入っていなかったであろう鉄の箱は、ガタガタと不吉な音を立てて下降を始める。

「瑠璃ちゃんの等級、聞いてもいい?」

 

「準ニ級……らしいです。よく分からないですけど」

 

伝えたのは、担任の日下部からの情報だ。学生証に書かれた「準二」の数字は、瑠璃にとってただの不吉な記号に過ぎない。

 

「へぇ……編入生にしては結構、高いところからスタートしたねぇ。何か特別な才能があるのかな?」

 

「そうなんですか? 呪力量が少し多いらしくて……でも今はまだ、うまく扱えなくて……出した呪力で受け流すのが精一杯です」

 

瑠璃の手のひらから、ボコボコと音を立てて透明な、それでいて粘性のある呪力が溢れ出す。それはまるで、熱湯に落ちた洗剤のように不規則に膨らんでいった。

 

「受け流す……そういう術式…いや特性持ちか。いいね、生存率が上がりそうだ」

 

宮國が感心したように喉を鳴らすと、不意に距離を詰めてきた。

 

「それならまずは、物に呪力を込めることから始めようか。いいかい?物に呪力を流す時に重要なのは、自分の血管を流れる熱を、そのまま物体に移すイメージだ」

 

「……え?」

 

「君の手、握ってもいい?」

 

(は?セクハラかこいつ……それとも、これがこの男の営業スタイルなのか?)

 

瑠璃が嫌悪感に眉をひそめる間もなく、宮國の白く長い指が彼女の手を包み込んだ。

 

「……っ!」

 

「こうやって人間同士でも体温は異なる。でも、触れ続けると温度が近付いていく。呪力もこれと一緒だ。呪力を『熱』として意識して、それを延長させていく……」

 

宮國の手は、一見冷たそうに見えて、驚くほど温かかった。

指の節々、浮き出た血管、滑らかな皮膚。それらを通じて、宮國の呪力の拍動がダイレクトに流れ込んできた。

 

(……すっごく温かい……)

 

けれど、その「熱」の導線は確かだった。瑠璃の中で停滞していた呪力が、宮國の体温に誘われるように、指先からじわりと溢れ出す。

 

(でも、やっぱり胡散臭い。この人、絶対に女の子にこういうことして生きてる)

 

 

 

エレベーターが地下に到着した瞬間、重苦しい湿気と、腐った果実が発酵したような悪臭が鼻を突いた。

放置され錆の浮いた乗用車、埃まみれの積み上げられたタイヤ。

非常灯の不気味な赤が、駐車場の暗がりを斑に照らし出す。

 

『……さむいぃい……なかぁぁ……いれて……ぇ……』

 

駐車場の奥にいたのは、巨大なナメクジのような異形だった。

その触角の先には、ロイコクロリディウムのように極彩色の螺旋模様がドロドロと脈動し、催眠的な不気味さで蠢いている。

ガキィィン、と激しい衝撃音が響き、エレベーターの照明が完全に死んだ。

瑠璃がすばやくボタンを連打するが、鉄の箱は無慈悲な沈黙を保ったまま。退路が断たれた。

 

「閉じ込められたか。……瑠璃ちゃん、少し下がってて」

 

宮國が前に出る。懐から一本の太い墨糸(すみいと)を取り出し、対象に見せるように掲げた。

 

「俺の術式は『墨糸呪法』。本来は真っ直ぐな線しか引けないっていう『縛り』があるんだけど……こうして糸を直接持つことで、曲がった線も描けるようになる。これが『術式の開示』による、出力の底上げだ」

 

呪霊が猛スピードで地を這い寄り、粘着質な粘液を吐きかける。宮國はそれを柳のように避けると、指先で糸を弾いた。

 

「ほら、真っ直ぐ」

 

シュパッ、と空間そのものが鳴いたような音。

墨糸が放たれた瞬間、ナメクジ呪霊の巨体が鮮やかに、縦に三分割される。

 

「ぎぃぃぃいぃっ!!」

 

断面から緑色の腐敗した膿が噴き出すが、呪霊は即座に粘液で傷口を縫い合わせ、再生を始める。再生した触手が宮國を縛り上げようと鞭のようにしなるが、宮國は流麗な動作で糸を操り、逆に触手を絡め取って引き千切った。

その戦いぶりは、暴力というよりは冷徹な「解体作業」に近い。

 

「……! 助かったよ、瑠璃ちゃん」

 

瑠璃の体から溢れ出した泡のような呪力が、飛び散った呪霊の毒粘液をパチンと弾き、彼女と宮國の衣服を汚れから守った。

しかし、一体を「解体」したと思ったその瞬間。

壁のひび割れ、床の排水溝、天井のダクトから、数千もの小さなロイコクロリディウム……色彩の狂った芋虫たちが、地を這う音を立てて溢れ出してきた。

 

「……数は多いけど、階級は4級。丁度いいか、瑠璃ちゃん。ここから先は君がやってみなさい」

 

「……えっ!?無理です、こんな数!」

 

瑠璃は動揺し、後退りする。だが、宮國はあえて手を出さず、彼女を観察するように視線を向けた。

 

「瑠璃ちゃんならできる。君の呪力の泡は放出した後もしばらく消えない。なら、それをどう使う?」

 

足元までウゾウゾと迫る芋虫の群れ。

その這いずる音が、瑠璃の耳元で「死ぬよ、死ぬよ」と囁いているように聞こえた。

 

(自分がどうしたいか、なんて分からない。でも……ここで死ぬのは、もっと嫌だ。お母さんの言う通り混ざらないで生きていくつもりだけど、こんな汚いものと一緒に死ぬなんて……私が、私が助かるためなら……やってやる…!)

 

瑠璃は目を見開いた。

 

「宮國さん、いくつか質問してもいいですか?」

 

「おや、余裕が出てきたね。いいよ、何だい?」

 

宮國は襲いくる芋虫を墨糸で一掃しながら、涼しい顔で答える。

 

「さっきの黒縄は、どれくらいの物まで斬ることができますか?」

 

「術式を開示している今なら、コンクリートや鉄骨ぐらいなら容易に斬れるよ」

 

「呪霊は……石で殴ったら死にますか?」

 

「死ぬという表現が正しいかは分からないけど、呪力が籠もった石……あるいは質量のあるものなら、十分に消滅させられるだろうね」

 

瑠璃は唇を噛み、上を見上げた。

 

「……賭けをしてもいいですか?……っていうか、やらせてください」

 

瑠璃が、今までに出したことのないような、冷たく低い声で言った。獲物を狙う捕食者の、独善的な確信に満ちた瞳。

 

「へぇ……? どんな賭けだい?」

 

「私の泡で、天井の全面に呪力をまとわせ、摩擦をゼロにする。その後、宮國さんの術式で、この駐車場の柱を全部切断してください」

 

「……ふふ。それ、どうなるか分かって言ってる?」

 

宮國の目が、初めてわずかに見開かれた。虚ろだった瞳に、初めて興味の色が宿る。

 

「……君、やっぱり頭のネジが数本飛んでるよ。最高だね」

 

瑠璃は両手で壁に触れる。

思い出すのはエレベーターでの助言。

血管を流れる熱を、壁へと、そして天井へと伝播させるイメージ。

瑠璃の指先から、粘性のある呪力が溢れ出し、壁を這い上がっていく。

近づこうとする芋虫を、足元に広げた泡の膜でパチンと弾き飛ばしながら、彼女は全神経を頭上のコンクリートに集中させた。

宮國はその間、一切の動揺を見せず、瑠璃に迫る巨大ナメクジの触手を墨糸で幾度も細切れにし、彼女の聖域を守り抜く。

 

「いいよ。天井はもう、君の『膜』で覆われた」

 

「混ざって……伝われっ!」

 

溢れ出す瑠璃色の呪力が、粘膜のように天井を、壁を、潤滑な膜で包み込んでいく。

背後からは数千の芋虫呪霊たちが咆哮を上げ、瑠璃たちの足元を侵食しようとしている。

二人は、機能停止したエレベーターの箱の中に滑り込んだ。

 

「……三、二、一」

 

宮國の墨糸が、地下駐車場の主柱を十字に一斉に断ち切る。

瑠璃の泡によって摩擦を完全に失った天井は、支えを失った瞬間、自重を維持できずに一気に崩落した。

 

ドォォォォォォン!!

 

凄まじい轟音と共に、地下空間がコンクリートの土砂で埋め尽くされる。

ナメクジ呪霊も、数千の芋虫も、その圧倒的な質量の前に悲鳴を上げる暇もなく、塵となって消えた。

エレベーターの堅牢な箱だけが、崩落の圧力の中で二人を守るシェルターとなり、暗闇の中に鎮座する。

静寂が戻る。

狭い、息苦しいほどの埃と暗闇の中で、二人の肩が触れ合っていた。宮國の髪から、微かに洗剤のような、清潔でいてどこか人を拒絶するような匂いがする。

 

「……お見事。白波ちゃん、君は間違いなく呪術師に向いている。この『イカレっぷり』は才能だよ」

 

宮國の指が、瑠璃の頬をかすめた。瑠璃は、自分の心臓の鼓動が、壊れた時計のように激しく耳元で鳴り響くのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

夕暮れ時の高専。二年生の教室に戻ると、そこには目を覆いたくなるような地獄絵図が広がっていた。

 

「……痛っ! いててて! おい、綺羅羅、マジで加減しろって! 俺の顔がさらに老けるだろ!」

 

「うるさーい! 金ちゃんのバカ! これ、パチンコの余り玉の景品だったんでしょ!? 『金ちゃんにまたもらっちゃったもの』とか思って、実習中も大事にポッケに入れてた私の乙女心を返せー!」

 

教室の中央で、綺羅羅が秤に馬乗りになり、拳に呪力を込めてポカポカと、というより鈍い音を立てて殴り飛ばしている。秤は鼻血を出しながらも、「だってよぉ、勝っちまったもんはしょうがねえだろ!景品だってチョコはチョコだろ!」と逆ギレしていた。

 

「……あ、瑠璃ちゃん、お帰り。……見てよ、このバカ」

 

綺羅羅が瑠璃に気づき、頬を膨らませて訴えてくる。

足元には、パチンコの端玉景品と思われる、中身の割に箱だけは高級そうなチョコレートの箱が散乱していた。

 

「秤ぃ。お前、サボった挙句に女に殴られて医務室行きか。情けねえなぁ」

 

日下部が、竹刀を持って呆れ果てた顔で立っていた。

 

「反省文五百枚だ。終わるまで一歩も教室から出させねえからな……白波、実習お疲れ。宮國から報告は受けた。お前はもう部屋で休んでいいぞ」

 

瑠璃は、手に残っていたラムネを一粒、口に放り込んだ。

不自然なほど甘く、それでいて僅かに苦いその味は、死を目前にした地下室の冷たさを、少しだけ日常へと引き戻してくれた。

 

(……呪術師。向いてる、のかな)

 

夕焼けに染まる、古びた鳥籠。

少女の物語は、まだ始まったばかりだ。




宮國さん(モジュロ)…神
めちゃくちゃエロいけど…エロい以外の情報がないんや

呪術関係でR-18創作が書きたくなってきたので希望アンケートに答えてくれ。必要だろ

  • 貞操逆転で禪院家♀に引き取られるショタ
  • 宮國(≡)の女性上位ヤンデレ
  • まずは書いてる奴ある程度進めろよ原始人
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